混じり合った龍

  [[rb:万獣楼 > ばんじゅうろう]]。この東国と呼ばれる国の中心部から、少し離れた場所に広がる巨大な繁華街。その名前を、東国周辺で知らないものはいないだろう。この辺りで出回っている、獣の霊力が込められた危険な秘薬……“[[rb:美仙仁丹 > びせんじんたん]]”の源流にして、それが最も利用されているであろう場所だ。

  美仙仁丹は、飲むことで獣の生物的な美点と、物理的な美点を得られる薬だ。人気の高い「卯」、ウサギの美仙仁丹を例に挙げて説明してみよう。この仁丹を飲めばウサギのような性欲を得て、より大胆で積極的に異性と接することができるようになる。これが生物的な美点だ。それとは別に、仁丹を飲むと可愛らしいウサギの耳や尻尾が体から生えてくる。こっちが物理的な美点。要するに美仙仁丹は、飲むとその仁丹の材料となった動物のように可愛らしく美しい存在になれる薬なのだ。この薬は基本的には女性用……言ってしまえば娼婦用で、万獣楼は美仙仁丹によって獣の魅力を得た娼婦たちが特別な客たちを接待する、巨大な娼館なのである。そこでは、獣の美を宿した娼婦たちは[[rb:華獣 > かじゅう]]と呼ばれている。

  では美仙仁丹にどんな獣の力が込められているかというと……需要があるいくらかの動物を材料としたものは細々と作られていたりもするが、やはり美仙仁丹を象徴するのは十二支の獣たちを元に作られた最古の、伝統的な系統だろう。大量生産されていて、最も安価で人気だ。万獣楼の華獣たちはほとんど、この系統を使っている。

  ただ、この美仙仁丹という薬は単純に獣の可愛らしさを得られるものではない、なかなか厄介なものだ。僕はそれを……よく、わかっている。

  万獣楼の地下。華やかな喧騒に満ち溢れた色鮮やかな楼閣が立ち並ぶ地上とは一線を画す、万獣楼の陰の部分が染み付いた場所。古い香や獣の臭いが立ち込める、小さな灯りに照らされた薄暗い石造りの通路を、僕は記憶を辿りながら進む。そうしてしばらく進んでいるうちに、僕は目当ての場所に辿り着く。扉の隙間から大きな灯りが放つ明るい光と、甘ったるい香の匂いが漏れ出る部屋だった。

  静かに僕が扉を開くと、そこには、いつも通りに……怪物がいた。威厳のある長い龍の首の先についた、古木のように立派な枝角を生やした龍の頭には、それに似つかわしくない可愛らしい犬の耳が生えている。腕は巨大な鶏の翼そのもので、翼の先についた手は、右手は器用そうな猿の手で、左手は鋭い爪を備えた逞しい虎の掌。人間の胸に当たるであろう部分からは、牛のそれのように丸く肥大化した巨大な乳房がぶら下がっている。脚は力強い馬のものだが、足先は右の足が兎のものに、左の足が猪のものになっていた。腰からは鼠や龍、蛇などの長い尻尾が雑多に生えていて、全体的な姿形は西方の伝説に語られるワイバーンか何かのようだ。おまけに、身体のあちこちからは白い羊の毛のようなものが生えて塊を作っていた。

  装いも奇妙なものだった。厳しい龍の貌はこってりとした分厚い、色鮮やかな化粧で彩られていた。顔に似合わないほど厚い唇には鮮やかな紅が塗られ、睫毛は誇張する様に伸ばされている。髪もさまざまな色の染め剤で派手に彩られて、目立つように盛られている。その巨大な身体には安っぽいが鮮やかな色の衣を纏っていた。その四つ足の獣には不釣り合いな華美な装いは、まるでただの獣が、「自分は人間の娼婦なのだ」と勘違いして着飾っているように見えた。

