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【5】おにぎりの具は焼き鮭が「ジャースティスっ!」
ふわりと意識が身体に浸透して、肉体が重力を自覚する。
ベッドの上で仰向けのまま、ぐぐっと両手足をまっすぐにして伸び。
この時気を付けないと、脚が攣るので要注意。
運動不足なのは重々承知。
いつの間にか外れ、枕の横に転がっていたヘッドフォンを作業机に置きつつ、ベッドから脚を下ろす。
座った体勢のまま、ぼーっと何を見るともなく空間を視界に収め続けること数分。
ふっと机の時計に意識が向けば、現在は八時半。
午前と午後のどちらだろうか?とスマホの画面を確認した。
「夜か。寝過ぎだわな」
道理で怠いはずだと座ったままで背筋を伸ばし、首を回してゴキゴキ鳴らす。
リモコンで部屋を明るくしてから、クローゼットを回り込んで廊下へと続く開けっ放しのドアを潜る。
トイレに寄って、洗面台へ。
歯を磨いて洗顔。保湿。起きてからのルーティンをこなす。
それが終わると動線を辿って部屋に戻り、眼鏡を掛けて冷蔵庫を開け、中身をチェック。
「何か食べるのはあったかなっと・・」
ジーと鳴る冷蔵庫の微かな機械音を聞きながら覗き込んだ中身は、ほぼ空。
調味料とジャム、後はビールくらいしか入っていない。
「・・・・仕方ない。コンビニ行くか」
スマホで電子マネーの残高を確認して、放り出してあった芋ジャージを片手に、頼子は玄関へと向かった。
〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇
30分ほどして、ビニール袋を両手にホクホク顔で戻った頼子。
「新刊、新刊、嬉しいな~♪」と即興の歌を口ずさみながら廊下を進み、部屋へと足を踏み入れた。
ペタペタと素足で冷蔵庫へ向かう途中、唐突に「遅かったな。外出か?」と声を掛けられ、びゃっ!と飛び上がる。
「うっわ!びっくりしたっ!!!」
「・・・何故そんなに驚く・・」
「一人暮らしなもんで!家の中で他人の声がするのに慣れてないもんで!!」
ドッ!ドッ!ドッ!と早鐘を打つ心臓を押さえる様にして、如何にかして落ち着こうと胸に手の平を当て撫で擦る。
「ビビった!マージびびった!変な汗掻いた!!」
「それは悪かったな」
鏡の向こうで青年は椅子に腰かけており、尊大に腕と脚を組んでそう言い放った。
「っふー。いやゴメン。寝たらアド君の事コロッと忘れてた私が悪い」
頼子は青年の態度を気にするでもなく、深呼吸をしてビニール袋を冷蔵庫の前に置くと中身を移し替え始めた。
「・・・一人暮らしと言ったな?こんな時間に、女性が一人で出歩くな。命は大事にしろ」
「ん?ああ。この国はこっちの世界でトップレベルの治安を誇っててね。女の人が夜に出歩いても、ほぼ問題なし」
「最低限の警戒はするけどね~」と言いながらビニール袋を鏡台に置き、おにぎり数個とペットボトルの緑茶、から揚げの袋を取り出した。
一緒に買った漫画はベッドへと放る。後で読むのが楽しみだ。
「・・凄い国なのだな・・」
「かもね。生まれた時から住んでるから、当たり前としか思わんけど」
「さもありなん。ところで、コレは何だ?」
「私の朝ごはん?まぁ、夜だから夕ご飯か」
「・・・あまり美味そうには見えんな」
「失礼な。まぁでも確かに?外国の人は初見でドン引くこともあるそうだから、そっちから見たらそうなのかもね」
「もちろん私は好きだけどー」と、頼子は鏡台の椅子に座って、早速おにぎりの包装を剥がし始めた。
「おい、ここで食べるのか?」
「いつもならあっちの机で食べるけど、そしたらアド君暇するでしょ?」
パソコンのある作業机を指さし「いただきます!」とおにぎりを一口齧る。
パリパリっ!と海苔が割れる小気味よい音がして、口の中に焼き鮭の塩気が広がり唾液がじゅわっと溢れて来た。
「ん~♪これこれ!」
「・・・そんな風に目の前で食べられると美味そうに見えるな・・」
「あ、そっか。ゴメンゴメン配慮不足でしたわ。アド君も何か食べてみる?」
「おにぎり苦手そうなら、コレとか行ってみる?」とから揚げの袋を開けて見せる。
ふわり、と揚げ物の油とニンニクの香りが広がって、青年は喉をゴクリと鳴らした。
「・・そうだな。試しても良いか?」
「はいはい。今お皿と箸・・・じゃなくて、フォークを出すからちょっと待っててねー」
食べかけのおにぎりを、さっき剥いた包装の上に置いて、シンク横の食器棚へと向かう。
適当な皿と、ガラスのコップ。お弁当なんかに付いてくる包装されたプラのフォークを手にして鏡台へと戻った。
「はいお待たせ。良かったらこっちのお茶もどうぞー」
「頂こう」
「あいよー」
持って来たお皿にから揚げを三個ほど乗せ、まだ口を付けていなかった緑茶のペットボトルからガラスのコップへ半分ほどを注ぎ、青年の方へと差し出す。
「はい。零さないように気を付けて?」
コップの縁を持ってそう注意を促す頼子に、青年は眉根を寄せて言った。
「・・グラスは先に渡した方が良かったんじゃないか?」
「だね。次からはそうする」
フォークの包装を開けて手渡すと、またおにぎりを手に取って一齧り。
