目が覚めると、緊急避難アナウンスに続き、けたたましいサイレンの音と警報ランプ──
狼が言う通り、物々しい雰囲気になっている。
「あきら、どうすんだ?」
船が沈没するとなれば、サイドカーは鉄の塊どころか、海の藻屑になる。
先ずは逃げることが最優先事項だ。
「逃げるぞ」
サイドカーから離れ、持てる荷物を持ち、甲板への階段に向かおうとして、ふと気づく。
──サイレンとアナウンス以外は、静かだの……
乗客が騒ぐような気配はない。むしろ静かすぎるほどだ。サイレンは依然として鳴っているが、船が傾く気配はない。
やがてサイレンはピタリと止まり、別のアナウンスが入る。
『乗客全員、直ちに甲板に集合してください。乗客全員、人質です。指示に従わない場合、どうなるか分かるだろ? 理解したらさっさと、甲板に上がってこい!』
船内アナウンスの内容が一変する。
──人質……
つまり、シージャックだ。寝ている間にこの船は何者かの手により、シージャックされてしまったのだ。
「どうするの、あきら?」
「ふむ……」
悠々自適な老後生活を一人で送るつもりが、ヒロ達を探す旅に変わり、今度はシージャックに巻き込まれる……。
何でこうも、邪魔をされなければならないのか? そもそも、ヒロ達は放っておけばよかった話だ。気にせず放置で、そのまま一人で老後生活を送れば良かったのだ。
──はぁ、人と関わるだけで、ろくなことしか起きやしない……。
とはいえ、ヒロ達を見捨てることはできない。わざわざ情報収集し、船に乗船したのはヒロ達が心配で、再会を望んでいるからである。
「狼よ、悪い連中が、この船を占拠して、乗客全員を人質にとった。しかし、ワシ等には無関係だ。捕まってもない。今からこの船内に設置されている小型ボートを見つけ出して、ここから脱出するぞ」
「それは、他の人達を見捨てるってことか?」
「ああ、そうだ」
「本当に、それでいいのか?」
「言っただろ、ワシ等には無関係だ」
すると狼は黙りとしたのち、口を開く。
「ヒロや、百音みたいな子供も、人質になってるのかな……?」
と、狼は訊いてくる。何故、そんな話をするのか。心情に訴えようというのか? ワシの心には、一ミリも響かない……いや、嘘だ。響いている。
良心の[[rb:呵責 > かしゃく]]が、始まろうとしている。
「厄介ごとはゴメンだ。それに、腰の痛みもいつ出るか分からん」
「腰の痛みの心配がなければ、あきらは乗客を助けにいくってことか?」
「……」
ああ言えば、こう言う。賢い狼のせいで、良心の呵責が完全に始まってしまった。こういう時、[[rb:耄碌 > もうろく]]してればどんなにいいことか。
「そういう問題じゃない。いいか……」
狼に説明しようとした刹那、カンカンと、階段を降りてくる者達の足音が響く。
「なんか今、下で声がしなかったか?」
「おい、乗客名簿を調べてみたら、人が足りてないぞ」
──やれやれ、この船はきっちり管理をされているのか。
脱出をしようとしていた今では、ありがた迷惑な話だ。
つまりは、人質として捕らわれていなければならない。腰を痛めてるのに、老人なのに──と、ぼやいても仕方がない。シージャックをした者達にとってはそんな事情は関係なくだ。
そう巡らす内にも、会話の内容が聞こえる。話し声は男の声だ。
「七十五のじいさんがどっかにいるはずだぞ」
「七十五ぉ? 年寄りだな。つーか年寄りが乗船してんなら耄碌して、そこら辺を徘徊してんじゃねぇか?」
「あー、そうかもな……。じゃ、ほっとくか? 面倒だし」
「いや、取り敢えずボスに確認しておこう」
二人の男達の声が遠ざかる。
「おい、何で俺はカウントされてないんだよ」
狼は不服そうに意義を唱えていく。
「カウントされないほうがいい。この状況なら尚更な」
逃げ道はある。あるのに──……ええい、[[rb:忌々 > いまいま]]しい!
