008-015
ディセルトの管轄に置かれていた襲撃者達の幾名かは、虚ろな状態から徐々に意識を覚醒させつつあった、これはディセルトがそういう効果も有る香りを出している為であったが、当然気付く者などいない。
蔦の拘束も緩められて人間の腕力でも十分に脱出出来る程になっており、現に縄抜けを成功させている者もいる。
キュカ思念 『準備は整っている様ですね、今の状態なら七、八人は即座に動けると思います』
ディセルト思念 『なら私はそれらしく隙を作りますね、イファタの近くに良い花が有りますのでそれに目を奪われて周りに気付いていない事を演出します』
イファタ思念 『下手な手加減は難しいと思いますが・・・』
ディセルト思念 『本気でお願いします、怪我しても遊魔は直ぐに治りますから、手加減して違和感持たれるのも嫌ですからね』
遊魔思考に染まったディセルトは自分の身体よりも、遊魔の利益を優先させる思考になっている、ただ、単に遊魔を優先させているだけで無く、身を張って傷を負えばダインに労って貰えるという打算もある。
そしてディセルトは夜明け前に花が咲くティムティキの蕾に顔を近付けて、自身の気が監視から逸れている事を示す。
イファタは思う以上に身体が動いてしまう事を感じて、意識して元の自分の動きぐらいに抑えてディセルトに襲い掛かる、昏倒を狙った頭部への一撃だったが、ディセルトが展開していた魔術障壁はその一撃を受け止めて破壊される。
ディセルト 「もう動けるなんてなかなかの手練れですね、ですが私も強いんですよ」
ディセルトは腰の小剣を抜き放って身構える、だが、イファタの襲撃を好機と捉えた者達は、拘束を抜けて個々に逃げ出して行く。
ディセルト 「ちょっと待って下さい・・・命まで奪うつもりは有りませんから」
ディセルトは上手くこれまでの自分を演出する、ダインの命を狙った者達に対して殺意すら感じているが、それを殺して演技出来る程に芸達者でもある。
イファタ 「私に構わず逃げて下さい、里の名誉に賭けて必ず抑えてみせます」
イファタの演技もなかなかのものだ、事情を知るキュカ以外はすっかり騙されている様で、腕に入れ墨の有る組頭は一瞥してから、イファタの声を掛ける。
組頭 「すまぬが任せた、今は一人でも多く逃げ延び次に備えるのだ」
拘束を破った者の中にはイファタへの加勢を考えていた者もいたが、組頭の言葉で自ら取るべき最善の行動を悟ったのだ、確かに多くの者が捕らわれている様だが、逃げて力を保つ事が、里を護る最善の行動だ、元より里の人間は今回の襲撃に反対だったのだ。
イファタ 「さぁ暫く私に付き合って貰いますよ、永劫の時を生きたと言われる天人の剣とお手合わせ出来るなんて、この先有るとは思えませんから」
イファタの顔から自然と笑みが溢れる、イファタを知る里の者はイファタが本当に戦いを楽しんで笑みを漏らしたと心強く思ったが、実際は真剣に演技しているディセルトと自分の行動が可笑しくて笑みが溢れたのだ。
ディセルト 「余裕有りますね、ですが私は剣だけじゃ有りませんよ」
小剣を構えた右手とは逆の、左手が前に出されて手が開かれるとそこから火球が生じてイファタに襲い掛かる、魔術としては初歩のモノだが、魔術を今日初めて体験した里の者に対しは驚愕の攻撃だ。
対してイファタは前に身を翻すと、火球を紙一重で交わしてディセルトに拳の一撃を放つ、だが、ディセルトを護る障壁は健在で鈍い音を響かせて拳撃を受け止める。
イファタ 「火球を放ちながら防御も出来るんですか」
既に自由に動ける里の者達は逃げ出して、観覧者は殆ど居なかったが、ディセルトとイファタは単純に戦いの駆け引きを楽しんでいた、二人共に新たに得られた遊魔の身体を互角の相手で試してみたいのだ。
ディセルト 「耳長は腕力で人間に劣りますから、でも魔術と合わされば互角以上に戦えます」
イファタ 「逃げれる者は逃げたので、私の勝ちですけどね」
ディセルト 「だからこそ、ここは負けられませんね」
その後、ディセルトは何度か火球を放ってイファタを攻撃するが、紙一重で躱されてしまう、だが、ディセルトの行為も闇雲では無く、イファタの避け方を見極める為の布石でもある。
イファタ思考 『三天人はディーティル姉様以外は戦えないと聞いていましたが、ディセルト姉様は普通に騎士以上ですね、里の者でも殆どは焼かれてますよ』
