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お母さん、お父さん、ニイナ。東京旅行は楽しいですか。
ぼくは今。
「うわー! これ知ってるぞ! 安いやつ!」
「安い?」
「お前が生まれるずっと前は、そうだったんだ。源五郎、これはイワシ」
「イワシ。……きらきらしててキレイだなぁ。食っていいのか?」
「食えるわけねーだろ、ココ水族館だぞ!」
「敬介さん、水槽たたかないで」
「ここ、たくさん食い物いるのに、ぜんぜん食えないのな……おれ、タヌキやキジもガマンしたぞ、何なら食えるんだ?」
「他と同じ。なんでも食おうとすんな」
「水槽見ながら食べれる寿司屋とか、釣った魚が食べれる釣り堀があるよ」
「おいやめろ、教えたことがブレるだろ」
変なオジサン二人と、水族館に来ています。
※
ぼくも、さっきまでK市にいた。駅前でプラネタリウム見て、ハンバーガー食べて、ドーナツも食べて、暗くなる前に家に帰るつもりだったんだ。
でも、出かけて、すぐ。
ヒュー……コツン。
目の前に、青いビー玉が落ちてきた。
「うわぁ、キレイ……!」
のぞき込んでみた。キラキラ光って、海みたい。 こんなビー玉、見たことない。
そしたら。
「えっ?」
何かにつかまれて、ぼくは急に空に飛び上がった。
「えええええ⁈」
ぼくの腰を、毛深い腕がつかんでた。後ろを向いたら。
「ギャッ!」
ぼくは、狼男にかかえられて飛んでいた。毛と目の色が、さっき拾ったビー玉と同じだ。でも、左の目がなかった。
「わあ! 目に、ごはんがついてきた」
ごはん? もしかして、ぼくのこと?
そいつは、大きく口を開けた。
けど、横から別の狼男が、赤い棒でぶんなぐってきて、青いやつは吹き飛ばされた。白いワイシャツを着てる、赤毛の狼男。
「うわぁあああ‼︎」
落ちるぼくを、赤い狼男がつかまえてくれた……まではよかったんだけど、ぼくを上にほうり投げて、もどってきた青い狼男と戦いはじめた。え? 待って!
落ちるぼくを、赤い狼男がまた、上に投げる。ウソでしょ!
ジェットコースターどころじゃない。やったことないけど、バンジージャンプよりずっと怖い。助けて!
今度は、青い狼男につかまった。青いのは、空中の変な輪に、ぼくを投げ入れた。
「うわああああああ!」
「っぶね」
水面ギリギリのところで、今度は白いTシャツの、白い狼男がぼくをつかまえた。今度は、ぼくを投げないでくれた。よかった!
「ごめんなぁ、いま岸に戻してやっから」
空では、青と赤の狼男がバトルしている。え、ここ、狼の国なの?
自分の顔を触ってみた。ぼくは狼になってないみたいだけど……これ、もしかして転生ってやつ? どうしよう?
