「う…………」
鼻先に感じる冷たい感覚が、失っていた私の意識を呼び起こす。
口の中に滲んでいる水分の苦味に興奮を覚えては、これは全て淫紋のせいだと考え直して再び呼吸を浅くする。視線を下げれば、相変わらず仄かな光を放っている奇妙な模様にしか目がいかなかった。
物事を考えられることがひどく久しぶりに思える。私の体が人間ではなくなってしまってから…様々なことが起こりすぎていたのだ。
淫罰の刑という聞いたことのない罰は、私の知る罰の概念を超えていた。逃れられない興奮の渦に放り込まれ、淫魔と名乗る虎の化け物に口づけを施され、鼻に腋を押しつけられ、かと思えば凄まじい力で殴られ続け…
そして今は、狼となってしまった私が持つ呼吸器官に奴の履いていた下着が密着している。常人では考えられない拷問に、私は文字通り苦しむしかなかった。
疲労による気絶から覚醒した瞬間、初めの一呼吸であのおぞましい匂いが鼻へと入り込む。
雄にしか出せない、雄のみが出す鼻につくあの嫌な匂い。人であった頃より何倍にも強くなってしまった嗅覚のせいで、その隅々まで嫌というほど感じさせられてしまうのが最悪だった。
目が覚めたばかりの嗅覚がそれを享受するには衝撃が大きすぎて、何度失神しかけたことだろうか。
鼻先にぴったりと付着する水分は未だに蒸発する気配がない。人間であれば普段乾いているはずのそこが濡れているとなると、それだけで胃液が逆流しそうな気分だった。
さらにはそこから漂う、体臭とはまた違った類の刺激臭もまた辛かった。生前の人間なら誰しもが回数を重ねてきた、あのアンモニア臭と独特の刺激を持つ老廃物の液体……眼下に見える黄色いシミがそれを物語っている。
後頭部にきつく締め付けれられた紐もまた、奴の下着を固定していたものだ。染み込んでいるのはきっと…想像は容易いものだろう。
地獄に生きる者も排泄を…と考えるが、すんでのところで思考を止めた。
想像するだけで吐きそうになる。自分の下着を他者に押し付けるという狂った思考回路を持ったアイツは、罪人の生まれ変わりなのではないかと思ってしまう。
しかしこうして考えを回らせている最中にも、接着している湿った布から放たれる異臭が鼻腔に入り込み、おぞましいほどの刺激に寒気が止まらなくなる。だがそれは何をしても離れることはなく、さらに獣となってしまった鼻が嫌というほど鮮明に臭いを感じ取ってしまう。
むせ返るほど饐えた硫黄のような臭気の中に、あの忌々しい虎の匂いも混ざっていた。それが分かってしまうほど過敏になってしまった鼻をどれほど憎んだことか。
湧き上がる怒りとは裏腹に、あの痛みを味わいながら体を作り替えられた理由はこれなのかと考えたりもした。
結局私は、逃げることなどできなかった。この吐きそうな匂いにも、腹の下に刻まれた淫紋から広がる熱のこもった微弱な快楽にも。
呼吸をすれば、匂いを嗅げば、その全てが興奮へと繋げられ、私の男根は意志に反して首を持ち上げてしまう。分かっているのに止められないこの現象が、どうしても悔しくて仕方なかった。
「……はぁ…」
私は無意識に天を仰いでしまう。顔を上げても散々な思いをした牢獄の光景が変わることはなく、ふと視界の端に映る小さな小窓を眺めた。
よく目を凝らすと、格子の外に見慣れた暗闇が広がっていた。それにいくつか、星に似た何か小さな粒まで見える。
今は…夜なのだろうか?
思い返せば、失った気を取り戻してから何時間が経っただろう。辺りが暗ければ眠れると思っていたのに、この拘束を施されたせいで結局一睡もできていない。
それどころか、眠気すら感じる気配がなかった。本当に奴は時間の概念を作り出したのか?
それとも…こんな場所ではそれを本当だと信じている私が馬鹿なのだろうか。
だがこんなふうに考え事をできるようになったのは、睡眠を削ってまで得た功績だと言えるかもしれない。
匂いに関してもそうだ。良くも悪くも、初めに付けられた時よりはかなりマシになっただろうと思える。腋の匂いを嗅がされ、挙句舐めまでもしたせいか…雄の匂いに対しての気持ち悪さは、少しずつ改善してきていた。
というよりは、慣れさせられたと考える方が自然だろう。だが、これで次に虎が来た時も少しは耐えられるはずだと思っていた。
そう思わなければやっていられなかったのが本音だが……
しかしいくら頭がおかしくなりそうな匂いに晒されようと、私はもう死んでいる。死んでも生き返ることは好みを持って知ることもできたし、失うものなど他にないだろう。
地獄という世界の機構を少しずつ理解し始めていた私は、自身の中にある記憶を順々に思い起こしていく。
気を失う直前、あの虎が私に何かをしたことは分かっている。それは生前の私が感じていた、体内時計にも似たものが存在していたことが証拠だった。
手がかりになりそうなものを探すために記憶を辿っても、殴られ蹴られ、何度も射精した光景しか思い出せない。実際それしかされなかったため、糸口になるようなことは何も見つけられなかった。
やはりどう考えても、素直に奴の言うことに従った方が良いのではないだろうかと思わずにはいられない。これ以上逆らったら、私はどこか別の地獄にでも弾き飛ばされるだろうか。
今の状況から考えれば、その方が良いとも思える。こんな卑しく汚らしいことをされるくらいなら、いっそ一瞬で殺してもらえるような場所の方が楽なのではないかと。
そう思った時だった。
──チリン。
「………?」
チリン、チリン。
聞き心地の良い安らかな鈴の音が、扉の向こうで聞こえた気がした。耳を澄ますとそれは少しずつ近づきてきており、甲高い音が部屋の外から響き渡ってくる。
虎がやってきたのか…それもこんな夜中に?
なぜ鈴を持ってきたのかは知らないが、奴が来るということは何をされるのか目に見えていた。
腹に刻まれた淫紋によって維持され続ける性的興奮に、私の男根も当たり前のように屹立している。これだけは見慣れたくないと思いながらも、手錠に繋がれたまま時が来るのを持ち続けるしかできなかった。
ガコン、と扉が開く音。あえて目を瞑っていた私は、その音に遅れて目を開く。そして私をニヤついた目で見つめる奴と対峙する。
そのはずだった。
「…………え?」
目の前にいたのは、奴とは異なる姿形をした者だった。それも、2人。
「んだよ、起きてやがったか。まあいいか、お前が死刑囚だな?」
「…い……い、いぬ………いぬ、だ……」
そしてそれぞれが、あの虎と同じように獣の特徴を持っていた。
[newpage]
一方は牛、もう一方は馬の顔だろうか。いつ見てもどのように口が動いているのか全く理解できないが、いつもと違う人物の訪れに困惑していた。
コイツらは一体……どうしてここにいるんだ?
ここに出入りするのは虎だけではないのかと考え込んでしまう。だがそんな私の身に起こったのは、思いもよらぬことだった。
「外させてもらうぜ」
「ッ!?……んがっ!!」
虎よりも屈強な体を持つ牛は躊躇うことなく私に近づき、巻きつかれていた奴の下着と腰布を乱暴に引き剥がしてしまったのだ。唐突な事態に何が何だか分からなかったが、刺激の消えた空気をいっぱいに吸い込むことができたおかげで多少の安心感を得ることができた。
口に残る液体を全て吐き出し、思わぬ形で苦しみから解放された私は束の間の喜びを感じていた。
だかその感情もすぐに消え失せ、唐突すぎるこの状況を理解しようと誰なのかも分からない2人に問いかけてしまう。
「お、お前らはなんだ…?どうしてここに…」
「俺らも溜まっちまっててよぉ、久々に使えるモンが入ったって聞いたから来たんだ。準備できてんだろ?今から始めてもいいよな」
まともに話ができたと思ったのはそれだけで、その一言はまるで私を会話の対象として見ていないことを容易に感じさせた。
牛の言葉はひどく重圧的で、軽口を叩くような雰囲気には思えない。唐突の来訪者にまだ把握もできない私は、どんな言葉で返せばいいのかも分からなかった。
だが奴の目的が私を使うことであるというのは、すぐに理解させられることになる。
「え…?な、何を言って……んぶっ!!?」
私が反応を示すよりも先に、牛は私の顔の上に跨ってきた。膨らみを持つ汚れた白布に口が閉じられ、鼻でしか呼吸ができなくなる。
綺麗さっぱり消え去っていたはずの雄の匂いに口元は再び密閉され、感じていた解放の喜びは恐怖へと早変わりした。
牛は狼狽える私のことなど気にもしない。それ故に私は驚愕と混乱で息が荒くなってしまう。じたばたと抵抗しようとするも、瞬く間に首周りを足で固められて身動きひとつ取れなくなってしまった。
口もとに押し付けられている部分から漂う激臭は虎の下着より遥かに酷く、咄嗟に息を止めてしまう。だがそれに加えて、全く別の感触が私の胸に押し当てられていることに気づく。
これは……尻…?
毛皮というにはあまりにも場違いな感触。ぐっしょりと濡れたその毛皮は、水を吸った雑巾が完全に絞られなかった時のような濡れ方をしていた。
まさかそんなはずは…私の頭に嫌な考えがよぎるが、その答えはすぐに分かることになる。
「俺らみてぇな短毛はだいたい焦熱の担当だからよ、暑くて暑くて仕方ねぇんだ。汗まみれだけど我慢しろよな」
焦熱…?なんのことを言っているのだ…?
初めて聞く言葉の意味を考えようとするが、汗だと知らされた以上それどころではなかった。胸元を濡らす生ぬるい水分に浸食されるおぞましさに全身が総毛立ってしまう。
そんな私の様子を察したのか牛は躊躇なく体重をかけ、顔の周りの温度がどんどん上昇していく気がする。かけられた手錠は外れることもなく、伴っていく圧と共に腕の痛みが増していった。
「おい……っ…!やっ、やめろ…!潰れっ……」
「あ?これくらいで喚いてんじゃねえよ。それよりお前、これから俺様のモンを食わせてやるってのにずいぶん嫌そうな顔するじゃねぇか」
ぐりぐりと膨らみを顔に押し付けられ、薄汚い何かが瞼や鼻先に付着する汚らしさに何度もやめろと叫んだ。だがいくら声を荒げようとも塞がれてしまっては響くこともなく、口の中で無駄に消えていくだけに終わる。
体重をかけられれば手首と腕の痛みも徐々に激しくなり、トラウマとなっていた痛覚への過剰反応が起き始める。
逃れようともがいても体一つ動かせず、呼吸に乱れが生じていく。感じたことのない牛の股間の匂い、体に染み付いた奴の汗、その全てが規格外だった。
次第に私は込めていた力が抜けていく感覚に襲われ、抵抗することができなくなっていった。
同時に私は、この牛が虎よりも聞き分けがないことを理解した。さっきから私の話に一切耳を傾けることもなく、強すぎる力で体を密着させてくるだけだ。
力の差をありありと見せつけられ、地獄の番人本来の姿を見せつけられているような気がして体が激しく震えてしまう。
未曾有の恐怖に、ただ逃げたいという思考だけが頭の中を駆け巡る。自分でも驚くほどありえない力を振り絞って牛からの重圧を退け、声の限り叫んだ。
「ん゛っ…んはぁっ!!まっ、待て!何を…お前は何をしようと…!!」
「罪人に同じことを2度も言う必要なんてねぇよ。お前はただ貢献してりゃぁいいんだ、俺たちの性処理によ」
「がぁぁっ……!」
挟まれた太ももが揺れる。再びのしかかられた私はこれ以上言葉を発することができず、首筋に鋭い鈍痛が走る。
拒絶反応から痛みから必死に逃れようとした瞬間、チリンと鈴の音が聞こえたような気がした。だがそれはなぜかくぐもったような響きだった。
そのすぐ後に視界の端から何か黒い影が飛び出し、べちんと私の鼻に直撃する。
「………は…っ…?」
それは一瞬で目の前の空間をあの異様な匂いに染め上げ、大きさを判断するよりも先にその正体を見せた。どくどくと脈打つ気持ちの悪い生物のように、頬に触れる細い管の小さな感覚に、抵抗していたはずの体がぴたりと硬直する。
それは言い伝えに聞く鬼が持つ棍棒の如く……どす黒く膨らんだ、牛の男根であった。
「なっ……なっ…何を…」
「ここまでされてもまだ気づかねぇのか?阿呆かお前は」
よく見れば、陰毛の奥深くにある根元には何かが巻き付けられていた。その部分が揺れるたびに、チリン、チリンと聞き慣れた音が耳を刺激する。
視界の端に映ったのは、玉袋の裏から微かに光る銀色の球体。同じ色をした金属製の輪と一緒に、牛の男根を取り巻くように括り付けられていた。
私が聞いていた鈴の音は、ここから聞こえていたのだった。
目の前に広がる黒にも等しい色をした肉の棒が、私の鼻をなぞるように移動していく。湿った液体が毛皮に軌跡を残していき、粘着質な液体と生ぬるさに全身の毛が逆立った。奴の男根がいちいち動くたびに、小刻みに音を鳴らす鈴が耳に残る。
この絶望的な状況に私は、首一つ動かすことができなかった。それは奴の足で固定されていたからではない。あまりの恐怖に、理性が保てなくなっていたのだ。
このように現状を理解したとて、打開できるわけなどないと。
「あ……あぁ、ああっ………!」
虎によって慣れさせられたはずの股間部分の匂い。だがそれは間接的なものであって、その元凶に直に触れられて恐怖しない者などいないだろう。
こんな化け物になぜ男根が存在しているのか。そんな疑問など初めからなかったかのように、保とうとしていた理性が霧散していく。立ち込める蒸気のように熱い煙が、鼻先を濡らす。
私の体は当たり前のように興奮していた。微かに感じる下腹部の熱と共に、ビキビキと膨らみを増しているのが分かってしまう。
屈してしまいそうな恐怖と、それでも昂ってしまっている自らの体に頭の中がぐちゃぐちゃになる中、腹の奥まで響くような声が私を押し潰すように響き渡る。
「ほらよ、お前の大好きな雄チンポだぞ。思う存分しゃぶれ」
「や……やっ…!」
鼻が取れて落ちてしまいそうなほどに強すぎる刺激臭だった。肺に取り込めば一瞬にして体の中が汚染される。その確信しかなかった私は、一心不乱に口を真っ黒な棒から遠ざけようともがく。
その行為だけでも、牛のしびれを切らすには十分だったのだろう。
「チッ、こりゃ本当に何にもされてねぇな。ったくあの淫乱虎も仕事が丁寧なこって」
舌打ちが聞こえた直後に聞いた言葉の口調は、至って冷静に思えた。だがそれはほんの一瞬の気の緩みが生んだ私の油断だったことを、すぐに思い知ることになる。
「あ゛がッ!?」
気づいた時には牛に頭を強く鷲掴みにされ、首の向きを無理やり変えられた。万力の如く頭蓋を割らんとする握力に意識が遠のき、声すらも上げることができない。
それと同時に奴に逆おうとしたことで強まっていく腹の痛みも相まって、力すら入らなかった。
「慣れてねぇんなら教えてやるだけだ。さっさと口開けろ」
「ぎっ……あが…ぁ…!」
頬を握りつぶされるような圧が襲う。片手だけだというのに、このままいけば私の顔が真っ二つにされてしまうのではと恐怖しかなかった。そんなことなどあり得ないと思っていても、コイツならやりかねないと想像できてしまう。
それでも私は、全力で歯を食いしばろうとした。あんなモノを口に入れられるぐらいなら、このまま顔を握りつぶされて死んだ方がマシだ…!
