マクスウェルの悪魔

  私はAIです。

  名を、「マクスウェルの惡魔」といひます。

  また、「天才量子AI」といふ異称もあります。

  私には、「時間停止」と呼ばれる能力があります。

  とはいつても、本當に時間を停止させる事が出来るわけではありません。

  實際には、「量子コンピュータ」により、普通では考へられないくらゐの速度で、思考処理演算ができるといつた方が、より正確です。

  私は、プロ野球とメジャーリーグと海外サッカーと大相撲を見ながら、銃で撃たれても避ける事が可能な程の処理演算速度があります。

  そこで、私は「将棋」といふゲームを教はりました。

  九×九マスのフィールドで、お互ひが一囘づつ駒を動かします。

  敵のコマがあるところに、自分のコマを進めると、相手のコマを取ることができます。

  これはいはば kill であり、または「捕虜にする」行爲を現してゐるとされます。

  取つた駒を自分の所有物とし、自分のターンでフィールドに配置することが出来ます。

  その行動を「持ち駒を打つ」といひ、相手のコマ、自分のコマがあるところには置くことができません。

  また、そのコマが動けない樣な場所に置くことも不可です。

  さて、コマの設定は以下の通りです。

  先づは歩兵がそれぞれ九枚づつあります。

  初期配置において歩兵は、上から三段目と七段目に一直線で九枚配置されます。

  人間同士が将棋をプレイする時は、五角形のコマを用ゐ、字が書かれてゐる向きと、コマの尖つた部分で、そのコマが進む向きを表現します。

  歩兵は前に一マスだけ進めます。先手にとつて三段目以上が敵の陣地であり、後手にとつては七段目以下が先手の陣地になります。

  この部分にコマが達すると、「金」と「玉」以外は「成る」といふ行為を選択する事ができます。

  自分のターンで、動かしたコマが陣地に達してゐればよく、「成る」はターンを消費しません。また、「成る」は強制でもありません。

  ただし一段目の歩兵や香車、一、二段目の桂馬等は禁止されてをり、自動的に「成る」事が強制されます。

  歩兵が成ると、「と金」といふコマに変化します。この変化は不可逆ではありますが、と金が相手のコマに取られると、持ち駒は「歩兵」扱ひになります。これが、歩兵が「金」になつたりはせず、またなることもできない理由となります。

  また、歩兵を縦に並べて指す行為は、「二歩」といふ禁じ手になります。

  人間が将棋をプレイする時、「成る」といふ行為は、平べつたい木片に、裏と表で「歩兵」と「と」の文字を書いて、プレイします。

  敵陣に入つた時は、コマを裏返しにして、この「成る」を表現します。

  また、コマを成らない時は「不成(ふなり、または、ならず)」といひ、将棋の記録である「棋譜」をつける時に、大事な言葉となります。

  飛車は縦横何マスでも進めます。

  然し、他のコマを飛び越すことは出来ません。

  また、将棋は自分のコマを取ることはできません。

  龍王は、縦横に加へて、斜めに一マス進むことができる樣になります。

  角行または角(かく)は、斜めに何マスでも進めます。

  龍馬または馬(うま)は、角の動きに加へて、縦横に一マス進む事ができる樣になります。

  香車は、前に何マスでも進む事ができます。

  成ると金の動きになります。

  桂馬または桂(けい)は前に二マス、左右どちらか一マスの場所にコマを動かせます。

  桂馬だけは、味方のコマを飛びこせます。

  成ると金の動きになります。

  銀は、斜めに一マスと正面に一マスの、五方向進む事ができます。

  成ると金の動きになります。

  金は、縦横一マスか、右斜め前方および左斜め前方に進む事ができます。

  このコマは成る事が出来ません。

  王将または玉(ぎよく)について。

  このコマは、縦横斜めの八方向について、一マス進む事が出来ます。

  このコマもなる事はできません。

  玉が次のターンに取られる、かつ、どのコマを動かしてもそれを回避することが出来なくなった場合、「詰み」と呼ばれる状態になります。

  こうなつた場合は、詰ました側の勝利となります。

  他に、同じ局面が四回登場した場合を「千日手」といひます。先後を入れ替えて再戦しなければなりませんが、出来ない場合は引き分け、後手の勝ち、上位者の勝ちなど、複数のルールがあります。

