恥ずかしがりの彼氏はゴスロリメスケモネコメイド

  [chapter:ファミレスで作戦会議]

  「彼氏のバ先が知りたい?」

  「うん…」

  昼下がり、街中のファミレス。

  二人の女子高生が、ポテトをつまみながら話す。

  一人はため息まじりに。

  一人はスマホをいじりながら、話半分といった様子で。

  「これ…なにか分かる?」

  「え、遊園地のチケットじゃないの?」

  スクショをスマホで見せる。

  「そう、二人分。ゆーくん…えっと、彼氏がプレゼントしてくれたの。誕プレ。」

  「…え、ノロケ?聞くのやめて良い?」

  「ノロケではあるけどやめないでぇ」

  うだうだと話す黒髪の女性と、さらっと受け流す金髪の女性。二人は親友だった。

  「良かったじゃん。良い彼氏で」

  「良すぎるよぉ…!このチケット、一枚いくらするか知ってる!?」

  「まぁ…それなりに、するだろうね。」

  未だ高校生の私たちには高嶺の花の一万円札ですらちょっと足りない。それを、二枚。

  「なるほど。それで収入源が知りたい、と」

  「話が早くて助かるよぉ、月宮ちゃん」

  「話が長いんだよ、日浦は」

  スマホをぱたととじ、ポテトを頬張る月宮ちゃん。全く聞いてなさそうで、ちゃんと相槌うってくれるんだよね。

  「それで?そのゆーくんってやつは何者なの」

  「んっとねー…何分話していい?」

  「1分」

  「短っ!?えっとねー、日高雄大って名前で、バレー部で、高身長でね、めっちゃかっこよくて」

  慌てて話す。そーいや、彼氏の話あんま月宮ちゃんにしてなかったっけ。

  …思ったことは何でも話したいけど、これだけは、ちょっと恥ずかしいし。

  「えーと…、めっちゃ恥ずかしがりで、無口!」

  「ふーん?」

  「これ渡すときもね、『誕生日…おめでとう。これ、行きたいって言ってたやつ…』」

  めっっちゃ声を低くして物真似をする。

  「え、それ物真似?」

  「えーー!?いいの?これめっちゃ高いよ!『いや、別に』…」

  「いや、その顔何。バカにしてない?」

  「いーーや、してません。こう、照れくさそうにそっぽ向きながら目線を反らして…めっちゃかわいかった」

  「ふふ、何それ」

  「ギャップが良いんだよギャップが。告白してきたときもね…!」

  「10、9、8…」

  「え!?ちゃんと数えてたの!?」

  珍しくあんな真剣に聞いてたのに!?

  こっから面白くなるのに!?

  「えっと、えっと…背が高い!」

  「2回言った」

  「いやほんとに、マジで高い。2倍あるって」

  「2倍はないでしょ」

  「ほんとだって。ほらこれ、写真」

  こないだとったツーショットを見せる。

  「ほらぁ、2倍あるって」

  「えー?どれ…」

  覗き込むようにして私のスマホを見る月宮ちゃんの表情が固まる。

  「いや、2倍はなかったかも…あれ、月宮ちゃん?」

  「…」

  えなに、惚れた?こんな黙る?

  「…この人のバ先、知ってるかも」

  「マジ…!?」

  横転した。いやしてないけど。

  店内だから静かにしてますけど。

  「何回か、同じ店入るとこ見てて…ここからすこし歩いたとこなんだけど」

  「え、え、どんな店?」

  「…いや、アタシは店内には入ってない。どんな店かは、…分かんない」

  「…ふーん、そっかぁ…」

  机に突っ伏す。

  今日、ゆーくんはバイトだ。

  行けば、いる。

  見かねた月宮ちゃんが話を進める。

  「…行くの?この後。教える、けど」

  「…まっさかぁ。彼氏のプライバシーですよ。ずけずけと覗きにいくなんて、ねぇ?」

  [newpage]

  [chapter:獣人と竜人のカフェ]

  行くんですけども。ずけずけと。

  まぁ、気になるし。

  「ここ…かなぁ」

  結局一人で行く事になった。月宮ちゃんは用事があるらしい。

  結構いりくんだ道の、ぽつんとした店。

  見た目は普通のカフェだ。ちょっとおしゃれな感じが素敵。

  隠れ家ってやつ?こういうの、憧れるな。

  「…」黙って立ち尽くしちゃう。

  まぁ、緊張するよね。一見さんお断りオーラ、ちょっと感じるし。

  「よし」

  意を決して、ドアノブを握った。

  「お帰りなさいませ、ご主人様」

  「…!」

  ビックリした。三個くらいビックリした。

  そういう系の店なんだと思ったし、お帰りなさいませなんだと思ったし、何より、言った人を見て、ビックリした。

  人間じゃないのだ。

  綺麗な青色ドラゴンの頭をした、タキシードを着たムキムキのイケメン。

  さっきの「背が2倍ある」は言わば誇張表現だった。でも、マジで2倍ある。首が痛くなるほど見上げないと目線があわないし、私の頭がお腹ぐらいに来る感じ。

  え、夢?

  「…」

  「初めましての方ですね。当店へお越しいただき、ありがとうございます。こちらの席へどうぞ。」

  膝を着いて、目線をあわせてくれる。(まだ、ちょっと高いな)(と思ったら、猫背になってまであわせてくれた。)

  「あ、え、はい…」

  誘導されるがまま、カウンターの席へ座る。なんだか、動きがぎこちなくなる。

  「ただいま、メニューをお持ちいたします。少々お待ちください」

  「はい、ありがとございます…」

  そのまま、裏の方へ行ってしまう。

  いま、店内には私と、マスターのみ。お昼の時間をちょっと過ぎてるからか、人はいない。

  (マスターも…!?)

