柴犬妊夫が公園のトイレで壁尻雄出産(お題箱より)

  人間、欲求というものには抗いがたい。

  だから一度ダイエットに成功した人も食欲に負けてリバウンドをするし、睡魔に負けて貴重な休日の時間を浪費もする。

  特に三大欲求と呼ばれるものは魔性だ。

  そしてここにも一人、その一つの性欲にそそのかされそうになっている柴犬がいた。

  (ひさしぶりに来たなあ)

  大きく肥え太った柴犬は公園をきょろきょろと見渡す。草木がうっそうと生い茂っているため視界が悪く、深夜一時なので人の気配もない。

  ふと公衆トイレを見る。外壁も汚れている、公園のトイレらしいトイレだ。

  (いやいや、やっぱり良くないよね……)

  柴犬が頭をぶんぶん振る。彼は今まさに理性と煩悩が脳内で戦っていた。

  この公衆トイレには壁尻がある。

  女子トイレと男子トイレの掃除用具入れが繋がっているのだ。物好きな男たちが深夜に盛るというのがこの公園の文化だ。この柴犬も男色の気があり、頻繁に利用していた。そして今、久々にそこで犯されたいという欲求に駆られている。

  ではなぜそれを躊躇っているのか。それは。

  「お腹の子に悪いかなあ……」

  視線を腹に落とし、手で優しくさする。

  そう、この柴犬は臨月の妊夫なのだ。

  「まさか妊娠するなんてなあ」

  心当たりはある。いや、誰の子種なのかはわからないが。柴犬はこの壁尻で遊んでいるうちに、孕んでしまったのだ。

  前代未聞の男性の妊娠。最初は戸惑ったが、月日が経ちお腹と共に愛情も大きくなった。今では我が子と出会えるときを今か今かと待ち望んでいる。

  だから、壁尻で犯されるのも控えていた。

  「でもまあ妊娠中でもエッチはできるっていうし。中出しされて子宮収縮するっていうけど、男だからそうとも限らないかもしれないじゃん?」

  理性と色欲が殴り合う。やや色欲が優勢か。

  そして

  「……まあ臨月だから最悪陣痛始まっても大丈夫だよね」

  柴犬は誰にも見られていないことを確認してから、女子トイレに入り込んで掃除用具入れの扉を開いた。

  (なんとか入ってよかった……)

  妊娠中に体重も増えたので入るかどうか不安だったが、すっぽり体が穴に収まった。今柴犬の体は足と尻が男子トイレの方に投げ出されている状態だ。

  「とりあえず掲示板には待機中って書き込んだけど、誰か来るかな……」

  すると、がしっと壁の向こうで両尻を何者かが掴んだ。

  「っ!!」

  ずぶりと尻穴に肉棒が突き刺さる。分娩に備えて日常的に尻穴を拡張していたため、すんなりと挿入された。そこから間髪入れず腰を打ち付けられる。

  「あっ、すごいっ!! ちんぽ気持ちいいよお!!」

  妊娠前以来の性行為に柴犬の表情が蕩ける。菊門を貫く感覚、前立腺を押しつぶされる快感、そして身体的自由を奪われたまま犯される屈服感。何か月も我慢をしていたおかげでその快感もひとしおだ。

  「もっとぉ!! もっと突いてええええ!」

  すっかり夢中になって快楽に溺れていると。

  どぱあっ。

  壁の向こうから「は?」と素っ頓狂な声が聞こえてくる。さきほどまで勢いよく掘り倒していたのが止み、雄棒も秘穴から抜かれてしまう。

  肛門から突然あふれ出る半透明の体液。それも異様な量。壁尻の男子トイレ側にいた男は突然のことに呆けているが、柴犬にはわかる。これは……。

  「い、痛いィ……!」

  破水してしまったのだ。

  大きなお腹全体をきつく縛り上げるような痛みに、柴犬は悶絶する。もっとゆるやかに痛みが強くなっていくと思っていたため、突然の激痛に取り乱してしまう。

  「はあ……はあ……まさか、陣痛……?」

  腹の中がギリギリギリッと痛む。内臓をすり潰されるかのような激しい痛みに、柴犬は悲鳴をあげてしまう。

  「あああああぁぁぁっ!! 痛いいいいぃぃぃぃ!! お腹痛いよおおおおおおおお!!」

  太い足をじたばたと動かし悶える。本格的に出産が始まってしまった。これはまずいと思った柴犬は陣痛の波の間に壁尻から抜け出そうとするが。

  「えっ、あれ、抜けない、なんでっ?」

  体が穴にすっぽりと収まってしまっていた。

  取り乱しているうちに、また次の陣痛が襲ってきた。「ぐあああああぁぁぁぁ!! 痛いよおおおおお!! 誰か助けてええええええぇぇぇ!」と悲鳴をあげる。

  思考をすり潰す痛み。それでわずかながらも残った理性が救いを求め、閃く。

  「そうだ! ねえ!! 壁の向こうにいるお兄さん! 助けてください! お腹痛くなっちゃったんだけど、壁尻から出られなくなっちゃって!! 抜け出すの助けてくれませんか!!」