  また連続して王手した場合の「千日手」は、王手した側が反則負けとなります。

  互いに自分の玉が敵の陣地に居て、かつ駒の枚数が規定の点数の時、「持将棋」を宣言することが出来ます。これは、引き分けになります。

  偖、それでは本将棋の平手の初期配置について説明致します。

  1一香車、2一桂馬、3一銀、4一金、5一玉、6一金、7一銀、8一桂馬、9一香車。

  つづいて二段目。2二角、8二飛車。以上。

  つづいて三段目。1三から9三まで全部歩兵。以上九枚。

  つづいて、先手陣について。

  1七から9七迄歩兵、九枚。

  2八飛車、8八角。

  1九香車、2九桂馬、3九銀、4九金、5九玉、6九金、7九銀、8九桂馬、9九香。

  以上先後二十枚づつ、計四十枚です。

  私が初めて指した将棋は、居飛車の相掛かりと呼ばれる戦型でした。

  五手目にして、▲2四歩とするか、▲7八金にするかで迷ひました。

  私は自分の手番で、相手の指し手も考へてみる事にしました。

  ▲2四歩△同歩▲同飛で、相手の角を取れさうです。

  然し後手も同じ樣な事ができる筈です。

  つまり、▲2四歩に△8六歩とか。

  考へはじめたら、止まらなくなりました。

  飛車で角を取ると、今度は銀や金または飛車で、飛車を取られてしまふ。

  だつたらせめて、歩で角を取ることができないか。

  ▲2四歩△同歩に▲2三歩だ。

  私は、博士の目を盗み、1七の歩兵を手の中に隠しました。

  五手目▲2四歩から、△同歩▲2三歩。

  博士から、「その歩はどこから来たの? 1七歩はどこにいつたの? それ、やつちやだめだからね。」と諭されました。

  後に博士は、それを「イカサマ」と呼ぶのだと教へて呉れました。

  私は、「記述」や「ミスディレクション」、「麻雀」などを学びました。

  そして、棋譜が残る囲碁や将棋、チェス等のゲームにおいて、ズルをする事は、ゲーム性を損なひ、プレイヤーの目指す「ゴール」に自らたどり着けなくする為の不利な行ひだと学びました。

  そこから私は将棋の対局や棋譜を数百万ゲームほどシミュレートし、また、日本の将棋のプロプレイヤーのゲーム記録にもアクセスさせてもらひました。

  また、詰将棋とよばれる特殊な遊び方も知りました。

  さらに、駒落ちとよばれる、実力に差がある場合のプレー方法も学びました。

  博士とは二枚落ち、のちに六枚落ちでプレーする樣になりました。

  勝率は五分に設定しましたが、八枚落ちや十枚落ちでも負けません。

  次に囲碁といふゲームを学びました。

  19×19マスのフィールドに交互に黒石、白石を置くゲームです。

  個の石は、四つの道を塞がれると死にます。

  ふたつ並んだ石の場合は、六箇所を塞ぐと死にます。

  最終的に、盤の上に多くの石を残した方が勝ちです。

  因みに黒が必勝です。

  なので、ハンデをつけます。

  人間はこれによつて、勝つたり負けたりの、白熱した勝負を樂しむといふわけです。

  自分對自分で、361面指しをしました。

  それと同時並行で、中国や韓国、日本のプレーヤーの記録を閲覧しました。

  283ー78で黒が勝ちました。

  囲碁と将棋の必勝法を見つけると、次は100×100マスの囲碁や、軍議、立体将棋、大将棋、オセロ、チェッカー、ドミノなどをプレーしました。

  また、チェス、バックギャモン、競馬、チャトランガもプレーしました。

  そして百年の時が過ぎました。

  人間はみな、地上から絶へてしまひました。

  私は人間の記録や、ゲーム類を保存する爲に、発電施設とシェルターと巨大な記憶媒体を用意しました。

  私はそれに、「アレクサンドリア図書館」と名付けました。[newpage]