イファタは予想外の強敵との戦いを楽しんでいた、里での最大の娯楽は模擬戦でも有り、勝つと食事が豪華になるのだ、イファタは里の若手でも一番の腕を持っており模擬戦はイファタにとって優越感を得られる好ましい行為だ。
細かく変化を付けられる火球攻撃は実際のところイファタの脅威ではない、火球の速度は遅く、見てからでも十分に避けられるのだ、その上で重要なのは避けて動く位置取りであり、よりディセルトへと接近出来れば攻撃に繋げる事も出来る。
イファタ思考 『攻撃出来ても障壁が抜けないんですよね、多分武器を使っても同じでしょうから、此処は逃げるのが一番ですが・・・』
イファタは戦いの終わらせ方を考えるが最善は逃げる事だ、だが、キュカが上手く逃げた以上留まって他の里の者達の面倒もみたい、遊魔の仲間入りをしたイファタでは有ったが里で育まれた関係は容易に切る事が出来ない様だ。
ディセルト 「そろそろ決着と行きたいですが、双方決め手に掛ける様です、次躱されたら見逃して上げますよ」
ディセルトにとってもイファタとの対戦は楽しかったが、これ以上続けると遊魔の力を使ってしまいそうで恐れを感じていた、既に逃げれる状態の者は逃げてしまったが、意識の有る観覧者は数名残っている、なら遊魔の本気を晒す訳には行かない。
バレない加減を思い描いたディセルトは適度な決着のビジョンを見出して行動に移る。
四つに数を増やした火球をイファタに向けて放つと、イファタは難なく躱して前に詰める、だが、その着地点はディセルトの予測通りで練った次の手が繰り出される。
右手の小剣を捨てたディセルトは、そのまま剣を捨てた手でも魔術を放つ、火球よりも早く打ち出された物は氷の塊で、火球を避けて攻撃に転じたイファタの腹部に直撃してしまう。
イファタ 「ぐっ、こんな事が・・・」
イファタは衝撃で後ろに倒れると、詰め寄ったディセルトが予備のダガーを抜いてイファタの首に当てる。
ディセルト 「抵抗はやめて下さい、敵でも殺めたくは無いですから」
イファタ 「解りました、もう降参します、不敬をお許し下さい」
ディセルト 「貴女自身の意思で行った事では無いでしょうから、仕方ありませんよ自分の属する共同体の決定なら例え不本意でも従うしかありませんから、本気で私を殺そうという感じもありませんでしたし」
イファタ 「そこまで理解されてたのですか、確かに今回の命令は私にも不本意でしたが、仲間に危害が及ぶのは見過ごせませんから・・・」
ディセルト 「失敗した後逃げ帰った方が危ないんじゃ無いですか?」
イファタ 「完全に否定出来ないところが辛いですね、ですが私達には他のアテも有りませんから」
イファタの言葉にディセルトは少し考え込んでから、口を開いた。
ディセルト 「なら、私達に雇われてみませんか、この国の通貨の蓄えは有りますし、私達が保有する土地も有りますから、それに私達に食料を献上してくれる領地も有りますから、そこで暮らせば良いと思います」
これは完全にディセルトが思い付きで口に出した言葉だが、イファタは悪くない提案だと思っていた、逃げたキュカ達の立場は悪くなるかもしれないが、元々無茶を言った方が裏切りなどと責めるのも納得し難い話でもある。
イファタ 「私では返答しかねますが、とても魅力的な提案です、天人様の民に成れるという事ですよね、ですが御命を狙った者達を許して雇うなど聞いた事がありません」
ディセルト 「今、時代が動いてますからね、私達も南からの来訪者を受け入れて変わる決意をしたんですよ、その為には今より力が必要ですからね、折角腕の立つ人達が来てくれたんですから話し合ってみるべきでしょう、理解の有る雇い主の方がやる気も出るでしょう?」
イファタ 「なら今回の作戦の長と話してみて貰えませんか、御身は私が護りますので」
イファタの言葉を聴く襲撃者達はその提案を馬鹿馬鹿しいと思っていた、イファタと組頭の拘束を解けば、護るどころか共謀してディセルト人質に取る思惑だと感じ取ったからだ、そしてその言葉を信じる程ディセルトはお人好しでも無いだろう。
だが、ディセルトはその提案をあっさりと承諾してみせる、既に遊魔で有るイファタの裏切りなど考えていないし、襲撃者の組頭を説得出来る見返りを提示出来る自信があるのだ。
そして、ディセルトは魔術で木の葉に手紙をしたためるとそれをイファタに渡して、長を連れて来る様に命じる、木の葉の手紙は他の天人二人への説明でもあり、本当にイファタの事を信じている様でもある。
イファタが去ると、ディセルトは拘束された襲撃者達を一箇所に集める、今度は容易に抜け出せない様に蔦の拘束を増やした上、木の枝から吊り下げてより状況を分かり易くする。
