番外小噺 其の零 終わりのはじまり

  

  薄闇から、仄かに日が差し、地平が紫から[[rb:金色 > きんいろ]]に変わったその時だった事を覚えている。

  朝焼けのその[[rb:金色 > こんじき]]が、君の瞳によく似ていると痛烈に思った。

  同じ色の瞳をした娘を抱いた時、ここから、新しい人生が始まるのだと思った。

  確かに、幸福を感じていた。

  確かに、そう思っていたのだ。

  「昨年は収穫も少なかったため、収める税の減額を申し入れましたがフォルクス領からは否、の返答でした。女達の織物の売上からの補填も考えましたが、そちらの方も昨年度は国境を越えて来る旅客が少なく……」

  自分の補佐役である息子の報告を聞きながら、[[rb:紅 > くれない]]の里の族長イズはため息をついた。

  ここははるか昔、アルカーナ王国の起源となった三人の英雄のうちの一人、紅の一族の女魔法使いを排出した里であったが、近年はずいぶんと魔法の力も薄れ、魔法らしい魔法が使える者はもう殆どいなかった。伝説の女魔法使いの直系一族だけが、唯一[[rb:血の剣 > ブラッドソード]]を作る能力や多少の魔法力を残していることで、なんとか言い伝えが嘘ではないということを表していたが、[[rb:黒狼 > こくろう]]とのつながりも年々薄れ、里の若者の間でも既に創世記の話は眉唾ものである。

  この広大なノールフォールの森を管理するフォルクス伯爵も、前老伯は人情の厚い人物で森に古くから住まう紅の民に理解を示してくれていた。だがしかし、最近任についた現伯爵は人の心に少し欠けた所がある。厳しい北の地の少数民族の事情など気にもしないらしい。

  元々そんなに寡黙な方でも無愛想な方でもなかったが、イズが族長に就任してからというもの、次々と増える問題と心労に、年々眉の間の縦じわは深くなり、昔祭りの際に半裸で一晩中踊り明かした事がある事など、もう誰も覚えてはいないであろう。

  ……本当は、いつも不安で。自分に族長など務まるのかとビクビクしていたのだ。

  前妻が病で早くに亡くなった時も、幼い息子を抱えて途方に暮れた。衰退していく一族と息子を抱え、族長という重圧に押しつぶされそうだった。

  そんな折に現れたあの、美しい人に、心を奪われたのは仕方のないことだった様に思う。

  彼女は人ならざるもので、とても強かったけれど、自分に似た弱さも持っていた。

  だからこそ、支え合って生きていけると思ったのだ。

  ――初めて、自分から欲しいと思った人だった。

  (……十四年か……。まさかここまで一人で来られるとはな)

  一人内心で苦く笑う。すっかり表情筋が死んでしまっていたが、あれから十四年だ。

  あの時の子も、もうすぐ成人の儀を迎える。

  「――父上」

  報告を終えた息子の口から、久しぶりに敬称ではなく呼ばれた。

  「……なんだ」

  「そろそろ、イルに対する態度を改めていただきたい」

  親に言われるがまま娶った前妻の子は、いつまでも他人行儀なまま大人になった。本気で物申す時以外は頑なに『族長』と呼ぶ。

  ……それはしかし自分のせいか。

  気づけば、確かに愛した女との子も、自分の顔色を伺ってばかりいる。

  解っている。このままではいけない事は。

  ただ、彼女と同じ眼差しをしている娘の目を見る度、何故自分の元を去ったのか、何故、自分を信じてくれなかったのかと問いただしたくなる。

  ……幼い娘にそんな感情をぶつける事は間違っていると言う事は解り切っているからこそ、まともに向き合う事ができぬ。

  しかし、そんな娘ももう成人の儀を迎える年齢になった。いつまでも己の身勝手な感情で振り回すのは許されない事であろう。

  ……何より、娘を大事に思っていないわけではないのだ。

  「……解っている。あれが悪いわけではない。

  リュカ。……お前には感謝している」

  愛情があったわけではないが、共に一族を支えるために[[rb:番 > つが]]った前妻との間に出来た息子も、決して大切に思っていないわけではなかった。息子は、自分の代わりに、まるで父親の様にイルを守ってくれた。

  「もうすぐ成人の儀だ。……その時には、今までの態度をあれにも詫びよう」

  腹をくくらねばならない。こんな情けないことばかりを考えているからこそ、彼女は己の元を去ったのだ。娘が、イルが成人の儀を迎え、[[rb:血の剣 > ブラッドソード]]を見事に作り上げたら……、彼女の思い出をイルに話そうか。

  そう、決意した。

  ――まさか、こんな事になるとは思いもよらずに。

  いつもと同じ日常だった。

  そして、いつもと同じように一日が終わるはずだったのに、悪夢は夜明けとともにやってきた。

  

  突然叩かれる扉、血相を変えて飛び込んできたのは、里の若い衆だった。

  「族長!!大変です!