  それでも、怪物……いや、彼女はただの獣ではない。

  「あはぁん……お客様ぁ? いらっしゃぁい……」

  猿の右手を使い、くすんだ七色の煙を燻らせる煙管から煙を吸っていた彼女が、龍の口から言葉を放つ。[[rb:駄華獣 > だかじゅう]]。美仙仁丹の霊力に身体を蝕まれ、人の肉体を保てなくなってしまった、華獣の成れの果て。駄華獣となった人間は、普通は獣の霊力が生み出す幻覚に囚われて理性を失い、ただ奇行を繰り返すだけの獣に成り下がる。だが彼女は、十二支全ての霊力を大量に受け入れてなお、理性を失っていない。こうして万獣楼の地下に棲みつき、僕のような物好きの客を相手取って金を稼いでいた。

  「うふふっ、あらぁ、見ない顔だわぁ……初見のお方ねぇ。この[[rb:混龍 > フンロン]]様の楼閣にようこそぉ。アタシの美しさの噂を聞いて来てくれたのかしらぁ……?」

  ……彼女、混龍さんが、焦点の合っていない虚な龍の瞳で僕を見て、陶酔した表情でそう言う。今日は、彼女の幻覚が少し酷いようだった。理性を失っていないとはいえ、彼女の精神は混沌とした霊力が生んだ、「自分は十二支全ての美を併せ持つ、専用の楼閣を与えられるほどに美しい絶世の華獣だ」という幻覚に蝕まれている。幻覚が強い日は、現実と乖離した言動や行動が目立った。今日は僕が、彼女の「楼閣」を初めて訪れた客に見えているらしい。僕は何度も彼女に会いに来ているのに。

  「ぼ、僕ですよ! ランです、混龍さん。き、聞こえてますか?」

  「あぁ? うぁ……ぅ? はぁ、あ、アタ、シ……」

  僕が声をかけると、彼女は初めて自分が幻覚の中にいたことに気づいたらしい。驚いたような声を上げると、虎の手で頭を押さえ、何度もぱちぱちと瞬きをしながら、大きな龍の頭をぶんぶんと振った。

  「……はぁ、はぁ……うふぅん、ごめんなさいねぇ、ランくん……客の顔も覚えられないとか、アタシ、華獣失格じゃない、もう……」

  なんとか幻覚を振り払ったらしい彼女は、いくらか焦点が合うようになった瞳で僕を見据えた。その瞳には、さっきのような虚さではなく、いつものように蠱惑的な輝きが宿っていた。良かった、今日はすぐに正気に戻ってくれたみたいだ。

  「それでぇ、どうしてこんなトコロまで来たのぉ? ……うふぅ、甘えんぼなランくんにそんなこと聞く必要ないわよねぇ。この混龍オネエサンと一緒に寝ながら、お話を聞いて欲しいんでしょお? ねぇ?」

  「……は、はい」

  彼女がゆっくり、のしのしとその巨体で距離を詰めながら、優しくも誘惑的な口調で僕がここに来た目的を聞いてくる。僕はその問いに、ごく素直に答えた。

  僕は……成人して、まだ一年と少ししか経っていない。そもそも彼女と会ったのも、成人祝いで、職場の先輩に万獣楼に連れて来られた時……華獣に注がれた慣れない、強い酒に酔って、訳もわからず地下に迷い込んでしまった僕を、彼女は優しく保護してくれた。年上で、しかもすごく大きな身体の彼女に優しく介抱されたのが、僕は忘れられなくて。そのために、僕は無理のない範囲でお金を用意しては彼女に会いに来ているのだった。『アタシぃ……すっごくキレイな華獣だけど……別にいつも忙しいじゃないのよぉ? 空いた時間にあなたと話ししてても、何か減るわけでもないのに、こんなにいいわよぉ……』と苦笑されるのがお決まりだった。

  「あはぁん、ランくんは正直でいいわねぇ。さ、アタシの寝床にいらっしゃぁい。アタシと一緒に……うふふっ、素敵な夜を過ごしましょ?」

  彼女はその巨躯をゆっくりと寝床……それなりに清潔にされた、色鮮やかな布の山まで移動させる。そうして身体を横にすると、艶めかしい横目で僕を見ながら、獣の雌が雄を誘うように尻を軽く振ってみせた。

