休日の事件

  「……ず、貴和。」

  軽く揺さぶられて目が覚める。

  朝日の眩しさに小さく唸って寝返りを打つと、千秋さんは軽くお尻をはたいた。

  途端、痛みに跳ね起きる。

  「っ!」

  昨日のお仕置きはまだ十分効いていた…。

  「あははっ犬みたいだね」

  「…うぅ…/////」

  恥ずかしくて俯くと、千秋さんは笑って俺の頭を撫でた。

  その手の心地良さに思わず擦り寄る。

  「フフ、可愛い。」

  その声から愛おしさが溢れ出すようで、俺は心が満たされていくのを感じた。

  千秋さんに抱っこされてリビングのソファーに座らせられた俺は、千秋さんがCollarを着けてくれるのに大人しく従った。

  そっとCollarを撫でる。

  胸に残っていた僅かな不安が消えていく。

  いつも朝食は二人で食べる。

  今日はフレンチトーストだった。

  協力して食器を洗ったら、出掛ける準備だ。

  「貴和、“Strip”」

  Commandに従ってパジャマを脱いだ。

  千秋さんが服を着せてくれる。

  最初は抵抗があったDomの尽くしたい精神も、慣れれば何て事なくて、今ではすっかり千秋さんに任せている。

  それで千秋さんが満たされるなら。

  俺はいくらでも、身体を、心を差し出そう。

  千秋さんの幸せが、俺の幸せだ。

  今日は服を一緒に見て、その後は自由にお互いの見たい所を回る予定になっていた。

  この時、俺達は知る由もなかった。

  特Sに出くわすなんて…。

  「この服、どうかな。」

  「んー、色がなぁ…ぁ、肌触りも…」

  「も〜細かいよ貴和苦笑」

  俺は服の見た目や肌触りに結構うるさい。

  この店に入って早30分が経過しているが、まだ一着も選べていない状態だ。

  「色は?何色がいいの?」

  「……黒」

  「えー、白とか似合うのに」

  「黒がいい。落ち着く。」

  「別に変に闇に混ざらなくても…」

  「…そういうんじゃない」

  何だろう。この妙な胸騒ぎは。

  胸がザワザワと落ち着かない。

  そんな俺の不安を感じ取ったのか、千秋さんが俺の顔を覗き込んだ。

  「どうしたの?」

  「ぃや、何でもないよ。」

  笑って誤魔化そうとすると、顎を優しく掴まれ、視線を合わせられる。

  「…」

  気まづくなって目を逸らすと、千秋さんが僅かに眉を上げた。

  「貴和、“Say”」

  「っ…胸がざわざわするっ…」

  言い終わって慌てて口元を押える。

  だからこのCommand嫌いなんだ…!

