老人と狼の狼、神獣フローズヴィトニルとして姿を現す

  時空の歪み、黄金郷で一夜を迎え、立って直ぐ、盤上に張り付けにされたような状態になってしまった。ワシだけではなく、ポルコも、狼もだ。

  そして桐生悠は、七面鳥が仕事をくれてと明かすが──

  「ところでじいさん、これはどんなゲームなんだ?」

  ちなみに悠は、未だにこの状況を理解してない。

  ──仕方ないの……

  悠が分かりやすいよう、噛み砕いて説明することにした。

  「そうじゃの、簡単に言うと、簡単に言うと……なんだいの? ふむ……。王様を少年で落とすゲームといえばいいかの」

  「王様を少年で落とすゲーム!? 何それ!? 落とすってまさか、色仕掛けで落とすのかっ!? うわぁ……。このゲームの倫理観どうなってんだよ。色んな法に触れそうな予感……」

  「違う! 何を考えておるんだお前さんはっ!」

  透かさず突っ込むが、

  「あきら、その説明じゃ色仕掛けって思っちゃうよ」

  ポルコに言われ、わいわい言っている内に、次のカラスが鳴いて喋る。

  『カァー。妃が来たぞ。妃が来たぞ』

  すると盤上に女性が出現する。その女性は紛れもなくヒロの母親、ヒメカだ。ヒメカも両足を拘束された状態になっている。

  「あんたは……、ヒメカさんじゃないか」

  「──! あきらさん、どうしてここに……? 何故、ポルコまで……!?」

  「ヒメカさんこそ、ここで何をやっておるんだね」

  ヒメカは少し逡巡したのち、口を開く。

  「昨日、お茶会をしている中、いきなり七面鳥が出現しまして、そのまま私とヒロは拐われたのです。お茶会からして仕組まれていたことに気付かず仕舞いで……ともかく、七面鳥が出現したということは、誰かが封印を解いたということ……」

  「封印?」

  「この黄金郷の封印です。クローネ島の限られた人間の間では黄金郷と言われてますが、ここはただの、時空の歪みなんです。先代の王、エアスト王のシステムにより、時空の歪みが発生してるんです。この時空の歪みのせいで、このエアスト王国だけではなく、クローネ島の天候は荒れているのです。なのでこの黄金郷の中ではおかしなこともよく起きて……。ずっと遠くの過去があったり、未来があったり……兎に角、不思議な場所なんです」

  「そうなのかね……」

  ではヒロの名前が刻まれた三角錐の機械部品は、遥か未来のヒロが作り、残した物なのだろう。

  ──ヒロは、偉業をなすのか。

  エアスト王国の王子として功績を残すヒロはきっと立派に成長していくのだろう。

  ヒメカの話は更に続いていく。

  「封印を解くには手順があって、その手順は、【lost kingdom】というボードゲームをエアスト王国の血筋を引くものが、クリアした際に解かれる仕組みになってました。なのでエアスト王国の血筋の者が絶対に触れない場所に隠してたんです。先代のエアスト王は、【lost kingdom】というボードゲームに力を費やして姿を消したわ。それなのに、どうして……」