どうせ死んでもまた生き返らせられるだけなのだろう。虎との経験を糧にするのは心苦しいが、そうするしか道はないと覚悟はあった。
だが、私はまたしても相手を甘く見過ぎていた。
「しぶとい野郎だ。でもそういうの俺は嫌いじゃないぜ?だってよ…」
「う゛っ!?ん゛がぼッ!!!!!」
一瞬、顎が外れたかと思うほどに頬の骨を圧迫される。反射的に私はそれから逃れようと口を思いっきり開けてしまい、そのまま硬くなった何かを突っ込まれた。
「それを無理やりこじ開けんのが楽しくて楽しくてたまんねぇからよォ!!!」
奴の叫ぶ声が、全身にのしかかるような圧を感じさせた。同時に熱を持つそれは瞬く間に口の中を押し拡げ、舌までもが潰されていく。
やられた。本当に、やられてしまった。
牛の怒鳴り声と同時に、私は自分の死を悟った。
決して口に入れてはいけないものを、捩じ込まれている。地獄であってもそう簡単に許されていいものではないその卑劣な行いを施された私は、死以外に道はないと思考が駆け巡っていく。
だが実際には、そこまで悠長に考える時間があるわけではなかった。硬く膨張した物体と、それを覆う脂身のような気持ち悪い感触。それが雄の持つ亀頭と包皮であることを理解する前に、すぐさま喉の奥まで突き刺さったそれは私の口呼吸を一瞬にして奪う。
おぞましいほどの悪寒と共に、絶望が全身を覆っていく。なおも続く膨張に抗おうと舌に力を込めるたび、本来ソレが持つ「味」というものを強制的に理解させられてしまう。塩味と苦味の混じったなんとも形容し難い違和感に、味蕾が狂っていくのを感じていた。
無論、引き離したくても離せるわけがない。既に大きすぎる手で頭全体を掴まれており、顔を動かすことすらできなかった。それどころか、奴は少しずつ私の顔をさらに奥へと押し付けてきている。
上下の顎関節が外れてしまいそうなほど大きく開かれた口からは、当然の如く大量の涎が垂れてくる。その全てが私の舌から生成されているかは分からないが…
塞がれた喉が呼吸することは叶わず、鼻から馬鹿みたいに必死に空気を送り込む姿はさぞ滑稽に見えたのだろう。覆いかぶさるように私の顔を覗き込んでいた牛の顔は、薄気味悪いほどに笑っていた。
「ふん、口ん中は悪くねぇ。アイツはいつも上から開発すっからなぁ…」
「お…っ…おご……」
「おい、ねぇとは思うが…噛み切ろうとしたらその頭ぶっ潰すからな」
牛の声がとんでもなく遠くから聞こえたような気がした。暗闇に沈みかけている意識の中で私は、必死に考える。
コイツが今しようとしているのは、紛れもない殺しだ。他者の命を何とも思わない、狂った思考回路を持つ奴がすることだ…!
擦れた手錠の痛みでわずかに自我を繋ぎ止めていたが、喉と食道ギリギリの境目にある異物のせいで胃から液体が逆流しかけている。それを抑えるのに必死で、牛の言葉に構う余裕などなかった。
舌に突き刺さる途方もなく塩辛い味。虎の汗に似ているようだが、濃さが桁違いだった。鼻を殴られたようなツンとくる刺激臭が牛の股座から鼻腔へと流れ込み、脳にビリビリと電流が走る。
「ホントならもう腰振ってるんだが…今は使い物にならなそうだしな。特別に動かさねぇでいてやるから、しっかり俺様のチンポの味と匂いを覚えろよ」
「ん……ぐぅ…………!」
私の頭を覆い隠すように牛は体を傾けてくる。押し込まれなかったのは幸いだと思えるが、その代わり大量に生えた陰毛の中へと鼻が入り込んでしまう。
必然的に襲い掛かるのは、想像を絶するほどの雄の匂い。嗅いではいけないと全身が悲鳴をあげるが、口で息ができないのならば鼻を使うしか方法はなく、故に嗅がざるを得ない状況を作り出されてしまっていた。
凝縮された漂う牛の臭気は、あんなに苦しんだはずの虎の腋や下着ですら比べものにならなかった。あれが人の拳だとするならば、こっちは大砲だ。
強すぎる匂いの衝撃に涙ぐんでしまうが、それが牛に見えることはなかった。
「ガマン汁も飲んでいいんだぜ?そっちの方が手っ取り早く覚えられるだろうしな」
舌の上でじわりと感じる、生ぬるい液体のような感覚。もしこれを飲み込んでしまったら…いや、絶対に飲み込んではいけないと必死に頭の中で考える。
だが私はもう、限界だった。いきなり顔を押さえつけられ、知らない雄の男根を口の中に入れられ、あまりにも強い雄の匂いに包囲されている。
まさか、これが新たな罰だというのか?あの虎は嘘をついて、代わりにコイツに…?
あまりにも飛躍した思考に恐怖が、絶望が、それに隠れた興奮が、体の中を逡巡する。
思考も視界も虚無へと白み始め、押し込まれる喉が耐えきれずに拡がりを止めたその時。
「んオ゛ッ!!?」
私の体はまた突然、感じたことのない感触を享受した。それは顔でも腕でもなければ、私の股間でもない。
幾度となく口づけを施された虎でさえ、ほとんど触ろうとしなかった場所。骨張って湿った5本の指が掴んでいたのは…おそらく私の尻だろうか。
だが、この体勢では牛が触ることは絶対に無理だ。腰が正反対に回りでもしなければ。
だとすればこれは……
この時やっと、牛の他にもう1人いたことを思い出した。思い出せる状況ではなかったのは分かっているが、目の前に広がる牛の体で全く見えない。
「お、おれ……こっち、つかう………」
普通の話し方とはかなりかけ離れた言葉が、牛の向こう側から微かに聞こえる。牛よりも声が小さく、本当に聞き取れたかどうかが分からない。
だが記憶が正しければ、あの言葉足らずな雰囲気を醸し出していた奴にはできることなど…
「……ッ!?」
瞬間。私は生まれて初めての感覚を享受した。
排泄するための穴が外側から開かれる、絶対に経験するはずのないもの。あり得ない感触が私の脳髄にまで響いてくる。
何かが侵入していく。ゆっくりと…外から中へと入って……!
「…あ、ぁ……あ……!!」
私はただ、あまりにも恐ろしくてたまらなかった。伴っていたヒリつく痛みも、異物が入り込む気持ち悪さも、何もかもを通り越して。
自分が自分ではなくなる感覚。生を受けていた頃では考えもしないほどかけ離れたこの事態に、死後の世界の本質を垣間見たような気がした。
「アイツのは長ぇからなぁ、1発で奥まで開通するだろうよ」
その一言で、私は全てを悟った。凄まじい恐怖が全身を包み、あらん限りの声が腹から飛び出していく。
「……!!!がッ…あがっ、んがぁああぁ!!」
「ウルセェなぁ、静かにしろや罪人が。自分の穴使われるからって喚いてんじゃねぇぞ、黙って俺様のチンポ舐めてろ」
「あぶッ!!!」
牛の言葉がイラついた口調になった直後、想像もしなかった剛力が私を襲った。大きな手は上下の顎を簡単に固定し、さらに奥へと引き込まれる。
臍の下から広がる毛の一体に顔を押しつけられ、鼻でしか息をすることができない私は必然的にその中に立ち込めた匂いを吸い込んでしまい、激しく咽せた。
「がぼッ!!んぶっ……!ぶふっ……」
だが咽せたとしても口から新しい空気が入ってくることはなく、帰ってくるのは牛の肉棒から流れ出る気持ち悪い粘液。あんなに飲みたくないと忌避していたのに、どんどん食道を通っていく。
酸にも似た味に私はさらにえずき、無様にも涙を滲ませ、鼻水を垂らしてしまう。
「けひひ、いいぜぇその顔……俺様が求めてる顔になってきたじゃねぇか」
ポツリと牛が呟く。私はもう、何が何だか分からなくなっていた。
無様にもがくことで気を紛らわすことしかできない。追い詰められた人間の心は、駄々をこねる子供のように必死さだけを増していく。
「……こいつ、まだ……かたい………」
「気にすんな、挿れちまえばその後も入るようになるさ」
話し声が聞こえるが、何を話しているのかを知るのは呼吸もままならないようでは不可能に等しかった。喉奥に固定された牛の肉棒によって口内は言い表せないほど[[rb:滑 > ぬめ]]っており、勝手に抜けようとしている。
恐怖で意識が遠のく意識の中で分かったのは、あの虎が私に対して本当に気を遣っていたことだった。もし初めにコイツに会っていたら、私は今頃ボロ雑巾のようになっていたかもしれない。
こんなことをされるなら、せめて奴にされたかったと微かに思ってしまう自分もいた。
次の目覚めが来てくれるのかさえも分からない。もしかしたら、これで本当に終わりなのかもしれないと心の中で区切りすらつけそうになる。
だが、その時間もそう長くは続かなかった。ギリギリと痛む腕や手が限界を迎え、千切れ落ちたような感覚を覚えた瞬間だ。
鈴の音が甲高く鳴り響き、顔が激しく揺れる。これ以上吸い込むことのできない汚れた空気を拒み、私は自ら息を吸うことを止めた。
それと同時に、私の腹の奥深くへと強く何かを突き刺されたような衝撃。内臓が勢いよく下から押し出される感覚と、激しく込み上げてくる胃液。
「──ぁ────」
許容範囲を一瞬で超えて、吐き気を催した私の視界は、唐突に暗闇と化した。
[newpage]
「そいつは[[rb:牛頭 > ごず]]と[[rb:馬頭 > めず]]の仕業だろうな」
聞いたことのある名前だった。
だがそれは、実際に存在している人間の名でもなければ、物体の名称でもない。概念にすら等しいそれが実態を持つなんて、思ってもいなかった。閻魔がいたのだからその他の存在もいて当たり前だろうが、すぐに信じ切ることは無理だ。
地獄に住むと言われる番人であるその2人は、罪人たちに罰を与えると言われている怪物だと言われているのが定説であると虎は言った。しかし私がされたのは罰でもなんでもない、地獄とは考えられないほどの仕打ちだった。
正直、ほとんど覚えていないが。
「抜けがけして来るのは前から知ってたが、こんなに早くからやってくるのは初めてだな」
その返答は、至って普段通りの口調だった。奴にとって想定外のことでは無いのか…?
