「Orphan_Gods」

  それは,一瞬の出来事だった。

  目の前が、真っ白な光で輝いた。その風圧と光に、俺は両腕で顔を覆った。焦げ付く匂いと焼香のような香ばしさに、鼻先が燻る。

  「大丈夫か?」

  目の前にいるそいつは、俺にそう問いかけた。

  藍色の衣装に、青の毛並み。その虎模様の毛皮に、俺は思わず目を見開いた。

  虎だ。

  蒼い虎の姿をした人が、そこにいた。

  「怪我はないか?」

  かしゃがれた声で、彼はそう問いかけた。

  「どこか痛むところはないか」と。

  大きなその背中が、こちら側を振り向く。

  エメラルド色をしたその瞳が、柔らかにその水面を揺らしていた。切なげに、寂しげに、それでも優しくこちらを捉える。

  「ガルディアだ」

  彼はそう俺に告げると、その手を差しだした。

  「ガルディア・ランドワーク。君の守護神だ」

  大きなその手の平を、俺は握り返す。

  その柔らかな温かさは、何もかもを溶かしだしてしまいそうだった。ずっと探し続けてきた、探し求めてきた、そんな何かを俺に悟らせる。

  「…君を迎えに来た。…立てるか?」

  甘くかしゃがれたその渋い声が、耳元を震わせる。

  これが、俺と彼との出会いだった。

  「Orphan_Gods」

  時間は、数時間前に遡る。

  俺はいつも通り、大学へ行こうとしていた。電車を乗り継ぎ、バスを経由する。2限目からの教育心理学を受ければ、1限おいてあと2限講義を受ければ今日という一日が終わる。そんな、半を押したような一日になるはずだった。

  揺れるバスの中で、定期を入れたキーケースを見つめる。

  “武藤 泰邦”

  目の前の学生証には、そう自分の名前が書かれていた。

  今年で18を迎えるこの歳は、高校を卒業してから何も変わらなかった。この特異体質のせいからか、友人は一人もいない。恋人も家族もいない。ただ一人何もない一日を過ごし、何もない明日を迎える。俺にとって人生とは、そんな金太郎飴を無限に切り刻んでいくような虚しい毎日だった。

  バスの窓の向こう側から、何か黒いものが浮かんでは消える。

  こんな光景を目の当たりにするのも、もうほとほとに疲れ果てていた。

  人に見えないものが見えると悟ったのは、物心をつく前からだった。養護施設で、明らかに入所児童とは違う何かがいる。支援員とは違う何かがいる。それが“ヒト”ではないと気づくまでに、そう多くの時間はかからなかった。

  見えないものには見えないフリをする。

  見えているという事実さえ、見えていないことにする。それが、俺が学んだ処世術だった。

  心理学を専攻したのは、自分が異常かどうか見定める為だ。

  親亡き幼少期。児童養護施設で育った発達期。友人も恋人もいない社交性のなさ。どれを取ったとしても、自分が異質なのは目に見えていた。

  理解されたいとは思わない。

  ただ、自分を理解したかった。それだけの欲求が、自分をここまで駆り立たせてきた。

  例え自分が今見ているものが幻覚であったとしても、ヒトではない何かであったとしても。

  この体に生まれついてしまった現実には変わりない。

  「…なんだ?」

  バスを降りて、キャンパスへと向かおうとした。その時だった。

  目の前をずらりと並ぶ街路樹の向こう側で、ヒト型をした黒いものが、ゆらり、ゆらりとこちらに近づく。大きな体格をしたそれは、左右にその体幹を揺らしながら歩いているようだった。それが、真っ直ぐに俺を目がけて近づいていく。

  思わず俺は、目を逸らした。

  このまま進めば、アレとぶつかる。足早に踵を返すと、すぐ横にあったショッピングモールの中へと入った。人だかりを超え、アレと目線が重ならない動線上で別の出口へ出る。向こうから俺に干渉して来たとき、いつも常用している回避方法だった。

  「まいたか?」

  辺りを見渡しながら、俺はそうため息をついた。

  講義の時間まで、そう暇はない。気を取り直して、俺は肩にかけていたバッグを持ち直した。

  その時だった。

  「おいおい…嘘だろ?」

  いた。

  目の前に、あの黒い巨体がいた。

  さっきよりもその体格が明らかに大きくなっている。それは俺を見つけると、一目散にこちらへと向かってきた。その体幹を揺らしながら、確実にこちらへと向かってくる。

  俺は、足早にその場を立ち去った。

  移動速度は遅いものの、このままではいずれ追いつかれる。こんなことは、今まで一度もなかった。その焦りと怖さが、肌に嫌な汗を張り付かせる。

  「ここまで来れば…」

  荒れる呼吸で、辺りを見渡す。

  確かに、アレはいなかった。吐き出した息が、痛い。

  そう思っていた。

  「うわぁぁ!!」

  壁から、突然それは現れた。

  首のようなものを、キョロキョロと見渡す。そして俺の顔を捉えた瞬間、俺はニヤリと笑うようにその顔をかしげる。

  俺は、全力で走った。

  肩にかけていたバッグが揺れて、上手く走れない。人混みを避けるように、細い路地裏へと俺は進んだ。だけどそこで、脚をつまずいて倒れてしまう。

  「痛ッ!!」

  鈍い痛みが、全身を駆け抜けた。

  思うように、体が動かない。

  荒れた呼吸の中で振り返ったそこには、確かにあの黒い巨体がすぐそこまで近づいていた。

  「来るな…」

  身をよじりながら、俺はそう声を漏らした。心臓が、痛い位にせせりを上げる。

  「誰か…誰か、助け――」

  震え上がった恐怖で、上手く声が出ない。そんな俺の反応を、目の前のそれは愉しんでいるようだった。ノイズ混じりの黒い何かが、体内でうごめいている。それが、小さな人の顔の群衆だと気づいた時に、声にならない恐怖が心の奥で叫び声を上げた。

  それは首をかしげながら、ゆっくりと、ただゆっくりと、じりじり距離を詰めている。

  もう、終わったと悟った。

  その時だった。

  「キェェェェェェェェェェァァァァァァア」

  目の前が、真っ白な光で輝いた。

  その風圧と光に、俺は両腕で顔を覆った。焦げ付く匂いと焼香のような香ばしさに、鼻先が燻る。

  断末魔のような、この世のものとは思えない声。そしてそれが、あの黒い巨体が発したものだと俺は悟る。

  腕の隙間から見えた視界越しに、その大きな背中が見えた。

  「大丈夫か?」

  目の前にいるそいつは、俺にそう問いかけた。

  藍色の衣装に、青の毛並み。その虎模様の毛皮に、俺は思わず目を見開いた。

  虎だ。

  蒼い虎の姿をした人が、そこにいた。

  「怪我はないか?」

  かしゃがれた声で、彼はそう問いかけた。

  「どこか痛むところはないか」と。

  大きなその背中が、こちら側を振り向く。

  エメラルド色をしたその瞳が、柔らかにその水面を揺らしていた。切なげに、寂しげに、それでも優しくこちらを捉える。

  「ガルディアだ」

  彼はそう俺に告げると、その手を差しだした。

  「ガルディア・ランドワーク。…君の守護神だ」

  大きなその手の平を、俺は握り返す。

  その柔らかな温かさは、何もかもを溶かしだしてしまいそうだった。ずっと探し続けてきた、探し求めてきた、そんな何かを俺に悟らせる。

  「…君を迎えに来た。…立てるか?」

  甘くかしゃがれたその渋い声が、耳元を震わせる。

  蒼い毛並みに、黒い虎縞。その毛並みに合わせたような、紺色の布地をした衣装。近くで見れば、腰に巻かれたコルセットにも雄々しい刺繍が施されていた。左肩を覆う銀細工の肩掛け、その雄々しい腕を覆う鉄鋼。瞳の奥が淡いエメラルド色に輝いていた。体の中心を覆う白く柔らかな毛並みが、その温かさを知らしめる。

  「…もう大丈夫だ」

  その瞳を細めながら、彼はそう優しく微笑んだ。

  「俺が、君を命がけで守ると誓おう。もう君を…失わせたりなどしない」

  [newpage]

  2

  「待ってくれ、一体どこに――」

  「聞きたい気持ちは分かるが、今はここを離れたほうがいい。君の匂いが濃くなってきている」

  「匂い?」

  「…あぁ。早く匿わないと、またあいつらが寄ってくる」

  走りながら、彼はそう俺に説明した。

  意味が分からない。

  ただ彼と繋いでいる手の平の温かさだけが、そんな俺の不安を救ってくれた。

  「あれは…」

  「悪鬼だ。俺達はそう呼んでいる」

  「悪鬼?」

  「あぁ。魔に墜ちた魂は、いずれああなる。…あれでも元は人間だ」

  その言葉に、俺は彼の顔を見上げる。

  目の前の眼差しは、ただ真っ直ぐに前を見つめていた。

  「人間? あれが?」

  「と言っても、あれが人間だった頃の記憶はもうないだろう。奴らは神格が高まった人の魂を好物としている。…君があのまま喰われていたら、今頃アレと同化していた」

  「それじゃあ…俺は――」

  「…あぁ。君はこれから、ああいった奴らに命を狙われることになる。だから俺達が来た」

  鋭いその眼差しが、俺に向けられる。

  その優しくも切なげな眼差しが、ふと、俺に微笑みかけた。

  「だからそう不安になるな」

  優しく、彼はそう言葉を続けた。「君は、一人じゃない」と。そう言って、彼はその手の平を固く握り締めた。

  彼の眼差しが、一瞬だけその気迫を高める。

  ゆっくりと息を吸い込むと、意を決したように彼は俺に語り始めた。

  「人はその生涯を終える時、通常ならば輪廻転生を繰り返す。言うならば、生まれ変わりだ。人は何度も生まれ変わり、生涯をかけて魂の練度…いわゆる神力というものを高めていく。そしてその神力が一定以上高まった者が、神界へと招かれる。それが俺達のような…いわゆる神と言われる存在だ」

  静かに、彼はそう語った。

  「…君は、その一歩手前にいる存在と言っていい。まだ人間ではあるが…限りなく、神に近い存在だ。だからあいつらから見れば、なんの力もない、神の赤子が目の前にいるようなものなんだ。魂の練度も高い。だから君を襲うとする。…俺達は、それを防ぐためにここに来た」

  「俺の、為に…か?」

  「あぁ。君は憶えていないだろうが、俺達はかつて君と何度も契約を交してきた。生まれ変わる度に、ずっと…君のことを守り続けてきたんだ。何度も名前が変わり、性別もその姿も幾度となくその形を変えてきたが…様々な時代の中で、俺達は君を見守り続けてきた。だから君のことは、誰よりも知っている。…今はただ、俺達のことを信じて欲しい。正式に契約を結べば、今までの前世の記憶も少なからず蘇るだろう。それまでは…どうか、耐えてくれ」

  走り続けたその脚が、ふと、その歩みを止める。

  見上げたそこは、古いモーテルだった。寂れたその佇まいから、平日の日中に客は誰もいないことが簡単に想像できる。

  「ここは…」

  「待ち合わせ場所だ。君の家には、別の者が行っている。安全を確認するまで、暫くはここに身を潜めて欲しい」

  淡々と、彼はそう俺に告げた。

  その言葉の一つ一つが、思うように理解できない。

  「な、なぁ…えっと…」

  「ガルディアだ。…ガルと呼んでいい」

  「なぁ、ガル。さっき言ってた、契約って…」

  俺の声に、一瞬だけ目の前の蒼い虎はその体を強ばらせる。

  大きく息を吸い込むと、一気に彼はそれを吐き出した。

  「…今君は、どの守護神とも契約していない状態だ。もしアレに襲われた時は、その都度俺達の誰かが対処しなければならない。だがもし、君が俺達の中の誰かと契約をしてくれれば…一定以下の悪鬼は君に近づくこともできなくなる。俺達との絆も増し、俺達守護者もより一層強い力を振るうことも出来る。さっき言った通り、君も今までの記憶も…少しは回復するだろう。だが…」

  彼は、そこでその言葉を途切れさせた。

  一瞬だけ泳いだその目線が、どこか戸惑いを見せている。

  切なげに、どこか寂しそうな。そんな、何かに耐えているような戸惑い方だった。

  「…だが?」

  「…参ったな。どう伝えればいいのか…」

  困惑したように、彼はその瞳を泳がせた。

  その戸惑いから、彼の俺に対する優しさが垣間見える。ただその気遣いだけが、今はありがたかった。

  「契約は、その主となる主人と…守護者とが肉体的に結ばれる必要が、あるんだ。君とは何度も契約を交してきたが、今の体とはまだ契約できていない。だから…」

  「それって…」

  「…あぁ。…だから、その…君と、…行為をする必要が、あるんだ」

  彼の言葉が、一瞬だけ聞き取れなかった。

  目を向ければ、どこか気まずそうな顔をして彼は目を背けている。

  それだけで、その意味を悟った。

  「え、それって…つまり――」

  「…す、すまない!! この説明は、いつもドクターかルーがするんだが…いたずらに君を戸惑わせてしまうだけだったようだ。…申し訳ない」

  慌てて、彼はそう訂正した。

  その眼差しから、彼が意図するものが妙に真実みを帯び始める。

  そんな彼の非常を見るのが、なぜか、俺は辛かった。

  「とりあえず、中に入ろう」

  仕切り直すように、彼はそう言葉を続けた。

  「君の怪我の手当もしなければならない。…今はただ、休むことだけに専念してくれ。まだ、俺達のことを信じられないだろうが…」

  悲しげに、彼はそうその言葉を震わせる。

  その切ない眼差しを見る度に、なぜか心が抉られた。

  [newpage]

  3

  「ドクター!! いるか!?」

  扉を開け、彼はそう部屋の奥へと呼びかける。

  モーテルの中は、意外と広かった。

  どうやら、家族向けの部屋らしい。ベットが3つあった他、大きなソファーも見えた。どこかラブホテルを思わせるその作りに、さっき彼が言ったあの言葉を思い出す。

  「…ガルか。どうだった? そっちの状況はよ」

  大きな、熊だった。

  それが、ゆっくりとこちらに近づく。

  彼と同じように、深緑色の衣装にその身を包んでいた。少し着崩したように、胸元からその柔らかな毛並みが見えている。腰に巻かれたコルセットと、雄々しい刺繍、左肩を覆う銀細工の肩掛けに、その雄々しい腕を覆う鉄鋼。服装も、彼と同じだった。ただ彼とは違うその深緑色の布地が、彼の焦げ茶色の毛並みに良く合っている。

  俺達の中でも、随を抜いて体格が大きい。胴回りもそうだが、その両腕に太もも、首回りまでもが太い丸太のようだった。下あごから突き抜けた大きな白い牙が、彼の獰猛さを物語っている。

  「やはり襲われていた。彼に手当をしてくれ。軽傷だが…手と脚を擦りむいている」

  「分かった。まぁ、中に入ってくれ。話はそれからだ」

  招き入れるように、彼はその太い丸太のような腕を仰ぐ。

  一瞬だけ目が合ったその眼差しが、不意にどこか切なげに潤んだのを見逃さなかった。

  「ルーとテスは…」

  「今自宅に向かっている。安全を確認したら戻ってくるはずだ。まぁ…夜までは戻らねえだろ」

  「…そうか。ここの結界は?」

  「完璧だ。二重結界を三重に重ねたからな。俺とルーの二人がかりでやったから間違いねぇだろう。乙級が来たとしても…丸一日は耐えられる」

  淡々と、目の前の熊はそう俺達に説明した。

  両手にマグカップを持ったまま、俺にベットへ腰掛けるよう目配せする。

  受け取ったそれは、柔らかなハーブの香りがする紅茶だった。それを俺と、そしてガルディアにも渡す。

  悴んだ指先に、温もりが染み渡った。

  「一応、退路も用意しといた。予備の避難場所もな。ルーとテスが自宅の安全を確保したら、そこを拠点にいた方がいいだろう。…このまま、ご主人の不安を煽っても仕方ねぇしな」

  ベットへと腰掛けた俺に、彼はそう優しく声をかける。

  荒れた口調とは裏腹に、その気さくな優しさが胸の奥まで染み渡った。それを物語るように、そのつぶらな瞳が鋭い眼光の奥で柔らかな優しさを揺らめかせている。

  「紹介が遅れたな。こいつはアイザック。アイザック・グレイヴスだ。俺達と同じ、君専属の護衛だ」

  「…アイザックだ。こいつらは俺のことを、ドクターと呼んでるが…気軽にアイザックと呼んでくれ。…よろしくな、ご主人」

  大きな手の平が、目の前に差し出される。

  ガルディアよりも大きいそれは、まさに熊の手だった。黒い肉球が、柔らかな丸みを帯びているのが分かる。

  俺は彼の手の平を握り返すと、彼の握手に応じた。

  「あ、あぁ…こちらこそ、よろしく…お願いします」

  「…こいつにはそうかしこまらなくてもいい。こんな見た目だが、中身は結構ヘタレだ。慣れてきたら、こいつの可愛いところが分かってくるだろう」

  「ちょ…お前なぁ!! ヘタレってなんだヘタレって!!」

  「…そのまんまだ。後を頼む、ドクター。俺は後始末に行ってくる」

  笑いながら、ガルディアはそう言葉を続けた。

  その言葉に、思わず俺は彼の方を振り返る。

  「…分かったよ。何かあったら連絡する。…後を付けられんなよ?」

  「分かっている。ついでに食料も何か買ってこよう。ルーが明日戻るなら、適当に何か作ってくれるだろう。…じゃ、任せたぞ。ドクター」

  「…おう。こっちは任せとけ」

  手の平を重ね合わせ、そして互いに抱きしめ合う。

  そんな彼等の姿に、二人の信頼と絆の深さを俺は知った。最後まで握り締めて離さなかったその指先が、どこか名残惜しささえも感じさせる。

  「な、なぁ!! ガル!!」

  必死になって、気づけば俺はそう声を上げていた。

  押し寄せる不安が、心を襲う。

  どこか怪訝深そうに、彼はその場を振り返った。

  「…なんだ?」

  「…ま、また…戻ってくるよな?」

  俺のその声に、彼は困ったように微笑みかける。

  その笑みに、どうしようもなく救われている自分がいた。

  「…当たり前だ。すぐに戻る」

  そう彼は俺に告げ、この部屋を後にする。

  その大きな背中が、いつまでも瞼の奥に焼き付いて離れなかった。

  「…ま、時間はたっぷりあるんだ。これからのことも、ちゃんと話しとかねぇとな」

  そう言って、目の前の熊はおもむろに立ち上がった。

  俺よりも、頭三つは大きい背丈だ。深緑色をしたその衣装が、緩やかに揺れる。

  「…すまねぇ。本当は、もっと安心して欲しかったんだけどよ。…上手くいかなかったな」

  どこかバツが悪そうに、彼は笑う。

  見上げたその瞳は、優しくその目尻を細めていた。

  「アイザック…」

  「ま、とりあえずは傷の手当てだな」

  胸を張るように、彼はそう笑った

  「…安心しろ。俺もお前のことを、この命に代えて守ってみせるからよ。今は俺達にとことん甘えとけ。…な?」

  大きなその手の平が、不意に俺の頭を優しく撫でる。

  涙が零れ落ちたのは、それから数秒経ってからのことだった。

  [newpage]

  4

  「…よし。ま、こんなもんだろ。包帯、きつくねぇか?」

  「あ、あぁ…」

  「…そっか。じゃ、大丈夫だな。…よく頑張ったな、ご主人」

  朗らかに、目の前の熊は笑う。

  その鋭い眼光の奥で揺れる彼の眼差しから、俺は目を離すことができなかった。あまりにも優しすぎるその瞳に、心が奪われる。

  包帯を巻いた手を、そっと彼はその手の平で包み込んだ。

  まるで、祈りを捧げるように。

  柔らかな温もりが、肌の奥へと染みこんだ。

  「ホントだったら…こんな怪我、一瞬で治せるんだけどよ。今のご主人の体とは…まだ契約してねぇからな。ここまでが俺の限界だ。ちょいと不格好だが、今はこれで我慢してくれ。できるだ早く完治できるよう、俺がまじないをかけとくからよ」

  申し訳なさそうに、彼はそう俺に言葉を続けた。

  俺を労るように、その両手が俺の手の平を包む。

  熱い何かが、肌の奥へと流れ込んでいくようだった。

  「アイザック…」

  「ん?」

  「…ありがとう。その…俺の為に、ここまで…」

  上手く、言葉が出てきてくれなかった。

  そんな俺を見て、目の前の熊は何を思ったのだろうか。どこか豆鉄砲を喰らったように、その瞳を丸くさせていた。そしてその後、一瞬だけ切なげにその瞳が揺れる。

  下あごから伸びるその白い牙が、微かに震えていた。

  「…何言ってんだ。お前は、俺にとってたった一人の…大切な主人だ。見た目も名前も、何もかも変わっちまったが…こうしてまた、お前と巡り会えたんだ。だから、俺は――」

  そこで、目の前の熊はその言葉を途切れさせた。

  何かを困惑したように、その瞳が酷く揺れ動く。必死になって、何かに耐えているようだった。どこか悲しげに、その眉間の奥が皺を寄せる。

  「…アイザック?」

  一瞬だけの沈黙が、俺達の間を埋め合わせる。

  不意に、彼が俺の体を抱きしめたのはその時だった。

  「っぁ――」

  柔らかな、優しい温もりだった。

  その体温が、胸の鼓動が、全てが優しく俺を包み込む。柔かな毛並みの中で、確かに息づく彼の吐息を感じる。

  甘い息が、零れ落ちた。

  「…すまねぇ。…ちょっとの、間だからよ。このまま…いいか?」

  切なげに、彼はそう耳元で小さく言葉を続けた。

  抱き寄せる腕に、力が入る。

  その太い丸太のような両腕が、優しく俺を捉えて離さなかった。

  「アイザック…」

  「…悪ぃ。我慢、してたんだけどよ。…やっぱ、できなかった。ずっと、お前とこうするのを待ってたからよ。…堪え、切れなかった」

  俺の胸板へと、彼はそのマズルを押しつけた。

  震える彼の身体が、その巨体とは似合わない程弱々しい声を発している。その事実が、俺の心を抉った。

  「…会いたかったぜ、ご主人」

  笑いながら、彼はそう震えた声でその瞳を細めた。

  「…無事でいてくれて、本当に…良かった。ずっと、お前のこと心配してたからよ。…本当に、良かった」

  切なげに、彼はその大きな手の平で俺の頭を撫でる。

  胸が、張り裂けそうだった。

  「ずっと、待ってたって…俺のことを、か…?」

  「…あぁ。お前の他に誰がいる?」

  噴き出すように、彼は笑った。

  「俺達のような守護神を使役する人間は他にもいるが…ここまで明白に、体に触れ会話も出来る奴は他にいない。しかもこれだけ神格の高い守護神を、一気にこれだけの人数使役できる奴もそうそういねぇよ。まだ契約も交してねぇのに、ここまで俺達が受肉できているのも…お前のおかげだ。まだ今までの契約が残っているとはいえ、今のお前とは赤の他人も同然のようなもんだ。パスも繋がっていない。現世に限界するだけの依り代もない。それでも俺達は、お前とこうしてまた再会することができた。それだけでも…俺は嬉しいよ」

  そう語る彼の心境は、一体何を抱えていたのだろうか。

  一瞬だけ戸惑うように制止したあと、その指先がそっと俺の体から離れていった。

  「契約って…つまり、その…」

  俺の言葉に、彼は少しだけ目線を泳がせる。

  大きなため息が吐き出されたのは、それから少したってからのことだった。

  「…そうか。もう…ガルから聞いたのか?」

  静かな彼の問いに、俺は首を縦に振る。

  目の前の熊は、その手の平を顔に当て天井を仰いだ。

  「…そっか。すまねぇ、こんなことになっちまってよ。…本当は、順序立てて説明してやりたかったんだが…」

  「い、いや!! いいんだ…そんなことは!! ここまで…俺のことを助けてくれたんだ。そんなことは、気にしないでくれ。ただ…」

  途切れた言葉が、何もない空間を抉る。

  不思議そうに、そのつぶらな瞳が俺を捉えていた。

  「…ただ、実感が…どうしても持てないんだ。急にあんなのに襲われ、突然人の形をした虎に助けられた。自宅は危ないと言われ、避難したモーテルには彼と同じ人の形をした熊がいる。ずっと前から、俺を知っていると二人は言った。だけど俺は、人が生まれ変わるとか、守護神とか…そんなことをいきなり言われても、どう理解していいのか分からないんだ。契約する方法だって…理解の域を超えている。だから――」

  だから、俺は戸惑っているのだと知った。

  この酷く懐かしい感覚も。失った何かが、欠けていた何かが見つかったようなこの感覚も。見覚えがないはずなのに、既視感が強すぎる。どうしてこうも胸が痛むのか、それさえも俺は分からなかった。

  痛い?

  そう、痛いんだ。張り裂けそうな程に、何かが声にならない声で叫んでいるのを感じる。

  だけどそれが一体何なのか、自分でも分からない。

  「…そっか。そりゃあ…そうなっちまうよな」

  どこか諦めたように、彼は笑った。

  その寂しげな眼差しに、胸が痛む。

  「すまない、アイザック。その…」

  「…いいんだ。これは、ご主人が謝るようなことじゃねぇよ。俺達も、できればこんな再会はしたくなかった。もし会えるなら…俺達と同じ、神界で会えるもんだと思ってたからよ。お前がそういう反応をしちまうのも…無理もねぇ話さ」

  肩をすくませ、彼が笑った。その後だった。

  おもむろに、彼は自分の親指をその牙で噛みしめた。赤い血が、彼の指先を濡らす。

  カーペットに下に、赤いその滴が数滴零れ落ちた。

  「…見てみるか?」

  静かに、彼は俺にそう問いかけた。

  その眼差しに、心が奪われる。

  「見てみるって…」

  「…俺の記憶だ。断片的な映像しか拾えねぇだろうが…契約前でも、残留思念位はパスを流すことができるだろう。…これで、お前の不安が拭えるなら…」

  彼の手の平が、俺の頬を包み込む。

  その親指を、そっと、唇の端にあてがうように。確かな赤いその滴が、口の中へと染みこんでいくのが分かった。

  「…少しだけだ。ほんの少しだけ、口に含ませろ。それ以上舐めたら…気を失っちまうかもしれねぇ。…いいな?」

  彼の不安げな眼差しに答えるように、俺は静かに頷いて見せる。

  ほろ苦くも甘い鉄の味が、舌先に広がった。

  [newpage]

  5 中国 ―唐代―

  『按芮(アンゼイ)』

  浅い眠りの中で、彼女の声が聞こえた。

  外から射し込む日差しの中で、うっすらと人影が見える。

  懐かしい、牡丹の花の香りがした。

  『…按芮。そろそろ起きたらどうだ。もう昼過ぎだぞ?』

  どこか、呆れたような声だった。

  その声に目を開ければ、薄紅色の着物を羽織った彼女が微笑んでいる。目尻を赤く染めたその化粧が、今日も彼女の瞳に映えていた。長い髪を結った簪が、風と共に揺れる。

  『…なんだ。お主か』

  『なんだとはなんだ。姿が見えぬからここまで来たというのに。それでもそなたは僧侶か?』

  悪戯っぽく、彼女は笑った。

  その笑みに、その按芮と呼ばれた男が微笑む。着崩した深緑色の着物に、首に下げた大きなこぶし大の珠々。胸元ははだけていて、彼の雄々しい胸毛と筋肉の隆起が手に取るように見えた。短髪で目の堀は深く、ぱっちりと大きな瞳をしている。伸びた無精髭が、その雄々しさと荒々しさを醸し出していた。

  そうだ。

  目の前にいる武僧侶が、あのアイザックという熊の前世なのだと俺は悟った。この男が、彼の過去なのだと。

  そして彼の前で言葉を交している彼女は、他の誰でもない。俺自身の過去なのだと知った。

  『こんな生活ができんのも、破戒僧になった俺にしかできねぇってことさ。俺は神も仏も信じねぇタチでな』

  『…よく言う。その薬学の知識を買われたからこそ、そなたはこの唐代を治める上様のお側にいられるというのに… 御仏がそれを聞いたら泣くぞ、按芮』

  『そんなの関係ねぇよ。俺はただ…お主の側にいたかっただけだ。それで俺の薬が評価されて、こんな宮廷暮らしが許されている。…もうあの荒れ果てた寺院には帰れねぇよ』

  『…その薬学の知識はあくまでも建前と言う訳か、按芮』

  微笑みながら、彼女は彼の胸元にその体を寄り添わせた。

  『悔しいが…私も同感だ、按芮。私も…そなたのことが狂おしいほどに欲しい』

  しなやかなその指先が、彼の太ももをなぞる。

  あぐらを掻いた彼の太ももが、はだけた着物からちらりと見えた。彼の両脚を包む剛毛に、固い筋肉の凹凸。焼けたその褐色の肌を包み込むように、真っ白な褌の布地が大きなそれを包み込んでいる。

  彼女の細い腕が、その膨らみに触れた。

  薄い布地越しに、その先端のくびれをなぞるように。

  痺れた快感が、彼の脳髄を駆け抜けた。

  『っぁ…お、お主な…』

  『そそるぞ。その餓えた顔…もっと、私に見せて欲しい。ケダモノのように…私を犯して喰らうその目を、もっと…私だけに見せて欲しい』

  彼の瞳が、切なげに歪む。

  快感に耐えるその苦悩の表情は、確かに彼女だけを捉えていた。獲物を狙う肉食獣のように、それでも必死になって何かに耐えている。

  彼女の手の平が、そっと彼の股ぐらをさすり始めた。

  限界まで勃起したそれは、もう褌の先端を透明な粘液で濡らしている。薄く透けたその染みからは、彼の亀頭のくびれがくっきりと浮かび上がっていた。勃起した彼の巨根に押し上げられ、褌の布地が限界まで引っ張られている。その布地が食い込むように、彼の大きな双球を柔らかく揺らしている。微かに見える下肢の付け根からは、彼の雄々しい剛毛がはだけた着物の間から見えた。

  天を仰ぐ彼の喉仏が、上下に鼓動する。

  彼女を押し倒したのは、その時だった。はだけた着物の中で、互いの四肢が絡み合う。

  『…すまん。もう…辛抱できん』

  息も絶え絶えに、彼はそう彼女に告げた。

  『頼む。俺のこいつを…慰めて、くれ…』

  甘くかしゃがれたその声が、彼女の耳元を震わせる。

  まるで獲物を喰らうように、彼はその唇を塞いだ。

  ◇

  雄々しい彼の指先が、彼女のそこを刺激し続けていた。

  互いに着物を着たまま、後ろから抱きついた彼の腕にしがみついている。互いに唇を貪りながら、二人はその快感に酔いしれていた。

  彼の指先が、彼女が漏らしたであろう愛液でテラテラと濡れている。

  彼の愛撫に悶えながら、彼女は彼のその肉棒をしごき上げていた。褌の横から出したそれは太く、いびつな血管が別の生き物のようにその根を張っている。パックリと割れた鈴口から甘い蜜が零れ、少し余った彼の包皮にたっぷりとその滴を蓄えていた。時折見えるエラの張ったくびれが、鏡のようにその皮膚を艶やかに照らしている。

  『…入れるぞ』

  息も絶え絶えに、彼はそう彼女に告げた。

  彼女を押し倒し、その両脚を押し広げる。柔らかくハリのある真っ白なそこに、小麦色に焼けた彼の先端があてがわれた。

  クチュリと、音を立ててそこが押し広げられる。

  せせり上がった互いの呼吸が、溶け出しそうな確かな熱で濡れていた。

  『ぐ…ぁぁぁあ…っぁ…』

  『っぁ…!!! ぁ…っ…』

  根元まで、ズルリとそれがくわえ込まれる。

  その火傷しそうな熱と強い圧迫感に、互いの顔が快感に歪んだ。

  彼の陰毛が、彼女の愛液で濡れ、絡まり始める。

  脈動する彼女の膣内に、彼のモノが何度も震えた。

  『ふっ…ふっ…っぁ…んんっ…!!』

  打ち付ける彼の腰使いに、彼女の体が快感で悶える。

  大きなその背中にしがみつくように、その細く白い腕が必死になって彼の体に抱きついていた。その両脚を絡ませるように、彼の背中を挟み込む。

  上下するその動きに合わせ、彼の首元を揺らす珠々がその音色を響かせた。

  まるで、互いの快感を貪り、愛し尽くすように。

  絡み合うその音色が、互いの着物の布地を擦らせる。

  『愛している…』

  息も絶え絶えに、彼はそう彼女に告げた。

  『お主のことを…誰よりも、愛して、い…ぁっ――』

  強い締め付けに、一瞬だけ精液がその鈴口から漏れそうになる。

  その強い射精感を必死に耐えるように、彼の両目がギュッと強く瞑られた。

  大粒の汗が、彼の無精髭から顎先へと滴り落ちる。

  『あ、按芮…もう、果てそう…だ…』

  甘く蕩けた瞳で、彼女はそう彼に囁いた。

  『そなたの…魔羅で…あぁああ――』

  突如間髪置かずに打ち付けたその腰つきに、彼女のその言葉が途切れる。

  何度も何度もその場所を、ただ一点のみ抉るように彼は自分の腰を打ち付けた。歯を食いしばりながら、少しでも気を抜けば達してしまいそうな射精感を必死に堪え、天井を仰いでその腰を打ち付ける。

  彼女の白い身体が痙攣したのは、その時だった。

  何度も、何度も。その快感に、身を捩れさせる。急速に、彼女のそこが吸いつくように脈動し始めた。彼のモノを搾り取るように、何度も、何度も、キュウキュウにそこを絡みつかせる。

  大粒の汗が、彼の肌から噴き出した。

  彼女のそこを突き刺すそれが、限界までその硬さを脈打たせている。少し腰をくねらせば、ぷちゅりと、小さな音が弾けた。そして小さく弾けたその透明な粘液が、彼の肉棒から彼の真っ白な褌の布地へと伝わり、いやらしくそこを濡らしていく。

