AdAd
  
DJANGO the Decade

  バケツ一ぱいにこんもりと盛られた…。それを煮えたぎる沼の中に傾け、「ボチャン」と落とすとたちどころに「それ」は沼の中で高温に熱された同じく、この沼の中に放り込まれた歴類の「ブツ」に溶けて、ばらけて、細かいスジから内容していた水までがブスブスと音を発して同化してゆき、それはあらたな沼の一部となった。

  ここは八大地獄が『糞尿地獄』。

  昼も、夜も、常に亡者たちが送られてきては追い立てられ、糞沼に落とされ、沈められ、悪臭と地獄の熱の中もだえ苦しむ地の獄の果てである。

  そんな悪臭と、悲鳴と、おぞましい光景が転がる地獄にはふたりの長がいた。いつごろからこの地獄にいるのかはわからない、ただ、どこまでも強く、どこまでも邪悪であるというのは獄卒たちの骨身髄腑に滲みてわかっていた。その二柱を鬼月丸と黒丸という。ただただ純粋にこの地獄を楽しむ、生粋の鬼たちであった。

  鬼月丸は地獄の風にすっかり灼けた蒼い毛皮をしており、性格は冷酷無比。その赤い瞳に見据えられたものは死すら許されない事を悟り、自ら地獄の責め苦を受けに行くという。

  対して黒丸は地獄の深淵の無間に灼かれた黒い毛皮で残忍この上ない。拷問を嬉々として行い、時には同胞の獄卒にすら刃を向ける凶人であった。

  このふたりが当然合うはずはないのだが、つりあう相手がこの地獄にほかにないので、地獄において初の二匹の長があるという状況になった。

  「だずげでグレェェェェェ!!!!ぁ゛ァ゛ア゛ァ゛ア゛ァ゛ア゛ァ゛ア゛~~~~~~!!!」

  鬼月丸が一匹の獄卒に、地獄の咎をやぶった獄卒の、傷だらけの顔中にしゃがみこんで「厳罰」を与えているのを黒丸はつまらなそうに紙巻を咥えてみている。

  手にした刀からはぽた、ぽたと鮮血がしたたる。ぐつぐつと煮える沼の中ではなます以上に切られた亡者がぷかぷかと浮き、目玉やモツだけが浮かんでは、別の亡者にがっと掴まれガブガブと食われ、その亡者を別の亡者が襲い、汚泥の中では亡者たちの渦が巻く。

  とどろく獣声と悲鳴の中、黒丸はぷかあ、とふかした煙を口から吐き出し、脂を払って鞘に納めると「飽きた」とだけ言いふいに後ろを向く。

  「うァあ…あ…! ァっグェご、ヴェっ、げヴぉ…あガ、ィびぃ!!」

  「…どうした黒丸、その刀は飾りか」

  顔中に塗り広げ、かたまりを口の中に押し込み、無理やりにも吐き出すいとまから喉にと、鬼月丸が苛烈なもの責めをしつつ、黒丸を見ずに言った。

  黒丸は袂からジッポを取り出すとかちん、と開け、新しいくしゃくしゃの紙巻に火をつけると、鬼月丸の方をちょっとだけ見て「帰る」とだけ言った。

  「ァぐ、ぅあァ…!あひッ、ぅあァ、あ…あぁあん…」

  「…」

  顔を、髪を、鼻を、角を、すべてを滅茶苦茶にされた獄卒はとうとう耐えきれなくなったか、空っぽになった口を開いて大泣きしはじめる。鬼月丸もそんな獄卒から立ち上がり、とどめとばかりに腹を思いきり踏みつけると、噴水のごとく消化されるはずもなかったモノと胃液と、食べた物をが黄色い汚濁となってせっかく綺麗になった口から噴射する。

