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ワナ

  階段よりおよそ1キロ離れた先に待ち構えているらしい人の[[rb:気配 > けはい]]をたどってゆくと、行き着いたのは大広間とでもいうべき開けた空間だった。道中では何度大岩にぶちあたったのだろう。何度地蔵を見かけたのだろう。地図がなければすぐさま迷い果ててしまいそうな洞窟内には不気味と感じられる物体が数知れず存在していたものの、なにもあろうはずないの場所からかすかに聞こえてくる、男とおぼしき二人組がなにかをボソボソとつぶやいているノイズ混じりの声ほど、[[rb:得体 > えたい]]の知れない現象は他にあるわけもなかった。

  (いったいなにを話しているんだ?)

  僕たち五人は現在、明かりも[[rb:点 > つ]]けず大広間の入り口に息を潜めて声の正体が何者なのか突き止めに動いている。[[rb:三八 > さんぱち]]は手製の[[rb:五寸釘 > ごすんくぎ]]ナイフをジャララと取り出し、[[rb:余市 > よいち]]は肩をポキポキと鳴らしているなど臨戦態勢だ。僕も僕で爪をくり出そうと懸命に念じているのだけれど、先ほどの出来事がどうにも引っかかって緊張しているのか押し黙ったまま思ったように動かない。怨霊より聞かされた両手の爪に宿る猫又が気がかりで集中できていないのが実情ともいえた。

  ところで危惧しているのは[[rb:陸斗 > りくと]]はともかく[[rb:那仂 > なりき]]も丸腰であるという可能性だ。三人で一人を守るのならそこまで心配の必要はないけど、三人で二人を守るとなれば話は別になってしまう。もしも声の主が悪意ある人物であった場合には陸斗と那仂の身を守ったうえで応戦しなくてはならない。こういうときこそ“所長さん”の持っていそうな秘密兵器の出番じゃないかと内心期待しつつも現実はそう甘くはないのだった。

  「お前ら、準備はいいか?」

  「俺と三八が前に出る。[[rb:一朔 > いっさ]]は後方にて支援、那仂は陸斗を見守りながら待機していてくれ」

  ヤツと余市は全体に発破をかけて男二人のもとに挑もうとしている。殺した声に交じるかすかな震えと誰かが生唾を飲み込む音は静寂をかえって際立たせ、場の緊迫感が重たくのしかかってきた。

  「諸君、これは遂行にあたり我々の緊密性を強く要す奇襲だ……くれぐれも気をつけたまえ」

  「おうよ。じゃあ行くぞ——オラぁ突撃だッ!!!」

  アホが鋭い一人きりの[[rb:鬨 > とき]]をあげるやいなや、二人は声のする方向へと駆け出してゆく。僕と陸斗と那仂の三人は暗闇にいまだ慣れない視界のなかで、またたく間に離れていく懐中電灯の動きを追う。

  「大丈夫ですかね……お二方ともどうかご無事であってほしいです」

  「心配するな[[rb:乎弥擅 > をみゆずり]]陸斗。[[rb:人行潟 > にんぎょうがた]]三八も[[rb:筒木府 > つつきくら]]余市も決してやわな者たちではない。くわえて背後には[[rb:骨躙 > ほねにじり]]一朔と私という[[rb:鳥居越 > とりいこし]]那仂がいる、なにがあろうとも我々だけで対処できるといえよう」

  けどそんな激励の言葉とはうらはらに三分と[[rb:経 > た]]たずしてそれは起きていた。

  「…………」

  向かったはずの二人になんの反応もないのだ。おかしい、明らかに想定外の状況が発生している。

  「ちょっと様子を見てくるね。二人はここで待っていて」

  「了解した骨躙一朔、数分して戻ってこなかったら私と乎弥擅陸斗はどうすればいいのだ?」

  「[[rb:鍾乳洞 > しょうにゅうどう]]を抜け出したほうがいいと思う。そしたらヤゲンさんを呼んで指示をあおいでほしい」

  「でもそれだと一朔さんが……単独行動は避けて一緒に三八さんと余市さんを探しましょうよ」

  陸斗がうろたえるのとは別の意味で、イヤな予感がしていた。三八と余市に異変があっては五人ともども壊滅は避けられないだろう。

  「これは遊びじゃないんだ。絶対二人をつれてくると約束しておくけど、異変を察知したらいち早く逃げて連絡しないと事はより深刻になる。とにかく、後方を頼まれているからには行くね」

