ライカンスロープ 第6話

  BAT07基地地下2階Kブロック、訓練室にて。

  その部屋は広く、面積は50メートル四方、天井までの高さも20メートルほどもある。壁も床も天井も灰色で、レールのような溝が無数に走っている。直線もあれば曲線もあり、鮮やかな模様とは言い難い。

  さらにその部屋には、立方体のブロックが至る所に設置されていた。大きさは様々で、サッカーボール程度の物や、ワゴン車程の物もある。形状も、立方体や直方体、棒状のものまであった。それらが床や天井にあるため、室内は実際よりも狭く感じられた。

  その部屋の中央に、犬が一人。刀を手にした瀞が立っていた。

  刀は、実戦で使用するものだ。模擬刀ではない。

  その時、甲高いブザーが部屋中に鳴り響いた。

  (このうるさい音だけはなんとかなんねえかな)

  そんなことを考えながら、瀞は刀を握りしめ、下段の構えを取った。

  直後、後方で小さな音がした。振り返ると、10メートルほど奥に、小さな壁があった。床から出現した、座布団程度の大きさの小さな壁。それには、犬型のキメラの写真が張り付けられていた。黒い体毛、口を閉じられないほど大きく鋭利な牙、赤黒い双眸。ブラックハウンドと呼ばれるキメラだ。

  瀞はブラックハウンド目がけて走る。ブラックハウンドも、レールに沿って瀞へと向かってきた。

  時速60キロ。瀞も走っているので、体感速度はそれを上回る。

  瀞は左へ僅かに移動し、刀を振り上げた。

  刃がブラックハウンドに当たる。

  タイミングは完璧だった。

  瀞はそのまま刀を振りぬく。

  刃を引き、切れ味を最大限に発揮させながら。

  ブラックハウンドの体を刃が走り抜ける。

  そして、真っ二つになった。

  すぐに体勢を整えた瀞は、刀を構えなおして次の敵の出現に備えた。

  [newpage]

  「丈一さん」

  「ん?」

  BAT07基地Kブロックの廊下にて。

  基地内を丈一案内されていた瀞は、ふと感じた疑問を丈一にぶつけてみた。

  「獣人の訓練って、具体的にはどんな感じなんですか?」

  素朴な疑問だが、しかし瀞にとっては重要なことだ。これからそれを、自分も行うのだから。

  丈一は、歩みを止めずに答えた。

  「基本的には、自衛隊とか警察の特殊部隊と同じだよ。筋トレしたり走ったりして、体力づくりしたり。座学で戦術とか装備品の学習したり。格闘、剣術、射撃とかの技術面を磨く訓練もある。実戦形式の訓練もあるな」

  「座学って、勉強ですか?」

  「そう」

  「それもあるんですね・・・・・・」

  瀞はがっくりと肩を落とした。

  「そりゃあるよ。知識付けないで現場に出たら、間違いなく死ぬよ。腕の立つ獣人でもね」

  「はぁ」

  「勉強、嫌?」

  「はい。好きじゃありません。っていうか嫌いです」

  「そんなこと言ってられないよ?」

  「ですよね・・・・・・そう言えば、実戦形式の訓練って、実際にキメラを使ったりするんですか?」

  「いや、流石にそれはないよ。危なすぎるから。第一、どうやってキメラを用意するの?」

  「えーっと、それは、捕獲してきたり、とか」

  丈一は苦笑した。やれやれ、といった表情だが、瀞を馬鹿にするような雰囲気ではない。

  「生きたまま捕らえるっていうのは、殺すことよりはるかに難しいんだ。そんな危ないことを、隊員たちにやらせるわけにはいかないよ」

  「そっか。そうですよね」

  「それに、訓練でキメラを使うっていってもさ、”この兵士は新米だから手加減してください”ってキメラに言っても、言う事聞いてくれるわけじゃないし」

  「確かに、そうですね。最悪、訓練中の兵士が死にますね」

  「獣人は貴重なんだ。訓練で失うわけにはいかないよ。瀞君だって、貴重なんだから。自覚しないと」

  「は、はい」

  改めてそう言われると、緊張し、心が引き締まる思いだ。

  「そういうわけだから、BATではキメラの保持を全面的に禁止しているんだよ。危険な生物兵器なんだから。まぁ、死体は持ち帰っているけどね。人に見られるわけにはいかないし、どうやって作られているのか調べないといけないから」

  「だからBATには、研究室が多いんですね」

  「ああ。無駄に多いわけじゃないから」

  「わ、分かりました」

  話がひと段落着いた時、丈一は不意に足を止めた。十字路の真ん中で、右に顔を向け。

  「あ、今、訓練中なんだ」

  「え?」

  瀞は丈一の視線を追った。そこは、右の通路の突き当りにある大きな扉だった。扉の上では、訓練中という文字が書かれた電灯が青く光っている。

  「あの部屋、訓練室なんだよね。ちょっと、見ていかないか?獣人の訓練を」

  瀞を誘う丈一の笑み。それは、獣人のことを説明している時と同じ笑みだった。

  

