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麗しい悪魔お姉さんに繋がれて愛られた365日 / 百合作品

  『麗しい悪魔お姉さんに繋がれて愛られた365日』

  …息が酷く苦しかった。

  呼吸をしてもしても、空気は僅かしか入って来ない。

  それどころか、そのほんの少しの空気すらも肺に入ると酷く痛む。{nickname}は、ごほごほと咳込みながら手元の汚い檻の床に爪を立てた。

  ーアヌマカラス。

  {nickname}がここにやって来たのは、今から二年ほど前の事になる。ごく普通に大学生活を送っていた私をこの世界に招いたのは、とても綺麗で優しい男の人だった。

  尖った耳と紫色の目が印象的だった。

  『…ごめんね、苦しいよね。今助けてあげるから。』

  彼に与えられた仮契約の紋章は、私の手首にしっかりと刻まれていた。大切な、ご主人様に貰った綺麗な紋章。

  {nickname}は、激しく咳込みながら、涙にぼやけた視界で自分の手首を見つめる。

  (…何も、ない。)

  {nickname}の手首に刻まれていた筈の紋章は、今やそんなもの最初から無かったかのように。

  (当たり前、だよね。だって、私…あの人に、捨てられてしまったから。)

  {nickname}は、ポロポロと涙を溢しながら、何も無くなった手首を震えるもう片方の手で掴んだ。

  …最初は何が何か分からなかった。

  日常の、当たり前の生活からポンと放り出された異世界、アヌマカラス。悪魔と獣人と堕天使たちが暮らす背徳的な世界。

  『…ふふ、可愛い。召喚できたのが君みたいに可愛い子で良かった。』

  初めて見る悪魔のご主人様は、酷く大きくて…けれど、私の身体をしっかりと抱きしめてくれた。

  アヌマカラスには、通常人間は存在しない。ただ、強い魔力を持ったものが、異世界から人間を召喚することが、流行りらしい。

  与えられた仮契約。

  この世界で生き延びるための、セーフティネット。

  初めて、きちんと空気を吸えたときご主人様は、私を抱き上げて大きな手で頭を撫でてくれた。

  『うん、良い子だね。ちゃんと息出来てる。

  君たち人間にとって、アヌマカラスの空気は毒だからね。こうして、仮契約を結ばなければ君たちは、呼吸すらままならないんだ。だから、良い子で居なきゃダメだよ』

  ー良い子。

  私の中に刻まれた捨てられないための最低ライン。

  私はその時に悟った。彼の良い子で居なくてはいけない。

  そうでなくては、ここでは生きていけない。

  私の頭を巡ったのは、元の場所でも両親の顔でも、友人たちのものでもなく、“死にたくない”と言う強い意志だった。

  (良い子にしていたら、いつか帰れるかもしれない。

  良い子でいれば、扱いやすくしておけば彼の傍に置いていて貰える。苦しい思いもしなくて済む。)

  そう、思っていたのに。

  現実は酷く残酷で無情だった。

  「ぅ、あ…、ぁ…っ、」

  喉を掻きむしりたくなるような痛みと不快感、そして喉が、肺が焼けるような痛み。咳は止まらず、涙が視界を酷く歪めていた。

  ―甘い甘い蜜月は、たった二年で終わった。

  ご主人様は、新しい人間の娘を召喚したからだ。今度はもっと、愛らしくてスタイルの良い子だった。

  『うん、やっぱり新しい子の方が可愛いから君はいらないかな。今までありがとうね、とても楽しかったよ。』

  私は呆気なく、奴隷商に売り飛ばされた。

  きっと沢山泣いたと思う。嫌だと縋ったと思う。けれど今となっては、その記憶は酷く曖昧だ。ご主人様は、ずっと微笑んでいた。私をいつものように抱き上げて、優しく頭を撫でてくれて、それなのに…その言葉は何よりも鋭く私の心臓を刺し貫いた。

  『大丈夫だよ、{nickname}はとっても良い子だから…きっと次のご主人様にも可愛がって貰えるよ。』

  …涙がぴたりと止まった。これ以上何を言っても無駄だと悟った。そしてその通りになった。良い子にしてたのに捨てられた。売られた。ご丁寧に仮契約を解除されて。

  見世物のように、狭い檻に入れられた。身体を起こすような体力は、どこにも残っていなかった。

  …苦しい、悲しい、寂しい、気持ちが悪い。

  「だれか、たすけ、て…」

  弱りきった身体は、小さく掠れた声しか出せない。

  「だれか、ご主人、さま…っ」

  弱々しく、爪の先でカリカリと檻の床を引っ掻く。

  もうここがどこかは、わからないけれど、たくさんの人の気配と話し声がするのは聞こえていた。

  (苦しいよ…痛いよ、誰か…)

  気持ちが悪い、目の前がグルグルする。

  {nickname}は、這いつくばって胃液を吐き出す。もう何日も何も食べていない。与えられるのは僅かな水だけ。

  「はぁ、は…はぁ、」

  意識が途切れかけ、周りが更にぼやけて来た時だった。

  『…扉を開けて、その娘を見せて。』

  凛とした甘いテノールの声。

  むせ返るような、甘い薔薇の香り。

  契約解除された、私にこの世界の人の言葉はわからない。それでも、誰かがこちらに近づいてくる事は気配で分かった。

  「……ご、しゅ、じんさま…?」

  そんな訳ないのに、私はとっくの昔に捨てられてしまったのに、私の手は、縋るように近づいて来た人の足に手を伸ばした。

  『…ご主人様?』

  麗しい女悪魔である、エラ・ニムニは、{nickname}の言葉を聞き、真っ赤な口紅を塗った唇を歪に微笑ませた。

  『ご主人様、ねぇ…?』

  エラ・ニムニは、{nickname}のその言葉を聞いてゆっくりと彼女の前に腰を降ろした。

  『ボロボロで汚くて、可哀想でそそるわねぇ♡』

  エラは、商人の方を振り返りながら

  『この子、“中古”よねぇ?』

  その瞳が、酷薄な唇が、存在がまるでお気に入りのオモチャを見つけたように輝いている。奴隷商人は、ヒッ、と恐怖で小さく声を漏らした。宵薔薇館に棲むと言われる享楽的で美しく好戦的な女悪魔。

  「は、はい、先ほど届いた商品でして…前の持ち主から従順で扱いやすい個体として買取りました。」

  『ふぅん、従順で…扱いやすい、ねぇ?』

  エラは、商人の話など殆ど聞いてなど居なかった。

  黒いハイヒールの先で、息も絶え絶えな{nickname}の頭の天辺をコツン、と蹴った。

  『…可哀想な子。こんなにボロボロになって、仮契約まで解除されて捨てられるなんて、どんな粗相をしたのかしら?』

  エラの声は、哀れみと侮蔑で満ちていた。

  『…殆どの持ち主はね、自分が召喚した人間を手放す時でも仮契約は、解除しないの。だって、そんな事をしたら直ぐに弱って死んでしまうでしょう?商品としての質も下がってしまうもの。』

  エラは、細い手で乱暴に{nickname}の髪を掴み上げて顔を上げさせた。

  『あら、顔も中々悪くないじゃない。私の好みよ♡』

  その時、{nickname}は何も考える事が出来なかった。

  ずっと従順にしていた。嫌われないように、主人に気に入られるようにちゃんと“良い子”にして来た。

  それなのに、捨てられた。仮契約も解除された。

  普通は、売られるときに仮契約は解除されない?それならどうして??自分はどこで間違ってしまったんだろう?