  カウンター席なので、正面にいる。

  顔が、狐なのだ。

  眼鏡をかけてるけど、全く人間らしさを感じない。髪の毛がないからなのかな。さっきのドラゴンさんは髪を結んで肩からおろしてたけど。

  「驚きました?」

  「うぇっ!?」

  話しかけてきた。その顔で人の言葉を喋られると、なんかバグる。

  「失礼。その顔が見たくて、このお店をやってるんです。趣味が悪いでしょう」

  「え、あ、はは」

  ヤバい。ジョークに対応出来ない。花のjkがこんなことで良いのか。

  「被り物じゃ…ない、ですよね」

  「ええ、もちろん。触ってみます?」

  マスターはにっこりとしながら、顔を乗り出す。

  恐る恐る触ってみると、本物の毛だ。目も、口も、動いている。

  「もちろん、料理に毛は入らせませんよ。飲食店ですから。入ってたら、弁償します。ちゃんと言ってくださいね。まぁ嘘だったら…」

  ごくりと息をのんでしまう。

  「…嘘、だったら?」

  「叱ります。こら!ってね」

  くやーと笑うマスター。喋り好きなんだな。私もそうではあるんだけど、ちょっと、いまは上手く話せない。

  「し、失礼します」

  今度はなんだ。やけにかん高い女性の声だ。

  「はい…うわっ」

  思わず、声が出てしまった。

  ゴスロリだ。黒い布地にふりっふりの白。これでもかってくらいふわふわとしたドレスに、真っ白な大きなリボン。靴はヒールなのに、私より一回り小さい。

  そしてやっぱり、人間じゃない。

  真っ白な猫。メニューを持つ両手は肉球でもちもちだし、瞳には細い瞳孔がある。

  髪型は私と同じツインテールなんだけど、カチューシャを着けてるし、何より色が真っ白だ。

  お人形さんみたい。

  「…」

  「あ、えっと、ごめんなさい。めっちゃめちゃかわいくて」

  びくっと猫の耳が跳ねる。尻尾がびくとのび、しな

  りしなりと揺れ動く。

  「あ、ありがとう、ございます…」

  真っ赤になった顔をうつむかせ、心臓の音がこっちに聞こえそうなほど緊張しながら、手を伸ばす。

  「め、メニュー、です」

  「…」

  受けとると、失礼しますとぺこと頭を下げ、とてとてと歩く。ヒールに慣れてない感じがすごくいい。

  (かっわいい~…)

  ぼそっと言ったつもりだったが、聞こえてたのだろうか、足をつまづかせびくとよろける。

  「新人なんですよ。色々、大目に見てやってください」マスターがコップを磨きながら言った。

  メニューを見るが、あんまお腹は減ってない。そりゃ、さっき食べたし。

  でもまぁ、美味しそうだったので、パフェにした。別腹ってやつだ。

  「一番自信があるのはね、オムライスなんですよ。」

  「へぇ…そうなんですね、あ、写真も美味しそう。店長が作るんですか?」

  「はい。しーっかり、勉強しましたから。誰よりも美味しく作れますよ。世界一美味しく作れる自信があります。狐たちのなかでね。」

  「あはは!それはどうですかねぇ?食べてみないと分からないかも。」

  「くやぁ?あなたは狐が作った料理を食べたことがあるのですかな?」

  「もちろん。きつねうどん、大好きなんですよ」

  「アッハッハ!こりゃまいった、かないませんな。」

  「もー…冗談に決まってるじゃないですか!マスターさん、とっても面白いですね!常連になっちゃいそう」

  「ええ、ええ。ぜひ、またきて下さい。毎日、やってますから」

  にっこりと微笑むマスター。やば。推しになりそう。

  「お待たせいたしました」

  「あ、はぁい」

  もうできたのか。早い。

  イケメンの青いドラゴンさん、イケドラさんがトレーにのせて持ってきた。

  今、猫のメイドさんは裏で食器を洗ってるのだろうか。

  「ごゆっくりどうぞ」

  パフェを運び終えたら、テーブルを拭きはじめた。

  所作が美しいな。この人。絵本から出てきたみたい。

  それに、ごつごつとした筋肉がぴっちりとしたタキシードの中にあるのがわかり、ちょっとドキドキする。

  ふと、こっちに気付き、にこと微笑みかける。

  「…」ほわーって感じがする。

  まずいまずい、呑まれてはいけない。

  「いただきます」

  気にしてませんよという素振りで、パフェを1口運ぶ。

  「…!おいし…」

  思わず漏れちゃった。マスターの耳がぴくとうごくのが見えた。

  「…これ、人間の中でも世界一取れますよ」

  「ふふふ。お世辞がうまいですな」

  いや、冗談じゃなく。

  こんなに美味しいとは。雰囲気もあいまって最高だな。この店。

  「ところで、お嬢さんはどうやってここを?」

  「え?あぁ、親友が教えてくれたんです」

  「ほぉ。どう言う風に?」

  「そりゃ、まぁ…」

  話そうとして、思い出した。

  この店にきた目的。

  「実は…彼氏を探しにきたんです。」

  「ほほぉ」

  「マスターは、知ってますか?」

  「さぁ?スタッフの情報を教えるわけにはいきません。」

  子供らしい笑みを浮かべる。これは、イエスだ。

  「彼女さんなんでしょう。聞かなくても、分かるのでは?」なるほど。挑戦というわけだ。

  「えぇ…まぁ。確証はないのですが。消去法で。」

  「ほぉ…」ちらと、マスターがドラゴンさんのことを見る。

  「どうかしましたか、マスター?」

  目線に気付き、返事をするドラゴンさん。

  「いや、お客様が君に話があるそうで」

  「…分かりました、少々お待ちを」

  私が何を話すでもなく、話が進んでいく。

  「趣味が悪いですね、マスター」

  「始めに言ったでしょう。それにわたくし、狐ですから」

  [newpage]

  [chapter:彼氏の正体]

