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わんわんぱにっく! その9

  がむしゃらに走った私はいつしか疲れ果て、川の近くにあった木のうろに身を横たえていた。

  脚に巻かれた、タケルのハンカチ。血で汚れてしまった。汚してしまった。

  あんなことをしてしまったのだ。私はもう、あそこには戻れない。

  戻ってはいけないのだ。覚えていないとはいえ、私は人を、手にかけようとした。

  いや。覚えていないからこそ、戻ってはいけない。

  いつまた、人を襲ってしまうか分からない。その襲った相手が、タケルの大切な人だったり、タケル自身だったら?

  絶対にそうならないと、言い切れないのだ。そしてそうなってしまったら。

  …涙は出ない。けれど。

  「アォォォォォォン!」

  遠吠えは、川のせせらぎに消されて。

  私は眠る。このまま消えてしまえば良いのに。そう思いながら。

  

  けれど、現実は非情で。せせらぎと小鳥の声で目が覚めた。

  うろから出る。私の全身を涼やかな風が吹きぬけた。

  毛に覆われていない鼻先が少し冷たい。…私は川に行き水を飲むことにした。

  冷たい水が喉を潤し、血と泥で汚れてしまった脚を洗い流してくれた。

  頑丈に巻かれたハンカチが、首輪が、私の心を掻き乱す。

  タケルの笑顔と、怯えたような表情が同時に浮かんで、どうしようもない感情が生まれる。

  どうすればいいんだろう。

  いっそ、獣に堕ちてしまえれば良いのに。

  何も考えず、そして殺されてしまえばいいのに。

  「アォォォォォン!」

  もう一度吼えても、何も変わらなくて。

  川から上がり私は川岸で横になった。

  ぐぅ、と腹がなる。…このまま飢え死にしてしまおうか。

  陽が昇って、川岸が明るくなる。誰もいないここは、本当に静かだ。

  静かで、眩しすぎて。死ぬにはいいところなのかもしれない。

  一度は助けられた命を、私は自ら放り投げようとしている。

  情けない。しかし、どうすればいいのか。どうしたいのか。それすらも分からないのだ。

  光から目を逸らすように目を瞑る。…砂利が擦れる音が聞こえた。

  息遣いも聞こえてきた。獣だろうか。あぁ、そうならいいな。

  そうすれば私は、ここで死ねるのだから。

  「見つけた!ウルウル!」

  その声は聞き覚えのある声だ。目を開けるとそこに居たのはトモ先生。

  白衣は泥だらけ、顔にも小さな傷がいくつもついており、肩で息をしながら私の前に立っていた。

  「ったく、タケルが見つかってもお前さんが居なくなったら駄目だろうが。」

  放っておいて欲しいのに。私の頭を撫でるトモ先生の手を振り払い、私は唸った。

  もう私は、あそこに戻ってはいけないのだ。

  「どうしたんだ、ウルウル。」

  「ガゥッ!!」

  私は人を傷つけてしまった。そんな奴があそこに居ちゃ、いけない。

  はぁ、とトモ先生はため息をつく。

  「タケルを助けたかったんだろ?俺だってお前さんと同じ立場ならきっと同じことをしたさ。多分な。」

  「ワフッ…」

  それでも…それでも…私は…

  トモ先生は膝を突き私の脚をそっと撫でた。

  「それにな、今お前さんが居なくなったらさ。」

  「トモ先生ー!ウルウル居たー!?」

  それは、タケルの声だ。声のほうを向いてみると…そこには松葉杖を突き、ミク先生と一緒に歩くタケルの姿。

  私の姿を見つけたのか、表情が明るいものへと変わっていくのが分かった。

  「あいつが悲しむだろ?」

  私は…!

  気がつくと私はタケルの元へ駆け出していた。飛び込みたかったが…タケルが転んでしまっては元も子もない。

  近づき私は尻尾を全力で振っていた。そんな私の頭をタケルは微笑みながら撫でる。

  それだけが、なんだか凄く嬉しくて。

  ミク先生を見る。とても優しく笑っていた。

  トモ先生を見る。苦笑を浮かべていた。

  私は、ここに居ていいのだろうか。

  「ウルウル、帰ろう?」

  「…アォォォォォン!」

  いいかどうかは分からないけれど。

  帰ろう。

  私は、遠吠えをすることで、その言葉に答えることにした。

  

  …目を覚ますと、鶏が檻越しに私の尻尾をつつく。

  いや、目を覚ますと、というよりその刺激で起こされた、といったほうが正しいだろう。

  食ってやろうか。私の睡眠を妨げやがって。

  「ゥゥゥゥゥ!」

  全身の毛を逆立て唸るとその鶏はそそくさと私から離れていった。

  離れられると私からは何も出来ず。仕方ないから皿に入っている水をペロペロと舌を使って飲んだ。

  そういえばこういう風に水を飲むのにも慣れてしまったな。

  というか、私は昔人だった…んだよなぁ。

  そんなことを考えていると、飼育小屋の扉ががちゃり、と開けられた。

  私は尻尾を振りながら扉の前に向かう。そこにたっていたのは鼻の頭を赤くして白い息を吐き出すタケルが居た。

  寒いというのに半ズボン。元気の証だ。ニッコリと微笑み餌の袋を私に見せた。

  「おはよう、ウルウル!朝ごはんだよ!」

  「ガゥッ!」

  これまたすっかり慣れてしまったドッグフードをしゃぐしゃぐ咀嚼する。

  その間にもタケルは飼育小屋の掃除をしていた。

  といっても私の住むスペースはそこまで汚れておらず軽く掃いておしまい。

  今は鶏の居るスペースを掃いている。

  つい最近まで夏毛から冬毛に生え変わる関係でとてつもなく汚れていたのだが…

  今は完全に生え変わり今まで以上に今の私はもこもこのふわふわだ。

  おかげで子供達にもみくちゃにされてしまう。

  今日も、またそうなのだろう。

  嫌ではない。凄く楽しいのだが…こう毎日では流石に。

  「あっ、ウルウル!お外見て!」

  皿に残っていたドッグフードを綺麗に平らげた辺りでタケルが声を上げた。

  外?檻越しに見える空は鉛色の空。そして空から、白い何かがちらちらと落ちてきている。

  寒さをほとんど感じないせいで分からなかったが…そうか。

  「雪だよ!積もるかな!?」

  「ワフッ。」

  積もるといいな。そう思い私も吼える。

  昔はただひたすらに面倒なだけだった雪だが。

  「じゃあウルウル、またお昼に来るね!雪積もったら、一杯遊ぼう!」

  「アォォォォン!」

  掃除道具を片し私に手を振るタケル。私は一つ遠吠えをしてタケルを見送った。

  降りしきる雪。それに、これから遊べる事を考えると、楽しくなってくる。

  少しでも、こんな日々が、平和な日々が続けばいい。

  そう思いながら私は天を仰いだ。

  

  

  

  小さな学校の、小さな飼育小屋に飼われている、大きな犬。

  とても人懐こく、賢い彼は、絶滅したはずのニホンオオカミに良く似ていて。

  もし近くによる事があったら、わんちゃん、でなく彼の名前を呼んであげてください。

  彼の名前は「ウルウル」といいます。

  きっと尻尾を振って、ガゥッ、と鳴いてくれるから。

  

  

  

  わんわんぱにっく!

  おしまい

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