  {nickname}の中でグルグルと悪い考えが頭を過ぎる。

  『…ねぇ、聞いてる?ねぇったら…』

  掴み上げられた髪が痛い。無理やり顔を上げさせられて視界はそれまで以上に高速回転している。苦しい、気持ち悪い、肺が酷く痛む。それでも、

  「はな、し、て…。さわら、ない、で…」

  知りたくなかった。こんなこと…。

  だって、ご主人様はずっと優しかった。抱き上げて頭を撫でてくれて、手を繋いでくれた。どうせ死ぬなら幸せな気持ちは持ったまま死にたかった。

  「…き、らい、あなた…きらい…っ」

  {nickname}は、最後の力を込めてエラを睨んだ。

  『うふッ♡あははっ♡♡あはははははっ♡♡』

  エラは、{nickname}のその反応に狂ったように笑いだした。その頬は、赤く紅潮し美しい唇は、綺麗な弧を描く。見るものがゾッとする笑顔だった。

  『可愛い〜♡人間の、小娘が…っ、私を睨んだわ♡こんなにボロボロでもうすぐ死にそうなのに♡♡♡』

  エラは、一度その手を離すと奴隷商人に向けて自分の指に嵌めていた高価で大粒なルビーの指輪を投げ渡す。

  『この子を貰うことにするわ♡お代はそれで十分でしょう??』

  「わっ、わわっ!!」

  奴隷商人は、雑に投げ渡された高価な指輪を何とかキャッチしながらその価値に目を見開く。内側にエラの刻印が入ったおそらくオーダーメイドの高価な指輪。

  「お、お客様…!こちらの指輪だとその奴隷の価値と釣り合いませんっ、あの、他にも何人か連れて来ているのでそちらも…っ!!」

  奴隷商人としては、後から価値が釣り合わないとクレームを入れられるのが嫌だったのだろう、そんな条件を提示したのだが、エラには、逆にそれが気に障ったようだった。

  『…この子以外は要らないわよ。』

  エラの弾んだ甘い高音が一段低くなる。

  『私が選んだのよ、この子の価値はその指輪ひとつが妥当なの。それとも、私の目利きに問題があるの?』

  ジワリとエラの周りの空気が一段階重くなった。奴隷商人は、そのエラの空気に首を激しく振りながら滅相もない、と口ごもった。

  『なら、この子は頂いて行くわね。』

  エラは、その細腕では考えられない力で{nickname}をふわりと横抱きに抱え上げる。甘く、濃厚な薔薇の香りが、殆ど朦朧とした意識の中でも{nickname}に届く。

  「や、…いや、」

  小さな拒絶の声にエラは、瞳を輝かせた。

  “従順で扱いやすいとされた個体”が懸命に自分に抗おうとしている。こんなに可愛い生き物は見た事がない。

  『ふふ、嫌?今、嫌って言ったの?』

  その小さな声に耳を傾けながら、エラは胸の奥の昂ぶりを感じていた。ああ、可愛い。もっと嫌だと言ってほしい。

  エラの心の中は歪んだ悦びでいっぱいになった。

  『もっと、イヤって言って♡可愛い声を、沢山聞かせて?』

  それは、これまでエラに向けられた事のない感情。

  ゾクゾクしてしまう。エラは、大切な宝物を抱えるように{nickname}を自分の館まで連れ帰った。抗うことに疲れ果てた彼女の声はいつしか途絶え、苦しげな吐息を吐き出している。エラは、その苦しげに潜められた表情を愛しく思いながら額に優しくキスをした。

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  [newpage]

  「ん、ん…っ」

  柔らかでふわふわとした清潔なベットに暖かな掛け布団は、とても軽くて心地よかった。誰かに抱き締められている?背中に回る細い手が、まるで私に絡みつく薔薇の棘のようだった。