でも、狼の国じゃなかった。
水の中から、龍が出てきたからだ。
「騒がしいと思えば……山の眷属どもが、わしの縄張りを荒らしおるか」
「わぁ、すまねぇ龍王様。おれら、そんなつもりじゃねくって」
「馬鹿、逃げろ!」
赤い狼男が、白い狼男をぼくごと抱えて逃げようとしたけど、龍にまとめて海にたたき落とされた。
「ケガねぇか、子ども」
「う……うん、ありがとう…」
白い狼男が、ぼくをひと気のない岸にあげてくれた。真っ赤なアロハを着た背の高い男の人が、僕らの後から上がってきた。
「くそ、『十一』のやつ、逃げやがった」
服も生き物の種類も違うけど、声が、さっきの赤い狼男だ。
「おい」
赤いアロハの人が、ぼくの前に手のひらを出した。手をにぎったら「ちがーう!」と怒られた。
「お前、『青いやつ』の左目、持ってるだろ。小さくて青い玉だ。よこせ」
「あのビー玉のこと? ……あれ?」
持ってなかった。というか、そんなこと忘れてた。
「落としたみたい」
「ウソつけ。まだお前から『青』の匂いがするぞ」
「敬介。子どもの右目」
白い狼男が、ぼくの顔を指さした。赤いやつ…敬介、というらしい…は、ぼくを見て、ものすごくイヤそうな顔をした。
「……あーもう、わかったよ。まず、着替えを買うぞ。しかたないから、お前のも買ってやる。ああ待て、源五郎」
赤いやつが、白い狼男に赤い首輪をつけたら、白い髪の、ちょっとゴツい男の人になった。
「よし。ついてこい、ガキ」
向こうに大きなショッピングモールが見えた。ぼくらの左の茂みの向こうに、ガラス張りの大きな建物がある。水族館だ。まえに来たことある。
ここ、I市だ。海沿いの街だ。
狼男の国じゃなくてよかった。でも、家から遠くて、歩いて帰れない。
[newpage]
赤い方は敬介、白い方は源五郎、と名乗った。
「まぁ…平たく言や、さっきお前をおそったようなヤカラを倒して回ってんだ、俺ら」
「そうなんだ」
敬介さんは、ずっと怒った顔してるけど、ケチじゃなかった。
着替えを(下着や靴、リュックに帽子まで)買ってくれて、今もフードコートでラーメンとギョウザをおごってくれてる。まあ…青い服はダメとか、赤い帽子をかぶれとか、注文はうるさかった。敬介さんは、服を替えても赤いアロハだったから、こだわりが強い人なのかも。
「で、お前が襲われた理由は、これだ」
敬介さんは、スマホをぼくに向けた。自撮りモードになっている。
「えっ!」
ぼくの右目が、青くなっている!
「『青』の左目が、お前の中に入っちまってる。きっとまた、取り返しに来るぞ」
「……取れないの?」
「目ん玉ほじくっていいなら」
「それはイヤです」
「大丈夫だ、シンイチ」
ステーキ食べてる源五郎さんが、ニッコリした。シンイチ、は、ぼくの名前だ。
「『青』を倒しゃ、元に戻らぁ。今度は仕留めちゃるって」
「……つまり、ぼくをオトリにするから、退治するまでの間よろしく、てこと?」
「やけに察しのいいガキだな。まぁ、そういうことだ。とりあえず、親に迎えにきてもらえ。俺らがコッソリ後ついてって『青』が来たらぶちのめす」
「うーん……困ったなあ」
「なんだ、親御さん仕事か? なら、交番に連れてってやる。安全に送ってもらえるはずだ」
「そうじゃなくて…あの」
悩んだけど、言ってみた。
「オトリになるから、ぼくと旅行しませんか?」
※
朝、起きたら、みんないなかった。
妹のニイナのモデルオーディションがあるから、そのついでにって、今日から東京へ、みんなで旅行のはずなんだけど。
スマホを見たら、ラインに「ごめんアンタのこと忘れてた。明日までいい子にしててね」と入ってた。
こういうことは、はじめてじゃない。ぼくはいつも後回しだ。ショッピングモールで忘れられて、何度も自分だけバスで帰った。親はいつも、ぜんぶ、ニイナのために動く。
ニイナ、オーディション受かるといいね。習いごととか、がんばってるから。
……でも、これはあんまりじゃない⁈ ぼくだって子どもなのに!
しかも、狼男におそわれて、お手玉みたいにされて、海に落とされて、こんな遠くまで来ちゃった。ひどくない?
少しくらい楽しい思いしても、よくない?
