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秋も過ぎて12月、すっかり寒くなってちらちらと雪が降る日もあって、もう冬なんだなぁ…って実感する。放課後も校内に残ってる人が多くなってくるし、屋上も寒くて使えないから…舎弟、というか後輩の二人と一緒にいる時間はごく自然に減ってしまう。マサヒロくんは残念そうだったけど…流石に、風邪とか引かせちゃう訳にもいかないから、ね。
「そんじゃ失礼しやす!また明日よろしくおなしゃす!!」
「失礼します。」
「……おう。」
お辞儀をして教室を出て行く二人を見送ってから、誰もいない教室の中で僕は小さくため息をついた。
…結局、まだ二人には本当の事を言い出せていない。ユウちゃんは僕のペースで良い、って言ってくれてるけど…このままじゃ本当に卒業までかかっちゃいそうな気がする。それじゃダメなんだけど、特にマサヒロくんから向けられる視線とか態度とか見てるとどうも…まだ放って置けない感じがしちゃって…
ほんのり重い足取りで、いつものように保健室に向かう。すれ違う他の人達が左右に避けてくれるのは本当にごめんなさい…
保健室の扉を開けると、九条先生が紅茶片手に資料を流し読みしていた。
「失礼します……」
「あ…っと、ナツキちゃんね。相変わらず番長ルックだとビックリするわね…」
「やっぱり、そんなに怖いです?僕…」
「まあ、かなりのもんね。」
先生も認める強面っぷり…確かに体は大きいし、あんまり目が良くないからつい顰めっ面になってしまう。そういえばハルト君も最初驚かせちゃったなぁ…
…今思うと、よく付き合えたなぁとは思う。出会った時は確かに女の子の僕だったけど、僕が番長でしかも男だって分かってても恋人として一緒にいてくれて…
思い出すと、ちょっぴり笑顔が溢れる。学ランとズボンを脱いで、下着も着替えて…女子用の制服と眼鏡にリボン。冬場は寒くなるからきちんとタイツも忘れずに。脱いだ服は畳んでカバンに、と。
「ありがとうございます先生。お部屋、お借りしました。」
「いいのいいの。さ、ゆっくりしちゃってー。」
いつの間にか準備されてた温かい紅茶を口につけてほっと一息。先生もトントンと資料の紙束を纏めて向かいに座る。お茶請けのクッキーまでご相伴に預かって、休憩ついでのお茶会。
あ…このクッキー美味しい。でも先生、こういうのどこからお取り寄せしてるんだろ…今度ユウちゃんとお茶するときの為に聞いておこう。
「その分だとまあ…ある程度は順調そうね。」
「あ…はい、お陰様で。最近はハルトくんも大会の方落ち着いたみたいですし…この後も一緒に…」
「あらあら。それはちょっと妬いちゃうわね?」
そんなこと言いながらクスクス笑って紅茶に口をつける先生。それから話すのは今日あった出来事や、僕のお仕事…モデル活動へのアドバイスもしてくれる。毛並みや爪のお手入れとか、合わせる香水なんかはこういう時に先生からいろいろ教わってたりする。
流石にフェロモン香水とか言われた時は全力で拒否したけど…いや、ハルトくんが嫌ってわけじゃないけどその…ね!そういうのはもうちょっと後が…先生も残念そうな顔しないでくださいっ!もう…
だけどそんな、なんでもない話をする時間。ハルトくんの部活が終わるまでのほんの少しのお茶会は、僕の心をゆっくり、ゆっくりと落ち着かせてくれる。学校での『番長』から、元の僕へと戻してくれる。だから終わるのはあっという間。
「あ…すいません先生。そろそろ……」
「ふふ、いいわよ気にしないで。仲良く帰りなさいな?」
先生の言葉に見送られて、一礼してから保健室の扉を閉めた。
…番長の時とはまた違ったドキドキが、僕の中で沸き起こってくる。きっと、彼が待っててくれるからかもしれない。冬物のコートとマフラーはお姉ちゃんの宣伝用におろしたてのもの。ちょっとだけおめかしして、彼が…ハルトくんが待つ昇降口へ駆け出していった。
……………
「…….…」
「どうしました?ハルトくん……?」
「えっ!?いや、ちょっと…考え事……」
隣を歩きながら心配そうに覗き込んでくるナツキに、慌てて返事を返す。そんな顔させてるのがほんとに申し訳ないんだけど…うん、正直可愛い。そう、可愛いんだ。それが今の俺としては目下大問題なわけで。
ナツキは、身内がやってるとはいえブランドのモデル。もちろん身につけてるものはお姉さんデザイン、それをしっかり服の魅力を引き出してる辺り、本当に天性のモデルなんだろうなぁ…
今日もワンポイントに雪の意匠を散りばめた薄黒色のダッフルコートに、同じく結晶がデザインされた白のマフラー。黒のタイツに厚手のブーツはナツキの大きな身体を柔らかく包み込んで、その温かみを感じさせてくれる。
寒さでほんのり頬赤らめて白い息をこぼしてる顔も…正直すごく可愛い。あ、こっち見た…
「ハルトくん…?」
「あっ…ごめん、その…見惚れてて…」
「…もう。嬉しいですけど、ちゃんと前見ないとダメです!」
もっと赤くなった顔も可愛い。だけど、だからこそ…俺は大いに悩んでいるんだ。
ナツキに贈る為の、初めてのクリスマスプレゼントを!!