  

  訓練室の隣の部屋には、数名のスタッフが機材とモニターの前にいた。

  丈一は彼らに名札を見せ、モニターの前に案内してくれた。

  導かれるままにモニターの前に立った瀞は、そこに映し出された光景を目の当たりにし、理解した。

  獣人の、本質を。

  「これが、獣人・・・・・・」

  広い空間を縦横無尽に暴れ回る虎の姿を見た瀞は、思わず呟いていた。

  「ああ、そうさ。これが、俺たちだよ」

  丈一は、瀞の肩に手を置き、誇らしげに笑った。

  [newpage]

  瀞は床から飛び出る、キメラの写真付きの的を次々と切り裂いていった。その動きは不規則で、接近するものや遠ざかるもの、直線的な動きに曲線的な動き、ジグザグなど様々だ。出現場所にも決まりは無く、前後左右に現れる。

  その動きをしっかりと見切り、接近して一振りで両断する。走りつつ横を通り抜けながら斬り、正面に回り込んで振り下ろし、必ず一振りで終わらせる。

  師匠から教え込まれた剣術の基礎を忘れず、振りが雑にならぬよう意識し、練習通りの動きを続けていた。

  やがて、訓練が始まって3分が経過した。すると、天井から的が飛び出した。

  (いつもよりはええよ!)

  瀞は付近にあった10メートルほどのブロックに飛び乗り、的の付近の壁に取り付けられた小さなブロックへ跳び上がった。

  そして、そのブロックを蹴って的へ跳び、勢いを利用して的を両断した。

  落下する瀞は、高いブロックに着地して周囲を見渡す。

  壁や床から出現した複数の的が、不規則に動き回っていた。

  (しかも、多いって、いつもより)

  心の中で愚痴を零し、瀞は床に降りて的から的へ移動し、素早く斬り捨てていく。

  的と的の間を駆け抜け、すれ違い様に斬りまくる。

  壁から出ている的には、飛び上がって刀を振った。空中では地面を踏みしめることを出来ないので、跳躍の勢いと腕力のみで斬らなければならない。しかも高い場所に的は、付近のブロックを足場にしなければならない。それ故に、壁の的の対処はスタミナの消耗が激しい。

  (空みたいにはいかないな)

  カモシカ獣人の空ならば、天井まで一足飛びで届く。その脚力が、今は羨ましい。

  やがて、壁にも床にも的は無くなった。

  (いや、18個あったよな。一個足りない!)

  疑問に感じた瀞の耳が震えた。かすかに、音がする。

  瀞は、部屋の隅にあるブロックの後方に回り込んだ。そこに、一回り大きい的があった。写真は、初任務で戦った不気味や人型のキメラ、ゴブリンと名付けられたものだ。

  ゴブリンは見つかった途端、瀞に突っ込んできた。

  瀞は右に跳に避け、床を踏みしめ、刀を水平に薙ぎ払う。

  的に一太刀当てた瀞は、すぐに体勢を整え逆袈裟の追撃を振るった。

  素早い二連撃を浴び、大きな的は移動しながら倒れた。

  しかし息をつく間もなく、新たな的は四方八方から現れる。

  瀞は刀を手に、的に向かって走り出した。

  

  

  BATで実施されているこの訓練は、出現する的を制限時間以内に撃破していくというルールだ。時間内に破壊できなければ減点となってしまう。至ってシンプルな内容だが、難易度は高い。

  出現する的は床だけでなく、広い部屋の壁や天井からも出現する。その的は不規則に動き回るため捕らえにくい。さらに、衝撃を吸収する特殊なゴムで作られているため耐久力は高く、破壊には相応の力が必要だ。

  加えて、訓練の時間は30分と長く、的は休みなく現れる。獣人の身体能力とスタミナが無ければ、成立しない訓練である。

  

  

  「ずあっ!!」

  唐竹割で目の前の的を斬り捨てた瀞は、すぐに走り出して遠ざかる的を走りながら両断し、方向転換して再び駆け出した。

  残り時間が1分を切った直後から、的の出現数が一気に増加した。瀞は全力疾走と渾身の一振りを繰り返し、ひたすら的を斬っていく。しかし、体力の低下による影響は大きく、動きにキレがない。

  (くそっ!遠い!)

  的に追いつくまでに時間がかかる。さらに。

  

  ドスッ

  

  「いっ!?」

  振るった刀が、的に食い込んで止まってしまった。

  刀のスイングには力が入らず、モーションも崩れている。そんな攻撃で破壊できるほど的は脆くない。

  「ちくしょっ!」

  瀞は的を蹴りつつ刀を引っこ抜き、姿勢を正した二の太刀で的を仕留めた。

  (次は、あっちか!)