  半死半生といったそれを蹴り、ぼちゃん。と沼に落とすと、その獄卒はひぐひぐと泣きながら今吐いたものと全く同義の「ソレ」の中へぐぶぐぶと沈んでゆく。

  じっとそれを見届けると、鬼月丸も姿を消した黒丸の後を追うようにゆらり、と一瞬姿を地獄の闇の中に潜らせると、まったく姿が消えてしまった。

  「和尚ーーーーーーーー メシじゃ」

  どっかと黒丸が造られて相当立っただろう階段に腰掛け、灰を落としつつ言う。そこは狭くも美しい日本庭園調の寺の境内であった。山の上に立っているゆえ眺めはよく、空気は地獄のそれと変わりようがないほどに流麗で胸にすうっと入ってくる。それを煙草でけむらしつつ、黒丸が煙草を吸いこむと、次いで鬼月丸がゆらり。とまさに一瞬で現れた、としかいうほどなく現れた。そして、小さい小屋のような社務所からそれらを察してきたのかその寺の和尚がガラガラと硝子戸を開けてやってくる。恰幅のよい、なまず眉に長い白髭の目立つ、作務衣を着た狸であった。

  「これはこれは…お二方、ようこそおいでなすった」

  「あーー。和尚、メシ」

  ゆるゆると頭を下げる和尚に、黒丸はちびた煙草をぴんっと指で放って言う。 鬼月丸の指先から小さな鎖がほとばしり、その煙草にくるり、絡んで鬼月丸の手元に持ってくると、しかみ面をして黒丸をにらむ。

  「黒丸」

  「あァ?」

  ぐり、ぐり、とまだ火のついた煙草を掌に押し付け消し、黒丸にはじき飛ばす。

  「急で悪いのう、和尚」

  「いえいえ。……しかし、お二方には是非にお願いしたき儀がござりまする」

  そういってぺこりと頭を下げる和尚の前に、黒丸はぷかあ、と新しい煙草をくわえて火をつけながら聞く。

  「なんだ、また亡者どもの処理かい?」

  「いえ……そうではなく……」

  言いよどみつつ、鬼月丸の方を見てから言う。

  「「依頼」がやって参りました。」

  表情一つ変えない鬼月丸、おっ、と新しいオモチャを見た子どものような顔で好色を占める鬼丸。

  「殺しか!」

  ぴょい、と黒丸が飛び上がってワクワクしながら和尚につめよると、和尚は困ったように眉を下げて、

  「殺しも殺しですが……その……」

  と口ごもった。

  「なんだ?煮え切らない野郎だのォ!」

  黒丸はぶつぶつと文句を垂れつつ、和尚につめよる。この住職とは以前仕事で出会ったのだが、妙にウマが合い、以来こうしてちょくちょく遊びに来ているのだ。

  「まあ、いいわい。で?」

  「……はい」

  鬼月丸に促されると和尚は袂からがさがさと仰々しく、まっ黒な手紙を出して鬼月丸に渡す、が黒丸に奪い取られた。

  「退治依頼でございます。標的君の名はジャンゴ、かの地の獄にて現れ、獄卒に戦をしかけ、どれこれもが酷い手痛で返り討ちにあったとの事です。それも夥しい悪煙の痕があったとの事、どの獄卒よりあなた方がご適任とのご指令を受けております。」

  黒丸はにたあ、と笑って手紙を放り出す。手紙は床に落ちるとじゅっと音を立てて燃え出した。鬼月丸がそれを見て愉快そうに笑う。

  「なるほど。……確かにワシらが適任じゃろうの」

  「ははあ~…成程面白くなってきた♡ おい、和尚帰るまでには支度をしておけ。おい青いの、帰るぞ、帰るぞ。」

  そう言うとさっそく黒丸はしゅっ、と姿を消す。その相棒、いや腐れ縁とも言える獄卒にまたもしかみ面をしつつ、鬼月丸はぴっ、と犬歯で指を破り、「引き受けた」とだけ言い、ぽた、ぽたと地に血をこぼす。それを見てうんうんと頷く和尚。次いで鬼月丸も一瞬のうちに姿を消すと、和尚は地の焼け跡と鬼月丸の垂れた血をじいと見て、箒を取りに社務所に向かうのだった。

  地獄の果てには町がある。

  獄卒や属するものたちがちょっとした調達や酒を飲むための小さいさびれ街なのだが、その酒場に一匹、巨漢のものが現れた。くぐり扉をくぐった後、掛けられていた錆びた鏡でそれは髪型を…背中から長く伸びたタテガミにつらなる、丁度モヒカン状となった白い髪を手櫛で整え、ニッと笑うとカウンターについて言った。