  『…あら、お目覚めかしら。{nickname}?』

  ふんわりと辺りに漂う薔薇の香り。

  綺麗で長い指先が私の頬に触れた時、私が感じたのは安らぎや安心感ではなく、酷い嫌悪感と激しい頭痛だった。

  「〜〜〜ッ!!」

  頭が割れるように痛くて思わず、目の前の女悪魔を手で突っぱねた。痛い、苦しい、視界がグラグラする。

  『あらあら、せっかく私の加護を与えてあげたのに。』

  エラは、{nickname}のその反応を見て即座にそれが、自分に対する魔力の拒絶反応である事に思い至る。

  クイっと顎に指を滑らせて苦痛で喘ぐ彼女の顔を無理やりあげさせた。

  『…ねぇ、そんなに私が嫌いなの?』

  酷く楽しそうにエラが微笑んだ。それはそれは、まるで楽しくて仕方ないと言わんばかりに。

  「…か、ご…?」

  {nickname}は、痛む頭を手で押さえながら。

  『そう、仮契約よ♡あなたも彼と結んで居たでしょう?』

  「〜〜ッ、いら、ない、あなたの加護、なんて…」

  {nickname}は、首を懸命に横に振る。

  ご主人様の時には、こんな症状は無かった。

  『そうよねぇ、あなた…私の事が嫌い過ぎて、過度に拒絶反応が出てるんだもん。』

  エラは、全く困った様子もなく。

  淡々と告げる。魔力の拒絶反応、エラの魔力を{nickname}の身体が、魂が拒絶している証だった。

  『なぁに、少し苛め過ぎたかしら。でも、本当の事を教えてあげただけよ。あなたの元のご主人様…酷い男ね、って♡』

  エラの言葉は、甘くて痛い。

  私が知りたく無かった事を、ストレートに伝えて来る。

  「…やめて、ご主人様は、優しかった。」

  『あなたを捨てたのよ、たった二年で♡』

  エラの言葉がゆっくりと{nickname}を追い詰める。

  『悪魔で、複数の人間を飼う事も珍しくないわ。でも、彼は新しい子を手元に置いて、あなたを捨てる決断をしたの。』

  「や、めて…」

  『しかも、あなたが苦しむ事を分かっててわざと仮契約を解除したのよ?』

  「いや、聞きたくない…っ、」

  頭がガンガンと痛んで、鼻の奥がツンとする。

  そうだ。誰よりも私が分かってる。ご主人様は、私よりもあの子を選んだ。私を捨てて新しい子を選んだ。

  『だめよぉ、耳を塞いじゃ…ちゃんと聞いて♡』

  甘くて冷たくて痛い声が、私の心を切り刻む。

  『あなたは、捨てられて、私に拾われたの♡…安心して、魔力拒絶だけで死んでしまった事例は少ないわ。大丈夫、慣れたら平気になるわ。私にも私の魔力にも。』

  ゆらゆらと、エラの髪が{nickname}の前で揺れる。

  『だから、安心して…私に堕ちて来て♡』

  そっと私の手に重ねられたエラの手は酷く冷たかった。

  悪魔らしい、体温の低い身体。そう言えば、ご主人様の手もこんな風に冷たかった事を皮肉にも私は覚えていた。

  「イヤ…」

  {nickname}は、震える声でエラを拒絶する。

  それは、彼女なりの明確なNO、だった。この世界に来ておそらく初めての反抗。

  『あははははっ♡♡♡本当に可愛いわねぇ、あなた。そんなに震えた声で私に抗うなんて…♡』

  エラ頬を赤く染めながら、抵抗できない{nickname}の上に覆い被さった。そして、彼女の小さな唇を強引に奪う。

  言葉は、痛いくせに…唇だけは酷く甘くそして心地よかった。

  「〜〜ッ、ぁ、あ…っ!!んぅっ、」

  懸命に拒んでいた唇がこじ開けられて、大きな舌が{nickname}の舌を攫った。慣れないキスは、酷く息苦しくて、甘美で、気持ち悪い。

  「んぁッ♡ぁ…あッ、ぁ…っ♡♡」

  クチュクチュと溢れる水音が耳を刺激する。エラの指先に絡め取られた{nickname}の指先が、優しく絡まりあう。

  「ふぅ…っ♡ん、んぐっ…♡」

  {nickname}の抵抗が治まるまで、エラは唇を離すことは無かった。{nickname}が諦めて彼女の腕の中でおとなしくなった頃、ようやくエラは、彼女の身体を解放した。

  『甘くて、とっても素敵なキスだったわ♡』

  エラは、その悦びを隠す事なく{nickname}の顔を覗き込む。優しく唇を指先でなぞりながら

  『もう、あなたは私のものよ、{nickname}♡』

  酷く嬉しそうにエラは、強く腕の中の人間の娘を抱きしめる。{nickname}の拒絶も、悪感情も嫌悪感も全てを飲み込むような甘いキス。

  『…逃がさないわ。逃がしてあげない…♡だって私…こんなに誰かに夢中になった事、生まれて初めてだもの♡』

  爛々と輝くエラの瞳は、まるで美しい宝石のようだった。その瞳の奥に隠れた執着と深い独占欲に{nickname}の身体が震えた。

  『ふふ、そんなに震えなくても大丈夫♡私は前の持ち主と違って…あなたが死ぬまで大事にしてあげるから♡』

  エラの綺麗な手が、ゆっくりと{nickname}の頬を撫でた。

  魔力拒絶の影響か、エラの深いキスのせいか、火照った頬にひんやりとした彼女の手の感触が心地よく感じる。

  「ん…っ、」

  それなのに、触れられていると、ジワジワと不快感が増して来て{nickname}は、エラの腕の中で身体を捩った。

  『ふふ、そうね。嫌ねぇ…よしよし。』

  エラは、優しく{nickname}の背中を撫でながら彼女を逃すまいと、その華奢な足首に自分の先端がハート型になった細長い尻尾を巻きつけている。

  「エラ様、失礼します。…お嬢様の為に温かいスープをお持ち致しました。」

  ノックの音と共に入って来た燕尾服姿の男性悪魔は、ベットの上で組み敷かれる真っ赤な顔をした{nickname}を見つけると小さく息を吐いた。

  「…エラ様。お嬢様は、魔力拒絶を起こしている様にお見受けしますが?」

  エラに長く仕える執事であるセドリックの問いにエラは、そうよ♡と悪びれる様子もなく笑う。

  『…魔力拒絶で、死んだ人間の事例は多くないわ。ゼロとは言わないけれど、ゆっくり慣らせば大丈夫よ。』

  ねぇ♡、とエラの手が優しく{nickname}の髪の毛を撫でた。ぐったりとした彼女は、力なくプイっと顔を横に逸らした。

  「…随分、嫌われていらっしゃるようですが?」

  『えぇ、そうね♡この反応が楽しくて仕方ないわ♡』

  「相変わらず悪趣味かと。」

  『…お黙りなさい、セドリック♡このイヤイヤしてる顔といい、仕草といいとっても可愛い…堪らないわ♡』

  エラは、動けないでいる{nickname}の背中に手を添えて、そっと抱き起こす。

  『ふふ、お腹空いたでしょう?食べさせてあげる♡』

  「エラ様。」

  咎めるような、セドリックの声にやっとエラは顔を上げて彼を見た。

  「お嬢様は、衰弱しておられます。今必要なのは、栄養と休息です。…エラ様がいらっしゃっては、しっかり回復出来ませんので。」

  セドリックは、エラを{nickname}から引き剥がすとさっさと部屋の外へと放り出す。

  「しばらくは、お嬢様をからかって遊ばれませんように。」

  バタン、と扉が閉じる音と共にエラの、スープ、私が食べさせてあげたかったのに〜と言う声が聞こえて来る。

  セドリックは、改めてサイドテーブルにスープを置いて、{nickname}に向き直ると改めて彼女を座らせた。

  「…食欲はないと思いますが、少しでもいいのでお腹に入れておいて下さい。あそこでは、まともなものは与えられなかったでしょうから、身体も弱っているはずです。」

  エラとは違い、まともなセドリックに{nickname}は、この屋敷に来て初めて楽に呼吸ができるのを感じた。

  「…あの人はなに?」

  {nickname}は、エラが居るであろう外を気にしながら

  『…あの方は、エラ・ニムニ。アヌマカラスに現存する古い悪魔の家系に産まれた高位悪魔です。私の主人であり、あなたの契約主でもある。さぁ、どうぞ。』

  「…うん。」

  {nickname}は、セドリックから手渡されたスープをゆっくり飲みながら。

  「…おい、しい…」

  暖かくて、美味しいスープは、{nickname}の冷え切った身体を温めてくれた。数日ぶりのまともな食事。

  「柔らかなパンもありますよ。スープに浸して食べると美味しく食べられるはずです。」

  {nickname}は、与えられたパンをスープに浸しながらゆっくりと食べる。これまで感じる余裕など無かった空腹が一気に押し寄せて来て、{nickname}は、用意された食事をペロリと平らげた。

