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宝探し

  『ブラボー。よくやった。

  [[rb:Beetle > ビートル]]0691はあなたが探し求めているだろう“宝の地図”をここに表示した。この案内に従えば宝のありかはきっと見つかる。

  それと必ず手土産を忘れるな、幸運を祈る。

  35°51'9.06"N139°2'27.27"E』

  “Beetle0691”はウェブサイトなのかソフトウェアなのか。それすらわからない中学生であろうとも意味ありげな英文と謎の数字、そして宝のありかを示す羊皮紙の質感にも似た地図にロマンを[[rb:抱 > いだ]]かない男子は存在しないといって過言ではないだろう。

  しかし暗号の解読に奮闘した僕たちはすっかりお[[rb:腹 > なか]]が[[rb:空 > す]]いていた。エネルギーを使い果たした頭に宝の地図は荷が重すぎる。どうしたらいいかと集中が切れて上の空な僕と床にペタンと座り込み同じふうにしている[[rb:陸斗 > りくと]]に対し、[[rb:三八 > さんぱち]]はメインマシンのモニターをパシャリとスマホで撮影した。やはりヤツのオカルト好きはこういった宝の地図を[[rb:蒐集 > しゅうしゅう]]するこだわりにも意識が向くものなのか。

  「こうしときゃ後でいくらでも見返せるだろ? オレも疲れちまった……」

  三八は自由奔放に見えて意外と抜け目がない。常に最適な行動をその状況において心がけている節は幼少期の頃より感じられる性格で、いつしかそれに半ば信頼を寄せていた。

  「イッサとリクト。メシ行こーぜ、メシ」

  「うん……そうしよっか」

  「とんだ難問でしたね、一旦お二方にもこの[[rb:顚末 > てんまつ]]をお伝えしましょう」

  ヤツと陸斗の提案には同意だ。腹が減っては戦ができぬのであれば、なにか物を食べる他ない。シャットダウンを済ませたデスクトップルームは再び薄暗闇に包まれる。[[rb:未 > いま]]だあとを引くファンの稼働音を振り払って一戦を終えた僕ら三人は、情報センターを出てフラフラの足取りで中央棟へと向かったのだった。

  「——とまあカクカクシカジカで今に至る」

  「なるほど。そっちはそんなトラブルがあったんだな」

  「おい[[rb:人行潟 > にんぎょうがた]]三八!! なぜそのような面白いハプニングがあったというのに私を呼ばないのか!?」

  予想通りそっけない[[rb:余市 > よいち]]の反応と予想通りまくし立てる[[rb:那仂 > なりき]]の反応は、とうに日常風景のそれへ近づきつつあってあの異常な空間を抜け出せた現実を知らしめられるようで心底安心する。

  「すこし落ち着きなよ、わざわざロビーじゃ狭いからと無理いってここを貸してもらったんだし」

  「[[rb:骨躙 > ほねにじり]][[rb:一朔 > いっさ]]だってそうだ!! 私にかかればそれしきの暗号、いとも[[rb:容易 > たやす]]く解読できたろうに……」

  ここは中央棟三階第二会議室。ヤゲンさんから昼食休憩のため臨時でスペースを開放する許可を得て、余市と那仂に合流して先ほどまでの一部始終を伝えている。そして宝の地図をどうするべきなのか持ち出し作戦会議にシャレ込もうとしていた。当然ヤゲンさんには秘密の会議だ。

  見たところ、那仂は所長であるくせして仲間外れにされた冷遇にたいそうご立腹らしい。

  「お前を呼ばずともオレたちで解決できたんだからいいじゃねぇか。それで “Beetle0691”ってのはナリキもその存在を知らなかったんだな?」

  研究所には食堂や売店が存在しない代わりに自動販売機のラインナップがひどく充実している。飲み物の品[[rb:揃 > そろ]]えはもちろん、カップラーメンと菓子パンに果てはあご[[rb:出汁 > だし]]やらもつ鍋の具材など、もはや需要とはなんなのかを考えさせられるような物品が立ち並んでいて驚いたものだ。