  「オヤジ、なんか軽食を。それと~…牛乳」

  「牛乳だァ?おいおい、うちはサ店じゃねえぞ。それに軽食ってなんだい、適当に揚げモンでもつくろうか」

  ソレは白い歯を見せて「それでいいや」という。 彼の名前はジャンゴ___。この地獄に堕ちてきた__風来坊。

  すると、仰々しい音を立て、くぐり扉が蹴り開けられると、ずいずいと一匹のオオカミ?がこちらに向かってくる。

  まず目に映るのは黄色いハチマキとその下からにょっきり飛び出している二本のツノ。青い瞳をこちらに向け、腰に結わえたカタナをずるりと引き抜いている。

  出された牛乳を、それもビールジョッキになみなみと注がれ、サービスか卵が2つほど落とされたそれを口にあおると、さっそくその狼、鬼。は刀の鈍銀をバーの中に解き放ち、びしりとジャンゴの首元に刃紋を向けて言った。

  「いまあっけなく死ぬか、外に出て抵抗してから死ぬか、選べい」

  「‥‥あ~あ~…せっかくメシにありつけたと思ったのに、困ったねぇ」

  かちん、と黒丸がその巨漢の獣、白と黒の毛皮の目立つ者の二の顎を削ぎ落さん、とばかりに刀を押し付ける。

  「つべこべ言うな…死んだらたらふく糞ツめて三途の川に流してやるわい。選べ♡」

  黒丸の顔は新鮮な血の香りに沸き立ってもうワクワクしきっている。鬼月丸はその後ろ、いつの間にかバーカウンターの彼方に移動しており、弓に矢をつがえ引き絞っている。

  ジャンゴはそれを横目で見て、ふう、とため息つくと、「わぁッたよ」とただひとこと、簡潔に言った。

  そして物おじせずに立ち上がると、「スミマセーン、もうやっちゃったンならゴメンだけどォー、さっきの…」という。

  「ごちゃごちゃ抜かすなぁ…切りたくなる」

  ぶるぶると喉に刃を向ける黒丸の手が震えている。さきほどまでたっぷり亡者を切り裂き、たんと血を浴びたというのに生者の血は別腹とばかりに目は血走っている。

  ぎり、と歯ぎしりをする黒丸があと一歩でも動けばその刀か、矢がジャンゴの喉に刺さるだろう。

  ただ立っているだけのジャンゴはやれやれと眉間にシワを寄せた。そして手を挙げつつ、カウンターの外に歩き出し、そのまま黒丸を伴いつつ外へ出る。

  「外までお散歩しようってか?いいじゃろ、死体を転がす手間が省ける!」

  にやりと笑う黒丸と、無表情の鬼月丸。弓はつがえたままだ。

  そして、ジャンゴが外へ出た瞬間。こらえきれない、とばかりに黒丸が大きく刃を振り上げ、その背中をざっくばらんに切り裂こうとした瞬間だった。

  ブォッッッ!!!!!

  一瞬、あたりが閃光につつまれたとばかりの衝撃と物凄い風圧。黒丸の刀が思わずふっ飛ばされ、鬼月丸は矢の向こうの敵を突き刺すように狙いを絞る。

  ブボボボボボボボ・・・・と、すさまじい、悪魔とばかりのモンスターマシンをふかしているのか、と思うばかりの轟音と、ごうごうと鳴り響く暴風。

  それは標的の「尻」から放たれていた。ロケット・エンジンが点火し、今にも「発射」せんばかりの物凄い「屁の噴射」が、店内に、外に充満して、黄色い煙を噴き上げていた。

  「‥‥っく つァぁっ!!!」

  「まだ捕まるわけにはいかないんだ‥‥チャオ!」

  猿叫をあげ、黒丸が斬りかかるころには「エンジン」は作動しきったのか、ぼっ。と一瞬大気が強烈な噴射に押されるソニックブームが発生、店のガラスが一斉に音を立てて鳴り響き、黒と白の毛皮は上空へ、時速をとうに越えているだろうスピードで、ジャンゴは空へ舞い上がっていった。「屁」である。強烈な「屁」をさながらジェット噴射のようにして、自身の身体を上空へ押し上げたのである。すぐさま黒丸も「かあッ!!」とほえ声を上げ、モコモコと尻を二段階ほど…ちょうど、枕ほど大きく膨らませ、跳躍してから自身も茶色い煙を噴き上げ追ってゆく。黒丸も早い、猛スピードでみるみる見えなくなるジャンゴにそろそろ追いつきそうだ。

