1
僕の彼氏は不細工である。界隈では、その名を“ブルドッグ”と呼ばれる。実は笑顔が愛くるしいのだが、付け上がるといけないので、それはトップシークレットだ。
家が湯島にあるのもあって、ブルドッグを連れて、上野辺りへはよく散歩に出掛ける。僕は趣味で俳句や短歌を作ったりするが、外出するとそれだけで、創作上でのいい刺激にはなる。
実家の離れ、自室にて。今日はよく蒸した。縁側にて一服、夕暮れ時、蛙が鳴いていた。一句できそうだが、それよりも食事にしようか。ちょうど、旨そうな匂いが、廊下から漂ってきていたところだ。
襖を開けると、脇の小さな水屋箪笥の上に、鴨南蛮と海鮮天麩羅(てんぷら)の器の置かれたトレイが鎮座していた。うちはいつもこんな調子だ。遠縁の娘さんを預かっていて、彼女がだいたい運んできてくれる。
この部屋にはテレビがない。よって今日も、出されたものを黙々と食べる。大事なひと時、人生には必要な癒しだ。
食後、野良猫と戯れながら、これを飼えないものか、思案していた。ムクムクとした茶トラで、可愛げなら、ブルドッグにも負けてはいない。こちらのそうした考えを察したわけでもなかろうが、今日はこいつ、いつもよりも大人しい。だが、野良はやっぱり疲れるか、そんなことを考えていると、気紛れに宵闇の彼方へと消えてしまった。まあいい、また折があれば。
母が床に伏した。医者によれば、風邪を拗らせたという程度の話だったが、なかなか按配が良くない。気を揉んでしまうわけだが、僕が焦ったところで、どうにもならないのは、判っている。こういう時だから尚更、件(くだん)の娘さんの存在の有難みが、身に沁みる。
これまで色々と御託を並べ立ててはいたが、僕はまだ一介の高校生の身に過ぎない。まだ大丈夫、そうは思いながらも、母に万一のことでもあれば、もううかうかとはしていられないのだ。
何故人は生まれてしまうのか。何故人は他者を傷付けながらでないと生きていけないのか。それは人々の間で、昔日(せきじつ)より考えられてきたこと。今日もこうして無自覚に生きている、その罪を思うと、酒でも呷(あお)りたくなってくる。でもそれでは、ますます自堕落になってしまうではないか。頭痛がする。ここでブルドッグからのメッセージがあった。もうそんな時間か、時の流れが早いようだ。二言三言トークをして、ついでにざっくりとSNSのタイムラインを拾って、今日はこれにてお開き。
明くる日、僕にしては珍しく、一限から六限まで学校に居た。授業については、今年の分の内容は既に頭の中にはあったので、問題はない。そもそも大学へは、進学しない方向で考えていたから、その点からも、これまでは自由で居られた。だが、母は予(かね)てより大学を勧めていた。だから、少しは安心させたい、そういう思いもないではなかった。今からなら間に合うか。それで真面目に通うことにしたわけである。
「柴犬が真面目に授業を受けるだとか、雹(ひょう)でも降るんじゃないのか?」
僕には柴犬という通り名があるのだ。勝手に付けられただけだが、満更でもないのは、それは云うまでもない。顔の雰囲気が似ているというのだが、人の感覚など当てにはできないので、真相は不明だ。隣席の友人と、そのまま話を続ける。この時は昼休みだったのだ。友人の名は、貝塚。これでも、気の置けない間柄。
「貝塚さ、お前さんは男心ってやつ、解るか?」
「お前柴犬なんだからさ、ワンワン鳴いとけばいいんじゃね?」
「そういうことじゃなくてさ。今度ブルドッグとデートなんだ。奴の誕生日が近いから、何かサプライズを起こせたらと思ってよ」
「チャペルで結婚式!」
「十年ないな、却下」
「んじゃいっそのこと、お前が包装紙に包(くる)まれちゃえばいいんでね?プレゼント・フォー・ユー、みたいなやつでさ」
「馬鹿かよ」
「だって柴犬さ、お前見てると、結構浅はかなんだもんよ、仕方ねぇじゃん?」
結局、参考になる話は、ひとつも出てはこなかった。人のことなど、当てにする方が間違っていたのだ。それにしても、浅はかだとは心外である。思い当たる節はないではなかっただけに、胸が痛むこと頻りだ。