  今朝すっかりなにをお昼にするか忘れたまま出かけてしまった自分はあんパン二つと牛乳に助けられていた。

  「研究所内のセキュリティー及びシステム管理はカヲリに一任している。英文の内容より推考するにおそらく本来は暗号とは別の手法を用いて情報にアクセスするタイプの通信だったのであろう」

  改めて考えてみれば英文に“必要クリアランス”と記載があったことを思い出す。すなわち正規の方法でなんらかの資格を有していれば、暗号を解かずとも宝のありかにたどり着けたケースが予測できた。

  「ナリキってさ、自分の身分を所長って名乗ってんけど普段はなにやってんだ?」

  弁当箱いっぱいに詰め込まれたざる[[rb:蕎麦 > そば]]を器用にすすりながら三八は[[rb:直截 > ちょくさい]]に疑問をぶつける。

  「私のことか? ふふん、所長たるもの優秀な部下を信頼して実に成り立つ役職なのだ。[[rb:逐一 > ちくいち]]指示を与えていては各々の研究を停滞させかねないのならば黙って成果の行く末を見守る他あるまい」

  「ほーん。とどのつまりなにもしていないんだな、よーくわかった」

  歯に[[rb:衣 > きぬ]]着せぬヤツの物言いに[[rb:箸 > はし]]でつままれた冷製カレーうどんの汁がピチャッとはねて白衣へと黄色いシミを色濃く残す。なんで洗濯するとき困りそうな組み合わせをあえて選んだのかさっぱり理解できないものの、普段は自信過剰な那仂が目に見えて動揺する姿はどこか滑稽に映ったことも事実だった。

  「那仂さんが知らないってつまりヤゲンさん[[rb:宛 > あ]]てのメッセージだったんですかね? でもあの暗号は明らかに僕らへ向けて出題された挑戦状みたいに感じました……どういうことなのでしょう」

  陸斗は手持ちの輪切りにされたバケットをミネストローネにひたしつつ、なにか心ありげにかき混ぜている。

  「暗号の出題者に関してそれ以上深追いするのは一度保留にしておいたほうがいい。どれもむやみな憶測の域を出ないのであれば、より堅実な手がかりを求めて行動するべきだと俺は思う」

  塩こんぶとしらすが混ぜ込まれたおにぎりをほお張る余市は気もそぞろな僕たちとは対照的に、つとめて冷静な対応を心がけているみたいだ。場数が違う分こういった事態にも慣れっこなのか。

  「そんでこれが——Beetle0691とやらが託した“宝の地図”、ってわけだ」

  三八が長机の中央にスマホを置いて、さっき撮ったばかりの写真を画面いっぱいに拡大した。

  「あ、改めて見ると本当に誰もがイメージする宝の地図そのままですね……」

  「まさに陸斗の言う通り“らしさ”にあふれた代物だな。意味深なマークといい複雑な経路といい、昔どこかで見た思い出すらあるかのような懐かしさを覚える」

  「英文と宝の地図に書かれているこの数字は同じ物なのかな? またなにかの暗号だったら困るんだけどさ」

  全員が立ち上がり机を取り囲んでスマホを[[rb:覗 > のぞ]]き込み、それぞれの[[rb:抱 > いだ]]いた感想を口々に言いあう。

  「コホン。諸君、ノスタルジーに浸っているところ申し訳ないが私はこの地図に覚えがある」

  [[rb:咳 > せき]]払いのあと飛び出してきた那仂の思わぬ発言に、その場にいる全員の注目が集まる。

  「どういうことだ? 那仂、知っている情報を話してくれないか」

  余市が真っ先に飛びついて詳細を聞き出すため正面に向かい合った。

  「そう焦らずとも問題はない、地図の構造を見て思い出したというだけのことだ。記憶に間違いがなければ……これは[[rb:月原 > つきはら]][[rb:鍾乳 > しょうにゅう]]洞ではないかな? 謎の数字は所在地を表した座標だと推察される」

