ーーーーー茨城県某所の廃工場。
因幡サヨは、まだ糊の取りきれていない白衣に身を包み、廃材をかき集めてこしらえたマネキンに着せたパワードスーツを眺めていた。パワードスーツは白い装甲にところどころ彼女が所属している「レイバック社」のロゴがあしらわれている。モチーフについて彼女は聞いたことがなかったが、遠目で見てみてればなんとなくウサギに似ているような印象を覚えた。
パワードスーツのコードネームは「N-901 "Nito"」、通称ニトである。ニトの体のあちこちからはコードが小型のノートパソコンに繋がれており、未完成であることが見て取れた。ただ、白い装甲のあちこちには黒い傷や火に当たった跡がついてしまっている。本来は心身ともに真っ白のパワードスーツであり、現場に出たこともなければ野外実験だって経験していないのである。
「絶対に完成させる。研究チームの名をかけて」
彼女はポツリとつぶやいた。
それはちょうど1ヶ月前あたりの出来事であった。彼女が勤めていたレイバック社の研究所は当然このような廃工場では無く、セキュリティチェックが十重二十重にも施された最新設備の中に位置していた。彼女は研究チーム最年少であったが、このアーマー・パワードスーツ計画の主任研究者であった。そういった潤沢な設備の中で育まれていたニトも傷ひとつなく、真っ白なボディに傷ひとつ付くことなくお披露目の時を待っていたであろう。
「着用者と対話するアーマー、パワードスーツを制作せよ」
これが社長からの指示であった。人間同士ですら難しい「対話する」ということを要件に掲げられてしまったので、レイバック社の祖業たる装甲・パワードスーツ製作の他にもAIの研究が推し進められた。そうこうして誕生したスタンドアローンの自己学習型AIを搭載し、ロールアウトを待つばかりであったのだ。
しかし、そういった平穏な日々は突如音を立てて崩れ落ちた。ある夜、ロボット兵器の軍団が研究所を襲撃したのである。研究所は厳重に産業スパイなどを警戒してはいたが、実際の戦闘行為からの防衛を想定していなかった施設はたちまち崩壊、研究チームはデータごと多くが葬り去られてしまったのだ。ただ、何故かサヨのみ無事であったのだ。その理由は彼女にもわからない。他意はなく実際のところ記憶がないのである。襲撃された際に意識を失い、気を取り戻したらそこには傷だらけのニトと何台かのラップトップだけがあったのである。事件の発生当初は多くの耳目を集めたが、続報もなく今は多くの人の記憶の隅に追いやられたであろう。逃げ込んだ廃工場も人目の付かない場所にあるので、いまや誰とも会わないのが彼女の日常となっていった。
そして、一緒に落ち延びたニトは無事ではあったが「無事」ではなかった。装甲が完成し、AIのインストールも終了していたが、それに学習させるための必要なデータがてんで足りなかったのである。はじめに用意した「着用者を守るための倫理観」「戦闘時の安全確保」などは読み込めたが、そのほか人間社会の細かな価値観などは間に合わず、データベースにアクセスすることも叶わなかった。サヨはニトのAIとチャットを試みたことがあったが、「ぼくを着た人はずっととじ込めてまもる!」「うさぎピョンピョン!」など、言ってしまえば幼子のような知性しかなかった。ここ毎夜、こんな状態のAIをどう成長させるかが彼女の悩みのタネであった。こんな状態では、仮にAIが装着者を気に入ってしまったらいつまでも脱ぐことやバイザーを開けることすらも許さず、戦いには生存してもそうやって囚われ続けて無事ではないだろう… と。そんなことを考えながら彼女はキーボードを叩き続ける。廃工場の中は静かである。あるのはパソコンの冷却ファンの音だけであった。
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いつの時代も新たな場所で暮らすのは難儀するものなのか。この春から大学生となった八頭隼人はしみじみ思った。この春、東京の実家を出て茨城県の大学に進学したので最寄り駅の電車の時間からコンビニの場所まで全てが覚え直しになったのだ。そして茨城は景色が単調で目印になるような建物も少ない。なので交差点の名前を覚えたり、より目印に注意しなければならない。いわゆる「すきまバイト」として始めた配達人ーーーどう攻略するかやりがいがあると彼は感じていた。