  だだだッと鬼月丸も駆け出し、その後を追って一旦中腰になり、弓矢を自身の「影」の中にずるずると押し込んでしまうと、ムッと力を入れて同じく尻を膨らませた。

  白い袴がムクムクと膨れ、青い巨尻の中に大量のガスが蓄積し、ぶちんと音を立ててふんどしが引きちぎれる。

  「…ムッ!」

  そして、鬼月丸の真ん丸膨らんだ尻からも、ブオッッ、と物凄い密度の屁が噴射。たちどころに肉体は上空に押し上げられ、ソニックブームを何重にもばっ、ばっと突破しながら上空、赤い空の彼方に吹きあがってゆき、どんどんと黒丸とジャンゴに近づいてゆく。

  「逃がさん…….」

  そしてジャンゴと黒丸は空中でものすごいデッドヒートを展開していた。

  時速何キロか、いや、マッハ何キロかもわからないスピードで飛び回りあう二体。途中ところどころですれ違いざまに黒丸が刀を振るいつけては、ジャンゴがその巨大な腹でタックルがごとく応戦し、それを躱すと黒丸は刀を投げ捨て、手の内でなにかを広げる。

  どりゅる、黒丸の手の内の影から影がほとばしりそれは小さな五つほどの鉄球へと変わった。内部に爆薬が仕込まれ、着弾と同時に爆裂する炸丸だ。それらを散弾銃よろしく投げつけると、ジャンゴは腹でそれを受け止め、柔らかな脂肪で抑えると、ぼよぉおん、とばかりに反発、回避して見せた。黒丸の周りで小爆発が炸裂する。

  「ちィッ!木偶の棒が!!」

  じゅるるるる、と手から発せられた鎖。黒丸と鬼月丸が地獄への呪縛と同じくして与えられたそれを放ち空中落下する刀を回収する。そして勢いよく噴出し、接近してきた鬼月丸も追いついた。手には薙刀を持っている。この冷酷な獄卒も抗戦の意図アリ、と判断したようだ。

  そして鬼月丸の手中にも影が渦を巻き、鎖が形成される。先端に鋭利なナイフがごとく鋭い刃物のついた捕縛、そして拷問用の鋭い凶器だ。

  どぴゅお、と大気を裂く尖った音とともに冷酷無比な鎖が巨体向けて発射される。ジャンゴはそれらを上手く屁をコントロールして第一動を避けるも、まるで鎖自体が意思をもっているのように曲がり、再度ジャンゴを追跡しつづけるため太腿を切り裂かれ、思わず顔に焦りの表情が出る。

  まるで樹上から襲い来る蛇のように肉に食らいつこうとする鎖を避け、ぎりぎりのすんでで回避する間に刀を手にした黒い鬼と、薙刀を手にした青い鬼が飛来してくる。

  一瞬の判断。そして、ジャンゴの尻から噴出していた薄い黄色の煙が止まった。

  たちどころに推進力を無くした巨体は無慈悲な重さによって地面に吸いつけられるように堕ちてゆき、鎖も追尾するように向かってゆくが、加速度的にそのスピードが増してゆくジャンゴには追い付けない。

  「バイバイ!」

  そして、二鬼が空中でターンする刹那、ジャンゴは空中に向かって、屁でも食らいなとばかりに両足を広げ、ブフォッーーっ!!!と再び強力な放屁を放つ。その爆煙は二匹の視界をくらませ、なおも遥か上空から落下しゆくスカンクのスピードを大幅に上げる。風圧が頬肉を押し上げ、モヒカンがくずれ、墜落する旅客機がごとく、ジャンゴは「くの字」に体を曲げて落下してゆく。

  もわもわと空中に残留する濃い黄緑の煙から、早速黒丸が刃を向けて猛襲するもそのスピードには追い付けなかった。

  雲を貫きその下は地獄の赤い大地。真っ逆さまにジャンゴは落下してゆく。

  [newpage]

  (ヤバイ)