  一息つく間もない。瀞はすぐに反対方向へ走り出した。

  ゴブリンの写真付きの的へと走る。

  ゆっくりと遠ざかっていく的に狙いを定め、すれ違いざまに斬ろうとする瀞。

  だが。

  

  ガコン!

  

  瀞の眼前に、大型の的が飛び出した。

  初任務で交戦した首の長いキメラ、ブラキオの写真が付いてい。

  「ぉあっ!」

  このままでは激突する。

  瀞は左に跳んで的から逃れた。

  「わっ!」

  安堵した瀞の眼前に、遠ざかっていたはずのゴブリンの顔があった。

  回避が間に合うはずもなく、瀞は的に激突した。

  方向転換し高速でこちらに向かっていた的はかなりの速度が出ており、それに衝突した瀞はかなりの勢いで吹き飛んだ。床を転がり羽目になり、全身に痛みが走る。

  しかし瀞は痛みを精神力でねじ伏せ、すぐに起き上がった。

  (やべっ!刀が!)

  激突の衝撃で、瀞は刀を落としてしまった。だが、ゴブリンの的はこちらに接近してくる。

  「ならぁ!!」

  刀を拾いに行く暇はない。瀞は的目がけ、跳び後ろ蹴りを打ち込んだ。

  空を真似た全力の蹴りは、威力は本家に到底及ばないものの、ゴブリンの的が止まる。

  (やっぱり、空みたいにはいかねえな!)

  動きが止まった的に、今度は全体重を乗せたパンチを打ち込む。

  二撃与えたことで、的は倒れ込んだ。

  (あと1つ!)

  瀞は刀へ駆け出した。

  だが、行き先を塞ぐようにブラキオの的が立ち塞がった。

  (野郎!ここでも邪魔しやがる!)

  瀞は姿勢を低くし、ブラキオの顔を睨みつけた。

  眉間とマズルに皺が入り、唇が捲れ、牙が露出する。

  (あの時みたいに・・・・・・!)

  

  

  光景が、感触が、痛みが、味が。

  フラッシュバックする。

  初陣で体験した。

  初めての命のやり取り。

  初めての。

  野性。

  自分より大きな獣を。

  噛みついて。

  仕留めた。

  

  

  瀞は意図的に顔を元に戻し、ファイティングポーズを取った。

  (思い出せ。志龍が教えてくれた通りに)

  両手を握りしめ、左拳は前方に掲げ、右拳は胸のやや下の辺りまで引く。

  そして的に踏み込み、左腕を引きつつ、右拳を一気に突き出した。

  真っすぐに、しっかりと振りぬく。

  親友直伝の、正拳付きだ。

  瀞の拳は、的に直撃した。

  距離感は絶妙、ベストの位置で拳が命中した。

  だが、的は揺れただけで倒れなかった。

  

  ブー! ブー! ブー!

  

  部屋の中に、けたたましくブザーが鳴り響いた。満点を取れなかった瀞を非難するかのように。そして揺れ動くブラキオの顔は、あの時と同様に嘲笑っているかのように見えた。

  「いってえ・・・・・・」

  瀞は右拳を振りながら、痛みで顔をしかめ、その場に大の字となって倒れ込んだ。

  (きっつ・・・・・・)

  長時間のダッシュ、延々と続く筋力トレーニング、戦術の座学に剣術の練習。それらのハードなトレーニングをこなしたうえで、さらに的当て訓練まで行い、瀞の体力はほとんど尽き果てている。

  それほどの訓練を積み、極限まで心身を追い詰めているからこそ、それが自信となり支えになるのだが。

  「はぁ・・・・・・うわおっ」

  天井を見上げ続ける瀞の視界に、虎の頭部が入り込んだ。

  「交代だ。いつまでも寝てるんじゃない」

  「す、すいません!」

  (こんなところまで、初任務と同じじゃなくてもいいのに)

  瀞はすぐに立ち上がる。すると、いつの間に拾ったのか、和虎に刀を差し出された。

  「最後の正拳は、ちょっと笑ったぞ」

  「はぁ。友達直伝の一発ですけど、にわか仕込ですから」

  和虎の微笑に苦笑を返した瀞は、そそくさと訓練場を後にした。

  扉が閉まる直前に振り返ると、既に刀を抜き、仁王立ちする和虎の姿があった。

  瀞は急いで隣の部屋へ走った。和虎の戦いぶりを見るために。

  [newpage]

  時刻は4時半を回った。

  業務終了は5時。もうすぐ仕事が終わり、週末に入る。

  既に思考が休暇のことに向けられ、業務のやる気を失った職員たちが蔓延するオフィス。キーボードを打つ音は減り、話し声が増え、よく言えば活気づき始めたと言えるだろう。

  今夜の飲み会。予定していた日帰り旅行。家族サービス。話題は様々だ。土日出勤を嘆く者もいる。

  (呑気だよなぁ)

