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【136】予想外の理由と鬼人の話。

  『・・やり過ぎたか?』

  これ以上やると取り返しのつかない傷を負わせかねないと思い、急ぎ無力化しようと水を流したのだが・・

  少々加減を誤ったかもしれない。

  静まり返った空間に、鳥の鳴き声が妙な空虚さで響く。

  ぴくりとも動かぬ黒髪に不安を覚え始めたころ、静寂を突き破り唐突に腕立ての姿勢で顔を起こした。

  「げっほ!ごほっ!こ、殺す気かっ!」

  泥状になった地面に顔を押し付けられ、窒息しかけていたらしい。

  激しく咳込む黒髪に向かって、内心胸を撫で下ろしつつ訊ねる。

  「すまない。平気か?」

  「はっ!このくらい何て事・・あ、脚が痺れて・・」

  どうやら魔剣の電撃が水を介し、黒髪自身に影響を及ぼしたようだ。

  肘で上半身を支える事は出来たものの、それ以上はどうにも動けない様子。

  これなら暫く大人しくしているだろうと警戒を解き、近くまで寄って話しかける。

  「何故剣を抜いた?」

  無言のままフイ、と視線を逸らす黒髪に更に問うた。

  「冒険者同士での戦闘は禁止だと聞く。例外は手合わせ等の力試しだが、それも木剣等の非殺傷武器でのみ許されていると。3等級ならば、知らない筈がないと思うが?」

  緊張が張り巡らされた場に、淡々と紡いだ言葉が響く・・

  変わらず無言を貫く黒髪に「何か言ったらどうだ?」と発言を促す言葉を掛けると、鋭い目つきで下から睨みつけられた。

  「うるっせえっ!お前の所為で!クソっ、何でこんなヤツばっかり・・」

  憤懣を爆発させた黒髪は一転、どうにも出来ない苦しみを抱えた顔で目尻に涙を滲ませる。

  その様子から『やはり何か事情があるのだな』と察して、まずは話を訊かねばと言葉を重ねた。

  「とにかく一度落ち着いて―「俺だってお姉さんとイロイロやりたいっっ!!」

  「・・・うん?」

  『どういう意味だ?』と首を傾げると、様子を見守っていた黒髪の仲間らが頭痛を堪えたような顔で「説明させてくれ」と申し出てくる。

  それに頷きで了承すると、最初は話し辛そうにしていた2人だったが、ぽつりぽつりと経緯を語ってくれた。

  「あ~。つまり・・リックのコレは嫉妬なんスよ」

  「恥ずかしい話だべ・・」

  こちらの仲間全員が「理解不能」と眉根を寄せると「その気持ち、よく解るっス」と頷く[[rb:戦棍 > メイス]]使い。

  「このアホ。「美人な嫁さんもらって他の男が羨むような生活をするんだ!」つって村を出て冒険者になったらしいっス」

  「んだども、[[rb:女子 > おなご]]に慣れてなかったんだなぁ。失敗続きで、ちょぉっと拗らせちまったんだぁ・・」

  「最近も告白して玉砕したんス。それから男女が一緒にいるだけで睨む始末で・・特に男1人に女数人って組み合わせが癇に障るらしいっス・・」

  「まぁ、30回も失敗すりゃのぅ・・気持ちは解らんでもないんだども、八つ当たりは駄目だべ」

  木に背中を預けて座る黒髪に、全員の視線が集まる。

  「はぁ?なんだそりゃ・・」

  「あらあら~」

  ・・う、む。

  散々な態度に色々と考え悩みもしたが、まさかそんな理由で目の敵にされていたとは・・

  流石に予想外だ。徒労感に溜め息も出るというもの。

  何とも反応に困り無言でいると、三つ編みが小首を傾げて疑問を口にした。

  「あら~?でも~。そちらも男性1人に女性2人の組み合わせよね~?」

  「自分の事は見えてないのかしら~?」と言う三つ編みに、黒髪は顔を顰め、視線を斜め下に外して答える。

  「・・子どもに欲情するような外道になるつもりはねぇ」

  その言葉に反応したのは戦棍使いで、「だからっ!」と声を荒げた。

  「あーしは成人してるって何度も言ってるじゃないっスか!!」

  「・・見た目は子どもじゃねーか」

  「むき―っ!!訂正するっス!あーしはちゃんとしたオトナの女っス!」

  「まぁまぁ。落ち着いてけろミュレ。こんばっかりは「種族的な価値観の違い」ってやつだべ?仕方ねぇべさ」

  ぽんぽんと仲間の背中を優しく叩いて宥める鬼人を見て、今度は褐色肌が問うた。

  「だとしても、あんたみたいなキレイどころも一緒だろ?それなのに不満だってのか?」

  あぁ。その問いは尤もだ。

  だが私は、その疑問に対する答えを既に知っている。