※
……と、話したら、敬介さんは、ものすごくイヤそうな顔をして、犬…じゃなかった、狼みたいにウー…って、うなった。
源五郎さんが「お手玉は、ひでぇよ」と言ったら、敬介さんはグルルル…って言いだした。こわい。
「ガキかかえたまま戦えるか。お前こそ、なんでなかなか来なかったんだよ、ついて来てたら渡せたんだぞ」
「あー…すまねぇ、ポストの角っこに足引っかけちまって…」
「うるさい。いいよガキ、俺らが悪かった。おわびにK市まで送ってってやる。それでいいか」
「いいよ、ありがとう! あ、でも帰る前に水族館行きたい」
「調子のんなよクソガキ」
敬介さんは怒った顔で、ラーメンと半チャーハンを一気に食べた。
「お前ら、さっさと食え。行くぞ」
「どこに?」
「ATMだ」
狼男も、口座作れるんだ。
[newpage]
アザラシといっしょに写真とろうって言ったら、源五郎さんは面白がった(食べちゃダメ、と言ったら少しガッカリした)けど、敬介さんはすごくイヤがった。
「お前だけうつってりゃいいだろ。なんで俺らまで」
「その方が、変な人だって思われないんじゃないかな、って」
「くだらねえ。どう転んでも俺らは変なんだよ」
でも、写真とってくれた。アザラシもカメラ目線してくれた。プロだ。
敬介さんは、水槽をベタベタ触りながら聞いた。
「親から連絡きたか」
ぼくはスマホのラインを見た。さっき「友達のおじさんたちとI市に遊びに行ってきます」と入れておいたのだ。この人たち…狼男だけど…を誘拐犯にしちゃったら、かわいそうだもんね。
「まだ既読ついてない。いそがしいんじゃない?」
「ったく……こら源五郎、ぴょんぴょんすんな」
「すげえなあ、この三角の道、水ん中とおってらぁ」
「F県沖の、暖流と寒流のぶつかるところをイメージして作られてるんだよ」
ぼくは一応説明したけど、ふたりは聞いてなかった。源五郎さんはぼくよりテンション高いし、敬介さんはつまんなそうな顔で、水槽をベタベタ触ってる。狼男って、おぎょうぎが悪い。
ちょうど人がいなくなったから、ぼくも水槽に近づいた。目の前を、エイが泳いでいく。青くてキレイな海。最高…!
と。
水槽に、丸くて小さい輪ができた。泡かと思ったら、ちがった。
輪から青い手が出て、ぼくをつかもうとしたけど、敬介さんがすぐ青い手をつかまえて、変な方向に曲げた。なんか、変な音がして、手と輪が消えた。
「え?」
「また逃げやがった。手首折ったから、しばらく来ないかもな」
「え、いまの」
「気にすんな」
いや気にするでしょ。
「さっきの狼男?」
「ああ。『青』は空間移動が得意なんだ。青いところに出入り口を作る」
「え、じゃあ」
水族館なんて、あぶないとこだらけじゃないか!
敬介さんは、また水槽をベタベタさわった。
「俺らの匂いで防げるんだ。海や青空よか、ずっと楽」
「……そうなの?」
「ああ。だからお前もあの、園児が引くほどハシャいでる白いオッサンを、少しは見習え。来たかったんだろ」
この辺は安全だ、と言って敬介さんは、サンマの水槽にくっついてる源五郎さんをはがしに行った。
ぼくははじめて、自分が見たいだけ、潮目と魚たちを見てから、二人を追いかけた。
水族館には、閉館近くまでいた。
※
水族館の外に出てから、お母さんから『よかったね、気をつけてね』とラインが来た。敬介さんがまたイヤな顔して、今度は自分のスマホを出した。
「家族は、明日の夜に帰るっつってたな」
「う、うん」
「しょうがねぇな。宿とるぞ」
「え?」
ビジネスホテルの一室が、ギリとれた。
「わー広ぇなぁー」
「絶対暴れんなよ」
「ベッドないの?」
「布団だとよ。コラお前ら、くつろぐな。行くぞ」
「どこに?」
「ランドリールームだ。この磯くさい服、洗わないと着替えもないぞ」
[newpage]
洗たくの間、晩ごはんを何にするか、話し合った。コメが食いたい敬介さんと、肉が食いたい源五郎さんと、めん類が食べたいぼくとで、行くお店が決まらないまま洗いおわって、洗たく物を乾燥機に入れてたら、電話が来た。さっき、お泊まりになったことをラインで送っておいたからかな。お母さんからだ。
出たら『泊まるお金どこから持ってったの?』だって。心配するの、そこなんだ。
「おじさんたちが出してくれるって」
『……変な人たちじゃないでしょうね?』
変な人たち、なんだよね。どうしよう。
返事に困っていたら、敬介さんが電話を代わってくれた。
「いつもお世話になっております。駄菓子店『みらい屋』の鏑矢と申します」
え。ちゃんとしゃべってる。えらそうでもない。ビックリした。
『みらい屋』は、近所の駄菓子屋さんだ。でも、こんな人たち、いたかな?
