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かったるい授業も終わってザワザワ賑わう放課後の教室、特に代わり映えのない毎日をごく自然に謳歌する事に慣れ切った俺はいつも通り部活に行こうとカバンを手に取った。ついでに自分の席で熱心にスマホ眺めながらフゴフゴ言ってる部活仲間の猪、タケルの頭を小突いて促すのも忘れない。
「おいタケル、さっさと行くぞ。遅れたらキャプテンうるせぇんだから。」
「いやちょい待てってこの子フォローしてから…」
そう言うヤツが開いた画面は流行りのSNSアプリ。そこに載った画像はまあ…お察しの通り可愛い女の子のものだった。コイツも健全な男子高校生…つまりはそう言う事だろ。わからんでもない。
俺らはラグビー部。ガタイのいい男2人が並んで廊下を歩くのはちょっと邪魔かもだけど、アホ猪は気にしていない。隣でそのお眼鏡に適った好みの女子を延々見せつけてくる。ちなみに送ったメッセージへの返信は無いそうだ。そりゃな。
「んで、この子!こんなでっけえおっぱいだぜ!凄くね?」
「あーはいはいすごいすごい。」
「俺この子のおっぱいに埋もれて死にてえ…」
「ああ、そりゃ最低だな。」
そんな画面に映るのはコイツのお気に入りおっぱいらしい眼鏡をかけた熊獣人の女の子。いや身長体重俺らよりでかいんだが…うん、確かにでかい。可愛い服着てるけど慣れてないのかちょっと恥ずかしそうなとこもポイント高いな。
というかそれより周りの女子たちからの視線が痛いくらい刺さっているのに隣のコイツは気付いているのだろうか。だからモテないんだぞ、お前。そして俺はそのとばっちりだ。反省しろ。
「いーじゃん別に。言うだけタダ…あでっ!?」
そうやって浮かれ妄想繰り広げてるタケルはしっかり前を見ていなかった。角から出てきた何かにぶつかって弾き返され盛大にすっ転ぶ。鼻と尻をさするコイツと呆れたように一瞥してからぶつかった相手に向き直った時、俺は固まった。
見上げる巨体と全開学ランに赤いシャツ、睨みつけるような鋭い眼光と眉間に寄った深い皺、山のようにそこに鎮座するのは、俺らより縦も横もでかい熊獣人だった。そいつがジロリと一瞥すると猪のヤツは「ヒィッ」と情けない声上げて後ずさる。わかる。俺もめっちゃ怖い。
俺たちの目の前にいるデカい熊獣人…番長と呼ばれているソイツはこの辺りで知らないやつは居ない。ウチの高校では普通の教師じゃ迂闊に声も掛けられないとか言われるし、隣町の番長と鎬を削るケンカしてるとか…ヤクザを一つ潰したとか暴走族を血祭りに上げたとかはまあ噂だろうけど、とにかく関わり合いにならない方がいい相手だった。特に俺ら部活やってるから色々響くし。
「オゥオゥオゥ!兄貴にぶつかっといて詫びの一つもねぇのかそこの豚ァ!」
「…そ、そーだそーだ!!」
その巨体の影から飛び出してきた小柄な奴ら二人。たぶん一年だろうけど、腰巾着として大体学校では連れ歩いている。気の短そうな柴犬と大人しそうな黒柴の舎弟二人組…と俺らは呼んでいる。
キャンキャン捲し立てる柴の勢いに押されて我に返ったアホ猪が半泣きで「スンマセンでした!」と土下座するのを横目に他人のフリをかまして様子見していると、番長は謝ってもなお捲し立てる柴を大きな手で遮った。流石に喧しいと思ったのかもしれない。射抜く視線で睨まれた柴の舎弟A(今後奴らはA、Bとする)は猪と同じように「ヒィッ!」と縮み上がってBと一緒に慌てて後ろに下がった。
「…気を付けろ。」
地を這うような低い低い声でそれだけ告げ、踵を返した番長はそのまま舎弟ABを率いて去っていった。