  「ねぇねぇお母様、お祖父様が生きていた頃、よく城下町のカジノに行って、この【lost kingdom】で遊んでたよ?」

  「──! 何ですって……!?」

  ポルコが口にすれば、ヒメカは目を三角にして激昂する。

  「お祖父様と一緒にカジノへ行った時に、【lost kingdom】をよくやってたんだよ。いっつもクリアはできなかったけどね」

  「まぁ! なんてこと……」

  ヒメカが叫ぶと、悠が口にする。

  「もしかして、ボケて忘れてたんじゃないの? 封印されてること」

  「その可能性もあるだろうな」

  ついでに可愛い孫がいるならば、孫と一緒に遊びたかったのだろう。

  「それじゃあ、この封印を解いたのは……」

  「うん、俺」

  ポルコが得意気に言うと、ヒメカは溜め息を漏らす。

  「貴方って子は……。ヒロを見習いなさいな」

  「やだっ」

  親子同士の言い争いが始まるが、ヒロの話が出たついでに、ヒメカに訊く。

  「ヒメカさん、ヒロは元気にしてるのかね? それで今、どこにいるのかね?」

  「ヒロは元気にしてますよ。今は私と一緒で、ここに捕らわれています……。ですが、ヒロと私達は別々に引き離されてしまって……」

  「それは、心配だの……。だが、何とかして助けるよ。それとヒメカさん、ワシはあんた達を追って、ここまできたんだ。最初、誘拐されたんじゃないかと思ってな……」

  するとヒメカは「その件は、申し訳ないです……」と謝罪し、切り出していく。

  「誘拐ではなく、迎えがきたんです。私が端末で呼びましたから。あきらさんがいる場所にヒロがいるのは随分前に、特定の周波、狼の声を流して確認してましたので。それで使者を引き連れて迎えが来てくれたのですが、その使者が誘拐を目論んでいる、偽の使者達なのが直ぐに分かって……。けれど、あきらさんに迷惑を掛ける訳にはいきませんし、その場は騒がず、室内は誰もいないように装う為に、暖炉の火を消し、私達は旅立って、それからある程度離れたところで、偽の使者達から逃げました。何とか逃げて、エアスト王国に辿り着いたんですが……ヒロはあきらさんがいなくて、毎日とても寂しくしてましたよ。いつもあきらさんの話を、私やポルコにしていたわ」

  「そう……、だったんですか」

  「ごめんなさいね? 別れもさせずに、勝手に連れ出してしまって……」

  「いや、いいんだ。そうだ、エアスト王国に寄ったんだが、追い返されてしまっての」

  「えっ、追い返されたんですか……? 私は通すように話したのだけれど……」

  「そうなのかね。金の延べ棒を渡されて、お引き取りくださいと言われたんだが……」

  「変ね。そんな酷いことは頼まないし、そんな酷いこともさせないわ。まさか……」

  ヒメカはハッとし、続きを紡ぐ。

  「もしかしたら、最初から私達を狙った計画だったのかも。最初の使者達も裏切って、私達を誘拐しようとしてたから、もっとずっと前から、計画されていたのかもしれないわ」

  「そうだったのか。そうだ、ヒロとヒロの狼がワシが住んでいる山の奥地にいたのはどうしてかの?」

  「私一人では育てることも、守ることができなかったからです。ヒロは賢い狼に任せて、私の古くからの知り合いの親戚の家に預けていたのですが……恐らく、そこでも……」

  ヒメカは押し黙る。

  恐らく、預けられた先で何かあったに違いない。誘拐されそうになっていたならば、ヒメカが預けたという家も、きっと安全ではなかったのだろう。

  「ふむ……。しかし、ヒロは一言も話さなかったな……」

  ──いや違うな。ヒロとは何も、話さなかったからな……。

  もしくは、話せなかったのかもしれない。ヒロと話す時はいつも喧嘩から始まっていた。真面目な話をする機会なんて、一度もなかった。

  「あらあら、おしゃべりができるだなんて。随分と余裕だこと」

  すると七面鳥の籠の上から、若い女性の声が降ってくる。

  「あー! レリフだ!」

  ポルコが叫ぶと、レリフはフッと笑う。

  「ええ、そうよ。レリフよ? どう、盤上の駒になった気分はいかが?」

  余裕の笑みを称えて見下ろしている。

  「レリフ! 俺達を最初から狙ってたのか!?」

  ポルコが訊けば、レリフは不適に笑う。

  「そうよ。騙されてることに気付かないなんて、お馬鹿さんね。最後のピースは、エアスト王国の血筋の者がゲームをしないと意味がないから、チップを入れるまではヒヤヒヤしたわ」

  「なるほどな……」

  ポルコがチップを持って挿入しなければ、起動しなかった。あのチップに指紋認証のような物が組み込まれていたのかもしれない。

  しかしそこまでして、この黄金郷の封印を解くのは何の為なのか。目的が不明だ。

  「レリフ、お前さんの目的は何だ?」

  「それは勿論、今あるエアスト王国を乗っ取って支配することよ! 私も、七面鳥達も、黄金郷の治安を守る為だけにずっとここで囚われてきた。黄金郷……いいえ、時空の歪みを守る番人はもう終わり。今こそ覇権を奪い、自由に羽ばたく時!」