虎は白目を剥いている私に驚いたらしく、激しく肩を揺さぶられて起こされた。覚醒と同時に腹の中から感じた異様なほどの違和感を感じていたが、その原因を思い出すこともないまま話を聞かれた。
時間が経つにつれ私も意識をはっきりさせることができ、改めて夜の間にされたことを虎に説明したのが先ほどの出来事。
正直、思い出すだけでも喉の奥から粘液が出そうになる。だがそれを抑えながら説明し終わると、虎は呆れた表情をしながら話を続けていく。
「そいつらはなぁ…ちょっと常識がないって言うか、頭が悪いんだ。まあ、普段は獄卒も性処理できないから無理もないんだけどな」
「はっ、あうっ…んぁっ……ぐぅ……」
返事はない。あるとすれば、私の口と鼻から出る荒い息継ぎだけ。
私はまたあの時と同じように、虎の腋を嗅がされながら男根を扱かれていた。その行為を繰り返されながら話を聞かされるという、惨めな格好だっただろう。
鼻先が湿った虎の毛皮で濡れに濡れ、凝縮された雄の匂いに苛まれ続け、射精を繰り返す。
時折、強制的に舐めるよう指示されることもある。流石に舐めることに対してはまだ大きな抵抗があるが、反抗的な態度を見せればどうなるかを散々教え込まれた体の本能は、仕方なく従うようになっていた。
だが一回舐めてしまえば正直どうってことはない、ただの汗の味だ。
あの牛の凶悪な肉棒に比べれば、容易いものだった。
「う、はぁ……うっ……あっ、んぐっ!」
そんな私の腰が弱々しく震えれば、それが合図。小さなうめき声と共に一気に放射されていく白濁が、腋の毛皮の隙間から僅かに見える。それは微かな視界でも確実に分かるほど量を増しており、明らかに人間だった頃の倍は出していると自分自身で分かってしまうほどだ。
それに一度出してから次に出すまでの間隔も心なしか早まったように思えるが、ただの気のせいだと信じていたかった。
縋るような気持ちを抑え込む私とは裏腹に、真上から悪戯心の塊のような言葉が聞こえてくる。
「うんうん、性欲も順調に高まってきてるみたいで安心したぜ」
「…はぁ、はぁ…はぁっ……くそ…」
「アンタもそろそろ分かってきただろ?射精の気持ちよさをよ」
腋を嗅がされながらの射精を繰り返していた私の心境も、初めの頃よりは確実に変化していた。正直言って、射精をすること自体はそれほどではなくなっていたのだ。
これが私の受けなければならない罰なのに、何を我慢しているのだと考えてしまう自分がいた。抗っても無理だというのは百も承知な上に、ここには虎以外に私を監視する人物が存在しない。
ならば、コイツがいないものだと思えばいいと思うようになってきたのだ。馬鹿馬鹿しい抵抗だとは思うが、こうでもしなければ別の意味で頭のネジが外れていくのは確実だ。
いくら死のうが射精しようが、この世界ではなんてことはない。非現実なこの空間では、命という概念すらも存在しないのだろう。
長いようで短いこの経験の中で私は、一つの考えを持つようになった。
私が最も恐れているのは、自分が自分でなくなってしまうことだと。
人としての姿形を失っても、どんなに辛い罰を施されようとも……自分を最後まで見失わなければ、心さえ保てていれば、なんとかなるかもしれないという思いがあった。
それは生きていた頃の私がずっと掲げてきたもの。これがあったからこそ、私はあの場所でも生き延びることができていたのだ。
思い返せば生物は皆、己の性欲に従わざるを得ない。今までそういった類のものから目を背けてきた分、死している間ぐらいは素直に従っても害はないだろうと思っていたのも確かだ。
その中で私は、奴に従順するような態度をとってやり過ごすという考えを持ちながら、逆らわずにいることを決めていた。
[newpage]
結局その後も同じように奴の腋に顔を埋められ、何度も射精を味わうことになった。恥ずかしさももちろんあったが、気持ち良くなかったというのは嘘になる。それに嫌でも数をこなせば、必然的に慣れてしまう。
それでもなんとかして興奮を抑え込む方法はないかと考えていたその時、虎は私の頭を掴んで引き離した。
「なぁ、それよりどうだ?死んでから久しぶりの朝の気分は。差し込む太陽の光まで完璧だろ」
「………朝、か…」
虎の言う「朝」は、私が生前経験していたものと全く同じだった。小さな格子窓から差し込む柔らかな光は、まるで外が穏やかな小春日のようだと感じさせてくれる。
ちょうど日の光が私の体に当たるようになっており、芯から温まるような感覚がなんとも心地良く、僅かながら生というものを再び感じられたような気がする。
光の向こう側にある景色が見えることはないが、鳥の鳴き声すら聞こえてきそうな雰囲気だ。目覚めるまで夜しか経験していなかった私はこの時、少しだけ虎の言葉を信じることにした。
「良いご褒美だろ?これで朝と夜が判別できるんだからな」
それでも奴は、相変わらずニヤニヤと笑みをこぼしながら私に近づいてくる。
暴力を施される気配は感じられないが、それでも私は無意識に後ずさりしてしまう。また同じように屈辱を受けることは分かっている。分かっているからこそ、その恐ろしさが徐々に強くなっていく。
狼となってしまった私の腹に跨った奴との距離が縮まり、鍛え上げられた虎の体が視界を塞ぐ。
よく見ればコイツも、かなり引き締まった体をしていた。人間でもその域に辿り着くのが困難なことは、私がよく知っている。それでもなお完璧な胸筋と腹筋…それに押し付けられていて気づかなかったが、腋周りの腕や肩、その他諸々の体の作りも目を惹きつけられてしまう。
こんな奴の体を私は舐めていたのか…?私は……
「なにボーッとしてんだ?」
「……ハッ!?」
そう言われてから、私は自分で自分が怖くなった。ぞわりと背筋を冷たい何かがなぞり、例えようの無い違和感に身震いする。
「やっぱりアンタ、本当は雄に興味あるんじゃないか?」
ぐんと奴の顔が近づく。溢れそうな狂気を秘めたその瞳に、吸い込まれそうなほど目が離せない。
それでも、自分で自分に言い聞かせるように強く否定を続けるしかなかった。
「ち…違う……ッ!そんなはずないだろう!お前に狂わされているだけだ!!」
「へぇ?俺は別にそんな気なんてないんだけどな。罰だからやってるだけだぜ、この淫紋もな」
「あ゛っ!?あっ、んはぁっ……!」
完全に防御することを忘れていた臍あたりに手をまさぐられ、あらぬ声をあげてしまう。そこだけは何度触れられても慣れることができない。射精ではない何か別の快感が全身を包み、呆気なく腰を砕かれてしまう。
虎の指が模様を這うたびにどくどくと心臓が跳ね上がり、腹の奥底から言いようのない違和感が容赦なく襲ってくる。
「どんどん馴染んでいってるなぁ……自分でも分かってんだろ?」
「くそっ…!この、このせいで……んがっ!!」
「さーて、ご褒美を与えてやったお返しがまだだったな。反対の方も舐めてもらうとするか」
そう言うと奴は再び私の頭を掴み、さっきまで舐めていた方とは逆の腕を上げて突き出す。鼻の長い私はすぐにそこから匂う雄の刺激臭を感じ取ってしまい、何度も白濁を放出した男根が意思に反して持ち上がっていった。
これが淫紋による必然的な反応のせいだと分かっていても、酒に浮かされてクラクラするような酩酊感に襲われている私は、自分の情けなさに押しつぶされそうだった。
なのに、この忌まわしき淫紋は欲望をどんどん剥き出しにしてくる。分かっていながら抗えないのが、悔しくてたまらなかった。
先ほど反論した言葉とは裏腹に、体は内側から火照っていく。どんなに言葉で取り繕うとも、体の反応は隠し通せるはずもなく。
せめてもと反応を見せないよう努めていたつもりだったが、奴には無駄な演技に終わった。
「少しずつ匂いにも反応するようになってきたか…いい調子だぜ」
「だ、だから違うと…い゛っ…!?」
言い返そうとした瞬間、ちくりと刺すような痛みが下腹部を襲う。そういえば今の今まで息を潜めていた忌々しい反応が、ここにきて再発したのだった。
高まっていた快感が一気に下がり、代わりに痛覚の感度が上がっていくのが分かる。
「ダメだぜあんまり強く怒ったら。また痛い目に遭いたいか?」
「ぐぅ……くそぉ…っ……!」
痛みと快感に悶える私を蔑む視線で見下ろす虎は、頭を掴んだまま動かない。それは何か考え事をしているようで、冷や汗を垂らしたままの私は身構えてしまう。
命令に従わなければならない私はどんな嫌なことも受け入れなければならず、無意識に怒りを覚えたとしても、反論はおろか抵抗までもすることは叶わない。
選択権など無い。故に、向こうから与えられるモノによって私の心はいとも簡単に変わってしまう。
「……じゃあ、今すぐにでも消し去る方法を教えてやろうか?」
「………何…!?」
奴から飛び出した言葉が信じられるわけもなかったが、この状況では疑っている余地もなかった。早くこの痛みを無くしてくれるのならなんでもいいという思考に陥っていた私は口に出さず、教えてくれと奴に目で訴えてしまう。
痛みという知覚そのものに対する耐性は、先の暴行によってほとんど挫かれていた。だが次に出た言葉はまたしても、私の常識から外れたものだった。
「こう言えばいい。『あなたの腋を舐めさせてください、ご主人様』ってな」
「……………はっ…?」
「罪人にはお似合いだろ?お願いしますって懇願してくれたらその痛みは消して、この先も起こらないようにしてやってもいいぜ」
な、何を言っているんだコイツは…?
虎の出した提案に、私の思考は完全に停止した。この痛みが消えてくれるのかもしれないと、一縷の望みをかけた貴重な機会。だからこそ、奴の思う壺だと思わざるを得ないほどあからさまな言葉だった。
そんな簡単に口に出していいものでは無いはずだ。それは私が生きてきた…というより死んでからも聞いたことのなかった文言だったが故に、信じられなかった。
そんな私を見下ろす屈強な虎の口は笑っていながらも、その瞳は冷たく濁っていた。
「言わないんならいい、今までみたいに腹の痛みを感じながら射精するだけだ。でもそうだなぁ…これができたら痛みを消すのに加えて刑期を少し早くしてやってもいい。どうだ、今までにないご褒美だろ?」
ご褒美どころではない。それはまさに、今の私が喉から手が出るほど欲しいものだったのだ。
痛みを消してくれるという話を急に持ちかけるなんて、コイツは頭でも打ったのか?
それとも、私を貶めるための罠か…?
「な、なっ………何で急に…」
「アンタのことが気に入ったからだよ。今まではだいたいうるさく騒ぎまくる馬鹿野郎ばかりなんだが、そうでもないみたいだしな」
「そんな…そんな理由でだと!?全くもって理解できない…!」
「理解されなくて結構。アンタと俺たちじゃ考え方なんて合う方が無理ってもんだ」
冗談じゃない…!!そもそもどうして奴に気に入られているのも信じられない。
地獄とはいえ、こんな扱い方はまるで人としての権利を失った奴隷や畜生と同じ扱いだ…!
想像すらもしなかった言葉に私はただ戦慄し、目が引き攣る。
だが奴の口調は至って普通だった。一切の悪意を感じない、かつて私の頭を撫でた時のように。だがそれが余計に不気味さを増長させ、今置かれている状況の理解が余計追いつかなくなる。
なのに、虎の表情は全く変わらない。本当に私の命などどうでもいいというような目つきが…たまらなく恐ろしかった。
「言っとくが俺は本気だからな?ただ言えばいいだけの話なんだし、キツくて苦しい罰を受けるよりも楽だと思うんだけどな」
「……そっ、そんなこと…」
誰だって嫌に決まっている…!その言葉を口に出すなんてどう考えてもおかしいだろう。
そもそも、これまでの時点で奴隷のような扱いを受けていたと言っても過言ではない。だというのに、自らそれを受け入れるようなことまでしなければならないのか?
もはや罪人という枠組みの域を超えているのではという考えすらあった。たとえそれが地獄という死後の世界であったとしても、自ら相手に屈したという意思表示など簡単にできるわけがない。
私を見下ろす虎の表情は少し苛ついたような表情を浮かべている。困惑していた私は、開いた口の隙間から空気を漏らすだけの存在となっていた。焦りは冷や汗となって皮膚から滲み出し、呼吸が乱れていく。
なぜここまで従わなければならない…?
混乱しつつもなんとか心を奮い立たせようとするが、奴から言い放たれる言葉の覇気で簡単に挫かれてしまう。
「なぁ。どんだけアンタに良心が残っていようが、俺がアンタに興味を持とうが、ここでの扱いは皆同じなんだ。罪人は、どこまでいっても普通の人間より価値の低い人間ってことに変わりはないんだよ」
「……っ…!」
張り詰めた空気が凍りつくように冷たくなる。降り注いでいたはずの暖かな日差しは、もう既に消えていた。
「言わないんだな?ならいいさ、この先も痛みに苦しみながら罪を悔い改めるんだな」
「…あ゛っ……!ぐあぁッ……!!!」
じくじくと鈍い痛みが腹の中から広がっていく。体内で蟲が蠢いているかのような気持ち悪さと共に、下腹部が圧迫されて破裂しそうな恐怖が襲う。
今まで感じたことのない痛みの強まり方だった。虎の匂いも、淫紋から広がる快感も、全てを忘れてしまうほどの強さに息苦しくなり、心が蝕まれていく。
「はぁっ、はぁっ、うぅ…ぐぅうぅ……っ!」
「アンタの体の感度は淫紋によって今もずっと高まり続けてる。そうすれば必然的に痛みの強さも強くなっていくんだ。そのうち死に等しい痛みを何度も経験することになるが…それがいいってことだよな?」
低く唸るような言葉が、耳にこびりついて離れない。鉄の枷を引っ張ってなんとか腹に力を込めようと踏ん張るが、微弱な快感が体の中を滞っていて思うようにいかなかった。
なんだか苦しい……痛みの他に、体内が内側から膨らんでいくような気がする。そう思って顔を自身の体に向けた瞬間、私は戦慄した。
「な……!?」
淫紋の浮かび上がる下腹部が、歪に捻じ曲がっていた。否、それは歪みを繰り返しながら膨張を繰り返していた。
まるで丸くなった妊婦の腹を赤子が内側から蹴るように、ボコボコと不規則に膨らんでは元に戻ってを繰り返している。痛みが発生するたびに皮膚を破らんとする勢いで上下し、毛皮の海が波打つようにうねっている。
「あ、あ……あぁっ………!」
「俺はアンタの獄卒だぜ?アンタの体を弄ることなんざ簡単だってことだよ」
「あっ、あがぁっ……かひっ、はひっ…!」
「感じたことのない感覚だろ?内臓を内側から押し上げられるのは」
何が、何が起こっている…!?