嵐が去った後も土下座の体勢で固まっていたタケルは、番長が去ったのを察知すると思いっきりこっちに飛びついてきた。やめろ。鼻水つけんな。
「ごのっ…裏切りものぉお゛!俺っ、俺殺されるがど……ッ!!」
「諦めろ。俺も殺されたく無いしアレはほぼお前が悪い。あと鼻水つけんな。」
なおこの件で俺ら二人は見事に部活に遅れ、キャプテンに追加メニューで酷い目に遭わされたことを追記しておく。今度同じようなことがあったら迷わず見捨てようそうしよう。
……………
そして翌休日。部活が休みだった俺はかねてより楽しみにしていたゲームの新作を入手すべくウキウキ気分で街に繰り出していた。本来なら猪のヤツも誘ったんだが、親にエロサイトの課金バレてドタキャンとかで本日はおひとり様。まあ、これはこれで気兼ねなく色々専念できるってもんだ。あとアイツは少しは反省しろ。
そんなこんなでゲームは無事入手。帰るにもせっかくの休日にこのままは勿体ないので適当にブラついてゲーセンに向かっていたところだった。店の前で…多分揉め事?うわー面倒だなー。
「いーじゃん、ちょっと遊んでこーよ。」
「で、でも…困ります…僕…」
「大丈夫だって。案外やってみたら楽しいよ?」
どうやらタチの悪いナンパらしい。柄悪そうな虎と牛が熊獣人の女の子に絡んでいるようだった。
けど…でっかいなあの子!つーか俺よりでかい。ふわふわのウィッグは女子のオシャレで良く見るけど、眼鏡をかけたおとなしくて真面目そうな子だった。その体格なら振り払う事もできそうだけど…きっと優しい子なんだろうなぁ。
それに、着ているのはなんとウチの制服。ピンクのブレザーなんてそうそうあるもんじゃ無い。となると…ほっとけないよなぁ。
「…ああ、こんな所に居たんだ。もしかして迷っちゃった?」
「あぁ?なんだお前…ッ!?」
振り返った二人組が睨みつけてくるが、どうやら怯んでくれたようだ。そりゃタッパとガタイの良いハスキー犬獣人が満面の笑顔で近づいてくるんだもんな。まぁ、正直怖いけど、一人の女の子の無事がかかっているならここは負けていられない。しかしラグビーで鍛えたガタイがこんな事で役に立つとは。この体にしてくれた親と監督に感謝。
どうにか焦りを見せないよう、にこやかなスポーツマンスマイルでつかつかと歩み寄っていけば二人組は怯んだ様子で女の子から手を離した。そこに割り込むようにその子の手を取り、まっすぐ顔を見上げる。
『大丈夫。』
「!!」
口の動きだけでそう告げだけど、どうやら無事に伝わったようだ。手の震えが少しだけ和らいだ。こうなったらもうこの場から離れるだけ。我ながら上手くいった。マジでホッとする。
「じゃあ行こうか?みんな待ってるから。」
「あ…は、はいっ……!」
スマイルは崩さず、極力二人組の方を見ないで眼中にないアピール。女の子もちゃんと着いてきてくれて、どうにかその場を脱することに成功した。
人気のある駅前まで来ればもう安心だろう。そう思うと緊張の糸がようやく切れた。
「っはぁ〜…なんとかなった…大丈夫だった?」
「はい…あの、ありがとうございます…僕その…どうにもできなくて…」
俯き加減で申し訳なさそうに謝る僕っ娘。いやいや君は悪くないぞ。それに俺は偶然通りがかっただけだし。にしても改めて見るとやっぱりでかい。熊獣人だけあって胸とか色々と…いかんいかん、あの猪と同じ目線になりそうだ。話を続けなければ。
「それ、ウチの制服だよね。あんまり見たことないから違う学年か科かもだけど…何年生?」
「えっ!?あっ…そ、そう…なんですか…?えと…2年、です…」
「ふむ、学年一緒なら違う科か。」
どうやら同じ学年だけど違う科にいる子らしい。そりゃ顔合わせる事も無いはずだよなぁ…だけど、この子はどこかで見覚えがある。眼鏡で…大きい熊獣人の女の子……?