  月原鍾乳洞。確かにこのループ状の経路は鍾乳洞や洞窟のそれを[[rb:髣髴 > ほうふつ]]させる。けどもなぜ那仂は具体的な場所と地名まで断定できたのか? なにか引っかかる。

  「そう懐疑的な面持ちを見せてくれるな諸君よ。二年前の六月だったか、カヲリが鍾乳洞の生態系を調査する依頼を自治体より任されて所長である私が承諾する際この地図とそっくりな内部資料を提示されたのだ。現地入りこそしてはいないが行き方は重々把握している」

  ヤゲンさんが現地を調査した……つながりとしてはまだ弱いけれど暗号の出題者かつ宝の地図を送ってきた人物が研究所となんらかの接点を持つ可能性はこれで十分あり得る。また那仂の口ぶりを信用するにたぶんこの件に[[rb:噛 > か]]んでいるのは、あまり考えたくない邪推だけどヤゲンさんをおいて他にいないだろう。誰かしら“Beetle0691”に引っかかると踏んだ上でメールを放置しておいたのかもしれない。しかしどうにも奇妙だ。あの暗号が僕ら四人の知能を試すものだったとして、それをあれほど回りくどい方法で行う意味は果たしてあったのか。相手側の目的がつかめないどころかむしろ[[rb:掌 > てのひら]]の上で踊らされている気さえする。向こう側の思惑はこちらの想像する以上に根が深いと思われた。

  「ナリキが言ったみたいに謎の数字は月原鍾乳洞入り口の座標を指しているな——っておいおい? 『行方不明者が出た』?? 『心霊現象多発』??? ……へへぇ、こりゃ面白くなってきやがった」

  僕がなんとか推理をひねり出そうとしている間にやっこさんは一人で勝手に楽しくなっている。この天性のオカルトマニアめ、と毒づきたくなる気持ちをどうか許して欲しい。ウンザリなんだ。

  「えっ。ただの鍾乳洞じゃないんですか?! 僕お化けは苦手です……逃げてもいいですか?」

  「ダメに決まってんだろ。こういうのは皆んなで行くからこそ楽しいってもんだ。それにイッサもヨイチもついてくんだから安心しろって、な?」

  「うぅ、……一人残されるのもイヤなのでついて行きます」

  ヤツに振り回される被害者の気持ちは身に染みてよくわかる。今まで僕がいたポジションに陸斗が加わったというのが実態だ。心底同情はするけれど、決して肩代わりしたくはない。この選択が裏目に出なければいいのだけれど。

  「人行潟三八、研究所所長を忘れてもらっては困るな。今回の案内役は特別に私が買って出るぞ」

  「おうおう頼むぜナリキ! それで月原鍾乳洞へはこっからどうやって行くんだ?」

  「基本的には電車とバスを乗り継ぐルートになる。まずは[[rb:蒼橘 > そうきん]]線の終点まで赴き元鍾乳洞前行きの私営バスに乗って、歩いてすぐだ」

  那仂の便乗により鍾乳洞へと向かうことがほぼ確定してしまった。宝の正体さえ知らないのに、それ以前に暗号を出題してきた人物とヤゲンさんの意図が不明のままなのにコイツらホントに正気なのかといぶかしく思う。この面々は楽観的ってよりいささか能天気が過ぎるやもしれない。

  それでいてなお、不可解なる現象は気づかぬうちに続けざまにして目の前で起こり得るものだ。

  「なあ[[rb:筒木府 > つつきくら]]余市、私はどうしても[[rb:沢庵 > たくあん]]漬けが食べたいのだ。よければ恵んでくれはしないか?」

  「しつこいぞ那仂。……ほら。俺はもう腹は空いていない、ついでにおにぎりも一つ分けてやる」

  「案外愛想のいい部分があるではないか、なら私もデザートであるスイカを差し上げるとしよう」

  あろうことか先刻まで仲[[rb:違 > たが]]いしていたはずの二人が昼ご飯を交換している。おにぎり一個と漬物が入った竹カゴを手渡す余市は、心なしか耳を寝かせて照れているふうにも見えた。那仂も那仂で茶目っけに満ちあふれた笑顔を浮かべ尻尾を振っている。