  糸を引きながら、彼の身体が再び彼女の身体へと重なり始めた。

  深く、円を描くように。その奥にある内壁を、固くそそり立ったカリのくびれで絡みつかせる。

  彼の大きな双球が、褌の中で急にせせり上がるのを感じた。

  『…中に、いい…か?』

  息も絶え絶えに、彼は彼女にそう告げた。

  段々と、その腰使いが荒く、そして早くなっていく。

  彼女はそんな彼の問いに答えるように、必死になって首を縦に振りながら彼の身体へとしがみついた。

  『い、イク…イッちまう…!! ぁぁぁ…ぁあ!! ぁ!! っ…ぁ…』

  ドクンと、それは彼女の中で果てた。

  熱いマグマのようなそれが、ドクドクと注ぎ込まれていく。未だに固さを失わない彼のモノが、彼女の中をかき混ぜるようにゆっくりとその腰をくねらせた。そして静かに、それが彼女の中から引き抜かれていく。

  ごぷりと、音を立ててそれはあふれ出た。

  黄色く懲り固まった痰のように、真っ白な彼女の肌を汚していく。パックリと割れた彼の鈴口から、固く芯を持った麺のように筋をもったそれが糸を垂らしていた。それが、真っ黒な陰毛と互いの粘液で濡れた褌の布地へと絡みついて、湯気が立ちそうなほど熱をもった亀頭をテラテラと濡らす。

  まどろむ視界の中で、これが彼の記憶なのだと俺は悟った。

  [newpage]

  5

  「…ご、ご主人?」

  焦ったような、どこか余裕のない声だった。

  手の平に、熱く濡れた何かが絡みついてくのが分かる。甘い、栗の花の匂いがした。その生臭い青さに、意識が覚醒していく。

  目の前に、あの大きな熊がいた。

  息が荒い。鋭いその眼孔は、確かな快感に濡れていた。切なげに、艶やかに、俺を見つめている。

  「す、すまねぇ…ご主人…こ、これは…」

  慌てたその声に、ふと、俺は彼の目線が辿る方へと顔を向ける。

  彼が見つめたそこは、下腹部だった。そこに、俺の手が彼の服の中をまさぐるように侵入している。

  ヌメリのある弾力が、俺の手の平の中で脈動した。

  そしてその火傷しそうなそれが、彼のモノだと悟る。濡れた粘液の感触も、絡みつくそのゼリー質な塊も、さっき見たあの映像と重なる。

  精液だ。

  それが、彼の肉棒から滴り墜ちている。

  俺の腕を制止しようと上げた彼の両腕が、震えながら何もない天井を彷徨っていた。

  苦悩と快感に歪むその眼差しを見て、俺の中で何かがはじけ飛ぶ。

  「アイザック…」

  「…ご主人?」

  「…すまない。…許してくれ」

  彼の瞳が、一瞬だけ揺れる。

  俺は目を閉じると、目の前の唇を重ね合わせた。

  「んんんん!!! んんっ…っぁ…」

  抵抗しようとした目の前の熊を押しのけるように、俺は彼の舌先を絡め合わせる。

  甘い、蜂蜜のような味がした。その濃厚な舌触りに、喉を上下させながら彼の唾液を飲み込んでいく。

  俺の手の平の中で、彼のモノがビクビクと震えていた。

  柔らかい、弾力のある肉感。それが、指の腹を押し返している。

  固く張ったカリのくびれが、俺の欲望をかき立てた。

  「だ、駄目だ…ご、ご主人…!! まだ、そんな…あぁ!!」

  彼のモノをしごき上げれば、その巨体が弓なりになって震えた。

  下あごから突き出た白い牙が、確かな快感で濡れている。

  俺は彼をベットに押し倒すと、柔らかな彼の毛並みをなぞった。

  「按芮…」

  俺の声に、目の前の熊は一瞬だけその眼差しを揺らめかせた。

  懐かしいその響きに、身体がうずき始めているのを感じる。

  彼の身体へと跨がりながら、その厚い胸板をそっと、この手の平でなぞった。

  「ご、ご主人…」

  ゴクリと、その大きな喉仏が上下に隆起する。

  切なげに揺れるその瞳には、もう余裕がなかった。獲物を目の前にした獣のように、必死になってその本能を押さえ込んでいる。

  「…ずっと、会いたかった」

  俺のその言葉に、彼のモノが反応したように脈動する。

  荒れた互いの息が、しっとりと肌を熱く濡らし始めていた。

  「俺を…ずっと、待っていてくれてたんだろ? だから――」

  その言葉を言い切らないうちに、目の前の熊は俺の唇を塞いだ。

  ただ、必死になって甘えるように。絡み合う舌先が、切実なその切なさで震えている。

  「…抱いてくれ、ご主人…」

  俺を抱きしめながら、彼はそうか細い声で囁いた。

  震えるその背中が、こみ上げた今まで寂しさで濡れている。そのか弱さに、愛しさがあふれ出た。

  「アイザック…」

  「…頼む。もう、お前を…失いたくねぇんだ。せめて、こうやってお前を抱きしめている間だけでも…だから――」

  切迫したその声に、目尻が熱くなる。

  きっと、互いに望んでいたのは同じものだったのだろう。

  俺達は目を閉じると、引き寄せられるようにその唇を重ね合わせた。

  ◇

  濡れた粘着質な音が、部屋の中を木霊した。

  くぐもった彼の荒れた吐息が、周囲の空気を熱くさせる。柔らかな彼の肉壁をなぞれば、敏感に彼はその巨体を弓なりに反らした。獲物をくわえ込むように、キュウキュウにそこを締め付けて離さない。

  俺は彼の裸体へと覆い被さりながら、その柔らかな巨体を愛撫した。

  フカフカした毛並みに、うっすらと乗った脂肪。固い筋肉の隆起が、手に取るように分かった。その雄々しい四肢の間で、それが甘い蜜を流すようにヒクヒクと脈動している。

  彼の肉棒だ。

  それが限界まで勃起し、天井を仰いでいる。

  少し余った分厚い皮が、甘いその蜜をたっぷりと蓄えていた。指先でつまめば、ニュルリと何の抵抗もなく剥けていく。彼のその太い肉棒に似合う、太くてエラの張った亀頭だった。それが、彼の愛液で濡れテラテラと照明の光を反射している。

  俺達は生まれたままの姿で、互いの身体を抱きしめ合った。

  彼の秘部へと指を侵入させれば、厳ついその巨体を弱々しく震わせる。その敏感な反応に、俺は興奮した。内壁を指で抉れば、彼は声を上げるようにそのマズルを大きく開ける。下あごを突き抜けた白い大きな牙が、雄々しくも切なげな快感に濡れていた。

  彼をベットに仰向けで横たわらせ、その下肢を持ち上げるように押し広げる。

  甘く濡れたそこは、ヒクヒクと何かを待ち望んでいるように脈動していた。熟れたビワのように重くズッシリとした双球が、快感に揺れるようにその柔らかな皮袋を揺らす。

  彼の鈴口が、パックリとその口を開けていた。

  止めどなく、透明な蜜が溢れている。俺はそこに指先を這わせると、彼の根元までその輪郭をなぞった。悶え苦しむように、彼の身体がビクビクと震える。

  俺は大きく口を開けると、目の前のそれを一気に頬張った。

  「あぁああああ!! ご、ご主人…ぁ…っぁ!!」

  甘く塩気のあるヌメリが、喉を潤していく。

  舌先でそこを転がせば、目の前の巨体は簡単にのたうち回った。彼の秘部へと侵入した指先の動きと合わせて顔を上下にくねらせれば、彼の呼吸が途切れ途切れに加速しながら荒れていく。

  「はっ…はっ…はっ…ぁぁあ!! くっ…!!」

  彼の厳ついその瞳が、確かな快感にまどろんでいた。

  俺の愛撫で、ここまで感じてくれている。その事実が、俺の興奮をかき立てた。

  「ご、ご主人…も、もう…」

  弱々しい声で、彼は俺の方へその目を向けた。

  切なげに、その目尻が濡れている。

  彼の秘部が、俺を求めるようにこの指先を締め付けた。

  「アイザック…」

  「い、入れて…くれ… お前のチンポで、俺の中を…めちゃくちゃにかき混ぜてくれ…!! た、頼む…!!」

  涙ながらの懇願に、俺は一気に自分の指をそこから引き抜いた。

  彼の両脚を持ち上げ、押し広げるように覆い被さる。俺は片手で自分のモノをつまむと、彼の秘部へと押し当てた。

  熱い、ヌメリのある感触が先端を濡らす。彼の瞳が、興奮したようにその色を変えた。荒れた呼吸が、彼の下あごから突き抜けた白い牙を震わせている。

  俺は体重をかけるように、その場所へと力を押し当てた。

  柔らかな割れ目が、何の抵抗もなく俺のものを包み込んで行く。

  吸い付くような熱さが、優しくそこを締め付けた。

  「だ、駄目だ…ご、ご主人!! も、もう…い、イッちまう…!! ぁ…あぁぁぁぁああああ!! っぁ!! ぁ――」

  一気に、根元まで挿入した。その時だった。

  限界まで勃起した彼の鈴口から、大量の白濁液が噴き出す。丸太のような彼の腹に、何度も弧を描いて脈動した。厚いゼリー質の水たまりが、彼の腹部に溜まる。

  彼の射精に合わせて、柔らかな内壁が緩急をつけるように俺のものを締め付けた。そしてその先にある固い丸みのあるそこに、俺の先端が当たる。

  彼の身体が、痙攣したようにのたうち回った。

  涎を垂らすように、その白い牙がいやらしく濡れている。

  俺は自分の体制を整えると、その場所を目がけて腰を振った。

  何度も、何度も。

  その固く丸みのあるそこを、突き上げるように。

  柔らかな内壁が、収縮したように俺のものを吸い付いて離さなかった。

  「あっ!! あっ!! ああああああ!!! はぁん!! ぁ…っがぁぁぁあああ!!!」

  その厳つい顔をくしゃくしゃにしながら、彼は拒絶するようにその首を左右に振った。

  ピントが合わない瞳孔が、真っ黒に塗りつぶされていく。俺はそんな彼の身体を抱きしめるように、その巨体へ覆い被さった。

  途端に、太い丸太のようなその両腕が俺の背中をきつく抱きしめる。

  打ち付ける腰の動きに耐えるように、必死になって彼は俺の身体へとしがみついた。

  「だ、駄目だ!! そ、そんなにされたら…あぁあ!!!」

  ぶしゃりと、それは噴き出した。

  透明で、さらりとした液体。それが、止めどなく彼のモノから噴き上がる。

  それを搾り取るように、俺は腰を振りながら彼のモノを荒々しくしごき上げた。

  何度も、何度も。

  そのパンパンにはった亀頭をこねくり回すように、限界まで張り詰めたカリのくびれへと指先を絡める。

  大きく開いた鈴口から、ゼリー質の我慢汁が銀色の糸を引くようにあふれ出した。

  「や、止めてくれ!!! お…おかしくなっちまう!! 気持ち、良すぎて…あぁぁぁああああああ!! 」

  彼の双球が、一気にせせり上がった。

  その締め付けに、限界が訪れる。

  俺は彼の最奥へと腰を打ち付けると、来る快感へと身を委ねた。

  「い、イク!! イクイクイクイク!!!! がぁぁぁぁあああああ!!! …っあ!!」

  「…うっ!! ぁ…っぁあ!! っぁ…ぁ…」

  大量の精液が、彼のモノから噴き上がった。

  それが、丸太のように柔らかな彼の腹の上を汚していく。彼のモノをしごき上げれば、痙攣したように彼の巨体が震えた。その生臭くて甘い香りに、頭がくらくらする。

  ドクドクと、俺の精液が彼の中へと注ぎ込まれていくのを感じた。

  その感触を、彼も味わっているのだろう。目を見開いたまま、彼はそのマズルをパクパクとさせていた。白く大きな下あごの牙が、微かに震えている。

  少し腰をくねらせば、ごぷりと彼の鈴口から精液があふれ出した。最後に、もう一度射精したのだろう。彼の瞳が、光を無くしたようにその焦点が歪んだのを感じる。

  俺はそのまま、彼の身体の上へと倒れこんだ。

  ねちゃりと、生暖かい粘液に身体が包み込まれる。荒れた互いの呼吸が、どこまでも溶け出しそうな熱を放っていた。上手く、力が入らない。

  抱きしめた身体は、確かにあの時愛し合ったあの人と同じ身体だった。

  [newpage]

  6 ルーカス・グラント

  彼の部屋には、数枚の写真しか残っていなかった。

  児童養護施設で撮られた、数枚の集合写真。まだ彼とは会っていないが、一目見ただけでこの人物が彼なのだと悟った。

  懐かしい匂いがする。

  この部屋の至る所から、彼の残り香が胸の奥を締め付けた。何度も姿形が変わり、国も性別も時代さえもその姿を変えてきた。なのにこの香りだけは、あの頃と何も変わっていない。

  ふと見上げた先に、自分の姿が窓ガラスに映り込んでいるのが見えた。

  黒い狼。

  片目を眼帯で隠し、身体の中心は柔らかな白い毛並みで覆われている。

  見慣れたはずの、俺の姿だった。

  「どうした? 何か見つかったか?」

  背後から聞こえたその声に、俺は静かに振り返った。

  落ち着きのある、渋い声だ。その声の持ち主が、部屋の奥から姿を現す。

  橙色の毛並みをした。少し柄の悪い、中年の獅子だった。

  「…テスか。どうだった? 学校の方は」

  「彼が通うキャンパス、通学経路…全て確認はしてきたが、少し時間がかかりそうだ。俺の術式じゃ、防御が弱い。…ガルディアの力が必要だな」

  ため息を吐きながら、目の前の獅子はそう毒づいた。

  橙色のその毛並みに、柿色の衣装が良く映える。日が落ちてきたその藍色の光が、彼の渋さを浮き立たせていた。

  「…そうか。お前さんがそう言うなら間違いないだろう。…予想以上に匂いが濃い。ここが終わったら、俺もドクターの所に合流する。お前さんはガルと一緒に、もう一度ここと通学経路を固めてくれ。時間はかかっても構わん」

  「…分かった。ま、俺もこの後ガルディアと合流するつもりだったからな。もうそろそろあいつの後始末も終わる頃だろうしよ」

  彼の眼差しが、俺が手にした写真へと向けられる。

  一瞬だけ細めたその琥珀色の瞳が、切なげにその色を変えた。

  「…マスターか」

  「あぁ。…お前さんにも分かるか?」

  「…まぁな。俺はオッサンと違って、眼は良い方じゃないが…間違いない。あいつだ」

  渋いその声が、彼の喉仏を震わせる。

  吐き出した鼻息が、妙に重かった。

  「…大丈夫か?」

  ふと、隣にいる獅子が俺に問いかける。

  俺は頭を掻きむしると、もう一度息を大きく吸い込んだ。

  「…すまん。やっぱ…分かるか?」

  「…オッサンがそんだけ湿気た面してたら、誰だって分かるさ。…あと一年ある。これを耐えきったら、またもう一度あの場所で一緒に暮らせるんだ。…今からそんな調子でどうすんだ」

  からかうように、目の前の獅子はそう笑った。

  豪快さの中に、痺れるような渋さと甘い優しさが隠れている。

  その気さくさに、今は救われた。

  「じゃ、俺は先にガルディの所へ合流する。…少し時間をくれ。安全を確認したらすぐに連絡する」

  「…悪い。…頼む」

  「いいさ。応援が必要な時はいつでも呼んでくれ。…それまでにその湿気た面、どうにかしとくんだぞ?」

  俺の肩に、大きなその手の平が乗せられる。

  何も言わないまま、俺達は互いのマズルを重ね合わせた。

  甘く、絡みつかせるように。互いの舌先に滴る唾液を混ぜ合わせる。

  切なげに揺れるその瞳が、確かな欲望と本能を呼び覚ましていた。

  「…気をつけろよ。…テス」

  「…あぁ。オッサンもな」

  俺を安心させるように、目の前の獅子は甘くはにかむ。

  俺達は互いの別れと再会を確かめ合うように、もう一度互いの身体を抱きしめ合った。

  [newpage]

  7

  互いに抱き寄せた身体が、確かな熱を孕んでいた。

  理解が追いつかないまま、心が追い求めている。さっきまでの言動を正当化するには、それしか合理的な理由が見当たらなかった。

  大きな手の平が、俺の頭を優しく包み込む。

  隣にいる熊は、優しく俺に微笑みかけてくれた。少し寂しそうに、その瞳を細めている。

  「…大丈夫か?」

  甘く、かしゃがれた声だった。

  その声に、俺は彼の胸板へと顔を押しつける。

  そんな俺の身体を労るように、そっと彼は俺の背中を抱き返してくれた。

  「…分からない。…自分でも、自分のことが…良く分からないんだ。この気持ちも、一体何なのか…」

  「…そっか。今はただ、俺達に甘えることだけ考えろ。ご主人が戸惑っちまうのも…無理もない話だ。俺はただ、ご主人が俺を求めてくれただけで…十分嬉しいからよ。俺のことは、そう気にすんな」

  俺の全てを見透かしたように、彼はそう優しく微笑む。

  その優しさが、ただ辛かった。

  「…すまない、アイザック…その…」

  「…いいんだ。今はこうやって、抱き合っていようぜ。ご主人も…休める時に休んでおいてくれ。…もうすぐ、ルー達も帰ってくるだろうからよ」

  大きな熊の手が、俺の手の平を握り締める。

  柔らかく大きな肉球が、俺の指先を押し返した。その優しい温もりに、心が奪われる。

  吸い込んだ息は、いつの間にかその痛みを消していた。

  「…なぁ、アイザック」

  「ん?」

  「その…さっき言ってた、契約っていうのは…」

  俺の言葉に、彼は困ったようにその瞳を泳がせる。

  どこかバツが悪そうに、彼は大きくその息を吸い込んだ。

  「あー…それは、だな… …すまねぇ、ご主人。実を言うと…あれだけじゃ、契約を結んだことにはならねぇんだ」

  「そうなのか?」

  俺の問いに、目の前の熊は静かに頷いた。

  「…あぁ。もちろん、さっきみたいなその…エッチは必要だ。けど…その前に、ある果実を互いに食わないといけねぇんだ。それで…互いの魂が丸裸になる」

  「果実?」

  「あぁ。締盟の実と呼ばれる果実だ」

  静かに、彼はそう説明した。

  「そいつを喰えば…魂が望むままに、本能がむき出しになる。そうすることで、契約ができる状態になるまで…互いの魂を極限にまで発情させるんだ。神が作った媚薬の実と言ってもいい。それを喰って…互いの身体を貪るように、快感に溺れるまで性行為を繰り返す。そうやって、互いの魂の境界をにじませて…溶け合うように重ね合わせるんだ。…それが、契約する為に必要なことだ」

  切なげに、彼はその瞳を細めた。

  その甘い眼差しに、心が奪われそうになる。

  彼は身体を起こすと、そっと、その指先を俺の首筋に近づけた。

  「互いがイク瞬間に…俺はお前の首筋を、お前は俺の首筋を噛むんだ」

  俺の指先を愛撫しながら、彼はそう言葉を続けた。

  「…それで、互いに交わった魂は契約として締盟される。タチウケはどっちでもいいけどよ。主従関係上…俺達守護者がお前に抱かれることが多いだろう。もちろんその逆もあるが…あくまでもそれはお前を奉仕する為だ。…俺達は、お前には逆らえない。それが、ご主人と守護者…お前と俺達の関係だ」

  そこまで彼が言葉を続けた所で、彼はおもむろに俺の身体を抱きしめた。

  そっと、愛しい人を抱き寄せるように。

  心が、震えた。

  「…だから、そんな不安な顔はしないでくれよ。…ご主人」

  甘い声で、彼は笑った。

  「…この命に代えてもよ。必ず…俺がお前を守ってみせる。寂しい時は、いつだって俺達がお前を抱きしめてやっからよ。…な?」

  励ますようなその笑みに、俺は救われていたのだろう。

  ただ「ありがとう」だけ言うと、俺は彼の身体に甘えるように抱きついていた。それに答えるように、彼もその丸太のような四肢を俺に絡ませてくれる。

  重ね合わせた唇が、ただ甘かった。

  彼の温もりに、溺れてしまいそうな自分がいる。

  その際限のない柔らかな温もりが、ただ、怖かった。

  「…少し眠っておけ。ご主人」

  唇を離しながら、彼はそう優しく微笑んだ。

  雄々しい指先が、甘く俺の頬を撫でる。

  「…大丈夫だ。ずっと、俺がここにいるからよ。…な?」

  優しいその微笑みに、俺は彼に頷いて見せる。

  彼の胸板へと顔を押しつけながら、俺は自分の瞼を閉じた。

  [newpage]

  8

  夢を、見ていたような気がする。

  誰かが、必死になって叫んでいる。何かを止めるように、断末魔のような声が聞こえる。

  まどろむ視界の中で、それが一体何なのかよく分からない。ピントが合わない世界の中で、確かにそれは俺を求めていた。

  『死ぬな…坊主…』

  低い、男の声だった。

  それが、嗚咽混じり聞こえる。

  『また…俺を一人にするのか…? また、お前さんがここに戻ってくるのを待ち続けなければならんのか!? やっと…やっと!! お前さんと、一緒になれたのに…そんな――』

  その人は、泣いていた。

  その涙が、ポタポタと落ちてくる。濡れたその感触に、俺はその人に抱きかかえられているのだと悟った。

  その人の顔に触れようと、俺は自分の手を上げる。なのに、上手く力が入らない。

  そんな震えた俺の腕を受け止めるように、彼はその両手で俺の手の平を握った。

  『逝くな…坊主…』

  涙ながらに、彼はそう訴えた。

  『頼む…!! 俺の側にいてくれ!!! 今度こそ…今度こそお前さんを守ると誓って見せる!! あの時お前さんが、俺を助けてくれたように…だから――』

  泣きわめく彼の言葉を制するように、俺はその手の平を握り締めた。

  黄金色の瞳が、曖昧な視界の中でその輪郭を露わにする。

  片目を眼帯で覆った。黒い、大きな狼だった。それが、俺の手を握りしめて泣いている。

  なぜか、酷く懐かしい感覚が俺を襲った。

  『…そんな顔をするな、ルーカス』

  笑いながら、夢の中の俺はそう言葉を続けた。

  『…離れていても、ずっと…一緒だ。いままでも、これからも…だろ?』

  その言葉を最後に、俺は自分の身体が石のように冷たくなっていくのを感じた。

  思うように、動けない。

  目の前の視界ですら、その光を亡くし始めていた。

  『…坊主?』

  切迫したその声が、微かに聞こえた。

  俺を抱きかかえる彼の腕が、その力を増したのを感じる。

  真っ暗に暗転した視界の中で、彼の黄金色に輝いたその瞳だけが、微かに揺らめく。

  『お、おい…坊主!! しっかしろ坊主…!! 頼む、俺を見てくれ… 頼むから…返事をしろ!!』

  泣き叫ぶその声が、微かに聞こえた。

  真っ暗に染まった世界で、自分が底の無い向こう側へと落ちていくのを感じる。

  ただ彼の温もりだけが、残り香のようにその侘しさを締め付けていた。

  『そんな…』

  事切れたような、震えた声だった。

  それが、横たわる俺に注がれる。

  『お、俺は…俺は、また…ぁぁぁ…ぁぁぁぁあああああああああああ!!!!!!』

  悲痛なまでに、彼は俺だった身体を抱きしめた。

  何度も、何度も。

  その後悔と怒りを、その魂に刻みつけるように。

  それが俺の記憶だと悟ったのは、それから暫くしてからのことだった。

  [newpage]

  9

  目が覚めたのは、その夢を見た後だった。

  一体、どれだけ眠れたのだろうか。不確かな感覚に、自分の眠りが浅いのを感じた。

  目を開ければ、部屋はその照明の明かりを少しだけ落としていた。まだ夜なのだろう。カーテンの隙間から微かに見えた窓の向こうは、まだ藍色の光を黒に染めている。

  ベットの横に、あの眼帯をした黒い狼がいた。

  俺を見守るように、俺の側でその瞳を悲しげに細めている。黒みがかった灰色の衣装と、漆黒に染まるコルセットが、黒光りする装備の数々を気高く煌めかせた。

  夢の中の映像と、一瞬だけ面影が重なる。

  あの黄金色の瞳と、同じ瞳の色だった。

  「…目が覚めたか、坊主…!!」

  嬉しそうに、彼は俺に笑いかけた。

  大きなその手の平が、横たわった俺の身体に触れる。

  「…久々だなぁ、坊主!! お前さんと会えるのを、ずっと待ってたぞ!!」

  嬉しそうに、その黒い狼は豪快に笑った。腹の内から轟かせるように、雄々しいその声が部屋を響かせる。

  目を細めて見せる真っ白な牙が、その黒い毛並みに映える。呆然とする俺をそっちのけに、彼はその大きな手の平で俺の頭を撫でつけた。

  柔らかい、懐かしい香りがする。

  体の中心を包み込む白い毛並みが、興奮したようにその胸を上下に膨らませていた。

  「…ルー、カス?」

  夢で見たあの名前を、思わず俺は口にしていた。

  その反応に、目の前の黒い狼は一瞬だけその身体を硬直させる。

  眼帯に覆われていないその黄金色の瞳が、確かな戸惑いと緊張で揺れ動いていた。

  「お前さん…どうして…」

  そう彼が言葉を続けた。その時だった。

  彼の背後から、焦げ茶色をした熊が顔を出す。

  アイザックだ。

  「…ルー。久々じゃねぇ。初めまして、だろ?」

  深緑色の衣装を着たその熊は、そう呆れた声色で言葉を続けた。

  それを聞いて、目の前の黒い狼は慌てて俺の頭から手を離す。

  バツが悪そうにガシガシと頭を掻きむしるその姿は、どこか愛嬌があるように可愛かった。

  「おぉ、すまんすまん…俺もお前さんを見て、少し興奮してしまってな!! 堪忍だ、坊主。…許してくれ」

  眼帯をしていない片目を細めながら、彼は両手を合わせて肩をすくめる。

  そうやって、さっきまでのやり取りをうやむやにしているようだった。

  「こいつはルーカス。ルーカス・グラント。俺とガルと同じように、お前を護衛する守護者だ」

  そう紹介するアイザックの言葉に応じるように、その黒い狼は俺にウインクをする。

  差し出された大きな手の平が、確かな友好を求めていた。

  「よろしくなぁ、坊主。お前さんだけのハニーが、命がけでお前さんを守ると誓うからな。…安心しろ」

  牙を見せながら、彼は笑う。

  そんな彼の仕草に、俺は差し出された手の平を握り返した。

  柔らかな、大きな温もり。それが、ジワリと伝わる。

  「あ、あぁ…よろしく。…ルーカス」

  ふと、彼を見上げた。その時だった。

  黒い毛皮に包まれた彼の首元に、銀色のドッグタグが揺れたのが見えた。蛍光灯の光を反射させて光輝くそれに、一瞬だけ目眩がする。

  生臭い血の匂いと、指先に染みついた硝煙の匂い。なぜかそれが、鮮明に頭の中で蘇ったような気がした。

  「…お前さんも大変だったな。…いきなりあんなのに追われて、目の前には突然俺達みたいなケモおっさんが現れたんだ。…きつかっただろう?」

  「えっと…それは――」

  「…まぁ、お前さんの気持ちは…俺達も分かる。まずは慣れるまで、俺達に騙されたと思ってくれ。…お前さんは、どこもおかしくなどなっとらん。俺達のような人間ではないモノが見えていたとしても、お前さんはお前さんだ。…坊主は何も悪くない」

  大きな手の平が、頭を包み込む。

  全て、見透かされていた。その事実に、目の前にいる彼等は本当に神様と呼ばれる何かなのだと悟る。

  「…坊主。俺達との契約のことは…もう聞いたか?」

  彼の声色が、一瞬だけ変わる。

  その真っ直ぐな眼差しが、なぜか俺の心を落ち着かせてくれた。

  「…あぁ。ガルディアと、アイザックから…その…」

  「…そうか。その様子だと、契約までには至らなかったようだな。…まだ、心の準備はできんか?」

  「い、いや!! そ…そんなことはない。ただ――」

  俺は思わず、アイザックの方へ目を向けてしまった。

  さっきまでの情景が、脳裏に浮かぶ。

  「すまん。ご主人とは一発ヤッたんだけどよ。…契約する余裕は、なかった」

  「…なるほどな。まぁ、俺もそうだっただろうよ。…ドクターでも理性を保てなかったんだ。…俺も同じ状況だったら、そうなっちまってたさ」

  弁明をするアイザックを目の前に、ルーカスはそう納得したように言葉を続けた。

  彼の雄々しい指先が、俺の手を静かに握りしめる。

  その懐かしい温かさが、なぜか胸の奥を抉った。

  「ま、そう焦らんでもいいだろ。確かに、俺達の誰かと今すぐにでも契約した方が…坊主の安全は保証できる。だが、坊主は坊主なりに心の準備が必要だ。…だろ?」

  優しく、彼はそう微笑んだ。

  その柔らかな笑みに、心が、奪われる。

  「とりあえず、飯だ!! 坊主!!」

  豪快に、彼はそう笑った。

  「俺がお前さんの為に、旨い飯を作ってやる。…お前さんの為に作った、特性の馳走だ!! まずはそれを食って、元気になってくれ。…な?」

  荒々しく、彼は俺の頭を撫でつけた。

  まるで、俺を励ますように。豪快に、胸を膨らませて、笑う。

  きっと、俺は何も言えなかったのだろう。

  涙ぐみながら、俺は何度もこの首を縦に頷いて見えた。

  「じゃ!! そうと決まったら早速――」

  そう、彼が言葉を続けた。その時だった。

  爆音が、部屋の中を包み込む。

  衝撃が、体中に響き渡った。何かがぶつかったようなその圧力に、身体が吹き飛ばされる。

  白い粉のように舞い上がる塵が、辺りを包み込む。

  鼓膜を引きちぎるように、車のクラクションの音が永遠と鳴り続けていた。

  [newpage]

  10

  「ごほっ…かはっ!!」

  咳き込んだ喉が、痛かった。

  ざらついた土埃が、周囲を舞っている。微かに開いた瞼から、真っ白な光が射し込んでいるのが見えた。耳の奥を張り裂けさせる車のクラクションのような音が、永遠と鳴り続いている。

  鮮明になった視界の中で、俺は自分の目を見開いた。

  「そんな…」

  トラクターだった。

  それが、俺達がいたであろうモーテルの部屋に突っ込んでいる。

  その真っ白なヘッドライトを遮るように、目の前には大きな背中が俺を守っていた。

  ルーカスだ。

  あの黒い狼が、俺の前で大の字になって俺を守っていた。

  「…大丈夫か、坊主。…怪我はないか?」

  優しく、彼はそう笑いかけた。

  眼帯をしていない片目が、その黄金色の瞳を輝かせる。

  黒い毛並みの中で映える白く柔らかな胸板が、優しくその鼓動を俺に知らしめてくれた。

  「これは…」

  「…結界は完璧だったんだがな。まさかあいつら…こんな方法で坊主に接触しようとしてくるとは。…よほどお前さんに食らい付きたくて仕方ないらしい」

  目の前のトラクターから距離を取りながら、目の前の狼はそう言葉を続ける。

  俺を守るようにかざした彼の両腕が、確かな緊張で張り詰めていた。

  「ドクター!!」

  「…ここだ!!」

  瓦礫をその脚ではねのけながら、アイザックはルーカスの声に応えた。

  片手に、大きな盾のような斧を担いでいる。軽々しく振り回すそれに、このトラクターの軌道を変えたのはその斧だったのだと悟った。

  トラクターの運転席から、微かな音が聞こえる。

  二人が身を呈すように、鋭い眼差しをそこへ向けた。

  「…坊主。走れるか?」

  「…え?」

  微かな、緊張した声だった。

  その声に、思わず俺は彼の顔を見上げる。

  「…ルー。ご主人を連れて逃げろ。ここは俺が抑える」

  「…いけるか?」

  ルーカスのその問いに、アイザックはふと俺の方へその目線を向ける。

  優しいその笑みに、胸が急に締め付けられた。

  「…さっき、ご主人から供物はいただいたからよ。…俺一人で十分だ」

  身の丈以上はあるその盾のような大きい斧を、目の前の熊は振りかざす。

  白銀に光るその輝きが、なぜか酷く悲しく見えた。

  「分かった。指定した場所で合流しよう。坊主との飯はそれからだ。…遅れるなよ?」

  「…もちろんだ。ちゃんと旨い飯作って待ってろよ?」

  運転席の中から、もう一度大きな音が聞こえる。

  その金属音に、中で何かが蠢いているのが分かった。

  辺りから、炎が広がり始めている。周囲が明るくオレンジ色の光に包まれていた。

  「行け!! 早く!!」

  アイザックの怒鳴り声に、俺はやっと我に帰る。

  目の前の大きな背中は、確かにあの時みたあの熊の背中だった。

  「…行こう、坊主。…ここから逃げるんだ!!」

  「ま、待ってくれ!! このままじゃ…このままじゃアイザックが!!」

  「…あいつなら大丈夫だ!! ここでくたばるような奴じゃない。早くこっちに来るんだ、坊主…!! さぁ…!!」

  手を引かれ、ルーカスは俺を連れ出そうとする。

  真っ白なヘッドライトの光が、彼の背中を照らし出していた。だけどその光で、その表情が良く見えない。

  「…死ぬなよ。ご主人」

  アイザックのその一言が、俺に向けられる。

  その柔かな笑みが、心に突き刺さった。

  「――アイザック!!!」

  「行くんだ、坊主!! …さぁ、早く!!!!」

  手を伸ばした先に、あの大きな熊がいた。それを制するように、無理矢理にでもルーカスは俺を引きはがすように抱きかかえる。

  燃えさかる炎の中で、アイザックはその大きな斧を振りかざした。

  まるで、全ての災厄から俺達を守るように。

  隣にいる黒い狼に抱えられながら、走り出した視界の端で彼の姿が微かに見えた。

  [newpage]

