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【7】大変ご立派な志ですね。ケッ!

  青年がビールを飲み切って、頼子も二本目に突入した。

  空いた食器を下げ、鏡を挟んだ二人の前には今はスナック菓子が広げられている。

  「はいどうぞ」と渡され、おちょこを手にした青年はその美しさに目を細めた。

  「アヤは一人暮らしの割に、このような器を所持したり家に風呂があったりと、随分と裕福なのだな」

  「え?いや~。確かに食うには困ってないけど、そんな裕福という程ではないかな?それも千円くらいで買ったやつだし」

  「は?裕福ではない?嘘を言うな嘘を!茶で出されたグラスといい、この器といい、どれも素晴らしい品質だぞ?!せんえんとは価格の事か?どれくらいの価値なのだ?!」

  「ええっと・・私の飲んでるヤツが6本は買える額だね」

  「その酒の価値も解らんと言うに!もっと解りやすい例えは無いのか?」

  「ん~。普通のお昼ご飯2回分?一般家庭の子どもの小遣いで買えるよ」

  「なんと、非常識な・・」

  「そりゃ世界が違うんだから、常識が違うのは当たり前でしょうよ」

  そう言ってカラカラ笑う頼子。

  一方、青年は眉根を寄せ、おちょこを眺めながら「これを、子どもの小遣いで・・?」と難しい表情だ。

  認識の相違に振り回されている青年に苦笑して、頼子は酒瓶を掲げながら言った。

  「まぁ、その辺の常識の差は時間かけてすり合わせるしかないでしょ。鏡がいつまで繋がったままなのかは分らんけども」

  「それはそうなのだが・・慣れる気がせん。鏡の事は直ぐに調べてみようと思う・・おっと」

  差し出された酒瓶から、トクトクと音を立てて酒が注がれた。

  透明な液体が、青色が斑に散る器の中で揺れる。

  「ビールより5~6倍度数が・・酒精が強いからチビチビのむのが良いよ」

  「わかった」

  「はーい乾杯!」と仕切り直しの合図をして、頼子はタンブラーを少し掲げて口を付ける。

  青年も「乾杯」と答えて器を傾けた。

  「っ!予想以上に、強いな!」

  「だよ~。だから慣らし慣らしいきなされ~」

  「気を付けよう。しかしまた、これも美味い・・」

  「ははっ。アド君は結構イケる口なんだねぇ。私はビールみたいに苦かったり泡立ってたり、度数キツイのは苦手ナリ~。甘くてジュースみたいなのが好きだわさ」

  「もう酔ったのか?口調がおかしいぞ・・まぁ、最初からアレだった気もするが・・」

  「シレっと酷い事言う~」

  ケラケラと笑う頼子は心底この飲み会を楽しんでいた。

  思えば、友人以外と酒を交わすなど随分と久しぶりの事だ。

  訳あって、この2年程は即売会にも顔を出さず、友人に売り子をしてもらっている状態が続いている。

  必然的に外出も減り、友人を除いた他人と、会話らしい会話も本当に久しぶりだったのだ。

  成程、自分は他人との交流に大分飢えていたらしいと自覚して、自身の浮ついたテンションにも納得がいった。

  「楽しいなぁ~・・そだ。ねぇアド君。時々で良いからまたこうして一緒に飲もうよ~飲まなくっても、お話しするだけでも良いからさ~」

  「それは・・まぁ、構わないが」

  「やったね!あ、でもお仕事とかで忙しい時は遠慮なく言ってくんな!私も作業が詰まったら身動き取れないからさ~」

  「私の方の心配は無用だ。暇だからな」

  「あれ?明日がお休みとは言ってたけど、暇してんの?」

  「―っ!・・あぁ」

  何気ない質問に、青年は『失言だった』とでも言うように眉根を寄せた。