「さて、次の宛先は... 因幡サヨ。住所はっと...」
赤信号のうちに依頼が着信したスマホを一瞥し軽やかに自転車を駆る。ただ、道はだんだん細くなり、舗装もだんだん粗くなっていった。そしてたどり着いたのは廃工場であった。がらんとしており、人の気配もない。配達の依頼にしてはあまりにも不自然がすぎる。イタズラかと一瞬思った。
そして、すぐ彼は「違う意味」で信じられない光景を目の当たりにした。
目の前にはところどころ黒い傷の入った白い甲冑のようなものが組み上げられていた。黒光りした頭部のバイザーもあいまってさながら特撮もののヒーローのようであった。
「何故ここをっ!」
物陰から驚いたような、警戒したような声がした。声色を見るに、年齢は彼より少し上くらいの女性だろうか。
隼人は気を取り直した。
「あ、あの… 何がどうなってるんですか?」
「それはこっちのセリフ。あなたは何故ここへ?」
「そうだ… あなたへの配達物です。因幡サヨさん」
「はぁ。この廃工場までわざわざありがとうね。でもこれ以上あなたは知るわけにはいかないの」
サヨは隼人に配達された封筒を手に取りながら言ったが、直後にはっとして口の奥の方を噛んだ。言ってはいけないことまで口走ってしまった。
「あの、白いヒーローみたいなやつですか?」
「ヒーロー?」
サヨは眉をひそめた。ニトを正義のヒーローとして作った自覚はなかったし、何より知られてすらほしくはなかった。
「いや… なんかこの機体を見たとき、なぜか僕に動かせる気がして...」
ニトのバイザーが西日を受けてきらりと輝いた。
「あなたがこの子に興味があるのはわかった。ーーーでもこれは、『わたしだけの』機密事項なの」
サヨは自分に言い聞かせるようつぶやいた。雲が西日を遮って、ニトに影が差した。
「是非もないか」口からこぼれた言葉が消えぬ間に彼女は手刀で隼人の脳天を叩き、刹那クロロホルムを嗅がせた。
「あなたはここで見たことは何も知らない、そもそも何も見ていない...」
呪文のようにサヨは言った。隼人を自転車のそばまで抱き上げ、そして横にさせた。
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廃工場の反対側のドアを蹴破るような音がしたのはその時であった。
「ニト!」サヨは工場の中に駆け込んだ。視野の先に1か月前のロボット兵がいた。彼女は自分のみぞおちが冷えたのを感じた。
「社員ID...901-209-910...確認、因幡サヨ、抹消対象として確認。実行作業に入る。」
ロボットの左手にあるレンズがギラリと光った。暗闇と土煙に隠れているが、その下には凶器もあるだろう。
「ニトだけでも、ニトだけでも守れれば是非は無い...! 」
サヨはスタンガンを構える、自分の命と引き換えにロボットを活動不能にさせようとするつもりだった。刹那、銃声が響く。みぞおちのこわばりが最高潮となる。ああ無念、研究チームの一員として、そして自分自身も手塩にかけてきたニトを守れなかった、チームの面々の顔が思い浮かんだ。みんなごめん、本当にごめん...は地面に... 倒れ込まなかった。白く冷たい右手が彼女を受け止めた。そして、同じ色をした左手が構えた剣の切先からは、小煙が立ち上っていた。
「ニト……? どうして…… あなた…… 」
サヨは驚きと恐怖に震えながら呟く。ニトは冷たく澄んだ瞳を彼女に向ける。
「ぼくは…… 役割を全うするだけ…… 」
彼は再び剣を構え、ロボットに向き直る。
「プロジェクトチームの試作機…… 敵対反応検知…… 消滅の必要確認…… 」
ロボットのレンズが再び光り、サヨは息を呑む。
「待って…… あなた一人じゃ無理だわ…… 」