事前にバイトを見つけて稼いでいるのはまだ良い。だけど、付き合うまで彼女いない歴をタケルのアホと並走してた俺には女の子が喜ぶプレゼントとか全く思い浮かばない。
この手の話題に詳しいキャプテンに話を聞いても「…察せるものではないのか?」とか言ってくるし。なんだよあいつエスパーかよ。爆ぜろ。
そんなわけで、クリスマス一週間前になった今も俺はプレゼントを決めあぐねている。いくらバイト代貯めたって一般家庭の高校生の俺にレストランとか予約しようもないし、今日ナツキが身につけてるのを見ると小物なんかもやばい。俺には可愛いしか分からない…
最悪、お姉さんに聞いてみるしか…!
そんな人知れず悩んでいる俺の手が優しくギュッと握られる。ハッとして顔を上げれば、ちょっとだけむくれた顔のナツキ。立ち止まってそこまでじーっと見られると…
「ハルトくん…その…ですね。
せっかく一緒に帰ってるんだから…もっと僕のこと…見てほしい、です…」
…これはやばい。
ちょっと顔赤らめて恥ずかしそうに俯いて、むくれて拗ねてるのにギュッと握る手は離してくれない。
可愛い、そう思うと同時に目の前のナツキに余計な気を負わせてるのが申し訳なくなってきた。
そうだな…悩むのは今じゃない。この件は後でお姉さんやユウちゃんにも相談してみるとして置いておく。
「…うん、そうだな。ごめんナツキ……手、繋いでていいか…?」
「!!…も、もちろんですっ!」
真っ赤になって嬉しそうに微笑むナツキの顔に一安心した俺は、そのまま手を繋いで家まで送り届けるのだった。
…ちょっと手が痛かったのは内緒にしておく。ナツキ、力強い……
……………
そこは、さながら戦場。
忙しなく人が走り回り、怒号にも似た指示が飛び交う。この時期になるとどこの店もそうなんじゃなかろうか…そう思いつつ、ワシは搾り袋とパレットナイフ片手に回転台からデコレーションしたケーキを移す。
「…よし。次!」
「はい任せた!」
すかさず次のホールが目の前に。ヘラでクリームを落として塗り広げ、ムラなく塗れれば今度は絞り袋でホイップクリームのデコレーション。イチゴとチョコにサンタの砂糖菓子を乗っけて…
…我ながらだいぶこの作業に慣れたもんじゃと思う。商店街の町内会長やっとるオジイのツテで初めは裏方の雑用バイトだったはずが、いつの間にやらお客さんに出すケーキ作りまで教わって今ではこの通り。
クリスマスの時期ともなると、個人経営とはいえ洋菓子店はまさに戦場。作業室に人を割く分、代わりに客応対のバイトも臨時に雇って回しとる程と言えば良いじゃろうか。
「あ、タクちゃん!それ終わったらちょっと休んでいいわよ!あとは接客でオーケーだから!」
「おう、了解じゃあ!」
ここで追加ホールが切れたらしい。それならお言葉に甘えさせてもらおう。
ラスト1ホールを綺麗にデコレーションして、ワシは休憩に入ることにした。
ここのオーナーさんは気前のいい人で、ワシらバイトにも休憩中のケーキをご馳走してくれる。ポットの紅茶と一緒に食べながら一心地つけば甘さが疲れた体にじーんと沁みるのを感じる。
店舗の方を見ると向こうも盛況してるようじゃが…やれやれ、1人じゃちと回し切れんか、アレは。作業室と比べればまだマシじゃが、カウンターの向こうに溢れる人を前に新人バイトが苦戦しとるのを助けに向かう事にした。
「…いらっしゃいませ!後ろにお並びの方、ご注文をお伺い致します。」
……………