  これは、試験だ。

  ゆーくんの彼氏としてふさわしいかどうかの試練。

  失敗すれば、私は彼女不合格。

  「お待たせいたしました」

  私の横に、ドラゴンの執事が座る。

  改めて、マジでイケメンだ。

  私の何倍もある体躯。ドラゴンの瞳は、睨まれたら石化してしまいそうなくらい鋭いのに、とっても優しい印象がする。

  大きな腕のなかに包まれたら、興奮で心臓が飛び出そうだ。

  「それで、お話とは何でしょうか」

  しっぽを椅子から垂らし、見つめてくる。

  うーん。彼氏『そっくり』のイケメンだ。信じられない。

  「その…実は、この店に、彼氏を探しに来たんです。」

  「なるほど。」相槌までスマートだ。

  「どの様な方でしょう」顎に手を当てて考える素振り。

  「その…とっても、背が高くて」

  「それは…私と同じですね」

  わざとらしく、目を見開く。

  「はい、ドラゴンさんと『同じ』で…とっても、カッコいいんです。」

  ひゃあ。顔が真っ赤になりそう。

  「めちゃくちゃ素敵な彼氏で…とっても私のこと、分かってくれてて」

  ゆっくりと。今回は時間制限がないので、たっぷり話せる。

  「この間も、遊園地のチケット、誕生日にプレゼントしてくれたんです。誕生日、一回しか言わなかったと思うんですけど、ちゃんと覚えてて」

  水の流れる音だけが店内に響く。

  「この前ちょっと話題に出しただけの遊園地で、それをずっと覚えてたのも嬉しいし。…自慢の彼氏です」

  にっこりと微笑みながら、二人に話を聞かれる。

  シーンとした時間が流れる。

  「…じゃあ、告白された時のこと、話しますね」

  「…」

  「まだ中学生だったあの日は、突然、手紙で呼び出されて。その時はただのクラスメイトだったんですけど」

  「校舎裏にいったら、とってもでかかったのに、すんごいいまでも消えてしまいそうなくらいちんまりとした感じがして」

  「それで、言ってくれたんです。『あなたの、とても朗らかに』…」

  「あ、あの!!」

  ふと、猫のメイドさんが、厨房から飛び出してきた。

  なぜかまっったく分からないが、顔を真っ赤っかにしてる。

  「あの、店内で、そういったプライバシーの話を、する、のは…」

  とっても高い声が、か細く消えてしまいそうだ。

  マスターが口を開く。

  「どうしてだい?今はお客様もこの方以外にいないじゃないか」

  「そ、そうです、けど…」

  服をぎゅーーっと掴んでる。今にも泣き出しそうだ。

  「お…わ、わたし、が、恥ずかしい、ので」

  「えぇ?どうして恥ずかしいんですか?猫ちゃんには関係ない話ですよ?」

  「え?いや…その」

  しどろもどろだ。

  「だって、私の彼氏は男ですよ。猫ちゃんみたいな、すっごくかわいくて、ちっちゃくて、フリフリのドレスを着てる女の子な訳がないじゃないですか。」

  「う、うぅ」

  「あ、でも、猫ちゃんとおなじで、とーっても恥ずかしがりなんです」

  「へ、へぇ…そう、なんですね」

  「だから、今からこのドラゴンさんに、惚気話をめちゃくちゃすれば、照れちゃって正体を明かしてくれるんじゃないかなって思ったんです」

  「!?!?」

  ビクーーッって猫ちゃんの全身の毛が逆立つ。

  「ほぉ…それは面白い。ぜひ、わたくしも聞きたいですな」マスターは乗り気だし。

  「それは…少々、自信がないですね。我慢できるでしょうか」ドラゴンさんも止める様子はない。

  「良かったら猫ちゃんも聞きますか?ざっと50は有るんですけど」

  「あ、あ」

  「じゃ、ひとつめなんですけど、この間お家でデートしたとき」

  「わーーーー!!!!!!」

  ぽふ。

  猫のメイドさんが、私にむかって飛び付く。

  「か、かっかか」

  震えながら、口を開く。

  「勘弁してくれ、音葉…」

  [newpage]

  もふもふの毛が顔に当たる。

  真っ赤になった顔は、間違いなく私より小さい。

  観念した、ということで良いのだろうか。

  2人の獣人が、ぷるぷると震えて見ていたが、我慢できず吹き出してしまった。

  「あっはっはぁ、演技下手だよ、池田さん」

  「ふふ、ごめんなさい、日高くん、ごちそうさまでした。」

  ぴちっとした雰囲気のドラゴンさんが、急に口調ごと砕けて柔らかな笑みを浮かべる。

  「マスターにやめましょうって話したんですけど、聞かなくて…」

  「だって、面白そうだったからさぁ」

  「ま、ますたぁ…!」

  とっても高い声、力の全くない細腕。フリフリのドレス。

  やっぱり、信じられない。

  「ほんとに、ゆーくんなの…?」

  「…うん」

  …まじかぁ。あのゆーくんが。

  倍くらいはある背丈が私より小さい。

  あと、私より可愛い。

  「可愛いね」

  「…!」

  かぁぁって赤くなるところ含めて可愛い。

  「良かったら、触ってあげてください。好きな人に触られると、とっても嬉しくなるんです。」

  マスターが、ドラゴンさん…池田、さん?に顔を近付ける。もー、と笑いながら、顔をわしゃとなでられてる。

  「…良い、の?」

  「…」こく、とうなずく。

  「ほんとに、やじゃない?」

  「…」ゆっくりと。体重を預けてくる。

  「…」

  柔らかい身体がふにとあたる。

  「…じゃあ、失礼します」

  「…、!」

  すごい。きちんと手入れされてる。こういうのって、毎日ブラシしないといけないんだよ。

  「…」

  「髪、さらっさらだね」

  「うん」

  「同じ、髪型だね」

  「…うん」

  白いネコミミがぴょこぴょこしてる。

  被り物じゃ、ないんだ。

  「ほんとに、ネコになっちゃったんだね」

  「…飼ってた、猫」

  ぼそと、つぶやく。

  「その子のこと、考えてて…あと」

  「あと?」

  ぽふと、肉球が背中に当たる。照れ隠しで顔を隠したつもりなのだろうか。

  「お、おとは、のこと…」

  多分、余計恥ずかしいことに気付いたんだろうけど、身体を離さない。

  世界一可愛いな、この子。

  「ゆーくん…!」

  「…!」

  ぎゅうと、抱き締め返す。

  喉がごろごろと鳴いてて、尻尾がふりふりしてる。

  「えへへ。私の方が、大きいね、ゆーくん。」

  「うん…音葉、大きい…」

  「ゆーちゃんって、呼んだ方がいい?」

  「…それ、は…ちょっと、恥ずかしい…。」

  「そうなの?」

  ちょっと身体を離し、胸の上に手をのせる。

  「お、おれ…こんな、身体なのに、頭のなか、オスのまま、で」

  オス。男って言わないあたり、獣にはなってるのか。

  「わたし、っていう、と、ぞわぞわ、する」

  「そっか…」

  じゃあ、いま、ゆーくんは、心は男の子のまま、可愛い服を着て身体ごととびきり可愛い姿になってるんだ。

  「…ごめん」

  「?なんで謝るの?」

  「…だっ、て」

  「私、ずっと初めから、ゆーくんは可愛いと思ってたよ」

  「そ、それ、は…」

  「それに…」

  はなれてた身体を抱き寄せる。

  「ゆーくんは、こうしたいんでしょ?だったら、恥ずかしがってたら、勿体ないよ」

  「…うん。」

  ぎゅうと、身体をくっつける。

  「ずっと、こうしてたい」

  「えへへ。私も。」

  ちょっと、私も顔が赤くなってきたな。人に見られてるってのに、こんなこと言うなんて。

  でも、今言わなくていつ言うんだ。そう思ったので、言うことにする。

  「大好きだよ、ゆーくん。」

  「!、…。」耳がぴくと跳ねてる。口をパクパクさせた後、申し訳なさそうに、肉球をぷにと背中に押し付けられる。

  大丈夫。言わなくても、分かってるよ。

  [newpage]

  「若いって、いいですねぇ」

  「おや。マスターも、今からいっしょにしましょうか?同じこと」

  「そうだね。店が終わったら、ね」

  ひとしきり終わったあたりで、2人が話してるのを聞く。

  「お二人は…どういう関係なんですか」

  「おや、確かに話してませんね」

  そう言うと、マスターはカウンターの中から出てきて、ドラゴンの横に並ぶ。

  「池田さんは、わたくしの妻です」

  「つ…妻…」

  おお。そこそこ覚悟はしていたが、予想していたより、とんでもない爆弾がきた。

  「はい。池田マリア、こちらの店で、執事のドラゴンとして、働かせていただいております」

  執事がよくやる自己紹介のポーズだ。

  角も、身体も顔も所作男らしさしかないのに、やんわりとした物腰なので、なんだか信じてしまう。

  「こういった身体になるのが、憧れでして。中身は、ただの人間のおばさんです」

  照れた顔で言うのを見て、マスターがいつものいたずらな笑みを浮かべる。

  「本当は、わたくしと同じ狐の姿で働いて欲しいんですけどねぇ」

  「もう。月一で狐の姿で働いているではありませんか」

  ちょっと、会話についていけない。

  「好きな身体に、なれるんですか?」

  「ええ。わたくし、ちょっと不思議な力を使えまして。人をなりたい姿に変身させられるんです。」

  「すご…」

  夢のような力だ。悪用なんていくらでも出来そうなのに、しないんだな。

  「まぁ、この店の中限定です。悪いことは出来ませんよ。目立ちますしね。…良かったら、お嬢さん…えっと」

  「あ、日浦です。日浦 音葉」

  「失礼。日浦さんも、変身、してみます?」

  「えぇっ、良いんですか!?」

  「もちろん。減るもんじゃありませんし」

  いや、そうだとしてもだ。今日、初めての客だよ?良いの?