確かタケルのヤツがSNSで見せてきた子の中にいた…
「…もしかして君…」
「はひっ!?」
「この子…だったりする?」
驚いた顔をした女の子に画面を見せる。結局俺もあの後フォローした熊獣人の子のページで、可愛いワンピース姿で眼鏡越しに優しげな表情を浮かべている。その表情を浮かべる顔が、目の前にいる女の子と全く同じそれだった。
瞬間、かぁぁっ、と音がしそうなほどに真っ赤になった顔でさらに俯くその子。少し迷ったように目を泳がせてから聞こえなくなりそうなほど小さな声で「はい…」と答えてくれた。
やっぱりそうだ。というかこんな身近にいたとは灯台下暗し。アイツが知ったら面倒になりそうだから黙っておくけど。
「あ…別に誰かに言うとかは無いから!だからその…安心して…」
「はい……」
どうやらとてもデリケートな子のようだ。とにかく、安心させてあげた方がいいだろう…基本的に体育会系の男しか相手にしてない俺でそういうことが務まるかは分からないけど。こういう時キャプテンとかなら気の利いた言葉とか出してくるんだけどなぁ…
「家の近くまで送るよ。どの辺?」
「え!?えっとそんな…悪い、ですし…」
「さっきみたいな事がないように、ね?女の子一人で帰せないよ。」
その言葉に、女の子は真っ赤になってビクッと固まってしまった。そりゃあさっきあんな事があったんだし…でも、思い出させちゃったかなぁ。やっぱり俺そういうの駄目なのか…次があれば気をつけなきゃ。
それでも、女の子は小さな声で「お願いします…」なんて言ってくれた。大丈夫!下心はないから!なんて口では言えない本心を隠しつつ、俺はこの子を無事送り届ける事を決意したのだった。
並んで歩く間に、色々と話をした。こっちの部活でのこと、クラスメイトのバカ猪やイケメンなキャプテンの事、お互い共通で話題に上がる先生の事。その子もSNSでの事や、彼女の姉が色んな服を作ってくれる事、ちょっと過保護な事…他愛のない話で可愛らしく笑うその子に、ちょっとドキッとしたりもしたり…いかんいかん初対面の子だぞ。
でも…やばいな。好きになりそう、かも。
身体は大きいけど笑顔は可愛いし、声も可愛いし…何より話したらすごい優しい子で…もしもこんな子と一緒にいられたら…なんで考えていたら、マンションの前で彼女が立ち止まった。
「あ…ここまでで大丈夫です。その…今日はありがとうございました…!」
「気にしなくていいって!じゃあ…今度は学校で!」
名残惜しいが時間が来てしまったようだ。小さく手を振りながらマンションの中に入っていった彼女を見送って、俺も今日は帰ることにした。同じ校区で幸いいえはそう遠くない。
だけど別れた時、彼女がちょっと困ったような顔をしていたのはどうしてだろうか。
……………
「あーーっ!いた!えっと、ラグビー部のお前!」
「えっ俺ぇ!?」
「じゃない方だよ豚!そっちの犬!!」
放課後、けたたましい声と共に教室に飛び込んでくる尊大丸出しの柴。言わずもがな番長の舎弟AとおまけのBだった。そして前回見事にトラウマを植え付けられた豚ことタケルは読んでいたエロ本を投げ出して椅子から転げ落ちた。どんだけビビってんだ。まあ分かるけど番長じゃないぞこいつは。
しかしこのクラスでラグビー部…しかも犬といえば…あ、俺?
「…俺、何かやったっけ。」
「知らねーよ!でもお前!兄貴がなんかお前の事気にしてんだよ!!だから来い!」
「…連れてったところでどうするの?」
「兄貴に決めてもらう!」
「えぇ…。」
キングオブ理不尽。というかB、この暴走機関車Aを止めろ。などとこの学校を裏から牛耳る番長の舎弟に俺如きが逆らうことが出来るはずもなく…いやコイツは良いとして番長が怖いので…俺は大人しく連行されることにしたのだった。猪の奴にはキャプテンに上手いこと言ってくれるよう図ったがまあ無駄だろうな。さらば俺のゲーム時間。
こうして連れてこられたのは番長がいるらしい教室。こっちの校舎はうちとは科が違うから来たことはほとんど無い。それを一年だというのに俺を引き連れて遠慮なく突っ切っていく舎弟Aが遠慮なく扉を開ける。
「兄貴兄貴ッ!連れてきたっす!!」
「っす!」
「………」
夕暮れの教室、窓際の席で外を眺めている巨体がぐるりとこっちを振り向いた。あの日見た鋭い眼光と眉間に深く皺の寄った顰めっ面が、誰もいない教室で俺たち三人を射抜いていた。その視線に思わずすくみ上がる…って舎弟のお前らまで餌食になってどーすんだ。アホか。
当の番長はといえばツカツカとこっちに歩いてきたかと思うと、徐に俺の顔を覗き込んで…って近い近い近い!!顔がくっつきそうなほど近くまで寄せられていよいよ喰われるかと思ったその時、番長がピクリと動きを止めた。そのままじっと俺の顔を見て……
「…お前ら、もう帰れ。」
「はい兄貴!…って帰るんすか!?」
「………」
「分かりましたッ!!」
地の底みたいな声で言いつけられた後の一瞥で、弾む鞠みたいに面白い動きで即刻踵を返したAとそれに続くB。二人がいなくなると、教室内には俺と番長の二人きり。いや正直めちゃくちゃ気まずい。
そもそも…俺、なんか番長の気に障る事やった?
