ディーラル侵蝕編 第三話 ペーテ・ディーラル

  008-003

  メファティを見送ったダインは北方風の衣装を纏ってディグランの街の探索を楽しんでいた。

  目立つ黒髪の頭をフードで隠した姿は人目を引くかと危惧していたが、街の中にはフードを被った人間も多く居て、安心して探索を楽しめそうだ。

  ダイン思考 『初めての土地を知るにはまず、何を食べているかを知るべきですね、市場の活気は都市の状態も表してますからね』

  そう思って、ディグラン最大の市場を訪れたダインで有ったが、市場には思った程の活気は無かった、露店の商品棚には空きも多く、並べられた商品は日持ちする物が多い様に思える。

  そこでダインは野菜や果実を扱っているであろう露店の店主に話し掛けてみる。

  ダイン 「商品が少ない様ですが、この時期は何時もこんな感じなのですか?」

  露店店主 「いや、何時もこの時期は商品で溢れてるんだが、今は南部からの仕入れが止まっているんだよ、バケルとゾゾンが揉めてて南の街道が通れないらしい、迂回路もあるが全く迷惑な話しだよ」

  バケルとゾゾンは王都南部に位置する豪族達だ、協定で南に伸びる街道を境界線としているのだが、一旦両者の争いが始まると街道が今の様に閉鎖されてしまうのだ。

  ダイン 「そうだったんですか、北部ではその様な話は聞いておりませんでした」

  露店店主 「争いが始まったのはここ数日だからなぁ、何でも賢人様ってのが街道の出店に新しい料理を教えたらしいんだが、それを教えろ教えないとか言うので争いになったらしいんだよ」

  露店店主の困り顔にダインも罪悪感を感じてしまう、確かにダインは数日前街道の出店に料理を披露してレシピを伝えたのだが、それが大事になるとは思ってもいなかったのだ。

  ダイン 「そんな事が大事になるんですか?」

  露店店主 「何でも幾ら食べても飽きない料理とかいう話だ、まぁこれ程大事になってるからには本当の話しだと思うが・・・そういえば、元凶の賢人様は今王都に居るらしいな、俺にも儲かる料理を教えて欲しいよ」

  その露店店主の言葉はダインに事態の打開策を思い浮かばせる、街道で作った料理を王都に広めてしまえば、その作り方を巡って争う事も無くなるだろう。

  ダイン 「デェーゼル粉に蜂蜜と卵と牛乳、あと季節の果物は手に入りますか?」

  露店店主 「難しい注文だが手に入らない事はねぇな、だが、料理を作るには噛み合わない材料だな、一体何を作るつもりだい」

  ダイン 「今までの常識を覆した先に新しい発見が生まれるんですよ、食材の組み合わせは無限ですよ・・・」

  露店店主は首を傾げたが、さっき自分が言った言葉を思い出してハッとなる。

  露店店主 「あんたもしかして、賢人様ってお人かい・・・」

  ダイン 「その名称は荷が重いですね・・・・ですがある意味で的を得た名称ですから仕方有りません、そこで私も名前に負けない行いを披露しましょう、私のやった事で大変な事態が起こっている様ですから」

  露店店主 「一体何をなさるおつもりで」

  ダイン 「賢人のお料理教室ですよ、私が知る料理の数々の作り方をここで披露しましょう、作り方が広まってしまえば争う意味も無くなるでしょうから」

  そして数時間後、市場には未だかつてない程の人間が押し寄せていた、騒ぎを聞きつけて王都警備隊が出動して人員整理を行っていなければ、市場が押し潰されていたかも知れない程だ。