  「そんなの駄目だ! レリフ! 俺がヒロと一緒に時空の歪みをなんとかしてみせるから! だからレリフが覇権を握らなくてもいいように、自由にしてみせるから! カジノしながらでもいいいから、その間だけでもいいから、番人を続けてよ!」

  ポルコが王子なりの考えで言い返すと、レリフは笑う。

  「あらあら、ポルコ王子はとても素晴らしい考えをお持ちなのねぇ。けれど、もう嫌よ。あたしはあたしの時代を築きたいの。番人の生活はうんざりなのよ」

  「レリフのわからず屋!」

  「あら、ポルコ王子は酷いことを言うのね。けれど、こんな状況でも言えるのかしら?」

  レリフが目配せすると、七面鳥のルリが足でボタンを押す。すると盤上からヒロが現れるが、ヒロは体をぐるぐる巻きにされて、板に貼り付けられた状態になっている。

  「ヒロ!」

  「──! あきら!」

  久々の再会になるが、ヒロと大して話しもできず、ゲームが再開してしまう。

  ༓࿇༓

  『カァー。陣地崩落、陣地崩落』

  カラスが鳴いて喋った刹那、盤上に亀裂が生じていく。ガラガラと盤上は崩れ、ヒロが乗っている盤上はぐらぐらと揺れて傾いていく。しかも盤上の下には海が見える。海は荒れていて、落ちたら助かる見込みはない。

  ──このままではヒロが……

  ワシが今できることは限られているが、レリフに叫ぶ。

  「レリフ、こんなゲームは止めるんだ!」

  「どうして?」

  「どうしてって、子供が落ちそうになってる」

  「だから?」

  レリフは顔色一つ変えずに笑っている。

  ──拉致があかん。

  「悠! なんとかならんか? お前さんだけ、歩いてきたじゃろう?」

  王の盤上の駒に乗っている悠に声を掛ける。すると悠は目を見開く。

  「たしかに! なんか知らんけど、俺だけ動けるよね!?」

  悠は早速、ヒロの元に駆け出していく。

  「おーい! そこのガキンチョ! 今、助けに行くぞぉ!」

  悠は盤上の亀裂を避けながら軽快にジャンプしていく。

  「よっ! ほっ!」

  身軽に跳躍して盤上に乗り、ヒロの元に着地する。

  「ヒロって言ったか? ちょっとだけ我慢してろよぉ。今、お兄さんが助けてやっからなぁ」

  悠はヒロが縛られている板を両手で持ち上げる。重量上げをしている選手のように上まで持ち上げると、思いきり、宙に投げ飛ばす。

  「わぁああああ!?」

  「いやぁあああ!?」

  ヒロとヒメカの声の二重奏が、盤上で奏でられる。

  「ははっ。ジェットコースターみたいで面白いだろぉ?」

  悠は気にせずぐらついた盤上を飛び乗っていき、ヒロを再び宙でキャッチして、亀裂のない盤上に置く。

  「どうだ? 空中遊泳、すっげぇ楽しかっただろう?」

  「ふざけんな! 楽しいわけあるか!」

  ヒロが涙目で文句を口にすると、悠はきょとんとする。

  「そうか、楽しめると思ったんだけどなぁ」

  悠はそう呟いて、ヒロの縄を解いていき、解放した。

  「さっ、これで人質は解放したぜ!」

  悠は得意気に言うが、まだこっちは盤上に貼り付けにされたままだ。

  ──しかし、何故に悠だけ動けるんだ?