あれ、もしかしてこの間の柄悪い二人組の件?上納する女取ったからとか?確かにあの子可愛かったけど…まさか番長が目をつけてたとかそういう奴だった!?あ、俺オワタ……
「……ごめんなさい、驚かせちゃって。」
どこかで聞いた声がした。少し高めのハスキーな女の子の声。あの子の声だ。そういえば違う科にいたって言ってたな。
けど、俺の目の前には番長しかいない。俺より大きい身体で学ラン姿の眼鏡をかけた…
え、眼鏡?
目の前には、熊獣人のあの子がいた。眼鏡越しにおっとりした顔を浮かべて、申し訳なさそうな顔を浮かべて。
でもその姿は赤シャツ覗かせた学ランで…
「あの子たちが勝手な事しちゃったみたいで…ご迷惑をお掛けしました。」
「え…あ、あの…番長…っ!?」
「……はい。」
そう言って頭を下げながら表情を曇らせていたのは紛れもなくあの子で。つまり、この間のあの子は番長で…
「幻滅、しました?」
「い、いや…そういうんじゃ…待って、ちょっと整理させて。」
そう言って覗きこんでくる顔はやっぱり可愛くて…いや、というか待って色々追いついてない。
そもあの厳しい顰めっ面が眼鏡かけるだけでこんな顔になるの!?というかこっちが素なの!?というかじゃあ昨日のアレとかSNSのって…ともすれば女番長!?
「えっ…と、じゃあ昨日のはやっぱり…」
「はい…僕です…」
「眼鏡は…」
「コンタクト付けれなくて…」
「その…性別は…?」
「恥ずかしながら…一応…男、です…あはは…やっぱり、変…ですよね…?」
なんという事でしょう、みんなに恐れられる番長は、とっても可愛い男の娘でした。なんて言ってる場合じゃない。目の前のこれは紛れもなく事実であって、受け入れなければならないもので…
ふと思い出すのは、この間のあの子の笑顔。それが目の前で泣き出しそうな番長の顔と重なり合って…深呼吸。
そうして、番長の頭をそっと抱いて告げる。
「変じゃない。すごく似合ってたし、可愛かった。色んな服も…お姉ちゃんが似合うからって作ってくれたものだろ?」
「……うん…」
「だったら、好きに着ていいじゃんか。それに……」
それに…?いや待て。俺は何を言おうとしてるんだ?確かにあの子は可愛くて一緒にいられたら素敵だろうなって思ったけどそれが番長で…それ以前に男であって…
…いや、そんな事些細な問題だ。好きになった相手がそうだっただけだ。この子にはもっと、もっと可愛くなってほしい。好きに自分を見せて欲しい。それを今自覚できた。
今は画面の中だけでも、きっと俺の前でまたあの笑顔を見せてくれたなら。だから。
「俺は、君が好きだ。俺に、君がもっと可愛くなる姿を見せて欲しい。」
…正直、いきなり告白とかやりすぎだったかもしれない。仲良くなってまだ数日、それでも俺はこの気持ちを偽りたくなかった。
腕の中で、びくりと跳ねる気配。それは小さな震えになって、その手は俺の制服をぎゅっと握りしめる。
「ほ、ほんどはっ…お礼っ…言えれば…よがったっ…のにっ…ごめっ、ごめんっ、なさぃ…っ……
僕もっ…すき…だいすき…ですっ…!!」
…こういう事を言うガラでもないんだけど、これももしかしたら色んな偶然が重なった結果なのかもしれない。
だからこそ、俺は本当のこの子と出会えたんだから。
「俺はハルト。北見晴斗(きたみ はると)。君は?」
「…ナツキ…大森、夏樹(おおもり なつき)です……」
学校では厳つい番長でも、俺の傍ですごく可愛い女の子になっていて欲しい。
そう思いながら、俺たちのお付き合いはスタートしたのだった。
つづく?
後日のデートにて
「ナツキって結構高いよな、地声…じゃああの声って…」
「あぁ…こうですか?(重低音)」
「おおぅ…いつもの番長ボイスだ…」
「でもちょっと喉が疲れるので、極力喋らないように…」
「…俺と二人っきりの時は地声でいいぞ?」
「えへへ…ありがとうございます!」
「声だって可愛いし…(ボソッ」
「?」
「そういえばあの制服って…」
「お姉ちゃんのなんです。僕に合うサイズってそんなに無いから…」
「ってことはうちのOG?」
「はい!すっごいお姉ちゃんなんですよ!」
「へぇ…(かわいい…)」
「あ…ダメですよ?お姉ちゃんはあげませんから!」
「うん。(かわいい…)」
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