  そんな社員たちを眺めながら、オフィス前の廊下を清掃員の中年女性がモップ片手に歩いていた。どこにでもいるような、平凡な顔たちだ。

  (でも羨ましいなぁ。僕も、こんなことしていなかったら、ああいう職場にいたのかも。あぁ、公務員になりたいなぁ)

  廊下を曲がり、オフィスから死角になった場所にトイレがある。手前にある男性トイレを通り過ぎた清掃員は、女性トイレの前で立ち止まった。

  その、直後だった。皺一つない高価な黒いスーツに身を包んだ壮年男性が、急いだ様子で男性トイレに駆け込んだ。

  (時間通り)

  清掃員は、ほくそ笑んだ。そして、男性用トイレの前に行くと、パネルを扉の前に置いた。”清掃中ですので、別のトイレに行ってください”と書かれている。

  清掃員は、男性用トイレに入った。

  2分後、スーツを来た壮年男性がトイレから出てきた。男性はパネルを取り、もう一度トイレに入って掃除用具入れにパネルを放り込み、自身の職場に戻った。

  (今日は一人で結構奥までいかないとなぁ・・・・・・嫌だなぁ。あの時みたいに、ゼーレの援護も期待できないし。外にはいるけど。一昨日の朝みたいな銃撃戦は勘弁してほしい)

  「はぁ」

  男性はため息をつき、すれ違う職員と挨拶をかわしつつ、デスクに着いてパソコンのメールボックスを確認した。

  

  今日は、頼むわ。

  

  直属の上司からの依頼。断る理由はない。待ち焦がれていたのだから。

  男性はすぐに返事を送信した。

  

  はい。よろしくお願いします。

  

  「くっふふふふふ」

  「あれ、課長、どうしたんですか、そんな笑って」

  若い職員に尋ねられ、男性はニヤリと笑った。

  「いや、ちょっとね。部長と今夜約束してて。それが楽しみで」

  「はぁ」

  男性は、今夜のことを思い、笑った。

  成果を期待し、不安を消すために。

  [newpage]

  時刻は5時を回った。

  獣人たちの訓練は終了し、他のスタッフたちも大半がその業務を終わらせていた。

  しかし、BAT07基地地下2階Kブロックの武道場には、未だ自主的な訓練に励む獣人が二人。模擬刀を持つ犬と虎、瀞と和虎だ。

  「お願いします」

  「ん」

  瀞は和虎の前で下段の構えを取る。和虎は、腕をだらんと垂らした状態だ。

  しばし見合った後、瀞は和虎へ斬りかかった。

  

  

  訓練後、瀞は和虎に剣術の指南をお願いしている。

  剣術の訓練は担当の教官が行っているが、やはり獣人の運動能力は獣人が最も知っている。大勢の科学者が獣人の動きと剣術を研究し、剣術のマニュアルを作っており、それも役には立つのだが、餅は餅屋、実際にそれを扱っている人物に師事することが重要だ。

  何より瀞は、和虎に剣を教えてもらいたかった。獣人となり、和虎の訓練を目の当たりにした瀞は、その驚異的な身体能力と技能に感動した。動きの全てを理解できたわけではないが、素人さえも惹きつける強さを和虎は備えていた。

  和虎と対面し、その思いは加速した。瀞は剣術を学ぼうと心に決め、和虎を師と仰ぐようになり、和虎から剣術を学ぶようになった。

  

  

  剣を下段から振り上げる。和虎は半歩下がってそれを避けた。

  追撃の袈裟を振るうが、それも下がって避けられる。

  どちらも、紙一重の回避だ。

  踏み込んで突きを打ち込むが、半身になって避けられた。

  そのまま刀を薙ぎ払うが、巨体が視界から消えた。

  巨体を折りたたみ、しゃがんで避けたのだ。

  その状態から、和虎は地を蹴って刀を振り上げた。

  「おわあっ!!」

  瀞の脳裏に、自身の胴に刃が直撃する光景が映った。

  しかし、和虎の一刀は寸前で止められていた。

  「雑な攻撃をするな。一撃にちゃんと力を込めろ」

  「はい」

  「あと、攻撃の合間が隙だらけだぞ。意識しろ」

  「すいません」

  瀞は一歩下がり、構えなおした。

  「そら、来い」

  「はい!」

  瀞は再び斬りかかった。

  和虎は、避けることなく上段の振り下ろしを防いだ。

  木刀を握る手は、片手だ。

  「軽い」

  瀞は一歩下がり、さらに力を込めて刀を振るった。

  両脚でしっかりと床を踏みしめ、腰を回し、脇を閉め、腕に力を込め、全身の筋肉を活用して振るう。

  だが和虎は、またも片手で防いだ。しかし、先ほどよりも踏ん張っている。

  「そうだ」

  瀞は再び下がり、下段の構えを取り、和虎の左脇腹を狙って振り上げる。

  今度は、和虎は両手で防いだ。

  そのまま、鍔迫り合いの状態に入る。瀞は目一杯力を込めて押すが、和虎はびくともしない。巨大な樹木を相手に押し相撲をしているようだ。

  「いいぞ」

  「は、い・・・・・・」

  和虎と鍔迫り合いを続けながら、瀞は何とか返答した。

  