  動ける理由が分からない。悠は最初から歩いて盤上までやってきた。だがこちらは起きて、立ち上がって早々、その場に拘束されていて動けない。

  「まったく、悠だけ動けるのが羨ましいわぃ……」

  ──こっちはいつ、腰の痛みがぶり返すか分からないというのに……。

  そう巡らす中、悠が口にする。

  「俺、仕事として受けたからじゃないかな? それに敵さん、まさかじいさん達と顔見知りだとは思ってなかったんだろ」

  「そうじゃの。まぁ何にせよ、ヒロを助けてくれて感謝する」

  奇妙な縁と繋がりも、馬鹿にはできないもんだ。

  「お話中悪いんだけど、まだゲームは終わってないわよ」

  レリフが告げると、カラスが鳴いて喋っていく。

  『カァー。妃を攻撃しろ。妃を攻撃しろ』

  すると巨大な七面鳥が三羽、盤上に出現する。地響きと共に、ヒメカに近づいて行き、ヒメカをあっという間に取り囲んでいく。

  「あらっ、どうしましょ?」

  焦りを口にするも、ヒメカは慌てず、巨大な七面鳥と対峙している。危機的状況でも妃としての威厳を保とうとしているからなのか──。

  ──ヒメカに脅威が行かないよう、気を反らすしかないな。

  「七面鳥……」

  気を引こうとした刹那、

  「問題ないわ、あきらさん」

  ヒメカは微笑んで答える。そして巨大な七面鳥が踏み潰そうとした時には、すでにヒメカは少女の姿に戻り、足枷の拘束を抜けて走り出している。

  「なにっ!? 体が縮むのか……。くっ! ちょこまかと! 七面鳥達、追え! 踏み潰せ!」

  レリフは命令する。

  ──そうか、このゲームの醍醐味は、指示ができることだったな。

  「悠! お主は変身して、ヒメカさんを助けるんじゃ!」

  「オーライ!」

  悠はベンガルトラになり、風を切るように疾走していく。

  「おらおらおらー! 七面鳥達! 邪魔だぞぉおお!」

  悠は七面鳥の足元を縫うように走り抜け、「助けにきました! 俺の背中に乗ってください!」と、ヒメカに声を掛けた。ヒメカは走りながらベンガルトラの毛皮を掴み、何とか股がっていく。

  ──これでヒメカも枷から抜けた。残る問題は、ワシと狼だけか。

  未だに枷に拘束されたままの状態で動けずにいる。この拘束を取る手段はない。

  「狼よ、何か策はあるかね?」

  「全くないな」

  「そうか……」

  狼と話す間にも、七面鳥に乗ったレリフは方向転換をし、こっちに向かってくる。

  「この盤上を勝手な指示で荒らさないでちょうだい。これじゃぁ中々、呼び起こせないじゃないの」

  「呼び起こせない? 何を呼び起こす気なのかね」

  「そんなの決まってるわ。伝説の神獣、フローズヴィトニルを呼び起こすのよ」

  レリフは赤いカードを手にしている。

  「──!? エアスト王国で管理封印していた赤い魔力のカードをどうして、貴女が持っているの……!?」

  ヒメカの驚く声が反響する。するとポルコが思い出したように口にする。

  「あー、あのカード。お祖父様のチップがなくなって、担保にしてカジノに取られたカードだ」

  さらりと言ったポルコに、ヒメカは絶叫する。

  「何ですって!? もうっ! お祖父様はどうしてこうも……」

  ヒメカはぶつくさと言い、盛大に嘆息する。

  「大変じゃの……」

  身内にとんでもないのが一人いると、その家族も親戚も巻き込まれてさぞ、苦労するのだろう。この様子だと、他にも色々不満があったに違いない。

  「ふふっ、滑稽ね。兎角、このカードを使えばフローズヴィトニルを呼び起こせるし、怖いものなしよ! あたしの勝ちね!」

  レリフが声高に言えば、ヒメカが透かさず言い返す。

  「馬鹿な真似はよしなさい! フローズヴィトニルは簡単に言うことは訊かないとされている神獣よ! エアスト王家の血筋じゃなければ、呼び出せないし、いるかどうかも分からないのよ!? それにその赤いカードは、フローズヴィトニルを呼び起こすカードじゃないの!」