「狼、ワシは今からボケたふりをする。ボケたふりをして、この船内を徘徊してくる」
「ふぅん? 何でそんなことをするんだ?」
「……さぁてな。強いて言うなら、老後の年金の為だ」
「年金って、大事なのか?」
「そうだ。年を取ったら大事な金になる」
すると狼は、人間って大変なんだなという感想を漏らす。思考もこれぐらい呑気であれと言いたい。いちいち良心に訴えてくるから達が悪い。
いや、この狼の場合、素で言ってるのだろう。素で言ってるならば、なお悪い。
「お前さんはそこで待機してろ。やばくなったら隠れるんだ。もしかしたら相手は、鉄の塊を持ってるかもしれないからな」
「鉄の塊?」
「銃だよ」
「あー、あれか。音も臭いも嫌いだぜ」
狼は尻尾を垂らす。相当嫌いなようだ。
「それじゃあちょっと……」
「ちょいと待ちなよ」
刹那、呼び止められる。車の物陰から一人の青年がふらりと現れ、こっちに歩いてくる。
ラフな格好、グレーのパーカーにパンツスタイルでへらへらとしている。
「……」
──シージャック犯の、仲間なのか? 狼に噛みつきの指示を出すべきか?
そう巡らす中、青年はニッと笑い、両手をあげる。
「そんなに警戒しないでくれよ。俺はな~んもしないぜ? この船に密航してたら、シージャックにたまたま巻き込まれただけだよ」
「密航……」
密航しなければならない事情は、旅費がないか、もしくは、なにかを企んでいるかのどちらかだ。
青年に疑惑の目を向ければ、
「やだなぁ、何もしないって。じいさんがボケたふりをして徘徊することも、狼が喋ってることも、俺は言いふらしたりしないからさ? 安心してよ」
今の説明で、最初から話を聞いていたのは明らかだ。
「ワシ達に、なにか用事か?」
「そうだなぁ……じいさんにとっては、有益な情報を持ってる、ここで役立つ情報屋──とでも言っておこうか?」
話の内容からして怪しい。怪しい上に、理解不能だ。おまけに、話の先が見えない。見えないということは、危うい。危うい上に、口からでまかせのパターンが多い。
──こういう輩には、関わらんのが一番だな。
「そうかい、他を当たってくれ」
「えっ……いや、せっかちだな。もうちょっと話を……」
「老い先が短い人生だ。こんな老いぼれじゃなく、せっかちでもないやつに話すんだな。もしくは、そこの狼にでも話せばいい。なぁ、狼よ?」
狼に話を振ってやる。すると狼は尻尾を振って口にする。
「話を聞いた後に、頭からバリバリ喰わせてくれるなら、聞いてやってもいいぜ?」
狼は青年に牙を見せ、低く唸る。
「ははっ、やだなぁ……。はぁ、分かったよ……」
青年は観念し、おどけた調子を引っ込めて口にする。
「俺は[[rb:桐生悠 > きりゅうゆう]]。年は二十歳になったばっかだ。派遣会社を辞めて、正社員の仕事がしたくて仕事を探してるんだけど、全然見つからないんだよ。資格がないとか、話し方がダメだとか、そういった理由で落ちまくり。けどさ? 俺にとっちゃ資格とか話し方とかどうでもいいし、そんなの仕事する上で関係なくね? って思ってるわけ。そんで、どこなら雇ってもらえるんだろうって調べてみたら、常に季節が一貫しない、クローネ島を発見したんだよね。常に季節が一貫しないせいで、それが嫌になって仕事を辞める人も、島から出ていく人も多くて、住む住人が年々減ってるって……。だからそこなら、仕事があるんじゃないかな~って思ってさ? この船に密航したわけ!」
「ほぅ。ちゃらんぽらんながらも、働く気概はあるのか」
「ちゃらんぽらんって……それ、俺の見た目で言ってる!? 何気に酷くない!? じいさん、こんなナリだけど夢はちゃんとあるんだぜ!?」
