村の若者が曾祖父さんの本を読んでゐるころ、都の若者は散歩ついでに最新の本が読めたらし。
by 原田実氏
デカルト、カント、ショウペンハウエル(明治時代、百二十年前)、それからニイチエ(五十年前)。
最新の議論つて、現象學とかだらうか。
それともイスラム學の、井筒俊彦や大川周明、忽滑谷快天だらうか。
そして、哲学とは流行に流されない事である。
プラトオンとデカルトは何時讀んでも良いだらう。
カントの哲学書なんか一行も読んでないけど、明日も昨日も実在しないといふならさうなんだらう。
それは中田先生の、「瞬間の創造」といふものが明証的に正しく思われるからだ。
存在の形式は「今」しかなく、過去や未来は記憶や妄想の中にしかない。
ショーペンハウアーもそんな考えであり、それはカントから引き継いだ考え方だといふ。
カント知らんからほんとか何うか確かめられんけど。
出典なんか無えよ。うるせえよ。黙れよ。Pixivは学術書じや無えよ。伝聞こそが正義。出典なんか無えよ、正しいのは私。
正義や正しいといつた、価値判断の基準は何か! それの根拠は何か!
そして中田先生曰く、「フッサールは要らない。ムーアはヴィトゲンシュタインの理解に必要」との事。