「生徒からの贈り物を受け取ることは禁止されている。それに学業に関係の無いものは持ち込まないように。いいね。」
「「はーい……」」
年が明けあっという間にひと月が経つ。肌寒さが一層強まるこの季節。そんな中でも心温まるようなイベント、それがバレンタインである。義理チョコや友チョコなど渡す理由はそれぞれある。中には思い焦がれた相手に自身の気持ちを伝えるためにチョコを渡す特別な日。そんなイメージがあるバレンタインだが、残念ながらうちの学校はそういった浮ついた雰囲気とは無縁だ。
そもそも校則で持ち込み禁止なのだから当然だろう。
現に目の前で狼獣人の教師に渡そうとする女子二人も轟沈している。
まぁそれは当人の堅物さによるものも大きいが。
とはいえ男女問わず人気があるこの教師。名前は二神 一志(ふたがみ かずし)先生。数学教師だ。顔がいい。
ただし性格は超がつくほど真面目で今日がバレンタインデーだろうとお構い無しのお堅い狼。
男は狼とは誰が言ったものかとこの目の前のくそ真面目堅物教師をみて思ってしまう。
ちなみに俺も今日のためにチョコレートを作ってきたのだが……目の前であんなものを見せられたら渡すチャンスはもちろんなくタイミングが無いまま終わってしまったようだ。教室内は朝からソワソワとした空気に包まれていた。普段ならもう少し落ち着かないかなとも思うが、今日ばかりは仕方ないだろう。
友達同士や生徒同士であれば持ち込み禁止とはいえこっそり渡す位は学校全体としては見逃してくれるみたいだ。
だがこの狼はそうはいかない。
「おい、三嶋、お前まさかその紙袋に入っているものはなんだ?」
ギロリと睨みつけるようにこちらを見る二神先生。
鋭い視線に思わずたじろぐ。
「いや、これは……違うんです!」
「ほう、何が違うと言うんだ?」
「うっ……」
確かに俺は今手に紙袋を持っている。その中には綺麗にラッピングされた箱が入っているのだ。もちろん中身はチョコレート。しかも手作り。
だがしかし!これは俺が作ったものでは無い。俺が作った方はまだ鞄の中に大切に入れている。
「えっと、これはその……もら」
「学業に関係の無い物は持ち込み禁止だと言わなかったか?没収だ。」
「えっ、まじすか先生ちょっ、それは俺が貰った……!」
「言い訳無用」
俺が文句を言い終わる前に手に持った紙袋をひょいと奪われそしてそのまま職員室へツカツカと戻っていった。
「三嶋くん……可哀想。」
「三嶋っち災難だったねー。」
先程先生へのアタックをヒラリとかわされた女子二人、椿と柊に宥められる。因みにこの白と黒の猫獣人の2人組は俺のクラスメイト。いつも一緒で推しは二神先生なんだとか。好きとはまた違うらしい。女子はよくわかんねーわ。
「まーな」
さっきのは男子4人に女子2人からチョコを貰ってそれを貰った中で1番大きい紙袋にまとめて入れてたところ没収されてしまったのだ。
俺だってモテない訳じゃない。実際チョコもしっかり貰っているし体格は高校生にしてはかなりいいし黄色と黒のはっきりした縞模様でオスらしさもあって野性味だってある。(自称)
「まぁウチらも二神先生に没収はされなかっただけマシだけどさぁ。なんか二神先生って三嶋っちにあたり強くなーい?」
「んー、まぁ俺モテっから二神先生にも好かれてるのかもー?」
「うわぁーウザ」
「いいなぁ……私も推しに好かれたい……いや!!推しは推しが幸せならそれでいいの!私って烏滸がましいわ!!」
椿と柊はいつも一緒にいるが性格はどちらかと言うと椿はちょっとオタクっぽくて柊はギャルって感じだ。
なぜこの2人のウマが合うのかは俺には分からない。同じ猫だからか?