  王都警備隊隊長 「確かに賢人様の思い付きは争いを収めるのに有効な手段だと思われますが、事前に話を通して貰わないと困ります」

  ダイン 「私の思慮が足りてませんでした、深くお詫びします」

  そのダインの言葉に品質の良い衣服を纏った少女が応える。

  王族の女性 「賢人様が謝る事はありませんわ、善かれと思って行動した事を罪に問うてはこの世は良くなりませんから」

  王都警備隊隊長 「ですがペーテ様、この様な騒ぎになってしまっては・・・」

  ペーテ 「これは民が幸福を覚えていない事の現れですよ、民が幸福ならこれ程人は集まりませんよ」

  ダイン 「貴女は面白い物の見方をしてますね、確かに食事は一番実感出来る幸福だと思います」

  ペーテ 「申し遅れました、私は現国王ヒーソフの娘で、ペーテ・ディーラルと申します」

  ダイン 「王女様という事ですか、無礼をお詫びしたします」

  ペーテ 「お気になさらずに、私などより賢人様の方が人として優れておりますから、王女などという肩書きは私には不相応です」

  ペーテの言葉をダインは意識の中で即座に否定する、ペーテには権力層の者が持つ傲慢さが感じられなく、民を思っている事が読み取れたからだ。

  ダイン 「いえ、私の行いを民衆の為と仰り、罪を問わなかった王女はお心の広い方とお見受けしました、私は他人を第一に考えられない身勝手な男ですから」

  ペーテ 「確かに何かしらの意図が有るのでしょうが、民に幸福を与えるのは素晴らしい事です、己が利益で争ったバケルとゾゾンには見習って貰いたいです」

  ダイン 「それは私が蒔いた種ですからね、しっかりと刈り取ら無ければ行けません」

  ペーテ 「そのお考え尊敬致します、王族でも自らの責任を放棄する者が多いですから」

  ダインはこのペーテという少女を偉く気に入った、確かに見た目に派手さは無く、自ら名乗らなければ王族とも思わなかった少女ではあるが、本質的に善人の人間は大切にしたいと思ってしまう、そして何よりペーテは純潔の処女であったのだ。

  ダイン 「それにしても王女様が何故市場などに居たのですか?」

  ペーテ 「私は同じ質問を賢人様に問うてみたいですが、やはりバケルとゾゾンの争いを収める為ですか?」

  ダイン 「それは成り行きですね、市場の活気が街の状況を読むのに一番解り易いですから、ペーテ王女も同じ理由でしょうか?」

  ペーテ 「恥ずかしながらその様な理由では有りません、噂の仕立て屋に服を頼みに来たのです、私は見た通り華が有りませんので、外から着飾ろうと思いまして・・・」

  ダイン 「派手な鳥が美味しいとは限りませんよ」

  ペーテ 「賢人様は面白い例えをなさりますね、ですが味の悪い料理も皆が美味しいと言えば美味しく感じる物です」

  ペーテは少し捻くれた考えをする様だが、飾らない言葉はダインの好感度を上げる。

  ダイン 「なるほど、私達は気が合うかも知れませんね、今度晩餐にお誘いしましょうか、これから披露するよりも手の込んだ料理をご用意致しますよ」

  ペーテ 「賢人様は天人様達の屋敷に移ったと聞いておりますが、天人様達の御意向を伺わないと行けませんよね?」

  ダイン 「彼女等は私を評価してくれていますから大丈夫ですよ、伴侶のミュウも喜んでくれるでしょう」

  ペーテ 「さすが人の身で天人様を妻に娶る方は違いますね、他の女性を招いても嫉妬されないのですか?」

  ダイン 「耳長は自分達と人間の時の流れが違う事を十分に理解してますよ、ミュウなどは私と他の女性との子をせがんでおります、私を失っても悲しみを抑える為だそうです」

  ダインは際どい話題を振る事でペーテの反応を観察する、勘の良いペーテは多分ダインの意図に気付いており、まさに釣られようとする魚の状態だ、そう後はペーテが餌を気に入るかの問題だ、因みにこの場合の餌とは賢人ダインと天人レ・ミュウの後ろ盾でディーラル王国の今の状況から考えるとかなり有効な餌である。

  ペーテ 「気を悪くされるかも知れませんが賢人様は女性が大好きなんですね、ですが、私にそれ程の価値は無いでしょう、飾って生える花では有りませんし」

  ダイン 「何も美しいだけが花の価値では無いですよ、蜜の多い花の方が私は好みですし、一輪でひっそり咲く花も良い物です」

  ダインは暗にペーテの見た目よりも、別の事を評価している事を伝える、そもそもこのダインの言い回しを理解出来る女性はダインにとって見た目よりも価値があるのだ、それにこのペーテという少女は暗い雰囲気で本来の良さを引き出せていないだけで、顔立ちの整った逸材と呼べる少女なのだ。

  ペーテ 「賢人様のお誘いは有り難く思いますが、私の意思で将来は決められません、ですからお誘いいただいた晩餐の折に返事致しましょう、天人レ・ミュウ様から直々の言葉も伺いたいですし」

  ペーテは無難な言葉でダインの餌を跳ね除けた、だが、その決定を導き出した要因はペーテの置かれた立場的な事が大きく、本人は心から拒否してはいない様に思える。

  ダイン 「そうですか、私もそろそろ準備をしないと行けませんので、もちろんペーテ様も食べて行かれますよね?」

  ペーテ 「その事なんですが私にも賢人様の料理を教えて頂けないでしょうか、私と賢人様が一緒に料理をすればより互いの理解が深まると思います」

  ペーテの提案に仕事が増える警備隊隊長は露骨に嫌な顔をしている、特設の壇上に立つダインは防御障壁が有るので目立っても大丈夫と説得されたが、ペーテ王女はダインの様な魔術は使えない。