  「なあイッサ。ヨイチとナリキってあんな仲良かったか?」

  ヤツがコッソリ僕へと耳打ちしてきた。懸命に暗号を解いていた裏でなにがあったか僕たちには知る由もない。

  「さあ……たぶん工作場で和解するような出来事でも起こったんじゃないかな」

  「あたかも旧知の仲みたいですよね、仲[[rb:睦 > むつ]]まじいのはいい兆しです」

  時刻はすでに昼の2時を回ろうとしている。三八と陸斗が信じられない光景を目の当たりにしているかのごとく不思議そうに見つめているのに対して、余市と那仂はそれを気にもせずはばかりもせずに平然と二人しかいない空気を醸していた。……こんなチクハグなパーティーで本当に宝探しなんて可能なんだろうか。

  中学生の平凡な一日は、数時間のうちに冒険じみた非日常へと[[rb:変貌 > へんぼう]]した。先日の廃病院での一件で十分お腹いっぱいなのに運命か偶然は、それを許してくれないらしい。ただ異なるのは二人きりの探検が五人へとやや大所帯になったくらいだ。なんも変わりやしないと嘆く自分と同時になにか変わると信じてしまう自分がいるのを感じる。夏の[[rb:三幕九場 > さんまくきゅうば]]は、いよいよ大詰めに差しかかった。

  [newpage]

  「イッサ。おいイッサ、起きろって」

  [[rb:三八 > さんぱち]]の声が聞こえる。かれこれ小一時間は目を閉じていたか、お昼を食べたせいで眠たくなってしまい電車では睡魔と格闘していたもののバスに乗った途端すとんと寝入ってしまったのだった。山道を行く振動とエンジンの[[rb:轟音 > ごうおん]]に意識はまとまりをゆっくり形成していって、寝ぼけまなこを薄く開けば[[rb:申 > さる]]の刻半ばに差しかかった西日が強くつき刺さる。まぶしさとは裏腹に[[rb:欠伸 > あくび]]が湧いて出た。

  「ふあ〜」

  「皆んな目ぇ覚めたか? そろそろ終点だ、降りる準備すんぞ」

  車内には例に漏れず僕ら五人以外の乗客は見当たらない。それどころか感覚が正しければバスはどの停留所に止まることなく途中で誰一人拾うこともなく、[[rb:蒼橘 > そうきん]]線の端である[[rb:奥丹山 > おくたやま]]駅を出発して今の今に至るまでひたすら走行を続けていた。こうも[[rb:辺鄙 > へんぴ]]な一帯だと車での移動が基本となる結果ほとんど交通機関は利用されない状況にも納得がいく。

  「僕、いつの間にか寝てしまっていました……ここはどこなんでしょう」

  「ついさっき小さな集落を通り抜けたところだ。俺はずっと起きていたんだが延々と山の中を通るのみで特に目を引くものはなかったな」

  「そんなことはないぞ諸君、元来[[rb:月原 > つきはら]][[rb:鍾乳 > しょうにゅう]]洞は観光地だった過去もあり清らかな渓流や都の水道局などが整備されていて避暑を楽しむための施設は依然として健在なのだ。もっとも鍾乳洞の閉鎖が決まってしまってからずいぶん寂れてしまった現状も、悲しいかなまた事実だが」

  ときどき[[rb:那仂 > なりき]]の造詣には目を見張るものがある。研究所を[[rb:発 > た]]つ前ヤゲンさんに宝の地図と暗号の一部始終を当然そのまま伝えられるわけがなくどんな建前にして茶を濁すべきか[[rb:揉 > も]]めたときにも、[[rb:余市 > よいち]]が工作場に必要な資材を買いに行くので同行するといった体を提案して実際に事が[[rb:上手 > うま]]く運ぶよう調整してくれたのだ。ファーストコンタクトこそ最悪だった評価はくつがえりつつあった。