  加速度的に速度の向上してゆく落下に合わせてジャンゴは体内で急遽、ため込んでいたガスを腸内に送り込み、空中で体勢を整え再び爆発的な放屁を放とうとする。

  ぐんぐんと大地が近づいてくる中で思いきりいきみ、特別濃度の濃いオレンジ色の悪臭をブバババババッ、ブボボッ、ぶぼぼぼっ、と本物のロケットよろしく放つが、破滅的落下の低減が感じられたのは一瞬。残りは強力な地獄の重力によってぐん、と再び地面に吸い寄せられ、落下してゆく。

  「うぉおおおおおおおーーーーーーッ!!!!!?」

  咆哮を上げつつ地面と強烈にぶつかり、地盤が割れて大量の土煙が立つ。赤い粉塵が舞い散り、停滞していた赤い水が噴き出す様子は地獄そのもの。

  そして数秒遅れて黒丸が砂塵に覆われた地面を上空から補足。スッ、と極めて短く強い呼吸をすると、気功のようにボン。とその尻を大きく膨らませ、その勢いのまま落下、強靭な尻が落下の勢いを完全に低減し、ぼむっ、ぼむっと何度か跳ねるとまた尻を縮ませ、落下で乱れた衣を正す。

  「・・・・。」

  ぱらぱらと土砂の落ちる音に、煙があたりをもくもくとくゆる他にはなんの音もしない。そして、ふところから紙巻を取り出す。

  「こりゃ~グチャグチャかのォ…あーあ、あっけない…」

  しゅぼっ。と指に火をつけ紙巻を焦がすが、その瞬間。煙草葉がかすかに煙を上げた瞬間。暴風が、黒丸を強烈に打ちのめした。

  襲い来るのは特濃のオレンジ色の煙、たちどころに指の炎に引火し、黒丸の毛皮がじゅっと焦げ、途端に爆発を生じて、黒丸は状況を理解できぬまま、ふっ飛ばされて宙を舞う。

  「ォらぁッ!!!!」

  そして、めぎっという背骨に伝わる衝撃。あまりの衝撃に鼻から思わずぶしゅっと血が噴き出し、瞳が右往左往に激しく揺れる。

  背後から上空へ、たちどころに刃を抜くと、それより前に巨大な拳骨がマズルに突き刺さった。顎がギシっと強烈に揺れ、どす黒い鼻血がさらに吹き出す。

  ジャンゴは拳を振りぬくとそのまま上空へと黒丸をぶっ飛ばし、すぐに着地して自身も鼻血をぬぐいながら、ぐい、と手で目を拭う。落下のダメージがあるのか口から多少の血が垂れ、顔は瓦礫に裂かれたのかところどころ破れて血がにじみ、ただでさえつきが険しくなっている。

  黒丸も空中でくるりと回転して体勢を立て直し、着地するなり刀を構える……と同時に、その眼前ではジャンゴに鬼月丸の薙刀が猛烈な勢いで振り下ろされようとしていた。

  「うぐっ!!」

  ばっと後ろに飛び退るもすぐさまブッ、と放たれるた屁により一瞬のうちに距離を詰められ、さらに突きの追撃。どでっ腹に風穴が開くかと思われたが、ジャンゴの尻からオレンジ色の放屁が放たれ、ムーンサルトのように鬼月丸を蹴り飛ばす。しかしひるまず、またも突進しては薙刀を大きく振るって落下途中のジャンゴを狩ろうと襲い来る。

  それをすんでの所でかすかに避けるも飛び出た出べそがさくっと切れ、「ぎゃあっ」と急所に直撃し悲鳴を上げる。

  そして着地に備えようとするも、その後ろには…黒丸がいた。

  ぐしゃっ、と強烈に叩きつけられる草鞋越しの一撃。ジャンゴの背骨がめきめきと悲鳴を上げ、口から血がほとばしる。

  「うっしゃ ああああっ!!!」

  咆哮と共に突き出される拳が腰に突き刺さり、ばきりと嫌な音が響く。しかし、消えかけた意思の中、ジャンゴの身体から発せられた危険信号か、あるいは天性の才能か、ぶおっと屁が漏れ出し黒丸の視界を遮り追撃を阻む。どさっ、とジャンゴが着地すると鬼月丸が地面から鎖を大量に出し、その巨体に食い込ませようとしていた。