咀嚼して、ペットボトルへ口をつけて傾ける。
「ナイフは無いのか?切り分けられんぞ?」
「無くはないけど、別にそのまま齧れば良いじゃん?」
「・・・・分かった」
暫し葛藤した青年は言われた通り、から揚げにフォークを刺すと、そのまま小さく口をあけて少しだけ齧り取った。
小さな欠片を、咀嚼することなく瞼を下ろして味わう・・・
と、唐突にカッ!と目を見開いた。
先程とは打って変わり、大きな口でから揚げを齧ると、モグモグ!と鼻息荒く咀嚼し始める。
そしてあっと言う間に空になる皿。
緑茶も一口飲んだ後は、ゴクゴクっと一気に飲み干してしまった。
そんな欠食児童のような青年の様子に、頼子は「美味しいでしょ?」と笑いながらまた一口おにぎりを齧る。
「ああ、美味いっ!これは何という料理なのだ?!」
「ん。から揚げ。鶏の肉に味付けして油で揚げたヤツ」
「カラアゲ・・・鳥の肉がこんなに柔らかいとは・・こっちの飲み物は?茶というには凄い色だったが」
「緑茶。熱を加えて発酵を押さえた茶葉を抽出したモノ」
「アヤが食べているのは?」
「これはおにぎり。米っていう穀物を蒸して柔らかくした状態の物を食べやすい形に整えたヤツ。中に色んな具材を入れたりする。巻いてあるのは海苔。海藻ってわかる?海の中に生えてる植物。それを集めて乾かしたのを炙ってあんの」
二個目のおにぎりを開けながら、知っている範囲内で解説してやる。
今度はおかかだ。その次は細長いエビフライ巻き。
「海っ!?アヤの国は海に面しているのか?!」
「アド君とこは内陸なんだ?うちはちっこい島国だからね。海に囲まれてるから、海産物は豊富だよ?国民食みたいなモンだし」
「なんと、それは羨ましい・・・しかし、余程優秀な者が国を治めているのだな」
「へ?なんでそう思ったん?」
「いや、小さな島国なのだろう?ならば国民の数もそう多くないはずだ。だが夜間に女性が一人歩きできる程に治安が良いとは・・あぁ、そうか!人が少ないから犯罪も少ない。という事か!!」
青年がいかにも『どうだ?当たっているだろう?理解できるかな?』といった感じで、上から目線のドヤ顔で言うものだから、頼子はちょっと申し訳なさすら感じながら答えた。
「いゃぁ~・・こっちの世界では上から数えた方が早いくらいの人口だったと・・」
「なんと?!そちらは人の数がそんなに少ないのか!?あぁ、人種は少ないという意味か。それなら納得だが」
「へ?その言い方だとそっちには人以外の種族もいるってコト?!テンプレキタコレっ!!」
「てんぷれ?が何かは解らんが、人種以外にもいろいろ存在しているに決まっているではないか」
「や、こっちは人しかいません」
「?!なんと・・・それは争いが少なそうで良いな」
「イヤイヤ。世界のどこかしらで絶えず戦争してます」
「人同士だろう?」
「人同士なので」
三秒ほど見つめ合って、同時に遠くに視線を逸らし溜息を吐く。
「・・人とはどの世界でも業の深い生き物なのだな・・・」
「ホントそれな・・」
なんとも虚しい空気が漂うが、頼子の「ヤメヤメっ!ご飯が不味くなるわっ!」の声にそれもすぐさま霧散した。
「辛気臭いのは苦手でござるっ!!そだ!アド君はお酒飲める?」
「あ、あぁ。嗜む程度には」
「じゃあ飲も飲も!!今日は私が奢っちゃる!!」
「アヤは起きたばかりだろ?良いのか?」
「私は暫く原稿作業・・まぁ仕事?は落ち着いたとこでさ。二週間くらい休暇だよ。アド君は?明日の予定とか」
早速冷蔵庫へと足を向け、中にあったビールとコンビニで買ってきた缶チューハイを取り出しながら訊ねた。
「私も休みだ」
「それはナイス!じゃあ遠慮なく飲んでくれたまえ!!」
食器棚まで足を延ばし、タンブラーを二個手に取って鏡台へと戻る。
鈍い銀色のタンブラーを手渡され、興味深そうに色んな方向から眺めていた青年だが、プシッ!と音を立てて開けられた缶の方にハッとして視線を向けた。
「それは酒、なのか?」
「そ。金属製の入れ物に入ってて、ある程度の期間保存出来るようになってんの」
「ほぅ。どのくらいの期間だ?」
「ん~と。これは1年くらい?中身にもよるけど」
質問に答えながら缶を持ち上げ、視線で青年の手元を指し示す。
青年は難しい表情のまま、タンブラーの口をこちらに向けた。
「それは・・凄まじいな。もしその技術をこちらで再現できれば、食料の輸送が大幅に改善される・・戦の在り方が変わるぞ」
「だろうね。こっちでも戦争に利用されたりしてるし。でも200年くらい前からある技術だから、今は日常生活で役立つ便利な物って感じが強いかな?」
「にひゃっ!?」
「ままま、色々気になるだろうけどまずは乾杯と行きましょうぜ旦那!!」
「・・・・そうだな。時間はあるんだ。質問は追々させてくれ」
「はいはーい。わかる範囲でならお答えしましょう!」
頼子も自分のタンブラーにビールの残りを注ぎ「では、二人の出会いにカンパーイ!」とご機嫌で宣言。
青年のタンブラーと軽く打ち合わせて飲み会が始まった。
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