青年は一丁前に宣言する。しかも心底訊いて欲しそうな目でワシを見てくる。
──仕方ないの。訊いてやるか……
「お前さんの夢はなんだね?」
「お! じいさんも気になっちゃう? ふふっ、俺の夢は! 宇宙一の! 最強料理人になることだ!」
「そうか、頑張れよ」
そこで話を切り上げれば、
「いやいやいや、話を終わらせないでよ! ちゃんと会話やコミュニケーションをしようよ!?」
と絡んでくる。全く騒がしい奴だ。
「喧しいのぉ、お前さんは。で、ワシにどうしろと言うんだ?」
「じいさんさ、さっき、ボケたフリしてって言ってたろ。それってさ、乗客を助けるためでしょ?」
「──知らん」
狼と同じく、この青年の悠も勘が鋭いようだ。こちらがやろうとしていることは分かりきっている。
「頑固だな。ぜったい助けるためっしょ?」
「さぁてな」
「なんだよもう……。まぁいいや。そんでさ、じいさんがボケたをフリして徘徊しながら何かをしでかす気でいるなら、俺も手伝うぜ? 一人よりも、二人でやったほうが断然いいだろう?」
まるでお得だと言うような調子だ。全く、冗談ではない。
「信用ならん」
「えぇー! 信用してよ?」
悠は食い下がる。流石は、密航するだけの根性はある。だが相手はシージャックをする輩だ。完全な武装集団かもしれない。戦闘経験のない、ちゃらんぽらんな青年と組んでも、足手まといになる予感しかしない。
「悠、相手は乗客全員を人質に取ってるんだ。シージャック犯は銃の類いを持つ、武装集団かもしれないんだぞ」
「え、なになに、俺の身の心配をしてくれてるの? じいさん、まじ優しいなぁ~」
「お前の心配なぞしておらん!」
悠と話していると、ヒロと話しているような時分を不思議と思い出す。ヒロともこんな感じだった。煩わしい感じがよく似ている。
「お前さんは……」
「悠でいいよ」
「悠は、親戚に、口喧しいガキがいたりするのか? 十歳ぐらいの」
「いんや、全然いないけど?」
「そうかね」
「誰かに似てる?」
「ああ、何となくな。じゃあ悠、ワシは適当にボケたフリをするから、お前さんも適当に合わせてくれ」
「分かった。けどこの姿だと警戒されるから、元の姿に戻るよ」
悠の身長が見る間に縮んでいく。黄色に黒の紋様が特徴の動物──ベンガルトラが現れる。
「この姿なら、じいさんがボケたフリして徘徊してても、サポートできるよね?」
ベンガルトラの悠は明るく話す。
──できるわけあるか……
どういう理屈だと、呆れたのは言うまでもない。
༓࿇༓
ベンガルトラの悠に案内され、裏手の扉から船内に入り込む。ちなみに悠と共に、狼も一緒に連れている。捕らわれているだろう乗客を助ける為だ。
「やっぱり誰もいないな。話し声も聞こえないし、全員、甲板に連れてかれちゃったんだろうなぁ」
悠がぼやいたので、訊いてみる。
「奴等の要求は何だろうな」
「たしか……金だったはず。乗客全員の命と、大金の交換だったかなぁ?」
「なるほどな」
その資金で更なる悪事に手を染めようとしているのだろう。
しかして、一時の感情で人生を棒に振るとは、なんとも勿体無い話よ……
「じいさんならさ、大金があったらどうするんだ?」
「さぁてな」
「あきらは、楽しい一人老後生活をしたいから、それだけに使いそうだな」
狼が話に割り込んで笑う。たしかに狼の言う通りだ。しかしそれは以前の話で、今は少し考え中だ。口喧しいが、ヒロと暮らしてもいいと思っている。まぁ、思っているだけだが。
「──! 誰かくる! 二人だ」
刹那、狼はピタリと動きを止める。早速、シージャック犯のおでましだ。
「じいさん、俺はあんたに合わせるからな?」
悠は告げるが──。