  しかし、その巨体からは想像できぬスピードで手をバネに飛び上がりそれを回避。追撃する鎖をまとめて屁で吹き飛ばし、ぶすぶすと強烈な風圧によって鎖は影の中にとけ消えた。

  ジャンゴは空中でくるりと体勢を立て直し、両足を大きく広げて着地。その巨体にのしかかっていた重圧が地面へと一気に抜けてゆく。黒丸も「ふんっ」と小さく気張ると力を緩めて構えを取り、鬼月丸も鎖を引っ込める。そして三者はゆっくりと武器を、巨体を構え直し、ついに対峙した。

  「へへ…」

  「ケケッ……ぶち殺したるわい」

  ジャンゴと黒丸は共に笑い合い……そして同時に飛びだす。黒丸の額にはビキビキと太い血管がいくつも浮かび、楽しそうな笑みを浮かべるものの鼻面にはスジが寄り、すっかりと鬼の形相である。

  黒丸が掌から繰り出した武器はナイフだった。どぅるるん、と影から鋭利な凶器が取り出され、両手でがっしりとその一対を握りしめると思いきり斬りかかる。

  「せやっ!!」

  そしてそれを蹴りで受け止め、はじき返すジャンゴ。たんっ、と後ろに片足でステップを踏むとブフォッ!!と屁が放出される。しかし襲い来る矢!その飛翔音を察知するとすんででしゃがんで回避する。 鬼月丸の本当の武器は弓矢___そして、その武器から逃れたものは誰一人としていない。

  弓に矢を番え、弦を引き絞り射撃。この間2秒にも満たない。しかし殺傷力は十分。現に、鬼月丸の放った矢はいまだとして飛来していた。

  ジャンゴもそれには牙を食いしばり、またも襲い掛かってくる黒丸の襲来を蹴りで受け止める。だが、胴体にヒットした蹴りはおとりだったとばかりに脛を強烈に突き刺される。

  「ッ~~~‥‥ ってェ なァ!!!!」

  ぶちんとジャンゴの中で何かが切れ、強烈に黒丸の顔面を重たい拳骨で殴りつける。

  「がッ……!!」

  黒丸の鼻から血が吹き出る。しかし、その一瞬は矢が飛来するには十分な時間だった。

  しゅどっ。とジャンゴの背中に矢が突き刺さり、さあっと顔が青くなる。 そして、思わず後ろを振り向くと、黒丸が片方のナイフを手に、猿叫をあげながらとびかかってくる。

  「死ィねぇええええいっ!!」

  「‥‥!!!」

  その刃がジャンゴに突き立てられる寸前、黒丸の顔面をまたも、強烈な拳骨が捉えてばぎゃっ。と痛々しい音が鳴り響いた。

  そしてわずか数コンマ、回転しながら飛ぶ矢じりを確かに目で捕らえ、刺された脚であるのにも関わらず思いきり飛び上がった。

  「…。」

  天才。思わず鬼月丸の脳裏にその言葉が過る。 人間界で曲りなりにも教鞭をとる鬼月丸だ__。才能の原石、天性の才能の持ち主には何度か出会った。

  だがここまで自身の才能を持ちあまし、なおかつ、ここまで「成長」してくる相手は初めてだった。数百、数万、数億の戦いを連ねた鬼月丸でさえ、いまだかつて会った事のない敵。__今、確信した。この男をここで仕留めねば、まずい。

  鬼月丸の瞳が赤く発光する。そしてゆっくりと瞳を縮めると、必殺の弓矢が強烈な音を立て、マッハの矢じりが巨体めがけて放たれる。

  「……っ!」

  放たれた矢すらスローに見える。吹き飛ぶ黒丸すらゆっくりに、自身の身体がどう動くか、血管が躍動し、腹が歓喜に揺れる。ジャンゴは、空中で嗤っていた。

  ぱし、ぱし、と放たれた高速の矢撃。一射の間に二連射。神業とすら思えるその射撃すら簡単に掴まれ、むしろその野獣は、みるみるうちに「生長」しながら、自身に向けて跳躍の問中。矢を番え、弦を絞り、思い切り狙いをつける。

  「……ッ」

  もはや先ほどまでの油断は消えた。鬼月丸とて武人、戦いにおいて手を抜くなど言語道断。

  その矢が放たれようとした瞬間、ジャンゴは自身の防御態勢を放り捨て……そして、その巨体は空中で一回転し、まるで弾丸のように飛び蹴りを放った!

