第2話 解決編5 女冒険者達の逆襲 スウィートバウム連続下着泥棒事件14

  ____やばい。やばいよ。どうしよう。

  ヘルヒャンは自身がカスタムしたカーペイト14式を構え狼狽えていた。

  既に盤面はひっくり返されてしまった。

  ミュルガルデが異常を察知して信号弾を撃ってくれはしたが、シーナが応援を連れてブルーセラーノ邸にやってくるまで何十分必要だろう?

  ヘルヒャンはイチが宙吊りにされる場面を窓の影から見ていた。

  この時、ヘルヒャンに勇気があればイチたちを救うために踊りだして銃弾を放っただろう。

  が、その勇気が出なかった事が結果としてヘルヒャンの冒険を終わらせなかった。

  他の者はいざしらず、ウィンフィールドとベーガは闇冒険者の中でもプロの領域にいる。

  ヘルヒャンが勇気を出して飛び出したところで、ウィンフィールドの冷徹な銃撃が彼女を貫くに違いない。

  ヘルヒャンが震えながら中の様子を伺っていると、遂にベーガの強烈なボディーブローを食らったイチが嘔吐し失禁した。

  ヘルヒャンはそのあまりにも悲惨な光景に思わず目を瞑り心の中で救いを求めた。

  ____どうしよう。パパ。助けて………。

  ヘルヒャン・バッドフットは不良に憧れている少女ではあったが、ファザコンの気があった。

  しかし、その助けを求めるヘルヒャンの願いは意外な形で聞き入れられる事になる。

  無論、パパが助けに来てくれたわけではない。

  ◆

  ____ゲロと小便くせえ。ベーガめ、やりすぎだ。

  ウィンフィールドはイチが体液で絨毯を汚したのを見て内心で毒づいた。

  「もうそのくらいにしておけ。死んだら意味がねえ」

  だがベーガは一秒でも長くイチに苦痛を与えていたいのだろう。四肢を弛緩させた彼女を首を支点にし、肩に担ぐと太腿と顎に手をかけて思いきり引いた。

  「____カッ、____アッ、アッ、ウガッ、____オ"オ"ッ"____」

  背中と首にちぎれるような痛みを受けてイチは目を見開いて苦悶している。僅かに動く脚と腕が宙でプルプルと震え、このまま放っておけば背骨を折られ良くても一生ベッドの上で生活する事を余儀なくされるだろう。

  そのベーガの残虐性に、この場にいるウィンフィールド以外の者はみな恐怖を覚え凍り付いている。タオ・メイメイは唇を噛みしめてブルブルと震え、エルビアニカは顔面を蒼白にし呆然としている。イルハは瞳に涙を溜め、自分の無力さに打ちひしがれていた。

  「いいかげんにしろベーガ!」

  イチがどうなろうと構う事ではないが、これ以上面倒を増やしたくないウィンフィールドはベーガを止めようと踏み出した瞬間、窓の外から何か大勢が鬨の声をあげているのを聞いた。

  その声は数十人ほどの女が集まってラグジュバウム中に響いている。

  ____馬鹿な! 増援が来るのが早すぎる!

  ウィンフィールドは衝撃を覚えた。

  「ベーガ! ブルーセラーノ! ずらかるぞ! 何かヤバい! 女ももう諦めろ!」

  ウィンフィールドはタダならぬ雰囲気に危機を感じ、すぐさま逃亡を選んだ。もはやイチの拉致を行動の選択肢に入れていない。ここからも単なる子悪党でない事が察せられる。

  が、すっかり激昂したベーガはイチを地面に放って捨てると窓の外に向きなおった。

  「ふざけるな! 女が何人来ようと知った事か! 全員ぶっ殺してやる」

  事実ベーガはかつて路上の乱闘で単身で十数人の相手を殴り倒した事もある喧嘩自慢で、女がいくら集まったところで物の数ではないと考えているのだろう。

  普段は物静かで分別を弁えたベーガであったが、鬼人族の性か血が上ると冷静な判断が下せない。

  ウィンフィールドもそれは心得ているので、こうなったら角を引っ張ってでも連れていくつもりであった。

  鬼人族は敵対した者には容赦しないが、一度仲間と認めた相手に手出しをする事はない。

  後で口論になるかもしれないが、今は逃げる事が先決だ。

  そう決めたウィンフィールドであったが窓の外を見て絶句した。

  「な、なんだこりゃあ」

  ◆

  殺到している。雲霞の如く。

  女冒険者がである。

  ブルーセラーノ邸の門からなだれ込み、門からあぶれた者は塀を乗り越え、庭の花壇を踏み荒らし、気合の声を響かせながら女冒険者達は波となってブルーセラーノ邸の中に流れ込んできた。