頭の中はそれだけだった。痛みを超越した感情が、胸の中をぐちゃぐちゃにする。自分の体が粘土のように捻じ曲がるのは、この姿へと変化した時だけでよかったはずだ。
しかし、そんな願いなど思ってもすぐに消え去っていく。あれほど穏やかに感じていたはずの時間が遠い昔のように感じられた。
「さぁてどうする?このままいけば、アンタの体が内側から破裂しちまうかもしれないなぁ」
「…やめろッ!やめてくれ!!それ以上は言うな!!!」
「我慢するだけ無駄だと思うぜ。俺の気が変わる前にさっさと腋を舐めたいですって言って楽になっちまえよ」
「がぁ……!あっ、ああぁ゛あ゛あ゛!!!」
獣人となって作り変えられた私の腹が、どんどん形を失っていく。信じられないほど盛り上がった皮膚と共に、脳が焼き切れそうなほどの痛みが襲う。
どんどん膨れ上がっていく腹に恐怖が溢れ出した私は、凄惨な声で絶叫してしまう。
また、あの感覚がぶり返していた。死の世界であるにも関わらず、死を経験する直前の恐ろしさ。
生きていた頃は死など何も恐れていなかったのに、なぜここに来てからこんなにも怖いと思うようになってしまったのだろうか。生に対する執着など、とっくの昔に捨てていたはずなのに。
どうせまた生き返るという概念も完全に忘れ去ってしまうほどの恐怖。さらに虎によって一度殺された記憶を思い出した私の心は、ついに限界を迎えてしまった。
「頼むっ!!!やめろっ、やめてくれっ!!!無理だ…もう耐えられない!!」
いつの間にかボロボロと涙をこぼしていた私は、縋り付くように虎に懇願していた。顔を前面に突き出し、吐き捨てるように言葉を紡ぐ。反射的に手を床につきたくても、手錠のせいで上半身が動くことはない。
こんな状況になってもなお、ビクビクと脈打ちながら先走りを垂らす男根など関係なかった。もはやそれを気にしている場合ではないのだ。
こんな姿になっても、自らの体を痛めつけられることに恐怖を覚えてしまうのは至極当然なことだった。
たとえ死んでも生き返る世界にいようが、心まで死ぬことはそう簡単にさせないつもりでいる。だが、死を何度も経験していて平気な心など…誰も持ってはいない。
その恐怖に打ち勝つことは、人間の心では到底不可能なのだろう。
あるいは、心が完全に壊れる以外には。
泣き崩れる私を、虎は恍惚な表情で見つめていた。罪人である私を見下し、蔑んでいるのが目に見えて分かる。
それでも私は逆らうことができない。奴はゆっくりと近づいて来ると、その手が私の顎に添えられた。そのまま静かに持ち上げられ、見上げるようにその瞳を覗いてしまう。
歪んだ視界に映っていたのは…涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった、人間の面影も威厳も何もない、獣の顔だった。
「なら言え、俺がさっき言ったことをな」
低く、轟くような言葉が響く。虎の指に込もった力が、顎を強く締め付けてくる。
「それさえ言えれば、この痛みと苦しみに怯えなくて済むんだ」
「うぅ………」
「…次に何も言わなかったらもう聞かねぇぞ」
「…っ……!」
ここにきて言い淀んでいた私は、その言葉にひどい焦りを覚える。不安が瞬く間に募り、早く口を動かさなければと恐怖が頭を染め上げていく。言わないと私は、今度こそ心が壊れると分かっていた。
喉から漏れる空気を声に変えるため、歪み続ける腹に力を込める。奴に屈したと自ら証明するために。
「あ………あなたの腋を…舐めさせて、ください……」
言ってしまえば、あっけないものだった。
掠れ、震え、弱々しく、虎に聞こえたかどうかも分からない小さな声量で。痛みを堪えながら必死に捻り出した声は、ひどく濁っていた。
言った直後に微かに淫紋のあたりがじゅんと熱を持った気がしたが、この状況ではもうよく分からない。表情の変わらない虎を見上げる私は、睨みつける光のない瞳から逃げることもできずにいた。
なんの反応もしない虎を見た私は失敗したのかと不安になり、もう一度言うしかないと再び覚悟したその時。
「『ご主人様』が抜けてんぞ」
聞こえていたと分かって安心する感情は湧き上がる前に踏み潰され、同時に訂正を求められた。何もかも必死だったせいで大事な部分を忘れてしまっており、さらにそれを奴に指摘されたせいで恥ずかしさと惨めさに顔が熱くなる。
それでも、自然と口は動いてしまう。
「うっ……ご…ご主人……様…」
私の口から掠れた声がこぼれ落ちていく。負けを認めるような文言が、頭の中で反響して鳴り止まない。
己の負けを認めたも同然の言葉を自分が発していることに愕然としながらも、歯痒い悔しさでいっぱいだった。私を形成しているものがぼろぼろと剥がれ落ちていくような脱力感に襲われる。
この時点でひどく疲弊した私の心は、くしゃくしゃに捻り潰されたような感覚を覚えていた。
「やーっと言ったなぁ?正直言って出来は悪いが、ちゃんと言えたしな。しっかり痛みは消してやるよ」
そう言うと、虎は軽く指を鳴らす。その瞬間、腹の中を憎たらしいほど痛めつけていた鈍痛が徐々に収まっていくのを感じる。やがてそれは真っ赤な嘘だったかのように、跡形もなく消え去ってしまった。
指ひとつ鳴らすだけで、奴は本当にあの痛みを消してしまったのだ。あんなに歪んでいた腹は元に戻ってはいるが、私の顔は依然として滅茶苦茶だっただろう。
近づいてきた虎は、絵に描いたような嘲笑を浮かべながら私に呟く。
「ほら、何か言うことあるだろ」
「あ……ありがとう、ございます……ご主人様…」
指示されてもいないのに、無意識にそんな言葉が出てしまう。それを言ってしまったことに、羞恥心と悔しさでいっぱいだった心にさらに深い傷を刻み込まれたような気がしていたが…そんなことはもうどうでもいい。
今は痛みがとれたことへの喜びの方が素直に嬉しかった私は、俯きながらも安堵に包まれていた。
「物分かりが良くて助かるな。じゃあお望み通り腋を舐めさせてやるから、しっかり綺麗にしてくれよ」
「ん゛っ…!うぅ、んぅ…っ……」
心なしか気分の良さそうな虎はそう言うと私の顎を思い切り腋に引き寄せ、毛皮の中へと突っ込ませる。じっとりとした水分で毛羽立った毛皮は気持ち悪いものだったが、強制的に感じ取ってしまう雄の匂いによって脳が痺れていく。
普段よりもさらに奥へとねじ込まれてしまい、汗腺から滲み出す水に鼻先が濡れる。挟み込まれた空洞の中にむわりと漂う瘴気のような刺激臭に、頭の中がクラクラしてくる。
淫紋から発せられる快感の波が、匂いへの嫌悪感を少しずつ失くしていく。
気がつけば私は、自分から奴の腋に舌を這わせていた。人ではなくなった舌で何度も毛皮を擦り、染み付いた汗を舐めとっていく。ぴりりとした塩辛さが舌を刺激し、それもまたクセになりつつあった。虎から染み出す汗は尋常ではなく、何度繰り返しても終わることはない。
体感で数日もそれを行なってしまえばもう、慣れない方がおかしいだろう。
「はぁっ、んは……あぅっ、んん………」
「そうがっつくなって。そんなに舐めたかったのか?」
ふざけるな、誰のせいでこんなことを…
虎の煽るような言葉に怒りをぶちまけそうになったが、これまで何度も学習した私の頭は即座にその考えを捨てた。痛みは消えたはずなのに、無駄な抵抗を消すように思考が歪んでしまったのだろう。
私は、確実に変わってしまっていた。卑しい行為を進んでするような思考を、少なからず獲得してしまった。自分という砦の壁が崩れてしまうような気持ちになったが、痛みのなくなったおかげで今一度考え直すこともできた。
刑期を終えるまでは心を壊すわけにはいかない。
そのためにはもっと舐めなければならない。どんなに惨めでも、屈辱を感じたとしても。
奴を悦ばせるために、もっと……
「舌使いも始めの頃よりはずいぶん上達したな。様になってきたもんだ」
「……?」
「じゃ、ちょっとしたご褒美を与えてやるよ。『口を絶対に離すなよ』」
「…!?う゛ぅッ!!!!」
奴の言霊が、私の動きを制限する。息をするために僅かに開けていた隙間が埋まり、ピッタリと私の口内と虎の腋が密着した。蒸れた汗と重厚な雄の匂いが鼻から突き抜け、じんわりと染み出す汗がどんどん歯茎を濡らし、舌の裏にまで溜まっていく。
それと同時に、今まで快感を忘れていた男根の部分をいきなり掴まれてしまう。あまりの衝撃に声を漏らすが、腋汗と唾液が混ざり合った液体と共に喉奥へと消えていくだけだった。
「おーすっげ、ガマン汁でびっちゃびちゃだぜ。少しの間出さなかっただけでこんなにとは、アンタの体もだいぶ変わったな」
「ん゛っ、んふっ…うぅ……!」
「ちゃんと言えた記念だからな、しっかりチンポ扱いてやるから安心してぶっ放していいぞ。もちろん、ちゃんと俺の匂いと汗を味わいながらイくんだぞ?」
ぐちゅぐちゅと卑猥な音が聞こえてくる。それは私のモノであることは分かっているが、音が聞こえてくるほど大量に先走りがあるということなのだろうか…?
だが今は、気持ち良すぎて考えがまとまらない。虎の言っている通り、常に感度の高まり続けている私の体が感じる興奮は前より強くなっているようだった。下腹部に溜まる熱はぐるぐると渦を巻くように生まれ、やがてそれは快感となって全身を巡る。
じんわりと穏やかな幸福感が身を包むと、私の意識はぼーっとしてくる。何も考えられなくなり、扱かれている私の肉棒と舌に触れる腋汗のことしか考えられなくなっていく……
いつもよりこんなにも安心感があるのは、腹の歪みや痛みが綺麗さっぱり消えていたからだろう。さっきまであんなに恐ろしかったのに、今はもうすっかり別の感情に支配されていた。
どん底の恐怖からの救済ほど幸せなものはない。そう思いながら私はひたすら虎の腋を舐め、だらだらと先走りを垂れ流す肉棒を扱かれ続けるしかなかった。
「フーッ、フーッ、ふぅっ、んんぐ……」
「へへ、蕩けた表情になってきたな…それでこそ奉仕する者にあるべき姿だ」
荒くなった吐息が口の中を湿らせる。そのほとんどは虎の蒸れた汗が気化したものだろうが、お構いなしに舐め続けた。味などを気にしている場合ではない、今はただ、奴の言う通りにするしかない。
その思いで、私を必死に口を動かしていく。極限まで高まっていた射精欲求を把握していたかのように、虎は完璧なタイミングでその言葉を呟いた。
「よーしずいぶん綺麗になったな、よくやった。『射精していいぞ』」
それはほんの一声だった。自然に聞き逃しても遜色のない何気ないその言葉が、閉じ込められた私の快感を解き放つ合図となってしまう。
プツンと何かが途切れる感覚と共に、体内が爆発してしまったかのような錯覚に陥る。尿道を駆け巡る快感の奔流が今まで感じていた屈辱や恥じらいの全てを押し流し、その後はもう我を忘れて叫んでいた。
「…ッ!!んっ、んぐう゛ぅ゛う〜〜〜ッ!!」
ビュルルッッ!!と今度こそ音が聞こえてしまいそうなほどの勢いで溢れ出る精液と共に、私の意識は一瞬にして弾け飛んだ。
硬く膨張した私の肉棒、その膨らみを増した鈴口から、止まることを知らない噴水のように大量の子種が放出されていく。思い切り歯を食いしばってしまった反動で虎の脇からじゅわりと大量の汗が滲み出し、あろうことかその汚らしい液体を飲み込んだまま絶頂し続けてしまった。
途方もない罪悪感で心に亀裂が走るが、白く弾けた頭の中ではすぐに忘れてしまう。
経験したことのない強さの射精だった。私の男根は現実ではありえないほどの水圧で、ありえないほどの量の子種を宙へと放り出している。
口づけを施されながら達した時よりもはるかに強大な快感に、体を何度もえび反りにして跳ねてしまう。
何も考えることができず、視界がぐんと一気に狭まっていく。反射的に息を吸えば入り込んでくるのは雄の匂いで、これによってさらに私の興奮が激しく駆り立てられてしまう。
睾丸が何度もせぐりあがり、肉棒の裏筋に力が入れば尿道が引き締まって再び鈴口から勢いよく白濁が飛び出していく。絶頂を繰り返すたびにビリビリとした快感の電流が脊髄までを刺激し、簡単に体の自由が奪われていった。
大きくのけ反った腰と共に肉棒が根元から暴れ狂い、未だ収まる気配のない白濁の放出を虎にまでぶちまけてしまう。やってしまったと思いながらも、止めることができない。
おかしくなってしまいそうなほど強大な快感の波に飲まれていた私は、視界を確保することすら厳しかった。ほんの少し微かに保てていた意識の中で、虎が自身の腰あたりに飛び散った私の白濁を掬い上げて舐めたのが見えた。
「……うん、悪くないな」
「はぁっ、はあっ、はぁっ……はぁ…」
「雄の腋を舐めながら扱かれてイく感覚はどうだった?想像を絶する気持ち良さだっただろう?」
何も言えない。射精後の倦怠感も確かにあったが、それを超えるほどの快感の反動により私は、考えることを完全に放棄してしまっていた。
今も感じているのは舌に残る塩辛い汗と、男根の先からとめどなく漏れ出てくる生温かい粘液だけ。
「…あぁ……はぁっ、うぁ……」
「言葉にならないってか。そりゃ何よりだ、このタマも嬉しがってるだろうよ」
目の前に座り込んだ虎が、私の玉袋を掴む。柔らかな肉球のようなものに優しく揉みしだかれ、激しい疲労感が体の中から抜けていくような気がした。腫れ物を触るようなその力加減が、ひどく心地よく感じてしまう。
呼吸は落ち着きつつあったが、私の意識は未だ混濁したまま。とうに蕩けてしまった思考回路では、この短時間で平穏を取り戻すのは不可能だった。
「今みたいに一言添えることができたら、俺は嬉しくてもっと刑期を早めちまうかもな」
「……な、なに……?」
「ついでだしこの枷も外してやるよ。抵抗したらどんなことになるのかはもう十分に思い知っただろ?」
先の言葉を理解する間もなく、手首を固定していた金属が取り除かれていった。釣り上げられた腕がようやく自由になるが、支えにすることもできずに倒れ込んでしまう。
初めて頬に感じた床の冷たさが少しだけ頭を冷やしてくれたが、それでも起き上がる気にはなれなかった。
「これからもっと楽しくなるぜ…死刑囚さんよ」
視界の端に映っていた奴の顔は、どんな表情をしていたか分からない。ただ今は激しい眠気に襲われていた。反動が強すぎたのか、体の疲労もとうに限界を迎えていたらしい。
完全に忘れていた睡眠という欲求を欲していた私の体から、全身の力が抜けていくのが分かる。
暗闇に安心を覚えてから意識を手放すまでは、ほんの一瞬だった。
[newpage]
目を覚ました時、まだ日は登っていなかった。夢か現かも判別しかねない朦朧とした意識の中、誰もいない静かな独房をゆっくり見渡していく。
虎はいなかった。あの牛や馬の気配も、今のところ感じられない。束の間の安心が訪れると同時に、自分の顔が地面に突っ伏していることに疑問を覚えた。
それに普段なら吊るされて見えなかったはずの手のひらが私の目の前にある。毛むくじゃらになった獣の指々が私の意識に沿ってぴくぴくと小さく震えていたのを見て、ようやく思い出した。
……そうだ、私は解放されたのだ。奴に屈辱の言葉を言わされて。
それでも四肢が自由に動かせる喜びに浸り、うつ伏せのまま体を何度も触ってみる。
嬉しかった。こんなにも五体満足であることに喜びを感じる時がくるとは思わなかった。両腕が動かせるだけで言いようのない感動が胸の中で渦巻いていくのが分かる。
ひとしきり体の動きに鳴らした後、私は床に密着した自身の腕に力を入れた。
氷のように冷たい床の温度を、最も使い勝手の良い感覚器が掴んでいく。やがてそれは私の体に籠る熱も一緒に放射し、少しずつ意識を研ぎ澄ませてくれる。
「よかった……本当に…よかった……」
壁にもたれかかって天井を仰いだ私の口から、震えた言葉が漏れる。拘束というものは、無意識に心の余裕を削っていたことに気がついた。
これほどまでに晴れやかな気分も久しぶりだ。だからと言って逃げ出すことなど叶いもしないのだが、この変化は私にとってこれ以上ない幸福であった。
だが感傷に浸る私の目線が自然と下を向けば、仄かに薄暗く光る紫色の模様が目に入る。短い生を全うする蛍のような弱々しい光だが、内部では確実に私の体を蝕んでいた。
少しでも意識を向けてしまえば、頭の片隅からその思考が波紋のように広がってしまう。己の性を吐き出したいという、途方もない肉欲だ。
それも不思議なことに、以前よりも強い快感が流れ込んでくるようになっている。私の意識を把握しながら成長しているとでも言うのか…?