お母さんは「仕入れで浜通りに来たら、常連のシンイチくんがこっそりトラックに乗り込んでた。今日は暑いし、引きかえすにも遅いから、こっちに泊まることにした。こちらにも責任があるから諸経費は持つ」という、敬介さんの話を信じて、電話を切った。
「ぼく、ひとのトラックに勝手に乗り込むなんて悪いこと、しないよ」
「狼男に命狙われてます、の方がよかったか?」
「……ぼくは、トラックに勝手に乗りました」
「よし。…こら源五郎」
「ん、悪い」
寝てる源五郎さんを、敬介さんが起こした。けど、また寝てしまった。
「これじゃ、メシ食いに行けないな……シンイチ、俺ちょっと弁当買ってくるから、乾燥終わるまでここにいろ」
「え、でも」
「心配すんな。源五郎は、なんかあれば起きる」
「ん」
源五郎さんが、急に起きた。
「源五郎さん、おはよう。敬介さんはコンビニにお弁当買いに行ったよ」
「ん」
源五郎さんは返事をしてくれたけど、ぼくの方は見てなかった。首輪に指をかけると、はずれて、赤い棒になった。
「あたま、さげてな」
ランドリールームに、お客さんが入ってきて、ぼくらの前をとおる。
その人の青いバッグに、輪が浮かんだ。
「あ」
出てきかけた青いのを、源五郎さんは棒で、わっかに叩き戻した。本当に「あ」という間に終わった。お客さんも、気づいてないみたい。こっちも見ないで、バッグから出した洗たく物を、洗たく機に入れている。
赤い棒が縮んで、源五郎さんの首輪にもどった。
「え?」
源五郎さんはニッコリした。近くで見ると、夕日みたいな赤っぽいオレンジの目をしてる。
「もう、だいじょうぶ」
そして、また寝た。
[newpage]
「メシの前にシャワーしろ」
敬介さんは、ポットに水を入れて、セットした。部屋にもどってから、いそいでシャワーする。
ぼくが上がると敬介さんは、寝てる源五郎さんをお風呂に投げ入れた。本当に、投げて入れた。お風呂、こわれてないかな。
コテコテの焼きそばに、ツナサンド、ワンタンスープ。
「最高ー!」
「ホントにコッチでなくていいのか?」
「うん」
「唐揚げ半分やる」
「ありがとう。サンドイッチ食べる?」
「いい。ガキはしっかり食え」
敬介さんはカップみそ汁にお湯を入れて、牛丼とカルビ丼を出した。二つとも食べるのかと思ったら、カルビ丼のネギを牛丼に入れてから、牛丼だけ食べはじめた。ネギ好きなのかな。
近くで見て、初めて気がついた。銀色の目をしている。
「その目…」
「これか? 赤い色が抜けてるんだ」
「そうなんだ。源五郎さんの目が入ってるんじゃないんだ」
「あ?」
「ぼくに、青いのの目が入ってる、みたいな? 源五郎さんオレンジっぽい目だったから、入れかえたのかと思った」
敬介さんは、ハッとした顔をしてから、イヤそうに牛丼食べるだけになった。
気まずい空気で、焼きそばを食べた。言うんじゃなかった。
浴室から出た源五郎さんは、ニコニコして浴室から出てきた。
「サッパリした! ……敬介、どうした?」
「うるさい」