即興で、ボケたフリをかます。ベンガルトラと、狼を連れた状態で。
──こんな状態で、うまくいくのか……
胸中に不安が過るが、足音は近づいてくる。
──さて、どうしたもんか……
今一度考えを巡らせ、
「お前さん達は一先ずそこに隠れて待機じゃ、後でワシが指示する。もし一人でやれそうなら人差し指をだす、ダメなら人差し指と中指で合図する」
「ああ、分かった」
ベンガルトラになった悠と狼をフロアにある、細い通路に隠れるように指示する。
༓࿇༓
「乗客全員揃わないと意味がないから探せって言われてもなぁ……」
「まぁ、豪華客船じゃないからさ。そんなに客室もないし、すぐに見つかるでしょ? 相手は七十五のじいさんだしさ、そこらで徘徊してるだけでしょ。しっかしそんなに大金って貰えるもんなのかねぇ?」
二人の話し声が近付いてくる。不穏ながらも穏やかな会話だ。声からして男、青年なのが窺える。会話の内容からして、シージャックも初めてのようだ。
──これは完全に、ど素人かもしれんな……
戦争経験のない、今を生きる若者の会話内容だ。戦争の話は教科書の歴史でかじった程度──いや、かじってもなく、机に突っ伏して爆睡してそうなタイプだろう……と、推測するも、油断は禁物だ。少しの油断が命取りになる。たとえ相手がひよっこだとしても、油断はできない。
──さて、やるかね。
二人組が角から現れそうなタイミングで、フロアに[[rb:躓 > つまず]]いて飛び出してみる。
「あ……、痛たたたっ……」
わざとよろけてみれば、青年二人は顔を見合わせる。
「いたじゃん! じいさん!」
「だな、間違いないな」
二人の青年はそう言って、ワシに近づいてくる。
「じいさん、船内アナウンスは訊いてなかった?」
「はい? なんですかのぉ……? 耳元で、もっと大きな声で、喋ってくれませんかのぉ」
わざと耳が遠いフリをする。今一度訪ねれば、「船内アナウンス、訊いてなかった?」と、今度はゆっくりした口調で、尚且つ、はっきりとした声で、耳元で訊いてくる。
──ふむ。年寄りに対しての扱いは先ず先ずだな。
なんてことを考えながら、「はて、何かありましたかの?」と、すっとぼけてみる。
すると二人の内の一人が嘆息し、「こんな状態なら、別に説明なくても問題なさそうだな。そのまま甲板に連れてけばいんじゃね? どうせ説明しても、理解しないだろ。ボケてるし」と切り出す。
このままでは[[rb:埒 > らち]]が明かないと判断したのだろう。しかしここで、甲板に連れてかれる訳にはいかない。
「すみません……。トイレはどちらにありますかな?」
「トイレ?」
「さっきから探しとるんですが、中々、見付からなくてのぉ。案内してくれんかのぉ?」
「ちっ、しょうがねぇなぁ……。おいお前、このじいさんをトイレまで連れてくから、そこで待っとけ」
「ああ、分かった」
一人は廊下で待機となる。今の発言で、統率の取れてない、寄せ集めチームであるのも理解する。勝機ありだ。
──これならワシ一人でもやれるの……
影に潜んでいる悠に、『この男はワシ一人でやる』の合図、人差し指を後ろ手で送り、トイレに向かう。
༓࿇༓
「すみませんのぉ。船内がどうにも広くて、迷ってしまいまして……」
「んなことはいいから、さっさとすませてくれ。ほら、ここがトイレだ」
青年はトイレに案内する。トイレの扉を開けて入れば、青年も一緒に入ってくる。
「おや、あんたも一緒にするのかね?」
「ついでにだよ。甲板に暫くいて、冷えたからなぁ」
そう言って、アサルトライフルを壁に置いて便器に立つ。
──やれやれ。ジャック犯にしては、二流どころか、三流以下か。これでは大金は掴めないだろうに……