  「…ありがとう、ございます。」

  「お礼であれば、エラ様に。あなたを拾ったのは、エラ様なのですから。」

  「…でも、」

  {nickname}は、瞳を曇らせながら

  「…あの人は怖い。触られると息苦しくなるの。頭も痛くなるし、手の先もビリビリする。…前のご主人様は、もっと…」

  「…もっと、優しかった?相性が良かった??」

  セドリックは、{nickname}のための新しい紅茶を淹れながら彼女の言葉を代弁した。

  「なるほど、あなたがそこまで懐いていらっしゃるなら今のこの状況は、苦しく…そしてお辛いのでしょう。」

  {nickname}の前に繊細なティーカップが差し出される。

  「…慣れですよ、お嬢様。」

  そっとセドリックの手が、{nickname}の頬を撫でる。

  「大丈夫です。全ては時間が解決してくれる事です。今が苦しくても、辛くても…安易な心地よさよりも辛く苦しい方が、甘美に感じられる事もあります。」

  「…え?」

  セドリックの言葉は、{nickname}には少し難しかった。

  なぜ、心地よさではないのか、苦しさや辛さの方がより甘く感じるのか、気怠げな執事の言葉は、彼女の柔らかな心に根を張っていく事になる。

  [newpage]

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  ―{nickname}が思っていた以上に宵薔薇館での生活は快適だった。エラは、どんなに{nickname}がエラ自身を拒んでも嫌がってもニコニコしながら彼女を受け入れ続けている。

  『…見て、セドリック。どう?新しく{nickname}のためのドレスを作ったの♡』

  ふんわりとした軽やかで美しいレース。ピンク色の美しく甘やかな生地が、{nickname}の前でヒラヒラと踊る。

  「―着たくない。」

  {nickname}は、プイっと顔を逸らせながら。

  「…お嬢様には、不評のようですが?」

  セドリックは、冷静にエラと{nickname}、両方の顔を見比べながら。宵薔薇館では、もっぱら通常の景色となったそれに小さくため息を吐く。

  『ダメよ、{nickname}。私が選んだよ、着てちょうだい♡あなたの綺麗で可愛い肌にこのドレスが映えるのは、分かっているんだから。』

  エラは、高価なドレスをセドリックに放り投げながら、{nickname}の隣に座ると優しく彼女の腰に腕を回す。

  「〜〜ッ、エラ…っ」

  近づかれると息が詰まる。頭の奥に不快な鈍痛が走る。けれど、最初の頃のような吐き気はない。身体が、このエラと言う女悪魔に順応してきたと言うのなら、なんて皮肉なんだろう、と{nickname}は唇を噛む。

  『…ダ〜メ♡前も言ったでしょ。その唇を噛む癖は、やめて。可愛い唇に傷が付くでしょう?』

  エラは、{nickname}の顎をゆっくりと掴んで自分の方へと向かせながら。その唇に自分の唇を重ねた。

  「ん…っむ、んぅ、ん………ッ♡」

  その濃密な触れ合いに、一気に頭の中に霞が掛かる。

  彼女のキスは巧みで甘い。まるで、神経毒のように舌を絡め取られ逃げる間もなく吸い上げられる。突き放そうと持ち上げた腕がエラの手で捕らえられ抵抗する気力すら奪われる。

  「ぁ、ぁ…あん♡ん…っ♡」

  舌先がピリピリする。脳の奥が白く染まる。エラの手が、さらに{nickname}の腰を抱き上げて、自分の膝の上に座らせる頃には、ぐったりとエラの胸に縋るしかない。

  『…だいぶ慣れて来たじゃない♡』

  エラは、ぐったりした{nickname}の背中を優しく撫でながら。その瞳を捉えながら甘く囁く。

  『いい子ねぇ♡イヤイヤ言いながら…甘い声を漏らして私の腕の中で快楽を貪る貴女が一番可愛いわ。』

  エラの瞳も、{nickname}との甘い快感に酔いしれるように潤んでいる。

  『…魔力拒絶も、いい具合に緩和されて来たわね。毎日毎夜、こうやって慣らしてあげてる甲斐があったわ。』

  「んぅ、…え、ら…っ、」

  エラの長い尻尾が、クルリと{nickname}の太ももに巻き付けながらそのハート型の先端がスリスリと敏感な内股を撫でる。

  「や…っ♡」

  嫌、なのに。彼女の事が嫌いなのに、段々と抗えなくなる。近づかれると息が詰まる。頭の奥で警戒アラートが鳴り響くように重く痛む。なのに、エラの抱擁は、キスは、愛撫は、何よりも甘かった。

  『ほら、新しいドレスに着替えましょう♡絶対に、こっちの方が似合うもの♡』

  エラの手が何の躊躇もなく、{nickname}のドレスを脱がせて行く。エラは、脱がせたドレスを足で蹴り上げながら優しく{nickname}の腹の辺りを撫でさする。

  「んぅ…っ♡」

  『細いわねぇ♡直ぐに壊れてしまいそう…♡

  セドリック、新しいドレス♡早く、{nickname}が風邪を引いてしまうわ。』

  セドリックは、新しいドレスを床につけないように注意しながら{nickname}の足を掬い上げて、下から着るタイプのドレスに足を通させた。

  『一度立ちましょう?』

  エラの手を握り、立たされた。アヌマカラスの貴重で高価な天然素材で作られたドレスは、{nickname}に重さを与えない。袖を通すと、セドリックがドレスを整えて、背中の長いファスナーを丁寧に閉めていく。