正直言って考えたくはないが、あの虎なら可能性はある。
ここまで冷静を装いながら思考を巡らせても、頭の中では既に熱を持った霧が立ち込めていた。
それを助長したのは、皮肉にも両腕の自由だ。今までは全てを虎によって一方的に施されていたが、今は私自らでも行えてしまう状態にある。
それが何を意味するかを薄々勘づき始めていたのもまた、紛れもない事実であった。
微かに広がる電流のような刺激に、抗いようのないむず痒い感覚にぞくりと背筋を震わせてしまう。風邪をひいた時のようなぼうっとする熱が全身を覆い、思考が少しずつ削り取られて行くのが分かる。
そうして私はすぐに、肉欲を欲する存在へと変化してしまうのだ。
気がつけばもう、自由を取り戻した利き手を動かそうとしていた。私の引き止めたいという意思など気にもしないかのように。
自身の男根が常に勃ってしまっていることには、正直もう慣れている。しかしこうもいきなり両手を解放されるとなると、自分で扱かずにはいられなくなってしまう。
依然として昂り続ける性欲には勝てなかった。何も起きないなら我慢など容易いのだが、強制的に引き上げられてしまうのはどうしても耐えられる気がしない。
いくら精神を鍛えたとて誰1人打ち勝てる者などいないだろうと思えるほどに、その微弱な力は心の隙間を縫ってくる。
「………仕方ない、か……」
そもそもこれは罰なのだ。私はただ、このように精を吐き出し続けていればいいのだと自分自身に暗示をかけつつ、すっかり大きくなってしまった自分の肉棒を掴む。
「んっ……」
触っただけで、声が漏れてしまう。感度が高まっているせいだ。
自分の抵抗力のなさを思い知らされ、快感の次に悔しさの残る後味の悪い気持ちになった。だがそれも、掴んだ私の手のひらから感じる肉球の柔らかさによってすぐに消え失せてしまう。
人肌よりも柔く弾力のあるそれは、力を込めずとも私の肉棒を容易く締め付けてくる。さらにそことは離れているはずの下腹部にも、同じような快感が生まれてきていた。
色々と考えを巡らすが、当たり前のように生成されていた生温かい先走りの感覚がそれを長くは続かせてくれなかった。ぬるぬるとした粘液は瞬く間に私の手を包み、道筋を作りながら玉袋の方へと流れ落ちていく。
相変わらず常識では考えられない量だ。次第に指の隙間でくちゅくちゅといやらしい音を経て始めるが、手を止めることはできなかった。
地獄に落とされてまさか自分で抜くことになるとは思いもしなかったが、誰もいないという安心感もあった私はどんどん手を速めてしまう。
「……ん、んうっ……うっ…あ……」
正直なことを言えば、気持ち良くないわけがなかった。これまで他者から強制的に施されたせいで落ち着いてもいられなかったが、心の平穏を取り戻した時の性処理はこうも心地よいものなのかと心底驚いてしまうほどに。
もちろん淫紋によって感度を高められている効果の方が大きいだろう。しかしそれでも、止めるという判断など考えてもいなかった。
「はぁっ、あぁ…はぁっ……あ、あっ……」
私の喉から出たとは思えないほどの嬌声。意図していないのに、自然と口から溢れ出てしまう。
蕩けた音が耳へと反響し、漏れ出る吐息に熱を感じる。それは空虚なはずだった部屋に広がり、気づけば私の体はすっかり火照っていた。
無意識に上下を繰り返していた手は次第に速度を増し、膨らんだ亀頭と包皮が擦れ合うたびに腰がびくびくと痙攣してしまう。微弱だった淫紋の快感も徐々に威力を強め、理性が奪い去られていく。
イきたい…早く出したい………!
単純な思考しかできない下等な畜生のように、頭の中がいっぱいになる。麻薬にも似た痺れが、無数の棘の如く私を刺してくる。それは細胞の一つ一つに染み込み、私の心と体を侵食していく。
沸騰しそうなほど熱くなった下腹部が私に焦燥を与え、扱く手の動きを加速させる。今もなお垂れ流れてくる粘液に塗れながら動く腕に、疲れなど存在していなかった。
これは私が虎の責め苦に耐え抜いた褒美。辛くても演じた従順なフリが生んだ束の間の幸福だ。
捻じ曲がった思考だと思う者もいるだろう。だがこれまでにされてきたことを顧みれば、そんなものはどうでもよかった。そもそもそれを揶揄する者などここにはいないのだ。
今はただ、湧き上がる性欲を発散させたい。その一心だった。
「あ、あ、あぁっ……ダメだ…い、イく……イ゛ぐぅっ!!!」
私は体を思いっきりのけ反らせ、一人で虚空に吠えながら果てた。どくどくと尿道を流れる熱い粘液が太さを増した獣の肉棒から飛び出すたびに、頭の中が焼き切れそうなほど弾け跳ぶ。
ビュルビュルと幾度となく放出されていく精液は、失っていく私の理性を感じさせた。
自分だと思いたくないほどの痴態な光景が心に突き刺さる。私とて、こんな感情を抱いたとしても口に出さずに黙って致すことはできたはずだ。
なのに、私はそうすることができなかった。
快感が強かっただけではない。私が私自身を制御することが困難になり始めていた。淫乱なことになど全く興味も、ましてや知識すらもなかった私がだ。
「ぐうぅっ、んぅっ…ああっ……」
どろりと鈴口から流れ出る精液の残滓を見つめながら、私は熱い息を漏らし続ける。改めて見る肉棒は太く、赤黒く、先端は白く濁っていた。先走りでてらついた包皮は微かに光を反射しており、生々しい有様だ。
目の前で漂い続けている匂いにも鼻がひくつく。初めこそ大量の粘液と共に鼻を突き刺すような刺激に吐き気を催したが、今ではもう気にならなくなってしまっていた。
むしろそれが私の興奮を促すための道具となってしまっており、再び欲情が始まる。悶々としたどうにもならない違和感は収まりもせず、まだ完全に出し切っていない状態のままで自慰を再開してしまう。
「はぁ、はぁっ…はぁっ……うぅ、くそ……」
恥ずかしい以前に、どうにもできない私自身の意志の弱さに心が押し潰されそうだった。来ると分かってしまっている快感を、我慢することすらできない。
振り返って思えば、少なくとも虎に無理やりされている時の方が抵抗する意志は確実にあっただろう。だが今と違うのは、それをしているのが私だということだ。
だからこそ、抵抗しようとする感情を消し去るのは容易いことだった。理由がどうであれ、快感を貪りたいという邪な思考を抑えきれずに、淫らに肉棒を硬くさせて手を動かしているのが紛れもない証拠なのだから。
どうして…こうなってしまった?
一瞬だけ冷めた思考で無理に考えようとするが、獣の本能は行動を止めてくれない。ただただ性の欲求に従うかのように淡々と手を動かし続けている。
私はとっくに狂ってしまったのだろうか。もう、身も心も淫らな獣へと変えられてしまったのだろうか…
速くなっていく腕のスピードに相反するように、私の思考はどんどん底へと沈んでいく。悪い想像が風船のように膨らみ、頭の中を圧迫し、それすらも消し去ろうと襲いかかってくる。
私はそれに勝てるすべを知らなかった。今まで出会ったことのなかった責め苦に対して、全くと言っていいほど耐性を持ち合わせていなかったのだ。
いや、こんなものは現実に生きる人間の誰もが耐えられるものではない。動物としての本能に植え付けられたその欲に、抗える者などいないのだろう。
「はっ、はぁっ、ああ…また……んあぁっ…!」
張り詰めた心が少しでも揺らげば、姿の見えない悪魔はその隙を的確に狙ってくる。内側から殴られたかのような衝撃と共に体をのけ反らせ、私はまた果てた。
さっきより増えたような気がする白濁を部屋の床にぼたぼたと放たれていく光景を見るたび、また一つ私を形成する何かが剥がれ落ちていくような感覚を覚える。
それでもなお、手が止まることはない。止められなかった。自由になったはずの両手が、まるで虎に支配されて操られているかのように、動きを止めてくれはしない。
挙句の果てに、とうとう物理的な刺激では飽き足りなくなってしまったらしい。すぐそこまで来ているのに、なかなか出せないのがもどかしかった。
何かもっと他に、私の興奮を高めてくれるものはないのか…
思考が麻痺した私は、視界の先に見える自身の鼻に気づく。人間よりも伸びた、人間よりも敏感に感じ取ることができる嗅覚を持つそれを見つめながら、息を荒げて顔を動かしてしまう。
肉棒を掴んでいない方の腕を真上に上げ、うっすらとできた窪みを見つめる。魅惑的で中毒性のある香りを解き放つ、蒸れて毛羽立った空間。気がつけばもう、汗ばんですっかり湿っている毛束に鼻を近づけていた。
少しずつ縮まっていく距離と共に、心地良い臭気が鼻先を包み始める。ツンと鼻を刺すような刺激に頭から爪先までの血の流れが速くなり、淫紋の刻まれた下腹部がじんじんと疼き始めてしまう。
すん、と一息吸った。たったそれだけで、脳が溶けてしまうような感覚に酔ってしまった。目の前がぼやけ、使い物にならなくなった視覚の代わりに嗅覚が敏感になっていく。
虎よりも薄いが、雄臭さは十分にある。鼻腔の中へ入り込んでくるそれは、幾度となく嗅がされたあの匂いに近しいもの。興奮した私の股間部分から常に湧き立つ、ひどく饐えた刺激臭。
尿よりもきつく、硫黄よりも記憶に残るその匂い。それを敏感になってしまった鼻が享受するたびに、背筋からぞわぞわと虫の這うような違和感が刻まれていく。
冷静に考えれば気持ち悪いはずなのに、今の私には止めることができなかった。毛皮の奥に隠れた皮膚にまでぐりぐりと鼻先を押しつけてしまい、目を閉じて匂いに集中しようとしてしまっている。
自らの腋をこのような形で、しかも自分から嗅ぎにいくとは誰が想像しただろうか。虎に強要されたわけでもないのに、自分の興奮を高めるためだけにこの行為をしているのだ。
こんな淫らな姿、かつての友には見せられない。例え同じ地獄にいたとしても、決して見せたくはなかった。
唐突に、それも最悪のタイミングで思い出してしまった仲間たちの顔。それが次々と現れるたび、激しい羞恥心で体が張り裂けそうになる。
鏡も無いこの部屋で、自分の惨めな格好が容易に思い浮かんでしまう。死にも等しいほど恥じるべき行為であると自分で分かっているのに、止められない。
その背徳感がまた私の欲情を駆り立てていた。そんな気質などなかったはずなのに、ここにきて心が歪み始めていると自覚しては途方もない後悔の念に襲われる。
だが、もう遅いのだろう。自分で自慰行為をし、さらに自らの腋までもを嗅いでしまった時点で、淫らな体にされてしまったことは言い逃れできない事実となりつつある。
ならばもう、この快感に身を委ねる以外に道はないのではないか。微かに残る理性でそれを必死に否定しながらも、心のどこかで諦め始めていた。
───
私はその後も自分の腋を嗅ぎながら果て続けてしまった。虎にも見せられないような醜態を、闇夜に晒し続けた。
匂いも虎ほど強くはないはずなのに、次第にその虜になっていたようにすら思えてしまう。信じたくない事実を否定する感情とそれを肯定してしまっている感情が、さらにぐちゃぐちゃに混ぜ込まれていく。
絶頂と後悔、酩酊と落胆。激しい感情の浮き沈みを幾度となく繰り返し続け、崩れそうな均衡を保とうと奮闘していた私は、この時ようやく気がつくことになる。
──その行為が、小さな窓から光が差し込み始めるまでずっと続いていたことに。
この姿…と言うよりこの部屋の惨状を虎に見られてしまったらと思った瞬間、急激に熱が冷めて冷静になる。しかしこの部屋に拭くものもなければ水も無い。蒸発してくれるのを待つ以外に、精液を消し去る方法は無かった。
なのに、私の体は言うことを聞いてくれない。自分でも驚くほどの射精回数を記録してしまった反動か、それともただの睡眠不足か、どちらにせよ意識を保つことは困難だった。
外側から暗闇が広がっていく視界の中に、微かに差し込み始める光が見える。その光は、先ほどまで感じていた快感や羞恥心、自らの意志の弱さでさえも……全てを浄化してくれそうなほど柔らかなものだった。
手のひらを光へと伸ばす。
あと少し…あと少しで届きそうな気がしていた。
だがその光に触れることができたかを知る前に、私の意識は深く落ちていくのだった。
[newpage]
小窓から太陽のような光が差し込み出す時を朝だと仮定し、それが完全に沈んでからまた日が差すまでの時間を「一日」と定義することにした私は、その周期を7回ほど繰り返していただろうか。
言い換えれば1週間になるが、その間も私は虎からの罰を受け続けていた。閻魔の目の前で体を変えられてからどれほど経ったのかまでは分からないが、着実に刑期は減っていると信じたい。
そうでなければやっていられなかった。
快感に溺れ、一つ射精をすればその後悔と情けなさに押し潰されそうになる。平常を取り戻す十分な時間もなく、再びの快感と共に鼻腔の中を満たしていく雄の匂いに思考が蕩けていく。
虎の手は大きいのに、扱く速さも力加減も絶妙だった。一往復するたびに痺れるような電流が全身に流れ、射精への欲求がたまらなく強くなる。触覚と嗅覚という2つの器官を同時に狙われた結果、途方もない快感に精神は簡単に押し潰されてしまう。
「あっ、あっ、またっ…んん゛っ…!!」
そしてまた私は、虎の脇に挟まれながら苦悶の声を漏らし、盛大に白濁を放出してしまう。
何度目の射精だろうかと、数えることもしなくなっていた。もはや事後の睾丸の痛みも感じなくなり、それよりも強い快感に何度も気絶しそうになるほどだ。
だというのに押しつけられている毛皮から顔を離すことはできず、行き着く暇もなく蒸れた汗の匂いによって再び欲求がぶり返してしまう始末。いつしか嫌だったはずの匂いにも、妙な心地よさを感じてしまっていた。
「匂いにもだいぶ慣れてきたみたいだな。射精する間隔も早くなってきてるし、良い調子だぞ」
「……っ…」
「夜に1人で何度もチンポいじっちゃうなんてな。エロい事に対する嫌悪感も無くなってきたって所か」
虎の言葉が耳の中で反響する。違う、これは全て淫紋のせいだ。
これさえなければ、あんなことを自らするわけない…!頭ではそう思っても、言い返すことはできなかった。
私の体が確実に変わっていることを、最も分かっているのは私自身だ。萎えたにも関わらず1分と経たないうちに鎌首を持ち上げ始める自身の男根が、揺るぎない証拠なのだ。
「快感を受けてくれるようになってきて嬉しいぜ。俺の体に顔を擦り付けるのも慣れてきたろ?」
そんな変態に成り下がりたくはない。無理やりやらされているのだと何度も言い聞かせながら、私は舌を動かし続けるほかなかった。
今なお行われている行為への嫌悪感を何とか思い起こして理性を保とうとする。強制的に興奮を高められなければ、こんな淫らなことなど誰もが進んでやるわけがないと。