  『元鍾乳洞前に到着します。お荷物をお忘れなきよう、ご注意下さい』

  降車を促すアナウンスが流れてじきに速度はゆるやかになる。不気味なほど静まり返った地点に僕たちを残しバスはそそくさと、まるで一刻も早くこの場を立ち去りたいみたいに走っていった。山が背に立ちはだかる獣一匹の影とて見つけられないバス停には名ばかりの街道案内が申し訳程度に示されており鍾乳洞までの順路もそこに掲げられている。ひとまず歩いての移動になりそうだ。

  「ナリキ、ここまで来たはいいがどうやって閉鎖された鍾乳洞に入るんだ? ヤゲンが調査とやらを依頼されたときみたいにはいかないと思うんだが……」

  あまりの閑散っぷりにおののいたのかヤツの口調にかすかな不安が感じられる。僕も正直いって不安だ。誰もいない空間に中学生が五人、なにが起きてもこの面々で解決しなければならない。

  「臆するな[[rb:人行潟 > にんぎょうがた]]三八。スマホに保存してある宝のありかを開いて私たちがいる現在地と、地図の記載をすり合わせたまえ。このような場合ヘタに動けば位置を見失って迷いかねない」

  「わ、わかった。……イッサもすこし手伝ってくれ。オレさ、スマホのナビには従えるけど紙媒体の地図はてんでダメなんだ」

  「いいよザッパ、こっちにも見せて」

  こういうところで個々の性格差が如実にあぶり出されると僕は思う。ヤツは分析や推理の能力に[[rb:長 > た]]けている一方で意外と場の雰囲気に[[rb:呑 > の]]まれやすい。本質的には[[rb:脆弱 > ぜいじゃく]]な自分を隠すためにあらゆる保険をかけて将来起こり得る問題に対処するタイプといえる。

  逆に僕や那仂みたいな性格は、独自の世界観に固執しやすい代わりに場を保持することが比較的得意だ。現在リーダーシップを発揮しているのが那仂である形勢も周囲の気持ちを[[rb:汲 > く]]み取りどんな言葉をかければ皆を落ち着かせられるか把握しているが故の帰結だと説明がつく。

  であれば余市と[[rb:陸斗 > りくと]]はどうなのか問われると、二人は場をありのままに捉えられるのでそもそも感情や洞察といったまどろっこしい技術に頼る必要がない。現に余市は慌てることもなく動じない姿勢を維持しているし、陸斗も憶測に左右されはするけれど至ってひょうひょうとして河原の風景をウットリ眺めている。のんきか。

  「遊びに来るのにはまさに打ってつけの環境なんですけどねー」

  「陸斗、だいぶマイペースだな……俺もこんなことならカメラを持ってくればよかった」

  そんな二人の会話を聞くのもそこそこに宝の地図へ目を落とせば記号らしきシンボル群が洞内を交差する経路の途中にいくつも見受けられた。本来の出入り口である部分には赤いバツ印が大きく描かれており、正面突破が現実的でないことは明らかだ。仮にバリケードや有刺鉄線など乗り越えられたとしても鉄の扉が立ち塞がればそこで冒険は終了してしまう。

  とすると誘導が指し示す鍾乳洞へ潜り込むための隠された抜け道とは一体どこなのか。より集中して地図を読み解こうとする。

  「あっ」

  「おや? どうしたのだ[[rb:骨躙 > ほねにじり]][[rb:一朔 > いっさ]]、らしくない声を上げて」

  「一回地図アプリを開いて欲しい。ちょっと確認したい箇所があるんだ」

  たぶんおそらくで決めていいルートではないはずなのに、無意識がそうしろと命じているサインを今確かに汲み上げた。けど同じくこの予想が当たって欲しくないといった自分も存在している。だって、そこは——。

  「……やっぱり、か」

  「なにかわかったんなら早く教えてくれよ。ほとほとオレらにゃ見当がつかないんだ」

  納得と落胆の感情をまぜこぜに[[rb:露 > あら]]わとする僕を三八と那仂は心配そうにうかがっている。正直、これを言ったら言ったで二人が当惑の反応を見せる事態は避けられまい。しかし言わなければ行軍はこのまま足踏みしてしまうこともとっくに事実でしかなかった。苦々しい心持ちで、やおら口火を切る。