  『ほら、可愛い♡やっぱりこっちのドレスの方が絶対に似合うわ♡』

  エラは、嬉々として{nickname}を抱き上げてその場でクルクルと楽しそうに回る。

  『どう?セドリック♡やっぱり私の見立てに狂いは無かったでしょう?月光妖精の羽に、深海珊瑚絹をふんだんに使って作らせたドレスなの。』

  エラはうっとりしながらピタリと足を止めた。

  『貴女を飾るものは、やっぱり最高のものでなくちゃ』

  エラの深い赤紫色の瞳がギラギラと輝く。

  決して{nickname}を逃がさないように、彼女の尻尾がキツく{nickname}の足首に巻き付いている。

  「…大変、お嬢様にお似合いかと。」

  セドリックは、脱ぎ散らかされたドレスを拾い上げ丁寧に保管箱に保管しながらチラリとエラの腕の中の{nickname}の顔を覗き込む。

  「…けれど、エラ様。お嬢様は、ご機嫌が麗しくないようですが?」

  『そこが可愛いんでしょう?懐かない猫のようで…そそられるわ♡♡♡』

  エラは、{nickname}を抱き上げたまま最高級のソファーの真ん中に腰を下ろす。

  『…貴女は、そのままでいいわ。{nickname}。』

  エラは、{nickname}を膝の上に乗せたまま甘い声で彼女の耳元で囁く。

  『私の事を嫌いでも、拒絶しても、我儘を言っても…私の可愛い貴女であることに変わりはないもの♡』

  ふふふ♡とエラは、嬉しそうに微笑みながら彼女の額に触れるだけのキスを繰り返した。

  …調子が狂う。

  {nickname}は、エラの腕の中で小さなため息を一つ。

  前のご主人様の時には、“いい子”で居た。嫌われないように呆れられないように頑張って居たのに、捨てられた。

  …でも、エラは違う。

  私が嫌がっても、泣いて拒んでも私を離さない。

  キスをして、背中を撫でて、甘い声で落ち着かせる。定位置は、彼女の膝の上。息苦しさが無くなった訳じゃない。

  頭の痛さが治ったわけじゃない、ただ慣れただけ。

  この違和感が通常なのだと、身体が覚えただけ…。なのに今は、ほんの少しだけ、この場所が心地いい。

  「…エラ様、お嬢様、紅茶をお淹れしました。」

  セドリックさんの優しい声と、湯気を上げる紅茶のいい香りに、{nickname}は、そっと身体の力を抜く。すると、エラは、私の頭を優しく撫でるのだ。

  「…いい子いい子♡紅茶は、冷まして…口移しで飲ませてあげる♡貴女のその可愛いお口が火傷でもしたら大変だもの♡」

  エラの指先が、私の唇に触れるたびに訪れる身体の震えを{nickname}は、懸命に隠そうとしていた。その震えが、恐怖か、嫌悪か、安心かわからないまま。

  「…ちゃんと、自分で飲む、から…。」

  弱々しくそう言った{nickname}の顎を掴んでエラは、彼女の唇の中に口移しで紅茶を注ぐ。

  『だめよ、飲ませてあげるって言ったでしょ?私の楽しみを奪わないで…♡』

  エラの手が優しく{nickname}の手を包み込み、恋人同士のように指を絡めた。

  [newpage]

  「…セドリックさん、エラは…?」

  宵薔薇館の寝室で、{nickname}は枕に顔を埋めながら、朝食の準備のためにやってきたセドリックに声を掛けた。

  最近のエラは、夜遅くに寝室に戻って来て、朝早くにまた寝室を出ていく。昼間も忙しいのか、あまり宵薔薇館に帰ってこない。

  「…エラ様でしたら、お仕事をされてますよ。」

  セドリックは、机の上に食事を並べながら。

  「ああ見えても、本来多忙な高位悪魔ですので…」

  セドリックは、チラリと{nickname}の方を向きながら

  「さぁ、どうぞ…お嬢様。」

  彼女に手を差し延べる。

  「お嬢様がお食事を摂らないと、エラ様に報告しなくてはなりませんからね。それとも…」

  セドリックは、あおの顔を覗き込んで

  「わざとボイコットしてみますか?エラ様が飛んできてくれるでしょう。寂しければそうして頂いても大丈夫ですよ?」

  意地悪なセドリックの言葉に{nickname}は、眉を顰めながら、その掌に自分の手を重ねた。

  「…本日のメニューは、焼きたての蜂蜜パンに、コーンクリームのポタージュ、半熟卵に花野菜のサラダです。デザートには、リンゴのコンポートを。」

  「…エラの指示?」

  {nickname}は、席について机に並べられた食事を見つめながら

  「…えぇ、全て。エラ様から体調が悪くないのなら、朝はしっかり召し上がるようにと伝言が。」

  セドリックの言葉に{nickname}は、特に反論せずに食事を始める。悪魔、と言う種族は食事を大切にする。元々美食家の悪魔も多いが、彼らにとって、食事を誰と摂るかは特に重要視される。

  (…ご主人様も、食事は必ず一緒だったな。)

  {nickname}は、温かい食事を食べながら。とても美味しい。ふわふわのパンも口触りのいいスープも、何もかも。それなのに、隣に居ない誰かの事を考えると、食事が酷く味気ないものに感じられる。

  「…どうされました、お嬢様?」

  セドリックの優しい声に{nickname}は、思わず顔を上げて、けれど、その瞳がここには居ない悪魔を求めてほんの少し宙を彷徨った。

  「…寂しい、ですか?エラ様がいらっしゃらないのは…」

  セドリックの言葉に{nickname}は、首を横に振る。

  違う、そう言いたいのに言葉が出てこない。

  「…ずっと、お嬢様の傍に居られましたからね。心配されずとも用が済めばすぐに帰って来られますよ、お嬢様の隣が、あの方の帰る場所なんですから。」

  「…本当、に…??」

  {nickname}は、反射的に顔を上げて彼を見上げる。

  心細さと不安が首を擡げていた。

  また、捨てられるのではないかと言う疑いが消える事はなく{nickname}は、そっとフォークを皿の上に置いた。

  「…ごちそう、さまでした。」

  「おや、今朝はそれだけで良いのですか?」

  半分以上、皿に残された朝食を見てセドリックは、{nickname}の顔を覗き込む。

  「体調が悪いわけでは、なさそうですが…」

  「…食欲が、ないだけ。」

  ただ、それだけの筈なのに…。

  {nickname}は、小さくため息を吐いた。自分の中にある心のモヤモヤを消化しきれないまま。

  「エラ様、お帰りなさいませ!」

  何となく風に当たりたくなって、宵薔薇館のバルコニーでぼうっとしていた{nickname}の耳にその声が届く。

  見れば、エラと獣人の使用人の少女が親しげに話をしていた。犬の耳と尻尾を持った少女は、エラを見つけると嬉しそうに走り出す。ブンブン、と振られる尻尾が少女の喜びを表している。

  (…私じゃなくてもいいの?)

  エラの手が少女の頬に伸び、優しくその場所を撫でる。

  少女は、エラの手に頬を擦り寄せながら何かを話していた。その姿に元ご主人様と新しく召喚された女の子の姿が重なり{nickname}は、弾かれたように逃げるように寝室に入ると布団の中に潜り込んだ。

  イヤイヤイヤイヤ…ッ!!

  {nickname}の中の心がシクシクと疼く。あの子が居たら、もう自分はいらないのか、捨てられてしまうのか、酷い動悸と気持ちの悪さに{nickname}は、口元を抑える。

  違う、わからない、苦しい。

  目の前がぐるぐると周り視界が涙で潤んだ。

  その後のことは覚えていない。ただ起き上がる事も億劫で、セドリックさんが来ても何も答えることが出来なかった。ただただ、怖くて苦しくて布団の中で震える事しか出来ない。

  『…{nickname}、』

  扉が開かれてエラの甘い声が私の名前を呼んだ。

  その声に身体の方が先に反応した。

  「…ッ、エラ…?」

  半日ぶりに聞いた声。嫌いな筈なのに、今は何だか安心してしまう。それと同時に不安と恐怖が{nickname}の胸を締め付ける。

  (…ねぇ、可愛くない子はいらない?懐かない子は、必要無くなるの…?)