青年がスボンのチャックに手を掛けたところで、背後に移動し、青年のすねを蹴って崩し倒してから両手首をつかみ、サッとワイヤーで拘束する。ついでに上半身と腕も拘束した。
「は……? え? おい、なんの真似だよ……」
「それはこっちの台詞だ。シージャックするなら、武器も肌身離さずがモットーだ。いかなる時も、離してはならん──と、習わなかったのか? はぁ……これだから戦時経験のない若者はダメなんだ」
軽く教訓と戦時マウントを取ってしまうほどに、相手は間抜けだ。
「畜生! なんだよこれ、離せよ!?」
「大人しくしとれ。で、お前さん達の仲間は全部で何人だ?」
「……」
青年は沈黙を貫く。
「まぁいい、お前さんに訊かずとも、端末で分かるもんよ」
青年のポケット漁ると端末が出てきた。履歴を見れば、たったの五人だ。たったの五人だが、銃を持っていた為に、対抗できなかったのだろう。
「さて、形勢逆転だの。しかし、久々に持ったの」
アサルトライフルの重みは、衰えた腕にズシリとして軋む。
「じいさん、まさかそれで……、ぶっぱなす気か!?」
「馬鹿いうでない! そんな真似するか!」
透かさず言い返せば、青年は縮み上がる。意外と気が小さいようだ。銃さえ持っていれば扱いを知らずとも、勝機を見越していたのだろう。
「さぁ、行くぞ。ほら、立つんじゃ」
「へ……?」
「いいから、立つんじゃ!」
軽く銃の切っ先でつついてやれば、青年は怯えて立つ。
拘束した青年を引き連れて元の場所に戻れば、もう一人の青年はベンガルトラになっている悠と狼によって呆気なく引き倒され、完全に沈黙していた。
「はぁ、なんとも情けない……」
「お、じいさん! そっちも終わったのか!」
「勿論だ。お前さん達と連携するまでもなく、終わってしまったな。それに、銃の扱いも知らん若者なんぞに遅れは取らん。それと、あと残るはたったの三人だ」
「そうなんだ。もっといるかと思って、ワクワクしてたのに」
悠は残念そうに呟く。
「こんな状況をワクワクしちゃならん。乗客達は怯えているんだ」
「そりゃあ、そうだけどさ……」
「ワシの時代の頃にも、ワクワクしている奴はおった。だがな、それは脳がそのように錯覚してるだけだ。恐怖と楽しいは似て非なるものだ。ドーパミンの量は大して変わらないからそう感じるだけだ。そこを勘違いすれば、身を滅ぼすだけじゃぞ」
「うーん……あきらの話は、よく分からないし、難しいなぁ」
狼が話に割り込んでくる。
「状況を軽んじてはならんってことさ」
「やっぱ、難しい」
狼はそう言って、「次はどうするんだ?」と訊いてくる。
「次はお前達の出番もあるぞ。ワシと悠と狼のフォーメーション、冬将軍、ナポレオン作戦だ」
「なんだそれ……? ナポリタン?」
「知らね」
狼と悠は目点でワシを見てくる。
༓࿇༓
捕らわれた人質と引き換えに大金をせしめる──シージャック犯達の計画性は三流以下のど素人。行き当たりばったりの、計画ですらないお粗末さだ。
──まったく、それに付き合わせられるこっちの身にもなって欲しいのぅ……
ともあれ、今は戦時中ではないが、昔の教訓を思い起こし、戦略を狼と悠に説明していく。
「いいか、この作戦は主導権を奪って成立する作戦だ」
「なんだかよく分からないなぁ。どうやんだ?」
今一度、サイドカーがある場所に戻り、狼と悠に説明していく。
「敵指揮官の戦力はすでに削いでいる。甲板は奴等に占領されてはいるが、ジャック犯の内、二人は拘束している。それに奴等は、ボケた老人しかいないと考えている。まさか船内にボケとらん老人、ベンガルトラ、狼、そして年季のいったサイドカーが機動力になるとは思ってないだろう。とはいえ、見せかけだがな。見せるにしては、効果抜群だろう」