  王族たるもの、国にやって来る種族について「知らなかった」では済まされない。

  故に周辺国だけでなく、国に所属していない少数種族の事まで学んでいるのだ。

  そのような訳で、種族に関する知識は市井の者たちより豊富だと自負している。

  鬼人はここ数年王国に流れて来るようになった目新しい種族で、元々は遠くの孤島の固有種だったと聞く。

  王国と関わるようになってまだそう経っていない為、詳しくない者も多い。

  鬼人についての情報を思い出している間に、当の本人はけろりとして返した。

  「あぁ、そぉーか!お[[rb:前 > めぇ]]さはまだ知らねんだな?」

  「ん?どういうこった?」

  そう問い返した褐色肌に、鬼人は胸をはり腰に手を当てて堂々と言い放つ。

  「おらは[[rb:男 > おのこ]]だべ!」

  予想もしなかった鬼人の言葉に、目を大きく見開いた褐色肌は思わずといった様子で声を上げた。

  「はぁ?!嘘だろ?!だって胸あんじゃん?!」

  「あらまぁ~・・」

  そう。鬼人という種族は女性の象徴たる、ふくよかな胸を持つ方が男性なのである。

  「おらもここさ来て驚いたべ!話には聞いてたんだども、本当にどの男もまっ平でな!最初は『そげに小さくては赤子に乳さ飲ませにくくて大変だべ?』って思ぅたけんども、まさかこっちでは女子さが乳やりするとはなぁ・・」

  「もぅびっくらこいたべ」と腕を組み、『理解に苦しむ』といった風に顔を顰めた。

  「いやいや・・こっちがびっくりだぜ・・それじゃ何か?鬼人ってのは男が赤ん坊に乳飲ませんの?生むのは女、なんだよな?」

  「んだべ。おらたち鬼人は女子の方が男より倍くらいでっかくてな。それに「腹の子を守る為に女子は強くあらねば」と皆が鍛えるもんで、もぅ強いのなんの!」

  「おらなんか片手で捻り潰されるべ」と腕を組んだまま何度も首肯して見せる鬼人に、褐色肌と三つ編みは戸惑った様子で視線を交わし合う。

  「え~と・・赤ん坊生むのは大仕事だって聞くけどよ。その辺はどうなんだ?」

  「ん?女子はぽんと生んで、すぐ狩りさ行くだ。おらたちのとこの赤子はちっこく生まれてくるでよ。そげに大変とは思わねなぁ」

  「まぁ、そうなの~。じゃあ旦那さんが赤ちゃんのお世話をするのねぇ~」

  「んだ。けんどまぁ周りの男衆で世話すっけぇ。種親も楽なもんだべ」

  「たねおや?・・種親?」

  「んだべ。乳やりするのが乳親って、おらたちは呼んどるでよ」

  「・・・これが種族の違いってヤツか。なんでかちょっと面白いと思っちまったぜ」

  「ホントね~」

  うふふ。あははと笑い声と共に和やかな空気が流れる中、黒髪が「ふんっ!」と荒々しく息を吐いた。

  「男のくせにデカい胸ぶらさげやがって!紛らわしいんだよ!お陰で恥かいたじゃねーか!」

  「そげな事言われっでも。こういう生まれだで仕方ねぇべさ」

  「それならそれで分かりやすく「男だ」と背中にでも目立つように書いとけ!」

  「んだども、[[rb:前 > めぇ]]に「おらは男だ」って札を下げて歩こうとしたら、「いらん騒動が起きる」言うて止められたでねか」

  「あぁ。そんな事もあったっスね・・」

  それはそうだろう。

  少し考えただけでも、同じ冒険者は勿論。興味を持った市井の人々、そして貴族までもが物珍しさに近づいてくるであろう事が想像に難くない。

  「ちくしょう・・どいつもこいつも・・お前らなんか嫌いだ」

  風弾で撃たれた所為で腕が斑模様になった黒髪が、弱弱しく悪態を零す。

  それを見た鬼人はふぅと溜息を吐き、黒髪の目線に合わせしゃがみ込んで言った。

  「リックよ。おらはここいらでは馴染みのねぇ種族だ。お前さみたいな態度をとられるのも、まぁ仕方ねぇと思うちょる。まだ慣れねが、その内気にならなくなるべさ。だから、おらの事はどう言ったってええ。同じパーティーの誼もあるでよ」

  身動きが取れない黒髪は静かに話す鬼人の言葉に瞳を揺らし、ばつが悪そうに視線を下げる。

  「んだどもよ。なんの関係もねぇこん人らに迷惑かけたのはいかん。反省して、心ば込めて謝らねば。のぅ?本当はもう、己でも分かっとるんだべ?」

  淡々と諭された黒髪は暫くの間無言を貫いたが、じっと見つめてくる鬼人に根負けしたか、不承不承といった様子で頷くのだった。

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