お正月と体調不良

  「ん、………」

  貴和より先に目が覚めたので、ベッドで少しだけ仕事の確認をしていると、身じろぎをした貴和がゆっくりと目を開けた。

  「…おはよう、貴和」

  そう言いながら髪をすくように撫でてあげると、貴和は気持ちよさそうに目をつぶり、もごもごと挨拶をする。

  「んん……ょぅ……」

  ほとんど聞こえてないし、もちろん普段なら注意するけど、今日は1月3日。

  お互いまだお正月気分だし、せっかくの長いお休みだから。

  クスリと笑うまでに留めて、その柔らかな頬をそっと撫でた。

  可愛くて愛おしい私の恋人。

  「おはよう」

  もう一度愛おしさに押されて呟くと、貴和はパチリと目を覚ました。

  あ、注意されたと思っちゃったかな。

  「違うよ

  叱ってないから、大丈夫」

  私の言葉に、貴和はホッとしたように力を抜いた。

  「………きょう…」

  「うん」

  「…………ねむぃ…」

  きっとなにか話したかったんだろうけど、今の気持ちが勝ったのか、貴和はもぞもぞと毛布にくるまり直して、私の方に近づいた。

  そして私のパソコンを見て、ゆっくりと瞬きを繰り返す。

  「………しごと、?」

  「少しだけ確認してたよ

  お仕事はまだ始まらないから大丈夫」

  そう伝えると、貴和はほわほわしながら頷いて、また目を閉じた。

  まだ朝の9時だし、昨日は遅くまで映画を観たり、何気ない話をしながらおせちや料理をつまんだりしていたから、まだねむいんだろう。

  私は貴和の気に入っているぬいぐるみのアキ(以前イマジナリーフレンドも同じ名前でいたけど、その子とは別。ぬいぐるみを作るお店で作った、くまさんのぬいぐるみだ)を近くに置いてやり、またパソコンに向き直った。

  仕事始めは遅めで7日からだが、その前に少しだけ指示を出しておかないといけないものがある。

  私が経営してる仕事は、大手企業で、沢山の生活日用品や食品、医療品などを扱っている。

  主には販売がメインだ。

  そろそろ春、さらには夏に向けて準備を勧めなければいけない。

  暖色の服や、減ってきていたホテルシーツの発注、医療器具は足りているか各病院と連絡を取って確認、食品は流行や旬を先取りして販売。

  暫くパソコンを叩いていたが、ひと段落着いたので作業を終わりにして、なにか飲み物を用意しようとキッチンへ向かった。

  今日はもし貴和が欲しがってもいいようにミルクティーにしよう。

  お湯が湧くのを待つ間、ぼんやりとしていた。

  こうしている時、ふと思うことがある。

  貴和と出会わなかったら、私はどんな人生を歩んでいたんだろうと。

  きっと、こんなにも日々が輝くことはなく、孤独で、寂しかったのだろう。

  独りで、このただ広い家に帰ってきて、過ごしていたのだろう。

  貴和との出会いは奇跡だと思う。

  あの子は、私の光だ。

  私の人生を、変えてくれた。

  カップにお湯を入れ、軽くかき混ぜて一口飲む。

  甘さが口の中に広がり、胸の寂しさは薄れていった。

  今は貴和がいる。

  だからきっと、不安に思うことはないんだ。

  貴和が起きたら何をしよう。

  そういえば、まだ福袋が欲しいと言っていたなぁ。

  (一日に買いに行ったが、あともう少し欲しいと話していたのだ笑)