  ヒメカは説明するが、レリフは聞く耳を持たない。

  「そんなの、やってみなければ分からないわ!」

  「いや、やっても無駄だろう」

  不意に狼が口を挟む。

  「なんじゃ珍しい。どうしてそう言える」

  「[[rb:フ > ・]][[rb:ロ > ・]][[rb:ー > ・]][[rb:ズ > ・]][[rb:ヴ > ・]][[rb:ィ > ・]][[rb:ト > ・]][[rb:ニ > ・]][[rb:ル > ・]][[rb:は > ・]][[rb:そ > ・]][[rb:う > ・]][[rb:い > ・]][[rb:う > ・]][[rb:奴 > ・]][[rb:だ > ・]][[rb:か > ・]][[rb:ら > ・]][[rb:だ > ・]]。[[rb:気 > ・]][[rb:ま > ・]][[rb:ぐ > ・]][[rb:れ > ・]][[rb:で > ・]]、[[rb:時 > ・]][[rb:に > ・]][[rb:自 > ・]][[rb:分 > ・]][[rb:の > ・]][[rb:記 > ・]][[rb:億 > ・]][[rb:さ > ・]][[rb:え > ・]][[rb:消 > ・]][[rb:し > ・]][[rb:て > ・]]、[[rb:馴 > ・]][[rb:染 > ・]][[rb:も > ・]][[rb:う > ・]][[rb:と > ・]][[rb:す > ・]][[rb:る > ・]]」

  「狼……?」

  狼の口調が変わっていく。

  「あきら、俺は狼じゃない。それに、変身もできる。フローズヴィトニルの、ヴィルヘルム・ヴォルフ。元はエアスト王国の──王だ」

  瞬間、狼は巨大化する。体長は二メートルぐらいだ。枷は弾き飛び、毛色は完全な銀色に変わっていく。

  「これが、俺の本当の姿さ」

  「ほぅ。見事に、でっかい狼じゃの」

  それからヴィルヘルム・ヴォルフはワシの枷を爪で弾いて外してくれた。

  「ふぅ、助かった。ありがとよ、狼……じゃなくて、ヴィルヘルム・ヴォルフか。いや、元は、エアスト王といったか」

  「もう王ではない。今はただの、獣さ」

  「そうかね。ふむ……長いから、そうだの……ヴォルフでいいかの? しかしお主、どうして今まで黙っておった?」

  「言う必要がなかっただけさ。ただの狼が気に入ってたしな。だが、あの女を放っておいたら大変なことになる。あの赤いカードは、俺がエアスト王だった時に全ての魔力を注ぎ込んでいる凄まじいカードだ。あのカードを使えば、この黄金郷だけでなく、島ごと吹き飛ぶぞ」

  「なんじゃと……」

  「あのカードが使用される前に、燃やさないと」

  ヴォルフはレリフの元まで一挙に走り、籠を口に咥え、盤上におろす。レリフは衝撃で外に投げ出され、盤上に転がる。転がった際に、赤いカードが宙に舞う。

  「あたしのカード……」

  「これは、お前のカードじゃない。それに人間が扱うべきカードでもない。燃やしたほうがいい」

  ヴォルフはひらりと舞うカードを一瞬で燃やす。

  「そんな……」

  レリフは完全に言葉を失う。

  「よっぽど、ショックのようじゃの」

  「そうだな。けどじきに、正気に戻るさ。さて、あきら」

  「なんだ」

  急にヴォルフはその場で傅くように座る。

  「おいおい、急になんの真似だね……」

  「俺はあきらと、ヒロ達と共に、これからも生活したい。ヴォルフとして」

  「なんだ、そんなことか。ヴォルフの好きにしたらいい。ワシも、そう思ってるしの」

  わざわざ傅くほどのことじゃあるまいに。しかも、こんな老いぼれじじいに。

  とはいえ、年はヴォルフのほうが上だが。

  しかし、一体、なんの真似なのか?

  すると直に、ヴォルフはにこやかに告げる。

  「ヒロ……[[rb:こ > ・]][[rb:の > ・]][[rb:賭 > ・]][[rb:け > ・]]、[[rb:俺 > ・]][[rb:の > ・]][[rb:勝 > ・]][[rb:ち > ・]][[rb:だ > ・]]」

  「ちっ、やられたか……」

  「は……? 賭け? 賭けじゃと?」

  話がさっぱり見えず、疑問が浮かぶ。

  「あきら、俺達は勝負をしてたんだ」

  ヴォルフはにこやかに告げる。

  「勝負? なんの勝負だ……?」

  「あきらが一人で老後生活しないようにする為の勝負だよ。途中までヒロが優勢だったが、ポルコのせいで、狂わされたな」

  「……! それじゃ最初からワシをここに呼び寄せれるか、お前さん達は勝負してたのか!?」

  ワシが聞き返すと、今度はヒロが答える。

  「あきらは偏屈で、頑固じじいだからなぁ。でもまさか、迎えにきた使者が偽の使者だったり、レデンや時空の歪みの番人がいて、裏切るとは思わなかったし、それに狼が、伝説の神獣で、エアスト王だとは思わなかったよ……やられた」