サイドカーのバイクの前方には先程、青年二人が持っていたアサルトライフル二丁をワイヤーで固定して装着した。使用しないが、見せるだけなら効果はある。
という訳で早速、冬将軍、ナポレオン作戦の開始だ。
『我は[[rb:斯 > か]]くする。よって敵をして斯くしせしむる』
ナポレオン作戦ながらも、プロシア軍、参謀総長モルトケ将軍の教訓を胸に刻み、サイドカーのバイクに跨がる。その隣には先ほど拘束した一人の青年を縛り付けている。もう一人は戦力外どころか、ベンガルトラと狼に襲われたショックで気絶しているので、拘束した状態で倉庫の柱にくくりつけ、そのまま寝かせている。
「おい、じいさん……! マジでなにする気なんだよ……!?」
サイドカーの車台の前方に、仰向けの状態でくくりつけられている青年は怯えている。先程の勢いは完全になくなり、すっかり戦意喪失だ。
「なに、死にはせんよ。ちいとばかし、ワシがボケた老人のフリをかまして、甲板をこのサイドカーで走るだけだからな。だが、うっかり振り落とされんようにな」
「はぁ……!??」
間抜けな返事が返るが、その頃にはエンジンを始動させ、サイドカーを走らせていた。
甲板には捕らわれた人質の乗客達と、残るシージャック犯。シージャック犯は、三人ぽっち。たった三人ぽっちだが、狼と悠を導くナポレオンのように、導く指示をしなければならない。
「さぁ狼、悠、行くぞ!」
合図をしてサイドカーを走行する。サイドカーで階段をガダガダと登り、看板に勢いよく飛び出れば、一ヵ所に集められた乗客達からどよめきが起こる。だが構わず走行し、声を張り上げる。
「トイレはどこにありますかいのぉおおおお!? 今にも漏れそうじゃぁああああ!」
ボケた老人のフリをかまし、サイドカーを蛇行して走らせれば、早速、シージャック犯三人とご対面したが──
シージャック犯達はアサルトライフルを地面に放り投げ、踵を返して逃げてしまう。
──はぁ、とことんアホで、骨がないの……。
「狼! 悠!」
二人を呼び付ける。狼と悠に逃げたシージャック犯を追わせ、その間に捨てられたアサルトライフルを回収していく。
「まったく、銃の扱いもなっとらん……。そう思わんかね?」
「──」
サイドカーの車台の前方に、仰向けの状態でくくりつけた青年に訊いてみる。しかし青年は答えない、沈黙している。よくよく見れば、完全に意識を失っていた。
「これっぱかで、意識がなくなるのか。やれやれ……」
わざわざ作戦を立てたが、なんの脅威もなく、呆気なく終結した。
༓࿇༓
「いやぁ、助かりましたよ。どうもありがとうございます」
クローネ島に無事に着くと、沿岸警備隊と共に、艦長からもお礼を言われた。むず痒いが、「いえいえ」と、軽く会釈で返す。
骨董品のサイドカーと、冬将軍ナポレオン作戦(?)もどきで、シージャック犯を完全に沈黙、制圧することができた。
そんなわけで、この縁ついでに、ヒロとヒロの女性の手がかりを訊いてみることにした。
「狼を引き連れた十歳ぐらいの少年と、白いうさぎを抱えた女性を最近、見掛けませんでしたが?」
「ああ、その方達ならたしか、四日前に乗船してましたね。このクローネ島の、山の向こうにある、エアスト王国に行くと仰ってましたよ。王位継承がなんとかと……話してましたね」
「そうですか」
間違いなくヒロと、ヒロの母親のヒメカだろう。
ヒロが王子で、ヒメカは妃。そして、王位継承……
──ふむ、拐われてはいなかったのかの……?
しかし違和感が残る。それにしても……
──ヒロは、望んでいるのか……?
