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賞金首防衛戦

  賞金首。国際指名手配。

  こんな物騒な単語をいきなり一つや二つぶつけられては思考停止することも、やむを得ない状況に今は違いなかった。この部屋で起こったにわかには信じがたいあれこれを含めて、アオイさんはただ留学先から戻ってきた一般大学生でないことは事実らしい。だけど“国際指名手配”という言葉にはこれまでの経緯を踏まえると、無意識になにか引っかかるものを感じる。それが上手く言語化できない僕のじれったさを察してか、三八は違和感の正体を代弁した。

  「なあアオイ。確か空路を使って日本に帰ってきたんだよな? けどその国際指名手配なんて身分じゃ、そもそも飛行機に乗れないどころか空港にすら入れないと思うんだが」

  ドドドドドドドド

  おびただしい人数が階段を上がって階下から伝わってくる振動は、一向に止む気配を見せないでいる。アオイさんは特にこれといって緊迫しているふうでもなく、僕らの率直な疑問に悠々として答えを返した。

  「それはねー、アストラル・アークマトンの国籍があると処遇がかなり変わってくるんだ!」

  「国籍?」

  ややこしそうな話の流れにヤツの生返事が飛び出す。ひょっとすればアオイさんは日本国籍ではないのか。

  「私はすこし特殊なビザを持っていてね、簡単にいえば外交上の関係で日本の警察組織を含む政府の公人は企業国家が発行した特定のビザを所有する人間に一切の干渉ができないんだ」

  「おいおい、それってつまりは……」

  「平たくいえばやりたい放題、ってところかな? だからこんな無茶でまわりくどいやり方をしてくるんだろうね」

  ……衝撃的な情報がポンポン出てきたはいいけれど事情が色々と飲み込めない。とどのつまり、これはいわゆる治外法権に該当するのではないだろうか。社会科では歴史での背景を勉強していたものの、よもやこのシチュエーションで出くわすとは思いもしなかった。

  しかしあのアストラル・アークマトンが外交で日本を牽制していただなんて、もしかするとあの軌道エレベーターだって国の利権構造に一枚噛んでいるのかもしれない。国際間の宇宙開発の協力と競合のバランスは市場を独占している企業国家によってほぼ牛耳られているといっても過言ではなかった。

  「一朔そして三八。予め説明していなかった俺が悪いが、これから話す内容をよく聞いて欲しい」

  ここにきて初めて余市は僕たちに向かって声を投げかけてくる。物言わぬ目線と重々しい口調は否応なしに緊張感を与えてきて、思わず猫背の姿勢がピンと伸びた。

  「アオイが述べたように、警察がこちら側へ手出しする行為は現状不可能に近い。だがそれを逆手に取ると、間接的な手段ならばここを叩くことができる」

  「間接的な手段、ってやらは具体的にどういうことなんだよ?」

  ヤツは余市の話の肝心な部分にメスを入れんとする。足音に混じってザワザワと人のざわめき声までもがもはや両耳へ届いてきていた。なぜだか、戦いを控えている時みたいな胸さわぎがする。

  「今言ったそのままの意味だ。公人に難しければ、民間人に任せる他ないだろう」

  「余市様のおっしゃる通りでございます」

  アイスティーを淹れ終えたセバスちゃんさんがキッチンから顔を出した。盆に乗せられた四人分のグラスを持って、リビングの床から生えてきたダイニングテーブルに配列する。

  「お嬢様は国際指名手配の対象であると同時に日本政府に懸賞金をかけられた人物でございます。即ち民間の不良の方々は、お嬢様が帰国されるたびに一攫千金を夢見ては襲撃を仕掛ける訳です」