  11

  「…よし。ここまで来ればいいだろう。…坊主、大丈夫か?」

  荒れた呼吸を整えながら、俺はルーカスの声を聞くのがやっとだった。

  疲れが、どっとあふれ出る。

  尻餅をつくように、俺はその場に座り込んだ。大粒の汗が、滝のように流れ落ちる。

  目を向ければ、建設中の立体駐車場だった。その敷地内に、俺達は入ってきたのだろう。乱れた息を落ち着かせながら、何とか俺は今の状況を把握しようとした。

  冷たい風が、吹き抜ける。

  空を見上げれば、まだ夜が更けて間もない頃の月明かりだった。

  「ここで少し休憩しよう。用意していたセーフポイントはすぐそこだ。そこまで行けば…とりあえず身を隠せる」

  俺を励ますように、黒い狼はそう言葉を続けた。

  俺の隣に、彼が腰かける。荒れた俺の息を落ち着かせるように、彼はそっと、俺の背中をさすってくれた。

  「アイザックは…」

  「…あいつなら大丈夫だ。お前さんも心配だろうが…俺達もそれなりに手練れだ。あんな低級の悪鬼にやられるような、そんな柔な玉ではないぞ」

  豪快に、彼はそう俺に笑いかけた。

  眼帯越しに、彼の眼差しが分かる。その黄金色の瞳から、なぜか目が離せなかった。その雄々しくも優しい水面に、心が、吸い寄せられるのを感じる。

  「なぁ、ルーカス」

  「ん?」

  「…どうして、俺を…守ってくれるんだ?」

  ずっと疑問だったそれが、何の抵抗もなく口先から零れ落ちた。

  「こんな、見も知らぬ俺を…どうして、そこまでして――」

  自分で聞いておきながら、その質問の答えはもう既に知っていた。

  いや、違う。俺は、ただ実感していないだけなのだと悟った。

  知っているはずなのに。まるで、その実感がない。

  「…決まっているだろ、坊主。お前さんのことを…愛しているからだ」

  さも当然のように、彼はそう言い放った。

  その言葉に、俺は彼の顔を見上げる。

  どこか切なげに、彼はその瞳を細めた。

  「俺がまだ人間だった頃…俺達は、お前さんと愛し合う仲だった。まぁ…時代とお国柄、認められるような関係ではなかったがな。俺のせいで、お前さんは死んじまった。あの戦争の中で…俺は、守りたいものを何一つ守ることが出来なかった。お前さんという最愛の人でさえも…俺は、母国に帰してあげることができなかった」

  大きなため息が、彼の鼻先から零れ落ちる。

  不意に、彼は自分の首元へと手を伸ばした。そして、その首に下げていたドックタグを手に取る。

  何かを思い偲ぶように、黄金色の眼差しが銀色に光るそれを見つめた。

  「だから俺は、守護神になったんだ」

  懐かしむように、彼はそう笑った。

  「お前さんだけの…たった一人の神様になろうと思った。ただお前さんだけを、この手で守って見せたかった。…あの時、坊主が俺を助けてくれたようにな。もう一度、お前さんに“愛している”と…そう伝えたかったんだ。あの時伝えられなかった言葉を…今も俺は、お前さんには伝えたいと思っている」

  不意に、彼は自分の眼帯を外した。

  そしてその眼差しが、俺の方へと向ける。

  黄金色の瞳とは違う。淡い、瑠璃色の瞳だった。その夜空のような水面に、胸が、締め付けられる。

  銃声と、生臭い鉄が焼ける匂い。

  喉をえづく、毒の雨。

  あの日決行された、あの作戦が、頭の中で走馬燈のように駆け巡る。

  「…思い出したか、坊主」

  俺の頬を指でなぞりながら、彼はそう言葉を続けた。

  瞼を遮るように微かに見える縦の傷跡が、あの時のものだと俺に悟らせる。

  「大佐…」

  「そんな目で見るな、坊主」

  懐かしむように、彼は笑った。

  脳裏に、止めどなくあの時の映像が蘇る。

  「…息災だったな、パーシヴァル大尉。…お前さんと会えるのを、ずっと…待っておったぞ」

  寂しげに、彼はそう笑いかけた。

  その切なげな眼差しに、心が奪われる。

  「…すまん、坊主。こんな形で、お前さんの記憶を思い出させたくはなかった。それでも…これで、お前さんの不安が晴れるなら――」

  藍色の瞳が、微かにその光を灯し始める。

  見つめ返したその向こう側で、吸い寄せられるような何かが、小さな音を立てて輝き始めたのを感じた。

  [newpage]

  12

  「…うむ。これだけそろっていれば、一晩休むには問題ないだろう!! …どうだ、坊主。なかなかのもんだろう?」

  胸を張るように、黒い狼はそう豪快に笑った。

  建設中の立体駐車場にある、宿直室。一端の休憩を終えた俺達は、ルーカスと共にこの場所へと脚を運んでいた。

  ここが、予め用意されていた避難場所らしい。

  彼が言うには、あのモーテルと同じように結界が張られているとのことだった。目を向ければ、簡単な軽食と飲料水も用意してある。

  今はただ、彼と一緒だというその事実だけが俺の心を救ってくれた。

  「凄いな。これ、全部…」

  「…あぁ。俺とテスの二人で準備した。あと何カ所か予備の避難所も用意してある。ここなら…さっきみたいなデカブツに車を激突させられる心配もないだろうしな」

  ミネラルウォータのボトルを手に取りながら、彼はそう言葉を続ける。

  俺も彼に続いて、ボトルに手をかけようとした。その時だった。

  不意に、足下がふらつく。それを庇うように、ルーカスはそっと俺の身体を抱き寄せた。

  支えられた身体に、上手く、力が入らない。

  立ちくらみにも似た目眩に、上手く息が出来なかった。

  「…す、すまない…ルーカス。その…」

  「…何も言うな、坊主。そのまま…ゆっくりと息をするんだ。…そう、そのまま…少しずつでいい。ゆっくりと息を吸うんだ」

  俺の身体を抱き寄せながら、ゆっくりと、彼は俺の身体を簡易ベットの縁へと座らせる。

  大きな手の平が、そっと俺の背中を抱き寄せた。その優しさに、なぜか心が落ち着く。

  鮮明になった視界の中で、ゆっくりと自分の意識が戻っていくのを感じた。

  「…大丈夫か?」

  「あ、あぁ…これは、一体…」

  「…魔力酔いだ」

  淡々と、彼はそう説明した。

  その言葉に、俺は目の前の狼へと顔を見上げる。

  今はもう眼帯で覆われたその瞳から、ふと、柔らかな温かさを感じたように思えた。

  「…さっき、俺の眼を見過ぎたんだな。俺の左目は、とりわけ魔力が強い。だからいつもこうして、皆の目の前では眼帯をしている。…さっきみたいに、お前さんの過去を思い出させることもできるが…まだ契約していない今のお前さんの身体には毒だ。暫くすれば、体調も良くなるだろう。それまでは…すまん、坊主。俺の側で…じっとしといてくれ」

  俺の頭を撫でながら、彼はそう優しく笑いかけた。

  抱き寄せるその腕から、確かな温もりを感じる。

  銀色のドックタグが、微かにその蛍光灯の光を揺らめかせた。

  「ルーカス…」

  「…許せ、坊主。俺が、もっと良い方法でお前さんに思い出させてやれれば良かったんだが…」

  黄金色の瞳が、切なげに細められる。

  そんな彼の眼差しに答えるように、俺は彼の身体を抱き返した。

  「…いいんだ。ルーカス」

  静かに、俺は彼にそう答えた。

  「…俺も、真実を知りたかった。何も知らないまま、ただ…逃げ続けるのは嫌だったんだ。だけど今は…ちゃんと向き合うことができる」

  「坊主…」

  「あれが、自分の過去だとは今も信じることはできない。だが…ルーカスも、ガルディアも…アイザックも皆、俺を知っている。俺よりも…ずっと昔から知っているのは事実だ。それに…あれだけが俺の過去という訳ではないんだろう?」

  俺の声に、一瞬だけルーカスの瞳が揺れる。

  肯定でも、否定でもない。

  明らかに、俺には言えない何かを隠している眼差しだった。

  ルーカスは、守護神となる前は「クラウス・グラント」として第一次大戦に参加していた。ドイツ軍、408陸軍部隊。そこで俺は、当時大佐と呼ばれていた彼に出会った。

  親子ほどの歳が離れておきながら、俺達は密かに身体を重ね合った。決して、許されるような関係ではない。だからこそ俺達は、誰にも知られないよう愛し合った。

  あの作戦が、決行されるまでは。

  そんな許されない関係であったとしても、生きている実感を得ることができた。

  第二次イーベル会戦。あの作戦で初めて、人類は世界大戦で毒ガスを用いた。その作戦内容に異議を申し立てた彼は、軍法違反として幽閉される。その際傷を負ったのが、あの左目だった。

  俺は彼の代わりに作戦の指揮を執ることになり、そして戦死した。風向きを予測する術を知らない当時の技術では、敵も友軍も見境無く殺し尽くしたのだ。そして彼がそれを知ったのも、軍法会議にかけられる前に幽閉されたあの監獄の中でだった。

  命を落とした俺の左目は、彼の左目に移植された。

  作戦内容に不備があったことを、国は認めざるを得なかった。処罰は取り消され、彼は一人生き残ることとなる。程なくして、彼はあの戦火の中で戦死した。彼が今も首から下げているのは、当時俺が持っていたドックタグだ。そこに刻まれた名前に、俺はあの頃の記憶を取り戻した。

  ルーカス・パースヴァル。

  かつて、彼が呼んでくれた。当時の俺の名前だった。

  「…少しずつ、分かりかけてきたことがある」

  彼から目を逸らしながら、俺は言葉を続けた。

  「自分が、果てしなく遠い過去からこの命を繋いできたことも…生前の自分が、今日に至るまであなた方を楔のように引き留め続けてしまったことも…ようやく、分かりかけてきた。なのに俺は、何度もあなた方の期待を裏切り、この命を落としてきた。何もかも全て忘れて、他人面をして…また、こうして巡り会って――」

  「…違うんだ、坊主!! それは、俺達が――」

  「俺はただ…誰かに愛されたかっただけだった」

  彼の言葉が、俺の一言でかき消される。

  目の前で輝く黄金色の瞳は、ただ、俺のことを見つめていた。

  「…ここにいたんだな、ルーカス」

  抱き寄せた彼の腕を、きつく俺は握り締めた。

  「ずっと…あなた達を探していた。それを、今になって気づかされる。家族も、友人もいなかった。だけど俺には、ずっと…自分だけの神様がいたんだと。今になって、それを思い出せたんだ。俺は…決して一人ではなかったんだと。なのに、俺は…」

  吐き出した息は、寂れるほどに痛々しかった。

  きっと、俺の心情を彼も察したのだろう。彼は俺の身体を静かに抱き寄せると、後ろからその腕を回してくれた。彼の温かなマズルが、俺の首筋に添えられる。

  ただ、心地よかった。

  この温もりも、この一時も。何もかもが、溶け出したように一つになっていくのを感じる。

  このまま、こうしていられたらいいのに。

  いつだって、最後の時は短い。

  「…なぁ、ルーカス」

  「…なんだ?」

  「…俺は、あとどれくらい生きられる?」

  俺の問いに、彼の身体が一瞬だけ強ばる。

  吸い込んだ息が、少し痛かった。

  「…あと、一年だ。それが…お前さんの寿命だ」

  静かなその声が、胸の奥に響き渡る。

  予想していた通りの、嘘偽り無い言葉だった。

  「…そっか。だから来てくれたんだな。俺を、向こう側へと導く為に…」

  俺を抱き寄せる腕が、きつく締め付けられる。

  彼の鼓動が、背中越しに伝わった。

  「お前さんは…いずれ、俺達と同じような神になる存在だ。それも…俺達副神とは違う、主神と呼ばれる神にな。何度も、俺達は向こう側で巡り会った。だが…お前さんは俺達を守る為に、何度も自分の魂を捧げてきた。…また、会えるからと。そう約束して、人間へと生まれ変わっていったんだ。…それを俺達は、止めることができなかった。何度も記憶を無くしてしまったのは、お前さんのせいじゃない。何度も転生させ続けた…俺達の責任だ。…俺達が、お前さんを守り通せていれば…こんなことにはならなかっただろう。…これは、俺達が負うべき落ち度だ」

  彼はそのマズルを、甘えるようの俺の頬へと重ね合わせた。

  後ろから抱き寄せる彼の身体が、少しずつその甘さを増していく。

  雄々しいその腕が、俺の身体を優しく包み込んでいた。

  「…すまん。もっと、違う方法でお前さんに伝えてあげたかったんだが…」

  「…いいんだ。これで…これで、いい。まだ、あと一年あるんだ。今からでも…まだ、先はある」

  自分の声が震えていたのを、自分でも気がついていた。

  それを、彼も悟ったのだろう。抱きしめる力が少しだけ増したのを、俺も感じた。

  彼の手が、ゆっくりと俺の内股をさする。

  大きな手の平が、俺の胸を揉んだ。そしてそのつかの間、内股をさすっていたもう片方の彼の手の平が、俺の股ぐらを柔らかく包み込む。

  温かな快感が、背筋を駆け抜けた。

  「っぁ…」

  優しく愛撫するようなその指先に、心が、その輪郭を無くす。

  後ろから抱き寄せる彼の身体が、甘く、胸を焦がすようにその腰をくねらせた。

  「ルーカス…」

  「…今の俺には、こんな方法でしか…お前さんを慰めることができん。それでも、お前さんが良かったら…」

  甘く痺れるようなその声に、胸が締め付けられる。

  ふと、彼は俺の手を握った。それもつかの間、彼は自分の股ぐらへと俺の手の平を押しつける。

  固い、確かな熱が脈動していた。

  その雄々しい昂ぶりに、喉が急に渇き始める。

  俺のモノをしごき上げるように、ゆっくりと、彼の手の平が上下に動いていった。

  「…俺に任せろ、坊主」

  耳元で、彼は優しく囁いた。

  「…大丈夫だ。お前さんは…何もしなくていい。俺が…お前さんを気持ちよくさせてやる」

  きっと、それ以上耐えることが出来なかったのだろう。

  俺達は吸い寄せられるように、互いの唇を重ね合わせた。

  [newpage]

  13

  後ろから抱きしめる身体が、ただ心地よかった。

  大きな手の平が、下腹部の中へと侵入していく。彼は愛おしむように、優しくそこを握り締めた。

  「ぁっ…」

  痺れるような快感が、脳髄を駆け抜けた。

  思わず、息が漏れ出る。そんな俺の反応を、彼は噛みしめているようだった。細めた黄金色の瞳が、甘く俺を見つめている。

  彼の手が、俺の手を彼の下腹部の中へと導いていった。蒸れた熱さの中で、クチュリと、冷たい粘液の感触が指先に触れる。

  熱く滾るような、彼自身だった。

  それが、甘い蜜で濡れている。熱く弾力のある肉質が、俺の手の平の中を押し返した。

  「…分かるか、坊主」

  眼帯をした黒い狼は、そう甘く囁いた。

  「俺のモノが…お前さんを欲しくて我慢できんでおる。いやらしく涎を垂らして…ここにたっぷりと溜まったザーメンを吐き出したくて、辛抱堪らんでおる。それが…お前さんにも分かるか…?」

  大きなその亀頭を包み込ませるように、彼は俺の手の平を押しつけた。

  ビクビクと、彼のモノが震えている。

  止めどなく溢れるその粘液で、自分の指先が汚れていくのを感じた。

  「…っぁ…ルー、カス…」

  「…そう煽るな、坊主。お前さんにそんな顔をされたら…俺も我慢できんくなるだろう?」

  息を荒げながら、彼はその瞳を細めた。

  左目の眼帯が、彼の雄々しさを引き立てる。彼の鼻先が、微かな匂いを辿るようにひくついた。そしてそのまま、そのマズルを俺の首元へと押しつける。

  小刻みに吸われるその鼻先に、彼が俺の匂いを嗅いでいるのを悟った。

  大きな舌が、べろりと俺の肌を舐め上げる。

  首筋に、濡れた快感が駆け抜けた。

  「…興奮しているな、坊主」

  いやらしく、彼は俺に笑いかけた。

  その含みを持たせた笑い方に、顔が真っ赤になる。

  「そ、それは…」

  「…隠さんでもいい。お前さんが発情しておることは…お前さんの匂いで痛い位に分かる。それに――」

  不意に、彼が俺のモノを上下にしごき上げ始める。

  リズミカルなその動きに、快感が上り詰めていくのを感じた。荒れた息が、甘い吐息へと溶けていく。

  「ぁ、ぁっ…はっ…ぁ――」

  「…俺も、お前さんのチンポを触って…はちきれんばかりに興奮しておる。ほら…俺の息子から甘いおツユが溢れているのが分かるだろう?」

  俺の服を脱がしながら、彼は俺をベットの上へと押し倒した。

  荒れた息で、慌ただしく彼は自分の服を脱ぎ去っていく。互いに下着姿になった途端、彼は俺の身体の上へと覆い被さってきた。そしてそのまま、互いの四肢を絡め合わせる。

  柔らかなその毛並みに、何もかもが溶け出してしまいそうだった。

  長く逆立ったその毛皮が、優しく俺を包み込む。固い筋肉の隆起が、手に取るように分かった。そしてその下腹部の奥で、滾るように甘い蜜を濡らすそれが俺の脚に押しつけられる。

  「…たまらない匂いだ」

  息を上気させながら、彼はその目を細めた。

  彼の手が、俺の下着を引きはがす。

  彼は俺の両脚を開かせると、限界まで勃起したそれを一気のその口の中へと頬張った。

  「る、ルーカス!! あ…あぁぁああああ!!」

  蕩けるようなその快感に、俺は身体を弓なりにさせて震えた。

  ざらついた彼の舌が、俺のモノを甘いキャンディーのように舐め上げていく。上下に動く狼の顔が、ただ、雄々しかった。ちらりと見れば、眼帯で隠していない黄金色の右目が、俺の表情を確かめるように見上げている。

  大きな彼の片手が、彼の下腹部へと伸びていく。

  俺のモノをしゃぶりながら、彼は自分の肉棒をしごき始めた。

  器用に自分の下着を脱ぎながら、彼は一心不乱に自分のモノをしごき上げる。そんな彼の痴態に、喉の奥が乾くような興奮が押し寄せた。彼の鈴口から溢れた我慢汁が、クチュクチュと音を立てて部屋の中へと響き渡る。

  根元から先端までを舐め上げるように、大きな分厚い舌が俺の鈴口を抉った。

  痺れるような快感に、俺は身体を震わせる。彼は俺の表情を見ながら、俺のモノから口を離した。

  手の甲で、自分のマズルを拭う。

  その雄々しくも渋い仕草に、心がときめいた。

  「…見てくれ、坊主…」

  荒れた息で、彼はそう俺に問いかけた。

  「そうだ…もっと見てくれ、坊主…俺の、チンポを…」

  彼の右手が、自分の肉棒を再びしごき上げ始めた。そのリズミカルな動きと、粘液が泡立つようなその音に、視線が釘付けになる。

  黒く淫水焼けした、上反りの巨根だった。

  完全に向けきった亀頭に、甘い露が溢れている。彼が上下にしごき上げれば、少しだけの皮がカリのくびれを優しく包み込んだ。彼のゴツゴツとした太い親指と人差し指に、白く泡立ち始めた我慢汁が絡みついている。

  鶏の卵のような双球が、ぶらぶらと彼の股間で揺れ動いていた。彼が自分のモノをしごき上げる動きに合わせ、大きなそれが重たげに揺れる。

  「…そうだ。もっと見てくれ、坊主。 もっと、俺のチンポを…ぁ…っぁ!!」

  天井を仰ぎながら、彼はその黄金色の瞳を切なげに細めた。

  彼の息が、だんだんと上り詰める。俺の身体の上で膝立ちになりながら、いやらしくその腰をくねらせた。俺のモノと彼の尻穴を重ね合わせるように、くねらせるその腰つきで円を描き始める。

  俺は彼の顔に釘付けになったまま、彼の胸へと手を伸ばした。

  柔らかな毛並みが、指先を通り抜ける。そしてその先にある突起に指先が触れた途端、彼の身体が震え上がった。

  「んぁあ!! っぁ…っ…」

  まるで、彼の身体に電撃が走ったようだった。

  パックリと開いた彼の鈴口から、ダラリと粘液か零れ落ちる。

  凝り固まった、透明のスライムのようだった。重く糸を垂らしながら落ちていくそれは、かなり粘度が高いのだろう。それが、俺の腹の上へと静かに落ちていく。

  ドクンと、俺の中で何かが弾けたような気がした。

  「坊主…」

  甘く、蕩けたような眼差しだった。

  それが、俺へと向けられる。

  彼は自分のモノをしごき上げていた指先にその粘液を絡め合わせると、おもむろに尻穴へとそれを馴染ませていった。一瞬だけ切なげに険しくなったその瞳に、彼の指先が自分の尻穴へと入っていったのを感じる。

  甘い息を漏らすように、彼のマズルが微かに開いた。

  白い牙が、いやらしく濡れている。だらしなく蕩けた舌先が、彼の快感を物語っていた。

  荒れた息のまま、彼は俺の身体の上へ跨がった。

  俺のモノが、柔らかなその入り口に触れる。

  「いいか? 坊主…」

  切なげなその眼差しが、俺に向けられる。

  俺は彼に頷いて見せると、彼は静かに腰を落としていった。

  「っぁ!! っ…っぁ――」

  「んんっ…がぁあああああ!!! っは!! っぁ…ぼ、ぼう…ず…」

  一気に、それは俺のモノを飲み込んでいった。

  柔らかな粘壁に、吸い付くような快感が包み込む。沢山の舌先が、いやらしくそこを締め付けているようだった。その温かくて柔らかい快感に、トクトクと彼が心拍している胸の高鳴りを直に感じる。

  彼のそそり立った肉棒が、はち切れそうに震えていた。

  ドクドクと、止めどなく透明な粘液があふれ出る。

  いやらしく糸を引きながら、それがゆっくりと滴り落ちていった。

  「…気持ちいいか、坊主…」

  息も絶え絶えに、彼はそう笑った。

  「お前さんのチンポが…俺の中でビクついておるぞ。俺のイイトコに当たって…ぁっ――」

  腰をくねらせながら、彼は甘い声を上げた。

  まるで、ゆっくりと俺のモノをその身体で確かめているように。ねっとりと、その腰を上下に動かす。

  緩急を付けるその腰つきに、俺はもう達してしまいそうだった。そんな俺を慰めるように、彼は優しく笑いかけて俺の唇を塞いでくれる。

  甘い、蕩けるようなキスだった。

  それが、俺の中を満たしてくれる。

  絡め合う舌先が、確かな愛を囁いていた。懐かしいその温もりに、心が、溶け出していく。

  迎える限界が、もうすぐそこまで来ていた。

  「…一発イッとくかぁ? 坊主…」

  腰の動きを早めながら、彼はそう俺の耳元で囁いた。

  「ルー、カス…」

  「ほら…お前さんがイク所を、俺にも見せてくれ。俺の中に…お前さんのザーメンをたっぷりぶっ放すんだ。…お前さんも、もう…俺に種付けしたいだろう?」

  いやらしく、彼はそう俺に笑いかけた。

  俺のモノが、急に締め付けられる。彼はベットのマットレスに片手をついて、身体を弓なりにさせるように腰を振り始めた。そしてもう片方の手を、自分のソレへと伸ばす。

  「はぁ…はぁ…っがあ!! がぁ!! あっ!!」

  一心不乱に、彼は自分のモノをしごき始めた。

  リズミカルに、その腰を振りながら。グチュグチュと、限界まで勃起した彼の肉棒が小刻みにしごき上げる。

  重そうな彼の双球が、たぷたぷとその柔らかな袋を揺らした。

  「る、ルーカス!! も、もう――」

  「ああ!! イケ!! 坊主!! お、俺も…がぁあああああああ!!」

  「あっ…んぁあ!! っぁ…ぁ…」

  緩急を付けて締め付けるその内壁に、俺はついに果ててしまった。それと同時に、急激な締め付けがそこを襲う。

  パンパンに腫れ上がった彼の亀頭から、白濁のそれが噴き上がった。

  何度も、何度も。しゃくりを上げるように。一心不乱に自分でしごき上げた彼の指先に、ゼリー質の滴が絡みつく。

  射精した彼の精液が、俺の身体の上で大きな水たまりを作った。甘くも生臭い彼の香りが、鼻先を燻る。

  「…沢山でたなぁ、坊主…」

  俺のモノをその内壁で締めつけながら、満足げに彼はそう笑いかけた。

  敏感になったそこに、電撃のような快感が襲う。

  息を荒げながら、彼は俺の身体の上へともたれかけた。

  「はぁ…はぁ…ルー、カス…」

  「…頼む、坊主。…今度は、俺のケツを…思いっきり掘ってくれんか?」

  切なげなその瞳を細めながら、彼はそう懇願した。

  「後ろから…気が狂うほど、俺を犯してくれ。お前さんのチンポを…思いっきりハメて欲しいんだ。頼む――」

  息も絶え絶えに、彼はその切なげな声を震わせる。

  俺は彼を押し倒すと、強引に彼のマズルの中に舌をねじ込んだ。

  ◇

  「っが!! んっぁ!! はぁっ…はぁっ…がぁああ!!」

  俺より二回り以上大きい巨体が、四つん這いになって快感に震えている。

  腰を突き出すように、その雄々しい太ももを彼はベットのマットレスへと押し広げた。腰を打ち付ける度に、彼の艶やかな声がその雄叫びを上げる。

  俺は一心不乱に、ただ目の前の尻穴へ腰を打ち続けた。

  何度も、何度も。彼の最奥にある、固くなったそこをめがけて。

  押しつぶすようにそこにねじ込めば、彼の声が切なげに歪んだ。小刻みに連続で突き立てれば、駆け抜ける快感に耐えるように、彼の内壁がキュウキュウに締め付けられる。

  濡れた粘液の音が、間髪入れずに鳴り響いた。

  重く垂れ下がった彼の双球が、俺の内股にぺちぺちとぶつかる。

  黒く染まった彼の柔らかな毛並みが、快感に歪むその筋肉の凹凸でしなやかに揺れた。

  「いい!! いいぞ、坊主…!! もっと、もっと俺を犯してくれ…!! お前さんの、お前さんのチンポが…がぁあああああ!!」

  眼帯越しに、彼の瞳が快感に歪んだのが分かった。

  その白い牙が、あふれ出した彼の唾液で濡れている。ただ目の前の快感に、彼は酔いしれているようだった。焦点が合わないその瞳に、切なげな何かを感じる。

  ふと目を向ければ、彼のモノがはち切れんばかりに勃起していた。

  それが、俺の動きに合わせてゆらゆらと動いている。パックリと開いた鈴口から、少し白みを帯びた粘液が滴り落ちていた。大きな水たまりを作るように、マットレスをいやらしく染めている。

  俺は腰を打ち付けながら、彼のモノを後ろから握り締めた。

  まるで、牛の乳房を揉みしごくように。その先に溜まったそれを、搾り取るように搾乳する。

  濡れた粘液で絡みついた彼のモノを、荒々しく俺はしごき上げた。

  「だ、駄目だ坊主!! ち、チンポが…俺のチンポが!! い、イク!! イッちまう!!! がぁぁああああ!!」

  びしゃびしゃと、白濁のソレがベットのマットレスの上に降り注いだ。

  壊れたホースのように、大量のそれが吐き出される。そのゼリー質の感触を確かめるように、四つん這いになった彼の尻穴へ腰を打ち付けながら、パンパンに張り詰めた彼の亀頭を手の平でこねくり回した。

  手の中で、今も萎えない彼の射精を直に感じる。

  火傷しそうなその粘液が、潤滑油となって彼の固く張ったカリ首を責め立てた。

  「がぁああ!! っが!! んがぁ!! っあ…っぁ…がぁああああ!!」

  雄々しいその顔をぐしゃぐしゃにしながら、ベットのマットレスへと押しつける。

  耐えがたい快感に、身体を支えることができなくなったのだろう。倒れ込むように彼はその腕を伸ばしながら、必死になってベットのフレームを握り締めていた。

  内壁が、収縮するように脈動する。

  再び、彼の限界が訪れ始めているのを悟った。

  「だ、ダメだ…ま、また――」

  弱々しいその声が聞こえた、その瞬間。俺の手の平の中で、再び熱いその粘液が噴き上がった。

  力強い彼の射精を、直に手の平の中で感じる。

  止めどなく噴き上がるその圧力に、肌の奥が溶けてしまいそうだった。

  「んあぁあ!! っぁ…」

  一気に、俺は自分のモノを彼から引き抜く。

  ドサリと、彼はベットに倒れ込んだ。そしてそんな彼を仰向けに転がすと、俺は彼の両脚を押し広げるように抱き寄せた。

  黄金色の瞳が、俺を求めるように揺れている。

  眼帯で隠したその左目を、そっと、俺は指先でなぞった。その愛おしそうな眼差しに、心が、震える。

  「坊主…」

  甘い、胸を焦がすような声だった。

  その声に、俺は彼のマズルへ自分の唇を重ね合わせる。

  舌を絡ませながら、俺は再び彼の中へと自分のモノを挿入した。

  くぐもったあえぎ声が、口内で聞こえる。

  彼の頬を撫でながら、俺は自分の腰をくねらせた。

  「一緒にイこう…ルーカス…」

  少しずつ腰の動きを早めながら、俺は目の前の狼にそう囁いた。

  「俺も、もう…」

  打ち付ける腰に、彼は再びその喉仏を震わせる。

  快感に耐えるように、彼は俺の背中へとしがみついた。俺を抱き寄せるように、その太い脚を俺の身体へ絡みつかせる。

  「ぼ…坊主!! く、来る…来ちまう!! お前さんのチンポで…だ、駄目だ!! メスイキ!! メスイキしちまう!! あぁああああ!! がぁっ!!」

  全身を硬直させるように、彼は痙攣した。

  ビクビクと、電撃が走ったように身体を震わせる。真っ黒に塗りつぶされた瞳が、焦点を合わせないまま何も無い天井を仰いでいた。パクパクと開いたマズルから、甘い涎が零れ落ちる。

  彼の内壁が、今までに無いほどに収縮した。

  その急激な締め付けに、俺もその時がもうすぐそこまでこみ上げようとしている。

  だらしなく垂れ下がった彼の重そうな双球が、急にせせり上がったのが分かった。

  「ル、ルーカス!! っぁ…うっ!! っ…ぁ!! っぁ…っが…」

  「ぁ…ぁ…っは!! …っは…っぁ…ぁ…」

  最奥へと、ねじ込んだ瞬間。

  俺は、彼の中で果てた。

  それを噛みしめるように、一瞬だけ彼の身体が痙攣する。ゆっくりと腰を抜き差しすれば、彼の眼差しが蕩けるように快感で染まった。ふと目を向ければ、彼のモノから白濁の粘液が滴り墜ちている。

  精液だ。

  黄色味を帯びた、くずきり餅のような精液の塊。それが、彼の雄々しい腹筋に上で、ゼリー質の大きな水たまりを作っている。何も触れずに溢れたそれに、彼が最後にもう一度果てたのを悟った。

  彼の白い牙が、微かに震えている。

  最後の一滴まで吐精する俺の滾りを噛みしめるように、彼はその内壁を締め付けた。

  「で、出てる…ぼ、坊主のが…俺の、中に…出て、る…」

  弱々しく、彼は俺の身体に抱きつこうとする。

  そんな目の前の狼を愛おしむように、俺はその大きな身体を力強く抱き寄せた。

  [newpage]

  14 ガルディア・ランドワーク

  車内は、どこかの誰かの匂いがした。

  それが、他人の心に入り込んだように、当たり前のようにそこにいる。広い助手席にもたれながら、ただ俺は窓の向こうに広がる夜空に目を向けた。

  ただ、そこにある。違和感と疑念を放ちながら、それでもさも我が物顔をして、ずかずかと他人の領域へと土足で踏み上がる。

  彼にとって、俺達はそんな存在なのだろうかと思った。

  「…浮かない顔だな。どうした? 相棒」

  運転をしながら、橙色の獅子が俺に声をかけた。

  琥珀色をしたその瞳が、ふと、淡いサングラス越しに向けられたのを感じた。

  「テス…」

  「お前がそんな顔してると、俺まで不安になっちまうだろ。それともなんだ? この車は気に入らなかったか?」

  大げさに身振り手振りをしながら、隣にいる獅子はそう俺に笑いかけた。

  「…盗難車だろ。そう威張るものでもない」

  「…再利用だ。仕方ないだろ? 今回マスターは車を持ってなかったんだ。脚があった方が何かと便利だ。この車も、神々に使われて本望ってもんさ」

  俺にそう笑いかける彼は、余程の自信があるのだろう。その豪快さと荒さらしさに、正直俺は甘えてしまっていた。

  もうすぐで、ドクターと彼がいるモーテルに着く。

  緊張しないと言えば、嘘だった。

  「…ガル」

  「…何だ?」

  「分かってると思うが…マスターの死を看取るのは、まだ1年後の話だ。今すぐあいつの死に直面する訳じゃない」

  説き伏せるようなその声に、思わず俺は彼の顔を見上げた。

  「この1年を乗り切れば、また向こうで皆と一緒に暮らせる。その目的を、お前も忘れるな。俺達は、マスターをこの世で生きながらえさえる為にここに来たんじゃない。ただ、迎えにきたんだ。…違うか?」

  そう説き伏せる彼の言葉を、俺は否定しなかった。

  ここに未練が無いと言えば、嘘になる。それに例え向こう側に行ったとしても、彼の安全が保証される訳でもない。その事実は、俺達が誰よりも良く知っていた。

  「…そう気負うなよ、ガル」

  どこか呆れたように、隣にいる獅子はそう言葉を続けた。

  「俺だって…毎回マスターを殺めるのは、正直しんどいさ。だが…いつだって俺は、あいつを生き返らせる為にこの手を汚してきた。…マスターだって、そう言って自ら死を受け入れてきたんだ。お前が今からその調子でどうする?」

