「すべては許される」

  「ミウーソフは2編ではよく出ますが、以後しばらくほとんど出なくなりますので、あまり気にしなくて良いです。ミウーソフとはフョードルの最初の妻アデライーダのいとこで、ほったらかしになっていたミーチャをロマン的に助けてあげて、それからはもうミーチャのことは忘れちゃっていた人です。(1編の2参照)だからフョードルと戦うのがちょっと楽しみでもあるんでしょう。」

  https://basabasa.net/the-brothers-karamazov-read1/

  また、Googleで検索したら、ミウーソフとの「すべては許される」論争は、二編「場違ひな會合」の六章で良いらしいです。

  https://novel.onl/sin/

  上巻の終わりの第五編において、二編が「昨日」とは。

  どんだけスピードが遅いのか。

  一試合が複数話や複数巻に跨る、スポーツ漫画の如し。

  新潮文庫の原訳で、p161〜。

  p166

  イワン「あなたのパリの話はかなり意味身長できたよ、ミウーソフさん」

  それに対する、ミウーソフの暴露。

  つひ四、五日前、夫人の集まりでイワンはこんなことを明言した。

  地上には同類への愛(隣人愛)を強いるもの(イエス、神)や、自然の法則などはない。

  愛が存在したとしても、それは人間が自分の不死を信じてゐたからにすぎない。

  (これこそ自然の法則の全てなのだから、不死への信仰を根絶してしまへば、愛や生命力はつきる。不道徳な事などなくなり、すべてが許される。)

  イワンは結論をかう力説した。

  無神論者にとつて、自然の道徳律はキリスト教的な道徳律と正反対にかわるべきである。エゴイズムでさへ許されるべきであり、むしろ無神論者としては、合理的で高尚な、必然的な欠けたとして認められるべきだ。

  ドミートリイは聞き直す。

  悪業は無神論者の立場から認められさへする?

  p169

  「イワンは椅子から立ち、長老の手に接吻をして、無言のまま自席に戻つた。顔つきはまじめな、毅然としたものだつた。」

  この行為と会話が、一種の厳粛さによつて、みなをびつくりさせた。

  「ミウーソフがだしぬけに肩をすくめ、それと同時にフョードルが椅子から跳ね起きた。」

  p665

  イワン「お前は俺を否定するのか」

  主人公、イワンにキス。

  イワン「ありがたう。」

  かういふ話題と、ドミートリイに関して、俺とは話さないで欲しい。

  イワンは主人公にさう頼んだ。