  その性を色濃く感じさせる仕草は彼女なりのもてなしかたなんだろうけど、僕には彼女がそうやって、彼女との肉体関係に踏み切れない僕を軽くからかっているように見えた。彼女は優しかったけど、それなりに悪ふざけをする意地悪な女性でもあったから。

  そう思いを巡らせながら、僕は彼女の寝床に近づくため、誘いに乗って足を踏み出した。

  寝床で彼女の側に寝転がって、僕は彼女と、いつものようにとりとめのない話をたくさんした。日常のちょっとした事件。職場での些細な悩み。将来の不安……彼女はどうでもいいことでも、真剣なことでも優しく聞いて、笑ったり、助言をくれたりした。僕はそんな、年上なのに飄々とした性格の彼女との時間が好きだった。そうして僕の話は、ある一つの話題に差し掛かった。

  「僕、こんな年なのに……女の人と夜のことをするのが怖くって。そのせいでちょっと女の人と深い関係になるのが怖いんです」

  十何年と生きてきた男の悩みとしては、あまりに幼稚だった。

  「……あらぁ。そうなのぉ? まったく、それでよくこの万獣楼にひとりで入れるものだわぁ。ここ、そんじょそこらの夜のお店より、ぜぇんぜん生々しいトコロだと思うけどぉ」

  「うぅ……そ、そうですよね。僕、変ですよね」

  正論だな、と思って僕は自分の情けなさに顔を赤らめる。万獣楼は、獣のような欲と性が渦巻く場所。地上で艶めかしく客と歩く華獣たちから目をそらして歩いていた自分を思い返すと、自分がいかにそういうことを拒絶してしまっているのかを実感する。

  「とにかく、さっきはからかっちゃってぇ、ごめんね?」

  彼女は猿の手を僕の頭に乗せて、落ち着かせるように優しく撫でる。腕である翼が僕の身体を覆うように被さって、羽根が頬をくすぐった。頭の上から投げかけられた言葉を聞いて、さっきは、やっぱりからかわれていたんだ、まったく彼女はちょっと意地悪だな、と思う。

  「……っていうか、もしかしてアタシに会いに来てくれてるのって、アタシがバケモノで、気楽だからぁ?」

  「そ、そんなことないです! ぼ、僕だって、勇気があったら、混龍さんと……したいです……」

  自己否定ともとれる彼女の言葉を聞いて、咄嗟に素直な思いが口から出た。僕は、混龍さんのことが好きだ。そして、彼女の女性的な魅力に溢れた大きな異形の身体も、そこまで怖いわけではない。むしろ、包み込まれるみたいで好きだった。

  「……うふぅん。そう言ってくれると、なかなか嬉しいわねぇ。やっぱり、カラダで交わるのは、華獣の本分だしぃ?」

  彼女は少し誇らしそうにその龍の瞳を細めたかと思うと、僕にとっては突拍子もない提案をしてきた。

  「そしたら、ねぇ……今夜は、勇気を出してみないかしらぁ?」

  「…………」

  艶めかしく発された声の意味を、とっさには理解できなかった。えっと。そうか。混龍さんは、いつももっと肉体的な接待をしてるんだ。客と交わることなんて、当然のことなんだ。

  「もちろん、無理強いなんかしないわよぉ。アタシがこのおっきな身体で無理やりやったら、ランくんは抵抗できないでしょぉ? それに、アタシはランくんのことを怖がらせちゃうとか、嫌な思い出を残させるのも嫌」

  優しい声色で、彼女が説明を付け加える。僕はびっくりしていたけど、彼女はあくまで僕の意志を尊重してくれるようで、安心した。

  「……ただ、仲良くなったアタシなら、人間とちょっとかけ離れたカラダのアタシなら……ランくんも、ちょっと気楽な気持ちでできるんじゃない? って思うの。それだけよぉ」

  そうして最後に、絞り出すような声で、彼女がそう言った。きっとそれが彼女の本心なんだろう。でも、それは僕も感じていたことだった。人間じゃないから安心できるかはわからなかったけど、こんなに親しい混龍さんなら、と思えることは事実だった。