  からかうようなその声に、俺はようやく自分の緊張を解くことができた。

  吐き出した息が、少し痛い。

  信号で止まっていた車が、静かに動き出した。その時だった。

  「…何だ?」

  テスの声が、急に険しくなったのを感じた。

  その声に、俺は視線をその方向へと向ける。空へと立ち上る、大きな黒煙だった。微かに、何かが焼け焦げ付いたような匂いが漂っている。

  確かに、あのモーテルがある方角だった。

  「おいおい…嘘だろ!?」

  焦ったように、テスが車のアクセルを踏み込む。嫌な予感がした。焦げ付いた煙の匂いの中に、微かにあいつらの匂いがする。

  曲がり角を抜けた先には、オレンジ色の炎が夜空を赤く染め上げていた。

  「ドクター!! どこだ、ドクター!! …マスターは!?」

  車を降りた俺達は、必死にあの二人の影を追った。

  煙の匂いで、鼻が効かない。ほんの数時間前までここにあったはずのモーテルは、全て炎の中に包み込まれていた。そしてその中心に、大型のトラクターが瓦礫の中で埋もれている。

  「…遅いじゃねぇかよ、テス。待ちくたびれたぞ?」

  呆れたような声が、瓦礫の奥から聞こえた。

  振り向けば、あの焦げ茶色の熊がそこに立っている。肩に斧を担いだまま、のしのしと俺達の方へと近づいてきた。

  「アイザック!! こいつは、一体――」

  「…ご主人なら無事だ。ルーが避難所まで先導している。あいつら…トラクターを俺達の部屋に突っ込んで来やがった。まさか、こんな方法で転生前の人間と物理的な接触を持とうとするなんてよ。…今まではなかったぞ」

  「…まずいな。これじゃ…」

  「あぁ。その内あいつら、手当たり次第にその辺の人間に乗り移って…ご主人に接触しようとするぞ。…俺達も例外じゃねぇ」

  俺の言葉に同意するように、アイザックはそう言葉を続けた。

  彼が斧を手にしていたその腕を、ふと、かざした瞬間。彼の斧が、微かな光を放ちながら消える。

  辺りに残ったあいつらの残り香に、俺は顔をしかめた。

  「こりゃ、マスターの所に合流するのが先だな。いくらオッサンでも、この状況じゃ危険だ」

  「…だな。俺はここの後片付けをしてから合流する。…少しだが、あいつらの瘴気も浴びちまった。このまま、ご主人の所には戻れねぇ」

  自分の手の平を見ながら、アイザックはそう言葉を続けた。

  揺らめく焔の光に照らされながらも、黒く渦巻く影が微かに見える。

  「…俺もここに残ろう。テスは先に彼の所へ行ってくれ」

  「…いいのか?」

  俺の方を見て、目の前の獅子はそう問いかけた。

  琥珀色のその瞳が、どこか切なげに揺れる。辺りの焔に照らされて、サングラス越しにその眼差しが透き通って見えた。

  「…あぁ。ここの浄化なら、アイザックと二人でやった方が早い。こいつが浴びてしまった瘴気も処理しなきゃだしな」

  アイザックへ目を向けながら、俺はそう言葉を続けた。

  「…それに、俺達の中じゃ…お前が一番強いだろう? 応援に行くなら、お前が適任だ。…すぐに俺達も合流する」

  俺の言葉に納得したのだろう。

  深いため息を吐き出すと、その瞳を一瞬だけ泳がせた。

  まだ、テスは彼と会っていない。

  無理も無い反応だと思った。

  「…分かったよ」

  肩をすくめながら、目の前の獅子はそう言葉を続けた。

  「…早く皆と一緒になって、マスターを可愛がってやんねぇとな。…さっきのお預けはその後だ」

  からかうように、テスはそう白い牙を見せて笑った。

  踵を返して、その場を立ち去ろうとした。その時だった。

  「ガル!!」

  その声に、俺はその場を振り向く。テスは俺に向けて、何かを投げ込んだ。それを受け取ったその時、俺は思わず目を見開いてしまう。

  「お前…」

  締盟の実だ。

  艶やかに、べっ甲色の果汁を閉じ込めた、鬼灯の形をした実。その艶やかな輝きに、一瞬だけ喉の奥が急激に渇きを覚える。

  「…こいつはお前が持っとけ。いざという時役に立つ。もしもの時は…お前がマスターと契約するんだ」

  「だ、だが…俺は――」

  「…ガル。俺とお前の過去は、まだマスターには知られていない。今一番チャンスがあるのはお前だ。お前の気持ちも分かるが…いつまでも逃げ続ける訳にはいかないだろう?」

  説き伏せるように、目の前の獅子はそう言葉を続けた。

  「…今は契約を急いだ方がいい。俺が先に、こいつを試しておく。…お前は俺達と合流したら、隙を見てマスターと接触しろ。…ムード作りなら任せておけ」

  そう言ってテスは、小さな小瓶を俺に見せた。

  濃い、べっ甲色の液体だ。それが、小さな小瓶の中でその水面を緩やかに揺らす。

  「じゃ、俺は先にマスター所へ行く。可能な限り、早く俺達と合流しろ。俺も…お前達のことが心配だ」

  「分かった。俺もこいつをどうにかしたら、お前達と合流する。…ガルのことなら任せておけ」

  テスの言葉に、アイザックはそう答える。テスは片手をひらひらさせながら、背中越しに俺達の言葉に応えた。車のエンジンの音が、彼がいるであろう場所へと遠ざかっていく。

  片手に握り締めたべっ甲色の果実が、冷たく肌を突き刺していた。

  「…大丈夫か?」

  アイザックの声に、俺は我に返る。

  揺らめくオレンジ色の焔の中で、大きな熊がこちらを見つめていた。

  「…あ、あぁ… すまない、こんな時に…」

  「…仕方ねぇよ。俺だって正直、まだ動揺している。…ご主人と契約するまで、俺達が不安定になっちまうのは…いわゆる条件反射みたいなもんだ。…いくら俺達が天上に生きる神々だったとしても、それを覆すことはできねぇよ」

  大きな手の平が、俺の背中に触れた。

  その温かさが、肌の奥に染みる。

  「…少し、休むか?」

  かしゃがれたその声が、俺の耳元を震わせた。

  下あごから突き出た白い牙が、柔らかな焔の揺らめきでオレンジ色に染まる。

  「…いや。さっさと仕事を終わらせよう。…お前の手当も必要だ」

  見上げた空は、燃えさかる焔で赤く染まっていた。藍色の夜空を、爛々と照らし上げている。

  今はただ、それをただの送り火と思っていたかった。

  [newpage]

  15

  穏やかな心音が、微かに聞こえた。

  長く逆立ったような、黒い毛並み。その身体の中心を包み込む白く柔かな毛並みが、彼の呼吸に合わせて微かに上下する。その温もりに包まれながら、俺はルーカスの身体に抱きしめられていた。

  酷く、懐かしい香りがする。

  甘く鼻先を燻るその香りに、彼の胸板に顔を埋めながら、心が落ち着いていくのを感じた。

  「…気持ちよかったぞ、坊主」

  甘くはにかむように、その黒い狼は笑った。

  大きな手の平が、優しく俺の頭を撫でる。

  小さな子供をあやすようなその手つきに、胸の奥が熱く焦がれた。

  「ルーカス…」

  「…何。お前さんとエッチぃことをするのは、これが最後では無い。お前さんが求めるときは、いつだって坊主に抱かれよう。…お前さんが俺を欲しがった時は、俺が坊主を抱いてやる。甘々に…指の先まで蕩ける程にな」

  甘く焦がれるようなその声で、彼はそう俺の耳元で囁いた。

  雄々しいその指先が、俺の身体をなぞる。

  痺れるようなその愛撫に、心がその輪郭を無くし始めていた。

  「それに、俺のテクニックもなかなかなもんだぞ? …お前さんが初めてでも、ちゃんと優しくしてやる。さっきだって、お前さんも気持ちよかっただろ?」

  からかうようなその声に、一気に俺の顔が赤く染まったのを感じた。黄金色をしたその瞳が、興味深めにこちらを見つめている。

  「そ、それは――」

  「がはははは!! そう恥ずかしそうな顔をするでない!! …お前さんも、初めて俺達とセックスしたんだ。アイザックも俺も、少なからずお前さんには魔力を提供したことになる。…お前さんが精力旺盛になるのは、別にそうおかしい話ではないぞ」

  俺の心情を察するように、彼はそう言葉を続けた。

  「それに…俺達もちゃんと、お前さんから供物を貰っている。契約前の俺達がここに顕界するには、お前さんから定期的に精力を貰う必要があるからな。…さっき、お前さんが俺の中にたっぷりと種付けしてくれたようにだ」

  一瞬だけいやらしい笑みを浮かべた後、彼はそっと、俺の頬をその指先で撫でた。

  「それで…俺はお前さんから人間性を、俺はお前さんに魔力を提供することができる。こうして手を繋ぐだけでもできるが…セックスに勝るもんはない。お前さんと俺達のザーメンには、たっぷりとお前さんの人間性と、俺達の魔力が含まれている。…俺達と契約したら、正式にパスも繋がる。…今以上に気持ちよくなるぞ、坊主」

  含みを持たせるようなその笑みに、俺は自分の胸が高鳴ったのを知った。

  黄金色の瞳が、優しく俺を見つめる。

  その眼差しが、ただ、愛おしかった。

  「人間性って…」

  「…簡単に言えば、俺達が人の形を保つ為に必要なものだ。向こうでは、俺達は動物の身体を依り代にして顕界している。だから俺達の見た目は、獣人のような姿をしておるだろう?」

  静かに、彼はそう説明した。

  「俺達副神は、何もしなくても魔力を生成できるが…人間性は、主神たる神から貰わなければならん。暫くはもつが、すぐに飢餓状態になる。対して、お前さんのような主神も…人の身体を保ってはいるが、己だけでは魔力を生成することができん。だから俺達は契約を結び、互いの完全性を補完し合うのだ。俺達はお前さんから人間性を、お前さんは俺達から魔力を貰う。…お前さんが向こうで主神たる神になった時は、それが必要不可欠になる。今はまだ実感がないだろうが…いずれ、お前さんにも分かる日が来るだろう」

  そこまで言葉を続けると、ルーカスは俺の頭を自分の胸元へと引き寄せた。

  優しく、抱き寄せるように。その甘く痺れるような渋さに、心が奪われる。

  「…ま、今はまだ…お前さんは何も考えんでいい。今日の今日だ。…お前さんも、正直しんどいだろう?」

  頭を撫でながら、彼はそう言葉を続けた。

  「…お前さんのことは、俺達が守る。さっきみたいに、俺達とエッチなことをやって…腰が砕けるまで愛し合ってな。とりあえずは、それでいいだろう? この先の不安や厄災は、俺達が必ず振り払ってみせるぞ。…な? 悪くない話だろう!?」

  黄金色の瞳が、豪快に笑った。

  その瞳に吸い寄せられるように、心が、寂しさに震える。

  胸が、焦がれそうだった。

  愛しさが、あふれ出る。

  「…やっと笑ってくれたな、坊主」

  目をほころばせながら、彼はそう笑いかけた。

  「ルーカス…」

  「やっぱり、お前さんの笑顔が…一番だ。お前さんの幸せそうな顔を見ると、愛おしくて堪らなくなる。お前さんとまた巡り会えて、本当に…良かったとな」

  切なげな瞳を震わせながら、彼は俺の頬に手を添えた。

  その寂しげな眼差しに、胸が締め付けられる。

  「…すまない、ルーカス…俺が、こんな調子だから…」

  「…何を言っとるんだ。お前さんのケアをするのも、副神の立派な役目だ。俺はお前さんの幸せを守ることに、誇りと生きがいを持っている。…お前さんはただ、それを素直に受け取って、ただ…笑ってくれればいい。それが、俺達副神に対する最大の誉れと褒美だ」

  そう言って彼は、愛おしむように微笑んだ。

  その笑みに俺はもう一度彼に笑いかける。

  目尻から零れ落ちた涙を、気のせいだと言い聞かせた。そんな俺のことを気遣うように、もう一度彼は俺を抱き寄せてくれる。

  甘い香りが、全身を包み込んだ。

  「…とりあえず、飯…だな。…坊主」

  俺の背中を抱き寄せながら、彼はそう言葉を続けた。

  「そろそろ、ガル達も戻ってくる頃だろう。さっきは邪魔が入ったが…今度こそお前さんに、旨い飯を作ってやる。とりあえず腹一杯飯を喰って、金玉が空になるまでお前さんとセックスして…そしてまた、笑うとしよう。俺達が、お前さんを必ず笑顔にしてみせる。ずっと…坊主と一緒だ」

  大きな手の平が、俺の頭を撫でた。

  優しく、小さな子供をあやすように。

  涙が、零れ落ちた。

  「…だから大丈夫だ、坊主」

  笑いながら、目の前の狼はそう言葉を続けた。

  「心配せんでも、俺達はずっと一緒だ。…お前さんのことを、誰よりも愛しているぞ。…坊主」

  [newpage]

  16 -神界:Orphan_Gods-

  淡い、朝焼けの映像だった。

  吹き抜ける冷たい風に、乾いた草の音が微かに聞こえる。高台のようなここから、辺り一面に広がる草原が見渡せた。目映い朝日に照らされて、海の水面がキラキラと反射している。その真っ赤に染まった光に、なぜか懐かしさを感じた。

  吸い込んだ息が、少し冷たい。

  侘しさとも、寂しさとも言える切なさが、心の縁を覆い隠す。不自然なほどに落ち着いた呼吸の中で、何かを受け入れるように、俺はもう一度息を吸い込んだ。

  『…エイベルか』

  振り向かないまま、俺は彼にそう言葉をかけた。

  微かに、草木を踏みしめる音が聞こえる。

  背後から感じるその気配に、俺はふと、自分の目を閉じた。

  『…遅かったじゃないか。もう…来てくれないのかと思っていた』

  振り向きながら、俺は笑う。

  目の前には、柿色に染まった獅子がいた。顔に傷跡を残し、橙色に染まったその鬣を雄々しく揺らす。

  その琥珀色をした瞳が、俺への涙で震えていた。

  『マスター…』

  『何て顔をしているんだ、エイベル。今更…そう悲しむようなことでもないだろう?』

  笑いながらかけた言葉は、自分でも味気ないと思った。

  目の前の獅子は、何も言わず、ただ静かにその首を横に振る。

  『俺は…あんたを殺したくて、神になった訳ではない』

  震えながら、目の前の獅子はそう言葉を続けた。

  『ただ…あんただけを守りたかっただけだった。なのに…どうして――』

  その言葉の続きを言わないままに、彼はその顔を俯かせた。

  大きな背中が、微かに震えている。

  その橙色の毛並みが赤い朝焼けの光に照らされて、キラキラと光輝いていた。

  『過程がどうであれ…私は、大勢の神を殺してしまった』

  目を細めながら、俺は彼にそう告げた。

  『何度生まれ変わろうとも…その神殺しの罪は消えない。きっと、この楽園はずっと続くのだろう。綺麗なまでに何もかもを忘れて、新しい命へと循環する。姿も形も名前も変えて、だからこそ私達は巡り会えたのだよ。奇妙なまでに懐かしい感覚に、どこか見慣れた親しみのある寂しさに、絶えず出会いを求めて探し彷徨っている。ただ…私達神々だけが、全てを憶えてしまっているということだけだ。だからこの場所でもう一度巡り会うことに、私達は固執した。待ち望んでしまった。だからバチが当たった。そのツケを支払えと…この世界は私達に通告しているだけなんだよ、エイベル。それを思い出させる為に、私達は何度も何度も同じループを経験している。だから人は、生まれ変わればその記憶を無くすんだ。また、同じ過ちを犯さないように。だけど私達達は…それができなかった』

  朝焼けの光が、一層にその輝きを増す。

  その目映い光に、残された時間が残り僅かだと知った。

  目の前の海は、ただ穏やかに、打ち寄せる波飛沫を朝焼け色に染める。

  あの冷たい海が、なぜか暖かく見えた。

  『…時間だ』

  ゆっくりと、俺は息を吐き出した。

  『これ以上は…私も彼等を抑えることができない。目覚めたら、ガル達に伝えてくれ。もう二度と…私を探さないでくれと。それが、私達が囚われているこの状況を終結させる…唯一の方法だ。だから私が死ぬのは、これが最期だ。エイベルも、私を殺すという役割から…やっとこれで解放される。…新たな主を見つけて、生きてくれと…そう伝えてくれ』

  その言葉を、エイベルは受け入れることができなかったのだろう。

  琥珀色の瞳から、大量の涙が零れ落ちたのはその時だった。その濡れた水面が、赤い日の光に照らされて輝き始める。

  『だ、だが…それじゃあ、あんたは救われないじゃないか!!』

  声を荒げて、目の前の獅子はそう叫んだ。

  『元々神だった人間は、生まれ変わってもまた…あいつらに狙われることになる!! あいつらに喰われるか、魔に墜ちるか…それしか選択肢はないんだぞ!? だから俺達神々は、主神たる神を守り続けてきた。もう一度この世界で、また…神となれるようにと…だから俺達は、あんたを命がけで守ってきたんだ!! 一度喰われた魂は、俺達神々が浄化しない以上…ずっと彷徨い続けることになるんだぞ…? 魔に墜ちてしまえば、理性も知性も失ったケダモノになってしまう!! 俺も…魔に墜ちてしまった経験があるから分かる。あれは…無限に続く闇の中で、ひたすらもがき続けているようだった。届かない叫び声をひたすら上げながら、ただ救いの手を伸ばしているだけだった!! これじゃ…これじゃ、まるで――』

  彼の言葉を、俺は目を閉じながら聞いていた。

  今までの過去が、頭の中で鮮明に蘇る。

  『…私は、神ではない。…人間だよ、エイベル』

  彼の瞳が、絶望に染まる。

  その眼差しから目を背けるように、俺は目の前の朝日へと目を向けた。

  『私がもう一度人間に生まれ変われば、君たちとの契約も切れるだろう。その状態で彼等に喰われれば…今回のように君たちまで道連れとなって、魔に墜ちてしまうということもない。今ここで、エイベルが私を浄化してくれれば…ガル達の命も助かる。あとは、私が今までの責任を果たすだけだ。君たちはこの世界に生きる神々として、私は一人の人間として、ただ…生きていけばいい。守る必要も、守られる必要もない。それが…私が主神たる神として、最期にしてあげられることだ』

  ゆっくりと、俺は彼に近づいた。

  まるで、自らの死を受け入れるように。

  吸い込んだ息が、少しだけ痛かった。

  『…マス、ター…』

  『何て顔をしているんだ、エイベル。折角の色男が台無しじゃないか』

  彼の鬣を撫でながら、私はそう彼に笑いかけた。

  『きっと…新しい主が見つかる。だからもう、悲しまなくていい。もう…己が主を失う悲しみは、決して味わせたりなどしない。君たちが“神のみなしご”となるのは、これが最後だ。…私がいなくなれば、皆…この苦しみから解放される』

  柔らかな毛並みが、指先をすり抜ける。

  何も言わないまま、俺は彼の唇を優しく塞いだ。

  甘い、最期の口づけだ。それが、微かな彼の嗚咽で震えている。

  それがただ、悲しくて仕方がなかった。

  『…愛している。エイベル』

  彼の身体を抱き寄せながら、俺はそう言葉を続けた。

  『ガルも、ルーも、アイザックも…皆、心から愛している。例え全てを忘れてしまったとしても…それだけは、この魂に刻みつけると誓おう。別の名前で、別の姿になったとしても…それだけは、決して忘れない。…そうだろう?』

  優しく、俺は彼に笑いかけた。

  まるで、最期の一瞬を噛みしめるように。

  目の前で、大粒の涙が零れ落ちた。

  『…ごめんな、駄目な主人で。結局私は、君たちを…幸せにすることができなかったね』

  『ち、違う!! お、俺達は…ただ、マスターのことが…!! ただ、あんたと一緒にいられて…本当に、俺は――』

  『…あぁ。私も、この命を終わらせる最後の瞬間を…エイベルに託すことができた。その幸せを、心から誇りに思うよ。…愛しい人の胸に抱かれて、最後の瞬間を迎えられるんだ。…これ以上の幸せは、ない』

  泣きじゃくる獅子をあやすように、俺は彼の頬へと手を添えた。

  熱く燃え上がるような命の鼓動が、その温もりと共に肌の奥へと染みこむ。

  『…大丈夫だ、エイベル』

  目を細めながら、俺はそう微笑んだ。

  『離れていても…ずっと、一緒だ。…そうだろう?』

  目の前の瞳が、噛みしめるようにその瞼をぎゅっと閉じる。

  零れ落ちた涙に紅い朝焼けの光を反射して、燃え上がる焔のようにその光を煌めかせていた。その神々しい光に、心が奪われる。

  少しだけの沈黙が、そこにはあったのだろう。

  彼が自分の大剣を振りかざしたのは、それから少し経ってからのことだった。

  [newpage]

  17

  「目が覚めたか、坊主。…少し、眠っておったぞ」

  優しいその声に、俺は少しずつ覚醒していくのを感じた。

  頭の中で、さっきまで見ていたはずの映像が面影となって消えていく。

  あんなにも鮮明に、憶えていたはずなのに。もう、思い出せない。

  「ルーカス…」

  「すまん、坊主。…起こしてしまったか?」

  バツが悪そうに、目の前の黒い狼はそう笑った。

  大きな手の平が、俺の頭を優しく撫でつける。

  「いや…すまない、ルーカス。俺も、知らない内に寝ていたようだ」

  「何を言うんだ、坊主。できることなら、今のうちに眠っていた方が良い。腹も満たされたんだ。今は俺の胸に抱かれて、ゆっくりと休んでくれ。お前さんだけのハニーが、お前さんの身体をどこまでも温めてやるぞ」

  眼帯越しに、彼はそう笑った。

  その笑みに釣られるように、俺は彼の身体を抱き寄せる。

  あれから俺達は、遅い夕飯を取った。

  沢山の野菜が入ったミネストローネと、カリカリに焼いたバゲット。予め、備蓄用の野菜類を買い溜めていたのだろう。手軽で栄養も取れるからと、そうルーカスは笑いながら料理していた。

  本当は、もっと旨いモノを作ってやりたかったと。

  落ち着いたら、お前さんが好きなモノを沢山作ってやるからと。

  そう、目の前の黒い狼は俺に約束してくれた。

  「…大丈夫だ、坊主。…ガル達なら、もう直に俺達と合流する」

  俺を抱き寄せながら、彼はそう言葉を続けた。

  「アイザックも、お前さんが心配する程ヤワな奴ではないぞ。今頃、テス達と合流している頃だろう。…お前さんと二人きりでイチャイチャできるのも、残念だが…あともう少しだ」

  からかうように笑うその声色に、俺もつい笑みを零していた。

  黄金色の瞳が、真っ直ぐに俺を捉えている。

  その優しさが、今はただ有り難かった。

  「やっぱ…わかるか?」

  「そりゃあ、お前さんとは長い付き合いになるからな。…俺が神じゃなくても、お前さんが考えていることはそれ位分かる。それに…俺達副神は、主神の心の痛みに敏感だ。だからお前さんを守ろうと…ただ、幸せにして上げたいと、そう…願ってしまうのだろう。お前さんの幸せや喜びは、ダイレクトに俺達の活力となって跳ね返る。お前さんが笑ってくれれば、それだけ俺達は力を振るって戦うことができる。…それが、俺達に与えられた最大の褒美と誉れだ」

  愛おしむように、彼はその瞳を細めた。

  「だからそう気にするでない。言っただろう? 俺達は、お前さんを――」

  そう、彼が言葉を続けた。その時だった。

  何かを察したように、彼はその言葉を途切れさせる。耳を澄ませるように、大きな三角の耳を微かに動かした。

  彼の瞳の色が、一瞬だけ変わる。

  何かあったのは、一目瞭然だった。

  「…ルーカス?」

  「…すまん、坊主。どうやら…招かれざる客が来たらしい」

  彼は起き上がると、俺の手を引いて壁際まで駆け寄った。

  腰を低くし、俺にもその場にしゃがむように合図する。俺は手探りのまま、靴と上着を羽織った。目を向ければ、彼は左目の眼帯を外している。右目の黄金色の瞳とは違う、淡い瑠璃色をした瞳が、柔らかくその眼孔を灯していた。

  「…囲まれたな。やっこさん達もそれなりに策を考えてきたらしい」

  低く唸るように、ルーカスはそう言葉を続けた。

  壁際から覗く彼は、その先を透視しているのだろう。淡く光るその瑠璃色の瞳が、その眼孔の鋭さを増したように感じた。

  「…坊主。一端、ここを出るぞ。…俺の側から離れるな」

  「あ、あぁ…だが――」

  「…そう不安そうな顔をするでない。お前さんだけのハニーが、お前さんを命がけで守ろうと言っておるんだ。…お前さんも、初めて俺のかっこいい姿を見るんだ。存分に惚れ直すチャンスだぞ?」

  優しく微笑みながら、彼は俺の頭を優しく撫でた。そしてその片手を、何もない場所へとかざす。

  一瞬だけの、白い光だった。その輝きと一緒に、彼の手に黒銀の中剣が現れる。

  逆三角形を合わせたような、幅のある剣だった。それが目の前で、アーチェリーのような大弓に変形する。

  「いくぞ」

  そのかけ声と共に、彼は目の前の扉を開けた。その大きな背中に釣られるように、俺も彼に続いて走り出す。

  何も駐まっていない無人の立体駐車場で、黒い人影が辺りを取り囲んでいた。その中から活路を見いだすように、ルーカスは素早く弓を引いていく。

  的確に、静かに、彼はその人影達を射貫いていった。塵のように消えていくその黒い影が、微かな光を放ちながら消える。

  壁際から突然それが現れたのは、その時だった。ルーカスを目がけて、長いその腕が振りかざす。

  「ルーカス!!」

  すれすれの所で、彼はその腕をかわした。そしてつかの間、床の上を滑り込みながら目の前のそれに矢を放つ。

  彼の弓が、再び剣へと変形したのはその時だった。それもつかの間、彼の背後にいた数体のそれを一気になぎ払う。

  それらが塵のように消えたのは、ほぼ同時のことだった。彼は立ち上がりながら、今手にしているその剣を片手で回すように弓へと変形させる。

  「行こう、坊主。すぐに次の奴らがやってくる」

  彼の大きな手の平が、俺の手を掴んだ。そしてそのまま、目の前の出口目がけて走り出す。

  飛びかかる彼等を、彼は次々と射貫いていった。その正確さと静かさに、不可思議な程の安心を憶え始めてしまっている。

  もうすぐで、出口にたどり着く。その時だった。俺と彼の間を目がけ、床の上からそれが姿を出す。

  「危ない!!」

  すれすれの所で、俺は彼の身体を突き飛ばした。それもつかの間、長いその腕が俺の頬をかする。

  それを中心に、俺達は全く別の方向へと倒れこんだ。鈍い痛みが、体中を駆け抜ける。

  「…くそ!! 坊主!! よけろ!!」

  その叫び声に、俺は思わず顔を上げた。そして目の前に映る光景に、俺は目を見開く。

  黒いその人影が、しっかりと俺を見据えていた。まるで、獲物を見定めるように。大きな口が、目の前で開く。

  もう、終わったと。そう思った。

  その時だった。

  「アァァァァァァァ…ッァ…」

  一瞬だけ感じた。確かな衝撃だった。

  その風を切るような感触の中で、微かなうめき声が消えていくのを感じる。

  思わず身を守ろうとしてかざした両腕で、よく前が見えなかった。

  微かに、柿色をした何かが見える。そのどこか見覚えのある姿に、さっきまで恐怖で固まっていた身体が動き出した。

  「…よ、マスター。…助けに来たぜ」

  大きな、橙色の獅子だった。その大きな背中が、俺に微笑みかける。

  サングラス越しに、琥珀色をした瞳が見えた。その瞳の色に、さっき夢でみた映像が鮮明に蘇る。

  「…危なかったな、マスター。…怪我はないかい?」

  彼はそう言葉を続けながら、手にしている大剣をその肩に担いだ。そしてもう片手を、俺の方へと差し出す。

  琥珀色の瞳が、優しくその水面を揺らす。

  その甘くも渋い笑い方に、一瞬だけ目を奪われそうになる自分がいた。

  [newpage]

  18

  「…テス!!」

  「すまん、ルーカス。ちょいと遅くなっちまった」

  ルーカスの声に応えるように、彼はそう肩をすくませながら謝罪した。

  肩に担いだ大剣が、蛍光灯の光に反射して輝いている。その大剣で、ここにいた彼等を全てなぎ払ったのだろう。長方形のように幅のあるその刀身に、びっしりとマントラのような模様が刻まれていた。

  見上げれば、雄々しさと豪快さをそのまま体現した風貌だった。顔にかぎ爪で付けられたような傷跡を残しながら、焦げ茶色のその鬣を優雅に揺らす。

  その獅子の出で立ちに、俺は言葉を失っていた。

  「…立てるか、マスター」

  その問いに、やっと俺は我に返る。

  差し出された大きな手の平に、俺はそっと手を握り返した。焔のような熱い熱が、一瞬で指先の奥まで染み渡らせる。

  「エイベルだ」

  サングラス越しに、彼はそう笑いかけた。

  「エイベル・テスティファイ。こいつらは俺のことを、テスと呼んでいる。久々でも、初めましてでもねぇが…とりあえず、こうしてまた会えたのは嬉しいってもんだ。…よろしくな、マスター」

  かしゃがれた、戦士のような声色だった。

  それが、彼の大きな喉仏を震わせる。

  橙色の毛並みに映える焦げ茶色の鬣が、優雅にその毛並みをなびかせた。

  「で、状況は――」

  「見ての通りだ。お前さんが来てくれたおかげで、あいつらも今距離を取っている。が…」

  「それも時間の問題、って訳か」

  「…あぁ。あともう少しで、あいつらも攻め込んでくる算段だろう。…ここに留まるのは得策ではないな」

  そうルーカスは言葉を続けると、俺達を先導するように手招きをした。

  恐らく、この立体駐車場の屋上を目指しているのだろう。上へと昇り始めたその足並みをそろえるように、俺は歩き出した。

  二人の間に挟まれながら、目の前の大きな背中へと目を向ける。

  藍色の光に染まった柿色の衣装が、夜風になびいた。

  「さっきは…」

  「…あぁ。気にしないでくれ。あんたを守るのが、俺達の勤めだ。…当然のことをしたまでさ」

  雄々しいその声を響かせながら、彼はそう俺に笑いかけた。

  その声色に、なぜか安心し始めている自分がいる。

  「ま、契約するにも色々と準備が必要だ」

  サングラス越しに、目の前の獅子はそう言葉を続けた。

  「急ぐことに超したことはないが、今はマスターの安全を確保することが先決だ。…色々積もる話もあるしな」

  指先を目元に近づけ、俺の方へとハンドサインを送る。その渋くも甘い仕草に、なぜか心が落ち着いた。

  しんとした立体駐車場に、俺達の足音だけが響き渡る。

  その静けさだけが、今は有り難かった。

  「すまない、エイベル…その…」

  「おいおい…そう固くなるなよ、マスター」

  俺の肩へと腕を回しながら、彼はそう声を明るくさせた。

  暖炉のように温かな彼の体温が、俺の身体を包み込む。

  胸が、高鳴った。

  「こう見えても、俺もルーカス達と同じ副神だ。今は難しいだろうが…頼りにしてくれ。あんたの幸せは、俺達の原動力になる。…俺も、マスターの笑顔を守る為なら…いつでもこの命を差し出そう。それはこいつらも同じはずだ」

  豪快に笑いながら、彼はそうルーカスに目配せした。

  微かに、甘い香りがする。

  そのお香のような芳ばしい香りに、胸の奥がほろ苦く揺らめいた。

  「だからもう…そんな顔はするな、マスター」

  困ったように、目の前の獅子はそう笑いかけた。

  「…大丈夫だ。ちゃんと、俺達がついている。…な?」

  サングラス越しに、琥珀色の瞳が柔らかく零れ落ちる。

  片目を覆うそのかぎ爪のような傷跡に、なぜか俺は心を高鳴らせている自分がいた。

  [newpage]

  19

  暫くして、俺達は立体駐車場の屋上へとたどり着いた。

  藍色の光が、その空を包んでいる。冷たい夜風が、髪をなびかせた。そのしなやかな感覚に、胸の中が洗われていくのを感じる。

  「…なるほどな。確かに、ここからならよく見える」

  辺りを見渡しながら、エイベルはそう言葉を続けた。

  街頭の光が、微かに煌めいて見える。

  この街のどこかに、ガルディアとアイザックがいるのを感じた。

  「で、これからどうする? 車なら取ってこれるが――」

  「…いや。移動中にあいつらが接触してきたら敵わん。ここは徒歩で移動した方が安全だろう。…坊主の匂いも濃くなってきたしな」

  エイベルの問いに答えながら、ルーカスはその片手を掲げた。

  白い光を放ちながら、大弓が現れる。彼はそのまま、上空に目がけて一本の矢を放った。

  黒雲が、一気に渦巻いていくのが見える。

  一瞬にして、辺りに大雨が降り注いだ。

  「俺が囮になろう」

  大粒の雨の中、黒い狼はそう言葉を続けた。

  「この雨は、あいつらの動きを鈍らせる。低級の奴らなら一瞬で浄化されるだろう。…それに、これで坊主の匂いも洗い流せる」

  「…なるほどな。これでマスターの足取りは隠せるし、マスターがまだここにいると思わせさえすれば…あいつらは一目散にオッサンに飛びつくだろう。…これで時間が稼げる」

  二人のやり取りに、俺は一瞬だけ焦った。

  言っている内容が、理解できない。

  「だ、だが…それだとルーカスが!!」

  「…大丈夫だ、坊主。あの程度が軍隊でやって来たとして、俺が困るような敵ではない。それに、ここなら俺の方に地の有利がある。…お前さんが心配するようなことではない」

  「で、でも――」

  「…マスター。ここはオッサンの言う通りだ。あんたも気がかりだろうが…アイザックもガルディアも無事だ。ここに来る前、俺も二人と合流している。ルーカスの雨は、広範囲かつ継続的にあいつらを浄化する。…ここにたどり着けたとしても、虫の息だろう。…あんたが思っているような事態にはならないさ」

  ルーカスの言葉を補足するように、エイベルはそう俺に説明した。

  俺の反応を見て、ルーカスが俺に近づく。

  目を向ければ、眼帯越しに彼は困ったように笑いかけた。

  「…坊主。しばしの別れだが…状況が落ち着けば、すぐにまた会える。その時は、今度は5人全員で…旨い飯でも食べよう。…お前さんの好物を沢山作ってな」

  「ルーカス…」

  「何、これが一生の別れと言うわけではないんだ。お前さんと契約する時は、俺も…お前さんと甘い一夜を過ごして、愛し合いたい。しばらくのお預けだが、待っていてくれ…坊主。必ず、迎えに行くと約束しよう」