  「つまりアオイさんを賞金首として狙う不良を退治することが、僕ら用心棒の役目と……?」

  ヒンヤリと結露したグラスを手に取って、アイスティーを口に運ぶ。緊張で喉を通らないはずがすんなりと体に入って、甘さ控えめな後味を残し華やかな香りが鼻奥を抜けゆく。

  「左様でございます……一朔様と三八様は中々お元気でいらっしゃるようで。ご活躍をお祈りしております」

  「そう心配するな。大体が見かけ倒しの腑抜け腰抜けどもだ。二人なら十中八九、問題ない」

  「う〜ん、私も久しぶりだなー。どれだけ来るかわかんないけど、なんだか腕が鳴っちゃうよ」

  余市、アオイさん、セバスちゃんさんはいつどこからでもかかってこいとばかりに戦闘態勢へと入っている。他方、僕と三八はなんでか知らないがいつの間にかとんでもない現場に巻き込まれてしまったと、絶賛後悔の嵐に苦しめられている。誰が廃病院の爆発事件からふざけた賞金首防衛戦とやらに繋がると予想できたものか。全ては裏道だからとたかを括って警戒することを怠っていた自分たちに非がある、といえないことがなんとも歯がゆい部分でもあった。

  かといって動かぬ証拠を押さえてきた余市へ怒りの矛先が向くかと問われると少なくとも現時点での僕の心情としてはそうではなく、むしろ粗暴なようで堅実そうな素振りは実際どこか好印象に映っている。エンペリオンで感じたみたいにヤツとの噛み合わせもそこまで悪くなさそうだった。きっと、今後心強い仲間になってくれることだろう。

  されど現実に戻ればそんな悠長な希望的観測を考えている場合ではなかった。セバスちゃんさんの話を鵜呑みにすると現在、ここ404号室に向けアオイさんを狙った不良だか暴徒だかの軍勢が迫ってきているらしい。にしてもこのご時世、そうそうステレオタイプな野郎がいるものなのか?

  ドギャン!

  突如として玄関のドアが鈍い音を立てた。部屋にいる全員の視線が入り口へと集中する。外側が重い物体に打ちつけられたようで、扉が大きく歪んだ。……とうとう来てしまったみたいだ。

  「ようやくお出ましってところね。セバスちゃん、準備はオーケー?」

  「ええお嬢様、合点でございます。スタンバイ完了です」

  次の瞬間には扉が完全に外れて、頭で思い描いていたまんまゴロツキの格好をしたおよそ四十人いくばくかの獣人がこのスペースへなだれ込んできた。

  「ヒャッハー! 俺ら珍獣団、ここに参上!」

  「「「ここに、参上!!!」」」

  真っ先に土足でカチ入った切り込み隊長と思われるモヒカン頭のハイエナ獣人の手には、得物のつもりなのか立派なナタが握り締められている。これは明らかにマズい、1LDKとはいえどこんな狭い場所で暴れられては僕らに地の利もあったもんではないはずだ。

  「家族の父親、シューベルトのマズルカ、あの人ったら、なんてうまい話し方——!」

  気が付けば部屋の真ん中にきていたアオイさんが、またしても意味不明なコマンドを打ち込んでいく。するとちょっと前に起きた変動がまるで逆再生されたみたいに調度品や水回りが壁を接点に吸い寄せられて、空間全体が目にも止まらぬ速さで膨張し一面は広大な荒野へ内観を一変させた。本来なら先ほど同様、不可解さに愕然とする局面だが今となってはそうしてられる状勢ではない。

  「ぬぉお?! ——な、なんだこれは」

  バシュン

  「ぐっ……」

  僕と三八の代わりに中々いいリアクションをしてくれたモヒカン頭が突然胸を押さえてキューンと鼻を鳴らし、真正面から崩れ落ちる。不良たちが動揺する先にはアオイさんが、一昔前の代物と推定されるガトリング砲を構えギラギラした瞳を見開いてポーズを決めていた。