  「……じゃあ、お願い……したいです……混龍さんなら、安心できます……」

  一瞬の沈黙の後、僕はなんとか返答を絞り出した。

  「いいわよぉ。そうねぇ、優しく、とっても優しくしてあげる。だから、安心してアタシに委ねてね?」

  「……はいっ」

  布が擦れる音。彼女が寝床の上で、その鮮やかな色の衣を脱いでいく。帯が解かれ、体を覆う布が脱ぎ捨てられてゆく。ゆさり、と揺れる柔らかく豊満な乳房がそれを支えていた物から自由になり、様々な獣のそれが混じり合った表皮が露わになる。そうして、裸になった彼女は寝床の上で仰向けになる。彼女が脚を開いて露わにした陰部の周りは、意外にも獣の毛に覆われていない、つるりとした蛇か、龍のような表皮で覆われていた。以外にも陰部は、少し大きいぐらいで人間のものとそう変わりないようだった。そもそも僕は、人間のものを、そうまじまじと見たことがあるわけではないけど……

  すっかり誘うような姿勢になった彼女を見て、僕も脱がないと、と帯に手を掛ける。が、彼女は手を伸ばして静止してきた。

  「こらこらぁ、焦らない、焦らない。今のランくんはアタシが接待するお客さんよぉ? そういうのはアタシたちの仕事なんだからぁ」

  伸ばされた猿のほうの手が、そのまま帯に手を掛け、手慣れた手つきで僕の服もほどいていく。虎のほうの手も使って、あっという間に僕の身体は丸裸にされてしまう。

  「さぁて……それじゃ、灯りをちょっとイイ雰囲気のにするわねぇ」

  大きな灯りの傍にあった、小ぶりの灯りに火がともされると、彼女は鋭い息を龍の口から吐き出して大きな灯りを吹き消した。部屋は暗くも、ぼんやりと色々なものが見える程度の、まさに『イイ雰囲気』の明るさになった。彼女の女性的な肉体美を持った異形の肉体が、暗めの明かりに照らされて陰影を持って見える。奇麗だ、と思った。

  「さ、これで準備万端。いらっしゃい、ランくん」

  ……僕は彼女に導かれるがままに、自分の身体を彼女の大きな裸体の上へと重ねた。

  「ふふ。そうそう、上手よぉ」

  彼女の大きな身体の上に、僕は乗るように移動する。手が彼女の柔毛に包まれた、柔い肉体に沈み込んで、温かい感触と鼓動が伝わってくる。幼い頃、故郷の村で世話をしていた大型の家畜を思い出すような感覚だったが、それでもひとりの女性の肉体に直接触れていることには変わりなかった。どきどきする。不思議な感覚だった。

  僕は体の上に、重なり合うように倒れこんで、彼女の大きな体を抱く。下半身を“ちょうどいい”位置に合わせると、ちょうど彼女の巨大な乳房に顔をうずめる形になった。見たことも無いくらい大きい、その女性の象徴とすら言える部位に顔を突っ込むのは恥ずかしいというか、勇気が要った。しかしいざ頭をうずめてみると、あまりに大きく、柔らかく、なめらかな獣の毛皮に包まれていたから、性的なものというより、ただの大きな枕か何かのように思えた。その奥から響いてくる彼女のゆっくりした、力強い鼓動も併せて、不思議と落ち着く感じだった。

  「あらぁ。アタシのおっきなおっぱいにそんなにがっついて……ランくんもやっぱりオトコなのねぇ」

  「い、いや、ちょっとそんな感じじゃないっていうか……」

  「ごまかしちゃってぇ。華獣相手に、ナマの性欲を隠す必要があるぅ?」

  ほ、本当にそうではないんだけれど。照れ隠しに混龍さんの顔を見上げると、彼女は艶めかしく目を細めた。

  「うふふっ。さて、と……」

  大きな翼の両腕が僕の身体に回され、しっかりと抱き返えされる。滑らかな羽根が直接、裸の僕の肌に触れて、温かくもくすぐったい。

  「んぅー……ランくん、そんな感じじゃない、ってのホントみたいねぇ。アタシとこんなにべったりになってて、おっぱいに顔まで埋めてるのに、全然“硬く”なってないじゃないのぉ」