  苦悩を滲ませた顔をして、その場を取り繕うようにガラスの器を傾ける。

  「なぁに~。悩み事?お姉さんに話してみなよ~」

  絡みながら、酒瓶を持ち上げて追加を注ぐ頼子。

  青年は難しい顔のまま酒を受け「・・簡単に言うな」とますます顔を顰める。

  「なんで?言ってみたらいいじゃん。愚痴でもなんでも聞きまっせ?アド君が私にどんな話をしようが、周囲に漏らされる心配が無い分、気楽でしょ?」

  暫し躊躇った後「・・・・それもそうだな」と青年は頷いて口を開いた。

  「私の家族は民・・あ~。人々の生活が豊かになるように手助けする仕事をしているのだが、今は長兄が取り仕切っている。次兄はその手助けとして、治安維持の役職に付いている。他にも、姉や弟妹たちも、それぞれ家族の仕事を補佐したり、役割分担したりして頑張っている」

  「ほぇ~立派なご家族だねぇ・・」

  「あぁ。自慢の家族だ」

  「ほんで?ほんで?」

  「私は魔力の保有量が平均より桁違いに多くてな。そういった場合、幼い時は体調を崩しやすく、儚くなりやすい」

  「そうなんだ。でも今こうしてるって事は、もう平気なん?」

  「あぁ、大丈夫だ。何も問題ない。それで・・小さい頃は家族が心配してな。それはそれは過保護な生活をしていたんだ」

  「うん、うん。そうだろうねぇ。それで?」

  「・・ある程度の歳になると家族は皆仕事を始めた。だが、私は体調が整うまでそれも出来ず・・出遅れた事で、手伝えることが無くなった・・故に暇を持て余している」

  「えぇ~・・何かあるでしょ。お手伝い出来る事」

  そこでまた眉根を寄せ、器を傾けた青年。

  「書類仕事・・ペンが爆発する」

  「何で?」

  「魔法・・クソのような低威力で役に立たない」

  「だから何で?」

  「剣はまだマシだが・・次兄の手伝いは・・次兄を取り巻く状況的に難しくてな・・」

  「えぇ~・・?」

  「故に、いつか何かの役に立つかと、精々身体を鍛える日々だ」

  「・・・家族はアド君の事、何て言ってんの?」

  「仕事がなくとも「大事な家族だ」と気を使ってくれている・・家を出る事も考えたが、皆に泣いて止められてな・・」

  遠い目をする青年の背景が、急に煤けて見えて来た・・

  「・・・・アド君は今の状態に甘んじたくないんだねぇ・・」

  「もちろんだ!我が家の義務として、本当に小さな事・・孤児院への訪問だとか客の対応だとかはしているが・・もっとしっかりと役に立ちたい・・皆が私にしてくれた事を、少しでも返したいのだ・・」

  「辛いねぇ・・頑張ってるんだねぇ・・おばちゃん何だか涙が出るよ」

  「分かってくれるかっ!」

  握りこぶしを震わせていた青年は、頼子の言葉にはっと顔を上げて、理解者が現れた事を喜んだ。

  一方、頼子は異世界のイケメンが実はニートらしいと知って、同情心が芽生える。

  自分だって、いつ同人が売れなくなるか分からない、割と綱渡りの生活だ。

  故に貯金している訳だが、これもいつまで続けられるか・・

  社会生活がままならない者同士だという事を知って、何だか急に親近感が湧いたのだった。

  「しかしまた、魔力?が沢山あるのに魔法の威力がないって・・何でなん?」

  「魔力が多ければドーンと強いの出せたりするんじゃないの?」と首を傾げる頼子に、青年は「普通はな」と頷いて見せた。

  「魔術院の者が言うには、私が無意識に魔力放出に鍵を掛けているそうだ。自滅を防ぐための本能だろうと。魔法を使う時のイメージを細かく思い描ければ、アヤの言う通り強力な魔法が使える筈、なのだが・・」