  黄金色の瞳が、優しく揺れる。

  そんな彼の眼差しに、俺は思わず彼の身体に抱きついた。そしてそれを受け止めるように、大きな手の平が俺の背中を抱き寄せる。

  柔らかな、確かな熱を感じた。

  それが、冷たい雨の中でしっとりと濡れている。

  ただ今は、ずっとこうしていたかった。

  「…愛しているぞ、坊主」

  甘くはにかむように、彼は笑った。

  「…大丈夫だ。テスは俺達の中で一番強い。直にガルとドクターも合流するだろう。…今しばらくの辛抱だ」

  大きな手の平が、雨の中で俺の頭を撫でる。

  おもむろに、彼は自分の首の後ろへと両手を伸ばした。そして首に下げていたドックダグを、俺の首へと付ける。

  「…お守りだ」

  笑いながら、目の前の狼はそう言葉を続けた。

  「元々はお前さんのものだったが…次に会うその時まで、お前さんに預けておくとしよう。…俺と契約する時にでもいい。こいつは、それまでお前さんが預かっていてくれ」

  「…ルー、カス…」

  「そんな顔をするな、坊主。別れがちと寂しくなってしまうだろう!? …安心しろ、坊主。…俺は、いつもお前さんと一緒だ」

  その言葉を最後に、彼は俺の唇を優しく塞ぐ。

  甘い、蕩けるような口づけだった。それが、柔らかな雨に打たれながら絡まっていく。

  俺は目を閉じて、懸命にその舌先へと絡ませた。

  熱い何かが、胸の中を満たしていくのを感じる。

  沸き起こるその雄々しい熱に、心が、ほどけていくのを感じた。

  「…感じるか? 坊主…」

  唇を離しながら、彼はそう言葉を続けた。

  「少しだが…俺の魔力をお前さんに渡しておいた。…心細くなった時は、俺の姿を思い返せ。お前さんの中にいる俺の魔力が、お前さんを勇気づけてくれるだろう。…これで、あいつらに対する抵抗力も増す。今の俺には、お前さんにできることはこれ位しかないが…」

  そこまで言った所で、俺はもう一度目の前の狼へと抱きついた。

  零れ落ちる何かが、冷たい雨の中に溶け出していく。

  こんな小さな嗚咽を、今はただ聞いて欲しくはなかった。

  「…テス。坊主を頼むぞ」

  「…あぁ。任せろ。オッサンも気をつけてな」

  柔らかな雨が、辺りを包み込む。

  首元を揺らす銀色のドックタグが、微かに彼の体温を帯びていた。

  [newpage]

  20

  雨が、ただ降り続いていた。

  視界を曇らせる程の、激しい豪雨だ。なのにどこか、冷たさを感じなかった。

  雨に濡れ重くなった衣服が、残された僅かな体力を削る。

  この雨も、彼が降らせたからなのだろう。どこか神聖を帯びた滴は、何もかもを禊ぎ落としてくれるような柔らかさを孕んでいた。

  「…随分濡れちまったな。…大丈夫か、マスター」

  俺の方を振り向きながら、橙色の獅子はそう声をかける。

  見れば、不思議と彼の身体は濡れていなかった。雨の滴さえ、彼の身体には届いていないようだ。

  大きな手の平が、俺の方へと差し出される。

  雄々しくもゴツゴツとした指先に、柔らかな肉球が丸みを帯びていた。

  「あ、あぁ…なんとか…」

  「…くそ。俺と契約していれば、こんなびしょ濡れになることもなかったんだが…もうすぐで次のポイントにたどり着く。…それまで、もう少し我慢してくれ」

  俺の身体を抱きかかえるように、彼はその腕を俺の背中へと回した。

  その瞬間。柔らかな焔が、周囲を淡く包み込む。

  俺達を取り囲むように、淡い球体のような壁が辺りを包み込んだ。

  「これは――」

  「…俺の神技だ。マスターとは契約前だが…短時間はこいつであんたを守ることができる。これで、マスターの足取りも消せるだろう。…このままだと風邪も引くしな」

  サングラス越しに、彼はそう笑った。

  淡いオレンジ色の光が、微かに見える。その焔の揺らめきに、心までが温かくほぐれていくのを感じた。

  「温かい…」

  「…あぁ。俺は焔を、オッサンは水を操る。こうやって浄化の雨を降らせることもできるし、毒の霧や具現化した水を操ることもできる。ドクターは風だ。かまいたちのような刃から嵐のような壁まで、気候さえも操ることができる。これが…俺達副神に与えられた力だ」

  彼はその大きな手の平を、目の前に掲げた。

  その手の平の中で、赤い焔の球体がゆらゆらと揺らめく。

  周囲を明るく照らすその温もりに、悴んだ身体が温まっていくのを感じた。

  「凄い…」

  「…ま、俺達も一応神だからな。これ位の力はあるさ。それに…マスターと正式に契約できれば、使用できる神技も今のように限定されることもない。…とは言っても、マスターの力には及ばねぇけどな。ガルは地力を操れるから、ここ一帯に地震を起こすことも、重力を操作して周囲に斥力を産むことだって可能だ。…あんな雑魚に手を焼くようなタマじゃねぇさ」

  俺を励ますように、彼は俺の背中を叩いた。

  その心地良い衝撃が、身体の芯まで響いていく。

  やっぱりだ。

  さっきから、俺の本音は全て見透かされている。

  「…なぁ、エイベル」

  「ん?」

  「…副神になれば、人の心も…読めたりするのか?」

  俺の問いに、目の前の獅子は呆れたようにその頭を掻く。

  微かに漏れ出たため息が、一瞬の沈黙を埋め合わせた。

  「…ある程度はな。ルーカスからも説明があったとは思うが…俺達副神は、主神たる己が主の心痛みに敏感だ。逆に、主の幸福感や高揚感は…ダイレクトに俺達副神の原動力となる。…マスターが一体何を考えているのかは分からないが、マスターが今どんな感情を抱いているのかは…痛い位に分かる。あとは推察と考察の域だ。周囲を取り巻く状況、感情の起伏を産むに至った経緯ときっかけ…それだけの事象が確認できれば、誰でも人の心は読めるだろう。…例え俺達が、神じゃなくてもな」

  サングラス越しに、彼はそう笑いかけた。

  琥珀色の瞳が、柔らかく俺を見つめ返しているのを感じる。

  嘘偽りない。真っ直ぐな瞳だった。

  「…気になるか?」

  「そ、それは――」

  「…ま、こればっかしは…慣れろと言っても無理だろうしな。あんたは憶えていないだろうが、一応俺達もあんたとはそれなりに長い付き合いだ。…例え名前や性別が変わろうとも、あんたが考えそうなこと位…簡単に想像がつくさ」

  歩きながら、彼はそう言葉を続けた。

  淡いオレンジ色の焔の光が、柔らかく、彼のサングラスを照らす。

  揺らめくその光に照らし出されて見えた彼の眼差しは、ただ、優しかった。

  「…自分の身よりも、俺達の安全を案じる。ここまでの神力の高さを誇りながら、何度も俺達を守る為にその身を堕としてきた。あんたは…俺達にとって、たった一人の神様のような存在だった。こんな寂れた孤独を、やり場のないこのやるせなさを、全部…あんたは受け入れてくれた。認めてくれた。愛してくれた。…だから俺達は、あんたに惚れちまったんだ。あんたがその命を落としてまで俺達を守ってくれたように…俺達も、あんたの幸せを守ってみせると誓った。何度生まれ変わったとしても、それは同じだ。…何度でも、あんたを助け出してみせる」

  渋いその声が、彼の喉仏を甘く鳴り響かせる。

  大きな手の平が、目の前に差し出されたのはその時だった。雄々しいその指先が、何かを求めるように俺に差し出される。

  思わず、俺は彼の顔を見上げた。

  淡いサングラス越しに、琥珀色をした彼の瞳がこちらを見つめ返す。

  「…だから大丈夫だ、マスター」

  優しく笑いかけるように、彼はそう言葉を続けた。

  「神様って柄じゃないが…腕っ節なら自信がある。…もちろん、夜の方もな。必ずあんたも満足すると、自信をもって保証する。…ここは一つ、面倒見のいい兄貴分ができたと思ってくれ。とは言っても…マスターの命令には絶対だがな」

  そう言って、冗談を含ませるように彼は笑った。

  その笑い声に、思わず俺も笑みを零す。

  彼の瞳が、少しだけ切なげにその水面を揺らした。

  「…やっぱりだ。あんたは笑顔が一番よく似合う」

  俺の頬へ触れながら、彼はその瞳を細めた。

  「エイベル…」

  「…良かった。やっぱり、俺が知っているマスターでよ。…また会えて嬉しいぜ、マスター」

  豪快に、雄々しいその腕が俺の肩を抱き寄せる。

  降り注ぐ雨の音が、そんな俺達を包み込むように鳴り響いていた。

  [newpage]

  21

  「やっと着いたな…とりあえず、マスターはシャワーを浴びてくれ。…このままだと風邪引くだろ?」

  たどり着いたホテルの一室で、エイベルはそう俺に声をかけた。

  グッショリと濡れた衣服が、肌に張り付いている。

  エイベルから離れた瞬間、一気に体温が奪われていくのを感じた。

  「だが、エイベルは――」

  「…俺は念のため、ここの安全を確認する。一応、新しい着替えも用意しておいた。確認が終わり次第、俺もすぐそっちに行く。…ゆっくり暖まってこい」

  豪快に胸を膨らませながら、彼はそう俺に目配せした。

  雄々しい鬣が、しなやかに揺れる。

  俺と違って全く濡れていない彼の身体は、暖炉の光のように柔らかな温かさを放っていた。

  「…安心しろ。何かあったらすぐ駆けつける」

  困ったように、彼はそう肩をすくめた。その雄々しい指先が、ふと、彼がかけているサングラスを外す。

  初めて見る。彼の裸眼だった。それが、今目の前で露わとなる。

  甘くも、渋い。野性的な瞳だった。

  「…今日は色々あったんだ。少しは一人になる時間も必要だろ? …ゆっくり羽伸ばしてこい」

  サングラスを外したまま、彼はそう言葉を続けた。

  「…少しの辛抱だ。俺もここを調べたら、すぐにあんたの所に来る。…そしたら、一緒にシャワーを浴びて…二人でゆっくり暖まろう。俺とあんたの昔話は、それからでも遅くないだろう?」

  「だが…」

  「…大丈夫だ。あんたが今何を考えているか位、俺も分かっている。…あんたを一人にはさせないさ」

  大きな手の平が、濡れた俺の頬を包み込む。

  見上げたそこには、琥珀色の瞳が柔らかにその光を解き放っていた。片目を覆うように刻まれたかぎ爪の傷跡が、その雄々しさと荒々しさを醸し出している。

  暖炉のように、温かな光だった。

  それが、冷え切った俺の皮膚へと染みこんでいく。

  急に、目頭が熱くなった。

  「…わかった。すまない、エイベル…」

  「…いいんだ。マスターも…今は怖くて仕方ないはずだ。…俺で良かったら、いつだってあんたの不安はぬぐい去ってやる。…気にすんな」

  優しく、彼は微笑む。

  大きな手の平が、俺の頭をわしゃわしゃとなで回した。濡れた髪が、彼の指先をすり抜ける。

  「…いい子だ」

  思わず笑みを零した俺を見て、彼はそう笑いかけた。

  その雄々しさに、一瞬だけ時が止まる。

  「…ほら、突っ立ってないでさっさとシャワー浴びてこい」

  白い牙を見せながら、豪快に彼はそう笑って声を続けた。

  「…大丈夫だ。俺がついている。…な?」

  きっと、その笑顔に全ての不安はかき消されていたのだろう。

  俺は無言のまま頷くと、彼の胸板へと甘えるように抱きついた。

  ◇

  熱い飛沫が、頭上から降り注いだ。

  エイベルが用意したホテルは、かなり高級なものなのだろう。ガラス張りの浴室と、大人3人は入っても余裕なその広さに、一瞬だけ俺は目を見開いた。

  聞けば、自宅の次に厳重に安全を敷いた部屋が、このホテルの一室だったらしい。

  今までの避難所は、現状を分析する為に必要なデコイだったと。そうあの獅子は俺に説明した。

  副神がそれぞれ一人ずつ、主人である俺と接触する。

  そこで俺の拒否反応がないかを確認し、危険因子があればその場で対処し、次の副神へと交代する。

  その中で彼等の内誰か一人でも契約を結ぶに至れば、状況は終了していたのだと。ここまでに来る道すがら、彼は俺に説明してくれた。

  首元で、ルーカスのドックタグが微かに揺れる。

  指先でその金属の感触を確かめながら、俺は静かに目を閉じた。

  「俺は…」

  ある日突然、人ではない何かに襲われた。

  そして、人ではない獣の姿をした神様に、何度も救われた。

  これは、寂しい?

  寂しいのか? 俺は。

  何度も身体を重ね、手を伸ばし求めたとしても。走馬燈のように蘇るあの頃の過去へは、もう戻れない。

  だとしたら。

  俺は、一体誰だ?

  「…よ。待たせたな、マスター」

  ガラス張りの向こう側で、脱衣所にいる獅子がそう俺に声をかけた。

  シャワーの中で目を向ければ、柿色の衣装を脱ぎ去った彼の姿が微かに見える。

  焦げ茶色の鬣と同じ雄々しい胸毛が、その厚い胸板に生い茂っているのが見えた。

  「エイベル…」

  「…そう固くなりなさんな。…邪魔するぜ」

  笑いながら、彼はそう浴室の扉を開けた。

  俺と向き合うように、彼の身体が俺の方へと近づく。短く切りそろえた毛並みに、雄々しい鬣。その色と同じ胸毛が、固い筋肉の凹凸を映えさせるように生い茂っていた。逆三角形のように隆起した上半身に、くびれのある引き締まった腹筋。そしてその下へと続いていくように、雄々しい茂みが下腹部へと続いている。

  重く質量のあるそれが、ゆらゆらと揺れていた。

  皮は全て剥けきっていて、大きな亀頭のくびれがハッキリと分かる。浅いくぼみのように開いた鈴口に、エラの張ったかり首。焦げ茶色の剛毛がシャワーの飛沫に濡れて、彼の男根へとその毛並みを絡ませていた。長く質量のあるその後ろで、ズッシリと重そうな双球がゆらゆらと揺れる。

  「…大丈夫か?」

  低く唸るような、甘い声だった。

  それが、浴室の中で響き渡る。

  彼の指先が、愛おしむように俺の顎先に触れた。

  「…分からない。どう、説明すればいいのか…」

  「…そっか。目眩や立ちくらみは?」

  「それは…ない。ただ…」

  胸の奥が、ぽっかりと空いたように、痛い。

  寂しさとも切なさとも言えない喪失感が、なぜか胸を締め付ける。

  「…なるほどな。大体の状況は分かった」

  そう言って、目の前の獅子はその手を俺に伸ばした。

  抱き寄せるように、俺の腰を引き寄せる。

  直接肌と肌とが触れあう感触に、胸が高鳴った。

  「え、エイベル――」

  「…来いよ、マスター。…折角二人きりになれたんだ。少しは…俺にも甘えてくれ」

  琥珀色の瞳が、柔らかく俺の目を射貫く。

  ただ、無意識だった。何も考えないまま、俺は彼の胸板へと顔を埋める。

  熱いシャワーの飛沫の中。

  そっと、彼は俺の身体を抱きしめてくれた。

  雄々しい両腕が、きつく背中を抱きしめる。固い彼の胸板が、ただ心地よかった。濡れた鬣と、胸板に生い茂る雄々しい胸毛に、互いの身体が絡まり合うのを感じる。

  「…落ち着いたか?」

  甘く、彼はそう俺に囁いた。

  大きな手の平が、俺の背中を優しくさする。

  俺は彼の胸板に顔を埋めたまま、静かに首を頷かせた。

  「…俺達副神は、かつて主人だったマスターと…再び契約することを切望している。契約もパスも繋がっていないこの状況は、感情的にも肉体的にも不安定な状態だ。…自分の中の何かが無くなってしまったような、そんな耐えがたい喪失感と孤独が心を蝕む。その切なさを埋め合わせる為には、発情した獣のように…互いに色や肌を求めるしか方法はない。…今のマスターと同じようにな」

  大きな手の平が、そっと俺の頭を撫でつけた。

  その優しい温もりに、俺は顔を上げる。

  目の前の琥珀色をした瞳は、どこか寂しそうにその水面を揺らしていた。

  「じゃあ…エイベル達も…」

  「…あぁ。ドクターもオッサンも、結構半殺し状態のまま、据え膳堪らん想いを噛みしめていたさ。…あんたを襲わないよう、必死に自分の中の獣を押し殺してな。…あんたも、無意識に俺達を求めてしまっているんだろう。少しずつだが…生まれ変わる前の記憶も段々と思い出してきたはずだ。身体や脳が記憶していなくても、俺達との絆は…その魂が記憶している。肉体と魂が互いに分離してしまった状態が、今マスターが感じる違和感や戸惑いの原因だ。…もちろん、今日起きた激動の展開に、心が順応できていないのもあるだろうがな。人が感じる感情としては、至極当然は反応だ。…そう不安になる必要はねぇよ」

  安心させるように、彼はそう俺に説明した。

  穏やかに微笑むその顔が、優しく俺の瞳を見つめる。

  少しだけの沈黙が、そこにはあっただろう。

  俺達は見つめ合いながら、微かに彼のマズルへと唇を近づけた。互いの反応を見るように、一瞬だけその動きが止まる。

  綺麗な、琥珀色の瞳だった。

  それが、どこか切なげに、その水面を揺らしている。

  静かに瞼を閉じた。その時だった。

  俺達は、唇を重ね合わせた。

  懐かしい、柔らかな感触がする。たった、一度だけのキスだった。互いに何かを確かめ合うように、柔らかくその舌先を絡め合わせる。

  唇が、離れていった瞬間。

  目と鼻の先に、彼の柔らかな瞳がそこにあった。

  宝石のように煌めくその眼光の奥で、焔のように燃え上がる何かを感じる。その熱い眼差しに、俺は目を離すことができなかった。

  ほんの少しだけの時間が、二人の沈黙を埋め合わせた後だっただろう。

  俺達は互いを求め合うように、荒々しくその唇をもう一度重ね合わせた。

  「んふ…っぁ…んちゅ…」

  身体の奥が、痺れるように熱い。

  抱きしめた身体が、シャワーの滴に濡れ心地よかった。絡ませる手足が、快感を求め合うようにその下腹部をくねらせる。

  獲物を貪るような、激しい口づけだった。

  蕩けるように甘い唾液が、喉の奥を潤していく。彼は腰を押しつけるように、俺を壁際まで抱きかかえた。タイル越しに感じる冷たさと、彼の胸板から押し寄せる熱い鼓動に、頭の中が真っ白になる。

  全てを忘れ去るように、俺は必死になって彼の背中にしがみついた。

  きつく、きつく。爪を立てるように、必死になって抱きしめる。

  彼は恋人つなぎのように俺の両手にその指先を絡めると、俺の頭上へとそれを押し上げた。

  唇を離し、俺の瞳を真っ直ぐに見つめる。

  息を荒げながら、彼は俺の首筋へと自分のマズルを押しつけた。

  熱い吐息が、俺の首筋を濡らす。

  その雄々しくも獣のような仕草に、興奮し始めている自分がいた。

  「…ずっと、この匂いを嗅ぎたかった」

  熱い鼻息を吹き付けながら、彼のマズルが震えた。

  喉仏を震わせる獣のようなうなり声が、微かに聞こえる。

  「…正直、俺も…抑えられそうにない。…あんたと一緒だ。俺も、ずっとお預けを食らってたからよ。もう…こんなになっちまっている」

  甘くその言葉を囁きながら、彼は自分の下腹部を俺の身体へと密着させた。

  熱い、火傷しそうな熱だ。それが、固く脈動しながら震えているのが分かる。

  目を向ければ、限界まで勃起した彼のものが俺の下腹部を押し返していた。正常時でも綺麗に向けきった亀頭は、銛のように固いエラを張っている。パンパンに大きくなったそれは、今まで見たことがない位に立派なものだった。太く長い幹のような竿に、彼の亀頭がズッシリと重くその先端を震わせている。

  大きく開いた鈴口から、ドロリと、濃密な滴が滴り落ちていた。

  粘度が凄いのだろう。糸を引きながら、切れることなく重力に沿って揺れ動いている。彼の鬣と、雄々しい胸毛と同じ焦げ茶色をした剛毛が、太い幹と重く垂れ下がったキュウイのような双球に絡みついていた。シャワーの飛沫で濡れたその毛先が、いやらしくも雄々しい滴を滴らせている。

  「熱い…」

  「…あぁ。マスターのも…固くなってるぜ。ビクビク震えているのが分かる」

  白い牙を見せながら、目の前の獅子はいやらしく笑った。

  雄々しいその手が、俺の背後にあるシャワーの蛇口をひねる。

  ゆっくりと、熱い飛沫が止まった。浴室に静寂が戻る中、互いの吐息が微かに反響する。

  「…マスター。…いいか?」

  獣のような切ない眼差しが、真っ直ぐにこちらを見つめている。

  俺達は吸い寄せられるように、互いの唇を重ね合わせた。

  [newpage]

  22

  激しい、とろけるような口づけだった。

  それが、俺の中を満たしていく。

  まるで、互いの身体を愛し合うようだった。その情熱的な舌使いに、心が、解きほぐされていくのを感じる。

  キスをしながら、彼は側にあるボディーソープへと手を伸ばした。

  大きな手の平に柔らかな液体をプッシュさせながら、自身の毛並みでそれを泡立てていく。

  爽やかな石鹸の香りと、甘いバラの香りが、柔らかな蒸気の中に溶け出していった。

  雄々しい彼の指先が、俺の肌に触れる。

  愛撫をするようなその刺激に、思わず声が漏れ出た。

  「っぁ…ぁ…」

  真っ白な泡が、互いの身体を染めていく。

  ゴツゴツとしたその指先が、滑らかに俺の身体を愛撫していった。絡み合う四肢に、彼の毛皮で泡だった濃密なソープが包み込む。

  腰をくねらせるように、彼は俺を後ろから抱きしめた。

  背中に、勃起した彼のモノが押しつけられる。彼が身体を上下にくねらせる度に、ヌメリを帯びた互いの身体に挟まれて耐えがたい快感が俺を襲った。

  大きな手の平が、俺の胸を揉み込む。

  ゴツゴツとした大きな親指が、ピンと立った俺の乳首の輪郭を小刻みに震わせた。

  「あっ!! っぁ――」

  「はぁ…はぁ…っぁ――」

  俺の乳首をいじりながら、もう片方の手が俺の内股をなぞる。

  泡立つその柔らかさを孕みながら、じらすように彼は俺のモノを握り締めた。

  電撃のような快感が、背筋を駆け抜ける。

  限界まで固くなったそこは、もう達してしまいそうな程に興奮を上り詰めてしまっていた。

  「…気持ちいいか、マスター」

  俺を後ろから抱きしめながら、彼は俺のモノをゆるやかにしごき上げ始めた。

  肩に乗せられた彼のマズルから、興奮したような荒い鼻息を感じる。

  その獣のような仕草に、俺は興奮した。

  「え、エイ…ベル…」

  「もう、イキたいだろ…? さっきから、ビクビクいやらしい汁を出していやがる…ほら――」

  「あっ!! っぁ――」

  大きな手の平が、俺の亀頭をこねくり回すように包み込んだのはその時だった。

  耐えがたいその快感に、俺は背中を弓なりにさせてあえぎ声を上げる。

  辛抱できず、俺は目の前のタイルへと両手をついた。

  前のめりになるように、彼の方へ尻を突き上げる。

  「ま、マスター…」

  ゴクリと、唾を飲み込む音が聞こえた。

  エイベルも興奮しているのだろう。荒い息づかいが、浴室の中で反響して聞こえる。

  彼は俺の太ももを掴むと、両脚をクロスさせるように動かした。そしてそこにできた内股の隙間に、彼は自分のモノを挿入する。

  「ぁぁあああ!! っぁ…」

  火傷しそうな、ヌメリのある熱だった。

  それが、泡だったソープのヌメリを借りて俺の内股を抉る。

  「はぁ、はぁ…っは!! ま、マスター!!」

  「ぁっ…あ、当たって…ぁ――」

  荒々しく、彼は腰を振った。

  まるで、獣が交尾をするように。固くいきり立ったそれを、何度も内股を抉るように打ち付ける。

  リズミカルな音が、浴室の中を木霊した。大きな手の平が俺の乳首をいじりながら、もう片方の手で俺のモノをしごき上げる。

  まるで、野獣に犯されているような感覚だった。

  その荒々しくも本能的な攻め方に、次第に自分のあえぎ声が淫らになっていくのを感じる。

  急に、彼のモノがその固さを増した。パンパンに張ったカリ首はその硬度を増し、幹のように太い竿は太ももを押し返すようにせせり上がる。

  彼の限界が、もうすぐそこまで上り詰めているのを感じた。

  「い、イク…」

  切なげな、情けない声が彼のマズルを震わせた。

  限界までその瞬間を堪えるように、天上を仰ぎながら高速でその腰を打ち付ける。

  大きな手の平が、牛の乳房を搾乳するように、俺のモノを一気にしごき上げた。

  「お、俺も…ぁ…っぁ――」

  「い、イク!! イグッ!! が、がぁぁ…っぁ!! っは…ぁ…っぁ…」

  痙攣したように、彼の腰の動きが止まった。その時だった。

  俺の内股から、弧を描くように大量の精液が噴き上がる。ボタボタと音を立てながら、それは大きな水たまりをタイルの上で作っていた。快感が凄いのだろう。雄々しい筋肉を震えさせながら、彼の身体が微かに痙攣しているのを感じる。

  彼が達した時、俺も彼の手の平の中で果ててしまっていた。

  白い湯気が立ちこめる浴室の中で、甘ったるいあの生臭い匂いが充満する。

  乱れた互いの呼吸が、溶け合うように絡みついた身体を心地よく慰めてくれた。

  「…マスター」

  荒れた呼吸のまま、彼は俺を呼ぶ。

  振り向いた瞬間、彼は優しく俺の唇を塞いでくれた。まるで、愛おしい恋人へ愛を誓うように、その舌先をねっとりと絡ませる。

  抱きしめた身体が、ただ、熱かった。

  火照りが、冷めない。

  見つめ返した眼差しには、まだ、焔のような揺らめきを感じた。

  「…ベット、行くか?」

  雄々しくも甘いその声が、鼓膜を優しく震わせる。

  俺は彼に頷いて見せると、彼の胸板へと抱きついた。

  ◇

  上気した息が、互いの身体の輪郭を消し去った。

  絡み合う腕。固く握り締めた指先。くねらせる脚先に、互いの汗がその肌を濡らす。

  見上げたそこには、獲物を狙うような琥珀色の瞳が俺を捉えていた。

  ベットに押し倒された俺は、彼の愛撫に悦びの声を上げる。焦げ茶色の鬣が、覆い被さった俺の顔へと触れた。微かに香るお香と、さっき浴びたばかりのシャワーで満たしたシャンプーの香りで、頭の奥が痺れるように真っ白に塗りつぶされる。

  「っぁ…っは!! ぁ…んぁ――」

  ざらついた舌先が、俺の首筋を舐め上げた。

  丹念に愛撫するようなその舌使いに、淫らな声が喉を震わせる。興奮したように荒げた鼻息と、微かに触れる彼のマズルが、その快感を助長させた。そんな快感に俺が逃げ出さないように、彼はキツく恋人つなぎのように俺の指先を絡め、そして握り締めている。

  彼のモノから、止めどなく甘い汁が滴り墜ちているのを感じた。

  彼が腰をくねらせる度に、いやらしい糸を引きながら互いの肌を汚していくのを感じる。柔らかなベッドのマットレスに包み込まれながら、重量感のある彼の存在が全身を覆う。まるで何もかもが溶け出してしまいそうなその快感と温もりに、俺は溺れた。

  「マスター…」

  甘く痺れるような声が、俺の名前を呼ぶ。

  彼は上半身を起こすと、懐から小さな小瓶を取り出した。そしてべっ甲色に染まったトロリとしたその液体を、自分の口の中へと含ませる。

  俺の頬を愛撫しながら、彼はそのままその唇を俺の方へと口渡しした。

  「んん…っ…んぁ…」

  甘い、柑橘系の果汁をそのまま蜜にしたような味だった。蕩けるようなその甘さに、思わず俺はそれを全て飲み干してしまう。

  沸き立つような熱が、身体の奥からじりじりと広がっていくのを感じた。

  胸が、熱い。

  急に、耐えがたい切なさと興奮が、下腹部を襲った。

  「…効いてきたようだな」

  口元を手の平で拭いながら、彼はそう甘く囁いた。

  彼の指先が、ふと、胸の突起に触れる。

  電撃のような快感が、全身を駆け巡った。

  「ひゃぁ!! っぁ…ぁあ!! っぁ――」

  「…大丈夫だ。…締盟の実から作った、疑似的な媚薬だ。何度か射精すれば…効果もすぐに切れる。…契約前の練習だと思ってくれればいい」

  身体が、熱い。

  彼の吐息が、温もりが、絡み合う四肢全てが快感に変換されるようだった。こみ上げる快感に、息が、できない。

  下腹部に触れる彼のモノが、興奮したように震えていた。

  そしてそれを、とてつもなく欲しいと願ってしまっている自分がいる。

  喉の奥が、急に渇き始めた。

  「俺も…少し飲んじまった。…すまん、マスター。 もう…抑えられそうに、ない…!!」

  息を荒げながら、獣のようなその瞳を俺に向ける。

  肉食獣のような大きなそのマズルが、俺の首筋を一気に舐め上げたのはその時だった。

  「ひゃっぁ!! っぁあ!! え、エイベル!! んっぁ…はっぁああん!!」

  「ふぅ…ふぅっ…っぁ…ぁ――」

  彼は俺の首筋にマズルを埋めながら、俺の胸を揉みしごいた。

  腰をくねらせながら、獣がまぐあうように俺を責め立てる。ザラついた舌先が、何度も俺の首筋の肌を舐め上げた。ねっとりとした唾液で、全身をマーキングするように彼の舌先が俺の身体を汚す。

  「あぁああああ!!」

  パクリと、彼が俺の乳首を口に含んだ。その時だった。

  ザラついた舌先が、ピンと張り詰めた突起を荒々しく舐め上げる。その激しい快感に、俺は触れられてもいないのに射精していた。

  琥珀色の瞳が、俺の様子を確認するように見上げる。

  大きな手の平が、吐精したばかりの俺のモノを握り締めた。

  「や!! やぁっ!! え、エイ…べ…ぁあぁああああ!!」

  くちゅくちゅと、2回ほどしごき上げた。ただそれだけだった。

  それだけの快感で、俺はまた大量の精液を噴き上がらせる。そんな俺の反応を無視したまま、彼は俺の乳首を舐めながら俺のモノを一気にしごき上げ始めた。

  イッたばかりのそこに、耐えがたい快感が押し寄せる。もう片方の手の平が、俺の尻穴の中に侵入したのを感じた。だけど頭を塗りつぶされる快感で、痛みすら、感じない。

  俺は身体を弓なりに反らせながら、頭を左右に振ってその快感から逃れようとした。

  なのに彼の力で押さえつけられ、どこにも、逃げることができない。

  「や、やめ!! 止めてくれ、エイベル!!! だ、ダメだ…も、もう…っぁ…っぁあ!! …ぁぁぁぁああああああああ!!!!」

  ぶしゃりと、それは噴き上がった。

  透明なその飛沫に、俺は自分の快感がその臨海を突破したことを悟る。

  何度も痙攣する俺の身体を確認するように、彼は俺の秘部に侵入した指先をかき混ぜた。

  きっと、さっき飲み干したあの液体のせいなのだろう。もうすでに解きほぐされたようにゆるくなったそこは、微かに粘液さえも満たし始めている。

  「ぁっ――――」

  太い彼の指先が、ある一点を抉った。その時だった。

  あまりの快感に、俺は声を無くす。目を見開いたまま、俺は身体を弓なりに反らせてビクビクと痙攣した。射精していないはずなのに。まるで、イッてしまったかのような暴力的な快感が、頭の中を塗りつぶす。

  「…ここだな」

  「ぁぁぁぁぁあん!!」

  内壁を抉るように、一気に彼は自分の指先を抜き去った。

  その瞬間こみ上げた快感に、自分のものとは思えないあえぎ声が喉を震わせる。

  息を荒げながら、俺は俺の両膝を持って押し広げた。ほぐされたその場所を露わにするように、俺の身体へと覆い被さりながら俺の両脚を押し上げる。

  クチュリと、音を立てながら彼の先端がその場所に触れた。

  火傷しそうなその確かな熱に、俺は息を詰まらせる。

  互いの粘液を纏わせるように、彼は自分の亀頭をその割れ目へとこすりつけた。

  「マス、ター…」

  息も絶え絶えに、彼は俺を見つめた。

  獣のような眼差しの中に、切なげな寂しさが濡れている。必死になって、何かを耐えているようだった。そしてその瞳の中で、燃え上がる炎のように何かが火の粉を上げたのを感じる。

  彼の右手が、彼のモノを支えるように固くなったそれをつまみ上げる。

  彼は俺の眼を見つめたまま、ゆっくりとそれを俺の中へと挿入した。

  「あ、あぁ…っぁ――」

  「ふぅ…ふぅ…ぁ…っく!! っぁ…ふぅ…」

  荒い息を必死になって抑えるように、彼はその腰を押し進めた。

  快感が凄いのだろう。時折達しないように天上を仰ぎながら、肩で息をするようにその歯を食いしばって耐えている。そんな切なげな表情を見せる目の前の獅子に、俺はどうしようもない位に興奮してしまっていた。