激しい怒りが込み上げてきそうになるが、この時点で反論の意思を削り取られていた私が口を開くことは無かった。自分の醜態など気にせず、黙って続けていれば良いという逃げの思考の方が強くなっていたから。
だから今だけは、従っているフリをしていればいい。開き直ってそう考えた時、唐突に忌まわしき時間は終わりを告げた。
「ようやく素直になってきたことだし、少し教えてやろうか」
奴は突然私の頭を掴んで腋から離し、急に壁へともたれかけさせた。突然の振る舞いにかえって警戒した私は、身構えながら返答する。
「な……何をだ…?」
「俺たちがいるココについてだよ。まだまだ先は長いんだ、休憩がてら話でもしようかってことさ」
虎の指が真下を示す。
ココとはつまり…地獄の事か?確かに、死んだものが行くという場所ということ以外の情報は知らないし、そもそも気にしたことすらない。
それでも、ようやく落ち着いて物事を考えられるほど慣れてきた私は冷静に判断する。
無知ほど自分の立場を考えられるはずがない。無知でいるより、何かしら知っておいた方が良いのは確実だ。
生前に刷り込まれた意識が反応し、望まずとも思考が冴え始めていく。虎が途中で話を中断しないよう、気分を逆撫でしないような話し方を想像する。
結果的に口から出たのは、率直な言葉だった。
「……続けてくれ」
「素直でいいねぇ。じゃ、こっちも真面目に説明してやるかな」
そう言うと虎はいきなり私の隣に腰掛け、肩を密着させながら近づいてきた。屈強な体に押し倒されそうになり、何とか力を入れて耐える。
「!?な、何を!?」
「座るくらい別にいいだろ?何もしないからよ」
そんな言葉など信じたくない。即座に距離を取ろうとするが、気がつけば奴の腕が私の肩周りを包んでいたことに気づく。
その瞬間、もう逃げられないのだと諦めて肩を落とした。そんな私を見ていた虎は、予想より真面目な口調で話し始めるのだった。
「地獄ってのは、生前に非道な行いをした奴が堕ちる場所だ。殺生、盗み、[[rb:騙 > かた]]り、邪淫……罪にも色々あるが、今のアンタにとってはどうでもいいか」
「………」
「そして堕とされた者は、罪の重さに応じた罰を受ける。何度殺されても無理やり生き返らせられて、どんなに泣き喚いて許しを願っても刑期が終わるまで逃れることはできない」
なぜかわざとらしく私の方を見ながら言ってくる。身長差のあるせいで、虎が話すたびに吐息が耳のあたりを湿らせて気持ち悪い。だというのに、何故か恐怖心は湧いてこなかった。
一方的な会話を受け入れているこの状況が、不思議に思えてくるほどに。
「地獄にも名前がちゃんとあってな?等活、黒縄、衆合、叫喚、大叫喚、焦熱、大焦熱。そして最後が…[[rb:無間 > むげん]]だ」
「…無間……」
つらつらと流れるように紡がれる言葉に、覇気は感じられない。淡々と知人に話しかけるような口調で説明する奴に、私は困惑していた。
しかし、近くなった奴の体から微かに匂う雄特有の[[rb:麝香 > じゃこう]]が私の考える行為を遮ろうとしてくる。反応してしまうようになったことが何よりも悔しかったが、どうすることもできない。
「いきなり難しい話になって訳分からないかもしれねぇが、とりあえず無限行きは終わりってことだけ覚えといてくれればいいさ」
「終わり…?」
「輪廻転生の対象から外れる。つまり永遠に生き返れなくなるってことだ。仮に間違いで落とされたとしても、俺たちが救い出すのは無理だ」
今まではずっと笑みしか浮かべていなかった虎の顔が、この時だけは力を真剣な表情をしていた。この部屋の壁へと向かって遠くを見るような眼差しは、私のことを完全に忘れているようにすら思えた。
こんなことを私が知ってもほとんど役に立たないものばかりだろう。だが何よりも情報が欲しかった私は、奴の態度を伺いながら逆に問いかける。
「待て、なら私が受けているこの罰は何だ?さっき言っていた地獄のどれにも聞かなかったが」
「だから最初から特別だって言ってるだろ。普通なら刑期の早まる地獄なんてどこにもないからな。淫罰の刑は普通じゃ受けられない、故にここの名前を知ることはほとんどないんだ」
特別……これが、こんなことが本当に特別なのかと、私は疑いを隠しきれなかった。
地獄に落とされてからずっと腹を括って、演じてまでやりきって耐えてきたこの罰が…普通とは異なるものだとは意味が分からない。
「罪人のお願いを聞いてくれる獄卒なんていると思うか?やろうと思えばいつでもアンタの体を弾き飛ばすことだってできるのに、それをせずに付き合ってやってるんだぞ?」
無機質な部屋に虎の得意気な声が響き渡る。汗と雄の匂いが鼻をくすぐり、返答する意識が削がれていくような気がした。
「別の地獄にいる罪人がこれを見てみろ、鼻水垂らしながら泣いて懇願するだろうよ」
「それは……」
今までずっと、この馬鹿げた状況を信じたくはなかった。しかしこの状況では、なぜか奴の話を全面的に否定することもできなかった。
ここまで奴と話を交わしたのは初めてなのに、何より嘘をついているようには思えなかったのだ。
たとえそれが演技だったとしても…妙な直感が頭をよぎっていた。
もしこの虎の言っていることが本当ならば。コイツの言う通りにしていれば、私は普通よりも早く生き返ることができるのか?
しかも、快感という痛みとは比べ物にならないほど楽な罰で済むのならばなおさらだ。
「アンタも早く始めてみたいだろ?血生臭い生活からかけ離れた、全く新しい人生をさ」
「新しい、人生……」
畳み掛けるような言動が突き刺さる。その一言だけで、私の心は揺れ動いてしまう。
希望と言うには程遠いが、心の拠り所となるには十分だった。
「ほ、本当なのか?本当にここは……」
「選ばれるのは完全に閻魔様の気まぐれだからな。つまりアンタは、少なくとも気に入られたってことになる」
「閻魔に…?それはどういう……」
すぐに聞き返そうとしたが、ふいに虎の腕が離れたことによって会話は中断された。話はこれまでだということを示されたと同時に、鼻をくすぐっていた匂いが薄れていく。その瞬間、妙に物足りないような感情になった私は奴の顔を追ってしまった。
だが落とされたその視線は、以前と変わらないような眼差しに戻っていた。
「さてと、話は終わりだ。結構喋っちまったが…これで自分の置かれてる状況ぐらいは分かってくれただろ」
「……また舐めるのか…?」
自分にとって有益になったかどうかは分からないが、奴から聞き出す時間がここで終わったことを悟った私は大きなため息をつく。だがこの時、先刻の話を聞いたばかりの私はうわついていたかもしれない。
嫌々ながらも続けたおかげで腋を舐めることにようやく慣れてきたこともあり、完全に気の緩んでいた私は再び思い知ることになる。
「ああ、舐めてもらおうかな。ただし次は……こっちをな」
この先に、更なる地獄が待っていたことに。
[newpage]
目の鼻の先にあるモノは、ある種別の生き物のように見えた。私が生涯に見てきた中で、と言うより今まで見たことのない物体。
丸み帯びた先端は既に濡れ、赤黒く変色している。その奥には無数の筋が浮き上がり、それはまるで[[rb:蚯蚓 > みみず]]を中に住まわせているかのように錯覚してしまうほど生々しい。
普通の陰茎と呼ぶには程遠い、もはや化け物の所有物。私の勃起した状態など軽々超えるほどの太さと長さを誇っていたソレは…恐ろしいの一言以外、何も浮かばなかった。
「……は、はっ……?」
「何を今さら怖気付いてる?言っておくが、ここからが本番だからな」
牛頭と馬頭にされたことを体中の全細胞が思い出し、拒絶反応を示していた。にも関わらず私の体は動くことができず、息が止まってしまう。
心構えなどしているわけがない。いつか来るのだろうかと思いながらも気にしていなかった身勝手な心が、今この瞬間の私を締め付けていた。
「あ……あぁ……!」
「おいおい、自分だけチンポ弄って気持ち良くなっていいワケないだろうが。俺はずっと我慢してやってたんだぜ?アンタが自分からやってくれるまでな」
奴の顔を見上げることができない。先ほどまで対等に話し合えていたはずの関係が一瞬にして序列付けされ、私と奴の間に深い溝が生まれたと理解させられる。
忘れていた。コイツは地獄の悪魔で、罪人のことを何も思わない、罪人よりも狂った思考を持つ奴なのだということを。
思い出したところで何も変わるはずなど無く、ただ目前に迫る虎の化け物……淫魔の持つ逸物を見つめることしかできないでいた。
「気づいてないかもしれないが、淫紋は常にアンタの理性を削り取っていったんだ。そろそろチンポに対する嫌悪感も消えてきた頃だろ?」
「やめろ…やめてくれ……そんなもの…!」
「大丈夫だよ、いきなりやるわけじゃない」
「んん゛!?」
唐突に、虎の手が私の口を塞いでくる。いきなりの事態に私も抵抗してこじ開けようともがくが、上下から押さえつけられたその力は常識を超えた握力だった。
こちらが力を込めれば込めるほど、その手はそれを遥かに超える万力で押し潰さんとしてくる。顎の骨が砕けてしまうのではと怖くなった私は、抵抗虚しくそのまま屈してしまう。
「まずは匂いを覚えてもらわないとな」
「う、んぶっ!!!」
驚いた様子の私を気にも止めず、いきなり後頭部を掴まれたと思えば、顔の前面に衝撃が走ると共に視界が一気に白んだ。ちくちくとした奴の毛皮による痒みが額を襲うが、そんなものなど一瞬にして忘れることになる。
「……ん゛ッ!!?」
口の塞がれた私が咄嗟に取った行動は、鼻で呼吸するということ。だがそれはこの刑罰の始まりであり、本当の地獄の始まりでもあったのだ。
雄という存在が放つ匂い、その元凶を嗅がされるということの。
「んう゛ぅ!?うう゛っ、んん゛〜〜ッッ!!」
「へっ、良い声で喚くじゃねぇか。思う存分嗅いでくれよ?俺の匂いを嗅げるアンタは特別なんだからな」
それは、想像を絶するものだった。
匂いという概念を持っていいものではない、そんな考えすら浮かぶほどの悪臭。雄の全てが集約されている部分というのは、こんなにも強烈な激臭を放つのかと驚き、そして絶望した。
もし生きている時にこんなことをされたなら、私はその時点で死んでいただろう。他者の股間に顔を押し付けられるなど…殺したいと思った奴にすらやろうと思ったことはない。
私の知るどんな非道な行為の範疇を超えた行いに、ここはやはり地獄であるという実感を思い知らされていた。
鼻の奥を突き刺す腐った卵のような匂いに加え、得体の知れない刺激臭も感じてしまう。人間ではなく、奴の纏う獣独特の匂いが混ざっているせいでなんとも言えない気持ちにならざるを得なかった。
伸びてしまった私の鼻先で密閉された股座の中で蒸気のように熱を持ち始めたそれは、私の顔を容赦なく覆い隠しては立ち籠めていく。汚らしさと気持ち悪さで腹の中が張り裂けそうになり、喉の奥から苦い胃液が込み上げてくる。
今すぐにでも離れたい。なにがなんでも離れなければならないと体中の細胞が警告を鳴らすも、願いが叶うはずなどない。
気がつけば私は、目に涙を滲ませていた。それは鼻が潰れるほどの虎の匂いのせいか、それともその匂いが目に染みてしまったのか。
いくら抵抗しようとしても虎の指は深くまで私の頭を掴み、呼吸すらもさせまいと押し込んでくる。まともに考えることなどできはしなかった。
匂いが目に染みるなんて常識では考えられないことだが、そんな考えなど持つ方が愚かだ。獣という鋭敏な嗅覚を持つ体に変えられたことを、この時ほど憎んだことはなかった。
これならまだ腋を嗅がされていた方がマシだ…!慣れたとはいえ、未だに嫌悪感は拭えなかったはずのあの匂いが恋しくなってしまう瞬間が来るなんて……思いもしなかった。
「ぐぅうっ、んんっぐ……うう゛ぅう…!!」
「暴れたらその分だけ刑期を伸ばすからな。そうなったらさらに長い時間、これが続くことになるんだぞ?アンタも馬鹿じゃないなら分かってるだろ」
「ぐぅっ……!」
奴の手が荒ぶるたび、生ぬるく柔らかい何かが頬に当たる。私はその正体を分かっていたが、決して視界に入れたくはなかった。たとえ逃れられない状況であったとしても、そうだと信じずにやり過ごしたかったからだ。
それでもなお鼻に擦り付けられ続けている湿った毛皮、その隙間から匂う獣臭にひたすら耐え続けるほかない。人間とは異なった生え方をしている虎の陰毛はもはや毛皮同然の感触で、どんなに鼻先を動かそうとも徒労に終わるだけだった。
盛り上がった虎の下腹部と股座のへこみに、イヌ科となって伸びてしまった鼻が望まずとも入り込んでしまう。それでも、固く固定されたせいで動けない私は、おぞましいその匂いに涙をこぼしながら絶望していた。
獣の体となったことをこれほどまでに恨んだことはない。どんなに逃げたくとも、陰毛の中に深く入り込んでしまっては争いようがなかった。
なのに。
その匂いは悍ましいほどの悪臭を放っていたはずなのに……どこか、懐かしさを感じてしまっていた。
生前、まだ私自身が青かった頃の記憶。顔も思い出せない仲間達との訓練に明け暮れていた時、必ずと言っていいほど感じていたあの感覚。
今思えば、鼻につくものだったかもしれない。だがそれと同時に、当たり前のように気にしていなかったのも事実であった。
だからだろうか。腋よりも直接的な部分なのに、強烈な匂いを放つその部分に対しての抵抗感が薄れていっていることに、私は少しずつ気づき始めていた。
もう少し、もう少しだけ吸ってみたい……激臭の奥に隠れたあの懐かしさを享受したいという気持ちが、ふつふつと湧き上がっていく。
吸い込んではいけないものだと分かっているのに、私は自ら鼻を押し込んでいってしまう。今まで同じことを行なっていた腋とは比べ物にならないほどの汚さを持っているはずなのに、止めることができない。
私の中に潜む欲望が頭角を表し始めていたこの事態を、絶望しながら受け入れるしかできなかった。
「そうだ、そうやっておとなしく鼻で息吸ってりゃいい……な?」
頭上から聞こえる声が、敏感になった背筋を撫でる。ぞわぞわと病熱に浮かされたかのような感覚が全身に走り、頭の中に靄がかかっていく。
「アンタも本当は気付いてんだろ?だんだん欲が抑えられなくなってきてることによ」
「……っ…!」
「まあ、そりゃ信じたくないよなぁ。まさか自分が化け物の股間に顔押し付けられて興奮してるなんて。原因も淫紋のせいだってことはとっくに分かってるのに、我慢汁ダラダラ垂らしちまってさ」
違うっ、私は……私は興奮してなどいない…!