「あ!!!!!!!」
「どした、柊、でけー声出して。」
「没収されたら先生に渡せるって事では!?私天の才では!?!?ちひろちゃん!!先生のとこ行こ!!!」
「おいおい引っ張んなって柊〜。んじゃな三嶋っちー。」
嵐のような勢いで駆けていく2人。
なんなんだあいつら。
「騒がしい奴らだぜ全く……。」
さて、俺はどうしようか。
教室に入り、席に戻る。
机の横に下げてる通学用の鞄の中には形はお世辞にも綺麗とは言わないが包装紙でラッピングされた小さな箱がちょこんと入っている。俺の作ったチョコレート。結局渡せなかったが、まぁ仕方ないか。
「よぉ三嶋!」
後ろを振り向くとそこには俺の親友、犬獣人の佐藤 和真(さとう かずまさ)がいた。
「おうカズ。」
「今日はバレンタインだぞ?チョコレートとかいっぱい貰えたか?」
「お前そればっかじゃねぇか。」
「そりゃそうだろ。で、どうだったんだよ。」
「それがさぁ、没収だよ没収。」
「まじかよ。勿体無いことするなぁ。誰からもらったんだ?」
「男子と女子から。でも没収されちまった。」
「えぇ、それは災難だったな。俺ならその場で全部食べちゃうけど。」
「お前は犬か」
「犬だよ!!!」
そんな他愛もない会話をしているうちに時間は過ぎていった。
放課後、帰る準備を済ませ校門を出る。今日はバイトも無いしこのまま家に帰るだけだ。
(さっき没収されたチョコ……せっかく貰ったから食いたかったなぁ)
家に帰り冷蔵庫を開ける。中には昨日買った半額シール付きの肉や野菜などが入っている。その中から生姜焼きの材料を取り出し調理を始める。
下味をつけている間にスマホを見るとメッセージアプリに通知が来ていた。
送り主は椿。内容は今日の昼休みの話だ。
【そういえばチョコ渡すの忘れてた!ごめんねー】
別に気にしてねーよって返信しとくか。それから数分後、今度は柊からも連絡が来た。
【今日渡しそびれたチョコは今度持ってくるね!】
おまえらほんと仲良しだよな……。俺はそれに対してありがとうと送っておいた。
さて、晩飯も作り終わったしゲームでもするか。
俺は最近ハマっているFPSのゲームを始めた。しばらくするとピンポーンとインターホンが鳴る音が聞こえてきた。
時計を見る。時刻は午後8時。少し遅いか。気づかずに結構ゲームにのめりこんでいたようだ。
モニターを確認するとそこにはロングコートを身につけた狼獣人が立っていた。
俺は玄関に向かい扉を開けた。
目の前には白銀の毛並みをした狼獣人がいる。
その狼は俺の顔を見て笑顔を見せた。
俺もそれに返すように口角を上げる。
そしてお互いにこう言った。
「おかえりなさい、先生」
「ただいま。家だと名前で呼んで欲しいって言ってるだろ、吾郎」
「わり、つい。おかえり、一志」
「ぁあ、ただいま」
そういうとせんせ…一志は俺の腰に手を回し抱き寄せ、唇が触れるだけのキスをしてきた。
一志と俺が付き合い始めて3ヶ月程経った頃、一志から一緒に住まないかと言ってくれた。
元々学校まで1時間近くかかる所に住んでいたため俺は喜んで受け入れた。
親父もお袋もこの事は賛成してくれていて、先生がいてくだされば安心と二つ返事で了承した。
普通親なら反対すると思うが、この両親は違う。俺が先生についてはとてもいい人だと度々言っていたのもあるがどこか変わった親なので先生とは2回くらいしかあったことがないはずなのに何を思ってかこの人についていけば間違いないと思っている節がある。
なので俺としてはとてもありがたい話だ。
こうして俺たち2人は同棲を始め、毎日一緒に寝たり風呂に入ったりとイチャイチャしている。
「俺、腹減ったなぁ。今日は……クンクン、肉か?」
「おう、一志が好きな生姜焼きー」
「ほんとか!?すぐ着替えてくる!」
そういうと一気に階段を駆け上がり自室にバタンとすごい音を立てて駆け込む。
先程からの様子からわかる通り一志は学校での態度とは違ってかなり気さくに話してくるし俺にべったりだ。
学校でもそのキャラの方が人気出るぜと言ったが
「好きになってくれるのはお前だけでいい……//」
とか言うもんだから可愛いなぁと思ってしまう。てか俺のこと好きすぎだろ。俺も好きだけど。
俺は台所に行き、皿に盛り付ける。テーブルの上に並べるのと同時に一志が着替え終わりリビングに戻って来た。
2人で手を合わせいただきますと言い食事を開始する。うん、我ながらうまくできた。