敬介さんが浴室に入って、源五郎さんはコンビニの袋から、カルビ丼とサラダチキンを出した。
「シンイチ、チキン半分食うか?」
「ありがとう。サンドイッチ半分食べる?」
「それ、タマネギ入ってるからダメって、まえに敬介に言われた。ネギ、気持ち悪くなる」
「えっ、そうなの?」
あ、だからさっき敬介さん、ネギ取り分けてたのか。
「うん。でも、ありがとなあ。……敬介とケンカしたのか?」
「んー……敬介さんの目と源五郎さんの目、入れかえたのかと思った、って言ったら怒った」
源五郎さんはビックリした顔をしてから、ニッコリした。
「面白えこと言ったなあ。でも違うんだ。おれぁ失敗作だから、こんな色なんだ」
「失敗作?」
「おれぁ……おれだけじゃねくて『青』もだけど、博士…敬介のお父さんに、狼を改造して作られたの。でもおれ、うまくいかねかった、って。それで博士、敬介を改造した」
特撮の世界になってきた。
「十二頭みんな倒せば、敬介は人間にもどれるんだ。おれも、ほかの兄弟たおして死ぬって約束してる。もし、おれの目ん玉が残ってたら、敬介はずっと人間にもどれなくって困らあ。なんだけど」
源五郎さんは、少し悲しそうになった。
「目ん玉だけでも敬介んとこ残れたら、うれしいなあ、って、ちょっと思っちまった。よくねえなあ」
[newpage]
ぼくは、まんなかの布団に寝た。はしっこがよかったけど、ねらわれてるのはぼくだから、しかたない。
夜中に目が覚めたら、左の布団に誰もいなかった。
敬介さんが、窓ぎわのイスにすわっていた。
「寝ろって言ったろ」
「目、さめちゃった」
「遠足の前じゃねんだぞ」
でも、今そんな感じだし。
「すわっていい?」
敬介さんは返事してくれなかったけど、コップに麦茶を入れてくれたから、ぼくは向かいのイスにすわった。
「飲んだら寝ろ。明日も暑くなる。寝なきゃバテるぞ」
「うん」
麦茶はすぐ飲み終わった。どうしよう。
「なんだ。絵本でも読んでくれってか」
「ううん」
聞きたいことはあった。でも…プライベートなことを、好奇心で聞くのは、よくないことだ。
敬介さんは、ウー…と、うなった。
「夜ふかしの罰に、俺の生い立ちを聞かせてやる。俺は、父親に改造された、大正生まれの狼男だ。いま、くそ親父が作った狼男どもを片付けに、駄菓子屋やりながら源五郎とあちこち回ってる」
「……そうなんだ」
「源五郎はバカだから、兄弟を倒すのを手伝ってる。最後はてめえも殺されるのに……どっか逃げようって頭もない。バカなんだ」
「……」
「でも、俺は人間に戻るなら、なんでもやる。バカな狼男も利用するし、家族に置いてかれた、かわいそうなガキもオトリにする。誰がどうなろうが、知ったこっちゃない」
敬介さんは、自分の麦茶を一気に飲んだ。
「ほら、イヤな気分になったろ。これ以上聞きたくなければ寝ろ」
聞きたかった。
敬介さん、ぼくに対して、ちゃんと大人でいるのに。
源五郎さんのこと、大事にしてるのに。
それでも、源五郎さんまで、倒さなきゃダメなの?