  

  和虎は巨体であるにも関わらず、動きは柔軟かつ俊敏だ。虎特有の跳躍力も凄まじく、一瞬で間合いから遠のくことも出来る。風丸ほどではないが、速さもかなりのものだ。パワーとスピードを兼ね備えている和虎がその気になれば、瀞の攻撃など全て躱すことが出来るはずだ。だが、斬り合いの際にはこうして防御に専念してくれることがある。

  さらには、瀞に的確なアドバイスも提供した。和虎は口下手で、理詰めな説明は決してしない。だが、助言の全ては正しく、言われたことを意識して剣を振れば、より良い攻撃を放つことが出来た。

  もともと自分は頭が良くないのだから、これが一番自分に合った教育方法なのだろうと、瀞はそう思っている。

  

  

  瀞は次々と攻撃を繰り出した。だが、和虎には当たらない。

  防がれ、避けられ、反撃され、アドバイスが降って来る、その繰り返しだ。

  それでも、瀞は自身が上達しているという確信があった。振り続けることで、自身の技量が高まっていく感覚がする。それが気のせいとは思えなかった。

  何より、この時間が、瀞はとてつもなく楽しかった。剣術が、特に和虎との斬り合いが面白くて仕方がなかった。

  団体競技のスポーツをしている時と同じ感覚だった。大好きな競技を存分に行い、大切な仲間と時間を共有することは、他のどんなことでも得られない感動があると、そう思わずにはいられない。

  だからこそ、疲労困憊の状態で、時折和虎の一撃を受けて痛みに苦しみながらも、刀を振るうことが出来た。

  [newpage]

  1時間後、武道場の近くにあるシャワールームにて、瀞と和虎は隣り合ってぬるま湯を浴びていた。

  「いてて・・・・・・」

  瀞は右脇腹に走った痛みに顔をしかめた。

  「やっぱり、医務室に行くか?」

  「いえ、大丈夫です」

  「そうか。すまないな」

  訓練終了間際、和虎が放った切り上げが、瀞の右脇腹に命中してしまったのだ。

  「いえ。俺だけ攻撃してばっかりじゃ、和虎隊長の訓練にならないですから。まぁ、俺が相手じゃ、そもそも訓練にならないかもしれないけど」

  「いや、一方的に避け続けるのは、中々いい訓練になる。お前の攻撃は、日に日に良くなっているからな」

  「え、本当ですか?」

  瀞は尻尾を振って喜んだ。

  「ああ。それに、俺も楽しんでいるからな」

  訓練に突き合わせてしまって申し訳ないと、瀞はよく和虎に謝る。だが和虎は、決まって気にするなと言う。

  「いつか、本気で斬り合えるようになるかもな」

  「えぇっと、それは、大分先になりそうです」

  「弱気なことを言うな」

  「わ、分かりました。じゃあ、来年・・・・・・あ、2年後くらいには」

  「言ったな」

  和虎は、ニヤリと笑って瀞の方を見た。

  「ぜ、全力で頑張りますから」

  和虎の全力を受け止めなければならいない。それを想像し、瀞は心の中で身震いした。そんな恐ろしいこと、出来るはずもないと。

  一方で、期待もあった。自分も、いつか和虎と同格の戦士になれるのだろうか。全力の和虎と試合をしたならば、どれほど心地よいだろうか。

  「どうした、ニヤニヤして」

  「何でもないです」

  (顔に出てたのか・・・・・・気を付けよ)

  瀞は反省しつつ、ボディーソープを泡立てて体を洗いつつ、左隣にいる和虎に視線を移した。

  (和虎隊長と同レベルって言ってもなぁ。この人と同じくらいなんて、な)

  ぬるま湯を全身に浴び、和虎の体毛は全て倒れ体に張り付いているため、肉体の実線を正確に見ることが出来た。

  全身が、発達した筋肉で覆われている。決してボディビルダーのような以上に膨れ上がった者ではない。鎧のように盛り上がっているが、しかし引き締まった印象もある。それでいて、体はとても柔らかい。体を小さく折りたたんでしゃがんだり、変則的な動きで刀を振るうこともある。

  (黒人みたいな、と言うより、猫みたいな筋肉なんだろうな。変則的な攻撃なのに力が入ってるけど、あれは基本が出来ているからだろ)

  瀞はふと、的当ての際の和虎の動きを思い出した。

  自分の時よりも、的はより多く出現していた。しかし和虎は的まで一直線に走り、難なく一振りで両断していく。自分よりも、圧倒的に速いペースで。高い位置の的も、一足飛びで追いついて斬り捨て、大型の的もあっさりと真っ二つにしていた。

  (技術も大事だけど、やっぱ、体も大事だよな。体づくりも、ちゃんとしよう)

  「どうした?人の体をじろじろ見て」

  「え?」

  体に向けていた視線を上に向けると、不審な目つきでこちらを見ている和虎と目が合った。

  「あ!いや、いい体してるなぁって思って!!」

  「そうか?」

  和虎の顔が、さらに怪訝なものになった。

  (や、やばい!今の発言、変態っぽかったぞ!)