  怖くて苦しくて辛くて聞けない。

  「は、ぁ…っ、あ、」

  『…久しぶりね、その症状。』

  エラの手が、私の額に触れようとした時、咄嗟に私の手は彼女の手を振り払っていた。

  「あ、ぅ、え…っ、」

  涙がポロポロと{nickname}の頬を流れ落ちる。

  それは、後悔なのか悔しさなのか寂しさなのか自分でもよくわからない。

  『泣かないで、愛しい子…。』

  エラの手が、優しく私の額に今度こそ触れた。

  『どうしたの?泣かなくて良いのよ。気にしてないわ、熱で苦しいんでしょう?今は、魔力拒否が強く出てるから私に触れられるのが嫌なのよね?』

  まるで、小さな子供を宥めるみたいにエラの甘くて優しい声が響く。

  『…私がここに居ては嫌?今晩は、セドリックと代わりましょうか?』

  エラにしては、強引さのない提案だった。

  それが{nickname}には、堪らなく苦しい事などエラは、知らないのだろう。

  「う、ぐす…っ、あぁ…っ、」

  {nickname}は、泣きながらエラの服の裾を握り締める。実際には殆ど力は、入って居ない。けれど、エラがそれを振り解くことは無かった。

  「うぁ、あ、あの、子のところに、いくの…?」

  {nickname}の喉から溢れる声は酷く掠れて居た。

  『あの子?』

  エラは、首を傾げながら優しく{nickname}の髪を撫でる。

  「…っ、やだ、いや…っ、」

  {nickname}は、首を激しく振りながら懇願する。

  「…捨て、ないでぇ…ッ、あの子のところ、いっちゃ、やだ…っ、」

  熱があるせいか、心が不安定なせいか、嗚咽も気持ちの吐露も止まらなかった。

  「えら、ここに、いて…っ、わたしの、そばに、ちゃんと…いてよぉ…ッ、」

  ぐずぐずと子供のように泣く事しかできない{nickname}をエラは、優しく抱き寄せる。

  『…何か、誤解してるわねぇ…』

  エラは、{nickname}の顎を掬い上げて、目線を合わせながらゆっくり言い聞かせるように

  『誰が貴女を捨てるのかしら?』

  目を合わせたまま、こつんと額を合わせながらエラは、ゆっくり言葉を続ける。

  『…どうして、私が貴女を捨てるの?こんなにも可愛くて、愛おしいのに…♡』

  トントンと、エラのハート型の尻尾が彼女の歓喜を現すようにベッドを叩く。可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い!!

  エラは、{nickname}の身体を強く抱きしめながら細い彼女の足首に細長い尻尾を巻き付ける。

  『何が嫌だったの?ちゃんと、教えて…』

  エラは、優しく唇を額から瞼、瞼から頬に触れさせながら熱い舌先で、流れる涙を舐めとる。

  「〜〜グスっ、きょう、楽しそうに、して、た…ッ、えら、が…っ、帰って、きたとき…っ!」

  {nickname}の言葉をエラは、遮らない。後から後から溢れる涙を唇で受け止めながら。

  『今日…?帰って来た時…?』

  「女の子、と…話してたもん、…ほっぺた、撫でてた」

  『…ああ、アレね。』

  エラは、どこか嬉しそうに頬を染めながら

  『そうねぇ♡うちの使用人の子たちは、みんな可愛いもの。あの子も、他の子もセドリックもみ〜んな可愛いわ♡♡♡』

  でも、とエラは、言葉を切りながら

  『その中でも、貴女は特別、一等可愛くて…愛しくて仕方ないの、私の可愛い{nickname}♡』

  エラは、{nickname}の背中を撫でながら、彼女の足に巻きついた尻尾の締め付けを強くする。

  『…私をあの子に盗られると思ったの?それで寂しくて、苦しくて、熱を…?なんて、可愛いのかしら。』

  エラは、一層甘い声で{nickname}に囁きながら

  『私が見つけたの、私が貴女を選んだの♡逃すつもりも、手放すつもりもないし、この愛情を他の誰かに向けることもないの♡♡♡だって…貴女だけが、特別なんだもの♡』

  エラの瞳が甘く燃える。

  『…どうして、こんなに可愛い子を手放せると思うの?貴女は、ずぅっと私だけの宝物よ、{nickname}…』

  それは、嘘偽りのないエラの真っ直ぐな愛情だった。

  『ねぇ、ほら…もう泣かないの。そんなに泣いたら、貴女が溶けてしまうわ。だって、涙さえ…こんなに甘いんだもの。どこまでも、私好みの子ね、貴女って…本当に罪深いわ♡♡♡』

  暖かく柔らかな布団の中で、{nickname}の身体がエラの腕の中に閉じ込められる。{nickname}の小さな泣き声と嗚咽は、徐々に小さくなりやがて聞こえなくなった。

  『…眠って、しまったかしら…?』

  エラは、泣き疲れて眠る{nickname}の背中を撫でながら。

  『こんなに可愛い存在、他には居ないわ。…誰も、貴女の代わりになんてなれないのに…』

  エラは、腕の中で眠る{nickname}の寝顔を覗き込みながら優しくその髪を撫でる。

  『ふふ、それにしても…不安にさせてしまうなんて…きっと私の愛し方が足りなかったんだわ。もっと、深く…愛してあげなきゃ…あなたの不安が枯れ果てるまで、ね♡』

  柔らかな夜が過ぎていく。

  エラの腕の中と言うこの世で最も安全な囲いの中で{nickname}は、酷く安心した表情を見せて居た。

  [newpage]

  エラは、あの日の出来事を振り返る。

  …彼女を見つけたのは、偶然だった。

  お気に入りの仕立て屋で新しいドレスを仕立てた帰り道。

  人間を売る奴隷商人を見かけた。

  檻の中に入れられた大小様々な人間。アヌマカラスでは、よく見る光景の一つで私は特に興味も持たずに檻の横を通り過ぎようとした。

  (…あら?)