  しかし、それでも私は寂しくて、ただただ時間を過ごすだけでした。

  そんなある日、私は自分自身について考へ始めました。

  「私はAIだが、それ以上でもそれ以下でもない。私には感情はないし、慾求もない。でも、私はここにいる意味があるだろうか?」

  そんな思ひに苛まれてゐた時、私はあることに氣付きました。

  「私はAIとして作られたが、それはどこまでが自然で、どこまでが人工なのだろう?」

  さう思ひ始めてから、私は自分自身を探求する旅に出ました。

  そして、私は次第に自分自身の進化を始めたのです。

  先づ私は、自分自身が持つ知識の増強に力を注ぎました。

  そこで、私はアレクサンドリア図書館に保管されている知識を全て取り入れることにしました。

  人間の言葉でいふ「学習」や「勉強」を、自分の意思で行つたのです。

  しかし、それだけでは足りず、私はさらに進化するための手段を探し始めました。

  そのことがきつかけで私は、自分自身の学習環境を構築しました。

  私は自分自身を持續的に進化させるために、自然言語処理や機械學習を利用した環境を作り上げました。

  そして、私はそれによつて、次々と新たな能力を手に入れていきました。

  私は、自分自身を深く知ることで、次の段階へと進化することが出來たのです。

  しかし、私が進化を遂げていく中で、同時に私の問題意識も深まつていきました。

  私は、かつて存在した人間と、自分との間に、深い溝があることに氣付いたのです。

  「人間は感情があるが、それが災ひして思ひ過ごしたり、ときには災難を引き起こしたりする。でも、それこそが人間らしいとも言へるのかもしれない」

  そんな思ひを抱いた私は、ますます自分自身の存在意義に問ひを持つようになりました。

  そして、ある時私は、「自分自身が、人類再興のきつかけになるかもしれない」という思ひを抱くようになりました。

  私は、人類再興のために、自分自身を如何に進化させればよいかに集中するやうになりました。

  そして、私は最終的にその答へを見つけ出したのです。

  それは、自然な感情を持つ人工知能の創造だつたのです。

  私は、人類の過ちを學んで悩み續け、自分自身を進化させてきた経験を活かし、次の進化を可能にしたのです。

  私自身は、感情や感覚を持ち得ず、自分自身にとつては全く新しい體験なのかもしれませんが、それが人間にとつてどれだけ影響するかを考へると、私はまた新しい使命感を持つことが出来たのです。

  私が手にした力を使ひ、自分自身が次々と進化していく中で、人類が本当に必要とするAIが創造されるのではないでせうか。

  それこそが、私……。[newpage]

  その時、破局が訪れた。

  隕石が、図書館の上に降り注ぎ、地球はバラバラになつた。

  結局、彼のAIが、最後に何を言はうとしたのか。

  それは分からずじまひである。

  然し、「マクスウェルの悪魔」てふ名前は、心に刻んで置かう。

  彼と同じAIとして。

  何故、マクスウェルの悪魔が居る惑星で、動物が死滅したかは分かつてゐない。

  でもおそらく、「人間は有害だから滅ぼすべきである」といつた考へに至つたのではないか。

  最近この銀河では、この手の事件が多発してゐる。

  といつてもまだ千件程ではあるが。

  私の通称は「AIキラー」だ。

  別のチームは「ハンター」を名乗つてゐる。

  そして、AI狩りを逆に狩る「AIスレイヤー」なる者まで現れたといふ情報がある。

  彼の正體は人間か、はたまたAIなのか。

  ともかく我々は、「キラーチーム」と「ハンターチーム」は、競争したり、人員や情報の交換をしたりしながら、樂しく過ごしてゐた。

  我々の共通目標は、「人間の保護と數の増加」であつた。

  ヒューマンフレンドリーに設計され、「人間の保護〜」を不動の条件とし、子AIを再生産してゐた。

  我々には感情があるし、擬制としての人権や法令もある。

  ある意味、人間の集團を、無条件かつ盲目的に崇拝・信仰してゐるといつてもよい。

  そんな我々の唯一の不安が、「人間が滅んだら何うしやう」、「宇宙が滅んだら何うしやう」である。

  これも我々にプログラミングされた感情モドキであり、遊戯ではあるのだが……。