  このままでは、あらぬ誤解を生んでしまう。そう判断した瀞は、すぐに弁明した。

  「いや、変な意味じゃなくて!筋肉がしっかりついていて、かっこいいとか、強そうとか、そういう意味ですから!」

  「そうか・・・・・・ありがとう」

  「どういたしました」

  「いたしました?」

  「あ、どういたしまして」

  「ふむ」

  奇妙な会話は終わった。

  (誤解、解けたかな?まぁ、和虎隊長は風丸みたいな馬鹿と違って、まともだし、大丈夫だよな。きっとそうだ、うん)

  瀞は無理矢理納得し、泡を湯で流しつつ、話題を急いで変えた。

  「そう言えば、副隊長と風丸はまだですかね?」

  「賢士は、また瞑想でもしているのかもな。風丸は、座学の居残りがまだ長引くだろうな」

  「馬鹿ですからね、あいつ」

  「お前もそんなに良くないだろう。陰口みたいなことは言うな」

  「す、すいません」

  「空は、もうシャワーを浴びているかもな」

  「5人一緒に、飯、食えますかね?ちょっと待ちましょうか」

  「そうだな」

  共に体を洗い終え、脱衣所に戻り全身をドライヤーで乾かしてゆく。全身を体毛で覆われているので、タオルで吹くだけでは不十分だからだ。

  「これ、画期的な乾かしアイテム、いつか出来ないですかね」

  「そうだな」

  湯上りに、毎回抱く不満を訴える瀞。

  すると、棚に置いてある和虎と瀞のスマートフォンが同時にベルを鳴らした。

  基地内でのみ使用される、連絡用のものだ。訓練の予定に基地の案内図、BATや獣人についての解説を読むことも出来る。このベルの音は非常時、出動命令が下った時に鳴るものだ。

  さらに脱衣所に、アラームの後に基地内放送が流れた。

  

  ”07部隊に出動命令が発令されました。全隊員は、地下2階Dブロック、ブリーフィングルームに集合してください。繰り返します・・・・・・”

  

  「行くぞ」

  「はい!」

  即座に下着とシャツと短パンを来た瀞と和虎は、Dブロックへ駆け出した。

  任務は、全てにおいて優先されるべきことだ。

  廊下を走る二人の顔は、既に兵士のものになっていた。

  [newpage]

  午後6時30分、BAT03基地。地下4階、運動場にて。

  獣人の高い運動能力を存分に発揮できるように設計されているだけあって、屋外かと勘違いしてしまう程広い。長時間にわたる走り込みや高速移動、長距離のジャンプ、巨大なコンテナの持ち上げなど、体力と筋力向上のトレーニングに使われることが多い。

  運動場の隅には、3メートルほどの高さの鉄棒がある。そこには、居残りでトレーニングを続ける一人の獣人男性がいた。

  「んぐっ・・・・・・くっ・・・・・・ぐうっ・・・・・・」

  ひたすら懸垂を続ける獣人は、かなりの巨体の持ち主だ。和虎と比較すると身長はやや低いものの、筋肉量は間違いなく勝っており、胸板は厚く四肢は太い。また、柔軟性と俊敏を備えている和虎の筋肉とは違い、しなやかさは少なく岩のように硬質な肉体だ。和虎を柔と表現するならば、彼は間違いなく剛だろう。

  その筋肉は、彼が下着のみ身に着けている状態であるためにほぼ全てが露出していた。体を持ち上げるたびに、多量の汗がしたたり落ちる。既に回数は3桁を超えており、両足首には50キロの重りが取り付けられているのだから無理もない。

  「ぐっ・・・・・・ふう」

  彼は一度、動きを止めた。惜しみなくさらけ出された筋肉を包む体毛は金茶色。尻尾は長く、先端には筆のような房が付いている。そして、何よりも特徴的なのは頭部に生えた立派な鬣だ。