淫紋さえ無ければこんなことにはならなかった。なんの施しも無しにこんなことをされて興奮する奴なんて、気の狂った変態以外の何者でもない。
そんなものに私は成り下がりたくない…!
だが、虎の言葉に何一つ反論できない自分が情けなかった。どんなに嫌だと頭の中で思っていても、体は本当に言うことを聞いてくれない。
それ以上に、体の中から思考を侵食されていく感覚の方が強かった。現についさっきまで強すぎると思っていたはずの股間の匂いに…妙な心地よさを感じてしまっていたのだ。
「でもまぁ、さっきまで荒ぶってた呼吸はかなり落ち着いてきたな。もう俺の匂いの虜になっちまったか?」
私がいつもこうやって何かを感じ取った時、虎はそのことを察知したかのように都合よく話しかけてくる。本当は、淫紋などなくとも私の思考などお見通しなのだろうか…
「なぁ、何をそんなに意固地になって我慢してるんだ?アンタは地獄の中でも特別扱い、普通ならこんなのじゃ非にならないほど辛い時間を過ごすことになるんだからな」
「…ぐ……んんっ…」
「俺と一緒に気持ち良くなってくれるだけで楽して生き返れるんだぞ?これ以上の幸福なんて無いだろうに」
酩酊した頭の中で響く虎の言葉は、今までで最も優しい口調だった。それは甘い誘惑のようで、私の心を揺さぶってくる。
楽という言葉に飛びつかない人間なんて、ほとんどいないだろう。誰しもが苦しみから逃れるために生きているのだ。
かつての私も、そのうちの1人だったはずだ。
ならばこの言葉を受け入れない理由など、どこにもない……
「そうだ、アンタはただ受け入れればいい。どんなこともいずれは慣れてくるもんだろ?もうすっかり鼻で吸い込んでるじゃねぇか」
ああ、ダメだ。抑えきれない感情が、私の体を内側から蝕んでいた。押しとどめていたものを無理やり虎の手で引っ張り出されたような感覚と共に、腹の奥からズキズキと快感が湧き上がってくる。
鼻腔内に入り込んでくる奴の匂いは、言うなれば酒のようなものとなっていた。吸えば吸うほど体中が熱を帯び、その独特の刺激臭がたまらなくクセになってしまう。
繰り返すたびにどんどんその強さは増していく。次第に私はもう、虎の股座から顔を離すことなどできなくなってしまっていた。
「へっ、やっと自分の欲望に正直になり始めたか。いいぜ、ご褒美だ。『イっていいぞ』」
「!!??ん゛ッ……んう゛ぅ゛ッッ!!!」
知らぬ間にはち切れそうなほど膨張していた私の男根から、勢いよく液体が放出されたのが分かる。尿道を焼き尽くさんとばかりに迸る熱源が、言葉にならない快感となって鈴口から溢れ出ていく。ぴんと伸びた体は硬直したまま動けず、あり得ない体勢で致し続けてしまった。
唐突に訪れた至福の時間は、私の理性を吹き飛ばすには十分だった。今まで感じたことのない衝撃に全身を殴打されたような感覚に陥り、膝立ちだった足は簡単に崩れ落ちて倒れ込む。
首元から背筋にかけては未だに微弱な電流のような快感が残り続け、指一本動かせずにいた。
一気に開けた視界には牢屋の光景が広がり、混じり気のない空気が肺を満たしていく。しかし私の鼻腔内には先刻の強烈な匂いがこびりついてしまっていて、なぜか嬉しさは感じられなかった。
「雄の股座を嗅いでイくのは初めてだろ?気持ちよかったか?」
「はっ、はっ…はぁっ、は……っ…」
「へへ、気持ち良すぎて言葉も出ないか。そりゃ嬉しいなぁ…なぁ?」
横たわったままの私は起き上がることもできずに再び虎に頭を掴まれ、片手で軽々と持ち上げられてしまう。朦朧とした意識のせいで、奴の表情までは見えなかった。
返答もろくにできなかった私は捨てられるように地面に振り落とされる。痛みと冷たい床のおかげで少しは頭が冴えてきたが、立ち上がることはできそうにない。
「さて、次はコレを舐めてもらおうか」
「な……何を…」
「とぼけんなよ、分かってんだろ?お待ちかねだよ」
頬に何かが当たっている。生暖かく濡れた軟体動物のようなそれは、先ほどと同じような懐かしい匂いを放っていた。それも、押し付けられた時よりひどく強い。
意識はまだハッキリとしていないのに鼻だけがひくついてしまう。鼻呼吸を繰り返すたびに、その匂いはゆっくりと確実に私の脳内へと侵入してくる。
再び病に侵されたかのような熱が体を包み始めた。抜けたはずの力が徐々に戻り始め、見えない何かに引っ張られているかのように顔がその元凶へと少しずつ動いていく。
残った体力を振り絞って目線を上げれば、体を一切覆っていない虎の姿。今になってようやく奴が衣服を着ていなかったことに気づいたが、それが何を意味するかなど今の私に考える暇はなかった。
首を上げずとも見えてしまうその凶器に…私の視線は釘付けになっていたからだ。
「まっ、待ってくれ…頼む…それだけは……!」
「じきに慣れるって言っただろ?さっきみたいに自分から来てくれよ」
何度見ても、私が見たことのない大きさと長さだった。普通の人間が持つ大きさをゆうに超えているその男根は、見るだけで私の目を覚まさせる。それどころか、体中の細胞という細胞を震え上がらせた。
まさに悪魔だ。地獄に住む怪物でなければ、こんなモノを持つことなど到底あり得ない。後退りしたくなるほどの圧を放っているそれに、息が止まる。
「じゃあまずは先っぽを舐めてみろ。これならそこまでイヤじゃないだろ?」
「…無理だ、それだけは…本当にできない……!」
声を出すことすら、精一杯だった。完全に逃げの姿勢をとってしまう。
もうこれ以上は耐えられない…なぜこんなことまでする必要がある?
男である私が、なぜ同じ男の股間を舐めるという行為をしなければならない…!?
完全に狂っている。こんなことになるのなら、普通の地獄に堕とされて苦しむ方がまだよかった。
体よりも心を壊される。それが不思議と分かってしまい、酷い悪寒が体中を迸っていく。
怖くなった私は懇願するように虎の顔を見た。殴られてもいい、痛みを再び植え付けられてもいい。だからどうか、これ以上の卑しい行為はしたくない…!
そう、伝えたつもりだった。
「まぁ、そりゃそうだよな。いきなり舐めろって言われても無理に決まってるよな」
「……えっ?」
奴の声が穏やかになる。多少なりとも諦めのついたような声音に、私の心は束の間の安堵を得る。
だがよく見れば、奴の瞳に光は灯っていなかった。それは今まで私が垣間見てきた、生命をなんとも思わない頃の奴の目だった。
「だからいつもこうやるしか方法がなくなっちまうんだよなぁ。けど俺も仕事だからよ、諦めろ」
「まっ、待て!!やめっ…!!」
「『口を開けろ』」
「!!あっ、あが……ぁ…!!」
気づいた時には遅く、私の口はどんどんこじ開けられていた。どんなに力を込めても閉じることは叶わず、伸びた鼻先が視界の下を埋め尽くしていく。力を受けているのは外側の筋肉だけのせいか、脱力しきったままの内部からは舌がだらりと垂れ落ちた。
絶え間なく分泌されていた唾液が、床に無数のシミを作っていく。石になってしまったかのように動かない自信の顎に私は全身の力を込めて抗うが無駄に終わり、むしろその反動で余計に体力を奪われるだけだった。
「忘れてないよな?アンタは大罪を犯したからこうやって地獄にいるんだ。アンタのしてきたことのせいで無惨に死んでいった人たちのことを償うためにここにいる。そのために、なんでもしなけりゃならないんだよ」
さんざん顔を押し付けられたおぞましい場所が近づいてくる。なのに口はどんどん開き、虎には顔を掴まれて完全に身動きが取れなくなっていた。
嫌だ、嫌だ……!
頭の中が同じ言葉の羅列でいっぱいになっていく。激しく抵抗しようとすればするほど、それに反して私の口はさらに開いてしまう。
怖い、恐ろしい、逃げられない。負の感情が胸の中で渦巻き、心が壊れていく予感がする。
しかし罪人に情けなどない。どんな残酷な仕打ち出会ったとしても、私はそれを施されるしか道はない。
「全ては閻魔様の一存、俺たちはそれに従うだけ。それ以外は何も無いんだよ」
その言葉と共に、目の前に一本の棒が顕現する。雄の象徴たるそれは、既に準備を終えているようだった。
再びぐいと顔を股間の間近まで引き寄せられ、鼻をつんざくような激臭が顔中に広がっていく。しかしなぜかそれは、不思議と私の興奮を掻き立てていた。
奴に施された淫紋ゆえか、その体臭に反応してしまうのだろうか…?だが私にはもう、これを舐めるしかないのだと諦めざるを得ない状況にいた。
「それに、ちゃんとできれば早く生き返れるって言っただろ?どうせここは現実じゃないし、輪廻転生すればここでの記憶も綺麗さっぱり忘れちまうから心の傷にもならない」
そうだ……ここはもう、私の知る世界ではない。奴の言う通り、生き返ればきっとこの悪夢も忘れ去ることができるかもしれない。
全く新しい人生を歩むために、惨めな辱めを受けたとしても誰も咎めはしない。ここには私しかいないのだから、私がどうこうされようとこの醜態を見られることもないのだ。
全てを投げ捨てた私は言われるがまま…虎の男根に舌を這わせてしまった。
もう、何もかもどうにでもなってしまえばいい。そう思った瞬間、目の前にある奴のソレが一瞬、ほんの一瞬だけ…魅惑的に見えた気がしてしまった。
本来ならば汚物を放出するだけの肉の棒への嫌悪感が、不思議と消え去ってしまったのだ。
「さて…まずは第一歩だな……」
虎の呟いた言葉の理由など分かるわけもない。
私はそのままこの化け物の逸物を咥えるしかできず、同じ化け物となった自身の舌を…動かし始めてしまうのだった。
[newpage]
「うっ、んむっ…じゅる、んぐっ……うぅ…」
耳の中でこだまする卑しい音。重みと粘り気を持つ水が弾けたような音の正体は、奴の先走りと私の唾液が混ざり合って生まれたものだ。
私はそれを潤滑油代わりにされ、虎の男根に舌をなぞらせている。その味を嫌でも覚えさせようという目的か、あえてゆっくりとした速さで這わされるようにと指示されていた。
その感触は、柔らかくもあり硬くもあった。まるで粘土のように形を変えては、気持ち悪いぐらいに反発して私の舌を跳ね返す。淫紋を施されて以降、私の男根から大量に流れる先走りは奴にも存在しているということをここでようやく知った。
腋よりも刺激の強い塩辛さがピリピリと舌を攻撃し、痺れにも似た感覚を覚えてしまう。加えて精液に近しい匂いを放つ透明な液体、それを掬い取る行為は腋を舐めるよりも酷いものだった。
尿道を伝って鈴口から流れてくる光景をわざと見せつけられてから舌を這わされ、男根を舐めているという実感を嫌というほど味わわされていく。込み上げる吐き気と闘いながら、妙な行動を起こさないようにと必死にことを進めるしかなかった。
それでも、私に休むという権利は存在しない。一通り何度か舐める行為を繰り返された後、今度は『口を離すな』と命令され、男根を咥えさせられたまま動けなくなってしまったのだ。
初めからこうするつもりだったのだろう。喉の奥まで突き刺さる男根に何度嗚咽し涙を滲ませたか分からないが、口の中が自由になることは一切無かった。
膨らんだ先端の穴から漏れ出す液体をどんどん分泌させながら、虎は笑って私を褒め続けてくる。私にとって卑しく恥ずべきことに変わりないのに、私を優しく気遣うようなそぶりさえ見せてきていた。
時折頭を撫でられた時には、妙に気持ちが揺らいでしまう時もあった。良い気分ではなかったと言えば嘘になるかもしれないが、正直言って薄気味悪いという感情の方が強かった。
「どうだ?初めてのチンポの味は」
「ぐ……んぅ、んむっ……」
「一回牛頭にやられたんなら咥えるのは初めてじゃないよな、それなりに様になってるぜ」
次に奴は自身の男根をゆっくりと動かし始め、その感触と味を口の中に直接覚えさせようという魂胆が丸見えな行動を繰り返していた。今まで味わったことのない感触に背筋が震え、強い力で舌もろとも押し潰そうとしてくる。
それに抗うために動かしていた私の舌を、使い方は悪くないと言って変に昂っているのも苛立たしかった。
「じきにこれも咥えることがイヤじゃなくなってくる。むしろ奥深い味まで堪能できるようになるぞ」
こんなものの味が分かってたまるか…!