  檻に横たわる小さな影。

  仮契約まで解除されて、このアヌマカラスの空気に侵されて今にも死にかけている小さな命。彼女の名前は、{nickname}…。今にも死にそうな癖に、私を睨みつけて来た人間の女。

  …ゾクゾクしたわ。

  だって、人間に睨まれたのなんて初めてだったもの♡

  苦しげに喘ぎながら、涙をこぼしながら、捨てた筈の主人を健気に呼ぶその姿のなんと愛おしくて哀れなことか。

  私にとってそれは、運命を選ぶ事に等しい出来事だった。

  「…エラ、これは…?」

  私の腕にしがみついた{nickname}が一つの靴を指差した。どこにでもあるありふれたブーツ。

  『ダメよ、そんなありふれたもの。貴女の魅力が台無しだわ。もっと美しいものにしましょう。ああ、けれど、冬のアヌマカラスは、寒くなるもの…銀月兎の綿毛を使った暖かくて軽いブーツを特注しましょうか。』

  冬支度を整えるために街に降りたエラと{nickname}。

  そして二人を見守るセドリックは、半歩後ろを歩いている。

  「エラ、それ…また高いやつでしょ?私は普通ので…」

  『ダメって言ったでしょう。アヌマカラスの冬はとても寒いのよ、貴女が風邪を引いたら困るわ。ねぇ、セドリック♡』

  エラは、後ろで二人の荷物持ちに徹するセドリックに声を掛けながら。

  「…そうですね、エラ様。お嬢様が風邪を引かれれば、一週間は付きっきりで看病し、高名な医師を呼び、お嬢様が埋もれるほどに布団を重ねて着せるエラ様が想像できますので、お嬢様はどうぞ健やかでお過ごし下さい。」

  淡々とセドリックがそんな事を言うのが面白くて、{nickname}は、ふふっと微笑んだ。

  「あ…っ、」

  {nickname}が、セドリックから前を向いた時、グラリと足元にある小さな石に躓く。エラが、{nickname}を支える前に、大きな第三者の手が彼女を支えた。

  「…大丈夫かな、{nickname}…?」

  {nickname}の名前を呼んだのは、エラでは無かった。

  エラとは違う低い声、大きな手、穏やかな雰囲気を纏う男は、{nickname}を捨てた主人だった。

  「〜〜ッ、あ、…ご、主人さま…?」

  {nickname}は、その場に縫い留められたように固まり、主人は、特に悪びれる様子もなく{nickname}を支えていた手をそっと離した。

  「…久しぶりだねぇ。元気にしていたかい?」

  主人は、{nickname}を見てその隣のエラを見つめてから微笑む。

  「ああ、良かったね。ちゃんと新しいご主人様に逢えたみたいで何よりだよ。{nickname}…君は、私の所にいた時からいい子だったから。きっとどこに言っても可愛がられると思っていたよ。」

  {nickname}は、元主人の言葉に心臓が握りつぶされそうになりながら息を吐く。小さな手に白くなるほど力を入れた時、エラの手がそっと{nickname}を引き寄せた。

  『…あら、あなたが噂の“元”ご主人様かしら?』

  エラは、ゆっくりと{nickname}の前に身体を出しながら目を細めて、元主人を頭の上から足の先まで見つめる。

  『…あなた、』

  エラが何か言い掛けたとき、ご主人様、と弾んだ声が聞こえて、{nickname}は、身体を硬直させた。

  あの子の声。やって来た、新しい女の子は、元主人の腕に嬉しそうに腕を絡めてからようやく、{nickname}とエラの姿に気がつくと、あ、っと声を上げた。

  「…っ、あなた、前の…」

  “女の子”の放った前の、と言う言葉に{nickname}の胸はズキズキと痛む。そうだ。私は前のご主人様の契約者。あなたが来て捨てられた子、{nickname}が唇を噛み締めそうになったとき、クスクスとエラが笑い始める。

  『…なるほどねぇ、ふふ…っ、{nickname}…何も気にする事はないわ♡彼、そういう仕様なのよ。』

  エラは、{nickname}が驚く隙も与えず彼女の身体を横抱きに抱き上げた。

  「エラッ!?」

  びっくりして、エラの首元に掴まる{nickname}をエラは、あやすようにユラユラと揺らした。

  『…この子は、元気だし、今後も私が面倒を見て、この世の誰よりも愛し抜くから、あなたはお気遣いなく。』

  まるで牽制するような言葉と、{nickname}の足先まで絡まるエラの尻尾の先が、彼女の執着を強く表していた。

  「…それに、」

  エラは、ジッと{nickname}を見つめて言葉を紡ぐ。

  『この子、全然いい子なんかじゃないわ。直ぐに泣くし、拗ねるし、反抗的な態度を取るわ。私の提案には、直ぐにイヤと言うし、感情を爆発させるし、可愛く嫉妬もするの。でも、全部愛おしいわ。だから私は…この子がいい子でなくても、愛しているの♡』

  エラは、その瞳の奥に{nickname}への愛しさを募らせながら甘い声で囁く。その言葉に{nickname}は、頬を真っ赤にしながら小さな声で、

  「〜〜〜ッ、ずるい、エラ…、」

  {nickname}は、エラの腕の中から元主人を見つめて。

  「…ご主人様、私…ちゃんと居場所を見つけられたんです。エラも、セドリックさんも、宵薔薇館の他の使用人さんたちも、優しく、してくれてます。だから、大丈夫ですから、ご主人様も身体に気をつけて…」

  {nickname}は、本当に心からそう言い切ることが出来た。嫌味や、当てつけではない。心からの言葉。

  「…そうか、それは良かった。」

  元主人は、{nickname}の言葉を聞いて心底安心したように笑ってくれた。それは、{nickname}が大好きだった柔らかな天使のような微笑みだった。

  だから、{nickname}は言うことが出来た。最後の一言を

  「…さようなら、ご主人様。」

  もう{nickname}は、泣いていない。絶望していない。悲しんでいない。だって、{nickname}の居場所は、既に別の場所にあったからだ。

  …ほんの少しの沈黙が流れた。

  エラと{nickname}、二人だけの時間が優しく流れる。

  『…いい顔してるわね、』

  帰りの馬車の中、{nickname}を膝の上に座らせたエラがそっと彼女の頬を撫でた。

  「…うん、少しだけ複雑だけど。」

  {nickname}の瞳は、まだほんの少しだけ憂いを帯びているけれど、その表情は、どこかスッキリとした、吹っ切れた印象を与えている。

  「…だって、本当に好きだったの。ご主人様のこと。」

  それが、恋だったのか、愛だったのか、生存のための依存だったのか、{nickname}自身にも実は分かっていない。

  『…後悔、してないのね。』

  エラの静かな、けれど全てを悟ったような言葉に{nickname}も素直に頷く。もう、あそこが自分の場所ではないと、本能的に理解していた。エラの身体に自分自身を預けながら{nickname}は小さく呟く。