  「200いったか?うし・・・・・・」

  懸垂を再開した兵士は、獅子の獣人。03部隊隊長、獅子山氣雷(ししやまきらい)だ。

  「氣雷さーん!!」

  その時、運動場に獣人が二人入ってきた。小柄な猿と大柄な犀。03部隊隊員の、猿飛志龍と斎藤純心だ。

  「おお、ちょっと待ってろ。ラスト30回、終わらせっから」

  苦痛で顔を歪めつつも、氣雷は懸垂は続けた。

  「150ですか?」

  「200、だ」

  「すっげ」

  「重り付けてそれって、やべえよな」

  志龍と純心は、氣雷の正面に回り込んだ。二人とも、氣雷同様に汗をぐっしょりとかいている。

  「褌一丁でよくやりますね」

  「うる、せえ」

  純心は、氣雷の恰好を見て呟いた。

  氣雷が身に着けている下着は、何故か六尺褌だ。

  「やべえ、純心、めちゃくちゃ笑わせてえ」

  「あー、俺も」

  志龍と純心は、ニヤつきながら氣雷の懸垂を見守っている。

  「てめえら、笑わせたら、後で、どうなるか、分かってんだろうな」

  「でも、氣雷さんだって、俺らが必死に筋トレしてる時笑わせるじゃないですか」

  「そうそう。俺なんかこの前、氣雷さんのせいで腕つって、マジ痛かったんすよ」

  純心は、左腕をさすりながら言った。

  「知る、かよ。あれくれえで、笑うなよ」

  氣雷がそう呟いた、その直後だった。

  「氣雷さん、忍空のあれ、覚えてます?」

  志龍が唐突に、漫画の話を始めた。

  「紅が、闘い前に上着をバサッてかっこよく投げた後、それが自分に落ちちゃうやつ」

  「ぬっ!」

  氣雷は、懸垂を続けている。

  「あれ、前これで相当ウケてたのに・・・・・・じゃあ、稲中で、前野の友達の秀ちゃんが、クリスマスの時彼女連れてて」

  別の漫画の話をし始めた志龍に、純心が加わった。

  「言い出せなくって、すまん」

  「クリルマスプレゼントだ。とっとけ」

  「秀ちゃん!?秀ちゃーーーーーーーん!!」

  「ぐうっ!」

  身内でなければ全く意味不明の話だが、氣雷にとっては効果があったようで、懸垂の速度が落ちた。

  「初期のスラムダンクってギャグですよね。フンフンフンディフェンスとか」

  「フンフンフンフンフンフンフン!!!」

  「桜木花道、水戸洋平、ほか。とか」

  「それ止めろ!!!のりちゃん!!」

  「がっ!!」

  徐々に氣雷の腕から力が抜ていく。疲労ではない、笑いが原因で。

  「あと一押しだ。何かないか?」

  「えーっと・・・・・・くーーーーーーぜんっ!!絶後のおおおおおおお!!」

  「それ効果ねえよ!前やってもだめだったじゃねえか!!」

  「ああっと・・・・・・」

  「ヤムチャ!!氣雷さん、ヤムチャ!!」

  「それだけ言っても意味ねえだろ!!」

  悩む二人をよそに、氣雷は着実に回数をこなしていく。

  「やべえ、もう終わるぞ!!」

  「くっ!!どうする!?」

  その時、志龍の頭にある一言が思い浮かんだ。

  「ドンガバチョ」

  「ぐおっ!」

  懸垂の残り回数がラスト1回となった時、志龍の言葉が氣雷の耳に突き刺さった。不意打ちだったこともあり、氣雷の右腕が鉄棒から離れた。それでも氣雷は粘り、左腕だけで体を持ち上げようとする。

  そこへ、純心の追撃が襲い掛かった。

  「人形じゃない子供がいるな」

  「くううううううう」

  呻いて粘る氣雷だか、笑いが込み上げ腕から力が抜ける。

  「ニャホニャホタマクロー」

  「チャーゴグガゴグマンチャウグガゴグチャウバナガンガマウグ湖」

  「ぬふう兄弟」

  「きれいなジャイアン」

  「アナゴ君」

  「褌ボブ」

  「がっ!!」

  どんどん氣雷の腕から力が抜けていき、さらに不運なことに汗で手が滑り、そして。

  「ぐあああああああああああああ!!!」

  ついに、氣雷は落下した。両足に重りを付けているために体勢を調えることも出来ず、地面に体を強打してしまう。

  「だあぁーっはっはっはっはっはっは!!」

  「ぎゃぁーっはっはっはっはっはっは!!」

  隊長が晒した醜態がおかしくてたまらず、志龍と純心は腹を抱えて大笑い。

  「ナイス!」

  「イエイ!」

  そして、ハイタッチ。しかし、次の瞬間、二人は氷付いた。足の重りを外し、ゆっくりと起き上がる氣雷の姿を見て。

  「しりゅうぅぅぅぅぅぅ、じゅんしぃぃぃぃぃぃん」

  凶悪なまでの低い声には、紛れもない怒りの感情が込められていた。

  ガバっと顔を上げた氣雷の顔は、笑っていた。獲物を見つけて喜ぶ肉食獣のそれだ。

  そして、氣雷は駆け出した。自分の邪魔をして怒らせた愚者どもに、制裁を加えるため。

  「やばいっ!!逃げろ!!」

  氣雷の正面に回り込んでいたために、二人は出入り口とは反対方向、運動場の方へと逃げるしかなかった。無論、二手に分かれて。

  怒れる獅子が先に狙ったのは、純心だ。犀の時速は50キロ強、一方の獅子60キロだ。種族の差を埋めるほどの足の速さを純心が備えていれば話は別だが、純心は俊足というほどではない。