  む、村の井戸に何者かが毒を流して……炊事をしていた女子供らが……!!」

  もうそこからは声にならず、イズに縋りついて男は泣き崩れた。

  急いで向かった共同の炊事場は、まさに地獄絵図だった。

  紅の里では女達が朝は共同の炊事場に集まって朝食を作る。朝食を作る者と子ども達を見る者に分かれて協力して作業を行うのだ。その際、家事の効率化を図るため赤子や幼い者は最初に朝食をもらう。この時、それが悪夢の始まりだった。

  食事の前に配られた飲み物を飲んだ者たちが一斉に苦しみだし息絶えたのだ。炊事場は、子どもを失って半狂乱になっている母親達で溢れていた。

  「……何という事だ……」

  あまりの光景によろめく。だが、悪夢はここで終わりではなかった。

  「族長!火です!」

  風が運んできた油の香りとともに、村の周りから火の手が上がった。火が回っていない箇所から現れたのは弓や剣を持った兵士達だったのだ。

  襲ってくる兵士を何人か切り倒した。だが、自分達に勝ち目がないのは目に見えていた。

  紅の民は今や魔法力もなく、武芸に長けているわけでもない。村の周りには油を撒かれ、炎が囲んでいる。もう、息をしている者の方が少なかった。

  ……家に残してきた娘が気がかりだった。

  炎と兵士を交わしながら戻った家の前には、息子が虫の息で倒れていた。

  「……リュカ」

  井戸の毒を口にしたのだろう、口には血の吐いた跡があった。それでも、彼も家に残してきた妹を気にしてここまで来たに違いなかった。

  息子を抱えると、苦しい息の下で僅かに応えがあった。

  「解っている。イルは……なんとしてでも助ける」

  父の声を聞いて、息子は微かに笑うと事切れた。

  屋敷の中に娘はいなかった。

  家を出た所で再び兵士に襲われ、切り合いになる。片腕を切られ、跪いた向こう側に走ってくる娘の姿が見えた。

  (――あのお転婆め。また一人で村の外に抜け出ていたな)

  この時ほど、娘の奔放さに感謝した事はなかった。

  『……嫌だ……!!

  私も残る! ここに!

  父様を残していけない!!』

  直系に僅かに残った魔法力で、娘を無理矢理黒狼の姿に変えた。一緒に残ると泣く娘を何年か振りに抱きしめる。

  (――ああ、そうか。君も怖かったんだな。こうやって別れが来ることが)

  唐突に、妻が自分の元を去った理由を理解した。

  人と時間の流れが違う彼女は、唐突にくる別れを恐れたのだ。それでも、娘まで連れて行くのは酷だと思ったのであろう。人と同じ時の流れに身を置く娘はイズの元に置いていった。彼女なりの贖罪だったのかもしれない。

  それでもきっと、自分達がこんな別れ方をするとは、人ではない君も想像もしていなかっただろう。

  ああ、自分達の愛の証を、託してくれたのに。

  (……捨てられたといつまでも嘆いて。全く情けない)

  必ずあの[[rb:女 > ひと]]に、娘を会わせよう。

  それが、イズに出来る最後の事だった。

  「……私はもう助からぬ。

  よいかイルよ、紅の民の血はもうお前しかおらぬ。

  ここで死んではならん。……生きるのだ」

  最後の願いだ、生きてくれ。

  涙に濡れた娘の瞳は、彼女の眼差しによく似ていた。

  すまぬと呟いた相手は、娘だったのか、[[rb:彼 > か]]の君だったのか。

  [[rb:彼 > かれ]]の物語はここで終わり、イルの物語はここから始まったのである。

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  ❖あとがき❖

  時系列で序章のイルの父視点でのお話しになります。

  今日の夕方から急に思い至って、突然書き始め、推敲も無しに今書き上げたので今後手直しするかもしれません。

  ちょっと重くて苦しいお話しですが、イルの父について殆ど描写がありませんので補完の意味を込めまして書きました。

  イルから見た父は寡黙で怖い人、なのですが、彼は本当は責任感は強いですが臆病で自信のない人だったのです。

  ただただイルの母を愛していて、自分の弱さを知られたくなくて、イルにも向き合う事が出来なかった様です。

  もし、もう少し運命が変わっていたら、イルと和解出来た未来もあったかと思います。

  

  お兄ちゃんのリュカくんは、ただの不遇な人生にしてしまった……申し訳ない(^_^;)

  イルには優しくて、自慢のお兄さんだったんですけどね。腹違いの妹ですが、リュカも幼い頃に母を亡くしているのでイルを可愛がる事で寂しさを紛らわせていたのかもしれません。

  まー、なんて言うか、身も蓋も無い事を言えば、男性の方がメンタル弱め(笑)頑張れ男子ー(頑張れガヴィー!)

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