  ある者は銃を掲げ、ある者は剣を、ある者は棍棒を振り上げている。

  「ウオオオオオオオオオオオオオ!!!???」

  ベーガは窓からなだれ込んできた女冒険者の濁流にのみ込まれ、殴られて押し倒されて踏みつけられてぼろ屑のようになった。

  「な、なんなんだい?なにが起きて………うわ!」

  エルビアニカは濁流に呑まれないよう安全地帯を探したが間に合わず、波に飲み込まれてしまった。しかし彼女は賢かったので流れに逆らわず身を任せる事で難を逃れた。

  「下着泥棒はどこ!?」

  「どいて! あたしが捕まえるのよ!」

  「賞金はあたいが貰うんだよ!」

  「てめえ殴りやがったな!」

  「ぎゃーーーーーーーー! 誰だ服やぶけちゃったじゃん!」

  「ふざけんな! どけよお前ら!」

  「どこなの? 下着泥棒はどこ!?」

  「財布が盗まれた!」

  「変態!」

  「こいつだ! このジジイだ!」

  ブルーセラーノは悲惨である。

  女冒険者達にその存在を知られると、殴られ、噛みつかれ、蹴られ、髪を抜かれ袋叩きにされて見るも無残な姿に早変わりした。

  「イチさん! メイメイさん! 生きてますか!」

  混乱の中、ミュルガルデが危うく暴徒に踏みつぶされそうになっていたイチとタオ・メイメイを見つけ出し担ぎ上げて邸宅の外に連れ出す。

  ミュルガルデの膂力は女冒険者達の大波の中にあっても逆らって屋敷の外へ出る事を可能とした。

  ミュルガルデは邸宅の外で安全な場所を探し、イチとタオ・メイメイを降ろした。

  「酷い…」

  ボロボロに傷ついたイチを見て瞳に涙を浮かべるミュルガルデ。

  「い、いったい何があったの………?」

  比較的軽傷なタオ・メイメイはミュルガルデに問いかけた。

  確かにイチ達の襲撃が失敗したらミュルガルデが某支部にいるシーナに信号弾で危機を知らせて応援を呼ぶ手筈になっていた。しかし、ミュルガルデが信号弾を撃ったのはタオ・メイメイも見たがあまりにも応援が来るのが早すぎる。

  既に応援に向かっていたとしかこの早さは考えられない。

  が、ミュルガルデはイチが心配なようで答えなかった。

  「応急手当します。お話は後で」

  それはその通りである。ミュルガルデが正しい。

  当然タオ・メイメイもそれがわかっているので何も言わなかった。

  ミュルガルデがイチを芝生に寝かせて、衣服を開き彼女の状態を確かめていると植え込みの陰からシーナがのそのそと出て来たのでタオ・メイメイは驚いた。

  「シーナ! あんた、これはどういうことなの!?」

  「あの~、これについては、私がお話します………。実はですね……」

  シーナがこの状況が発生した一部始終を話そうと気まずそうに口を開いた時、事態は更に一変する。

  ブルーセラーノ邸の中から女冒険者達の悲鳴が響いて聞こえた。

  その次の瞬間には、ブルーセラーノ邸の窓から女冒険者がひとり、またひとりと宙に放り投げられ庭に転がり落ちてくる。

  十数人の女冒険者が窓から放り出されて地面に転がっていると、恐怖と混乱の混じった悲鳴とともに一度ブルーセラーノ邸に雪崩れ込んだ女冒険者達が蜘蛛の子を散らしたように逃げ出してきているのだ。

  「こ、今度はいったいなんなのよう…」

  あまりの早さで事態が展開していく状況に理解が追い付かないタオ・メイメイとシーナ。二人がブルーセラーノ邸の窓を見ていると、冒険者ギルド某支部制服に身を包んだ長身の女が、片手にぼろ雑巾のようになった老人を引きずりながら出て来た。

  その女は、咥えた葉巻に指を弾いた衝撃だけで火を灯すと、懐から古い時代の懐中時計を取り出して宣言した。

  「22時、59分。連続下着泥棒事件の首謀者と見られるレナウン・ブルーセラーノを確保。これより冒険者ギルド某支部に連行する」

  歯をむき出しに笑顔を浮かべ、静かだが恐ろしく響く声でそう宣言した女は、冒険者ギルド某支部支部長代理であり、バルティゴ都市国家連邦で10人しか持つことを許されていない髑髏のバッチを持つ女、『破天』と呼ばれた女、リャン・ハックマンその人であった。