  ヒロは悔しそうに言うと、ヴォルフは笑う。和やかな雰囲気が流れだすが、ワシは怒り心頭だ。

  「誰が偏屈で、頑固じじいだ! ワシは帰るぞ! 今すぐにでも、ヌル列島に帰る!」

  不確定要素、従者の裏切り、レデンやレリフの企み、それからポルコの介入により事件に巻き込まれたが、一先ず、一件落着だ。

  ༓࿇༓

  黄金郷、時空の歪みから脱出し、元の王国に戻ってきた。場所は先程いた、城下町のカジノがある場所だ。

  ──そういえば、吹き飛んだカジノは無事なのか?

  カジノの店舗を見やれば、カジノは元の場所に立っている。

  ──元通りか……。

  次にカジノの店内を覗いてみれば、レリフ以外の人もいて、賑わっている。

  「あきら、どうしたんだ?」

  「いや、吹き飛んだ場所が元通りになってるし、人もいるから……少し驚いての」

  「レリフと七面鳥達が、自分の役割を果たしているからさ」

  ヴォルフはそう説明し、「ヒロ達がクローネ島を何とかするのを信じてくれたから、レリフ達は少し時を戻したんだ」

  「そうなのか」

  ──これから先も、うまくいくといいの……

  レリフや七面鳥達が置かれている境遇が、ヒロ達の手でよくなるのを願う。

  

  ༓࿇༓

  エアスト王国の王宮での一日は、ヌル列島の山の奥地で暮らしていた時と変わらない。相変わらずだ。朝はヒロとの喧嘩から始まる。些細なことで喧嘩をする日々、元の日常に戻った。

  少し変化があったとすれば、ヒロの母親のヒメカにポルコ、そして、桐生悠が加わったことぐらいだ。

  ──そういえば、白いうさ公……ぴょんちゃんとやらは、どこにいるんだ?

  「ヒメカさん、ぴょんちゃんはどこにいるんだね」

  「白うさぎのぴょんちゃんでしたら、庭で放し飼いにしてますよ」

  「放し飼いにしてて、狙われたりしないのかね?」

  「庭は庭でも、天井がある庭ですから、早々に狙われませんよ。そうだ、良かったらぴょんちゃんにも会ってってくださいな」

  ヒメカに促され、庭に行く。すると早速、白いうさぎの耳が、草むらの茂みから出てくる。

  「うさ公、元気にしとるかね?」

  うさぎの傍にしゃがんで話し掛けてみる。すると白いうさぎは茂みから出てきて鼻をひくひくさせている。

  「ほら、前に山であったじゃろ? ヌル列島の山の奥地の、山小屋だ」

  しかし白いうさぎは踵を返し、そのまま別の方向へ駆けていく。

  「まぁ、そんなもんだろうの……」

  素っ気ない白いうさぎがいる庭から、今度はこの国を一望できる、屋上へと向かう。長い螺旋階段を上がった先には、洒落たテーブルと椅子が置いてある。

  ──ヒロはここで、お茶会をしてたのかの。

  何となく座ってみるが、腰に負担が掛かる椅子なので直ぐに立ち上がる。老いぼれた体には合わない椅子だ。

  とまれ、今日は一日、緩やかな天候だという。穏やかな気候とあってか、朝から春の日差しが注ぎ、何かしらの花が舞っている。

  「平和だの」

  平和で、穏やかで、大事なことを忘れてしまいそうだ。

  ──ワシにとって、大事なこととは、なんだろうの……?