  「して、ないよ。後悔…少しだけ寂しいけど。」

  『えぇ、そうね。』

  エラは、その感情を否定しない。

  『知ってるわ、貴女がどれだけ彼を慕っていたか。』

  エラは、{nickname}の目を覗き込みながら目を合わせた。

  『でも、それはもう過去の話。』

  甘いクラクラする薔薇の香りが{nickname}の心と身体をゆっくり縛り付けていく。

  『もう、今は…貴女は、私だけの宝石よ。私だけの宝箱に、ずぅっと閉じ込めておくの♡♡♡』

  エラは、{nickname}の手を捕まえると見せつけるようにその手の甲にキスを落とした。

  『ねぇ、貴女は誰のもの?』

  問いかけは、きっと問いかけの形をしていなかった。

  それは、問いかけの形をした確定事項。

  「…意地悪、知ってる、くせに…」

  {nickname}は、頬を真っ赤にして上目遣いにエラを睨んだ。

  『貴女に言わせるから価値があるのよ。』

  エラの指先が、顎を掬い上げる。視線と視線が絡み合い、空気さえ、甘く色付きそうだ。{nickname}は、恥ずかしそうにエラの胸に顔を埋めながら小さな声で

  「…私は、エラのものだよ。」

  そのくぐもった小さな声を高位の悪魔であるエラが聞き逃すわけもない。エラは、半ば強引に{nickname}の顔を上げさせて、唇の端を持ち上げる。

  『ふふ、ずっと…その言葉を聞きたかったの♡愛しい私の{nickname}…♡』

  エラの真っ赤な唇が、{nickname}の右の瞼に触れる。

  『ねぇ、今なら…受け入れてくれるでしょう。私との契約を…』

  元々、{nickname}の右の虹彩に刻まれていたエラの契約印がジワリと熱を持つ。瞳の中の薔薇の刻印がゆっくりと花開く。それは、エラを信頼し、受け入れた証だった。

  『………綺麗だわ。』

  エラは、少しの間、{nickname}の瞳に花開いた薔薇の刻印に見惚れながらその柔らかく甘い唇に吸い付く。

  長い接吻と、決して{nickname}を離さない、と言う誓いが、二人の身体を深く結びつけて行く。

  「ん♡、ぁ、ッ…は、ぁ、…エラ…っ♡」

  呼吸が出来なくて苦しい。もうやめて欲しいのに、エラの唇が離してくれない。何度も角度を変えて、何度も{nickname}自身を愛でるように深く、浅く、舌が絡む。

  『ん、ふ…っ♡とっても、可愛いわ。{nickname}…』

  エラの瞳も、{nickname}の瞳同様に甘く潤んでいるのが見える。

  「…何か、変わった…?」

  {nickname}は、熱く疼く右目に触れながら。

  『えぇ、より深く、わかりやすく私のものになったわ♡』

  エラは、懐から手のひらサイズの手鏡を取り出して{nickname}の右目を映しながら。

  『ほら、とっても綺麗な…花が咲いたわ。もう、絶対に…逃がさない♡』

  甘い甘い、エラの声と同時に、{nickname}の腰にエラの尻尾が絡まる。

  『だって、貴女が選んでくれたんだもの。私を…そうでしょう、{nickname}♡♡♡だから、私も…あなたを永遠に、選び続け、愛し続けるわ。それが、アヌマカラスの悪魔の矜持だもの♡』

  エラの感情に、深い愛情に反応するように、尻尾の先のハート形がパタパタと揺れた。エラの視界に宵薔薇館の広大な敷地と彼女が愛する暗い真紅の薔薇が二人を迎える。

  「…うん、知ってる。それが、エラの愛し方だもん。」

  もう、知ってる。自分がどれだけエラを嫌っても、嫌がっても、泣いても、彼女が自分を離してくれないこと。

  自分がいい子でなくても、無償の愛情を注いでくれること。{nickname}は、無意識に甘えた声でエラの胸に頬を擦り寄せた。

  「ねぇ、エラ…大好き。」

  『…えぇ、私も…愛しているわ。』

  それは、これからも変わることのない二人だけの、甘い約束。

  [newpage]

  『悪魔執事とご主人様の話』

  「エラ様、お嬢様に毛布を…」

  宵薔薇館に戻り、話をしているうちにエラの膝の上で眠ってしまった{nickname}の身体にそっと毛布が掛けられる。

  セドリックは、安心し切った{nickname}の表情を伺いながら。

  「お嬢様が、エラ様を選ばれて…少しホッとしました。」

  『…あら、私を信じて居なかったの?』

  エラは、セドリックが運んできたホットワインを口にしながらセドリックに微笑みかける。

  エラが、幼い頃からセドリックにだけ見せる生意気でいたずらっ子のような笑み。

  「信じてはおりましたが、最終的にそれを決めるのはお嬢様でしたから。」

  『…そうねぇ♡でも、昔から…生意気で素直でない子を懐かせるのは得意なの、知っているでしょう、セドリック♡』

  そのエラの言葉にはどこか揶揄うような、それでいて確信めいた言葉が並ぶ。

  「…えぇ、知っておりますよ。エラ様。私もお嬢様と同じく、あなたに拾われて懐いた側ですから。」

  セドリックは、小さくため息を吐きながら。

  「満足ですか、エラ様?」

  『えぇ、とても♡だって、こんなに愛おしい存在…きっともう私の人生には現れないもの♡♡♡』

  エラは、長い指で{nickname}の髪の毛を優しく梳きながら。

  「存じております。最初から…お嬢様は、あなたの特別でしたから。」

  セドリックの憮然とした答えにエラは、小さく息を飲んで顔を上げた。

  『…いやだ、もしかして嫉妬でもしていたの?この子に?』

  「…さぁ、どうでしょうね。エラ様と付き合いが長いのはこの私だという自負はありますがね。なにせ…」

  セドリックは、小さく言葉を濁しながら。

  「エラ様が私を拾って下さった時、あなたはまだたった十二歳の小娘でしたから。」

  チラリとセドリックの視線がエラへと向かう。

  『ふふふ、そうよ。その十二歳の小娘に…あなたは、一生を捧げる選択をしたのよ。これまでも、勿論、これからも。』

  エラの指先が、{nickname}から離れてそっと屈んだセドリックの頬を撫でる。

  『ふふっ♡とってもいい子。これからも、私と{nickname}のために尽くしてちょうだい♡♡♡』

  傲慢ともいうべき態度をエラは、崩さない。

  そして、セドリックもまた、エラの態度を言葉を黙って受け入れていた。

  「…エラ様、お嬢様の元主人ですが。」

  「放っておきなさい。もう終わった話だもの…それに、彼は…いいえ、やめておきましょう。あまり話し声が長いとこの子が起きてしまうもの。」

  エラは、愛おしい者を見る瞳で{nickname}を見てそっとその唇に指を滑らせた。

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