  「鍾乳洞への侵入口は、……その。公衆トイレに、隠されているんじゃないかな」

  「へ?」

  「ふむ」

  言った、言ってしまった。すぐさま冷たい視線が襲ってくる……と思いきや、その主張に至った[[rb:経緯 > いきさつ]]を心待ちにしているふうに両者下顎へ手を当てて意見の妥当性を吟味している様子を見せる。

  「なぜ公衆トイレに入り口が隠されていると考えたのか説明してもらえないだろうか、骨躙一朔」

  思案げな深い声色は、いつもの那仂が発するそれとは明白に異なっていた。問いかけられるまま慌てて脳内に点在している情報をまとめ上げる。

  「ええと、宝の地図は鍾乳洞内の経路を表しているはずなのにトイレマークがわざわざ載っていることが根拠としてまず第一に挙げられると思う。公衆トイレは鍾乳洞の外に当然設置されている、でもこうしてこの地図にあえて書かれているのはなにか意味があってのことだと考えたんだ」

  「ほう。では第二の根拠はあるのか?」

  「うん。次に地図アプリ上で公衆トイレがどこに位置しているのか確認してみた。本当に宝の地図と外部の地図を重ね合わせたわけじゃないから断定には心[[rb:許 > もと]]ないけれど、鍾乳洞上部に公衆トイレが建っていることも見て取れたんだ。以上より公衆トイレ付近を探せばなにかしら足がかりが発見できるかもとひらめいたんだけど……二人に異議はある?」

  直感を言語化する行為は、相手を納得させるといった点においてかなり難しい。あやふやで浮気な思考を無理に形へと仕立て上げるまでには多大な労力を要する。口が達者なほうではないと自覚している分、言いたかった内容がうまく伝達できているといいのだけれど。

  「なるほど。よくぞやってくれた骨躙一朔、我々にアイデアが浮かばない状態でこれほど具体的な方針が提示されてしまったのならば一理もなにも従わない手はない。人行潟三八はどう考える?」

  「オレも同感さ。異議なんて出てこやしない、[[rb:流石 > さすが]]はイッサってところだ。それに公衆便所が秘密の隠し通路ってのは探索ゲームじゃ[[rb:常套 > じょうとう]]手段なんだよ。まさか現実の世界でゲームみたいな要素を体感できるとは思ってもみなかった……ガッツがブチ上がってきて悪くない気分だぜ!」

  ヤツがいつも通りのテンションへ戻ってくれたことに、僕は隠れて[[rb:安堵 > あんど]]のため息を漏らす。三八にはやはりアホでいて欲しい、僕が不思議なアイデアを持ち出せば持ち出すほどやっこさんが冒険に心を燃やしてよりまばゆくさせる連鎖がなによりも[[rb:嬉 > うれ]]しい。仲間が五人と増えていても僕と三八が[[rb:一蓮 > いちれん]][[rb:托生 > たくしょう]]である関係に変わりなどなかった。

  「どうやら三人とも話がまとまったみたいだな。俺と陸斗はなにをすればいい?」

  「ヨイチ、全員で公衆便所に駆け込むぞ!」

  「は? ——ああ連れションか。漏れるなら早くそう言えばいい」

  いや、違う違う。ヤツの発言は字面だけ見ればそう捉えるのが自然ではあるけど別に催しているわけではない。これ以上勘違いが広がって欲しくないので僕の仮説を余市と陸斗へくれぐれも誤解を招くまいと必死に説明する。

  「公衆便所に鍾乳洞への抜け道が隠されていると? ちょうどいい、俺の探知能力を軽く肩慣らしさせてもらうとしよう」

  「公衆トイレに隠し通路ですか。……ホントは言わないほうがいいんでしょうけど僕、汚い場所は苦手です」

  案の定にも案の定な陸斗の感想が他三人にも上がってこなかったことは、幸いと捉えればいいのだろうか。とにもかくにも目的地が定まった僕ら一行は鍾乳洞前にある公衆トイレに向かって足を動かし始めた。