  時に言いたくない事や伝えたくない事を口に出さなきゃならなくなるので、俺はあまり“Say”のCommandが好きじゃない。

  けれど、きっと千秋さんは必要性を感じて出したのだろう。

  そう考えると、なんだか責める気にもなれず、静かに俯いた。

  「フフ、ごめんね。貴和がこのCommand嫌いなの知ってるよ。だけど、何かあったら教えて欲しい。」

  そう言う千秋さんの瞳は、まるで夜空の星のように光っていた。

  同時に心配が伝わってくる。

  「……分かった、、」

  唸るようにそう返せば、千秋さんが困ったように苦笑したのが分かる。

  困らせてごめん。

  だけど、出来れば隠しておきたいんだ。

  「……っ」

  街中を二人で歩いていて、ふと首に視線を感じた。

  やがてそれは舐め回すように全身を移動する。

  急なGlareに不快感が募り、千秋さんの握っていた手を引いた。

  「…?貴和、どうし…」

  千秋さんもGlareを感じ取ったのか、顔を上げ、人混みの中に視線を巡らせる。

  やがて俯く俺の隣から、強烈なGlareが発せられた。

  そのGlareは、他でもない千秋さんが発したもので…。

  「っひぁ…」

  間抜けな声と共に、俺は腰を抜かしてその場に崩れる。

  “Kneel”の体制のまま、千秋さんの手を強く握った。

  もういいよ…戻ってきて。

  もう大丈夫だから、早く頭撫でて。

  不安で仕方ない。

  怖い。さっきのGlareよりよっぽど、千秋さんの出すDefenseの方が怖い。

  「……ちぁきさ…」

  小さく呼ぶと、手が強く握られた。

  それと同時に腕を引き上げられる。

  「……へ?」

  気が付くと俺は、千秋さんに引き寄せられ、道の端に避けていた。

  頭に千秋さんの上着が掛けられる。

  「貴和、それで顔隠して。」

  「ぇ、え?何…?」

  「っ早く!」

  急なことに付いていけない。

  一体何が起こっているんだ。

  突然身体が倦怠感に襲われる。

  重い。

  とてつもなく強いGlareだ。

  (……特S…?)

  硬直したままうるさい心臓の音に耳を傾けていると、Glareはどんどん移動し、俺の背中側で止まった。

  俺も千秋さんも、過去にないくらい緊張している。

  頭上から千秋さんの声が聞こえた。

  「…何ですか?」

  「そいつの顔を見せろ。」

  「…うちのSubに何か用ですか?」

  「良いから見せろって言ってんだ。」

  威圧が増し続ける。

  気持ち悪くなってきた。

  吐きたくない…。

  突然視界が明るくなり、千秋さんの上着がどかされたことを理解した。

  「…おい、お前、こっち向け。」

  「……」

  …俺のことだよね…。

  「…向けっつってんだr…「私の貴和に、命令するな。」

  知らないDomが俺の肩に触れようとした時、千秋さんの口から地響きなみの低い声が発せられ、同時に凄まじいGlareが飛んだ。

  「っひ……」

  いやこれ、もう千秋さんが特Sなんじゃ…?

  堪らず地面に“Kneel”した俺に手を添えつつ、最大限のGlareを相手にぶつける。

  そっと千秋さんを仰ぎみた俺は、そんな場合じゃないけど、全然保身優先のはずだけど、不覚にも心底惚れそうになってしまった。

  …めっちゃイケメン…!

  そんな俺の思考を読んだのか、視線は相手に向いたまま、軽く頭をはたかれた。

  …エスパーかよ。

  「て、めぇ…調子ずいてんじゃねぇぞ!」

  ぁ、この感じ。

  今まで重かったGlareがふと軽く感じる。

  そこで思い出した。

  最近知り合いから聞いた噂を。

  『今、裏社会でかなり厄介な香水が出回っているらしい。

  何でも、特Sの気配や匂いを完全に再現したとか…。

  一番安くて10万から売ってるらしい。

  外出る時は、騙されんなよ。

  付いてったら最後。

  良いように使われて、二度とパートナーに会えねぇぞ。』

  コイツ、その香水買ったのか。

  これならせいぜいAランク。

  考えなくても、千秋さんの圧勝なのは目に見えていた。

  何より今の千秋さんは気が立っている。

  腰抜かすのかちょっと見物。

  「……っ」

  そのDomは、やっと事の重大さに気付いたのか、慌てふためいてその場から走り去った。

  思わず疲れてながらも笑っていると、千秋さんにCommandされた。

  「貴和、“Stand up”」

  俺が立ち上がると、千秋さんは俺の頬に手を添え、心配そうに見つめた。

  「大丈夫?怪我してない?Dropは?」

  軽く全身も触り、目に見える不調を探している。

  「大丈夫です。特に触られてません。Dropも、今の所は大丈夫。」

  俺の言葉に、千秋さんはほっとしたように俺を抱き締める。

  周りを見れば、多くのSubがパニックになったり、Dropを起こしていた。

  それを必死にパートナーが宥めている。

  裏で出回っている香水が悪用されれば、Subやパートナー達の平和が大きく乱されることになる。

  だが、流出を止める術は俺にはない。

  ただ黙って見ているしかないのか…。

  ふと千秋さんに視線を戻して、千秋さんが遠くを、あのDomが逃げていった方向を見ていることに気付く。

  「…千秋さん。」

  俺が服の裾を掴んでそう呼ぶと、千秋さんはハッとしたように俺を見た。

  「…帰りましょう…?」

  本当は俺だって怖い。

  特SなみのGlareに加えて、千秋さんのDefenseをほぼもろに浴びたのだ。

  キツくない訳がない。

  だけど、ここじゃダメだ。

  ここじゃ安心出来ないから。

  だから、早く帰ろ…?