  彼の額から、大量の汗が滴り落ちる。

  白い牙を見せながら、彼は吐精しそうになるのを我慢しているようだった。ビクビクと何度も俺の中で脈打つその間隔が、だんだんと狭くなってきているのを感じる。

  「…ぜ、全部…はいった、ぞ…マスター…」

  俺を抱き寄せながら、彼はそう言って俺の頬を撫でる。

  赤く熱せられた鉄の棒を、一気に入れられたような感覚だった。

  思わず俺は、彼のマズルへと唇を近づける。

  重なり合うキスに、俺は目尻から涙を流していたことに気づいた。

  「え、エイ…ベル…ぁ、っぁああ!! っぁ…」

  絡みつく内壁に、彼のモノが吸い付いていくのを感じる。彼のモノが、俺の最奥に触れた瞬間。俺ははしたなくも白濁のそれを一気に吐精した。

  ビクビクと、彼のモノが震えているのを感じる。

  耐えがたい快感に、思わず俺はそこを締め付けた。

  「だ、ダメだ!! マスター!! そ、そんなに締め付けたら…っがぁあああ!!」

  その締め付けに、彼も耐えることができなかったのだろう。

  彼は間髪入れずにばちゅばちゅと激しく腰を打ち付けた後、突然痙攣したようにその身体が動きを止めた。

  ドクンと、それが弾けたのを感じる。

  熱いマグマのような粘液が、俺の中を満たしていったのを感じた。噴き上がるように打ち付けるその勢いに、最奥まで種付けされた快感が全身を駆け抜ける。

  「っぁ…ぁ…っぁ…」

  ドプリと、俺のモノから精液が漏れ出した。

  押し寄せる快感に、焦点が定まらない。

  俺は口を開けたまま、彼の射精を噛みしめていた。

  太いホースのような彼の肉棒が、俺の中へ直接その熱い粘液を注ぎ込んでいる。それを感じさせるように何度も何度もしゃくり上げて脈打つ彼のモノが、俺の興奮をかき立てた。

  大きな手の平が、俺の頬を包み込む。

  吸い寄せられるように、俺達は互いの唇を重ね合わせた。

  「ん、ん…んっぁ…ん…っぁ――」

  舌を絡ませながら、ゆっくりと、彼は腰をくねらせ始めた。

  さっき種付けしたばかりの大量の精液を、ゆっくりとかき混ぜていくように。固く張った彼のカリ首に掻き出されて、ゼリー質の塊が漏れ出していくのを感じた。それが、ベットのシーツをいやらしく汚しながら、黄色味がかった彼の精液で大きな水たまりを作っていく。

  次第に、彼の腰つきがリズミカルなものへと変わっていた。

  あの場所を打ち付けるように。何度も、何度も。固くはったカリのエラを、俺の内壁へと絡ませる。

  ケダモノのようなその腰つきに、俺は必死になって彼の背中へと抱きついた。重く垂れ下がった彼の双球が、ペチペチと当たる音が聞こえる。

  俺はただ、彼の厚い胸板に生い茂る鬣へと顔を埋めた。

  「あ!! あ!! ああっ!! あああっ!! っぁ!!」

  「ふん…ふん…っがぁ…ぁ…っぁくっ!!」

  彼が腰を打ち付ける度に、壊れたホースのように俺のモノからは精液が噴き上がる。

  透明な液体と混じって噴き上がるそれで、互いの身体はぐちゃぐちゃに汚れてしまっていた。

  琥珀色をした彼の眼差しが、切なげに歪む。

  その情けなくも弱々しい眼差しに、彼の快感が凄まじいのを悟った。

  「…もう、離さないからな…マス、ター…」

  泣きそうな声で、目の前の獅子はそう喘いだ。

  「ずっと、俺が…側に、いる…一緒に、いると…約束する!! …だ、だから――」

  彼の指先が、俺の指を絡ませるように固く握り締められる。

  まるで、愛の契りを交すように。

  彼のモノが、一際大きく、その硬さを増した。

  打ち付ける腰の動きが、その激しさを増す。

  「い、イク…」

  切なげな声が、俺の耳元を震わせた。

  眉間に皺を寄せながら、最後のその瞬間を必死になって耐えているようだった。

  不意に、彼の手が俺のモノを握り締める。

  乱暴にしごき上げられたその快感に、俺は身体をのたうち回らせるように喘ぎ散らした。

  「ま、また…い、イッちまう…ま、マスター!!! が…がぁあああああ!! っぁ!!」

  「だ、ダメだ!! イグっ!! イぐぅ!! ぁ――」

  最奥へと、力強く彼が腰を打ち付けた。その時だった。

  彼のモノから、大量の精液が俺の中に射精された。さっきよりも多いその量に、どれだけの快感だったのかを俺に悟らせる。

  彼が達したのと、ほぼ同時だった。俺も彼の手の平の中で、白濁の粘液を吐精していた。

  俺の中から、ゆっくりと彼のモノが引き抜かれた瞬間。栓を無くしたそこから、大量の精液があふれ出す。止めどなく零れ出すそのゼリー質な濁流が、背中まで熱く濡らしていくのを感じた。

  崩れ落ちるように、覆い被さった巨体が俺の身体の上にのしかかる。

  汗なのか精液なのか分からない大量の粘液が、互いの身体をいやらしく染める。抱きしめた身体から、うるさい位に互いの胸の鼓動が聞こえた。荒い息づかいも、胸が上下に膨らむ感覚も、全て、一つになったようにさえ感じさせてくれる。

  俺は身体を痙攣させたまま、互いの身体が溶け出したようなその感覚を噛みしめていた。

  少しずつ、意識がハッキリと覚醒していく。

  重くのしかかりながら抱きしめる彼の腕が、ただ、愛おしく感じていた。

  「…愛している、マスター…」

  嗚咽を含んだ、か細い声だった。

  それが、俺の首筋へと埋められた彼のマズルから、微かに聞こえる。

  抱きしめるその腕の強さが、一層に増した。

  「エイベル…」

  「ずっと、あんたに…謝りたかった。なのに…俺は――」

  震えるその身体を、そっと俺は抱き返した。

  俺の首筋へと埋めていた彼の顔が、そっと、俺の元から離れていく。

  かぎ爪で傷跡を残したその目元が、俺に視線を合わせないままその眼を逸らしていた。

  その怯えた眼差しに、俺は彼の頬へと手を添える。

  俺の中で、何かがはじけ飛んだような気がした。

  「…マスター?」

  俺はさっき彼が手にしていた小瓶へと手を伸ばした。ほんの一口だけ、彼がその口に含み俺に口渡しした媚薬だ。その中にあった液体を、全て口の中へと含ませる。

  戸惑う彼の身体を押し倒しながら、強引に俺は彼のマズルへと舌をねじ込んだ。

  甘い蜜の味がするそれを、一気に彼の口の中へと移し込む。

  琥珀色をしたその瞳が、俺の目の前で見開いた。

  「んんー!!! んっ…!! っ…っぁ――」

  ゴクリと、彼の喉仏が上下に動いた。

  俺が口移したものを、全て飲み込んだのだろう。抵抗するようなその声色が、急に色を帯びたのを感じた。彼の瞳が、どこか切なげに濡れ始める。

  舌先を絡み合わせれば、それだけで彼の身体が痙攣するように震えた。

  彼の厚い胸板を揉み込めば、弓なりになったように身体をのけぞらせる。

  獣のような、強面の巨体だ。それが、俺の愛撫で切なげに身をよじらせる。

  その反応に、俺は興奮した。

  「はぁ…はぁ…マス、ター…」

  目尻に涙を浮かべながら、濡れた瞳で彼は俺を見上げた。

  見れば、彼のモノが今まで以上の固さで勃起している。何も触れていないのに何度もしゃくり上げるそれは、先端から止めどなく透明な蜜を垂らしていた。それが太いスライムのような線となって、彼の臍の上へと大きな水たまりを作っている。

  触れるか触れないかの所で、その蜜が溢れる先端へと指先を這わせた。

  「がぁああああ!!! ぁっ!! …ぁっっ!!!」

  首を左右に打ち付けながら、目の前の獅子は白い牙を見せて喘ぎ声を上げる。

  雄々しくも気高いその顔が、淫らな快感で染まり尽くしていた。

  痙攣したように肩で息をする彼の身体が、何かを求めるように震える。

  媚薬の効果が凄いのだろう。真っ黒に塗りつぶされたその瞳は、もう焦点が合っていなかった。

  「…エイベル。何度か射精するまで…この媚薬は効果が続くんだよな?」

  彼をベットに押し倒しながら、俺は彼の耳元でそう囁いた。

  真っ白な大きな牙が、わなわなと震えている。

  そんなか弱く弱り切った姿が、ただ興奮した。

  「ま、マス…ター…」

  「…言ってくれ、エイベル。俺に…何をして欲しい? どうすれば…エイベルはもっと気持ちよくなれる?」

  彼の息遣いが、段々と荒くなる。

  何もされないこの状況が、今の彼にとっては一番苦しい状況なのだろう。半開きになった口から、快感を求めるように彼の猫舌が震えていた。

  俺は彼の理性を削り取るように、彼の乳首へ指先を這わせた。

  触れるか、触れないかのギリギリの所で。固く張り詰めたその突起を、指先でなぞる。

  「ひゃぁああ!! っぁあ!! っぁ!!」

  ビクビクと、彼のモノが痙攣した。

  ぷちゅりと、音を立てながら透明な蜜が彼の鈴口から噴き出す。そんな彼の肉棒を、ゆっくりと俺は握り締めた。優しく、じらすように。指先を絡めるように、そっとしごき上げる。

  大量の我慢汁が、ローションのように彼のモノをコーティングしていた。少ししごいただけなのに、俺の指先は白く泡立ち始めている。手の平を押し返す暴力的な熱量が、俺の興奮を逆立てた。

  「どうして欲しい? エイベル…」

  ゆるやかに彼のものをしごき上げながら、俺は言葉を続けた。

  「どうしたら…もっと気持ちよなれる? 俺に…どうして欲しい?」

  固くエラを張ったカリ首に、そっと指先を這わせる。

  そこが敏感なのだろう。少し触れただけで、パックリと割れた鈴口からは大量の我慢汁が溢れ出した。それを指先に馴染ませれば、いやらしい糸を引きながら離れていく。

  「お、俺は…おれは――」

  雄々しいその顎先を震わせながら、彼はその琥珀色の瞳から涙を流した。

  そんな自分の顔を隠すように、太いその腕で目元を覆う。

  赤く上気したその頬は、もう、理性を手放していた。

  「…犯して、くれ…マスター」

  顔を隠したまま、恥ずかしげに彼はそう言葉を続けた。

  白く尖った彼の牙が、切なげに震える。

  「お、俺を…めちゃくちゃになるまで、犯してくれ…!! た、頼むッ!! あんたのチンポで、お…俺を――」

  悲痛な雄叫びが、艶やかにその喉仏を震わせる。

  俺は彼の両手を握り締めると、一気にそれを彼の頭上へと引き上げた。

  目と鼻の先で、琥珀色をした彼の瞳が露わになる。

  快感と涙で濡れた彼の眼差しに答えるように、俺は荒々しく彼の唇を塞いだ。

  「んん!! っぁ…ぬちゅ!! あむ…ん゙ん゙ッ…!!!」

  絡み合う舌先が、確かな快感を求めていた。

  キスをしながら彼の乳首をつまみ上げれば、くぐもった喘ぎ声が口内を響かせる。彼のモノを、力強く握り締めた。その時だった。たった2、3回しごき上げただけで、大量の精液がそこから噴き上がる。

  固い、ゼリー質のような感触だった。それが、手の平一杯に溢れ出す。

  俺は彼の精液を指先に絡ませながら、彼の亀頭をすっぽりと覆い包んだ。

  ゼリー質なそれで、パンパンに張ったそこをこねくり回すように。

  淫らな音が、グチュグチュと鳴り響いた。

  「がぁあ!! あぁぁあああ!!! あっ!! あっ!!」

  快感が凄まじいのだろう。

  首を左右に打ち付けながら、彼はその巨体をのたうち回らせた。そんな彼の四肢を持ち上げながら、固く閉ざした秘部を露わにする。

  まだ、ほぐしてもいないはずなのに。ヒクヒクと物欲しそうに痙攣するそこは、確かな蜜で溢れていた。微かに開いたその秘部は、何かを求めるようにその口を緩めている。

  俺は彼の亀頭をこねくり回しながら、その場所へと指を挿入した。

  一気に、何本も。指先をバラバラにして、最奥へとかき混ぜるように。

  彼のモノが、一気に弾けた。

  「あぁぁぁぁぁぁああああ!!!」

  ドクンと、それは俺の手の平の中で爆発した。

  こねくり回す亀頭から、どぴゅどぴゅと白濁の粘液が噴き出す。その熱量を手の平の中で一気に受け止めながら、一気に彼のモノをしごき上げた。

  何度も、何度も。

  先端から、根元まで。彼の精液を潤滑油にして、一気にそれをしごき上げる。

  彼の秘部へと入れた指先が、固く張り詰めたその場所を抉る。

  彼の中で俺の指先を押し返すそれが、一気に膨らんだのを感じた。

  「ま、また!! イッち!! まう!!! あっ!! あっ!! がぁああああああ!!! あっ!!」

  透明な液体が、弧を描いて彼の身体へと降り注いだ。

  止めどなく降り注ぐその恥潮に、彼の肉棒が限界まで高く張り詰める。

  固く張った彼のカリをこねくり回せば、悶え苦しむように彼はベットの上でのたうち回った。首を左右に振りながら、雄々しいその両腕をベットのマットレスへと必死になってしがみつかせている。

  「ぁぁあ!!」

  俺は彼の秘部から、自分の指を一気に抜き取った。

  艶やかな声が、彼のマズルから漏れ出す。

  肩を上下させながら息をする彼は、何かを求めるように俺を見つめ返した。涙でぐしゃぐしゃになったその眼差しが、耐えきれないように苦悩で歪み始める。

  「はっ…はっ…はっ…」

  痙攣しながら、彼は半開きのままのマズルからその猫舌をだらしなく垂らしていた。白い大きな牙が、快楽に溺れた涎で濡らしている。

  俺は彼の両脚を持ち上げると、自分の肩へと乗せた。

  彼の秘部へと、俺のモノを重ね合わせるように。互いの腰を、密着させる。

  俺は彼のその割れ目へと自分のモノを押しつけると、そのくぼみをなぞるように擦りつけた。

  「ぁあッ!! っぁ…っ――」

  何の抵抗もなく、それは俺を受け入れた。

  最奥まで、一気に腰を打ち付けた瞬間。彼の瞳が、その焦点を狂わせる。真っ黒に瞳を塗りつぶしながら、ただ挿入されただけで彼のモノは大きく脈打ちながら射精した。

  まるで、沢山の小さな触手が絡みつくようだ。

  柔らかく、そして脈動しながら締め付ける。熟れきった果実のようにトロリとしたその熱に、思わず達してしまいそうだった。

  滴り落ちた彼の精液が、潤滑油となって彼の尻穴を濡らす。

  彼が肩を上下させながら呼吸する度に、柔らかな内壁がキュウキュウにそこを締め付けた。

  「エイベル…」

  俺は彼の巨体へと覆い被さりながら、彼の鬣を優しく撫でる。

  焦げ茶色をした彼の胸毛が、彼の精液と溢れ出した恥潮で濡れていた。

  まるでローションのように、糸を引きながら彼の全身を穢す。手の平でそれを確かめるようになで回せば、ゼリー質のような塊が彼の短い毛並みに絡まった。押し上げる指先の向こうで、彼の固い筋肉の凹凸が手に取るように分かる。

  俺は彼の指先を固く絡ませながら握り締めると、思いっきり腰を振り始めた。

  「んぁあああ!!! っぁ!! っぁ!!! がぁああああ!!! がぁ、ぁあああ!!!」

  大きなその雄々しい喉仏を震わせながら、獣のように彼は喘ぎ散らした。

  腰をつくだけで、びしゃびしゃと彼のモノからは白濁の粘液が噴き上がる。今にも爆発しそうな位にいきり立ったそれが、何度もしゃくりを上げながら彼の身体を汚し続けた。

  俺は彼のモノを握り締めると、思いっきりそれをしごき上げた。

  敏感な、カリ首を引っかけるように。激しく腰を打ち付けながら、乱暴に、その場所をぐちゅぐちゅとしごき上げる。

  彼の内壁が、一層に締め付けた。

  「だ、駄目だ!! や、止めてくれ!! マスター!!! そんなに、されちまうと…!! …ぁ…がぁあああああ!!!」

  白濁混じりの液体が、噴水のように噴き上がった。

  それをせき止めるように彼の亀頭を手の平でこねくり回せば、肌を押し返すように大量の精液が勢いよく噴き出す。

  俺は彼の首筋へと顔を埋めると、体重をかけて腰を打ち付けた。

  何度も、何度も。彼の内壁の中で、固くなったその場所を目がけて。

  雄々しいその腕が、きつく俺の背中を抱きしめた。

  「や、やっ!! がぁあ!! い、イク!!! イッちまう!! がぁあ!!! っぁあ!! ぁ――」

  急激に、彼の中が締め付け始める。

  俺は彼の唇を乱暴に塞ぐと、一心不乱にその舌先へと絡ませた。

  まるで、彼の中を全て犯し尽くすように。

  上り詰めた限界が、もう、すぐそこまで来ていた。

  「んんん!!! んっ…っぁ…ぁ――」

  彼の最奥へと、腰を打ち付けた瞬間。

  ドクンと、それは彼の中で弾けた。

  最後の一滴まで俺のモノから絞り出すように、彼の内壁が射精したばかりの俺のモノを締め付ける。吸い付くようなそのうねりに、腰が砕けそうな程の快感が俺を襲った。

  絡ませた彼の舌が、微かに震えている。

  俺が射精した瞬間に、彼も達したのだろう。見れば、限界まで勃起した彼のモノからは大量の精液が零れ落ちていた。それが、彼の臍の上で大きな水たまりを作っている。

  荒れた息のまま、俺は彼の隣へと倒れ込んだ。

  互いに仰向けのまま、乱れた呼吸を整えようと必死になる。

  見上げた天上は、視界が眩む程にその照明の光を輝かせていた。

  「はぁ…はぁ…はぁ…」

  互いの呼吸の音だけが、部屋に木霊する。

  心地良い気だるさと汗ばんだ火照りが、身体の芯まで骨抜きにした。

  「…風呂、入らなきゃ…だよな。マスター…」

  雄々しいその声が、ふと、隣から聞こえる。

  顔を向ければ、さっきまで乱れていたはずの獅子が、その肩を上下させながら俺の方を見つめていた。

  もう、回復し始めているのだろう。

  琥珀色のその瞳は、既にその理性を取り戻し始めていた。

  「…だな。流石にこのままじゃ…ガル達には会えない」

  「…だよな」

  噴き出すように、隣にいる獅子は笑う。

  その笑みに釣られるように、俺は笑った。自然と、心地良い温かさが胸の奥にスッと流れ込む。

  雄々しい彼の指先が、俺の手を握りしめたのはその時だった。

  まるで、恋人つなぎのように。固く、愛を誓い合うように握り締められる。

  「マスター…」

  琥珀色の瞳が、愛おしさで震え始める。

  俺は目を閉じると、もう一度彼の唇へと重ね合わせた。

  [newpage]

  23 ―アイザック・グレイヴス―

  雨が、降り続いていた。

  辺りを包む炎を沈下させるように、優しく、ただ淡々と降り続ける。

  ルーカスの雨だと、すぐに悟った。

  見上げた夜空は、まだ暗いままだ。夜明けまで、あともう少しの時間はあるだろう。静まりかえったこの街の夜更けに、自然と手を夜空へと伸ばした。

  「…終わったな。この位で大丈夫だろう」

  隣にいる蒼い虎が、そう俺に声をかけた。

  俺と同じように、周囲を斥力で包み込んでいるのだろう。ガルディアの身体には、雨の滴は一滴も届いていなかった。目をこらせば、微かに球体の形をした壁が、雨の滴に照らされて見える。

  俺は自分で作った風の壁を、少しだけ緩めた。

  今まで全く濡れていなかった俺の指先に、微かにだが雨の滴が冷たく触れる。

  確かに、ルーカスが降らせた雨だった。

  「…ルーか」

  「…あぁ。テスと合流した後…あいつらを一斉に浄化しようとしたんだろうよ。…微かだが、ご主人の匂いも消えている」

  ガルディアの問いに、俺はそう言葉を返した。

  おおむね、予定通りと言えばそうなる。予定不調和な出来事は、今の所ない。

  なのに、なぜだ?

  なぜ、こうも胸がざわつく?

  「…ドクター?」

  「…いや、何でもねぇ。早く、ご主人の所に戻ろう。ルーのとこにも――」

  そう、俺が言葉を続けようとした。その時だった。

  ガルディアの顔が、微かに歪む。

  動きを止めたように、彼の顔が険しくなった。

  「…ガル?」

  俺の声かけに、反応しない。

  そんなそいつの様子に、俺は目を懲らした。目の前の蒼い虎は、未だに俺の方を振り向かない。

  嫌な予感がした。

  「お、おい… ガル…?」

  俺がこいつに触れようとした。その時だった。

  力が抜けたように、ガルディアの身体が倒れそうになる。

  俺は急いで駆け寄ると、目の前の身体を抱きかかえた。

  「お、おい!! ガル!! …しっかりしろ!!」

  俺はガルディアの身体を受け止めたまま、大きく揺さぶった。

  エメラルド色した瞳に、焦点が合っていない。

  俺はきつくガルディアの身体を抱きしめると、背中を叩くようにもう一度その巨体を揺さぶった。

  「…しっかりするんだ、ガルディア!! ここでくたばってどうする!? 一緒にご主人を迎えに行くんだろう!?」

  「っ…っぁ…」

  「…くそ!! 俺の声に集中しろ、ガルディア!! …もう少ししたら、ご主人とも契約できる。また、一緒になれるんだよ!! ガルディア!! それまでは…ここに居続けなきゃ、いけねぇんだよ…!! ここでお前が逝っちまったら、ご主人にどんな顔を見せるつもりだ!? あぁ!? また五人で一緒になろうってよ…そう、約束したじゃねぇか!!」

  ガルディアを呼び戻そうとした俺の罵声が、辺りに木霊する。

  俺は辺りを見回すと、どこか休める場所を探した。街頭の光に照らされ、大きなベンチが見える。俺はそこまでガルディアを運ぼうと、ふらつくその腕を自分の肩へと回した。

  担いだガルディアの身体が、やけに重い。

  俺は額に汗を浮かべながら、一歩ずつ脚を進めた。

  アスファルトに触れるガルディアの脚が、微かな音を立てて引きずられる。

  「…はぁ…はぁ…ふざけんなよ、ったく…」

  俺は時折肩を担ぎ直しながら、声をかけ続けた。

  微かに聞こえる吐息が、僅かな希望を俺に知らしめる。

  「力使いすぎて…ご主人と契約する前に消えちまうなんてよ。そんなヘマこいたら、俺達全員…あの鬼女に締め上げられちまうだろうが…!! 勘弁してくれよ、ガルディア!!」

  俺はベンチに辿りつくと、そこにガルディアを座らせた。

  力なく倒れそうになる身体を支えながら、俺はガルディアの目の前に膝をついてしゃがむ。

  俺は自分の親指をかみ切ると、赤い血を滴らせた。

  それを、ガルディアのマズルへとねじ込むように押し込む。もう片方の手の平でガルディアの胸元を抑えながら、俺は自分の魔力を一気に流し込んだ。

  温かな唾液が、さっき俺がかみ切った傷口に触れるのを感じる。

  ピクリと、微かにこいつの舌先が震えた。

  「…戻ってこい、ガルディア。…大丈夫だ。俺が付いている。だから…こっちに戻ってこい、ガルディア…!! お前はまだ、そっちに帰っちゃいけねぇだろうが!!」

  焦る気持ちを抑え、俺はガルディアに魔力を流し続けた。

  微かに、厚いその胸板から心臓の鼓動が響き渡る。

  ビクリと、ガルディアの身体が痙攣した。その時だった。

  「ガハッ!!! ッァ…ゲホッ!!」

  咳き込むように、目の前の蒼い虎は俺の指を吐き出した。えずくように、背中を丸めてその息を荒くさせる。

  俺は隣に座ると、抱きかかえるように自分の腕を回した。あやすように、その背中をさする。

  取り戻し始めた確かな熱が、俺の心を安堵させた。

  「馬鹿野郎…!! 兆候があったときは、すぐに知らせろと言っておいただろうが!!! 今ご主人とヤってねぇのはお前だけなんだぞ!?」

  「はぁ…はぁ…すまん、アイザック…」

  「くそ…礼には及ばねぇよ。…今頃、テスもご主人から供物を貰ってる頃だ。俺達はまだ時間が稼げるが…お前はそういう訳にはいかねぇんだよ。早く契約しねぇと…お前の身が持たねぇ。今はご主人から供物を貰った俺の血で誤魔化しはしたが…そう長くは耐え切れねぇぞ。…墜ちなかったのが不思議な位だ」

  荒れた息のまま、ガルディアは俺の言葉に耳を傾ける。

  俺は深くため息をつくと、頭を荒々しく掻きむしった。

  力なく垂れ下がったガルディアの手を掴むと、両手でそれを包みこむように握り締める。

  魔力を帯びた俺の手の平が、微かな光を帯び始めた。

  「…とりあえず、応急処置をしておく。お前はすぐ、ご主人と合流して契約を結べ。…俺は、一端ルーの所へ様子を見に行ってくる」

  ガルディアに俺の生命力を分けながら、俺はそう言葉を続けた。

  「…正直、これ以上は俺の身にも危険が及んじまう。だが…お前がご主人と契約さえすれば、それもカバーできる。テスの言うとおり…今一番チャンスがあるのはお前だ。…今、お前を失う訳にはいかねぇんだよ。…ガル」

  「だ、だが…ドクター、それだと…お前が――」

  「…いいから、大人しく俺の言うことを聞いておけ!! …この貸しは、俺が満足するまでお前が俺を抱いてくれたら…全部返したことにしといてやる。…ご主人が待ってるんだ。さっさと行け、ガルディア」

  俺の声に、目の前の蒼い虎は説き伏せられたのだろう。

  何かを決したように、彼はその瞼を一瞬だけ閉じた。少しだけその目線を迷わせながら、それでもその瞳の奥に確かな光を灯し始める。

  握り締めた指先が、痛い位に俺の肌を押し返していた。

  エメラルド色をした瞳が、微かに濡れている。

  そうなるのも、仕方ない話だと思った。

  「すまない、アイザック…」

  「…いいんだ。全てが終わったら…ご主人の家で落ち合おう。…お前達が結ばれた姿を、待ってるからよ」

  俺の言葉に、ガルディアも限界だったのだろう。

  飛びつくように、ガルディアは俺の身体へ抱きついた。きつく、その雄々しい腕を絡ませるように俺の身体を抱きしめる。

  俺はそんなこいつの首筋にマズルを埋めながら、甘えるように目の前の身体を抱き返した。

  懐かしい、甘い香りがする。

  やわらかな熱と、鼓動する呼吸が、確かに俺達はこの場所に生きているという実感を証明してくれた。

  「…気をつけろよ。ガル…」

  「…あぁ。お前も…無事でいてくれ。アイザック…」

  抱きしめていた身体が、離れていく。

  目の前の瞳は、寂しげにその水面を揺らしていた。きっと、俺もそうだっただろう。嫌と言うほど、感傷に浸ってしまっている自分を感じる。

  きっと、これ以上は何も言う必要がなかったのだろう。

  俺達は目を閉じると、吸い寄せられるようにその唇を重ね合わせた。

  [newpage]

  24

  静かな時間が流れていた。

  温かな湯船の中で、確かな鼓動を感じる。俺はエイベルの身体に抱きかかえられるように、一時の入浴を噛みしめていた。

  背中越しに、あの雄々しい獅子の厚い胸板を感じる。

  後ろから抱きしめる太く筋肉質な両腕が、どこまでも俺を安心させてくれた。

  「…すまん、マスター…」

  「ん?」

  「いや…結局、もう一度風呂に入る羽目になってしまってよ。…負担、かけちまった」

  バツが悪そうに、彼は弱々しくその声を震わせる。

  俺は笑いながら、彼の両腕を抱きかかえた。

  「…いいさ。俺も…色々と抑えきれなかっただろ? …これでおあいこだ」

  「…そうか?」

  「…そうさ」

  俺の声に、彼も安堵したのだろうか。

  彼は自分のマズルを俺の肩に乗せると、甘えるようにその頬をすり寄せてきた。

  それに応えるように、俺も彼の指先に自分の手を絡め合わせる。

  固く握り返したその温もりが、ただ、心地よかった。

  「…これから、どうする?」

  「一端、休憩を取ろう。短い時間かもしれないが…マスターも少し眠っておいた方がいい。もうそろそろ、ガル達と合流する頃合いだ。あいつらが来たら…俺はルーの所へ向かう」

  「…分かった。だが…エイベルは俺と契約を結んでいかないのか? アイザックとルーカスとも…契約を結び損なってしまった。今は…契約を急いだ方がいいんだろう?」

  俺の問いに、彼の身体が一瞬だけ硬直する。

  見れば、琥珀色をしたその瞳が微かに揺れていた。

  少しだけの沈黙が、二人の間を埋め合わせる。

  微かに湯船がその波を立てた音が聞こえたのは、その時だった。

  「…なぁ、マスター」

  「…なんだ?」

  「その…契約をする前に、あんたに話しておくべきことがあるんだ。本当は、その…俺は――」

  「――かつて、俺だった自分の主との約束を破って…今日、俺を迎えに来てしまった。…だろ?」

  俺の言葉に、彼の心音が大きく飛び跳ねたのを背中越しに感じる。

  彼の動揺に、微かに湯船が音を立ててその水面を揺らした。

  「どうして、それを…」

  「…ごめん。本当は、思い出していたんだ。まだ断片的だが…俺が俺として生まれ変わる前に、エイベルが俺を殺めてくれたあの時のことを…朧気に思い出していた。あれが、“神送り”という魔に墜ちてしまった神々を浄化する方法だということも…今までに何度も、エイベルが俺を殺めてくれてきたことも…それとなく、思い出してきた。どんな理由で、俺が魔に墜ちてしまったのかも…今なら、想像できる」

  握り返した彼の指先が、微かに震えているのを感じる。

  それを安心させるように、俺は彼の手を握りしめたまま、自分の口元へと近づけた。

  雄々しい彼の指先に、そっと、俺の唇が触れる。

  目を閉じながら、慈しむように彼の温もりを感じていた。

  「…ごめんな、エイベル」

  微笑みながら、俺はそう言葉を続けた。

  彼の身体が、微かに震える。

  「…結局、俺は…誰も救えなかった。今もこうして、エイベル達を苦しめてしまっている。それを、どうやって謝ればいいのか…ずっと、考えていた。今回エイベルに“神送り”をさせることを回避できたとしても…俺が人間である以上、俺が寿命を迎えるその時は…“迎え神”をエイベルにさせることになる。…そうだろう?」

  俺の問いに、彼は何も答えない。

  琥珀色をしたその瞳は、戸惑うようにその水面を揺らしていた。

  握り締めていた指先に、力が入る。

  俺は目を閉じると、静かに息を吐き出した。

  “神送り”を思い出したのは、あの夢の中の映像そのものだった。

  魔に墜ちた神々を浄化する為に、その神具を持って神を殺める。正しく浄化されたその魂は、再び輪廻の輪へ戻される。ずっと、エイベルはその役を担っていた。

  そしてこれから迎えるであろう“迎え神”は、人を神々へと昇華させる方法だ。神格が一定以上高まり、神々へと転生することが確定した人間を、その神具を持って殺める。つまりは、神々へ転生するその魂をしかるべき方法で浄化することを意味していた。

  俺の寿命は、あと一年だ。

  つまり、一年後にエイベルは俺を殺さなければならないことを意味する。

  ずっと背負わせ続けてしまったその役を、やっと俺は理解し始めていた。

  「…この役を引き受けたのは、俺の提案だ。…マスター」

  俺を抱きしめながら、彼はそう言葉を続けた。

  その雄々しい声色に、心が震える。

  彼のマズルが、甘えるように俺の頬をすり寄せた。

  「…俺の神具なら、どんな状況であったとしても…然るべき場所へ魂を転生させることができる。それに…これは俺の償いでもあるんだ。…決して、マスターが悪い訳じゃない」

  「…それは、あの時エイベルが…“魔に墜ちてしまった”ことを言っているのか?」

  俺の問いに、彼は少しだけその目を逸らした。

  どこか悔しそうに、その眼差しを歪める。

  無理もない話だと思った。

  「…あの時から、何もかも歯車が狂っちまった」

  白い牙を震わせながら、彼はそう言葉を続けた。

  「あの時、俺が踏みとどまっていれば…あいつは――」

  俺はその言葉を言い切らないうちに、彼の方へと振り返った。

  柔らかな湯船が、大きな音を立てて波を立てる。

  彼の身体へと跨がりながら、そっと、その手を彼の頬へ添えた。

  「…そこまでだ、エイベル。それ以上は…あなたを傷つけてしまう。そんなことは…この俺が許さない」

  「マスター…」

  「まだ、全てを思い出した訳じゃない。だが…かつて俺だったあなたの主人も、きっと同じことを言ったはずだ。“魔に墜ちてしまったことを、決して恥じてはいけない”と。…それに、その原因は…少なからず俺にあったはずだ。その責めを悔い改めるのであれば、かつて主人であった…俺が担うべき責任だ。…そうだろう?」

  俺の言葉に、琥珀色をした彼の瞳が震える。

  そんな彼をあやすように、俺は自分の両手を彼の頬に包み込ませた。

  濡れた鬣が、艶やかに俺の指先を滴らせる。

  微かに震えるその眼差しが、ただ、愛おしかった。

  「…それに、まだ…ちゃんと言えていない言葉がある」

  彼に微笑みかけながら、俺はそう言葉を続けた。

  琥珀色をした彼の瞳が、俺を見つめている。

  その眼差しに答えるように、俺は自分の額を彼の顔に重ね合わせた。

  「…迎えに来てくれて、ありがとう…エイベル。…また、あなたに救われてしまった」

  彼の瞳が、一気に見開かれる。

  熱い涙が、彼の目尻から零れ落ちたのはその時だった。

  そんな彼の反応を見て、俺は困ったように笑って見せた。

  そっと、優しく微笑みけるように。

  こんな笑い方ができるなんて、今まで知らなかった。

  「…マス、ター…」

  「…やっぱ、嬉しかった。もう一度、巡り会えて…本当に、嬉しかった。ごめんな、エイベル。大切なことなのに…ずっと、言えていなかった」

  俺の言葉に、彼は俯きながら涙を零す。

  微かな嗚咽が、浴室に鳴り響いた。

  「何て顔をしているんだ、エイベル。折角の色男が台無しじゃないか」

  彼の鬣を撫でながら、そう彼に笑いかけた。

  「きっと、上手く行く。だからもう、悲しまなくていい。もう…己が主を失う悲しみは、決して味わせたりなどしない。あなた達が“神のみなしご”となるのは、これが最後だ。…約束する」