エアスト王国の王位継承がどんな物かは知らない。だがヒロの奔放な性格からして望まない気がするが……まぁ、分からんな。本人に訊かないことには、なんとも言えない。
そもそも王位継承の話をヒロがどう受け取ったのかも分からずじまいだ。
「ヒロは、元気にしてるのかの?」
息子や孫のように可愛がっていたわけでもないのに、ついつい気になり口にしてしまう。
「ヒロって誰なんだよ? じいさんの孫?」
船から下りてきた悠が訊ねてくる。
「まぁ、そんなもんだな。可愛くはない奴だが」
「ふーん……俺も会ってみたいな。そうだ、連絡先書いとくからさ、また会おうぜ?」
悠はそう言って、メモ帳に名前と電話番号を書いて渡してきた。
「おや、お前さん、エアスト王国に行くんじゃなかったのかね?」
「うん、行きたいんだけど……ちょっと寄るところかあってさ。そこ寄ってから、エアスト王国に行くよ。あとついでに、手近に仕事がありそうなら、手近なところで探してみる。それじゃあじいさん、狼、またな!」
悠は踵を返し、別方向へと走っていく。
「マイペースなやつめ」
悠と別れ、再び狼と共にサイドカーで山を目指す。
༓࿇༓
一貫性のない季節が巡るクローネ島。春がきたかと思えば、冬になったり、夏がきたりする。農業も、観光業も、人の生活すらも衰退していく島だ。
そしてクローネ島にはエアスト王国がある。
「狼よ、ヒロがもしも王子になったら、お前さんはどうするんだ?」
「どうするもこうするも、今まで通り、ヒロの傍にいるさ。あきらこそ、どうするんだ?」
「ワシはお前さんと違って、一緒にいる訳にはいかない。だが一応、挨拶だけはしておくさ」
「それは、別れの挨拶をするってことか?」
「まぁ、そうなるだろうな」
「あきらは、それでいいのか?」
「いいも悪いも、ワシが決めることではないからな」
どこにでも何らかの規律が存在する。まして王国なら、何かしらの取り決めやしがらみがあるだろう。関係のない、ヌル列島の住人がおいそれと入っていける領分ではない。
「そういえばさ、さっきの……悠ってやつ、本当は俺達に付いて行きたかったんだろうな」
不意に狼が呟く。
「ほう、どうしてそう思う?」
「何となくだ。あと、匂いでそう感じたんだ」
「そうか……」
──あの小僧、気を使ったのか?
「一緒に行けばよかったのにな」
「そうだな」
狼が口にしたのと全く一緒のことを考えていた。本当にその通りだ。何故わざわざ嘘をついてまで、別方向に行ったのか。
「まぁ、用事を済ませたら、また追いかけてくるだろう」
「そうだね」
日も沈んできたので適当な場所に簡易シェルターを作り、そこで夜を過ごすことにした。今日はバックパックに入っている缶詰の肉を開けて、狼と半分にして分け合い、食べていく。
「そういえば、百音の家のテールスープは美味しかったな」
不意に狼が思い出したように言う。
「狼よ、贅沢を言うでない」
とはいえ、麗美や健也が作る料理はどれも手が込んでて旨かった。
今食べている缶詰とは、月とすっぽんだ。
༓࿇༓
翌朝、茹だるような暑さで目が覚める。完全に真夏の暑さだ。寝ている地面を見れば、陽炎がゆらゆらとしている。
「あきら、あつい……」
狼がアイスのようにクタッとなっている。
「そりゃそうだろうな」
狼にとっては地獄だろう。こっちは薄着になるだけで済むが、動物の場合は早々に脱げない。というより、毛皮は脱げない。[[rb:換毛期 > かんもうき]]だとしても、恐らくきついだろう。
「毛でも刈るかね?」
「やめてくれ」
「冗談だよ」
真夏さながらの照りつける太陽。サイドカーの車台に乗る狼は、照りつける直射日光の日差しにぜいぜいと息を切らしている。ずっとこの暑さが続けば、熱中症にもなりそうだ。歩いていないとはいえ、この暑さは体に堪える。