  僕は陸斗に託された懐中電灯を奪いとって走る。どうか、どうかヤツに何事もありませんように。

  「あっ——い、一朔さん待ってください!!」

  遠ざかってゆく声に尻尾を引かれるのも気にせず、もう一方の懐中電灯の光が示している地点に向かっていざ急行した。鍾乳洞内の空気は相変わらずつめたく、肺が[[rb:凍 > い]]てつきそうな感覚に襲われて体の熱がどんどん奪われてゆく。ほんのりとかいた汗も冷えた[[rb:雫 > しずく]]に変わってきたころ、たたずんだ二人の影がようやく視界に入ってきた。

  「誰だ!? ……ってイッサか。リクトとナリキはどうした?」

  すっかり息を切らした僕に三八の懐中電灯が向けられて思わず目がくらむ。一方自分の懐中電灯はヤツが余市を肩車している有様を映し出してすこし安心する。そういえば余市は足の動きが遅いという特性を失念していた。声の元へと向かうまえに一度体勢を整えなおしたのかもしれない。

  「二人は入り口にて待機してもらっている。ザッパたちになにかあったんじゃないかと思って確認しにきたんだ」

  しかしおかしなことは往々にして実際に起きているものだ。

  「妙だな……気配が跡形もなく消えている」

  キュイーン ジジジ

  余市がそう繰り返しつぶやくのにも無理はなかった。三八の持つ懐中電灯のまばゆい光に姿形を現したそれ——時代遅れといって過言でない、古い型式のテープレコーダーだ。男二人の姿は当然見受けられない。

  「イッサ、もしかしてこれが宝の正体なのか? また暗号だったならそろそろ勘弁してくれって話なんだが」

  テープは数分の録音を延々とリピートしているみたいだった。最小音量に固定されているのか、間近にきてもその内容は判然としない。

  「なにが流れているのかザッパと余市は聞いたの?」

  「ああ。でもなにいってんのかさっぱりわかんねぇ、だいぶ録音の質が悪いらしいな」

  「男二人の話し声というのは理解できるが、会話の中身は不明瞭のままだ」

  いささか抵抗があったけれど地面からレコーダーを持ち上げてイヤホンジャックを探してみる。

  「わかった。じゃあ自分がこのヘッドフォンで聞いてみるよ」

  「えっ……あんま無茶すんなよ。そんな気味のわりぃもの捨ててさっさと帰ろうぜ」

  珍しくビビっているヤツの制止をふり切って僕はヘッドフォンを耳にあてがう。ここまできたらどうしてもあの暗号の真意を確かめたい自分がいた。出題者とは何者なんだろうか。

  しばらくの沈黙が続いたのち、その録音は流れ始めた。

  『0。6。私の声が聞こえるか? 君の心臓の左奥で見えない胎児が歌っている。私は今まで清水の舞台を上がったことがない。私は種を自分のものにしたい。2。私は君たちの後ろに立っている。9。私は爪と刃の二極で、今君たち二人の後ろに立っている。5。地獄が口を開いてあらゆる存在を貪り尽くす。1。地球の内殻に触れたときその先で答えが待っている。7。見よ、君は羽化している。君は羽化している!』

  ヘッドフォンを外した僕はさぞ青ざめていたに違いない。

  なんなんだ……これは? 怪文書なのはわかる。でも話しているのは男二人ではなく、どこかで聞いた覚えのあるような人工音声だった。意味だってまるで通っちゃいない。清水の舞台? 地球の内殻? こんな代物が鍾乳洞最奥部に置かれている意味を考えると恐怖でしかなかった。

  そしてさらにあるおそろしい事実に気がついてしまう。

  三八と余市の懐中電灯が消えているのだ。気配すらどこにも見当たらない。

  (ザッパ? 余市?)

  叫びたくなる衝動をこらえて唯一生き残っている自分の光であたりを照らす。大広間の中心にはなんの影もなくただただ虚空をとらえるばかりだ。ふと、肩にかけたヘッドフォンが小さく鳴った。

  〔逃ゲロ——[[rb:罠 > ワナ]]ダ〕

  罠? ……そうか、そういうことだったのか。

  とたんに頭のなかであらゆる出来事がつながっていく。

  バチッ

  

  それと同時に背中のほうに強い衝撃が走り、僕は意識を喪失したのだった。

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