溢れていた客がはけてひと段落がつき、さっきと打って変わって静かになった店の中で、新人バイトのハスキー、北見が大きく息をついた。
「ありがとな…あんだけ一気に来たからどうするかと思ったわ…」
「ヘルプが必要なら呼べばええんじゃ。そんくらい手を回すぞ?」
「だってお前休憩中だったろ?」
「んなもん気にするもんじゃないわ。」
正直、コイツとはなかなかウマが合う。今みたいに責任感やら何やら強いせいで抱え込みがちなのが玉に瑕なんじゃが…初バイトってわりに仕事は丁寧だし何より誠実な男じゃとワシは思う。隣町の…アイツのいる高校に通ってるらしいが…それはまあコイツには関係ない事じゃ。
なんでまたこんな時期にバイトなんぞと思ったが、深く詮索はせん。
ただ、若干心配なのはケーキ屋のショーケースの向こうでガタイのいい男2人が突っ立って接客しとるとこなんじゃが。オーナーさんは「それでいいのよ…」とか言うとるけど…本当にええんじゃろうか?イメージとか…
「しっかし、隣町の番長がケーキ屋でバイトとは意外だったな…正直びっくりした。」
「悪かったのう。この辺りは顔が利くんでな、色々させてもろうとるんじゃ。」
「なんだ、むしろ凄いと思うぜ?働くのこんな大変だと思わなかったし。」
全くコイツは。つい照れ臭くなってフン、と鼻鳴らしてそっぽを向いてやる。小さく笑っとる気はしたが、そこからまた突っ込んで来ないあたり、色々察せる奴なんじゃろうな。
そんな事に感心してると、カランカランとベルが鳴って店に誰か入ってきた。
「あ、上村こんなとこで何やってんの?」
「バイトじゃが。白坂お前は…あー、好きそうじゃもんなこういうの。」
「もち!しかしアンタホント色んなとこに居るわね。」
「ほっとけ。」
入ってきたのはワシに匹敵するデカさの虎獣人。ダッフルコートにスカート、マフラーと帽子、冬服仕様JKじゃが声はバッチリ男のそれ、知り合いというか腐れ縁の白坂ユウじゃ。
このナリでコイツも強いんじゃが…正直、この趣味は理解ができん。まあ否定もせんが…
「あれ、ハルトくん?コイツと一緒にバイト?」
「はは…まあちょっとね…」
マジか。こいつら知り合いか。世間は狭いのぉ本当に。北見はというと白坂を前に何やら落ち着きのない…お前まさかそっちの趣味があるとか言わんじゃろうな?…いや、ワシが気にしたからどうと言うことはないのじゃが。それにどうやら違うらしい。
「…ユウちゃん、ナツキにはその…」
「オッケー。内緒にしとくね。」
「ついでに、後で相談していいかな?」
「そういうこと…よし、任せて。」
……そういう話か。やれやれ、なら無粋なことは言わんのが吉じゃなあ。しかしそうかー、コイツなら確かにいい子と付き合いそうじゃし…応援くらいはしてやろうかのぉ。
「で、白坂。注文はなんじゃ?」
「じゃあ…パティシエさんのおススメで♡」
「一番高えのでええな。」
「美味しいなら構わないけど?」
「全く…冗談じゃわい。」
素直なのか分かってて言っとるのか定かではないが…コイツの好きそうなのを何個か見繕って包んでやると、会計を済ませた白坂のやつは嬉しそうに手を振りながら店を出て行った。
ついでに店の外を見れば、薄暗い中に雪がちらつき始めとった。じき、夕方のピークが来るじゃろう。
「さて、もう一踏ん張りやるかのぉ北見よ!」
「ああ…えっと、上村…でいいのか?」
「はは、好きに呼べぃ!」
……………
「お疲れさん。ほれ奢りじゃ。」
「お、サンキュ。良いのかタクマ?」
「一応ワシは先輩じゃしな!」