  必死の頼み。悲痛な声が夜の公衆トイレに響く。しかし、返事はない。それどころか人の気配も。

  男は突然の破水と悲鳴に恐怖し、逃げ出してしまっていた。

  「なんでいないのおおおお!? 赤ちゃん産まれちゃうよおおおおおおお!!」

  もうこうなっては助けを呼ぶしかない。近くに置いていたスマートフォンに手を伸ばすが。

  「あっ!」

  陣痛で震える手から滑り落ちる。カツーンと無情に響く床を打つ音。壁尻に縛られている状態では、どうあがいても手が届かない。

  完全に詰んだ。

  もうこのまま産むしかなくなった

  「どうしてこんなことになっちゃうのおおおおおお!?」

  陣痛はそんな柴犬におかまいなく激しさを増す。間隔もどんどん短くなり、息も絶え絶えになる。

  「こんなはずじゃあっ、こんなっ、こんなことなら来るんじゃなかったっ!」

  壁の向こうで粗末な陰茎が精液を垂れ流す。産道を通る児頭が体内から前立腺を圧迫して、精液が押し出される。雄出産特有の現象だ。

  つまり出産は順調に進んでいるという証拠だが、壁で隔てられている柴犬にはわからない。どれだけ進んでいるかもわからないので、この壮絶な出産の終わりが見えていないのだ。

  「早くっ、早く終わってえ!! 早く産みたいのぉ!!」

  もう陣痛に合わせるなどお構いなしにいきんだ。どうでもいいから早くこの苦痛から解放されたい。その一心で全身の力を下腹部に集中させた。その必死のいきみのおかげか、ごりゅごりゅごりゅっと赤ちゃんが産道を押し進む。

  「あっ、頭っ、頭出てきそうな気がする!」

  4cmほどか、肛門が開いて児頭が見えて来た。胎児は進んで戻ってを繰り返し、肉穴がひくひくと開いては閉じる。

  いかに拡張して準備していたとはいえ、男の尻の穴は子どもを生み出すためにできていない。女性器ですら児頭が通り抜けるには小さいのだ。雄出産の苦しみは女性のそれとは比べ物にならない。

  そう、ここからまだまだ苦難は続く。

  「ふ~、うっ! ふ~、うっ!」

  痛みをやわらげながら、必死に赤ちゃんをひねり出そうとする。体の内側には力を籠めつつ、決して尻穴には絞らない。体の中のものを外へ外へと押し出すイメージでいきんだ。中出しされた精液を吐き出すように。今までさんざん壁尻で犯されてきた経験をここで活かした。

  それでも痛みは留まることを知らない。

  「ふぐうううううううううぅぅぅぅぅぅあああああああああああああ!!!」

  頭が半分ほど出てくる。今まで以上に尻穴が広がり、陣痛とのダブルの痛みで気が狂いそうになる。

  「痛いよおおおおおおお!!! 産まれてきてええええええええ!! もう耐えられないからああああああああ!!!」

  手足をじたばたと振り回し暴れる。壁尻に自由を奪われている今、柴犬に逃げ場はない。

  産むしかないのだ。

  人のいない、深夜の公園。

  さびれた公衆トイレ。

  女子トイレの掃除用具入れ。

  

  ここが彼の分娩室だ。

  「んはあっ!!!!」

  ずりゅんっとなにかが抜け出す感覚が股に走る。児頭が完全に露出したのだ。激しい衝撃に身を震わせたが、尻穴の痛みはややおさまった。

  「頭……出た……? あと少し……?」

  陣痛は依然として強い。だがこの地獄のような苦しみに終わりが見えてきたことが柴犬にとっての希望となる。

  もうすぐ陣痛が終わる。

  痛みに耐えなくて済む。

  こんな不自由な体勢を強いられなくて済む。

  そして何より。

  「赤ちゃんに会えるぅ!!!!」

  残り僅かな体力を絞り出し、渾身のいきみを見せた。

  「ごめんね! こんなパパでごめんね!! でも君のことは愛してるから!! 立派に育てるから!!」

  決して産みやすいとは言えない姿勢。

  常識では考えられない状況。

  誰に祝福されることもなく、孤独に産み落とされる。

  きっと罰なのだろう。

  肉欲に負けた罰。

  「だから産まれてきて!! 元気な産声聞かせて!!」

  でも、我が子のことは愛している。

  十月十日、共に過ごしてきた。

  その日々と愛情は、本物だから。

  「産まれてくるううううぅぅぅぅ!! 産まれるううううぅぅぅぅぅ!! ああああああああああああっ!!!」

  ずりゅりゅっ、どさっ。

  「はあ……はあ……」

  さきほどまでの暴力的な陣痛は幻かのように引いていく。胎児で栓をされていたのか、羊水がどばっと溢れ出て垂れ流しになる。

  出産が終わり腹が萎んだおかげで、壁尻から動けるようになった。疲弊しきった重たい体を動かし、滑り落ちるように壁の穴から抜け出す。

  「赤ちゃんは……?」

  果たして無事なのだろうか。恐る恐る柴犬は振り返って穴をのぞき込んだ。

  その向こう側には小さな命が横たわっていた。

  そして、おぎゃあ、おぎゃあと産声が上がる。

  「よかっ……たあ……」

  元気な泣き声に、柴犬はその場にへたりこんで胸をなでおろした。

  壁尻から身を乗り出す。ぐっと両腕を伸ばし、我が子を抱きかかえた。

  「ふふ、かわいいね」

  羊水で濡れた顔を手で拭き、優しく撫でる。何か月も腹の中にいた、愛しい息子。初めての対面だ。

  「今までずっと僕のお腹の中にいたんだね。すごいや」

  身をもって体感した神秘に涙ぐむ。自分の体の中で生まれ、育ち。そして立派な命として今目の前にいる。我が身で産み出したことがにわかに信じがたかった。

  「でもこうして繋がってたんだもんね」

  へその緒を指にからめる。赤子のへそから、父親の尻まで伸びている。

  親子の証だ。

  「ここじゃあ切るものないから、胎盤が出るまで待っててね」

  少し名残惜しくもあった。

  でもいつまでもこうしてはいられない。

  今日このときをもって、父親として新たなスタートを切ったのだから。

  だから後産が終わるまでのわずかな間だけ。

  この親子の繋がりを愛でながら。