  「…………」

  正直、緊張していた。いつもは混龍さんの大きくて豊満な身体に欲情してしまうこともあるし、今も抱かれていて心地よいのに、僕の性的な心は、今日は黙ったままだった。なんだか申し訳ない気分になる。

  「ま、大丈夫よぉ。ちょっと蛇の尻尾で擦って、気持ち良ぉくしてあげるわぁ。ちょっとざりっとするから、びっくりしないでねぇ?」

  視界をそちらに向ける余裕は無かったけれど、僕の性器に蛇の尻尾が器用に、そして緩く巻き付く感覚がした。そのまま彼女は蛇の尾を優しく動かして、巻き付かせたものを愛撫する。撫でるように、そして軽く締めるように。

  「……ん、んぅ」

  「あらぁ、正直ぃ。うふぅん、擦りがいがあるわぁ……」

  蛇の鱗がもたらすちょうどいい凹凸の感覚が、気持ちよかった。彼女の身体から、温かい血が通っているのだろう。普通の蛇のようなひんやりとした感覚が無いのが僕には嬉しかった。あっという間に、興奮に応えた僕の性器はしっかりと硬くなる。その先はちょうど、彼女の性器に当たっていた。粘液で湿ったぬめる肉の感覚が、うっすらと感じられる。

  「ほら、入れてぇ、ランくん……」

  「……っ」

  彼女の声に従って、ずぶり、と思い切って挿入する。性器が大きいからか、それとも彼女の肉が特別柔らかいのか、想像よりもずっとスムーズに、僕の性器は彼女の中へと入っていく。暖かい感触と、鼓動がそこから伝わってきた。性器を温かく脈動する肉が刺激し、快感と興奮が僕の中に伝わってくる。気持ちいい……の、かな。

  「んっ、んん……ふぅ、あぁ、良いわぁ、ランくんのが、アタシの中にぃ……」

  恍惚とした声が上から響き、ぐっ、と抱擁の力が強まる。混龍さんは、僕と交われたのがそんなに嬉しいんだろうか。

  「あはぁっ……あぁ、ランくんはぁ、何もしなくてもいいわぁ。ここからはアタシが先導してあげるからぁ……うふふっ、気持ちよくねぇ」

  「……はぁ、っ」

  彼女が、脚で僕の下半身を支え、腰を動かす。僕が覆いかぶさる形だというのに、彼女は器用に僕の性器に自分の肉を擦れさせて、刺激してくれる。肉が擦れて、水音が狭い地下室に響く。性器から伝わってくる刺激的な快楽と痙攣が、ゆっくりと増していく。

  「ふぅ、ふぅ……はぁ……」

  「……っ、はぁ……!」

  彼女の巨体から感じられる鼓動も、僕達の交わりが激しくなっていくごとに早くなっていった。気づけば、僕も混龍さんの真似をするように腰を軽く動かしていて。

  「……う、あぁぁっ! ら、ランくぅんっ……!」

  「……うぅ!」

  そうして。終わりが唐突にやってきた。僕がこみあげてきた熱いものを、素直に彼女に注ぎ込むと、彼女も留めていた物を解放するように、巨体を痙攣させながら嬌声を上げた。僕達はそれから、その焼け付く快感の余韻を味わうように、しばらくつながったまま抱き合い続けていた。

  [newpage]

  「ふふっ……お疲れ様ぁ、ランくん。そろそろ灯りを消すわねぇ」

  事後。色々と後片付けを終えて、僕は再び服を着て、混龍さんと一緒に寝ていた。再び彼女の龍の口から吐き出された鋭い吐息が、灯りを吹き消す。地下の一室は、あっという間に暗闇と静寂に包まれる。

  通路から漏れ出る僅かな光しか光源がない世界に、すぐに視覚は適応できない。僕の視界は純粋な暗闇に支配された。そんな僕を導くように、彼女は両腕で僕を抱き寄せてくれる。虎の掌の肉球と毛皮。鶏の翼の温かい感触。羊の毛の柔らかい心地。雑多な獣の臭い。染み付いた甘い香。さまざまな感覚が僕を包む。彼女に抱擁されているという、心地よい感覚。