  「実は...最近、ちょっとこの店、有名になりはじめまして。それで、こちらの日高君を雇ったのですが…」

  「あー…」ゆーくんを見る。

  「そう、あまりにも可愛すぎて、リピーターが増えて…より、忙しくなったんです」

  「…うぅ」

  いや、仕方ない。これは可愛すぎる。

  「いえいえ、お陰でたくさん稼いでますから。日高君には感謝してますよ、ね?」

  ちらとマスターが見ると、トレーに顔を隠してしゅんとするゆーくん。

  「…ホントは、あのチケット、マスターたちから貰ったんだ。ボーナス、って言われて」

  「えっ、そうなの?」

  「おや。黙っておきなさいと言ったのに」

  くすくすと笑うマスター。

  「いえ、遊園地に行きたいって話をしていたのは、日高君ですよ。珍しく気になるという話をしてましたから、サプライズで給料とは別に渡したのですが、なるほどカップルで、でしたか。二枚にしておけばよかったですね」

  「…ごめん、騙して」

  「…」

  いや、結局私の分はゆーくんが買ってるじゃん。

  「もー、そんなこと気にしないって」

  「ふっふっふ。話がそれましたね。要するに今、余裕があるのです。もう一人雇えるくらいにね」

  …なるほど。私、スカウトされてるのか。

  さすが私。運が良すぎる。

  「採用試験とかは、しなくて良いんですか?」

  「それは、もう終わっていますよ」

  マスターが入り口を指差すと、採用試験中という張り紙。いつの間に。

  「日浦さんは、真に人を見ている方です。日高君の正体を瞬時に見抜きました。注文の時点で、気付いてましたよね?そういう方に、働いてほしいのです」

  まじかぁ。どうしよっかなぁ。間違いなく最高の職場なんだけど、少し遠いんだよね。近くにバスもないし。

  少し返答に戸惑うと。

  「お、おれ」

  ゆーくんが口を開いた。

  「音葉と、働きたい。」

  …ちょっと意地悪しちゃったな。ほんとは、答えはもう決まってた。

  「分かりました。ここで、働かせてください」

  [newpage]

  [chapter:変身① 先輩のお手本]

  「お待たせ、日浦ちゃん」

  裏の休憩室で待機していたところ、1人の人間の女性が入ってくる。

  「え、もしかして…池田さん?」

  「そう。良く分かったわね」

  「そりゃ…髪型、同じですし」

  恥ずかしそうに、下着だけを着けたルーズサイドテールの女性。なんか、想像してたよりずっと若い。

  「あ、あの、あんまり見ないで?マスターったら、いっつも若返った姿で戻すの。ほんとは、もっとだらしない姿なの…」

  とか言いつつも、満更でもない感じがあざとい。

  …今度、私もちょっとなんか頼んでみようかな。何も思い付かないけど。

  「それにしても…広い、ですね。ドアノブも色んな大きさがあるし」

  なんと言うか、とある漫画で見たような扉の中に扉があるタイプのドア。

  「色んな身体に変身するからね。ドアノブもたくさん必要なの」

  なるほど。人間用のドアから入ってきたけど、獣人用のドアでもあるのか。

  座ってた椅子を端によける。いよいよ、獣人になるんだ。

  「…どんな姿になるんですか?」

  「うーーん。分からないわ。」

  「分からない?」

  「そうなの。強いて言えば、なりたい姿なんだけど。深層意識でなりたい姿になるから、想像してたものと違うってことはあるわ。日高くんはそうだった。」

  「へぇ…どんな感じだったんですか。」

  「とっても、驚いてた。今にも、泣いちゃいそうなくらい。」

  すっごく見たいな、それは。

  「取り敢えず私がお手本を見せるね。といっても、薬を飲んで、イメージするだけなんだけど…」

  取り出した薬をごくんと飲むと、池田さんの身体がぶるぶる震える。

  「ちょ、ちょっと、大丈夫ですか…?」

  「ええ、大丈夫。ただ、はなれてた方がいいかも…」そう言われたので、かなり離れる。

  そうだよね。今から、あんなおっきなドラゴンさんになるんだもん。

  「足から、ね…」そうつぶやくと、しゃがみこんで手を前に付ける。

  ぐぐぐっと足が震えたと思うと。

  ぼぉん!

  細かった足が、筋肉が波打つ男の太い足に。

  「痛く、ないんですか」

  「痛くはないわ。ただ、ちょっとびっくりする。足が突然変わるからね」

  そう言いながら、土下座のようなポーズから、おしりを少し浮かせた正座の姿勢になる。というより、足がとっても大きくなった結果肘が地面につかなくなってしまったのだ。

  「足からの場合は、このあとずっとこの姿勢でいいわね。」

  そう言ってる池田さんの身体は、とてもいびつなものだった。

  ボディビルダーのような太い下半身の上に、ちんまりとした女性の上半身が乗っかってるといった感じだ。

  そう思ってると、変化が進む。破裂音がするとともに、胴体がぼふと大きくなり、腕と顔だけが取り残され離ればなれになる。

  「このあとは、それぞれの腕に力を込めて…」

  …ぼふ!ぼふ!