  渓流を尻目に街道の奥へ踏み入ってあたりを見渡せば無人の神社だの朽ちかけた売店だの空っぽの駐車場だの廃棄されて久しい周辺施設が営業当時の活気を物語る証人のごとくたたずんでいて、さながらこの土地に[[rb:縛 > しば]]られた亡霊みたいだなと僕はおかしくも悲しくもない笑みを薄く浮かべる。

  「あの、先ほど行方不明者が出たとか心霊現象多発とか聞いたのですけど実際どんな[[rb:曰 > いわ]]くがあるのでしょうか。廃棄された理由に関わっていたのであれば本物の心霊スポットなんじゃないかって、穏やかならぬものを感じてしまいます……」

  「ああオレが言ったアレが気がかりなのか? 心配すんなリクト、所詮はネット記事にありがちな尾ヒレ満載の有象無象が作り出した[[rb:噂 > うわさ]]話の一つさ。鍾乳洞が一般公開されなくなったってのも主に環境保全のためだとホームページに書いてあった。無論、オレとしてはオカルトだったらなんでも大歓迎なんだがなぁ〜」

  「さっ、三八さんってば怖がらせないで下さいよ!!」

  うらめしやーと定番のポーズをして目を[[rb:吊 > つ]]り上げおどかしてみせるやっこさん。ウシャシャシャと妖しげに笑う姿は廃病院での怪談師モノマネを思い起こさせて、こっちまで愉快な気分になってしまう。そういえばこれから乗り込む鍾乳洞も廃棄されたものなので広い意味では[[rb:廃墟 > はいきょ]]に該当するのかもしれない。結局のところ僕と三八は人が立ち去っていった空間に引かれる[[rb:性質 > タチ]]なのだろう。

  ヤツが幽霊になったとしても決して同じ場所にとどまりはしない、自然とそう思う自分がいた。

  「お。ずいぶんかかったがようやっと到着か、鍾乳洞前もなにも真ん前じゃねぇの」

  「今日だけでかなり歩いてしまった……すこし涼ませてくれ」

  余市は足をさすって荒い呼吸を繰り返している。確かにここまでの道のりは平坦だとは言えず、足を動かすことが苦手であればかなり消耗してしまうに違いなかった。

  目の前に色あせた男女のマークが[[rb:呈 > てい]]された、ここ数年は管理されてないと予想される公衆トイレが現れて一行は立ち止まる。ここに鍾乳洞への隠し通路が存在するのか。内部はどうなっているか確認するため僕が先陣を切ろうとしたその時、へばっていたはずの余市がすっと飛び出してなんの意図か便所の裏手に回り込んだ。

  「おーい、ノグソがしたいからって無理に隠れる必要はねぇんだぞーヨイチ?」

  「野[[rb:糞 > ぐそ]]じゃない。全員こっちに来い、見つけた」

  “見つけた”って……まさか。身をよじらせて木々が生い茂る中を進み、余市のあとを追って裏手に出るとそこには幅3[[rb:m > メートル]]もない[[rb:袋小路 > ふくろこうじ]]の砂利道とすぐ真下に川の流れる崖が広がっていた。

  奇妙なのは[[rb:錆 > さ]]びた鉄の板に塞がれた用水路らしきものが通路の中央に位置していることだ。

  「ここだというのだな? 宝の地図が示す鍾乳洞への入り口とは、[[rb:筒木府 > つつきくら]]余市」

  「ああその通りだ。ここを下に行けば鍾乳洞に続いている」

  …………。やっとの思いでといいたいところなのに皆、一様に押し黙っている。鍾乳洞と聞いて地下に潜るのは避けられないはずとわかっていたのに実際こうも身構えている僕たちがいた。無事脱出できるかなんて保障はどこにもない。もはやここを降りれば待つのは[[rb:永劫 > えいごう]]に光の届かない暗闇ばかりだ。そんな中でたかが男子中学生五人になにができよう。