放課後、担任に呼ばれた。
「お前、本当に大学、行かないのか?家に金がないとかならまだしも、そうではないよな?まだ間に合うぞ」
力強い言葉。それならと、二つ返事で応対する。担任、何だか嬉しそうだった。良い人だというのは、もちろん知っていた。ただ、忘れていた。味方なら、ここにも居たわけだ。だから僕も、嬉しかった。
大学に行くのは既定路線としても、取り立ててそのために勉強をするだとか、そういう頭はハナからなかった。第一志望は明治大学。父の経営する会社に勤めるなら、あそこが好都合なのだ。学閥というのは、存在するので。それにあまりに偏差値の高い大学に入ってしまうと、遊べなくなってしまう。それは悲しい。だからこの程度の話の方が、穏当なのだ。
この話を持ち帰った時、僕はてっきり、母も元気になってくれるのではないかと、淡い期待をしていた。だが現実は厳しかった。医師の往診で。血中酸素濃度が低いという。発熱もある。それで何と、入院することとなってしまった。それからというもの、件の娘さんが、支度を調えるのにきりきり舞いだった。普段は泰然とした父でさえ、少し窶(やつ)れたようにも見えた。
「心配するな。お前さんはいつも通りに過ごせば良いだけだ。必ず良くなるから、大丈夫」
この時、父に心中を見透かされた、そんな気もしていた。それは当たり前のことだと云い聞かせて、僕は自室の離れに、引き揚げた。ちょうど日が傾きかけた頃のこと、厭(いや)に虫の音が五月蝿(うるさ)い折、残照が目に焼き付いた、そんなひと足早く茹(う)だるような夜のことだった。
2
週末、ブルドッグと旅行に出掛けた。一泊二日のこと、急な話ではあったが、父の知己の宿だったこともあり、予約の折には良くして貰えた。
「予約取れて良かったね!柴ちゃん、頼りになるからな」
そうでもないよ、僕は心の中でだけ、そうした按配で捻(ひね)くれてみる。
仙台駅で新幹線を降りると、タクシーに乗り継いで、暫し揺られた。車窓からの景色には、馴染みがある。奥座敷・秋保(あきう)、ここは幼い頃に避暑も兼ねてよく訪れた。今日はブルドッグの誕生日祝い。旅費は父が出してくれた。また借りを作ってしまった。親子だから、こんな風に絡め取られてしまうのも、当然のこととは云えた。ただーー。何時までこうしていられるか、そんな曖昧模糊とした不安は、どうしても拭えないままでいるのだった。
途中、寄り道をしたくて、タクシーを降りた。磊々峡(らいらいきょう)、いつか連れてこようと思っていた場所だ。梅雨前の晴れ間の心地いい午後、遊歩道を散策しながら、ふたりの未来に思いを馳せる。
「ね、あの窪み、ハートの形してるでしょ?」
「これを見せたかったのかー、そういうとこ好き」
見ると顔が紅い。ただ僕にしてもこういう場所でフレンチ・キスを気取れるほどはっちゃけてはいないので、代わりに手を繋いだ。ものの十秒のことだったが、ふたりには、それで十分だった。
宿までの道程を、ふたりして漫(そぞ)ろ歩く。ゆっくり10分掛けて到着。
部屋に通される。ここでチェックイン。離れだからか、静かだ。一面の緑、麗しき日本庭園に囲まれる、贅。ここは変わらない。同じ離れでもやっぱり旅館のそれには敵わないのだな、そんな当たり前のことに今更気付いて、まぁそうだよなと、ひとりごちた。
この日、抱き合おうとは思っていなかった。何処か気後れしてしまって、邪念は頭の隅に追いやってしまった。口付けを強請(ねだ)られて、額にチュ!それだけの遣り取り。淡白だが、旅先でのこと、これくらいが穏当なのだ。
夕餉(ゆうげ)、海の幸、山の幸を存分に頂く。学生風情にはでき過ぎているが、まだ付き合い始めて三ヶ月、これは新婚旅行だと思っている。
それはこの秋保の一日で星空が一番近付く頃のこと、風呂を済ませて、夜風にあたっていた。突如、携帯が鳴る。父からだ。
「母さんが危ない。帰ったら、病院に来なさい。」