  両腕が太く、長く伸びる。伸びきると共に手を閉じたり開いたりして感覚を確かめてる。

  「うん。あとは、ゆっくり待つだけね。急いでもいいんだけど、今回はじっくりやろっか」

  「…」

  ちょっと放心してた。女性だった人が、ごつごつの鎧みたいな筋肉に包まれた男性の身体になった。頭だけは、女のままだ。

  「触ってみる?もう、安全よ」

  「…はい」

  正直、ちょっと気になってた。近寄って、何重にも割れた腹筋を触ってみる。

  「うわ…かっちかち」

  「でしょ?」

  胸筋に阻まれて見えないけど、にっこりと微笑んだ気がする。ほんとに大きい。手を目一杯伸ばしてもようやく首に届くくらいだし、抱きしめることも出来ない。

  ぴしっ ぴしっ

  「あっ…うそ」

  「いいや、大丈夫よ。剥がしていい」

  少しずつ、皮が剥がれたのだ。人間皮がピリピリと破れて、蛇のようなお腹と、青く煌めく鱗が姿を見せる。

  「んっ…うぅ」ついに、顔の変化が始まったらしい。ぐぐいと、顔が伸びて、耳が動いて…

  あっという間に人間の面影はなくなり、竜のカッコいい顔になってしまった。鱗が首からぴしぴしと生え、先ほどまで見ていた男のドラゴンさんだ。

  「ふぅ…お待たせ。こんな感じかな。」

  声を出した時、ビックリした。

  「あれ、まだ、池田さんの声のまま…」

  「あぁ、そうね。あ、あ、ア…」

  喉のチューニングだろうか。大きく開けた口から覗く牙が勇ましい。

  「お待たせしました。ご主人様。」

  「おぉ…」

  先ほどまで聞いていた声に戻った。…改めて、すごいな。それしか言葉がない。

  「こんな感じです。では、やってみましょうか。」

  [newpage]

  [chapter:変身② 私が変身する]

  薬を、手渡しされる。

  これを飲めば、変わるんだ。

  どんな姿になるんだろ。

  やっぱり、ゆーくんみたいな可愛い子かな。お揃いで接客して、2人で手をつないで歩くの。

  それとも、大人のお姉さんかな。

  ドレスを着こなし、すぱすぱと接客をこなす、カリスマメイド。

  …いや、それもいいけど…やっぱり…

  「よし、飲みます。」

  「えぇ。大丈夫です。何かあったら、すぐにカバーします」

  覚悟を決めて、ぐっと飲み込む。

  「んー…」

  今のところ、身体に変な感じはしない。ずっとドキドキはしてるけど。

  「何か感じたら、すぐに言ってください。」

  「はい。…あっ。」

  何だか、胸がすごく熱い。エネルギーがたまってくような。

  「胸が…熱いです。ぐつぐつとするような」

  「胸が熱い、ですか…少々面倒ですね」

  池田さんが喉の奥でぐると鳴きながら、続ける。

  「横になってください。天井を向いて。」

  「はい。」

  言われるがまま、天井を見上げる形で床に倒れる。マットのようになってるからか、そんなに痛くはない。

  「ハァ…ハァ…」

  「もうすぐです。リラックスして」

  胸がいっぱいなかんじがする。押し広げられるというか、爆発するというか…!

  ぼぉん!ぼぉん!

  「うっ!うぅ」

  足、腕、頭が少し浮く。というより、地面から離される。

  「うぅ…どうなってますか」

  「胸体だけ、とても大きくなってますね。これは、私のような…」

  やっぱり。ある程度、予想はしてた。

  「えへ。なりたい姿って聞いて、池田さんや、普段のゆーくんのことが、思い付いたんです」

  「そうですか、それは…、大変、嬉しいです。」

  クールを装っているが、尻尾がぶるんぶるんと横に振れてる。

  「…コホン。ですが、このままだと尻尾が生えてきません。1度、うつ伏せになる必要があります。」

  尻尾。そっか。見てるときは上の方ばっかり注目してて気付かなかったけど、このままだと大変だ。

  「ん…あれ、んっ、んっ…!」

  慌てて立とうとして、気付く。

  立つことが、出来ない。

  重くなった胸を、持ち上げることが出来ないのだ。

  「んー…池田さん、少し私のことをもって頂けると…」

  「申し訳ございません。それは、出来ません」

  辛そうに話す池田さん。

  「変身中の身体を他人に触られると、思わぬ事故を招きます。急激に変化が加速したり、変化した身体に弾かれて怪我をすることも」

  おっと。さて、どうしたものか。

  「大丈夫です。この場合は腕の変化を待ちましょう。そのあと、うつ伏せにになります。」

  「はい、分かりました」

  しっかりと言うことを聞く。なるほどたしかに、腕に熱がこもるのを感じる。

  「腕、そろそろ、かもです」

  「一気に行きましょう。力を込めるイメージです。」

  「はい。んーー…!」

  ボゴッ、ボゴッ!!!

  痛みはないけど、ちょっとびっくりする。伸びきった腕が地面に叩きつけられる。

  「ふー…」

  「すぐに下半身がきます。落ち着いて、ゆっくり」

  「…!はい」

  ゆっくりと、力強い両腕で、姿勢を変える。慎重に。

  「よし…」

  「お疲れ様です。日浦様」そう言いながら、てきぱきと首をのせるための椅子と、お腹を浮かせるマットを用意し、ゆっくりと指示してくれる。ホンモノの執事さんみたい。

  ふと、ぱらと頭から何かが落ちた。

  「ん?何、これ…」

  「あ…日浦、様…」

  黒い塊。これ、まさか…

  「池田さん、私、もしかして…」

  「…大丈夫です。人間に戻れば、また生えます」

  …まじかぁ。

  「鏡は、見ないようにしてください。かなり、ショッキングだと思うので」

  「…はーい」

  まぁ、しょうがないか。女の子にとって髪がなくなるのはしょうがなくはないとは思うんだけど、なんだかどうでも良くなっていた。

  この時既に、ちょっと興奮してたのかも。

  「あとは、下半身と、頭ね。よーし…」

  まだ女の子のままの足に力を込める。ぴし、ぴしと肌の感覚を感じながら、変化に集中する。

  「んん、ん!」

  少しずつ、慣れてきた。ぼこという感覚の来るタイミングとか。胸よりも落ち着いて、変化に集中出来た。

  「ようし、よっこい、しょ…!」

  ようやく、起き上がる。自分の身体をまじまじと見つめる。

  「すごぉい。男みたい。」

  「みたい、ではなく男なのです。日浦様」

  目の前に池田さんが座る。ようやく正面から見れた。目の前で見るとすごくドキドキする。

  「そして、これから、『オス』になります。」

  「…!」

  そっか。ここからが本番だ。

  「手足に集中してください。」

  「…はい」

  ビキ、ビキと疼く。

  疼く度に、うまく動かせなくなり、指の形、足の形が変わる。

  「指が、くっついて…!」

  ビキ、ビキ。

  ミシ、ミシ、と変わっていき。

  「あ、ぁぁ…」

  変わった手指を見る。三本指なのに、痛みも違和感も無い。むしろ、今まで人差し指と薬指をどう動かしてたかが分からないくらいだ。それでも少しショックだった。自分の指がなくなるのは。

  「うわ、足の形も変わってる」

  三本の指からは大きな爪が生えていて、地面にがっちりと刺さりそうな感じ。これ、店の中で大丈夫なの?

  「ふふ、細かいことは、気にしなくても良いのです。ここは、不思議な店なのですから」

  「はぁ…」

  「さぁ、メインディッシュです、頭が、変化しますよ」

  はぐらかされたけど、事実だった。

  「あ、あ…」

  涙や、鼻水、よだれが出てくる。どうしよ、これ大丈夫?

