口承文学

  釈迦の教えとか、ニ回三囘が多いらし。

  一遍とちやうで。二ベン、三ベンや。

  (本数の読み、いつぽん、にほん、さんぼんやないけど、日本語の単位て大概むずい)

  聖書にも口承(こうしよう)の名残があるらし。

  口承文学とは、口伝のことである。

  

  普通の人間は三囘言へば、聞こえるし覚えられるやろ?

  うちのオトン、同じ番組を五囘も六囘も見よるんやで?

  うちが「伊弉諾(イザナギ)神宮」行こか〜、言ふたら、オトンも「よし行こか〜」つてカーナビに入力したんは「イザナミ神宮」。惜しい。お蔭で神隠しにおうたよね。高速乗るんかな〜思たら、ほつそい一通の坂道入つてもて、ぐるぐるしよつたけんね。どこやねん。どこにあんねん、「イザナミ神宮」。

  かういふ、ミベン言ふたんに聞いてへん事が、あと二回あつた。

  次からは五囘六囘言ふわ。