  帰って、いっぱいCareして欲しい。

  俺の気持ちを汲み取ったように、千秋さんはすぐに俺を連れて帰ってくれた。

  帰ってすぐに体調を崩した俺を、千秋さんは心配していた。

  「貴和、やっぱり無理したよね。ごめんね、Glare当てちゃって…」

  「いぇ…っげほ」

  「…ただね、許せなかったんだ。」

  千秋さんは何処か遠くを見て呟いた。

  「…貴和に触ろうとした、アイツが。」

  それはどれだけ俺の事を愛して、大事にしてくれているかの証明であり、とても嬉しい事だった。

  だけれど、同時に不安にもなった。

  たった一度俺が他のDomに触られかけたからってあんな強いGlareを発してしまうなら、もしも俺が複数のDomに襲われたら、浮気でもしたら、俺だけでなく相手のDomが死ぬんじゃないかと。

  「……けほ…千秋さん…」

  「…ん?」

  「…も、しも、俺が、うわき、したら、ちあ…“Shush”

  「……」

  「…何て言ったの?浮気?」

  「……っぁ…」

  さっきの怒りも残っていたのか、例え話で浮気と口にした瞬間、強めのGlareが向けられた。

  キツイ…。

  ただでさえ軽くDropしかけているのに。

  「…貴和、浮気する予定あるの?」

  「っ……」

  「まさか無いよね。相手いるなら教えて?消してくるから」

  ……怖ぇえ!

  絶対社会的に抹殺しようとしてるよこの人!

  やめてね?怖いから。

  血を見たくはないよ?

  「……っっ」

  「はぁ…“Speak”」

  「っは……例えで…「例えでそんな事言っていいと思ってるの?傷付けてるって分かってる?」

  「…ぅ…」

  分かってるけど…本当に例えで…💦

  「…昨日もお仕置きしたのに、足りなかったみたいだね?」

  「っ!やぁ……」

  千秋さんが不意に手を伸ばして俺を膝に倒す。

  「っやだ!やだぁ…泣」

  「嫌々しないで。怒らせた貴和が悪い。」

  すぐにズボンも下着も脱がされ、裸のお尻に平手が落ちる。

  パン!パン!パン!パン!

  「やっ…いた…いたぃ、やだ……」

  パン!パン!パン!パシ!

  「っふぇ……いたぁい…」

  怒ってるからなのか力が入っていて、結構痛い。

  パン!パシ!パン!パン!

  「いっ……も言わないからぁ……ごめんなさい…」

  俺が謝ると、千秋さんは一旦手を止めた。

  「…本当にもう言わない?」

  「っ言わないぃ……」

  「約束してね?次言ったら、道具でお仕置きだからね?」

  ビクゥッ!

  「ふぇえ……言わないぃ…道具やだぁ……」

  「うん、道具嫌いだよね?もうしないでよ…」

  ちょっと呆れたような声が降ってきて、俺は反省せざるを得なかった…。

  「じゃあ仕上げに痛いの三回ね。」

  「ぇっ……もう終わりぃ……泣」

  「…分かった。五回ね。」

  「っ!……ふぇぇっ……」

  千秋さんが手を振り上げる気配がして、ぎゅっと目を瞑る。

  バシ!バチン!

  「…ふぇっやぁ!いだぃ!!」

  パァン!バシン!

  「ごめんなざぃ……!」

  バチン!!

  「っ!!いだあぃい!」

  「はい、おしまい。」

  最後の一発はかなり強く叩かれて、涙がぶわぁって出た…。

  「っっふぇえ……抱っこ……」

  手を伸ばせば、笑って抱き締めてくれる。

  暫く千秋さんにくっついていて、思った。

  もう怒らせないようにしよう…今日は特に…。

  その後千秋さんの手厚い看病で、無事体調不良が治った俺だった。

  END