  今日もあの子が疲れていなければ、少し出掛けてみようか。

  そう考えながら私は寝室へ戻っていった。

  「…かず、貴和」

  軽くゆらされて目が覚めると、千秋さんが俺の顔をのぞいていた。

  まだ起きたばかりでぼんやりしていると、もうそろそろ2時だよ、なんて言われて、俺はのそのそと手を伸ばしてスマホを見る。

  確かに、13:56だった。

  「貴和、体調や気持ちが大丈夫そうだったら、福袋を見に行ってみない?」

  千秋さんの言葉に、俺はぼんやりしつつ頷く。

  この前ヴィレヴァンの福袋を買ってみたら結構いいやつが入っていて、千秋さんとシェアしつつ使っているのだが、もう一度買ってみたいのだ。

  あとはホビーオフに行ってぬいぐるみが欲しいと思っていた。

  俺が持っている子は、アキとスヌーピーくらいだから。

  「…あと…ホビーオフ……

  ぬいぐるみ……みたぃ」

  喋っているとだんだん目が覚めてきて、俺はゆっくりと身体を起こした。

  すると、お腹がきゅ、と痛みを主張する。

  「……?」

  なぜお腹が痛いのかは分からないけど、とりあえず痛い。

  「……千秋さん…」

  「どうしたの?貴和」

  「おなかいたい…」

  お腹をさすりながらそう言うと、千秋さんは心配そうに眉を下げた。

  「大丈夫?