……でも、それはぼくが「子どもを愛さない親なんて、いない」「ちょっと忘れられたくらいで、親を悪くいっちゃダメ」って言われるのと同じなんじゃ、って、何も言えなかった。
「敬介も寝ろ」
源五郎さんも起きてた。
「おれが見張ってるから」
「別に、見張りに起きてたわけじゃねーよ」
「敬介さん、さっき言ってたじゃない。源五郎さんはなんかあったら起きる、って。信じて寝なよ」
「よけいなこと言うんじゃねーよクソガキ!」
「信じていいぞ、敬介」
「うるさい! もう寝る! お前らも寝ろ!」
三人でいっせいに布団に入って寝た。
[newpage]
朝。
敬介さんたちのチェックのあと、カーテンを開いた。雲ひとつない、青い空。
暑くて、狼男が出やすい一日になりそう……って、考えちゃった。やだな。
朝食バイキングを食べながら、これからどうするか話し合った。敬介さんは「運転ならできる」と言ったけど、免許は昭和の終わりに更新忘れたままになってた。ダメだ、公共の乗り物しかない。けど。
「でもぼく、高速バスでK市までは、むりだよ…酔っちゃうよ…バスは苦手なんだ…」
「じゃあ電車か。でも駅は、お前が歩くには少し遠いみたいだな。そこまでバス乗るのは、ガマンできるか?」
「……がんばる」
「じゃあそれで。ゆっくり食え」
パンもっと食べたかったけど、バスで気持ち悪くならないように、少しにしておいた。デザートも食べたかったな。
乗るバスを、まちがえた。
近い駅に行くはずが、少し遠くのI駅まで行ってしまった。ぼくは吐きそうになったし、なぜか源五郎さんも具合悪くなってた。敬介さんが、三人分の回数券と料金を払って、ぼくらと荷物をかかえてバスを降りて、待合室にすわらせてくれた。こういうとこ、人間ばなれしてる。
「動けるか、お前ら?」
「……うう…」
「だ…だいじょう……ぶ…」
「ダメだな。仕方ない、少しすわってろ」
「いや……行こ…う…」
「そんなんで、どこ行けんだよ」
「ぴ…ピザトースト…小倉トーストでもいいから…食べたい…お店が…近くに…あるっ、て…」
「ピザトースト…って……なん、だ……?」
「お前ら…よく食い物の話できるな」
喫茶店に入った。
ぶあついピザトーストがきたら、ぼくはバスに酔ったことなんか忘れた。小倉トーストを頼んだ源五郎さんも元気になった。エッグトーストをたのんだ敬介さんだけ、ちょっと困った顔をした。
「おい、本当にこれ、一人前なのか?」
「食べきれなかったら、お持ち帰りできるって。いただきまーす」
「大丈夫だ敬介、残したらおれが食う」
「おいっしー! バスまちがえて、よかったー!」
「おぐら、甘くてうまいな!」
「いや、うまいけど……オヤツの量じゃないぞ…」
トーストを完食して(敬介さんも残さず食べた)、駅に向かった。普通列車しかない。各駅停車だから、K駅に着くまで時間がかかる。水とお菓子を買いに売店に入った。
「飲み物ちゃんと買えよ。おいガキ、この期に及んでまだパン買うのか、さっきさんざん食ったろうが。あっ源五郎、それはチョコだ、お前はダメだ!」
敬介さん、こういうとこ、ふつうに先生にいそうな感じなんだよなあ。
「シンイチ、お前んちへのみやげ、これで足りるか?」
敬介さんが、タルトの箱をぼくに見せた。
「あ、お気づかいなく。ウチ妹が小麦アレルギーなので、家ではそういうの食べない決まりなんです」
「…そういうことは、もっと早く言えクソガキ」
「聞かれなかったし」
「うるさい」
敬介さんは、箱を戻して、ぼくが売り場に戻したパンをくれた。
おみやげは、チョコのプリンになった。
周囲チェックのあと、ぼくと源五郎さんが窓際に、敬介さんがぼくのとなりにすわった。
「もう二、三回くらい、来ると思ったんだがな」
「夜、来たとき、あたま半分わったから、なおるのに時間かかってるかも」
源五郎さんがおっかないことを言った。あの一瞬で、そこまでしたの?