  柔らかな毛並みが、指先をすり抜ける。

  何も言わないまま、俺は彼の唇を優しく塞いだ。

  甘い、再会を祝う口づけだ。それが、微かな彼の嗚咽で震えている。

  それがただ、愛おしくて仕方がなかった。

  「…愛している。エイベル」

  彼の身体を抱き寄せながら、俺はそう言葉を続けた。

  「ガルも、ルーも、アイザックも…皆、心から愛している。例え全てを忘れてしまったとしても…それだけは、ちゃんと憶えていたんだ。別の名前で、別の姿になったとしても…それだけは、決して忘れていなかった。…そうだろう?」

  優しく、俺は彼に笑いかけた。

  まるで、この一瞬を噛みしめるように。

  目の前で、大粒の涙が零れ落ちた。

  「…ごめんな、駄目な主人で。結局…俺はエイベル達を泣かせてばかりだ」

  「ち、違う!! お、俺達は…ただ、マスターのことが…!! ただ、あんたともう一度…こうしてまた、会えたことが…それに、本当は…俺は――」

  その言葉を言い切らない内に、俺はそっと、彼の身体を抱きしめた。

  震えた両腕が、恐る恐る俺の背中に触れる。

  抱き返したその胸板は、臆病な程に俺への想いで震えていた。

  「…一緒に、帰ろう。…エイベル」

  抱きしめながら、俺は甘えるように彼の首筋に頬をすり寄せた。

  柔らかな温もりが、包み込む。

  もう、何も怖くなかった。

  「…大丈夫だ、エイベル。…もう、決して一人にはさせない。今エイベルが考えていることは、二人だけの秘密にしよう。エイベルだけを…一人死なせたりなどはしない」

  「マス、ター…」

  「…ほら、しゃきっとしてくれ…エイベル。…きっと、上手く行く。そうだろう?」

  笑いかけた俺の声が、彼の涙を拭う。

  彼はそのマズルを震わせながら頷いて見せると、思いっきり俺の身体へと抱きついた。

  何度も、「すまない」と彼は俺に謝った。

  泣きじゃくるその顔を、俺の首元へと埋めるように。

  今も癒えない傷跡を癒やすように、そっと、俺は彼の背中を抱き返した。

  [newpage]

  24 ―ルーカス・グラント―

  「…頃合いか」

  雨が降り注ぐ空を見上げながら、俺はポツリと独り言を漏らした。

  もう直に、状況は終了するだろう。迎えるべきして迎えるこの瞬間を、俺は一人噛みしめていた。

  あらかた、周辺の浄化は終わった。

  この状況なら、あと数時間この雨を降らせたとしても余力はある。

  先に坊主と接触できたのは、幸運だった。

  「…ん?」

  微かに聞こえる足音に、俺はその場を振り返った。

  見れば、屋上の立体駐車場で、微かに人影が見える。

  大きな熊のシルエットが、こちらに近づいてきていた。

  「…アイザック!!」

  その大きな熊の巨体に、俺は思わず彼の元へと駆け寄った。

  のしのしとその太い丸太のような脚を進めながら、目の前の熊は俺の方へと近づいていく。

  見慣れたその姿に、自然と安堵する自分がいた。

  「良かった…無事だったか、ドクター!!」

  「…あぁ。すまねぇ、ちょいと時間がかかっちまった。…そっちは大丈夫だったか?」

  深緑色の衣装を揺らめかせながら、目の前の熊はそう答える。

  俺は深いため息をつくと、頭上を親指で指し示した。

  「…なんとかな。坊主は今テスと一緒だ。あいつらをおびき寄せる為にここに残ったが…少し前から気配すら感じなくなった。念の為まだ雨を降らせてはいるが、もう直に不要となるだろう。…あいつらが坊主を襲ってくることは、もう暫くはないだろうよ」

  肩をすくめながら、俺はそう言葉を続けた。

  「それはそうと…そっちは大丈夫だったか? お前さんもそうだが、ガルは――」

  そう、言いかけたその時だった。

  アイザックの表情が、微かに曇る。

  一瞬の間に、嫌な予感が走った。

  「…あぁ。それなんだが…今ちょっとマズイ状況だ。…ガルの奴、魔力切れを起こしやがった」

  その言葉に、俺は目を見開く。

  今まで、こんなことはなかったはずだった。

  「お…おい、魔力切れって…じゃあ、あいつは――」

  「…大丈夫だ。まだ、墜ちてはいねぇ。だが…正直あいつも、今の身体を維持するだけでも限界のはずだ。応急処置はしてきたが、早くご主人と契約させねぇと…手遅れになっちまう。あいつらとはご主人の家で落ち合う予定だ。詳しい説明は、道中で話す。あとはあの鬼女をどうにかすれば――」

  「――おやおや、アイザック君。人を鬼女呼ばわりするなんて…お姉さんもいささか心外だ。それにこの私をどうにかしようとなど…一副神如きが偉くなったものだね。お姉さんは嬉しいよ」

  頭上から降り注いだその声に、俺達は思わずその場を振り返った。

  純白の衣装に、長い栗色の髪。そして彼女を照らし出すように、周囲が仄かに光り輝く。雨を遮るように、彼女の周囲を柔かな球体の壁が雨の滴を反射させていた。

  俺達を見下ろすように、彼女は非常口の屋根の縁に腰掛けている。片手で頬を付きながら、柔らかくその笑みを浮かべた。

  「ミト・ガエン…!! どうしてあんたがここに!?」

  「…それはこっちの台詞だよ、アイザック君。君たちこそ、こんな所で一体何をしている。…今君たちがすべきことは、雑談などではないだろう?」

  冷徹なまでに、淡々と彼女はそう言葉を続けた。

  隣にいる熊は、そんな彼女に対し白い牙を震わせながら睨み付けている。

  無理もない話だと思った。

  「…ま、状況はおおむね理解している。未だに君たち四人は誰も彼とは契約を結べていないし、ガルディア君は魔力切れを起こすという危機的状況に立たされているという訳だ。元来なら私のような主神がここに降り立つことは無いんだが…何事にも例外はある。…今、彼を失う訳にはいかなくてね。その為にはガルディア君の協力が必要だ。彼のような特異点を持つ者を魔に堕とすことも、魔に喰われるということも、こちらとしては何としてでも阻止したい。その目的達成の為に、ガルディア君は利用価値があったというだけさ。…でなければ、こんな大役をあの子に担わせる訳もない。…だから私が来た」

  全てを見透かすように、彼女はその目を細める。

  その妖しい微笑みが、彼女の感情の起伏さえも俺達には読ませてくれなかった。

  「だが…ガエン殿がここに来たとしても、坊主が俺達と契約しなければ意味はないはずだ。それを、あんたはどうやって――」

  「…ま、それもそうなんだけどね。しかし、私が来たことで利点はあるさ。…例えば、ここ周辺の浄化とかだ」

  頭上を指さしながら、彼女はそう言葉を続けた。

  「主神たる私が来たことで、この周辺の悪鬼は全て浄化された。これで、彼の身の安全は保証されたことになる。…そうだった、ルーカス君。まずはこの雨を止めて貰おうか。これ以上雨を降らせても、いたずらに君の魔力を削ぐだけだ。…流石に二神も魔力切れを起こすような事態は、勘弁願いたいだろ?」

  彼女の言葉に、俺は一瞬だけため息をつく。

  俺は彼女から目を逸らすと、親指を擦るようにその指を鳴らした。

  途端に、辺りを包んでいた雨が次第のその雨脚を弱める。

  星空が見え始めた周囲一帯が、柔らかく月明かりを照らし始めていた。

  「…ありがとう。じゃ、話を戻そうじゃないか。私が来たことで、彼の安全は確保された。あとは、君たち副神の安全をどう確保するかだ。現にガルディア君は魔力切れを起こし、一歩間違えば魔に墜ちてしまうかも知れないという危機的な状況に立たされている。今は君たちもしばらくの間大丈夫だろうが、それも時間の問題だ。彼との接触を断たれれば、すぐに飢餓状態に陥る。…そこで私の出番という訳だ」

  両手を広げながら、彼女は悠々とその言葉を続ける。

  嫌な予感がした。

  「まさか――」

  「そう、そのまさかだよ…アイザック君。君たちが限界を迎えたその時は、私が新たな主人として君たちと契約を結ぶんだ。…君たちの意思とは関係なく、半強制的にね」

  微笑みながら、彼女はその長い髪を耳元へとかき上げる。

  その不敵な眼差しが、ただジッと俺達を見つめていた。

  「…まぁ、これは私としてもできるだけ避けたい方法だ。だが、残念なことに私の神具を使えば…どんな副神であろうとも私は服従させることができる。例え魔に墜ちた者であろうともね。…彼を保護することを第一優先と考えるならば、これは仕方のない犠牲だ。…ここで君たちの誰かが脱落する方が、よっぽど彼の生命身体に危険が及ぶ。…エイベル君も、きっと同じことを考えたのだろう。最も彼と親和性が高いガルディア君と契約させることを第一優先と考えながら、そこには自分が犠牲となる算段も組み込まれていたはずだ。…自分が自ら魔に墜ちれば、そちら側からも己が主人をサポートできる。彼の遺言通り、自ら魔に喰われて君たちとの関係を断ち切ろうとした…そんな彼の行動も制御できるという訳だ。それに、エイベル君は未だに…カトレア君を失ってしまった罪を償いたいという想いがそこにはあったのだろう。…いや、ここは便宜上…“カイアス君”と言い直した方が正しいのかな? どちらにしろ、元カイアス君…今で言うところのエイベル君は、表面上は君たちのサポートに回りながら…裏では自らが犠牲となり自殺する計画を練り上げていた。自分以外の皆が幸せになる計画を組み立てながら、着実に自らが罰を受ける算段をしようとしていた。…君たちは気づいていなかったようだが、それを見逃すような私ではない。それに、もしエイベル君がそのような事態になりにでもしたら…確実に魔に墜ちてしまうのは彼だ。…そうなってしまっては、今までの努力が水の泡となる。私は、それを阻止する為にここに来た」

  彼女は屋根から飛び降りると、俺達の目の前へと近づいた。

  こうして向き合えば、確かに主神たる圧を感じる。

  首をかしげるように彼女はその髪をかき上げながら、俺達に微笑みかけた。

  「…じゃあ、テスは…ガルの身代わりに――」

  「そうだよ。エイベル君はあの子を救う為に、その魂を捧げるつもりでいる。…カトレア君が、エイベル君に対してそうしてあげたようにね。それで彼の自殺は完了する。無事、エイベル君は魔に墜ち…代わりにガルディア君は一命を取り留める。あとは彼と君たちが契約を結ぶだけだ。魔に墜ちたエイベル君は、悪鬼達を制御し己が主人の安全を確保しようと努めるだろう。…だが、いくら彼のような手練れであったとしても…限界を迎えるのは時間の問題だ。暫くもすれば、彼等のように有象無象の群衆の一つに成り代わる。それこそ、私にとっては脅威だ。…それを避けるには、私が代わりに主人となってあの子を制御するしかない。今できうる最善の予防策だ」

  彼女はそう言葉を続けながら、その脚を進める。

  俺達を横切り、屋上のフェンスへと近づいて行った。そしてそれを軽々と乗り越え、外壁の縁まで歩き続ける。

  「ま、安心してくれ。君たちの利益を損なうようなことはしない。ただ見守るだけさ。そして最悪の事態が起こりうると判断したその時、私は主神としての勤めを介入する。ただそれだけだ。彼が君たちと無事契約できたら、この街から去ることを約束しよう。…その方が君たちも居心地がいいだろ?」

  振り向きもしないまま、彼女は俺達に向けて手の平をひらひらとさせる。

  そのまま、彼女は屋上から姿を消すように降りていった。静寂を取り戻した周囲から、彼女の気配が消えたのを感じる。

  俺は深くため息を吐き出すと、荒々しく自分の頭を掻きむしった。

  「…どうする?」

  「…まだ、あの女が俺達を制御する為に焚き付けた可能性もある。今は坊主の所に合流するのが先決だ。…ここに残る理由もないだろうしな」

  アイザックの問いに、俺は肩をすくめながらそう答えた。

  どちらにしろ、時間がない。

  それだけは確かな事実だった。

  「…それに、あいつらがどんなに思い詰めていようと…坊主ならきっと救い出してくれるだろう。…俺達の主人だ。今は…坊主を信じよう」

  乾いた俺の声が、辺りに響き渡る。

  見上げた夜空は、悲しいほどに透き通っていた。

  [newpage]

  25 ―堤下 貴昭―

  『駄目だ…!! 俺は…お前までも失いたくない!! 俺の…俺のせいで、カイアスは――』

  泣きじゃくるその声に、聞き覚えがあった。

  微かに見える視界の中で、蒼い虎がそう叫んでいる。

  ガルディアだ。

  あの蒼い虎が、そこにはいた。

  今と同じように、藍色の衣装と銀細工のある手甲にその身を包んでいない。

  その映像に、これは自分の過去の記憶なのだと俺は悟った。

  『…いや。これは…ガルのせいじゃない。あの時、貴昭の寿命を延ばしてしまった…俺の責任だ。結果、この様だ。貴昭は悪鬼となり、それを止めようとしたカイアスも…魔に墜ちてしまった。カイアスは貴昭を救う為に、自らその魂を献上したんだ。…このままじゃ、貴昭は生まれ変わることができたとしても…あんたの親友は助からない。…あの獅子を助ける為には、もう一人犠牲が必要だ』

  そう言葉を続けるのは、黒い竜だった。

  なぜか、その姿に見覚えがある。

  おもむろに彼は立ち上がると、説き伏せるように言葉を続けた。

  『…俺は、部外者だ。…あんた達二人のように、彼を守ることはできない』

  悲しげに、彼はその瞳を細めた。

  『…俺が、魔に墜ちる。俺の魂を、あんたの親友に献上しよう。…カイアスが目覚めたら、名前を変えて…もう一度、命をかけてでも彼を守り続けろ。…決して、この事実を思い出させるな。俺の名前も無かったことにしろ。…それが条件だ』

  彼の手に、死神のような草刈り鎌が現れる。

  それを自らの首元に当てると、そっと、彼はその目を閉じた。

  ガルディアの瞳が、一気に見開く。

  駆け出すように、その巨体が手を伸ばした。

  『ま、待て!!! カトレア!! 俺は――』

  『…俺は、彼の両親を誤って殺めてしまった身だ。守護霊だったあんたなら…彼がどんなに孤独な幼少期を過ごしてきたのか、嫌と言うほど分かるはずだ。これでやっと…俺は罪を償える。安心しろ、ガルディア。あんたの親友は…直に目覚める。あとは、あんたの主人を助けるだけだ。生まれ変わった貴昭を…その命をかけて、必ず守り通してみせろ。…それが、俺の願いだ』

  『や、やめろぉおおお!! カトレアァアアア!!!』

  悲痛な叫び声が木霊した。その時だった。

  そこのいたはずの黒い竜の姿が、赤く燃えさかる灰のように消えていく。

  崩れ落ちるように、ガルディアはその膝を落とした。

  大粒の涙を流しながら、その肩を大きく揺らす。

  ただ彼の嗚咽だけが、誰もいない部屋の中で木霊していた。

  『誰も…救えなかったのか…』

  か細いその声が、独り言のように零れ墜ちた。

  その弱々しい声色に、その大きな背中が震え始める。

  『何が、守護霊だ…何が、神様だ!! 人一人の命も…救えず、に…俺は…俺は――』

  泣き崩れたその身体が、誰かの亡骸を抱きかかえる。

  それがかつて俺だった身体と悟るのに、少しだけの時間がかかった。

  ダラリと垂れ下がるその腕が、何も無い空間を抉る。

  『貴昭…』

  泣きながら、彼はかつて俺だったであろうその名前を呼んだ。

  まるで、壊れてしまった人形を抱きかかえるように。

  大きなその背中が、なぜか急に、とても小さく感じた。

  『ぁぁ…ぁぁぁああああああああああああッ!!!』

  断末魔のようなその叫び声が、彼の嗚咽を真っ黒に塗りつぶす。

  今はもう呼ばれないその名前が、どうして酷く懐かしく感じてしまうのか。今なら、分かるような気がした。

  [newpage]

  26

  「…マスター。…起きろ、マスター。…俺の声を聞いてくれ」

  甘く揺らすその声に、俺は自分の意識が次第に覚醒していくのを感じた。

  目を開ければ、サングラスをかけた獅子が俺を膝枕して支えている。

  見上げたその顔は、どこか呆れたようにため息をついていた。

  「エイベル…」

  「…うなされていたぞ。…大丈夫か?」

  優しいその声に、俺は大きく息を吐き出す。

  さっき見た映像が、未だに頭の中に強く残っていた。

  ふらつく酩酊感のような立ちくらみに、一瞬だけ俺は頭を揺さぶる。

  確かにあれは、ガルディアの姿だった。

  「あ、あぁ…すまない、エイベル。…どれくらい、寝てた?」

  「…15分程度だ。もう一度寝るか?」

  俺を案じるように、彼はその眼差しを俺に向ける。

  俺はゆっくりと息を吸い込むと、一気にそれを吐き出した。

  「…いや。もうすぐ夜明けだ。今日はこのまま起きていよう。…もう少ししたら、ガル達も帰ってくるだろう?」

  俺はエイベルの膝枕から起き上がると、窓際へと近づく。

  カーテンを少し開ければ、窓の向こうはもう雨が止んでいた。

  その静けさに、少しだけの寂しさを憶える。

  微かに感じるルーカスの存在が、俺の胸の中で熱くその血潮を揺らめかせているのを感じた。

  「雨…止んだんだな」

  「…あぁ。大方、あいつらを始末できたんだろう。…もう、これで安心だ」

  彼は俺の隣に立つと、その大きな手の平で俺の背中を抱き寄せた。

  温かその温もりに、俺は目を閉じる。

  吸い込んだ空気に、微かにエイベルの甘くほろ苦いお香の匂いを感じた。

  「…心配か?」

  「…いや。無事だと信じている。俺が不安になれば、エイベル達にも負担が跳ね返る。俺はもう…迷ったりはしないよ」

  「…そうか」

  大きなその手の平が、俺の肩を抱き寄せる。

  ただ、静かな時間が流れていた。

  広いホテルの一室で、柔らかな照明の光が辺りを照らす。闇を優しく揺らめかすその光が、ただ、有り難かった。こんな柔で小さな孤独を、少しでも拭ってくれる。

  「…なぁ、エイベル」

  「なんだ?」

  「カトレアって…誰か知っているか?」

  その名前に、琥珀色をしたその瞳が大きく見開く。

  やっぱりだ。

  バラバラだった点と点が、やっと、一本の線で繋がった。

  「マスター…どうして、その名前を――」

  そう、エイベルが言葉を続けようとした。その時だった。

  扉が、ノックされる音が聞こえる。

  俺達は顔を見合わせると、静かに頷いて見せた。

  エイベルが、様子を見るようにドアの方へと静かに近づく。

  大きな手の平が、ドアノブへと手をかけた。

  「…ガルディア!!」

  垣間見えたその蒼い虎の姿に、思わず俺は声を上げた。

  思わず、俺は彼の元へと駆け寄る。

  エイベルも安堵したのだろう。琥珀色のその瞳が、サングラス越しに柔らかくその力を抜いたのを感じた。

  「良かった…無事でいてくれて…」

  「…すまない。もっと、早く来たかったんだが…」

  駆け寄る俺を受け止めるように、優しく彼は俺の背中へと手を回す。

  柔らかく逆立ったその虎模様の毛皮が、どこまでも俺を包み込んでくれた。

  「…すまん、テス。…待たせてしまったな」

  「…いいんだ。マスターとも…ちゃんと、話ができた。…オッサンとアイザックは?」

  「今、ドクターがルーの所へ向かっている。彼の自宅で落ち合う予定だ。もう…既に向かっている頃だろう」

  雄々しくもかしゃがれたその声が、彼の喉仏を震わせる。

  大きな手の平が、俺の頭をそっと、包み込んだ。そして小さな子供を褒めるように、優しく、俺の頭を撫でる。

  「…よく頑張った。ここまで、辛かっただろう。…もう、大丈夫だ」

  「ガル…」

  「何、直にあいつらとも一緒になれる。…また、一緒に暮らそう。君の幸せは、必ず俺達が守ってみせる。だから――」

  そこまで言いかけた所で、ガルディアの表情が急に険しくなった。

  エメラルド色をしたその瞳が、微かに揺れる。

  微かに開いた彼のマズルが、小さくその吐息を漏らしていた。

  「…ガル?」

  俺は、思わず彼の名を呼んだ。

  彼の眉間が、険しそうにその皺を寄せる。

  その巨体が崩れ落ちたのは、それからすぐのことだった。

  「ガル!!!」

  倒れた彼の身体に、思わず俺は駆け寄った。

  エイベルが、彼の身体を抱きかかえるようにその上体を起こす。

  天上を仰ぐ蒼い虎は、苦しそうにその息を荒げていた。

  「お、おい…ガル!! しっかりしろ!!」

  彼を呼び起こすように、エイベルがその声を荒げる。

  彼の表情から、今の状況に余裕がないことはすぐに分かった。

  「エイベル…ガルに、一体何が…」

  「…分からねぇ。ここにドクターがいれば良かったんだが…」

  彼はそう言葉を続けながら、自分のサングラスを乱暴に投げ捨てた。

  琥珀色のその瞳を、彼の眼差しへと絡め合わせる。

  大きな獅子の身体が固まったのは、その時だった。

  「おい…嘘だろ…」

  驚いたようなその声が、微かに聞こえる。

  心が、張り裂けそうだった。

  「エイベル…」

  「…魔力切れだ」

  冷静に、彼はそう俺に告げた。

  大きく息を吸いながら、目の前の獅子はその瞳を細める。

  「俺達副神は、己が主人と契約しなければ…ここでは生きていけない。それでも、残存する人間性と魔力を振り絞れば…数時間はここに顕界できる。だが…力を使いすぎれば、すぐにそれは枯渇する。…最悪、魔にも墜ちる危険な状態だ」

  彼の言葉に、俺は目を見開く。

  受け入れられるはずがなかった。

  「そんな…どうすれば――」

  「…俺達は、マスターと身体を重ねることで…一時的ではあるが時間を稼ぐことができた。だが…ガルはまだ、マスターとちゃんと接触できていない。…契約するんだ、マスター。そうすれば…ガルは助かる」

  そう言葉を続けると、エイベルは自分の親指をかみ切った。

  そしてそれを、ガルディアの口元へとねじ込む。

  息を荒げながら、彼はその瞳を震わせた。

  「…もし、誰かがこうなった時は…俺が、代わりにこの魂を捧げようと考えていた」

  ガルディアを介抱しながら、目の前の獅子はそう言葉を続けた。

  「さっきあんたが言っていた…カトレアが俺にしてくれたようにだ。あいつは、その命を犠牲にして…俺を助けてくれた。…ずっと、償いたかったんだ。俺のせいで…俺は一度あんたを死なせてしまった。こいつにも…償いきれない程の傷跡を、残してしまった」

  「エイベル…」

  「だが…あんたはそんな俺でさえも、受け入れてくれた。…赦してくれた。…約束する。必ず、一人も欠けずに…あんたと契約させる。…皆で、一緒に帰るんだ。そうだろう、ガル」

  彼のマズルから、エイベルは自分の指を外す。

  柔らかな彼の唾液が、糸を引いて離れていくのが見えた。

  微かに、エメラルド色をしたその瞳がその光を取り戻している。

  何度か瞬きをしながら、彼はその息を吐き出した。

  「…戻ったか、ガル」

  頭を撫でながら、エイベルはそう声をかけた。

  重なり合う視線が、俺に峠を越えたことを知らせてくれる。

  「…すまない、テス…助かっ、た…」

  「肝を冷やさせるな…相棒。流石に俺も焦っちまっただろう?」

  笑いながら、エイベルはそう声を明るくした。

  俺も、思わず彼の元へと駆け寄る。

  握り締めたガルディアの手の平は、まだその力を無くしたままだった。

  「ガル…」

  「すまない…恥ずかしい所を見せてしまったな」

  俺を安心させるように、彼は優しく笑う。

  その優しさが、今は辛かった。

  「…安心しろ、マスター。その場しのぎだが…時間は稼いだ。あとのことは、あんたに任せる。…何かあったら、すぐに俺を呼べ。俺は…外で待っている」

  ガルディアの肩を担ぎながら、彼はその場を立ち上がった。

  おぼつかない足取りだが、なんとか目の前の蒼い虎は立ち上がった。よろけながらも、しっかりとその両脚で立位する。

  「…すまない、テス…」

  「…気にすんな。お前が終わったら…俺もマスターと契約する。…一緒に帰ろうぜ、ガル。皆…マスターの家で待っている」

  固く、エイベルは彼の手の平を握り締める。

  まるで、恋人同士が愛を誓い合うようだった。その絆の固さに、泣きそうになってしまっている自分がいる。

  目の前の獅子はその目元にサングラスをかけると、ドアの方へと歩き出した。

  俺の側を通り過ぎると、大きなその手の平を俺の肩へと乗せる。

  柔らかな熱が、肌の奥に染みこんだ。

  「エイベル…」

  「…大丈夫だ。あんたなら、上手くやれる。…だろ?」

  俺を励ますように、彼は俺の目の前で握り拳を作る。

  俺はその拳に答えるように、自分の拳を重ね合わせた。

  心地よい、堅い熱が指先を包み込む。

  目尻に堪った俺の涙が、今にも零れ落ちそうだった。

  「じゃ、あとは任せたぞ。俺の相棒を…頼む、マスター」

  渋く笑いかけながら、彼はその場を後にする。

  そんな彼の背中を追いかけるように、俺は振り向いた。

  大きな、背中だ。それが、柿色の衣装と共に優しく揺れる。

  愛しさが、溢れた。

  「エイベル!!」

  思わず、俺は彼を呼び止めた。

  サングラス越しに、彼はこちらを振り向く。

  琥珀色をした瞳が、確かに俺を見つめ返してくれていた。

  「…ありがとう。俺を、ここまで導いてくれて…」

  上手く、声が出てきてくれなかった。

  それでも、目の前の獅子は恥ずかしそうにその鬣を掻きむしってくれる。

  そんな仕草が、本当に好きだった。

  「…当然のことをしたまでだ。俺も…ありがとな、マスター。…やっぱ、あんたが俺の主人で…良かった」

  照れくさそうに、彼は笑う。

  彼はその手の平をひらひらと振ると、目の前の扉を後にした。

  [newpage]

  27 ―エイベル・テスティファイ―

  俺の後ろで、扉が閉まる音が聞こえた。

  吐き出したため息が、どっと俺の疲れを知らしめる。

  俺はもう一度大きく息を吸い込むと、それを一気に吐き出した。

  「…何しにここにやって来た、ガエン。あんた程の主神が、なぜこんな所にいる」

  俺は振り向きもしないまま、壁際にいるそいつへと声をかけた。

  目を向ければ、白い衣装に包まれた彼女が壁際にその背をもたれかけている。

  両腕を組みながら、彼女は俺に微笑みかけた。

  「相変わらず酷い言いぐさじゃないか…エイベル君。こうして君の身を案じてやって来たんだ。少しは有り難く思ってくれてもいいだろう?」

  「…生憎、余計なお世話だったな。…俺のことは、マスターが止めてくれた。あんたが今危惧しているような事態にはならないさ」

  皮肉を言うように、俺はそう彼女に言葉を返した。

  それを予想していたかのように、彼女は俺に目を向けながらその髪を耳元へとかき上げる。

  「そっか。お姉さんは安心したよ。まさか君が、カトレア君と同じことをしようとしていただなんてね。もしそうなっていれば、回復が困難な程の大きな損失だった。…思いとどまってくれて、お姉さんも嬉しいよ」

  「…どうだかな。あんたが考えているのは、俺達の安全ではなく…マスターの安全だ。俺達は、それを保証する駒に過ぎん。…そうだろう?」

  俺の問いに、彼女はその瞳を微かに細める。

  小さく吐き出したその吐息が、呆れたように笑いかけていた。

  「そうだよ。だからどうしたというんだい? 現状では、私の利益と君たちの利益は一致している。何も不都合なことはないはずだ。むしろ、良好な協力関係が築けているとさえ評価できる。…一体何に不満があるというんだい?」

  「…あんたは、マスターの身を案じている訳ではない。主神として逸脱した能力を持つ…マスターそのものの存在を守りたいだけだ。俺達は…マスターの力を求めている訳ではない。だがあんたは違う。あんたは…マスターを主神たる神へ供えることに固執している。…違うか?」

  俺はサングラス越しに、彼女を睨み付けた。

  相変わらず、彼女はその瞳を細めながら俺に微笑みかける。

  その態度が、いつも気にくわなかった。

  「まぁ…そう言われればそうだけれどね。でもね、エイベル君。今や主神たる神が務まる人材は…ごく僅かなんだよ。私達主神たる神々がいなければ、溢れかえった副神達は魔に墜ちるしか他に術がなくなる。その回避方法として、私達は契約を結ぶのだろう? こちら側も大概だが、あちら側も問題は山積みだ。君たちの想いを尊重してあげられる程、私達には余裕はないのだよ」

  俺の言葉をねじ伏せるように、彼女はそう淡々と言葉を続けた。

  彼女の瞳が、淡く光を放っているのが見える。

  これが主神としての力なのだと、唐突に俺は実感した。マスターもそうだったが、言葉の重みがまるで違う。

  「ま、おおむね目標は達成できた。私は目的さえ達成できれば、その過程は問わない人間だ。君が何を考えようと、どれだけ私にとって損失となる言動を取ろうとしていたとしても、全て不問にする。良かったね、エイベル君。これで、君も一緒に彼と過ごせる訳だ。長年の夢が叶ったじゃないか」

  「…それは、俺達全員が向こうに帰ってからの話だ。…まだ全てが終わった訳じゃねぇ。…そうだろ?」

  「確かに。でもそこは期待しているよ、エイベル君。…これまで何十回も彼を優しく殺してくれた君のことだ。今回も…無事彼をこちら側まで送り届けてくれるんだろう?」

  不敵な笑みを浮かべながら、彼女はその腰を上げる。

  誰もいないホテルの廊下へと、彼女は歩き出した。

  「じゃ、私は帰るよ。…これから古い友人とも会う約束をしているんだ。君たちが無事契約できたことを確認したら、私も向こう側に戻るよ」

  「…まさかあんたに友人がいたとはな。…驚きだ」

  「あらあら。私としては、君たちも友人だと思っていたが…これは私の一方的な勘違いだったかな? でもまぁ、機会があれば君たちにも紹介するかもしれない。…じゃあね、エイベル君。あとは頼んだよ」

  小さな背中が、俺の元から離れる。

  俺はやっと、肩の力を抜くことができた。

  吐き出した息が、自分が疲れ果てているのを悟らせる。

  俺はサングラスをかけなおすと、もう一度彼女の方へと目を向けた。

  「友人、ね…」

  独り言のような俺の声が、誰もいない廊下に響き渡る。

  俺はもう一度息を吐き出すと、屋上へと歩き出した。

  ◇

  「…なんだ。もう来ていたのか」

  長い廊下の向こう側。その曲がり角で、彼女はそう声を漏らした。

  目を向ければ、黒い竜がその両腕を組んだまま壁際に立っている。

  雄々しいその出で立ちが、確かな圧を放っていた。

  「…会わなくていいのかい。…大事な友人だったんだろう?」

  「…だからだ。今は大事な時だ。…事を荒立てたくない」

  悲しげな声が、誰もいない廊下に木霊する。

  切なげに歪むその瞳は、確かな葛藤に揺れていた。

  「…そっか。私としては、早くこの事実を開示したい所だが…君が頑なに断る以上、秘匿せざるをえない。…そんなに、彼のことが大事なのかい?」

  「当たり前だ。…俺は、あの子の為なら何だってする。…その為にあんたとも契約した」

  彼女を睨みつけながら、その黒い竜は言葉を続けた。

  何かを堪え忍ぶように、握り締められた拳からは微かに軋む音が聞こえる。

  そんな彼の反応をもてあそぶように、彼女はその目元をほころばせた。

  「…それに、俺がいた方が…魔に墜ちてしまったあいつらを制御できる。それは、あんたにとっても利点のはずだ。…だから俺を救い出したんだろう? あんたのような冷酷な神様が、俺のような落ちぶれた死神を助け出すはずがない。…何かメリットがあったはずだ」

  「相変わらず、主人に対して酷い言いぐさだ。…確かに、君の存在は貴重だ。悪鬼と化した彼等と意思疎通ができ、そしてある程度はコントロールさえできる。…君のおかげで、沢山の悪鬼が神々へと再び転生できた。今回も、ある程度は私の筋書き通りにあの子達を誘導してくれた。だが…私が君を救い出した理由は、それだけじゃないんだよ…カトレア君。賢い君なら、もう察しくらいはついているだろう?」

  彼へと背を向けながら、彼女は歩き始める。

  そんな彼女の背中を、黒い竜はじっと見つめていた。

  「そうだった、カトレア君。…君に、聞きたいことがあった」

  背を向けたまま、彼女はそう言葉を続けた。

  一瞬だけの沈黙が、二人を埋め合わせる。

  彼は少しだけその瞳を細めると、鋭い眼光を彼女へと向けた。

  「…本当は、君が私の副神として生きていること…本当に、誰にも打ち明けないつもりかい? かつて、君の主人だった…彼にも――」

  核心を突いたその声が、誰もいない廊下に響き渡る。

  彼がその瞳を逸らしたのは、それから暫くしてからのことだった。

  [newpage]