  「ヨイチは、なんでここが入り口だとわかったんだ?」

  自分か全員の緊張をほぐすためか、三八はおどけた物言いで率直な質問を口にした。

  「空気の流れだ。むさ苦しい外気に混じって天然の冷気が鼻をついた。それに聞こえないか? 川の流れ以外に反響する水のせせらぎが」

  「ホント感覚が鋭いんだな、オレはこうやって上に来てはじめて耳に届くか届かないかだ。改めてその探知能力には脱帽するぜ、……」

  ヤツは次の言葉を続けようにも見つからないのか、再び静寂が支配する。まだ[[rb:逢魔時 > おうまがどき]]には早いというのに五人の影がイヤに引き伸ばされ、怖がりだと口々に[[rb:揶揄 > やゆ]]し合っているふうに感じられた。——やるしかない。

  「降りようか、下へ」

  「一朔さん!? ダメです、鍾乳洞にはなにが待ち構えているかわかったものじゃ——」

  「それ以上は話すなリクト。イッサはオレがビビって言い出せなかったことを言ってくれたんだ、ここで立ち往生なんざしていたら日が暮れちまう」

  陸斗の言わんとしていることはわかる、そしてその気持ちも。すこし前までは僕も“そっち側”にいたからだ。でも今は違う。物事の真相に触れてみたい。しかと真実をこの眼に焼きつけたい。

  「俺が鉄板をどかそう。まずは三八と一緒に地下へ降りて安全を確かめる」

  「おう、任せたぜヨイチ」

  数十キロはあろう[[rb:重 > おも]]しが、いとも簡単に余市の手によって持ち上げられる。鉄の板に長らく封印されていたであろうそれは[[rb:涸 > か]]れ井戸のごとくポカリと大人一人が十分に通れる大穴を開けていた。違うのは鉄製のハシゴが側面に取り付けられていることぐらいだ。

  「この先に行くのですね……」

  陸斗が暗闇を[[rb:覗 > のぞ]]いてポツリと[[rb:呟 > つぶや]]けば、声がふわりふわりはね返ってくる。後ろでは廃病院のときにも用いた懐中電灯が[[rb:上手 > うま]]く動作するか三八がテストしているみたいだ。

  「諸君。探検の準備は整ったかな? これより我々一行は鍾乳洞内部へと突入する」

  「いやナリキはあとから降りてくるんだろ……けど号令をかけてくれるのは本格的な探検って気がして、なんだか興奮してくるもんだな」

  「ふふ。私は[[rb:片南 > ひらみなみ]]研究所所長、[[rb:鳥居越 > とりいこし]]那仂だ。それでは二人とも……くれぐれも気をつけたまえ」

  どこから取り出したのかヤツはハシゴの先端に縄をくくりつけ、自分と余市の腰まわりに金具を装着して簡易的な命綱とするつもりらしい。グッとほどけないことを何度もチェックして、こちらに向き直る。

  「先に潜っているぞ」

  「おうよ! んじゃ、行ってくる」

  そう言って三八は余市のあとを追いハシゴをスタスタと降りてゆく。二人の無事を祈るしかないとため息をついて十数秒もせずに反応があった。

  『底に着いたぜー。三人とも早く来いよー』

  祈りとはなんだったのか。返事をする間もなく那仂がハシゴに手をかけ猛然と滑り降りていき、地下で驚きと笑いの声が上がる。残されたのは僕と陸斗の二人のみとなった。

  「下はずいぶんにぎやかだね。……お先、合流しているよ」

  まったく動き出す気配を見せずにうつむいたままの陸斗を不可解に思いつつハシゴに向かおうとするなり、突然制止の手につかまれる。

  (え?)

  陸斗は[[rb:怯 > おび]]えか怒りかすらわからないような震えで[[rb:身体 > からだ]]中が覆い尽くされていた。されど向られたまっすぐな赤い瞳には、明らかになにかを伝えたいという意志が感じられる。

  震えがしばらくして収まったあと、陸斗はボソッと重い口を開いた。

  「一朔さん……。あなた、このままだと死にますよ」

  生暖かい風に乗るかき消されそうな声は、僕の黒毛を舐めるようにして通り抜けた。

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