  「さぁて、狩りを楽しみましょう」

  そういい次から次へ、果敢なのか向こう見ずなのかただのバカなのかわからない果敢な不良たちを容赦も慈悲もなく蹴散らしてゆく。ただ見た限りでは外傷は与えてはおらず、着弾しているはずが流血沙汰にはなっていない状態だ。

  ダダダダダダダダ

  「ヒャハハハハハ!!!」

  それよりもアオイさんが完全にトリガーハッピーに入って底知れない笑顔を浮かべつつ楽しそうな声を上げていることがなによりも恐ろしい。人間って、あんなにも豹変するもんなのだろうか。

  「一朔と三八。傍観していても構わないが俺らにはやるべきことがある。あれを見てみろ」

  気づけば隣にいた余市が指し示した方向へ目をやると、撃たれて倒れた不良の一部が産まれたての子鹿のごとく足腰を震わせながらなんとか起き上がろうと必死こいている。

  「アオイが使うガドリング銃は強力な空気砲なんだが、運悪く当たりどころが良ければ復活する奴も出てくる。こいつらが非常に厄介で早めに対処しないとアオイが危ない」

  「じゃあ、どうしろっていうんだ」

  僕たち二人は未だ戦闘の雰囲気に馴染めず混乱している。一方、余市は至極冷静だ。

  「俺は」

  「チビどもめ、死に散らせ!!」

  早速、刺青の入ったトカゲ獣人が僕ら三人に素手で襲いかかってきた。思わず爪が飛び出す。

  「こうやって、」

  余市はトカゲ獣人の腕をパシッとつかんだ。そのまま振り上げて刺青トカゲが宙に浮く。

  「なっ!?」

  「ガキが一丁前に喧嘩売ってるんじゃねぇぞ、くそボケが!!」

  今度は棍棒を抱えた猪獣人がやってきた。狙いは余市らしくまさに振り下ろそうとしている。

  「危ない!!」

  「こうして再起不能にしている」

  余市は勢いをつけて猪獣人にトカゲ獣人を執拗に叩きつける。互いの骨の折れる音が数回して、その二人はものの見事に動けなくなった。

  「「かっは……」」

  「これが俺の“つかんでは投げる”戦法だ。まあ真似しろとはいわない。自分で戦闘スタイルを模索するんだ。それと殺しはするな、峰打ちで十分だ」

  「なるほど……」

  今更ながら判明したことではあるのだけど、余市は低身長の割に手腕のリーチ幅がとても長い。バンカラを着こなしているインパクトに、膝下までゆうに届く腕の長さが隠れていた。そこに加え強靭な体の持ち主となれば、俊敏なヤツを軽くあしらうなどお茶の子さいさいだったのだろう。

  「さて。そろそろ二人にも少しは倒してもらおうか」

  「……本気で言っているのか」

  「ああ勿論。それに、俺は足が極めて遅いせいで迎撃が専門だからな。それじゃよろしく頼んだ」

  そういって余市は別の敵を探しに、ゆっくり歩いて去った。“倒してもらおうか”と指示されても何をすればいいのか一切わかっていない僕はあっという間に四人のアウトローな獣人に囲まれて、オロロオロロとたじろいでしまう。

  「コイツ、もしかしてメスじゃね?」

  「馬鹿言え。制服からして男だろ」

  「でもよーく見るとかわいい顔しているよな、抱き心地も良さそうだし」

  「あー最近は抜いてないせいで玉が重くて仕方ねぇんだよな。持ち帰って何人かでマワすか」

  なにを相談し合っているのか全く理解できないが、なんだか馬鹿にされているニュアンスだけは伝わってくる。僕はこれでも男だ。その気になればこの爪でバラバラに引き裂いてやることだってできる。フーッと全身の毛が逆立ちヒゲがピンと張り詰め、本能ともいえる黒い意思が渦を成す。

  「イッサ!!!!」

  獣人たちに跳びかかろうとしたタイミングで、三八が駆けつけ僕の前に立った。手にはお手製の五寸釘ナイフ。確か小学生の頃にヤツが自由研究で作った物に間違いない。まだ持っていたのか。