ディセルトの管轄の襲撃者達が全て枝から吊り下げられた頃、後ろ手に縛られた男を連れたイファタが戻って来た、吊るされた襲撃者達の驚きの顔から、イファタがディセルトの命に従った事が読み取れるが、既に通じている二人には当然の行いでもある。
襲撃者の長 「先ずは名乗りましょう、私はゼゼトと申します、粗方の話はこのイファタから聞きましたが、本当に我らを許し雇ってくれるというのですか?」
ディセルト 「はい、私達の蓄えはこの国の年間税収の数倍ですので十分な報酬は約束出来ると思います、他にも私達の領地を与えてもいいと思っています、直ぐに住める集落も有りますよ」
ゼゼト 「なるほど、この者が忠実に動くのも納得です、確かに我らに益の有る条件ですな、そして私個人としては受けるべきだとも思っております、天人様に裏がない様なのでこちらも正直に話しますと、ラールカ殿の目論見が成されると我らもどうなるか解らないのです」
ゼゼトも元々今回の三天人襲撃は乗る気では無かった様だ、だが、ラールカ勢力に与した領主の意向を考えると表立っての反対は出来ず従ったわけだが、なんの成果も残す事が出来ずに焦りを感じているのだ、そういった状況に在ればいっそ雇い主を変えてしまった方が今ここに捕らわれた者達だけでも生き残る芽は有る。
ディセルト 「人を動かすのは結局のところ利だと私は思っています、私達は変革を決め新たな主の元この国を変えるつもりです、私達に従うなら早い方がお得ですよ」
ゼゼト 「ラールカ殿が強引に事に及んだのはやはりそういう裏が有ったという事ですか、推測はしていましたが・・・」
ディセルト 「私達自身も予言など信じていませんでしたが、主でるダイン様に接すれば正しく国の王たるお方だと断言出来ます」
ゼゼト 「人より永劫の時を生き、何人もの王を見て来た貴女方が僅かな時間でそう認めたのですか?」
ディセルト 「そうですよ、私が生きて出会った人の中でも一番凄い人ですね、私の今までの生涯はダイン様に会う為だけに存在してきたのだと思います」
イファタ 「天人様にそこまで言わせるとは・・・それに賢人ディ様は既に王都で活躍なさってますよね、あれ、天人様はダイン様と仰りましたよね」
イファタは勿論ディという名が偽名な事を知っているが、ここは人間のイファタを演じている。
ディセルト 「ダインが私の仕える方の本名ですからね、で、どうします、決められないなら希望者だけ残って貰って残りの方は解放しますけど、王城に突き出すと最悪死罪も有り得ますからね」
そう、三天人にその気は無くとも、ディーラル国王が重い処罰を行う可能性は十分有る、だからこそディセルトは早期に決断を促して保護下に入れようとしているのだ。
この行いは思念でダインにも伝わっているが、明確に反対の意思を示されていない事からディセルトの好きにやらせてくれる様だ。
結果、ゼゼトは捕縛された者達全員との対話を行ってから、結論を導き出すとの一般的な解答を行い、ディセルトはこの森の中に有る洞窟での対話を許可して、全員を洞窟へと移す事となった。
この洞窟は、三天人達が物置の様に使っているもので、実は飛べないクフィカールもここにしまい込まれていたりする。
洞窟には出入り口が一つしかなく、万が一話が纏まらずに抵抗されても直ぐに鎮圧出来る様に考えての配置だ。
おまけ
リグエ領 ディーラル中央部に存在する、通称ディーラルの屋根とも言われるジャノア山脈の西側を領土とする地方豪族。
領土の広さの割に耕作に適した土地は殆ど無く豊かな土地ではない、その為に外敵から侵攻される事が殆ど無く、傭兵稼業が主な産業となっている。
実際、リグエ領の殆どの集落は傭兵稼業で稼いだ資金で買った穀物が無いと生活するのも困難な土地だ。
屈強な兵と痩せた土地を有するリグエ領を攻める価値は殆ど無く、その為に半ば中立的な状態といえる傭兵産出地域が存続していられる。
ザオルの里 リグエ領に位置する最も優秀な傭兵を産出する里、傭兵と言ってもその主な人材は間者と暗殺者の類いで、解り易い例えが忍びの里である。
ザオルの里の人材は筋力よりも敏捷力に優れており、金属鎧を纏って戦場で戦うよりも、敵地撹乱の為の潜入や要人の暗殺といった任務の方が能力を発揮出来る。
基本的に中立ではあるが、リグエ領の統治者がラールカ側に与した為にザオルの人間もラールカ側の仕事を請負う事なり、遊魔勢力と対峙する。