  「うぉおおおおっ!!」

  「っ!」

  ふらつく視界のなか、わなわなと震える手の上に、ぽた、ぽた、と流血がしたたる。

  弓矢は足元へ飛ばされ、視界は勝手に震える。

  牙を食いしばりながらじゅるるる、と手の内に薙刀を呼び寄せると、武人として凛々しく立ち上がった。

  鬼月丸の鼻からはおびただしい出血。口も切れて血がしたたっていた。そして、数百年の間に培われてきた獄卒長としての絶対無敗のプライドが、打ち鍛えられ、深淵なる赤い瞳をさらに力に漲らせる。背後ですくっと黒丸も立ち上がり、蒼い瞳におぼろげな力を宿し、ずるりと刀を抜く。

  ずぼりと脚からナイフを抜くと、英傑はそこにべっとツバを吐き、ごきっと拳を鳴らして凛々しく立つ。

  「へへっ」

  ジャンゴはにっと、いじわるく笑うと鬼月丸の後方の黒丸を見る。そして、その視線をゆっくりと前に戻し……またも一笑する。

  「……やるじゃん」

  その美辞麗句にほくそ笑むのは黒丸だけだ。鬼月丸は相変わらず薙刀を構え、今にも斬りかからんとしている。

  「…はっ!!」

  鬼月丸が駆けだし、手にした薙刀で斬りかかる。ジャンゴはそれを手にしたナイフで受け止め、ようとするもあまりの一撃の重さにナイフを手放してしまい、強力な横薙ぎにずばりと身体を切り裂かれる。

  「ッしゃあああっ!!!!」

  刀を手にとびかかる黒丸の一撃は見事に背中にヒットし、ずばじゅっ、と脂と共に背中がジャケットごと袈裟に切り裂かれる。

  それを予想、予見?いや、わかっていたかのように受け止めると、ジャンゴは思いきり拳を後ろに振り上げ、ボクサーよろしく、まっすぐな目で、鬼月丸めがけて腕を振り上げる。

  武器で受け止めるもめしりと嫌な音が響き、武器を突き抜け、拳骨が顎にめり込む。

  「があっ」

  そして足を強烈にグリップし、裏拳を放つも避けられ、かわりに刀で胸をずばりと切り下される。生温かな鮮血が漏れ出し、ジャンゴはにやりと笑う。

  (いいねェ……)

  そして、すぐさま。その巨体とは思えぬ素早い拳が黒丸の顔を捉え、ぶっと鼻から血が噴出する。そしてワンツーが鼻、頬に直撃し、それでもなお怯まず。またも刀を振り上げるも、強烈なケンカキックが胴体にめり込んだ。

  目をかっ開いたまま黒丸はあふれる血を口からこぼし、とどめとばかりにそのままの足で上段への蹴りが飛ぶ___も、すんでのところで、鬼月丸が武具を捨て、猛烈にジャンゴの右頬に拳骨を振り抜いた。

  「ぶ……ッ!!!」

  鬼月丸の赤い瞳がぎろりと輝くと、ジャンゴはにやりと笑い、その右ストレートを受け止める。そしてそのままがしりと手首を捕まえると、今度は黒丸の左フックが顔面にめり込む。

  「……っ!」

  鼻血を吹き出しながら、それでもなお二人は手を離さない。それどころか、さらに強く握りしめて___

  「オリャアアアアあっ!!!」

  「きェええええっ!!!」

  め、ぎっ。 強烈な、挟み込む形での拳が顔を捉えた。

  ぶぼあっ、と目と、耳と、鼻と、口と、あらゆるところから血があふれ、ジャンゴはそのまま膝から倒れ、仰向けにどしゃっと地面に倒れた。

  「ッ……!!」

  黒丸も左目を押えながら倒れて悶えるが、鬼月丸はまるで動じない。

  「……」

  そして、その赤い瞳を輝かせると___

  「……!」

  ずぼり。と、刃が黒丸の腹に突き刺さり……そして、そのままぐりっ!とねじられた。

  「が……は……」

  ごぼっ、と血をこぼす黒丸。それもそのはずだ。

  鬼月丸の手が黒丸を「突き刺していた」。

  あっけにとられて上空を見上げると、相変わらず、顔中を血まみれにしたジャンゴがボボボボ…とすんでの屁で飛んでおり、パイロットのように二本指をこめかみから、虚空へ放つ。