  王都警備隊隊長 「それは無理な話です、警備隊は人混みの整理で手一杯でとても王女様を御守り出来ませんから」

  ダイン 「いや、私が障壁で壇上を覆えばいいだけですよ、それに気の利く助手が居た方が何かとやり易いですから」

  ペーテ 「魔術で護られるのですか、とても興味深いです」

  ペーテは魔術という未知の行いに対して興奮している様で、王都警備隊隊長もその勢いを否定する事のリスクを感じ取っていた、もしここでペーテを止めれば不興を買う事は間違い無く、それは本人のみならず一族に迷惑を掛けてしまうかも知れない。

  そこでダインは王都警備隊隊長を助ける為に提案を示す。

  ダイン 「私の魔術で無理矢理拘束されたとでもして下さい、全ては私がやった事にすればいいだけです、何せ私には人を従わせる魔術もありますから」

  ペーテ 「それ、本当なら何故私に用いないんですか?」

  ダイン 「今は使う必要が有るとは思えませんから、私も少しはディーラルの国情を知ってますからね、それに父王ヒーソフに会えば今後の道も定まるでしょう」

  ペーテ 「意味深な事を仰りますね」

  ダイン 「まぁ言葉通りの意味ですね、この場のペーテ王女の身の安全はこのダイン保証します、素直に認めてくれた方が後悔しないと思いますよ」

  ダインが自信を持って言い切るにはかなりの自信があるのだろう、それに警備隊隊長もダインの魔術というモノが見てみたいのだ。

  王都警備隊隊長 「そこまで仰られるなら、私は魔術を受けたと証言します、賢人様やペーテ王女に貸を作る機会など今だけでしょうから」

  ペーテ 「賢明な判断だと思います、返せる機会が訪れるかは解りませんけど・・・」

  王都警備隊隊長 「不興を買わなかっただけで十分です、私は部下の指揮に向かいますのでお二人はお呼びするまで待機していて下さい」

  王都警備隊隊長はそう言って急遽借り受けて、本部としているレストランのダイニングルームから退出する、大きなダイニングルームにはダインとペーテが残されたが、ダインが依頼した食材が順次運び込まれているので、完全な密室とも言い難い。

  ダイン 「取り敢えずは今ある食材で準備しましょうか、ここにある食材でも生地は作れますからね、生地さえ作れれば問題無いでしょう」

  ペーテ 「噂に聞くフワフワの食べ物ですね、自分で作れるとは夢の様です」

  ダイン 「結構根気のいる作業ですから覚悟して下さい、美食とは労力を必要とする事が多いですからね、先ず、この国でよく使われる肉の筋解しを使って卵の白身を攪拌してメレンゲを作ります、私がやってみますので無理そうなら言って下さい」

  肉の筋解しとは金属の毛を持つブラシの様な構造であるが、毛の本数自体は数十本程度で少ない、この器具応用すれば泡立て器として使う事が可能で、実際ダインは以前メレンゲを作り上げている。

  ペーテ 「解りました、私、料理って初めてなんですよ」

  ダインは悪い予感を感じたが、作業自体に難しさは無いので続ける事にする、だが、料理経験の無い人間にとっては卵の殻を割る事でさえ難しい様で、想定外の困難を二人で乗り越えて行く事になる。

  おまけ

  王都ディグランの食料事情 ディーラル王都ディグランは北にディーラルの屋根と言われるジャノア山脈を控えているので、その食料供給は南に頼っている。

  ディーラル南部地域は豊かな穀倉地帯ではあるが、個々の勢力が乱立している土地でもあり、些細な事でよく争いが起こっている。

  今回はディグランにもっとも近い街道の出入り口の勢力である、バケル領とゾゾン領が争った為に王都自体への物流が制限されるという最悪の自体に陥ってしまった。

  だが、バケル領とゾゾン領はこれまでに街道が封鎖される様な争いをした事が無く、ダインの撒いた種を口実に何者かが王都の不安を煽っているのではないかと考えている者もいる。

  ディーラルの物流は人類大陸の様な運河流通では無く、馬車での流通の為に大都市ディグランは数日街道が封鎖されるだけで食料が不足してしまう。

  もっとも、主食の穀物類は王都自体に大量に蓄えられている為に、王都住人が容易く飢える事は無いが、穀物以外は流通に頼る為に流通が滞ると直ぐに質素な食事になってしまうのだ。