  「あきら」

  ふと考える中、名前を呼ばれる。振り向けば、ヴォルフがいる。

  「おや、お前さんもこの風景を見に来たのかね」

  「ああ、まぁな」

  ヴォルフはワシの隣に腰を下ろし、口を開く。

  「ヒロはこれからもずっと、このエアスト王国にいるんだろうな」

  「そうだな」

  「あきらも、いるんだろう?」

  「なんじゃ、突然……」

  「別に。どこか遠くに、行きそうな気がして」

  「気のせいだろ」

  「だよな」

  ヴォルフと他愛ない話をする中、声が響き渡る。

  「おーい! 特性ケーキが焼き上がったぞぉー! 早くしないとヒロと俺とで食べちゃうぞぉ」

  ヒロの次に食欲旺盛なポルコの声だ。うかうかしていたら、食いっぱぐれてしまうだろう。

  「さて、行くか。早くしないと、食べられてしまうからの」

  「あきら」

  歩き始めたところで、ヴォルフから声が掛かる。

  「どうした?」

  「本当はさ……」

  「あ、あきら発見!」

  いつの間にかポルコがやってきて、容赦なく体当たりしてじゃれてくる。

  「おい、腰を痛めてるんだ。そっとしてくれ」

  「あ、悪い」

  ポルコは悪びれた様子もなく笑う。ポルコの乱入で話を遮られてしまったが、気を取り直し、もう一度ヴォルフに話を振ろうとするが、見当たらない。

  「ヴォルフ?」

  「どうかしたの?」

  「いや、今、ヴォルフと話していたんじゃがの……どこへ行ったんだ?」

  「さぁ、どっか散歩に行ったんじゃない? そんなことより早くしないと、全部食べられちまうぜ!」

  ポルコに急かされるようにして、その場を後にする。

  ヒメカ特性のケーキはいつも美味しい。ドライフルーツをふんだんに使って焼いたケーキは、自然の甘さが口の中いっぱいに広がる。

  「ヒメカさんは料理がうまいの」

  「ありがとうございます。沢山焼いたので、遠慮なく食べてくださいね」

  「遠慮なく食べるぅ」

  「ヒロ、貴方は遠慮なさい」

  「俺は食べ盛りだから遠慮しませーん」

  等と、やいやい言いつつ、楽しいティータイムが始まる。

  「そういえばあきらさん、悠さんの件で相談がありまして……」

  「はぁ、悠がどうかされましたか?」

  「あの方、とてもよく働いてくれるのですが、体を壊さないか心配で……。休むように、あきらさんからも仰ってくれませんか?」

  「ええ、構いませんよ」

  悠はエアスト王国の王宮内で仕事が見つかり、張り切っている。だが張り切るのはいいが、休まない。休もうとしない。周りが心配するのも無理もない。

  ──程々と息抜きを知らん奴は、苦労するの……

  「ごちそうさま。それじゃあ今から伝えに行ってきますよ。ちなみに悠は、どこにいますかね?」

  「今の時間帯は、書庫で掃除をしていると思います」

  ──ついでに、焼きたてのケーキも持っていってやるかの。

  悠に渡す分のケーキをナプキンで包み、ダイニングキッチンを出て、廊下を歩いていく。

  長い廊下は、足腰を鍛えるには持ってこいだ。毎日往復していれば、体力も衰えないだろう。

  廊下から二階の階段を上がって直ぐが、書庫になっている。書庫の扉を開けて入れば、一匹のベンガルトラが床に敷かれた絨毯でダラリと寝そべっている。

  ──何だ。案外、サボり方を知ってるじゃないか。ヒメカも周りも、心配することはないの。

  「おい悠、起きろ。ケーキを持ってきたぞ」

  「ほぇ……?」

  へにゃんとした声が返る。完全に寝ぼけている。

  「ほら、ケーキだ。休憩の時間だ」

  「はっ……! やばい! 完全に寝てた!」

  「ははっ、ぐっすりだったな。だが、別にええじゃろ。そうやって休まんと、あとで体がえらいぞ?」

  「確かに。善処しますわ」

  悠はその場で居直る。それから悠に焼きたてのケーキを渡しがてら、訊いてみる。

  「王宮の仕事には慣れたか?」

  「うん、慣れたよ。取り合えず間取りは覚えた。あとは、掃除方法だよなぁ。効率よくやれる方法見つけなくちゃ。それと、料理もな! 俺の夢は宇宙一の料理人になることだからな」