そう言って気持ちよく笑う隣町の番長…上村琢磨って名前は同じバイトになって初めて知った。向こうはうちの番長に匹敵する有名人ではあるし、俺は一度練習試合で顔合わせたくらいだったから覚えてないのも無理はない。あの時はキャプテンとタケルしか喋ってないしな。
しかし実際話してみると、思ったより随分良い奴だと思った。昔は舎弟引き連れて方々で色々やってたなんて噂はあったけど…ま、噂は噂だもんな。
兄貴分としちゃかなり慕われてんじゃないだろうか…と思うと、ナツキの舎弟二人組が思い浮かぶ。特にマサの方が突っかかってはいるけど、実は案外相性いいんじゃないか…?なんて思いながら話をしてるうちに、駅まで着いていた。
「あ…んじゃ、俺はここで……」
「ハルトくん?」
「えっ」
その時、思わず聞こえた声にびくりと跳ねた。振り向いた先にはナツキと…ユウちゃん。どうやら今日は一緒にいたみたいだった。じゃあさっきのケーキは…
ちょっと驚いたナツキの後ろでユウちゃんがニッコニコ笑顔でOKサインを出していた。ついさっき通知があったけど、もしかしたらそれだったのかもしれない。
2人とも厚手のダッフルコートにブーツ、色違いの帽子とマフラー…それでいてゆったりしたロングスカートのナツキに対して膝丈スカートにタイツ姿のユウちゃんはかなり元気そうだった。とすると、もしかしたら他所での撮影だったのかもしれない。
意外なところで顔を合わせてテンパりつつ、どう声をかけようかしどろもどろになっているうちに、ナツキの方から口を開いた。
「ぐ、偶然ですねっ!あの…今日は…撮影で……」
「そ、そっか…俺もその…ちょっと…おわっ!?」
「ふえっ!?」
ちらっ、とタクマの方を見ながらどう説明したものかと考えていると、不意に強い力で背中を押された。思わずもんどり打って前に踏み出した拍子にナツキの身体に思いっきりダイブしてしまう。
…めっちゃ柔らかい…いやコレは不可抗力であって決してわざとではないというかタクマお前…!!
「…ハルト。そちら彼女さんじゃろ?ちゃんと家まで送ったれい。」
「え……?」
固まったままの俺たちにそれだけ言い残して背を向けたタクマは、そのままヒラヒラと手を振りながら大股で去っていく。
その背中を追うように一歩踏み出したユウちゃん。
「…うん、じゃあアタシもここで。あとは2人で仲良くねっ!」
そうして俺たち2人は何が何だかわからないまま、駅前の雑踏に取り残されるのだった。
そのあと真っ赤になって固まったナツキに気づいて慌てて元に戻し、結局家まで送っていく事にした。
その道中でバイトの件も洗いざらい話した上で、クリスマスプレゼントはナツキと一緒に選ぶ事に決まったので一つ懸念は消えたわけだが…
翌日。
大騒ぎしてナツキの元に駆け込んできたマサが持っていた手紙にはこう記されていた。
『本日午後3時、河川敷のグラウンドで待つ。』
おまけ
「……白坂。」
「顔見りゃわかるわ。アンタ…」
「柄でも無いじゃろ、ワシなんぞが…」
「…はぁ。知らねーよ。そんなの。」
「口調戻っとるぞ…」
「今はこの方が良いだろ。ホント、そんなんだから損してばっかなんだよお前は。不器用にも程があるっての。」
「返す言葉も無いわ。」
「…で、どーすんの?」
「応援はする。邪魔立てなどせん。ただ……」
「ただ?」
「…いや、お前に言うことじゃあないな。これはワシのケジメじゃ。」
「…そっか。」
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