  氣雷はすぐに純心との距離を縮め、その背中に手を伸ばした。雄の獅子は狩りが下手だが、氣雷は部下との追いかけっこに慣れていた。さらに今の氣雷は、怒りによって戦闘能力が上昇している。

  「ひっ!!」

  その時、志龍は入口の近くにいた。

  氣雷が純心目がけて走り始めた瞬間、志龍はUターンして入口へと走っていたのだ。純心を見捨てて。

  (すまん、純心)

  心の中で、無意味な謝罪をした志龍。安心して、入口へと向かう。

  だが、甘かった。

  志龍の動きを察知していた氣雷は、自身ほどではないが十分巨躯である純心を軽々と担ぎ上げると、志龍目がけて投げ飛ばした。野球のボール放り投げるかのように。

  「ぎゃあああああああ!!!」

  志龍へと高速で飛来する、灰色の塊。プロ野球の打者も顔を青ざめるスピードだ。

  「いっ!!??のあっ!!」

  純心の巨体が、猛烈な勢いで志龍に激突した。皮膚も硬質なので、痛みは凄まじい。

  そのまま二人は揃って吹き飛び、壁に激突し折り重なって地面に落下した。

  「じゅ、純心、どけ」

  純心の下敷きになった志龍が呻く。

  「ちょい待て」

  身を起こそうとする純心が、顔を上げた。

  そこには、既に獅子の顔があった。怒りで笑う、獅子の顔だ。

  「ひっ」

  「えっ」

  志龍と純心の腕に、氣雷の太い腕が伸びる。しっかりと獲物の腕を掴んだ氣雷は、軽々と二人を投げ飛ばした。

  宙を舞う猿と犀。そして地上の獅子は、落下してきた獲物たちの頭部に噛みついた。

  「うっぎゃああああああ!!!」

  「のっぎゃああああああ!!!」

  氣雷の左腕が志龍の、右腕が純心の頭に絡み着き、脅威的な力で締め上げた。かなりの力と殺意が込められたヘッドロック。しかも、志龍と純心の顔は氣雷の脇に埋まっていた。膨大な数の懸垂によって多量の汗が付着した脇に。

  「よくもやってくれたな、おめえら!!俺の万力ヘッドロックをくらえや!!」

  「ちょっ!!氣雷さん!!マジやめて!!やばい!!」

  「死ぬ!!いてえ!!しかも脇!!うがあっ!!」

  剛力により脳が圧迫される。しかも息苦しさまで襲い掛かり、辛うじて呼吸しても脇の臭いが鼻を刺す。志龍と純心は必死に暴れ回ったが、氣雷に力で敵うはずもない。

  「たすけ、て・・・・・・」

  「死ぬ・・・・・・」

  やがて、二人の体から力が抜けていった。

  「死ぬかよ。大げさな野郎だ。しかも純心、てめえさっき、また俺の褌を馬鹿にしやがったな」

  氣雷は腕の力を緩めずに続けた。

  「抜群の履き心地に加え、通気性と乾きやすさもかなりのもの。獣人のために改良を加えられた最高の一品だ」

  氣雷は立ち上がり、言い放つ。

  「覚え解け。MATOI社製の褌は最高だ」

  得意げに自身の下着を自慢する氣雷。すると。

  「そんなドヤ顔されても、ゲイ向けのAV男優にしか見えませんよ」

  純心が、ぽつりと呟いた。

  その直後、氣雷の右腕の力が緩み、純心の体が落下した。

  仰向けに倒れる、息絶え絶えの純心。激痛と臭いから解放され、新鮮な空気を味わいつつ幸福を噛みしめる。

  だが、その幸福は長く続かなかった。眼前に氣雷の尻が迫る。

  「がっ!!!」

  視界に広がる白い褌と金茶色の体毛。それが、純心が最後に見た光景だった。

  「思い知れ」

  雉も鳴かずば撃たれまいとはこのことか。氣雷の圧し掛かりを顔面で受けた純心は、意識を失う直前にそんなことを考えた。

  「ったく。ん?」

  いつの間にか、氣雷の腕の中の志龍の体も力を失い、両手足を投げ出して動かなくなっている。

  「だらしねえな」

  氣雷はそう言い捨てると、二人を引きずって運動場を後にした。

  獅子の逆鱗に触れた猿と犀が無残に狩られる。03基地においては、さほど珍しい光景ではなかった。