  28

  柔らかな呼吸の音を、全身で感じていた。

  後ろから抱き締めた俺の両腕が、彼の虎模様の毛皮を包み込む。柔らかくそして長い彼の毛並みは、どこまでも温かかった。そんな彼の体を抱き締めながら、俺は目を細めて彼の首筋へと顔を埋めた。

  俺達は下着姿のまま、ベットの上で座り込んでいた。

  全身に、彼の温もりを感じる。

  時折うねる彼の太く長い尻尾が、彼の緊張を知らしめていた。

  「…ガル」

  「なんだ?」

  「もう…体は大丈夫なのか?」

  俺の問いに、彼は微かに自分の猫髭を振るわせる。

  その仕草が、どこか可愛かった。

  「…あぁ。君とこうして密着するだけで、十分に回復できる。それに、だな…」

  少し顔を赤らめながら、彼はそっぽを向く。

  微かに、彼の心音がその速さを増したような気がした。

  「…すまない、その…」

  「…いいんだ。俺も…ガルと愛し合うことを切望している。ガルなら…俺の今の感情も読み取ってくれるだろ?」

  彼の手に、自分の指先を絡める。

  目の前の大きな手の平は、そっと俺の手を包み込むように握り返してくれた。

  柔らかな、肉球の厚みが俺の肌を押し返す。

  その心地よい温もりに、思わず俺も目を細めた。

  「…ずっと、会いたかった」

  か細い声で、彼はそう俺に言葉を続けた。

  雄々しい喉仏が、大きな獣のようにうなり声を上げる。

  「…本当は、怖かった。いくら君が、あの子の生まれ変わりだと言っても…俺のことは、全て忘れている。拒絶されたらどうしようかと…そればかりを考えていた。俺が知るあの子とは、全くの別人だったらと…」

  「ガル…」

  「だが、初めて君を見た時…そんなのどうでも良くなっていた。姿も名前も変わってしまったが、確かに…君は俺の知る愛しい人だったからだ。本当に、生まれ変わってくれていたのだと…嬉しくて、仕方がなかった」

  そう言葉を続けた所で、彼は俺の方を振り返った。

  エメラルド色をしたその瞳が、切なげに濡れている。

  胸が、高鳴った。

  「…主」

  「…なんだ?」

  「…俺と、契約してくれないか?」

  俺の手の平に、鬼灯の形をした果実が手渡される。その飴のようなべっ甲色の果肉に、喉の奥が急に渇き始めたのを感じた。

  締盟の実だ。

  微かに香る柑橘系の香りに、さっきエイベルが飲ませたあの情景が頭に浮かんだ。

  「ガル…」

  「…すまない。もっと、良い言葉があれば良かったんだが…」

  困ったように、彼は笑う。

  そんな彼を見て、思わず俺は目の前の身体へと抱きついた。大きな手の平が、俺を受け止めるようにその背中をそっと抱き返してくれる。

  甘い、懐かしい匂いがした。

  顔を首筋に埋めれば、それが濃く鼻の奥へと広がっていくのを感じる。

  俺はそっと顔を離すと、彼の瞳を見つめた。柔らかく、どこか切なげに濡れるその瞳が、確かな愛しさで震えている。

  きっと、それ以上の言葉はいらなかったのだろう。

  俺達は瞳を閉じると、互いの唇を重ね合わせた。

  「ん…っぁ…あふ…ん…」

  まるで、甘い蜜を飲み干しているようだった。

  絡みつく舌先が、俺の心を溶かしだしていく。互いに上気する呼吸が、絡み合う四肢を激しくさせた。そのまま、彼は俺の身体を押し倒す。

  柔らかなベットが、俺達の身体を受け止めた。

  手足を絡ませながら、彼は俺の舌を犯していく。もうすでに、下着の中で互いのモノがはち切れんばかりに勃起していた。押し上げる布地が、彼の粘液でいやらしく濡れているのを感じる。

  「はぁ…はぁ…っぁ、はぁ…」

  エメラルド色をした彼の瞳が、興奮で濡れている。

  白い牙を見せながら、彼は熱い息を荒げていた。半開きになったままの彼のマズルが、獣のような快楽を求めているのが分かる。

  発情したようなその仕草に、俺は興奮した。

  「…待ってくれ。これを…」

  俺は手にしていた締盟の実を頬張ると、一気にそれを噛み砕いた。甘い、柑橘の味が口いっぱいに広がる。そしてそれを、そのまま目の前の虎のマズルへと口移しした。

  丸く分厚い猫舌が、俺が咀嚼した果肉を絡ませるように飲み込んでいく。

  喉の奥に、それが通り過ぎていった瞬間。俺の身体が、火照ったようにその心拍数を上げたのを感じた。

  見れば、ガルの瞳も血走ったようにその瞳を濡らしている。

  ガルの下着から、溢れるように透明な蜜が滴り落ちた。

  「はぁ…はぁ…あ、主…」

  涎を垂らしながら、泣きそうな眼差しで俺を求める。

  そんな目の前の蒼い虎に、俺は思わず生唾を飲み込んだ。

  彼はそのまま、俺の首筋へとその鼻先を押しつける。

  荒々しく吹き付ける鼻息が、熱くその場所を濡らした。

  「…だ、駄目だ…この匂いだけで、も、もう――」

  弱々しいその声が、彼の喉仏を震わせる。

  涙目になりながら、彼は自分の下腹部を押さえた。見れば、勃起した彼のモノで押し上げていたその布地から、ボタボタと黄色みがかった精液が漏れ出している。甘く香るその生臭い栗の花の匂いに、頭の奥がくらくらとした。

  もう、それ以上堪えることができなかったのだろう。

  餌を目の前にした獣のように、彼は俺に飛びついた。

  「ぁあ!! っぁ…ぁあああ!!」

  ザラついたその舌使いに、俺は身をよじらせながら喘いだ。

  首筋から、胸の突起を丹念に舐め上げる。乱暴に俺の下着を取り払い、俺のモノを一気にしごき上げた。

  強すぎる快感が、俺の身体を駆け抜ける。

  弓なりに身体を震わせながら、俺はあっけなく射精した。

  「ぁあああ!!! っぁ!!」

  ドクンと、それがはじけ飛んだ瞬間。

  その精液を全て飲み干すように、大きな彼のマズルがばくんと俺のモノを咥えこんだ。

  熱い唾液が、俺のモノを包み込む。俺の射精に合わせるように、彼はその喉仏を上下させながらそれを飲み込んでいった。その激しい吸い付きと、ザラついた舌先に、また俺の顕界が上り詰める。

  「だ、駄目だ…が、ガル!! また!! イク!! イッてしまう!! ぁああああ!!!」

  俺の射精を促すように、彼はその頭を激しく上下させた。

  分厚い舌が、俺の亀頭をなめ回すようにしごき上げる。ジュルリと、そのざらついた舌が俺の先端をなめ回した瞬間。俺は、彼の口の中でもう一度果てた。

  最後の一滴まで振り絞るように、彼は俺のモノを舐め上げる。見れば、彼は鼻息を荒げながら、自分の下着に手をつっこんでその中にある彼のモノを一心不乱にしごき上げていた。布地を押し上げる彼の先端から、ボタボタと精液が零れ墜ちている。シーツの上に大きな水たまりを作っているそれは、もう何度も彼が達していることを意味していた。

  肩を上下させながら、俺は上体を起こす。

  俺の動きに合わせるように、目の前の虎は俺の前で膝立ちになってくれた。

  俺の目の前で、固くテントを張った彼の下着が露わになる。

  大量の精液と我慢汁でぐしょぐしょになったそれは、大きな水たまりのような染みを作っていた。布地から押し上げられた黄色いゼリー質の塊が、濃厚な匂いを放っている。

  俺は彼の下着に手をかけると、一気にそれを下に下げた。

  布地に引っ張られて、彼のモノがベチンと跳ね返る。

  微かに飛び散った彼の体液が、俺の頬を汚した。

  「凄い…」

  彼のモノは、圧巻の一言だった。

  少し余った皮が、彼のカリ首に引っかかっている。太く肉厚なその肉棒は、彼が吐き出した何発分モノ精液で絡みついていた。彼の鈴口から、垂れ落ちた鼻水のように白濁の粘液が糸を引きながら滴り落ちている。その向こう側で、誰よりも大きい二つの玉が、爆発しそうな程に柔かな袋を重く引っ張っていた。

  上目遣いで、俺は彼の顔を見上げる。

  目の前の虎は、肩で息をしながらその興奮を必死になって抑えているようだった。妖しく揺らめく太い尻尾が、彼の興奮を物語っている。

  俺は彼のモノに手を添えると、一気にそれを頬張った。

  「っぁ…っぁああああああ!!! っがぁ!!」

  まるで、別の生き物が口内を犯していくようだった。

  生臭く甘ったるい濃厚な香りが、一気に鼻孔の奥までもを犯していく。俺は頭を上下させるように、一心不乱になってそこを舐め上げた。

  何度も、俺の中で激しく暴れるように彼のモノが脈打つ。

  量が増してきた塩気のある粘液に、もう彼の顕界が近いことを知った。

  「だ、駄目だ!! 離してくれ、主!! このままじゃ…イッてしまう!! い、イク!! イグッ!! がぁあああああ!!!」

  ドクンと、それは俺の口の中で弾けた。

  壊れたホースのように、何度も脈打ちながら大量の精液が彼のモノから噴き上がる。

  ゼリー質の塊のようなその粘液を、俺は頭を上下させながら飲み込んだ。

  胃の中に、熱い彼の血潮が満たされていくのを感じる。

  その心地良い重みに、自然と目尻から涙が零れ落ちたのを悟った。

  「っぁあ!! っぁ…」

  射精が終わった彼のモノを、ゆっくりと俺は離していく。

  唇をすぼめるように彼の亀頭を包み込んだ瞬間、情けない声が彼のマズルから漏れ出した。微かに引いた彼の腰つきが、その快感の強さを俺に知らせてくれる。

  柔らかな唇が、ちゅぽんと音を立てながら彼のモノから離れていった。

  ピクピクと、パンパンにはった彼の亀頭が微かに震えている。

  俺の目と鼻の先で、パックリと開いた彼の鈴口から我慢汁があふれ出た。

  「あ、ある…じ…」

  大きなその手の平が、俺を求める。

  俺は彼の求めに応じるように、彼の身体を抱きしめた。

  甘えるように、彼の腕が俺の背中を包み込む。

  荒れた互いの息が、ただ、熱かった。

  「ガル…」

  静かに、彼の身体を押し倒す。

  彼の身体へと覆い被さった瞬間、そのエメラルド色をした瞳が何かを期待するように揺れ動いた。

  なめ回すようなその視線に、俺のモノが固さを増す。

  息を荒げながら、彼は半開きのマズルから白い牙を覗かせた。

  「来てくれ…主…」

  微かなその声が、俺の耳元を震わせた。

  彼の両手が、その場所を晒し上げるように自分の両脚を持ち上げる。

  ほぐしてもいないのに柔らかくヒクつくそこは、もう、甘い粘液で濡れていた。

  「が、ガル…!!」

  「…大丈夫、だ。…俺も、君のが…欲しい。だから…た、頼むッ…!!」

  息を上気させながら、振り絞った理性で彼は俺にそう告げた。

  彼の秘部へと、俺は自分のモノを押しつける。

  重ね合わせた腰が、ただ熱かった。俺のすぐ下で、エメラルド色をした彼の瞳が熱く俺を見つめている。

  「ガル…」

  心臓が、うるさいほどに高鳴っている。

  俺は彼の瞳を見つめると、一気にその場所へとぶち込んだ。

  「ぁああああ!! っぁ!!」

  「がぁあ!! っぁあ!! っぁ――」

  ジュルリと、俺のモノが彼の最奥まで入った。その時だった。

  余りの快感に、俺は彼の中へと射精する。その熱量に、彼も耐えきれなかったのだろう。身体を弓なりにしながら、大量の精液を噴き出していた。

  キュウキュウに締め付けるそこが、彼の心拍に合わせて脈動する。

  俺を求めるように吸い付くその快感が、俺の腰を砕かせた。

  「動くぞ…」

  ゆるやかに、俺は腰をくねらせる。

  彼の瞳が、もっと欲しそうにその水面を濡らしていた。半開きのマズルから、だらしなくその猫舌を垂らしている。そんな彼の反応に、俺は興奮した。

  だんだんと、腰を打ち付ける感覚を狭める。

  もっと、その場所を打ち付けるように。

  抱きしめた身体が、ただ、熱かった。

  「がぁあああ!! っぁ!! っぁああ!!」

  俺の背中を抱きしめながら、彼は一心不乱にその声を高鳴らせた。

  リズミカルに、腰を打ち付けたその時。彼のモノから、白濁の粘液が噴き上がる。

  俺は彼のモノを握り締めると、一気にそれをしごき上げた。

  ぐちゃぐちゃと、熱いゼリー質のそれが俺の指先を汚す。

  俺は腰を振りながら、彼の乳首へと吸い付いた。

  「だ、駄目だ!! い、イク…イグっ!!! がぁあああ!!!」

  壊れたホースのように、それは噴き出した。

  びじゃびしゃと降りかかるその恥潮をせき止めるように、俺は彼の亀頭をその手の平で包み込む。

  火傷しそうな水圧を感じながら、俺はその場所を一気にしごき上げた。

  何度も、何度も。その場所を責め立てるように。

  彼の身体が、暴れるようにのたうち回った。

  「がぁあ!! ああ!! っぁ…っがぁあああああああ!!!」

  「ふぅ…ふぅ…っぁ…っぁく――」

  俺も、もうすぐそこまで限界が来ている。

  俺は上体を起こすと、座り込むように彼の身体を支えた。俺の身体へと跨がりながら、目の前の虎はその腰を振る。それに応える俺も下から腰を打ち付ければ、彼のモノからは白濁の精液が何度も漏れ出した。

  抱きしめる身体が、互いの体液で濡れている。

  俺は腰を下から突き上げながら、彼の耳元で囁いた。

  「…一緒に、イこう…ガル…」

  限界まで勃起した彼のモノを、俺はもう一度握り締める。

  彼の精液を潤滑油にするように、一気にその場所をしごき上げた。

  「お、俺も…もう…ぁっ――」

  大粒の汗が、額から滴り散る。

  彼の爪先が、俺の背中に食い込んでいくのを感じた。微かに染みる血が、俺の快感を誘う。

  もうすぐそこまで、その瞬間がこみ上げていた。

  「い、イク…イク!! っぁ――」

  「っが…ぁ――」

  彼の中へと、最奥に打ち付けた瞬間。

  俺は、彼の首元へと食らい付いた。

  熱い俺の精液が、彼の中を満たしていく。その熱に、彼も達してしまったのだろう。彼も、俺の喉元へと食らい付いた瞬間。彼のモノをしごき上げていた俺の手の平から、大量の精液が噴き上がったのを感じた。

  電撃のような痛みと快感が、全身を駆け抜けた。

  ドクドクと溢れる互いの精液に、首元から滴り落ちた互いの血液が混じり合ったのを感じる。熱く溶け合う二人の身体が、身も心もその輪郭を失ってしまったようだ。ドロドロになった粘液のように、互いの魂が一つになっていくのを感じる。

  何度も痙攣しながら、俺は彼の中に射精した。

  腰をびくつかせながら、最後の一滴までその場所へと種付けする。

  何度も震える彼の大きな背中が、確かな快感を物語っていた。

  「はぁ…はぁ…はぁ…っぁ――」

  ゆっくりと、俺は彼の首元から口を離す。

  彼も俺の動きに合わせるように、その力強い顎の力を緩めていった。大きく開けたマズルを離していくように、彼の白く大きな牙が、俺の皮膚から離れていく。

  栓を無くした傷口から、熱い血が噴き出す。

  ドサリと、俺はその場に倒れ込んだ。

  「…主!!」

  慌てたように、目の前の虎は俺の身体を抱きかかえる。

  荒れた呼吸の中で、俺は自分の首元を手で覆うように押さえつけた。

  生暖かい血が、俺の手の平をべっとりと汚していくのを感じる。

  「そんな…早く、傷口を――」

  「…大丈夫だ、ガル。…俺は、大丈夫だ」

  彼を安心させるように、俺は彼に微笑みかけた。

  俺の血が、紋様を描くように形作られていくのを感じる。

  彼が残した噛み傷を塞ぐように、それは俺の肌に固定した。

  「…成功だ」

  彼の手を握り締めながら、俺は彼に笑って見せた。

  繋がり始めた二人のパスが、心の絆のように循環していくのを感じる。

  彼から提供された魔力が、もう既に自分の中で息づいているのが分かった。

  「…何て顔しているんだ、ガル。…折角契約を交したんだ。…もっと喜んでくれてもいいだろう?」

  そう、俺が声を続けた。その時だった。

  目の前の虎は、思いっきり俺に抱きついた。

  あまりの強さに、骨が折れそうになる。

  上手く、息ができなかった!!

  「が、ガル!! く、苦しい…」

  彼の身体を引き離そうとした。その時だった。

  俺は、彼が泣いていたことに気づいた。

  俺の胸の中で、微かに彼の嗚咽を感じる。

  その熱く溶けそうな涙と吐息に、心が、奪われた。

  「…馬鹿野郎。心配、しただろう…が…」

  か細いその声に、俺は目頭が一気に熱くなる。

  俺は彼を慰めるように、そっと、彼の頭を撫でつけた。

  「ガル…」

  「…すまない。てっきり、俺は…失敗したのかと…」

  俺の胸から、彼は顔を上げる。

  どこかバツが悪そうに、彼はそのマズルを震わせていた。それでも俺の為に流してくれた彼の涙で、彼の顔はぐしゃぐしゃに濡れている。

  俺は自分の涙を誤魔化すように、彼の唇を思いっきり塞いだ。

  激しく求め合うように、荒々しくその舌先を絡め合わせる。互いの熱が、自分の身体へと循環していくのを確かに感じた。契約を交したからなのか、一つになる感覚が今までとは比べものにならない。

  互いの額を重ね合わせながら、俺達は唇を離した。

  溶け合う熱が、ずっと一人だった俺に本当の心地よさを教えてくれる。

  もう、寂しくはなかった。

  「…エイベルを呼ばなきゃ、だな…」

  「…3人でか?」

  俺の思考を読みように、彼はそう微笑む。

  そんな彼の眼差しが、ただ、好きだった。

  「…あぁ。折角だから、3人で愉しもう。…俺も、エイベルに犯されているガルを見たい」

  冗談のように俺は笑って見せると、ガルは笑いながら俺の身体を押し倒した。

  まるで、付き合ったばかりの恋人達がはしゃぐように。その四肢を絡ませながら、互いの身体を抱きしめ合う。

  そんな二人の身体を、大きなベットがどこまでも受け止めてくれた。

  「…愛している、ガル」

  微笑みながら、俺は彼にそう告げた。

  「…本当に、大好きだ」と。

  エメラルド色の瞳が、嬉しそうに笑みをほころばせた。

  そしてその雄々しい両腕を広げ、俺の身体を思いっきり抱きしめる。

  「…あぁ。俺もだ…貴昭」

  懐かしいその名前が、俺を呼んだ。

  震え始めた心に、涙が零れ落ちる。

  「…俺も、大好きだ…貴昭。ずっと、お前を探していた。だから…」

  懐かしいその口調に、俺は何度も頷いて見せる。

  きっと、それ以上の言葉はいらなかったのだろう。

  俺達は唇を重ね合うと、再びその身体を絡め合わせた。

  [newpage]

  29

  地平線の向こうは、もう白く明るみがかっていた。

  もうすぐ、夜明けなのだろう。俺は二人の副神に手を繋がれながら、自分の家へと歩いていた。

  柔らかな手の平が、優しく俺の指先を握り締める。

  俺の首筋には、二つの紋様が浮かび上がっていた。

  「…これから、どうする?」

  俺の問いに、右隣にいる蒼い虎がこちらを振り向く。

  エメラルド色をした瞳が、柔らかく俺を捉えていた。

  「…お前の家についたら、ゆっくりと休んでくれ。お前も契約を急ぎたいだろうが…まずは休息が先だ。…まだ、ちゃんと寝れていないだろう?」

  「だが…それだと、アイザックとルーカスが――」

  「あー…それを言うなら、マスター。…すまんが、一つ訂正だ」

  俺の言葉を制するように、左隣にいる獅子はそう言葉を続けた。

  「言い忘れてたが…俺達は、その…結構ヤリ合ってたりする。互いの発情期もコントロールしなきゃだしな。俺とガルがマスターと契約できた以上、間接的にではあるが…マスターから得た魔力と人間性を、俺達があいつらに提供することが可能だ。…そう契約を急がなくても、ガルのような魔力切れにはならないさ」

  俺を安心させるように、彼はそう肩をすくめて笑う。

  サングラス越しに見えるその眼差しが、優しく俺を捉えていた。

  「…もちろん、決定権はお前にある」

  俺の心を読むように、ガルディアはそう言葉を続けた。

  「俺達副神は…お前の命令に絶対だ。だが…無茶はしないでくれ。…あの二人も、俺達と思うことは同じだ」

  「…だな。あんたの優しさは、俺達が一番分かっている。だから…あんたには尚更、ゆっくりと休んで欲しいのさ。まだ…俺達もマスターにちゃんと奉仕できていない。あいつらだって、そう考えるだろうよ」

  ガルディアの言葉を補うように、エイベルはそう俺に説明した。

  地平線の向こうから、朝日が射し込む。

  その目映い光に、俺は目を細めた。

  「…終わったんだな」

  「…あぁ。やっとな」

  微笑みながら、隣にいる虎はその瞳をほころばせた。

  柔らかな朝日に、胸の奥がすっと軽くなる。

  「ま、ひとまずは安心だ。…これで、マスターを襲う奴らもいなくなる。万が一の時は、俺達がマスターを守るしな。…とりあえずは、これで大丈夫だ」

  大きな手の平が、わしゃわしゃと俺の頭を撫でつけた。

  見上げれば、隣にいる獅子が微笑みながら俺の頭を撫でている。

  サングラス越しに見えるその眼差しに、胸がときめいた。

  「あれは…」

  遠くに見える人影に、俺は目を細めた。

  どこか見慣れたその面影に、期待が高鳴る。

  「…坊主!!」

  ルーカスとアイザックだ。俺を見つけた瞬間、二人は俺の元へと走り出す。

  二人の眼差しが、急にその光を取り戻したのを感じた。

  「…ご主人!! 大丈夫だったか…怪我はねぇか!?」

  俺よりも大きい焦げ茶色をした熊が、思いっきり俺を抱きしめる。

  甘えるようにすり寄せる彼のマズルが、少しこそばゆかった。

  「…あぁ。大丈夫だ。ごめんな、アイザック…心配かけて」

  「いいんだ、そんなことは!! 会いたかったぜ…ご主人。無事でいてくれて…良かった…」

  大きな手の平が、俺を身体をきつく抱きしめる。

  そんな彼の抱擁に、俺も甘えるように目を細めながら顔を埋めていた。

  懐かしい、花の匂いがする。

  柔らかな彼の毛並みに、どこまでも吸い込まれてしまいそうだった。

  「…無事、終わったな」

  俺の隣で、黒い狼が俺に微笑みかける。

  その声に応えるように、ガルディアはその目尻をほころばせた。

  「…あぁ。すまん、ルーカス。…世話をかけてしまった」

  「何を言っとるんだ。まさか…ガルだけじゃなくテスまで契約してくるとはな。…俺達も安心した」

  ガルディアの言葉に、ルーカスはその胸をなで下ろすように笑う。

  吐き出された息が、どこか安堵したように柔らかかった。

  「ルーカス…」

  「…そんな顔するでない、テス。…お前さんの気持ちは、俺もドクターも了承済みだ。…気にするな」

  「…あぁ。あの女には、俺からもガツンと言っておく。…お疲れだったな、テス。お前が無事で…良かった」

  抱きしめていた俺の身体を離しながら、目の前の熊はそう言葉を続ける。

  アイザックのその言葉に、エイベルも限界だったのだろう。目の前の獅子はその顔を一瞬だけ歪めると、その大きな身体へと抱きついた。

  アイザックの下顎から見える牙が、微かに震えている。

  なぜか、目頭が熱くなっている自分がいた。

  「坊主…」

  眼帯越しに、彼が優しく笑いかける。

  俺は何も言わないまま、彼の身体へと抱きついた。

  白く逆立った彼の毛並みが、俺を優しく包み込む。

  黒い毛並みに覆われた彼の手の平が、そっと、俺の頭を撫でてくれた。

  「ルーカス…」

  「…よく頑張ったな、坊主。今日はつらかっただろう。だが…これでもう、安心だ。…偉いぞ、坊主」

  甘くはにかむように、彼は笑いかける。

  黄金色をした瞳が、朝日の光を吸い込んで綺麗だった。キラキラと輝くその水面の奥で、柔かな温もりが震えているのを感じる。

  大きな三角の形をした狼の耳が、ひこひこと揺れる。

  その愛嬌のある仕草が、大好きだった。

  「…帰るか」

  「…あぁ。家に帰ったら、ゆっくり寝るとしよう。今日は誰がお前さんと添い寝するか、ちゃんとこいつらとは勝負をしておかんとな」

  冗談のようなその声に、俺は思わず笑みを零した。

  それを見守るように、彼等がその瞳を優しくほころばせている。

  俺は息を大きく吸い込むと、一気にそれを吐き出した。

  首元に揺れるドックタグを、静かに握り締める。

  「…なぁ、ルーカス」

  「ん?」

  「もし、良かったら…これから――」

  あの時の映像が、目の前の朝焼けと重なる。

  高台のようなあの場所から、辺り一面に広がる草原が見渡せた。目映い朝日に照らされて、海の水面がキラキラと反射している。その真っ赤に染まった光に、なぜか懐かしさを感じた

  朝焼けの光が、一層にその輝きを増す。

  あの海は、ただ穏やかに、打ち寄せる波飛沫を朝焼け色に染めていた。

  あの冷たい海が、今ではなぜか寂しく見える。

  だけどもう、俺は一人じゃない。

  失った時間を、取り戻そう。

  帰るべき家を悟った今。もう、寂しくはない。

  目の前の朝日は、そんな俺達を祝福してくれているかのように光輝いていた。

  [newpage]

  30 ―エピローグ―

  あれから、数週間の時が過ぎた。

  俺の首元には、四つの模様が刻まれている。意識を向ければ、簡単に彼等と意思を疎通させることができた。

  俺の手の平に、揺らめく焔がその光を灯す。

  少しずつ火力を上げていくそれは、次第に球体へと変形していった。

  「…大分、コツを掴んだようだな」

  隣にいる熊が、俺にそう声をかける。

  もう片方の手の平で小さな竜巻を作りながら、俺は彼の方を振り返った。

  「…まだまだだよ。両手を同時にすると、なかなか安定しない」

  「…あのなぁ、ご主人。俺達と契約して、ほんの数週間だぞ? それでここまでできる人間はお前位なもんなんだからな」

  呆れたように、アイザックはそう俺を説き伏せた。

  その声に、俺は彼に笑って見せる。

  焦げ茶色をした瞳が、俺を優しく見つめてくれていた。

  「だが…できるに超したことはないだろ?」

  両手に具現化した炎と嵐を消しながら、俺はそう言葉を続けた。

  「ある程度は、自分の身は自分で守りたい。それに、その方が俺の自信に繋がるだろ?」

  「それは、そうだが…」

  「…ま、俺もできることはしておきたいだけさ。…帰ろうか、アイザック。そろそろ…ルーカス達が飯を作ってくれている頃だろ?」

  大学のキャンパス前にあるベンチから立ち上がりながら、俺はそう言葉を続ける。

  目の前を彩る噴水の水が、キラキラとその光を反射させていた。

  あれから俺達は、住まいを別の場所へと移した。

  2階建ての、中古の喫茶店。一階でルーカス達が料理を提供しながら、この一年の収入を得る。交代で、俺のキャンパスには誰かが付き添ってくれた。俺から見たら獰猛な獣の姿をした獣人だが、周囲の人間からはそれなりに背格好のいい人の姿に見えているらしい。彼等の服装も、現代に合わせたものへと着替えていた。

  今日は確か、ルーカスとエイベルが店当番だったはずだ。

  今では見慣れてしまったその光景に、思わず俺は笑みを零してしまっていた。

  「なぁ、ご主人」

  「なんだ?」

  「あの女と会うって…本気か?」

  恐る恐る聞いてきたその声に、俺は大きく息を吐き出す。

  どこか不安そうな彼に、俺は穏やかに笑って見せた。

  「…あぁ。いづれ、向こう側でも接触することになる。立場上は俺も彼女とは対等なんだ。何も問題ないだろう?」

  「だ、だが…あいつは――」

  「…それに、聞かなきゃいけないことがある。…カトレアのことだ」

  その言葉に、目の前の熊は言いかけた言葉を飲み込む。

  無理もない話だと思った。

  「…契約して分かった。カトレアは、まだ生きている。だが…俺とのパスが一向に繋がらない。なら、誰かと契約していると考える方が自然だ」

  「お、お前…それって…」

  「…まだ分からない。だが、可能性はある。もし、カトレアが生きているのなら…ガルとテスにも関係のある話だ。…二人の主人として、見逃す訳にはいかない」

  歩きながら、俺はそう彼に言葉を続ける。

  少しだけ息を吸い込むと、一気にそれを吐き出した。

  見上げた空は、澄んだように蒼い。

  透き通るその蒼さに、心が、洗われた。

  「すまない、アイザック…このことは――」

  「…分かっているよ。誰にも言わねぇ。…もちろん、ガルとテスには尚更だ。…安心しろ」

  白い下顎の牙を見せながら、隣にいる熊は笑う。

  その気さくさが、今は有り難かった。

  「ありがとう。アイザック…」

  「…いいっての。ほら、さっさと行こうぜ。ルー達が待ってる。…俺は、お前が無茶しねぇのなら…全力でサポートしてやるよ。…何があろうと、俺はお前の味方だ」

  大きな手の平が、バシバシと俺の背中を叩いてくれる。

  その痛みに励まされるように、俺達は歩幅を早めた。

  「おう、坊主!! 帰ったか!!」

  ドアを開けた瞬間。

  聞き慣れたその声が、俺に返ってきた。

  見れば、シェフの姿をした黒い狼が俺を出迎えてくれる。

  バックを下ろしながら、俺はカウンター席へと向かった。

  「ただいま、ルーカス。…テスは?」

  「…ここだ。おかえり、マスター。…とりあえず、コーヒーでいいか?」

  焦げ茶色の鬣を揺らめかせながら、エイベルがその姿を現す。

  ルーカスと同じようにシェフの姿をした彼の目元には、珍しくサングラスがかけられていない。

  俺はカウンターへと座りながら、彼に微笑みかけた。

  「あぁ、ありがとう…テス。…アイザックは?」

  「俺もご主人と一緒でいいよ。…すまんな、テス」

  「…お安いご用だ」

  甘く微笑みながら、目の前の獅子はコーヒーを淹れていく。

  ほろ苦い香りが、辺りを包み込んだ。

  いつもそうだ。

  エイベルが淹れてくれたコーヒーは、なぜか、心が安らぐ。

  いつも俺が楽しみにしている。いつもの光景だった。

  「さっき、お客さんも終わったんだ。…遅くなったが、昼飯にしよう…坊主。ちょいと作ってくるから待ってろ」

  白い牙を見せながら、眼帯越しに黒い狼はそう豪快に笑った。

  見れば、大きな尻尾が左右に大きく揺れている。

  「ありがとう、ルーカス。…いただくよ。そういえば…ガルは?」

  「あぁ…あいつなら、さっき2階にいたぞ」

  コーヒーカップを差し出しながら、目の前の獅子はそう言葉を続けた。

  ほろ苦い香りが、鼻先を燻る。

  「あいつのことだ。また本でも読んでいるんだろう。…呼んでくるか?」

  「いや、俺が呼んでくるよ。…ごめん、テス。ガルの分までコーヒー淹れといてくれ」

  一口、俺は彼が淹れてくれたコーヒーを口に含む。

  爽やかな酸味とほろ苦さが、喉の奥を洗い流した。胸の奥へと染みこむその熱に、ふと、俺は目を閉じる。

  俺はカウンターから立ち上がると、2階にある部屋へと向かった。

  懐かしい、甘い香りがする。

  いつもガルディア達から香る。沢山の花の香りだった。その香りに釣られるように、俺は扉を開ける。

  「…ガル?」

  あの蒼い虎が、そこにいた。

  飾られた俺の写真を手に取りながら、静かにその瞳を細めている。

  エメラルド色をしたその瞳が、微かに濡れていた。

  「…どうかしたか?」

  「いや…何でもない。ただ、懐かしいと思ってな。…すまない」

  彼は写真立てを棚に戻すと、そっと、俺の身体を抱き寄せてくれた。

  大きな手の平が、そっと俺の頭を撫でてくれる。

  その温もりに、俺は甘えるように彼の身体を抱きしめた。

  「…温かい」

  「…あぁ。駄目だな。このままじゃ…主と愛し合いたくなってしまう」

  困ったように、目の前の虎は俺に笑いかけた。

  その笑みが愛おしくて、俺は目尻をほころばせる。

  何も言わないまま、俺達は互いの唇を重ね合わせた。

  柔らかな、熱い温もりが溶け出していく。絡み合う舌先が、確かな愛を叫んでいた。

  「…行くか」

  「…あぁ。ルーカス達が、飯を作って待っている」

  大きな手の平が、俺の頭を優しく包み込む。

  きっと、それ以上の言葉はいらなかっただろう。

  俺は大きく息を吸い込むと、もう一度彼の身体を抱きしめた。

  柔らかな熱が、この家に息づいている。

  きっと、人はその命を終わらせる、その日が必ずやってくるのだろう。それを、悲しい別れだと嘆く人もいるだろう。

  だけど、もう怖くない。

  この温もりが、息づく今。もう、何も寂しくなかった。

  違う名前と、違う姿で。また、もう一度巡り会おう。

  例え、その記憶をなくしてしまったとしても。生まれ変わったこの魂は、確かにこの愛を憶えていた。この温もりを、確かにこの魂は刻みつけていた。

  温かな温もりが、包み込む。

  例え、何度生まれ変わったとしても。この心は、きっとこの胸の中へと帰るのだろう。

  柔らかな熱が、この家には息づいていた。