  「大丈夫です。最初はそんなものですよ。」

  「あ、ア…ア…!」

  ぐい、ぐいと顔が伸ばされる感覚。もみもみとマッサージをされながら、鼻と顎が、前に行ってしまう。

  ふと、置いてあった鏡に目が行く。瞳孔はがくがくと震える。あらゆる液体をだし、角がぐんぐんと生えている。つるつるの頭がぐにゃと変形し、形を整えられる。

  「ア、シンジャウ、コ、レ…!」

  「日浦様」

  パニックで視界が涙で滲む私を、池田さんが呼びかける。

  「どうか、私だけを見ててください。大丈夫です」

  「ア、…」

  ギロとした眼光。オスの目だ。

  「ハイ…」すこし、ボーッとして、色んなことがどうでも良くなった。

  だって、大丈夫って、言われたから。

  「ア、ア」

  ぐぐーって、牙が伸びるのを感じる。でもあんまり動じない。

  伸びきったのを認識して、がち、がちと噛んでみる。

  「お疲れ様です。日浦様」

  にっこりと池田さんが微笑む。

  「ア、ありがとう、ございます…」

  「執事として、当然でございます」

  ちょっと、恥ずかしい。取り乱しちゃうなんて。

  「大丈夫です。日高様も、同じようにパニックになってました。私も、です。自分の身体が変わるのは、怖いものですよ」

  「そう、なのか…」

  改めて、オレの身体をみる。

  「なったんだな…オレ、ドラゴンに」

  「…!日浦様、もしや」

  「え、どうし、ってあれ?」

  違和感に、気付く。

  「オレ、オレになってる!?」

  いや、違う。オレじゃなくて、お…わ、わた、し…

  「わ、わた、わた」

  何で!?めっちゃくちゃ恥ずかしい!

  「これは…日浦様は、脳も変身するパターンなのですね。」

  「そう、なのか?オレ、メスだったのに…身体、オスになったら…ってオス、じゃなくて…」

  「ふふ、良いんです。あなたは立派なオスのドラゴンです。」

  「うぅ、池田さん、でもよぉ…」

  何だか、変な感じだ。オレはついさっきまでメスの人間だったのに、それが信じられない。

  「ってか、敬語が、使えねえし…ごめん、なさい、池田さん」

  意識しないと、敬語じゃなくなってしまう。どうなっちまったんだ?オレは…

  「良いんです。それより、最後の仕上げをしましょう。」

  「あ、あぁ…ヒトの肌を、剥がすんだ、ですよね」

  今のオレは、ドラゴンの輪郭なのだが、身体はぜんぶつるつるのヒト肌だ。

  「はい。ぺりぺりと。私も、手伝います」

  爪で穴を開けて、はがす。ごつごつ、ざりざりとした鱗が姿を表す。

  「背中の翼と尻尾は、私が剥がします。」

  「あぁ、助か…って、尻尾!?翼!?」

  慌てて見ると、翼と尻尾が生えてる。動かそうと思うと動くのに、感覚がない。

  「オレ、いつの間に…」

  「実は、この薬は初心者用でして。すこし変化が遅いんですけど、新たな部位が生える時に感覚を鈍くするんです。」

  「へぇ、そうなん、だ、すね」

  「かなり、刺激が強いですからね。っと、よし、これで…」

  あたりに皮が散らばる。そして、オレの身体からヒトの頃の面影がなくなり…

  「おめでとうございます。日浦様。」

  「オ、オレ…」

  鏡に手を当てる。

  イケメンのドラゴン。

  池田さんの鱗とは違い、荒々しく生えた真っ赤な鱗。瞳も、力強いドラゴンのものだ。

  身体はカチカチで、柔らかいところがない。尻尾が、自分の思い通りにうごく。

  髪の毛はなくなったけど、凛々しい角が強調されてとても気分が良い。

  オレが手を振れば、目の前のドラゴンも手を振る。

  「はい。とってもカッコいい、ドラゴンでございますね」

  「すっげぇ…」

  オレ、メスだったころからこういうワイルドな身体に憧れてたんだよな。

  何でも持ち上げられそうで、かっこ良くて…

  「ふふ。本当に、カップルでそっくりですね。」

  「!あ、アハハ…わりぃ」

  思わず、鏡に釘付けになってしまった。

  「さて、気分はいかがですか。」

  池田さんが問いかける。

  「あぁ、さいっこうだよ!けどよ…」

  なんか、ムズムズする。

  「池田さんを見てると、ドキドキ、するんだ。」

  「おやおや。それは…」

  笑みを浮かべる池田さん。くそっ。心臓がバクバクする。

  「だって、池田さん、俺より、ずっと背が高かったのに、いま、俺の方が高くて」

  慌てて説明するオレに、池田さんの顔が近づく。

  な…なんで、近づくんだ!?

  「それに、オレ、立派なオスなのに、池田さん、少しメスっぽくて、いやそりゃあ、池田さんは元々可愛いメスだったけどよ。って、駄目だ、マスターの嫁さんなんだし、オレもゆーくんのかれ、し?あれ、オレ、元々メス…?」

  どうしよ、パニックになってきた。オレ、メス?オス?どっちだ?

  「ふふふ、失礼、先ほど魅了の視線で見つめたもので。少々パニックになったのも、私に惚れてしまったのも、そのせいです」

  「み、魅了?そうなのか?」

  「はい。先ほど、パニックを治すために。申し訳ございません。大変失礼を」

  「いや、失礼なのはオレの…って、えぇ!?」

  突然。池田さんがオレの顔に近寄る。耳元でそっとささやこうとする。

  「池田さん、不味いって!おれ、たち…!」

  「いえいえ、少し練習です。もとに戻る練習をしましょう。」

  元に戻る?メスの自分に、戻れるのか?

  「私に続いて。『私は、日浦音葉。人間です』」

  「え、わ、わた、しは、ひうら、おとは。にんげん、です。」

  言われるがまま、繰り返す。

  「ええ、その調子です。そのまま、繰り返して言ってください。」

  「あ、あぁ。『わたし、は、日浦音葉。人間です』」

  ゆっくりと。何回も。

  同じ言葉を繰り返す。

  「『私は、日浦音葉。人間です』…」

  「はい。どうですか?」

  「どうって…私、何も…あっ!?」

  戻ってる!私、私に戻ってる!