  「そうじゃったの」

  「それで、じいさんはどうなの?」

  「まぁ、ボチボチだの」

  「何だよそれ。ちゃんと楽しんでるのか?」

  「だから、ボチボチだ」

  すると悠は眉を顰めて口にする。

  「俺さぁ、曖昧な表現よく分からないんだよね。はっきりしないとこう、スッキリしないっていうかさ」

  「そうかね。だが年を取れば、曖昧な話し方になるもんだよ」

  「そういうもんなの?」

  「そういうもんだよ」

  「ふーん。そうだ、俺さ……ここで暫く働いたら、また出ようと思ってるんだ」

  「おや、急だの」

  「うん。最初はここで一生って思ったけど、もっとやってみたいっつーか、色々経験もしてみたいからさ。だから暫くここで働いて、また別のところでも働くよ」

  「ふむ。そうか……。ここ以上に給金がいいとこはなかろうに」

  「うーん、まぁお金のことを言えばそうなんだけどさ、ここにいるとなんかこう……日時の感覚が狂いそうでさ……」

  「なるほどな」

  確かに悠の言う通り、気候変動は激しいが、王宮内はのんびりとしている。

  「あと三ヶ月だけど、よろしくな、じいさん」

  「ああ、こちらこそ」

  そして迎えた三ヶ月後、ちょっとした騒動が起きる。

  ༓࿇༓

  ヒロがクローネ島の気候をコントロールできる制御装置を開発した。三角錐の不思議な機械だ。

  時空の歪み、黄金郷で見掛けた未来の機械が、ついに今、実現したのだ。

  「この制御装置さえあれば、この国はもっと豊かになれるぞ」

  ヒロは嬉しそうに報告する。しかしエアスト王国内部では、不穏な噂が絶えない。

  他国と戦争をする為、他国を侵略する為、国民を支配する為──どれも根拠がない、根も葉もない噂だ。そのせいで、エアスト王国内部で意見が分裂し、空気がぴりついていた。

  ──[[rb:芳 > かんば]]しくないの……

  そうだ、ヒロを誘って、城下町に遊びに行くかの……

  そう巡らし、ヒロの部屋へと向かう。

  「ヒロや、たまには散歩に行かないか?」

  「いい。今は次の研究をしたいんだ」

  「そうかね……」

  ヒロは研究に忙しく、ヒロと会う時間は前よりも大幅に減った。同じくポルコもヒロの研究を手伝っているので会う時間は減った。そしてヒロやポルコだけではなくヴォルフもだ。

  ──ヴォルフは前に何か言いかけていたが、結局、何だったのかの?

  それがふと気になった。

  屋上の階段を上がってみれば、ヴォルフが寝そべっている。そよ風に銀色の毛並みが揺れている。

  「ヴォルフ」

  声を掛けてみれば、ぴくりと耳を動かし振り向く。

  「あきら、どうした」

  ヴォルフは起き上がり、のそのそとやってくる。

  「どうしたというか、お前さんもどうした?」

  「どうもしてないさ」

  どうもしてない、そう言う割には、返す声が小さい。

  「そうか。ワシは、この国が少し心配だよ。これから情勢が変わりそうだ。雲行きも怪しい」

  「ああ。あきら、ヒロ達のこと、見捨てないでやってくれよ」

  「何だね、いきなり」

  「特にヒロは、ヒロなりに、国のことを考えてる。だからこの先も、見捨てないでやってくれ」

  念を押すヴォルフは、不安気な声だ。

  「見捨てることはせんよ」

  「だよな。それならいい」

  ヴォルフは屋上から庭へと降りてしまう。

  「おい、ヴォルフ……」

  呼び止め庭を見るも、ヴォルフはいなくなった後だ。

  ──全く、いっつもどこをほっつき歩いているんだ、あやつは。

  人語が話せても、元は王でも、獣となっている今は、獣なのかもしれない。

  ──しかし、ヒロを探していた日が、懐かしいの……。

  ヒロを探して旅した時分が甦る。だがあの時分には戻れない。

  ──また、旅がしたいの……いや、本当は、ここから抜け出したい……。

  悠々自適な老後生活がふと過る。

  ──いかん、何を考えているんだ。ここにいれば、ワシは幸せじゃないか。ヒロもいることだし……。

  「いや……こう自分に言い聞かせている時点で、ダメだの」

  刹那、怒鳴り声がする。

  ──何事だ?

  屋上の階段を下り二階に向かえば、書庫がある付近で人だかりができていた。

  「これは、なんの騒ぎですか?」

  「悠様が今日で退職と言ったら、ヒロ様が激怒しまして……」

  「なるほど」

  そう返す中、ヒロの怒鳴る声が反響する。