「うん、吾郎の作るメシはうまいなぁ。ほんと最高の嫁さんだよ」
「あ、ありがと……」
急にそんなニッコリとした笑顔で褒められるとさすがに照れる。
料理は苦手だったが最近は慣れてきて少しずつだが上達してきている気がする。
そんなこんなでご飯を食べ終え、食器を片付けているとふと思い出したことを聞いてみた。
それは今日の昼休みの出来事。
俺のチョコを没収したこと。
「なぁ、なんで俺のチョコ取り上げたんだよ。せっかくもらったのによぉ〜」
そう言いながら洗い物を続ける。
しかし、その言葉に対する返答はない。不思議に思い後ろを振り向くと、そこには無表情の一志がいた。
心做しか不貞腐れているようにも見える。
どうした?と声をかける前に、いきなり両肩を掴まれそのまま押し倒される。
そしてソファに押し付けられ、両腕を押さえつけられる。
俺は訳がわからず困惑していた。すると一志はゆっくりと口を開いた。
そこから発せられたのはいつもより低く冷たい声だった。一志は続けてこういった。
俺は怒ってるぞ。と 俺は何に対して怒っているのか理解できなかった。俺はただチョコを没収されただけなのだから。
俺も虎獣人で体格が良いとはいえただの高校生なのだ。大人のそれもガッチリとした狼獣人に押さえつけられると少しばかり恐怖心が芽生える。いつも優しいだけに急に肉食獣の本性のような物を剥き出しにされ、呆然としていると、また一志は口を開く。
俺は今すごく嫉妬してるんだ。と そう言った後、押さえつけていた手を離し立ち上がる。
「悪い、冗談のつもりが怖がらせたみたいだな。でも妬いたのはホント。大人気なくてゴメンな?」
そういうと頭を撫でてきた。俺はそこでやっと状況を理解出来た。
要は一志は嫉妬してくれたのだ。それで俺が貰ったチョコレートを取り上げただけなのだ。
「はい、これ返すな。」
そういうと一志は没収されたはずの紙袋を返してきた。
「ったく、子供かよ。でも嫉妬してくれてたんだこんなガキによ」
「うーうるさい、吾郎だってこんなオッサンじゃなくて同じ歳の子の方が良いとかなるんじゃないかって思って……」
「ばーか、俺は一志だからいいの。それに全然オッサンじゃねーし。そんな事でヤキモチやくなんてまだまだ子供だぜ」
「ぅうー。ごめんって……ほら俺からのもあるからさ、受けとってくれるか?」
自分のポケットから俺があげたチョコレートを取り出し渡してきた。
俺はそれを受け取ってすぐに包装紙を破り中身を確認する。
中に入っていたのはハート型のチョコが2つ。味が違うのだろうかチョコレートの色の濃さが違う。それにラッピングや2つしか入ってない事からすると……
「すげぇ高そう。流石大人」
俺の言葉に一志は嬉しそうな顔をする。
一志は本当に幸せそうだ。
こんな顔を見てるとこっちまで幸せな気分になる。
一志は早速1つ口に含み、俺にも食べさせてくれるという。
断る理由もない為口を開けて待つ。
一志の顔が近づいてきて唇が触れる。
目を瞑っていたせいでまさか口に含んで食べさせるとは思わず動揺してしまった。
舌と一緒にチョコが入ってくるのでそれを受け取るために俺も舌を動かす。
「んっ……ふぁ」
「んんっ」
2人の唾液によって溶けていくチョコレートはとても甘く美味しかった。俺もお返しに一志の口の中に放り込む。
2人して口の中がドロドロになった頃、どちらとも言わず再びキスをする。
「ごちそーさま。一志ぃ、なんか今日やけに激しいなぁ〜?そんなに俺の事が好きなのかぁ?」
と挑発気味に声をかけてみる。すると一志は俺を押し倒し、耳元でこう囁いた。
今夜は寝かせねぇぞ? と。
その後、朝方になるまで愛された俺は、大人のオスのタフさを思い知らされることになった。
翌朝
「ふぁあぁぁ。よく寝た〜」
カーテンの隙間から朝日が入り込んでくる。時計を見るともうすぐ12時になろうとしていた。うわぁやりすぎた。
隣では一志がまだ眠っている。昨日あんなに激しく求めてきたのにも関わらず元気なところを見ると煽るのは程々にしようと思った俺であった。
そんな事を考えていると一志は寝返りを打ちこちらを向いてきた。
俺はその姿を見て一瞬ドキッとする。
その顔には、俺しか知らないであろう一志の素顔にニンマリと思わず笑みを零した。
そうして俺は一志を起こさないようにそっとベッドから下りて昨日渡せなかったチョコを鞄から取り出し一志の枕元に不格好なラッピングの箱を置いた。
「大好きだぜ、一志」