  「す、すごい!!どうなってるの?」

  身体は、オスのドラゴンのままだ。なのに、頭の中では、オスじゃなくなってる。

  「要は、暗示です。そういうもので、切り替えられるひとはすぐに切り替わるのです」

  「へー…難しいですね」

  「そんなことはありませんよ。私も…」

  ぱちと、池田さんがまばたきをする。

  「ほら、私なんかはすぐに、人間の意識に切り替わるの。」

  「えっ!?別人みたい…!」

  さっきまでかっちりとしたドラゴンだった池田さんから、ふわとした印象がただよう。

  「ふふ、ごめんなさい。あんまりかっこ良かったから、意地悪になっちゃった。」

  「い、いえ。気にしてません」

  カッコいいって言われるだけで、尻尾がぶるんと横に振れた。

  「ふふ、立派なオスドラゴンさんね。」

  「あ…」

  角をなでなでされる。さっきまで見上げてた池田さんが、うんと手を伸ばして私の頭を撫でる。

  「ほら、もうドキドキしないでしょ?」

  「は、はい」

  ちょっぴり嘘だ。まだちょっと、ドキドキはしていた。

  「…じゃあ、日高君の所に行こっか。どっちの方で行く?」

  「え、えっと…」

  [newpage]

  [chapter:彼氏と対面]

  「オレは、日浦音葉、ドラゴン…」

  ぶつぶつと、自分に暗示をかける。

  「どうだ?オレ、なれて…る。いつの間に…」

  「…早いですね。コツを得るには、かなり時間がかかるのですが…」

  こういうのは、メスの頃から得意だ。昔から要領をつかむのは早い。

  「へへっ。まぁな。…じゃなくて…!」

  どうなっちまったんだ。オレ。敬語を使おうと思ってるのに、言葉にしようとした時点で、尊大な言葉遣いになってしまう。「ええと、わりぃ、オレ、頭変になってよ…じゃなくてぇ…ご、ごめ、ごめ、ア、アァ…!」脳がビキビキと割れるように痛い。ごめんなさいって言おうとしただけで!?

  「良いですよ。あなたは、そういう生き物になってしまったんです。むしろ、王のドラゴンが敬語を使う方がおかしいではありませんか」

  「…ソォ、なの、か?」

  ぎゅうと、抱きしめられながら、諭される。

  「大丈夫です。誰も責めたりしません」

  「お、おぅ…ありがとな…」

  …何か、距離近くねえか?さっきから。

  「似合ってますよ。日浦様。」

  「そうか?確かに、着心地はいいけどよ…」

  オレは今、池田さんのタキシードを着させてもらっていた。

  池田さんが手伝ってくれたのもあるけど、妙に似合ってる。ピチッとした着こなしだ。

  「翼穴があるやつが残っていて良かった。本当は、私も翼を生やしたいのですが、厨房に行くこともありましてね…」

  「…わりぃ、池田さん。何から何まで」

  「ふふ、いいんです。さぁ、行きましょうか。」

  からんと、ドアを開ける。

  さっきまで広く感じたのに、今は狭く思う。

  「…!」

  ゆーくん、は…お、いた。

  とっても小さくて、何処にいるか見つけるのに少し時間がかかった。

  「へへっ。どーだ?カッコいいだろ」

  「…!…!」声に出さないけど、とっても驚いてるのがわかる。声にならない驚き、ってやつだ。

  「おと、は…?」

  「おう、そうだぜ。声も頭も、オスになっちまったけどな」

  自分で言ってて訳がわからないが、そうとしか言えない。

  「遅かったね、池田君」

  「失礼しました。少々、手間取ってしまって」

  「…なるほど?」

  マスターと話してるのを見て、駆け寄る。

  「どうだ…すか?マスター…カッコいい…だ、です、か?」

  「ふふ、良いんだよ、無理しなくて。ありのままが一番素敵だ」

  2人とも寛大だ。けど、このままじゃ不味いな。どうにかしねぇと。

  「…な…」

  ゆーくんが、ぼそと呟いた。

  …さすがに、ここからじゃ聞こえねえな…

  「どうした?ゆーくん」

  しゃがんで、目線を近づける。うおっ、足が長いからしゃがむだけでかなり低くなるな。

  「…ぁ、ぃゃ…」

  「んー?まだちっちゃいな」

  「イスの上、立っていいよ、日高君。」

  「ぁ、はぃ…」

  うんしょ、うんしょと、全身をつかって昇るゆーくん。

  「っとと」

  「おぃ!大丈夫か!?」

  バランスを崩したので、慌てて手を出して支える。

  「あ…うん」

  腕だけで胴体よりでかいんじゃないか?この身体。

  「大きさ、調整しないとだね」

  「あぁ、そうだな、マスター…」

  「…」

  「ホントにどうしたんだ?ゆーくん。さっきからおかしいぞ」

  「…分からない、けど」

  顔を真っ赤にしながら、答える。

  「俺、まだ信じられない。音葉がこんな姿になったなんて」

  「あぁ、オレも信じらんねえよ。」

  まぁ正確には、俺がメスだったことが、だが。

  「音葉は、俺のこと、すぐわかったよな」

  「?あぁ、まぁな」

  「…すごい、と思う。俺、だったら、気付けない」

  「…」

  もしかして、ゆーくん、しょげてる?

  「んや、あれは…消去法だよ。マスターはおしゃべりだし、池田さんは堂々としてる。それに比べたら、あの恥ずかしがりのネコちゃんがゆーくんの方が、まだ納得できるからさ」