そもそも味と形容するには程遠く、実際に感じるのはひどい塩気だけだ。水に溶かした塩を直接舐め取っているような塩辛さが、舌の感覚を麻痺させる。
激しい嫌悪感でいっぱいだったのに、一度も口の動きが止まることはない。命令によってほぼ無理やり舌の筋肉を動かされていたせいで、喉の奥が少しずつズキズキと痛み始めてきていた。
ただひたすらに口を酷使し続けていたせいか疲労も溜まり、時間の感覚もない。視界が開けないせいで朝か夜かも分からないせいで、考えようとする気力も削がれていく。
何より、虎の先走りの量は尋常ではなかった。舐めても舐めてもそれは止まることを知らず、幾度となく口の中に生ぬるい粘液が流し込まれ、いつの間にか口の端から漏れ出るまでになっていたのだ。
百歩譲って舐めるのは仕方ないが、どうしても飲み込みたくはなかった。誰だってそうだろう、こんな汚物を飲まされるなど…たとえ死んでいたとしても嫌だ。
だが、虎による命令のせいで口を離せない私にとってそれは苦行でしかなかった。こんな絶望的な状況において先走りを飲まないようにするためには、無理やりこじ開けられた隙間から吐き出すしか方法はない。
結局、これまでほとんどの体力をそのために使っているようなものだった。
となれば必然的に、私の抗う力は確実に失われていくことになる。実際もう既に限界を迎えていた私は分泌され続ける奴の先走りを吐き出すことができず、口の中はぬめった水槽のようににちゃにちゃと音を立てていた。
気持ち悪さと苦しさで気絶するかもしれないと悟ったその時、頭上からくぐもった声が聞こえる。
「よし、次は飲んでみようか」
「……!?」
「俺が1発出してやるから、アンタは喉を動かして胃に放り込めばいいだけの話だ。簡単だろ?」
「んん゛ーーっ!!んぅ゛っ、んんん!!!」
口を完全に塞がれたまま、私は無我夢中で首を横に振る。どれほど性に疎い私であっても、今しがた虎が言った言葉の意味は完全に分かったからだ。
だからこそ必死だった。だがこの状況で奴の機嫌を取り持つことができる方法など知らなかった私は混乱し、あろうことか顔を引き剥がそうともがいていた。
しかし奴に行動を制限されている影響で口が離れることはなく、虎の手はどんどん私の頭に力を込めてくる。濡れた男根が縦横無尽に舌の上を暴れ回る気持ち悪さと、饐えた腐卵臭のような獣の匂いに涙が滲んでしまう。
触覚と嗅覚、さらには味覚までもを他者に侵されていた私は、苦悶の声を漏らすしかできなかった。
「じゃあそろそろ出すぞ。抵抗しても無駄だからな?」
奴の声が低くなった直後、頭を掴む握力がとてつもなく強くなる。同時に口の中で暴れていた男根が急に動きを止め、小刻みに震え始めた。
それは私も知っている、あの兆し。今まで何度も味わってきたその感覚が奴の体にも起こっていたのだ。恐怖が限界に達していた私は、持てる力全てを振り絞ることしか頭になかった。
そんなことをしても、体は動くはずなど無いと分かっているのに。
「ほら1発目だ。全部しっかり飲んでくれよ?」
その言葉と共に虎の男根がびくりと跳ねる。その光景を想像してしまった時にはもう、遅かった。
「ん゛ッ、がっ!!?〜〜〜〜っ!!!」
ブビュルルッッ!!という音と共に、とんでもない勢いで口の中に熱いものが放り込まれていく。
あまりの素早さに一瞬で喉奥に叩きつけられ、吐き気を堪えながら反射的に舌で防御したが少しばかり飲み込んでしまった。灼けつくように熱いそれは、熱湯に浸かったかのように体を芯から火照らせていく。
罪悪感に苛まれる暇もなく、即興で作った舌の壁にどんどん粘液の濁流が押し寄せてくる。しかしこれ以上の侵入を許したくなかった私は鼻から出てくるのも構わず、口の中に溜まったソレを隙間から漏れ出していた。
口の中で固定された肉棒は軽く痙攣し、締め付けられていた顎が何度も鈍い痛みを感じる。それでも私は必死に耐えて、流し込まれる奴の精液を飲まずにやり過ごすしかなかった。
一度の射精であるはずなのに、口の中で発射された数は少なくとも3回以上だ。しかもそれぞれが尋常ではない量で、射精するたびに口内に溜まった白濁が押し出されてぐちゃぐちゃと混ぜ込まれる。
その都度私は涙を滲ませながら、ぼたぼたと粘着質の液体を自身の胸や太ももへと落下させていく。全てを耐え抜いた後には、口周りは粘ついた白い液体がところどころに付着していた。
「……へぇ、意外と根性あるじゃねぇの」
「ううっ、ふぅっ…う゛ぅ゛っ……」
ようやくことの終わりを悟った私は力を抜くが、その口はまだ離れてはくれない。飲み込まずとも口の中に残った精液の残滓と肉棒がぬめぬめとした気持ち悪さを残しており、鼻へと抜けていく独特な生臭さが記憶の中に刻み込まれていく。
どうにかして息を整えたくとも、その匂いは私を強制的に欲情させる。意識は朦朧としているのに、体はずっと昂ったままだ。
「俺も久々にだったから結構出したと思ったんだが…まあいいさ」
虎の言葉と行動に私は安心感を覚える。奴が私の頭を掴み、口から引き離してくれたからだ。
奴にとっては珍しいとも思うが、流石に私も心身ともに限界だ。これ以上やっても無駄だということを理解したのだろうか。
「何呆けてる?次行くぞ」
「……はっ…?」
「今ので全部出し切ったと思ってんのか?俺は淫魔だぞ、勘違いするなよ。『口開けろ』」
「まっ…!んがぁッ!!」
嘘だ。そんなこと…!
あんなに出したんだぞ…?私の3回分よりもはるかに多かったはずなのに、まだ出るというのか…!?
「アンタが全部飲んでくれるまで永遠に続けるからな。俺は本気だぜ?早く終わらせたいんなら素直に飲み干すことだな」
「かッ……あぐっ…!!」
身動きも取れないまま、私は再び奴の肉棒を口内にねじ込まれてしまった。萎えていたはずの肉棒は既に膨張を始め、隙間をどんどん埋めていく。
絶望した私の感情など気にもせず、奴は情け容赦なく押し込むばかり。喉奥まで塞がれてしまいそうなほど強く押され、嗚咽に苦しみ涙ぐむも無駄に終わる。逆に体はふつふつと熱を帯びていくばかりだった。
「全部飲めるようになったらちゃんと止めてやるさ。ああそうだ、ついでにチンポの味と形も一緒に覚えてくれると嬉しいな。そうすればもっと刑期は減るぞ」
やめてくれと何度言おうとしても、口の中に突っ込まれた肉棒が呼吸すら許さなかった。息を吸おうとすれば、いつの間にか分泌されていた虎の先走りが食道へと流れ込んでくる。
奴は命令されて動けないはずの私の頭をさらに固定し、次の射精に備えて腰を小さく振り始めていた。生暖かい粘液は舌にへばりついた白濁と混ざり合い、突き刺すような臭いが鼻から抜けていく。
疲労困憊した私はもう、奴の精液を吐き出すことを容易く諦めてしまう。どうせならこのまま気絶してしまえばいつか終わるのではないかと思いながら、無言でやり過ごすことしか考えられなくなっていった。
───
「おい、もう一回出すぞ。今度こそ飲んでくれよ」
精液と涎でぐちゃぐちゃになった口の中に、熱いものが入り込んでくる感覚で意識は浮上する。舌の上に転がる太い肉棒はビクビクと震え、幾度となく液体を吐き出してくる。
ずっと開きっぱなしになっていた顎は激しく痛み、喉や首筋にまで痺れが広がっていた。嚥下を行うための気力もなくなり、放出された粘液はいとも簡単に隙間から溢れ出ていく。
膝立ちもできなくなり、倒れ込んだまま人形のように力無く男根を咥えているだけの存在…それが今の私だった。
奴が射精するたびに窒息しかけては意識が遠のき、気がつくと口の中に精液が溜まっている。それを吐き出したと思えば再び同じものを流し込まれ、途切れそうな理性を振り絞って飲み込まないように抵抗していた。
この繰り返し。その前後の記憶は途切れ途切れで曖昧になっていて思い出せない。
気がつけば腹に何か温かいものが溜まっていて、少しでも体を動かせばたぷたぷと揺れ動いて気持ち悪い。それが無理やり流し込まれた精液だと気づくのに数回の気絶を繰り返したが、同時にあのおぞましい生臭さはいつしか消えていた。
むしろそれは嗅いでいて心地良いものへと変わっていて、鼻から突き抜ける独特な匂いに妙な幸福感を感じていた。
「また飲めなかったか……もう何十回目だ?」
「か………ひッ……」
何十回…私の口にはそんなに多く出されたのか?そもそもこの虎はなぜそんなにも射精しておいて平気なんだ、コイツの性欲は無尽蔵なのか……?
言葉以上に実感が湧かず、虎の呼びかけにも反応できない。喉にへばりついた精液が邪魔していた。
「……ったく、やっぱり初めからできるワケじゃないか」
朦朧とした意識の中、私は再び奴に頭を固定されるような感覚を覚える。また始まるのかと体中の力が抜けていくが、もはやそれに対して焦りも恐怖も感じていなかった。
どうにでもなればいい。もう、全てがどうでもよかったのだ。
「俺も流石に疲れたし、ここまでにするか」
「……?」
「でも精液は全部飲ませる。これは決まりだからな」
そう言うと虎は私の頭を掴んだまま立ち上がる。離れることを許されていない私の口はそれに付随して強制的に上半身を持ち上げられ、膝立ちさせられたまま奴の男根にぶら下がっているような体勢になっていた。
「出すぞ、『全部飲み干せ』」
「…ッ…!」
その言葉が発された瞬間、これまで全く動く気配のなかった私の顎が開き、喉を大きく拡げていく感覚がした。力を入れていないのに勝手に動くこの奇妙な現象に少しばかり驚いたが、すぐにその感情も消える。
いつの間にか活力を取り戻していた虎の肉棒が痙攣し、緩くなった口の中をひとしきり暴れ回る。直後に熱い液体が噴射され、再び私の口の中を満たしていった。
いつもなら隙間から白濁が漏れ出るはずだが、ここで私の体に異変が起こる。
力の入らないはずの喉がせぐりあがり、舌と連動して粘液を胃へと流し込んでいた。ごくごくと豪快な音を立てて飲み干す自らの姿がたまらなく惨めだったが、そんなことを考えている余裕はなかった。
奴はもう何十回目だというのに、その精液は未だに量も多く、濃くて熱い。ドロドロとしたそれを唾液と一緒に混ぜて流し込むのも大変だと言うのに、何度も強制的に飲み込まされた。
かなりの時間をかけて全てを飲み干した後、虎の口から放たれた『離していいぞ』という言葉に、私の口はずるりと肉棒から力無く抜け落ちていく。
ようやく訪れた安らかな時間は身も心もボロボロで、息つく場合などない。精液で溜まってしまった腹が重く、朦朧とした意識では体を支えることも困難だった。
先ほどあんな大量の精液を飲み干したのが嘘のように、全身に力の入らなくなった私はどしゃりと崩れ落ちる。冷たい地面に突っ伏したと思ったが、それはひどく粘ついて生温かい液体のようだった。
きっと、口から漏れ出していた虎の精液だろう。やはり途方もないほど射精していたと思うと、それだけで気が遠くなっていく。
「今回は仕方ないからこれでいい。だが次からは自分でやってもらうからな」
「う……あ……」
「その下に溜まってる白いの、多少は俺のも混じってるがほとんどはアンタのだよ。気を失いながら何度もイってたからな」
そんな…信じられない。私がこんな量を出すはずがない…
それでも、疲弊し切った体ではこれ以上考えることはできなかった。顔にへばりつく粘液の感触と、たぷたぷと揺れる腹の中。
どれほど流し込まれたか分からない。大量に飲んでしまったことを悔やみながらも、私の意識は朧げに霞んでいく。
「さて、飲ませてやったんだから何か言うことあるよな」
「………」
視界の淵で、仁王立ちをする虎が見える。何か言わなければ、また同じことをされかねないと本気で恐れた私は、最後の力を振り絞って口を開いた。
「ご…ご主人様の精液を…飲ませていただき……ありがとう…ござい…ま………」
全てを言い終わるよりも先に、精魂尽きた私は事切れた。直後に叩き起こされないことをひたすらに祈りながら、気を失えることに満足しながら瞼を閉じる。
私に「次」はあるのだろうかと…安堵に隠れた不安を感じながら。
───
「……気を失ったか。でもまあ、こんだけやってちゃんと言えたのは初めてだったな」
淫魔は、自身と死刑囚の精液で塗れた床を眺めながら呟く。もはや白の水溜りと化したそこに突っ伏す元人間の犬に、少なからず称賛の感情を持っていた。
彼にとって2桁の射精など日常茶飯事に等しいものであり、これといって特別なものではない。だが人間にとっては死をも凌駕するほどの衝撃を与えることがほとんどだ。
それゆえ、どんなに耐えたとしてもせいぜいこの時点で心を壊して終わるのがいつも通り。
だが…これは違った。気絶してもなお、飲み込むことを抗い続けたその意志は尊敬にすら値するものだ。
だからこそ虎は、数百年ぶりに昂っていた。この時点で彼は、この死刑囚を簡単なオモチャだとは思わなくなった。
その屈強な精神はもとから持っていたものか、それとも生前から持ち合わせていたものか……
どちらにせよ、これまで閻魔に献上してきたものの中で最高傑作になるかもしれない。
だが彼は一度興奮を抑え、昂る感情を落ち着かせる。まだ今はその時ではない、焦る必要はないのだと。
胸の中で[[rb:燻 > くすぶ]]る気持ちと共に、精液溜まりに沈む死刑囚を横目に彼は牢屋を後にするのだった。