それからしばらく、寝付けなかった。三つ歳上のブルドッグが、この時は頼りになった。ずっと傍に居てくれたからだ。座卓で、胸の中で甘えて、手を握って。ベッドに移ってからも、寝落ちするまで会話は続いた。忘れない、この日は記念日。母さん、僕、幸せになりますーー。
3
葬礼。所在がない。周りは皆、慌ただしい。親類縁者なら、大勢来た。だがブルドッグは来ない。当然だ、関係がないからだ。これが現実というもの。我ながら礼装の似合わぬことに、苦笑させられもした。
ひとつ、愕然としたことがある。周りの者は皆瞼(まぶた)を腫らしているのに、肝心の一人息子である自分は、やけに冷静だったからだ。掌ばかりが、こんな時だというのに、じっとりと湿っている。一挙手一投足がぎこちないのは、若さ故のことでもある、仕方なかった。
棺の中の母は、綺麗なままだった。何もできないまま、出棺の時を迎えた。僕は何をするにも不出来だと、そう思えて眩暈(めまい)がした。この時ほど自分を責めたことは、本当のこと、生涯他に一度もなかった。
骨上げで、僕も己が人間の端くれだったのだと、漸(ようや)く実感することができた。手が震えて、箸も持てない。父に支えられて、そうすることで、やっと拾うことができた。あの綺麗だった母が、呼べば返事をしそうで、なのに骨になってしまって、帰ってこないと漸く理解ができて、泣き崩れた。
それから父は、独り身を貫いた。浮いた噂のひとつもなかった。それで或る日、僕は訊いたことがある。再婚はしないのか、と。父の答えは、明快だった。
「母さんなら、そこに居るじゃあないか」
ハッとした。そうかも知れないと、一瞬、本当にそう思えてしまって、気が遠くなるのだった。
父は立派な人だった。実直で物静かで、しかし物怖じはしない、そんな人だった。いつでもダンヒルのスーツに身を包んで、何処にも隙はなかった。
どうすればあのようになれるのかは、今も解らない。ただ、遠巻きにあの痩躯の背中を眺めながら、自分には自分の道があると、そう云い聞かせた。
僕は有り体に云って、肥満体の人間だ。祖父もそうだったので、判らないでもない話ではある。服なんて、着られればいい、それくらいに思っていた。本当のところは、悔しい思いもあった。だが、太っていたい、お洒落で居たい、馬鹿にされたくない、そういうことでは、ただの我儘なのに違いはないから、仕方なかった。まだ学生風情なのもある。そうだ、今度の週末はブルドッグと秋物の買い出しに出掛けようか、いい機会なのだし。
後で聞いた話では、父も昔太っていたという。初耳だった。凡(およ)そ想像が付かない。母と交際するために、それは無理をしたらしい。
父は婿養子として母の実家の家業を継いだ身だ。老舗の商店で、本当に下足番のようなことから始めたのだとか。或る日、父は漏らした。
「柴よ、会社勤めというのも、甘くはないぞ。うちの会社に入るなら、覚悟はしておきなさい」
父の背中なら、見てきたつもりだった。なのに、何も解ってはいなかった。僕は、つくづく愚か者だったーー。
梅雨寒の折、ざあざあと大粒の雫が束になって空から落ちてくるさまを、件(くだん)の湯島の離れにてブルドッグと、肩を寄せ合ってじっと眺めていた。庭の紫陽花の葉に蝸牛(かたつむり)が乗っている。一句したためながら、躰をブルドッグの肩にもたせ掛けると、そのさまをずっと視界の端に留め置いていた。
ふと、あの日の野良が姿を現す。実はあれから、鈴の付いた赤い首輪を、買っておいたのだ。違い棚に置いてあったそれを手に取ると、早速付けてみる。
「ほら、よく似合う!」
萎(しお)れかけた心は、ブルドッグと野良が癒してくれた。今日からこの野良猫は、“なつ”と呼ばれることとなった。夏の太陽のような顔をして、いつでも平和にゴロゴロとしていて欲しい、そのように願っていたからだ。
4
なつを飼ってみて、猫という生き物のふてぶてしさに、思いを致すようになった。懐くのは餌遣りの時だけ。後は寝てばかりいる。まぁ、だからこそ愛らしくもあるのだから、受け入れるよりほかはない。