  ブォオオオオオオッ、たちまち屁の勢いが強まり、それが最高潮に達すると、急噴射とばかりにジャンゴの巨体が、満身創痍の手負いの獣が、宙へと飛んだ。

  ずるっ。と腹から薙刀を抜くと、鬼月丸の顔に思わず汗がしたたる。

  ‥‥幻覚か。

  そう理解した時にはすでに黒丸は牙を食いしばり、無理やり鎖で腹を繋げると、「追うぞ」とふてぶてしく言った。

  さんざん鬼月丸と黒丸が吸いこまされていたオレンジの放屁___あれは幻覚性、いや、対象をコントロールするような毒屁煙だったのだ。

  おそらくあの一匹スカンクが一対多を相手取る際に考え付いた__天性の「最後っ屁」。

  吸いこんだ者が敵を仕留めたと油断したとき__交錯する戦場の中、多数の敵を相手取るとき___

  意図せずに「仲間割れ」を引き起こさせる。 それも意識レベルなんてものじゃない、おそらくは肉体に。直に放屁を吸いこむことによって、それは「意識」よりも確実に脳を蝕み、そして肉体の制御すら支配する。

  その一瞬さえあれば……あのスカンクは、ジャンゴは、例え相手が強かろうが、どれほど大勢で襲おうが……軍配は間違いなく奴にあがる。

  「ぐっ……」

  穴のあいた腹を無理やり鎖でつなげ、煙草に火をつける要領でぼしゅっ、と指に火をつけ、傷跡をなぞって止血した。それでも顔色一つ変えないのが獄卒長たる所以であるのだろう。

  「まずい、あの方向は…」

  鬼月丸がそう呟くと、黒丸も「ヤバいのぉ」と綽々と呟き、煙草に火をつける。けほっ、とむせるがそれにも構わず紫煙を吸いこんだ。

  「……」

  黒丸はにやりと、鬼月丸の無表情を嗤いながら、さらに煙を吸いこむ。そして一息つくと、「追うぞ」と上空から水平方向に続くオレンジ色の屁煙をにらむ。

  「お主、『残量』はあるか」

  黒丸が煙草を指に挟みつつ、尻をゆっくりと膨らませながら鬼月丸に言う。

  「心もとないな」

  「なんじゃい、弱気じゃのォ」

  黒丸が煙草を口に運ぶ。

  「お主はどうだ」

  鬼月丸が返す。

  「ふん、ワシはまだまだ現役よ」

  黒丸はにっと笑いながら煙草の火を揉み消すと、口にくわえてびっ、と吐き捨てる。そしてまたも鼻から煙をぷすぷすと吹きだした。

  上空に揺れるはゆらり、ゆらりとオレンジ色の放屁煙。鬼月丸は気合を入れ、一気に爆発的なほどに尻を膨らませると、黒丸も次いで尻を巨大に膨らませる!

  屁をあやつる者でも卓越した肉体コントロールと獄卒の体内外をめぐる地獄のエネルギー、鬼力の自由操作を持ち得る者にしか許されない芸当だ。

  そして、黒丸は二本目の煙草をくしゃくしゃになったソフト・ボックスから取り出すと、ぴんっ、と弾いて鬼月丸にも咥えさせる。

  しゅぼ、ぼしゅ、と咥えただけで発火する煙草は鬼力が全身をめぐる証拠だ。そして二匹の腹がうなりを上げ、ジェット・屁ンジンが点火される。

  「…やはり軽いのお!」

  「文句は言うな、三下」

  互いに軽口を叩くと同時に、ブボボボボボ、とばかりに、空気をブッ叩く音と同時に二人の身体は宙に浮き、そして一気に上空に舞い上がる。目指すはかの敵の元、生涯を通じての「宿敵」なりうるかのスカンクの元へ…。

  後編へ続く。

AdAd