  「ここでイッサに手を出してみやがれ、お前らのタマキン切り取ってやるぜ!!」

  空いばりだと目に見えているのか、獣人四人は僕ら二人にせせら笑いを浴びせてくる。

  「おチビさんが二匹揃おうが大の大人に敵うわけないのに、何やっているんだか」

  「おい白いの。その黒猫がダチだか親友だか知らねぇが、そんなに大事な奴なのかー?」

  「イッサは親友より大切な仲間だ、オレが絶対に守り通す! それと大の大人とやらがガキンチョ脅してけなして楽しいって、どっちがクソなんだって小さいオツムで考られえねぇのか?」

  「……てめぇ、今なんていった?」

  獣人の一人があからさまに青筋を立てた。逃げようにも退路が塞がれている、万事休すか——。

  その時、前方からすさまじい轟音がして手を出そうとした獣人がぶっ飛んだ。余市が来た。表情は牙を剥いておぞましい笑みを浮かべ、ひどく興奮しているように見える。

  「その気骨、気に入った!!!」

  余市は僕と三八の足を両の腕にむんずとつかむと、剛力であたかもヌンチャクを扱うかのごとく回転させ始めた。三半規管が壊れそうになる。正直吐いてしまいそうだ。目の前の景色がまたたく間に変わっていき、脳の処理がほとんど追いつかない。それでも辛うじて手の甲がジンジンと痛む感覚で、残った不良を裏拳で一網打尽にしていることだけがわかるのだった。

  「おせっかいやき、彼が正しい、あれはなに、強制的な終止形——」

  ズズズズズズ

  部屋は元のワンルームに戻った。[[rb:満身創痍 > まんしんそうい]]の不良どもが天井近くまで積み上がっている以外は。

  「うーん、案外あっけなかったかな〜」

  アオイさんの気だるげそうな声が、緊張の糸が切れヘトヘトに疲弊した僕たちの耳を通り抜けてゆく。廃墟探検以上にめちゃくちゃな展開が連続して、しばらくは物事をまともに考えられそうになかった。窓からはちょうど日が落ちかかった空が覗いている。お腹が鳴って仕方がない。

  「あ、これ渡さなきゃ。中身を確認してみてね!」

  アオイさんは一人ずつ封筒を手渡してきた。なんだろう、これ。とりあえず開けてみる。

  「一万円札五枚、ちゃんとあったかな?」

  五万円……五万円?!! お年玉ですらもらったことのない大金が、僕の手元に存在している。

  「おいコラ待て、なんなんだよコレ」

  ヤツが露骨に取り乱していた。大金が嬉しくはないのだろうか。

  「ちょっとしたお礼だよ! 別に怪しいお金じゃないから安心して」

  「……ったくよぉ」

  セバスちゃんさんがへばった不良の山を片付けにかかる。余市が目の前にきておもむろに学帽を脱ぎ、僕たち二人へ深々とお辞儀をした。

  「今日のところは本当にありがとう。きっと大変だったことだろうから、ゆっくり休んで欲しい」

  「大変なことだとわかっていて人を脅してまで巻き込むなっての、このバンカラ野郎」

  「それと」

  三八が早々に帰ろうとしている最中、まだ言い足りないことがあるのか続けざまに話す。

  「俺は二人の仲、結構いいと思う。応援しているから特に三八には頑張って欲しい。またな」

  ヤツの顔が見る間にも真っ赤っ赤に染め上げられていく。

  「に、二度と来ねぇからな!! それと、次会うことがあれば覚悟しておけよバーカ!!」

  アオイさんとセバスちゃんさんに挨拶を言い残して、僕は三八に手を引かれるままバイバーイの声を後ろに、お金を何にどうやって使おうか回らない頭で薄ぼんやりと悩んでいた。

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