雑木林ではないので、家の庭には猫じゃらしが生えていない。仕方ないので、代わりに何処からか藁を拾ってきて、それで構うのだ。なかなかの戯(じゃ)れようで、飼い主としては云うことがない。
近頃は学校には、毎日欠かさずに通っている。座席は窓際で、授業中には、外の雲の流れを眺めることが多かった。偶(たま)に教員に指されることがあるが、そこはさらさらと答えるのだ。それで、何も問題がない。座席は後ろの方だったので、暇な日には文学書を流し読んだりもしていた。教壇からは丸見えの筈だが、それで腐されたことは一度だってない。学校などそんなものだと、そう思っている。
新太(あらた)という転入生がやってきた。高校で転入などと珍しいこともあるが、雰囲気は悪くない。少なくとも、あの有名な俳優の古田新太よりは、若い分だけ幾らかは、ハンサムだった。彼は僕の隣に座ることとなった。
「ね、君、今何読んでる?」
「あ、谷崎潤一郎。授業、暇だったんで」
「俺、新太。友達になってくんない?」
「いいよ、僕なんかで良ければ」
あれよという間に、仲良くなった僕たち。新太には、好いた人が居るらしかった。
「くぁー!あの胸の谷間!堪らんよ!」
相手は女子、僕の見立てだと、高嶺の花、ちょいと厳しい。でも、そういう恋だって、成長するためには必要だったりもするもの。僕にだって、ブルドッグと知り合うまでは、横恋慕の好いた男が、居たわけだし。
それから学校では、新太とも連(つる)むようになった。時折それに、貝塚や学級委員の女子も加わる。
「あなたたち揃いも揃って、本当に授業態度が宜しくてね!担任もボヤいていたわよ、成績は良いのだろうけど、偶には真面目にやったら?」
怠(だる)いことを云う。だから云ってやった。
「そんなだからモテないんでは?」
「なーw」
「まー、なんちゅーか、朴訥とした質実剛健な女子でおわすよなw」
「ウガー!」
僕は知っていた。彼女は、新太のことを、好いているのだ。この恋は一筋縄では行かない、そう思えてしまって、何時の間にか気苦労を溜め込むようにもなっていた。でも、それもいい。彼女には幸せが似合うと思った。それも、平凡な類の。相手が真っ直ぐな新太なら、相応しいのでは、そうも思うところだ。どう傍目に見ても、お似合いだったのだ。
「まだ、好きで居て。他の誰のことも、好きになっちゃ嫌だ」
週末のデート、何だか湿っぽい台詞だ。何事にも移り気なのは事実だが、この恋に掛けては、腰を据えているつもりなんだけれども、なぁ。僕はここで、絆(ほだ)そうと考えた。
「大丈夫だよ!その腹回りが確かならばさ!」
それでブルドッグが、笑った。そう、こんな笑顔を、待っていた。思わず抱き着いて、ベッドイン。こんな日常が続くのならば、真面目に学校に行ってみるというのも、存外悪くはない。
放課後、また担任に呼ばれた。
「模試の結果は順調だな。明治が第一志望だったか。良いとは思うが、記念受験にどうだ、慶応か早稲田は?」
それには、手をひらひらとさせて、面倒事は嫌いである旨、伝えておいた。担任は残念そうだが、そんなにしゃかりきになってまで生きようとは、ハナから思わない質(たち)なのだ。そこまで大きな器でもないというのは、もうずっと解っていたから、それは何でもない話ではある。
その週末、雨の日曜日。ブルドッグとあんみつを食べた。それは映画の帰り道でのこと、その席で僕は云った。
「ずっと一緒に居ましょーね!」
それだけ。渾身の笑顔も、忘れずに添えて。ブルドッグは、こんな場所だというのに、オイオイと泣きじゃくる。えらい始末だ。でも、嬉しかった。気持ちが通じ合えた昼下がり、こういう日々ならずっと続きますようにと、思いの外流れの速い雲に思いを乗せつつ、また一歩前へ。高校生として、男子として、悔いなきように生きる、そう胸に誓った。上野だって湯島だって悪くはない。ここが僕らのテリトリー。忘れ難き日々の只中に、この時まさに、僕らは身を置いていたーー。
またいつか