ニトは微笑み、サヨの手を握る。
「ぼくは…… 一人じゃない…… ぼくには…… みんながいる…… 」
その瞬間、部屋のドアが勢いよく開いた。また同じロボット兵だった。
「検死役到着。命令の不履行を確認。いますぐ対処を行う」
左手のレンズが同じように光った。
「させないッ!!」
ニトは脱兎のごとく増援の下に踏み込むと剣を銃口に突き刺した。銃弾は行き場を失い暴発、増援ロボットの腕は自壊し、座り込むように倒れ込んだ。彼はそれを脇目で確認すると、1体目の配線を一太刀。たちまちに1体目もその場に崩れ落ちた。
サヨは増援の頭をもぎ、机の上のノートパソコンとケーブルを繋いだ。そしてパソコンの上で偽の報告コマンドを作成すべく指を滑らせた。
「自機壊滅、ただし、対象の抹消は完了。これにて終了報告を終える」
そのメッセージを聞き終えてから、サヨは1体目にスタンガンを突き刺した。1体目もにわかに死んだように横になり、部屋には静寂が戻った。
「ニト...! 」
サヨは昂った心を落ち着けるかのように呟いた。ニトは振り返って満足げに頷いた。
「でも、誰がニトを...!?」
我に帰ったサヨはふと思った。ニトはAIこそ搭載しているものあくまでパワードスーツ。世にいう「中の人」がいないと存在すらあり得ないのだ。
「あのぉー... 隼人です。八頭隼人です...」
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ニトの頭の中からばつが悪そうな、さっき眠らせたはずの配達屋の声が響いてきた。外れたバイザーから顔を出した隼人がお辞儀をする。さっき昏倒させた彼こそがパワードスーツを操縦していた張本人であったのだ。
「さっきの!? ニトを!?」
「はい…… すみません…… 八頭隼人です……」
「えぇと…… とりあえずありがとう、助かったわ」
サヨは呆れたように笑って言った。しかしすぐに真剣な顔に戻る。「でもどうして?あなたは何も見てないし何も知らなかったたはずでしょ?」
茶番のような突拍子もない言葉に隼人は困惑した表情で答えた。
「実は…… 自分もよく分からなくて… でも気づいたらここにいて……」
サヨは深呼吸をして冷静さを取り戻そうとした。
「まぁいいわ。今はそれよりここから脱出することを考えないとね」
ニトを纏った隼人は頷いた。しかし、当然の疑問が彼の口から出た。
「あの... これどうやって脱ぐんですか...? パワードスーツみたいなのですが...」
サヨははっとした。成り行きだったし、あまつさえ隼人になど着せるつもりなど毛頭なかったので、彼にはニトの特性「気に入った装着者から離れようとしない」を伝えていなかったのだ。
渋い顔で口を開く。
「あのー… 言いにくいんだけどそれ、しばらくは脱げないの… 」
「ちょっとそれ… 明日は休みですけど、大学やバイトだって… これじゃあ自転車はこげないですし…」
「とりあえず裏口は無事みたいだから。車で私の家に泊めてあげる。明日以降は... 『ニト』に聞いてみて」
彼女は開き直ったような調子で裏口を出てしまった。隼人は藁にもすがる思いでつぶやいた。
「なあ『ニト』。おれ、いつになったらさっきまでの姿に戻れるんだ...? 敵はいなくなったし、そろそろ脱がせてくれないか...?」
「いや! ぼく、ハヤトと戦うの楽しかった! しばらく一緒になる!!」
「えぇ… 」
遠くから車のエンジン音が聞こえてきた。
「隼人!! ニト! 早く出てきて!!」
「あぁー! 待ってください! ちょっとだけ! ニト!! いい加減に……」
ニトが歩くのを邪魔するらしく、隼人は千鳥足で裏口に向かった。
サヨは車から身を乗り出し、「彼ら」をせかした。
「あぁー! ちょっと待って! ニト、急ぐよ!」
「いやー! ニトも出る!!」
「二人」の叫び声が夜空に響き渡った。
すったもんだの末にサヨの車は出発した。ただ、これは普通の大学生の「オレ」、「ニト」と名乗るAI、そして因幡サヨという「ハカセ」の奇妙な生活の始まりに過ぎなかったのであった...