  まぁ、それでも、あのゆーくんがちっちゃいゴスロリのネコメイドになってたのには、すっげぇ驚いたけど。

  「それにオレはオレだぜ?無理ねぇよ、日浦音葉とはほとんど別人だ」

  「…けど」

  口をとがらせて、もごと言葉を吐く。

  「おれ、音葉の彼氏なのに」

  尻尾がうなだれてる。自信を無くしてるようだ。

  「…あーもう、じれってぇ!」

  ひょいと、ゆーくんの身体を持ち上げ、胸に近づける。びくとなるが、抵抗はしない。顔がとっても近い位置にある。食べてしまえそうだ。

  「ふぅ…こんな無理矢理なこと、音葉の時には出来そうにもねぇな」

  「あ、あ…!」

  「いいか?ゆーくんがオレのことが分かんなくてしょげるのは勝手だけどよ。ゆーくんがどう思おうと、ゆーくんはオレの彼氏だ。さいっこーのな。」

  「…!」

  「オレは、ゆーくんの全部が大好きだ。ゆーくんも、そうだろ?」

  「…ぅん…」恥ずかしそうに、うなずく。

  「じゃあ、それでいいじゃねえか。なぁ?」

  「…う、ん…」

  さすがにちょっとキザすぎないか?まぁ、カップルってこんなもんか。音葉に戻った時にとっても後悔しそうだけど、オレは後悔しないし。

  「ハハ…本当に可愛いな、ゆーくんは。」

  「…!!??」

  ビクビクーと、全身の毛がオレの腕の中で逆立つ。

  「あ、あ。」

  「なんだ?可愛いって言われるのがそんなに嬉しいのか?」

  「あ、ア、アァ、ア」

  瞳孔がとっても小さくなって、よだれが少し垂れてる。触れた胸から響く心臓の鼓動がより早まる。

  「ア、アァッ!?!?」

  バチッと何かがゆーくんの中で弾けた。外から見ても、それが何となく分かった。

  「おい、大丈夫か…!?」

  「う、うん…」

  ぷるぷると震えるゆーくん。顔が、すごく真っ赤になってる。おれと同じくらい真っ赤なんじゃないのか。

  「あの、ね、なん、なんか、わ、わ、」

  ぷるぷると震えながら、目をぐるぐるさせて、メイド服をぎゅーっとして、口を開ける。

  「わ、わたし、あたまの中、おんなのこになっちゃっ、た…!」

  「え、え、えぇっ!?!?」

  これには、黙って聞いていた池田さんとマスターも、口を開いた。

  「おぉ…これは…何と言う…」

  「ふふふ、今夜は、お祝いだね?」

  「え、えぇっ!?おま、ゆー、くん、じゃなく、て…ゆー」

  何だか、こっちまで顔が真っ赤になってきた。いや、元々真っ赤だけど。

  「あの、ね。音葉、に、ぎゅーって、され、て、可愛い、って言われたら、なんか、なんかあたま、チカチカってして」

  たどたどしくも、饒舌に話す。あの、ゆーくんが。

  「そしたら、わたし、わたし、じゃ、なくて、わ、わ、たし」あぁ、オレと同じだ。無理に俺って言おうとして、頭がそれを拒絶してるんだ。

  「…ご、ごめん。気持ち悪い、よね。わたし、ホントはオ、オス、なのに」

  目に涙が浮かぶゆーくん。あんなに感情を見せるのを恥ずかしがってたのに、凄まじい変化だ。

  「…すっげー可愛い」

  「…え?」

  キョトンとした顔で、こっちを見つめる

  「とっても可愛いよ、ゆーちゃん」

  「!!」

  多分、オレ今、目がハートになってる。そして、多分ゆーちゃんも。

  「なん、で?わた、わたし、オスなのに、可愛いって、音葉、に、言われると、とっても嬉しくて、つらくて」

  「ゆーちゃん」

  まっすぐ見つめあい、お互いの胸の鼓動を聞きながら話す。

  「オレのこと、どう思う?」

  「…?…、ぁ…!」

  二人で、見つめあう。

  「カッコ…いい。音葉、カッコいい」

  「!!??」

  電撃が貫いた感じだ。足ががくがくして。脳がトロンととろける。やべぇ。好きな人に褒められるのって、こんな嬉しかったっけ。

  「カッコいい、カッコいい…!」

  「可愛い、可愛い…!!」

  「~~~!!」

  「~~~~~!!!!」

  ば、バカップルだ。オレたち。

  お互いを抱きしめながら、お互いを褒めあって、お互いで感動してる。

  や、やめなきゃ。超名残惜しいけど。

  話題をなんとかそらそうとする。

  「ハァ、ハァ…ゆ、ゆーちゃん。いま、ゆーちゃんが見てるのが、音葉が、いつも見てる景色だぜ」

  「え…本当、に?わたし、こんな、かっこよく…」

  「いーや、絶対にそう。間違いない。だって、ゆーくんのことを考えてたらこの姿になったんだ。」

  「…!…」

  知ってるよ、オレ。

  恥ずかしがりで今はこんなに可愛いけど、ちゃんとオレを守ってくれること。

  バレーしてる時は、とっても力強いプレーで、皆を助けてること。

  ずっと、見てるもん。

  「だから、多分、オレが見てる景色が、いつもゆーくんが見てる、景色なんだろうな」

  「…全然、ちがう」

  「…!」

  明確に拒絶した。あのゆーくんが。

  「わた、わたし。音葉、みたいに、朗らかに笑って、誰とでも楽しく、思ったことを話せるようになりたくて」

  目をつぶり、捲し立てるように話す。

  「でも、でも!この姿になったら、とっても恥ずかしくなって、こんなに身体は可愛いのに、頭も、ずっとずっと変で!」

  ばっとめを見開く。めちゃくちゃ可愛い。

  「音葉に可愛いって言われて、ようやく女の子に、なったのに…なったのに!まだ、恥ずかしくて、あり、ありがとうも、言え、なくて…!」

  穴の開いたダムのように、言葉が流れる。

  「こんな…こんなに…ハァ…ハァ…!だ、だ、大、好き、なの、に…!!!」

  言った。遂に言った!もう聞いてるだけでオレ、熱で倒れそうなのに!

  「大、好き!大好き大好き大好き!!だあい、好き!!!!」

  ぽふぽふ!!

  柔らかい肉球が、胸が、顔が。竜になった頭を包む。

  「えへ、えへへぇ。やっ…と、言え、たぁ…!」

  お腹に俺の熱い吐息がかかり、じとと湿る。

  震えてるのはオレなのかな。ゆーちゃんなのかな。もう、分かんないや。

  「ま、マスター、池田さん、早く止めてくれ。お、オレたち、おかしくなっちゃう」

  くすくすと笑いながら、まったくその場から動かない二人。

  「失礼ながら、手遅れでございます。」

  「あぁ、気が済むまでした方がいいさ」

  「そ、そんなぁ…」

  「音葉、ごつごつ、してるぅ」

  ふにふにした身体で顔をペタペタ触られる。

  いつの間にか、オレの方が恥ずかしがりになっていた。赤色のドラゴンになってて、本当に良かった。

  [newpage]

  [chapter:恥ずかしがりのあの子は]

  「分かった。わかったって」

  「分かってない!本当にすごかったんだって!」

  「いや聞いたよ、何回も」

  寝る前の時間、二人の女子高生がベッドの上で通話してた。

  多分、親友、だと思う。

  アタシは、爪を切りながら。

  あの子は興奮冷めやらぬ、と言った感じだ。

  恐らく、あの店に行ったんだろう。

  「それで、働くことにしたんだ。そこの店で」

  「そう、そう!今度は開店と同時に来てね、ぜーーったい驚くから」

  「…うん、わかった。」

  結局、アタシは今日は行かなかった。踏ん切りがつかなくって、用事があると嘘をついた。

  「…あの、さ、月宮ちゃん」

  「…何?日浦」

  数瞬の、沈黙。

  「言いたくなったらで良いからさ、悩み事とかあったら、言ってね?」

  「…どしたの、急に」

  「いや、さ。なんか今日、おかしかったから」

  「…ふーん」

  …鋭いな。いや、こっちが誤魔化すのが下手なだけか。

  「ありがと。気持ちだけ、受け取るよ。」

  「うん、…じゃね」

  「はーい」

  通話が切れる

  「…ふー。」

  そりゃ、そうだ。あんないりくんだ場所にある店に知らない人が何回も入るのを見て、店の内容を知らない、なんて。白々しいにも程がある。

  獣人、竜人がやってるカフェ。

  …あの子、どんな反応をしたんだろうか。

  「…爪、伸びてるな」

  ぱち、ぱち

  不自然なほど伸びた爪。

  真っ黒な体毛に覆われた身体。

  頭の金髪の上でぴょこぴょこ動く、大きな猫の耳。

  瞳には、細い瞳孔がある。

  (打ち明けたら、受け入れてくれるのかな)

  …今日も、言えなかった。

  満月が照らす部屋のなか、一人の黒猫の獣人があくびをする。

  「…寝なきゃ」

  ベッドの中に身体を潜らせる。

  (行ってみよう、あの店)

  きっと、次こそは。

  そう言い聞かせて、眠りについた。