  「出来ないと?」

  「あぁ。例えば、平均的な魔力の持ち主が水の魔法を使うとする。必要なのは水のイメージに精々『大きさはこのくらい、こう動かしたい』と思い浮かべるだけ・・らしい」

  「ほへえ。簡単そうに聞こえるね。じゃあアド君は?」

  「同じような魔法を使う場合、水のイメージが「水」だけでは足りないのだ・・「水」とは何かを真に理解しなければ、魔法は発動しない・・ということらしい」

  「たまに発動してもカスみたいなものだからな」と言う青年の表情は、何度も挑戦し、挫折を繰り返し味わった者特有の苦悩が滲んでいた。

  「んじゃお勉強しなきゃだねぇ」

  「私もそう思った。だが、水とは何か・・そう皆に問うても、水は「水」だとしか説明できないのだ」

  「えぇ~・・」

  んな馬鹿な。

  氷は?蒸発して気体になるって事は?

  H2oだから・・水素と酸素の化合物・・って理科や化学は知らないか・・

  「ん~と。水は温度によって三つの状態に変化するのは知ってる?」

  「?いや・・そうなのか?」

  「じゃあ氷は?」

  「?・・氷は氷だろう?」

  その答えを聞いて衝撃を受けた頼子は「Oh・・」とだけ呟いた。

  教えるか?こっちの理科と科学・・

  でもそんな義理あるか?

  しかし凄く困ってるし、悩んでいる様子・・

  教えたとして、責任持てるか?

  あちら側でどんな影響が出るか分からないのに・・無責任な事は・・

  あぁ。これだから。

  他人とは深く関わり合いたくないのだ。

  助けてあげたい気持ちと、面倒くさいという怠惰で身勝手な思いとの狭間で、自己満足を得たいという欲求に理性が崩されそうになる。

  「なぁ・・もしかして、出来るのか?・・「水」についての説明が」

  「・・・出来るっちゃあ出来る」

  「なっ?!頼むっ教えてくれっ!」

  「う~~~~ん・・だが断るっ!!」

  「何故だっ?!」

  手前の台を叩き、勢いよく立ち上がった青年は焦燥に駆られ大声を上げる。

  「『無責任な人にはなりたくない』っていう、私の我が儘・・かな?」

  「・・意味が解らん。どういうことだ?」

  問われ、頼子はどう自分の気持ちを伝えるかを考えながら、タンブラーを傾けた。

  「知識ってのはさぁ・・「教えたらはい終わり」ってワケにはいかんのよ。教えた側には、「教えた者としての責任」ってのが必ず付いて回るワケ」

  「私はそれが面倒で嫌なの。身勝手でしょ?」

  そう言って、頼子はまた酒を飲む。

  責任。

  大嫌いな言葉だ。面倒臭い。嫌な思い出ばかりだ。

  ホント、出来るなら一人別世界で暮らしたい。

  絶対無理だけど。

  離島なんかに行ったとしても、どうせすぐ人恋しくなって友人に泣きつくのが目に見えている。

  自分はとんだ甘ったれだ。

  嫌になる。

  他人に迷惑かけてばかりな自分を思い出して、自己嫌悪に呑まれそうになった時。

  青年が静かに言った。

  「解った。では、絶対に責を負わせないという約束でならどうだ?」

  「へ?」

  「責を負いたくない。と言うのなら、アヤに教えて貰った、そちらの世界の知識については私が全責任を引き受けよう。何があっても、誰にも、アヤを責めさせない」

  「勿論、私自身も含めて」

  そう言い切った異世界の青年は輝いて見えて・・

  眩し過ぎて、腹が立った。

  責任の重さを解ってない若造が、イキっているようにしか見えなかった。

  逃げ続けている自分が酷く矮小な存在に思えて卑屈になる。

  とても、とても酷い目に合わせたく、なった。

  「へぇ・・・そこまで言うんなら、自分の発言には責任持てんだよね?」

  「勿論だ!」

  「んじゃ、こっちの知識を教える代わりに、素材になってよ」

  「・・は?」

  「私の仕事の素材になりやがれっつってんの」

  「いや、意味が・・」

  「いいから・・」

  「黙って脱げや」

  後に、異世界の青年は語る。

  「あの時はアヤの背に邪神が視えた・・取って喰われるかと思った」

  と。

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