「きのう龍王さまにドヤされたから、ずっとコソコソしてたけど……K市に戻れば、もう少し派手にしかけてくるかもな。たのむぞ、オトリ」
「うん」
「その帽子は、ずっとかぶってろ。目印だ」
あ、だから目立つ赤だったんだ。
「そういうことは、もっと早く言ってよ」
「聞かれなかったからな」
[newpage]
「なした、源五郎」
「……うう」
源五郎さんが、急に顔色悪くなった。さっきもバスに酔ってたから、乗り物に弱いのかな。
「源五郎さん、席かわろ。進行方向のほうが酔わないんだって」
「……う…敬介」
「なんだ」
「オニンギョウが、来る」
バチン、と音がして、源五郎さんの首輪が切れて、消えた。
えっ、源五郎さんが、狼男に戻っちゃった!
『不覚、なんたる不覚』
大きな手が、源五郎さんをつかまえた。
「!」
電車の天井に、大きな顔が出た。緑の髪とヒゲに、歌舞伎みたいな化粧をしてて、大きな目でにらんでくる。こわい。
『いつの間にもぐりこんだ、山神の紛い物どもめ』
敬介さんの赤いアロハが真っ白になって、敬介さんも狼になった。電車に乗ってる人たちが、悲鳴をあげて、となりの車両に逃げていく。どうしよう⁈
電車がF駅に入ったら、プラットフォームの端に、源五郎さんを押さえつけてるのと同じ姿の、大きなオブジェがあった。『お人形様』……上の看板に、魔除けって書いてある。
「待ってくれ、俺はともかく」
『往ね』
電車が止まった。ドアが開いて、みんな降りた。
魔除けの神さまは、二人をつかんで電車の外に出て、ナギナタをバットみたいにして、二人を遠くに飛ばした。ウソでしょ⁈
「え、待って!」
いそいで敬介さんたちの荷物も持って、ドアに向かう。
ドアの近くに、置いてかれた青いスーツケースがあった。
輪から伸びた手が、ぼくを引きずりこんだ。
[newpage]
「目とごはん、やっと、つかまえた」
空中で、僕は青い狼男につかまっていた。
「はやく食べて、お父さまをさがしにいかなきゃ」
「お父さま…?」
「おれらに、すごい力をくれた人。でも、ある日ニセモノになった。だから、さがしてる。まだ見つからない」
「……ニセモノ…」
「ニセモノだ、『赤いの』を作ったら、ぼくらに『お前たちはしっぱいだ』っていいだしたもの。ずっと『お前たちはすばらしい』っていってたのに」
「そんなこと、ぼくの親だって、言うよ」
ニイナが、カメラマンから写真とらせてって言われてから。でも、ニセモノになったワケじゃない。ぼくより妹の方が、有名人の親になれそうだもんね。
『青』の目が、ぼくに入った理由が、わかった気がした。ぼくたちは、似ていたんだ。敬介さんは『青』とも旅したかったから、ぼくを引き受けてくれたのかな。
「おまえ、イヤなやつだな。イヤなやつは、あんまりおいしくないけど、おれは好ききらい、しないんだ」
青い狼男が、大きく口を開けた。
「があっ!」
その口に、赤い棒がつき刺さった。
「え」
棒は、ぼくの赤い帽子から出ていた。
棒がどんどん伸びてくるので、狼男はぼくを離して、棒をおさえようとした。ぼくも、帽子をはなさないように、しっかりつかんだ。
帽子から、棒をつかむ、赤いケモノの手が出てきた。
続けて、白いシャツのそで、赤い狼男、白いシャツをつかむ手、白い狼男。
赤い狼男が、笑った。
「できるのは、自分だけだと思ったか?」
また落ちるぼくを、源五郎さんがつかまえてくれた。青い狼男の悲鳴が聞こえたけど、源五郎さんがギュッとしたから、ぼくは何も見えなかった。
「ん」