  「その、ちょっと……嫌な質問かもしれませんけど」

  暗闇とまどろみの中で、ちょっとした問いが頭に浮かぶ。

  「……なぁに? なんでも、いいわよ」

  「混龍さんは……ただの駄華獣になろうとして、偶然今みたいになった、って話してくれましたよね」

  前に彼女が、自分が今のように理性を保っているのはただの偶然だ、と言っていた。

  「そうねぇ」

  「……どうして、そもそも駄華獣になろうとしたんですか?」

  駄華獣に『なろうとする』、というのは、かなり重大な出来事であるはずだった。自ら人間的な思考や肉体を投げ捨てて、混沌とした思考に囚われた獣になること。純粋な獣の姿に憧れて、質の悪い美仙仁丹を少しずつ飲み、理性を保ったまま駄華獣になる華獣たちがいることは聞いていたけど、理性を保っていたのは偶然、という言い方からして、彼女がそう言った理由で今の身体になったわけではないように思えた。

  「うふふっ……まぁ、気になっちゃうわよね。単純よぉ。年をとって、どんどんキレイじゃなくなっていくアタシに耐えられなくなったからぁ」

  彼女はその問いに苦悩することもなく、あっさりと答えた。まるで他人事のように。

  「そう。このままどんどん先細っていくより……いっぱい良くない美仙仁丹を飲んでぇ……獣みたいになって、幸せな幻の中で、ずっと生きていけたらって思ったのよぉ」

  僕は言葉を返せないまま、暗闇の中で光る彼女の双眸を見つめる。しっかりと焦点の合った、覚めきった眼。やはりそうだったのか、という何とも言えない感情が、僕の中に湧き上がる。

  「あらぁ……そんな顔しなくていいのよ、ランくん。昔のアタシ、自分の周りのちっちゃな世界しか見えてなかっただけなのぉ。勝手に、自分に未来が無いとか、バカみたいなこと考えてたの」

  「…………」

  複雑な問題だった。僕は自分で踏み込んだのに、どういう言葉を混龍さんに掛ければいいのかがわからなかった。

  「ふふっ。まぁ、ちょぉっと重すぎる話になっちゃったわぁ。いいのよぉ、ランくん。アタシはアタシで、あなたはあなた。アタシのことは参考程度に思ってくれればいいの」

  ただ混龍さんの話を静かに聞いている僕を、慰め、落ち着かせるように彼女は撫でてくれた。未熟な自分を情けなく思う心が、すこし和らぐように感じられた。

  「それにねぇ……何もかもヘンな感じに終わっちゃったけど、アタシはこのカラダもそれなりに気に入ってるのよぉ。もう年とか、些細な問題だしねぇ」

  そういう彼女の声には、深い優しさと、物悲しい諦念、静かな満足が満ちていた。言葉を吐き出し終えたあと、彼女は僕の頭を長い龍の舌で優しく舐め、より強く抱擁してくれた。

  「……もう! こんなしんみりしたこと、お客さんと寝るときにするもんじゃないわ……いやぁ、ランくんは悪くないわよ。アタシが適当にあしらっておけばよかったってハナシ」

  「で、でも、僕は混龍さんのことをもっと知れて……嬉しいです」

  「ん……そうなのぉ? ……ランくんにこんなアタシのことをもっと知りたいって思ってくれるなんて、アタシも嬉しいわねぇ」

  混龍さんが嬉しそうにしていると、僕も嬉しい気分になった。そうして僕は暗闇の中で、彼女の混沌とした巨体が生む不思議な感覚と、さまざまな臭いが混じった空気、そして、初めての交わりを終えた身体を包む獣の巨体から伝わってくる、優しい暖かさの中でまどろんでいった。僕は思ってたより、疲れてるみたいだった。

  「とにかく、今日はお疲れ様。疲れたでしょうから、アタシの傍でゆっくり休んで」

  優しい声が、頭上から響いた。またいつか、彼女にこうしてもらいたい。奇妙な体験の中で、そんな思いが僕の中に浮かんだ。そして、僕の意識はゆったりとした温かい闇の底に沈んでいった。