「どこか涼める場所はないのか?」
狼が口にした頃、給油所が見えてきた。そして給油所にはカフェも併設されている。
「あったな。あそこで休憩がてら、補給もしていこう」
「助かった……。水も飲みたいし、ついでに水浴びもしたい……」
狼は舌をだし、相変わらずぜいぜいとして言う。
給油所のスペースに駐車すると、すぐに店員が出てきた。
「いらっしゃいませぇ」
女性店員は朗らかに出迎えてくれる。
「すみません、給油ついでに、休憩もさせてくれんかの?」
「どうぞどうぞ! 今日は午前は真夏で、午後は冬から秋の天候になるから、午前はここで休憩してったほうがいいわよ。シャワーとお風呂もあるし、仮眠スペースもあるから、遠慮なく使ってちょうだい」
女性の店員は気候変動を説明したのち、快く提供してくれる。
「そうかね、どうもありがとう」
そして狼と共にカフェに入れば、ひやりとした冷気が火照った体を早速、冷やしてくれる。
「生き返る……。涼しい……ちょっと休憩……」
狼はそのまま床にダラリと寝そべっていく。
カフェの店内は食事ができるイートインスペース、仮眠スペース、バスルームと、色々と揃っている。
「あきら、水浴びしたい」
「そうだな。じゃあ風呂に入るか」
狼は暫く寝そべっていたが、のそのそと立ち上がりバスルームへと行く。他の客がいる気配はないので、問題はないだろう。バスルームに入れば、簡易タオル、ボディソープ、剃刀、スポンジと、それなりに揃っている。
「たまには長湯してもいいか……」
暫くの間、長旅になるだろう。
「あきら、体を洗ってくれ」
狼が背を見せて座る。
「はいよ」
狼の体を早速洗っていると、バスルームの扉がノックもなく開いた。
「ん……?」
振り返ると、先程の女性店員が立っている。じろじろと裸を見るような様子はないが、開けて早々、口を開く。
「ごめんなさい! 急に開けてしまって……。その……たった今、夏じゃなくて、冬になっちゃいまして……」
「おや、そうなのかい。だが、問題ないよ」
女性店員は慌てた様子で言うが、冬の用意ならば万全だ、何も問題ない。
だが──
「いえ、そうじゃなくて……。冬になると……特に午前中の冬は、出るんですよ。お客様は、その点は大丈夫なのかなぁって思いまして……あ、すみません。今、扉を閉めますね」
女性店員はやや青ざめながら、慌てて扉を閉める。
──冬の午前中になると出る……。熊でもでるのか?
山々に囲まれている場所だ、熊が出てきても不思議はない。
「出るというのは、獰猛な熊でもでるのかね?」
「熊ならいいんですけどねぇ……」
扉越しに、否定の言葉が返る。熊じゃなければ、なんだというのか?
「ちなみにお客さんは、苦手な物とかありますか?」
「別にないが……」
「そうですかぁ……」
──なんだいの……?
女性店員は中々、出る物の正体を言おうとしない。言うのを渋っている。
──仕方がない、こっちから訊ねるとするか。
「店員さん、冬になると、何が出るんだね?」
「……幽霊です」
「幽霊?」
「はい、しかも怖くて、厄介な幽霊で……私、幽霊が大の苦手で……」
──なるほど。それでか。
女性店員が妙に勿体振っている理由は幽霊だったのだ。
「あの、初めてあったお客様にこんなことを頼みたくはないんですけど、幽霊退治をしてくれませんか……?」
シージャック犯を捕まえた後に、幽霊退治の案件。なんとも奇っ怪である。どのみち気候が冬になっていては、この先は大して進めない。ここで足止めを食らうのは確実だ。
「幽霊退治はやったことはないが、退治してみよう」
「本当ですか!? ありがとう御座います!」
女性店員の声は明るくなる。
斯くして今度は、幽霊退治が始まる。