源五郎さんが、ぼくをおろしてくれた。K駅前の、プラネタリウムがあるビルの上かな? 一日おくれで来ちゃった。
敬介さんが、少し離れたところに降りて、駅前を見おろした。
「……倒した、の……?」
「ああ。お前の仕事は、これで終わりだ。お疲れさん」
「……そっか…あ、ぼくのウチ、あっちなんだ。いま、だれもいないから、休んできなよ。冷たい麦茶もあるから」
「いや。お前とはここまでだ。源五郎」
敬介さんは、赤い棒で駅前をさした。
「あの台形の建物の前に、ガキを置いてこい」
「わかった」
「じゃあな、シンイチ」
「え、待っ」
ぼくが何か言う前に、源五郎さんが、ぼくを抱っこしてジャンプした。
「シンイチ、おれ楽しかった。元気でな」
「ぼくm」
最後まで言えなかった。源五郎さんは、ぼくを置いて、すぐ消えた。交番の前だった。
「あ」
ビルの上を見た。あの目立つ赤い姿も、白い姿も、もう見えない。
「う……うわぁあああん!」
ぼくの泣き声で、交番からおまわりさんが出てきた。
ありがとうも、さよならも言えなかった。
[newpage]
帰ってきた親と妹は、家の前にマスコミが並んでて、ビックリしてた。ぼくだってビックリだよ。
ぼくは「F駅で、狼男といっしょにいた子ども」「K駅前交番に、狼男に連れてこられた子ども」として、急に注目された。あのとき、動画をとってた人がたくさんいたみたい。
でも、ぜんぶ「わからない。気がついたら交番の前にいた」で通した。親へのラインも、ホテルでかけた電話も、赤い帽子や着替えも全部「知らない」って言った。
両親に「本当のこと言いなさい、テレビに出なさい、インタビュー受けなさい、でも置いてったことは言わないで」って何度も言われたけど、無視した。
現代の神かくしとか、それは十二頭の狼男の二頭だ(そういう都市伝説があるんだって)とかで、オカルト研究の人とかも取材に来た。でも同じように、何もわからない、と断った。
学校で、からかわれることが増えた。でも、空中でお手玉よりはぜんぜんマシだったから、ほっといた。
ぼくの右目は、元にもどっていたけど、ときどき不思議なものが見えるようになった。昼間でも人魂が見えたり、お地蔵さまにニッコリされたりする。でも、あのときみたいな輪は、見つからない。
駄菓子屋『みらい屋』に行ってみたけど、敬介さんも源五郎さんもいなかった。お店の人に聞いても、知らないって言われた。
ニイナが、怒りっぽくなった。今までなんでもしてくれた両親が、急に放ったらかしにするんだもの、そりゃそうだよね、と思う。
妹と話すようになった。習いごとの送りむかえもした。兄だから、ってのもあるけど、妹が『青』みたいになっても、ぼくが『紅』みたいに退治しなきゃいけなくなっても、いやだもんね。
敬介さんたちが、ぼくにしてくれたようなこと、できるといいな。
スマホの写真を、コッソリ印刷した。
敬介さんは怒った顔だし、源五郎さんとアザラシは笑ってた。ぼくは、みんな写真に入れようとして、必死な顔してた。変な写真。
『もっと写真とればよかったな……』
この写真あげたら、敬介さんは源五郎さんを倒すのを、やめてくれるだろうか。
やめてくれたら、いいな。人間にもどる、もっといい方法が見つかって、二人でなかよくできたら、いいな。
写真は、三枚印刷して、二枚は赤い帽子といっしょにしまった。
敬介さん、もしまた帽子のとこにきたら、この写真、持っていっていいからね。
(了)
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