「エニグマ校長……っ、こんな……ボクになんでこんな事っ……」
アセットは保健室に閉じ込められていた。
鍵が閉じられており、ドアに手をかけて力を込めてもガタガタと音を立てるだけで開く気配は無かった。
「何でこんな事を? そんなのは簡単さ」
エニグマはリングで1つの束になった鍵を、リングに肉球付きの指を掛けたまま鍵をくるくると回し、チャリチャリと音を鳴らす。
その真っ赤な瞳は肉食獣らしい、鋭く光る眼光が宿る。真っ赤な舌が口元から伸び、舌なめずりをひとつ。
その隙間から覗くナイフじみた犬歯は真っ白で艶がある。
それらは比喩でもなんでもない。エニグマは紛れもなくジャーマン・シェパードの獣人で、彼の体は茶と黒の入り交じった毛並みに包まれている。鼻先から伸びるマズルは太く、長く成熟した牡らしい、無駄のない筋肉質な肉付きをしていた。
チャリッ、と音を立てて鍵を肉球付きの手中に収めるエニグマは、そんな雰囲気や眼差しとは無縁そうな濃紺のスーツに身を包んでいた。
「俺はお前が好きだからな」
「……え、っ……」
衝撃を受けた。なんで先生がそんなことを言うんだろう。
理解が及ばない頭のまま、目を見開きぱちぱちと瞬きする事しか出来ない。
「ちょっと……ちょっと待ってくださいよ校長……っ……なんで」
「俺とヤるのがそんなに嫌なのか、アセット」
エニグマはアセットの顎に細い指を這わせる。真っ赤な眼光が真っ直ぐにアセットを捉え続けている。
瞳孔がぎゅるりと一瞬で狭まった。エニグマが相手を見定めようとする時、相手をよく見るための癖だった。
アセットはそれ以上何も言うことができなかった。
*
私立ケモショタスパッツ学園は、その名の通り全ての生徒が登下校を含めてスパッツのみで生活する学園である。
そこに羞恥を感じるものは居こそすれ、意を唱えるものはいない。
なぜなら、私立ケモショタスパッツ学園はスパッツのみで登下校すること以外は単なる国内最高峰の進学校であるのだから。
中等部の偏差値は堂々たる75で国内トップ。卒業生の中には政治家、官僚といった国内のルールを直接作る側のケモノへと成長するものも居れば。医者、弁護士、科学者、研究者といった切れる頭を使って国内の最先端を研究し続けるケモノもいれば、軍や警察などの国家組織の内部の幹部まで成長する一風変わったケモノも存在する。
私立ケモショタスパッツ学園の卒業生は誰もが輝かしいケモ生を謳歌することができる。
そう世間に認知されてからは自ら熱望してケモショタスパッツ学園を受験するケモショタも居れば、両親が強く希望して受験させられるケモショタも居る。
だが、そんなことはどうでもいい。
――彼らの輝かしい功績などどうでもいい。
道端に転がっている元々あったダイヤの宝石を磨くことなど造作もない。
そして国民の代表的存在として、象徴として君臨するようなケモノを送り出す。
そんなものは校長であるエニグマの人脈とパイプでどうとでもなるのだ。
エニグマがこの学園を作った本当の理由は、将来的に国際的に活躍するスパイを生み出すことだ。
優れたスパイは敵国から情報を持ち帰り、その情報は国政社会にとっての駆け引きの材料として使われる。
それが戦争を勃発させる火種にも、戦争を終わらせる切り札にもなりうるのだ。
敵国に身分も、姿形も変えて単身で潜入。その国の一員となり、信頼を得て、現地で結婚などのイベントをこなし、淡々と自国へと情報を送る。
そのためには完全無欠で完璧なケモノにならなければならない。
例えば、スパッツ一枚で登下校を命じられても淡々とこなせなければならないのだ。
――もっとも目立たぬ存在になれ。
――貴様らの一度目の人生は15歳で終わるのだ。
そんな高度なスパイ育成学校を一から作るのは他国のスパイの目もあり、リスクが有る。
ならば、私立のマンモス校を開設し、優秀なケモショタを片っ端からかき集める。
夢と希望と引き換えに、無能なケモショタにはそのまま卒業してもらい本当の目的の隠れ蓑だ。
道端の石ころのように国内に僅かな影響力を持つだけの僅かな幸せを以て終わりだ。
だが、有能なケモショタには、その細すぎる両肩に重すぎる期待と使命感を背負わせ、死ぬまで任務に全うしてもらう。
そのために貴様らは生まれたのだと、洗脳させてもらう。