  最近、トイレちゃんと出てる?」

  「覚えてない…」

  「……ぅーん…」

  千秋さんが考え込んでいることに不安を覚えて、千秋さんの手を握ると、千秋さんは俺が痛くて不安だと思ったのか、俺のお腹を優しくさすった。

  「……今日はお家にいる?」

  その言葉に俺は首を振る。

  「いやだ」

  「でもお腹痛いんでしょう?」

  「痛いけど行く」

  「無理はさせられないよ」

  言い聞かせるような言葉に、俺は嫌がるように首を振った。

  「行きたいからい、、っ」

  行く、と言おうとした瞬間、ズキリ、とお腹の奥が痛む。

  「は、ぁ…」

  浅く呼吸し始めた俺に、千秋さんは心配そうに背中をさすった。

  「……貴和、無理、しないで」

  「……」

  なんだか悔しい。

  行きたいのに、これじゃあ行けない。

  動けなさそうな痛みだからだ。

  「……ぃきたいのに…」

  「わかってるよ」

  小さく呟いた言葉を千秋さんが拾ってくれる。

  「なくなっちゃうかも」

  「色々、買ってきてもらおう。」

  「部下の人?」

  「うん

  私は貴和のそばを離れないから

  ここにいる、大丈夫だよ」

  そう言って千秋さんに抱き締められた。

  「何か必要なものある?」

  千秋さんにそう聞かれて、俺は暖かい飲み物、と答える。

  千秋さんは俺を抱っこしてキッチンへ連れてくると、クッションを敷いた椅子に座らせて、分厚めの毛布を俺にかけてくれた。

  「どうしてお腹痛くなっちゃったんだろうねぇ

  昨日変なの食べてないしな…」

  と考え込む千秋さんに、俺はぼんやり視線を外す。

  俺自身も覚えはなく、原因不明としか言えない感じの腹痛だった。

  「はい、どうぞ」

  「ありがと…」

  飲み物をくれた千秋さんにお礼を言って一口飲むと、少しだけ腹痛が弱まった気がする。

  「貴和、こっち向いて」

  不意に千秋さんにコップを取り上げられて、そう言われ、ぼんやり千秋さんの方を向くと、おでこに手を当てられる。

  「…やっぱり熱い」

  「ん……」

  千秋さんの手が冷たい。

  気持ちい。

  「貴和、冷えピタ貼ろう」

  その言葉に、ゆるゆると首を振る。

  俺は昔から冷えピタの、貼った時の冷たい瞬間が嫌いで、冷えピタはよく嫌がっている事のひとつになっていた。

  「ダーメ

  嫌なのはわかるけど、熱ある時はいつも張るでしょう?」

  「……んん」

  ふらふら、ゆらゆらしつつ首を振ると、カウンターを回ってきた千秋さんに支えられた。

  「とりあえず、冷えピタ取ったからベッド戻ろう」

  「ん……」

  身体がしんどくて横になりたかったから、俺は素直に頷いた。

  ベッドに戻ると俺を寝かせた千秋さんはそっと俺の前髪を上げる。

  「ぃや…」

  「わかってるよ」

  「ぃやだ…」

  「うん、そうだね」

  そう言いながらも千秋さんは俺のおでこに冷えピタを貼ってしまう。

  冷たい、ぞぞ、ってする。

  だから嫌い。

  「ふ、、ぃゃ……」

  体調不良のせいなのか、涙が込み上げて、ぽろりと枕を濡らした。

  「貴和、大丈夫

  おいで」

  千秋さんが抱き上げて俺の背中をさする。

  「ぅ、っく……ふ、ぅ…」

  「辛いね、大丈夫

  そばにいるよ」

  千秋さんの肩に顔を預けてしばらく泣いていたら、ゆっくりとまぶたが重くなってきた。

  「…貴和ねむい?」

  「ん、ひく……ねむ…」

  「寝ちゃっていいよ

  いい子、いい子」

  優しく背中をさすり、頭を撫でてくれるその手に安心して、俺はゆっくりと眠りについた。

  体調が悪いからか、ぐずり泣いていた貴和が寝たのを感じても、暫く抱っこして揺らしていたが、そっとふとんに横たえる。

  少しだけ身じろぎしたあと、すうすうと寝息を立てた貴和に、今日の夕飯のことを考える。

  今日は胃に優しく食べやすいものを作ろう。

  お粥か、うどんか。

  とろろうどんとかは食べれるだろうか。

  戻してしまったらさらに辛くなってしまうから、なるべく食べれるものを作らなきゃ。

  それまではどうしよう

  貴和は寝たし、何かあって起きた時私が寝ていたら意味がないから、スマホでも触っていようか。

  とりあえず熱を測ってみようと体温計を貴和の脇にさすと、体温計は38.5℃と教えてくれた。

  かなり高い。

  これは辛いし、ぼんやりする訳だ。

  そっと貴和の髪をなで、私は隣で静かにゲームをしていた。

  18時頃に目を覚ました貴和に、お粥を持ってきて食べさせ、嫌がる貴和を説得しつつ薬を飲ませる。

  「ふ、ぅぅ……なんで…ひく……ぃやだぁ」

  「わかってるよ

  でも熱を下げるのにも、お腹の痛みを取るのにも、お薬は大事だから。

  嫌なのは分かるけどきちんと飲もう?

  貴和は飲める子でしょう?」

  嫌々しつつもきちんと飲めることを知っているからこそ、諦めずに伝え続ける。

  「ぃや」

  「飲めたらアイス食べよう

  身体熱くて辛いでしょ」

  「いや、っげほ」

  咳き込んだ貴和にそっと背中をさすりつつ、仕方ないのでそのまま抱きしめた。

  「じゃあ飲めたら抱っこのまま眠っていいから」

  「いや」

  「映画観る?

  貴和が観たいやつもう観れるようになってるよ、いくつか

  ひとつ一緒に観ようか」

  「いやだ、」

  「貴和」

  「やだ、っ」

  「わかるけど、あんまり嫌々するなら、お尻ペンするよ?」

  そう言うと貴和はまたしくしくと泣き出す。

  お正月だし、休みだし、なにより体調不良だし。

  あまり脅したくはないが、ただ甘えてるだけなのが分かっているからこその言葉。

  「ふぇ、ぇぇ……」

  「貴和、貴和はできる子。

  飲めるよ」

  「ひく、ひ……」

  ひくひくとしゃくりあげるのも辛そうな姿に、何度も背中をさする。

  「たった2つだから。

  貴和、飲もう」

  飲み物と薬を用意して、薬を口に近付けるときゅっと力を入れる貴和。

  何度か繰り返して、思わずため息。

  叱らなきゃダメか…

  早く飲ませて寝かせたい。

  起きたままじゃ効くまでに余計ぐずるだろうし、しんどいと思うから。

  「貴和。

  甘えてないでお口開いて」

  少し声を下げて、ピリッとしたような声にする。

  「うぅー泣」

  叱られるのも嫌なはず。

  わかってる。

  でもいつまでも甘えられないのは、貴和も分かってるはずだよね?

  「お口開かないならお尻。

  どっちか選びなさい」

  そう言って薬を口元に運ぶと、仕方なさそうに貴和は口を開いてくれた。

  よかった。お尻を叩かずに済んで。

  流石にこんなに体調が悪いのにお仕置きをする訳はないけど、へそを曲げてしまうとどんなことでも言うことを聞かなくなるから、脅しが必要な場面もあるのだ。

  薬を飲ませたから、また眠るまで背中をさすり、身体を揺らして寝かせる。

  そうしているうちに私も眠くなってきて、貴和の隣にそっと寝転んだ。

  すぐ起きれるように気をつけつつ。

  そうして、頭を撫でる。

  「貴和、大好きだよ。」

  目が覚めたら、少しでも熱が下がっていますように。

  そう願いながら、その額にキスを落とした。

  END