5話 石化魔法は危険な魔法 スウィートバウム少女石化事件2

  悲しみに沈んだミュルガルデとメェメを一旦死体安置室から他に移るよう促し、イチとモーリンがその場に残った。

  石化したミュウの状態から今後の方針を考える為である。

  「しかし、酷いな」

  イチが改めてミュウの表情を観察すると、どれほどの苦痛と恐怖を味わえばこんな表情になるのかと想像せずにはいられないほどに顔が歪んでいた。

  「この子はどこでこうなったんだ?」

  「インダスバウムの工事現場で」

  「インダスバウムか」

  インダスバウムは工業街である。

  蒸気機関を利用した工場が立ち並んでおり、地方から来た出稼ぎ労働者や冒険者として稼げない駆け出し冒険者が住んでいる為、バルティゴの中でも特に人口密度が高い。

  この時期のバルティゴでは人手はいくらあっても良く、腕2本あれば仕事はいくらでもあったので、ごろつきやチンピラのようなならず者も日雇いの仕事を求めてこの街に住み着く事が多かった。

  その為、安宿やバラック小屋、ただ寝るだけに作られたような寮が多く、身分のハッキリとしない住人も少なくない。

  そのような街なので魔王軍残党が潜伏しているような事もあり、治安上の問題が議論されていた。

  「後で現場の地図をくれ。行ってみる。それにしても…」

  石化したミュウは短剣を振り上げ石化している。

  その身体の体勢を見るに、これから標的にナイフの刃を切りつけようとしたタイミングで石化させられたのだろうか。

  「石化の魔法とは厄介だな。射程はどのくらいだろう…」

  「想像にすぎませんが、恐らく手の届く範囲程度でしょう」

  「根拠は?」

  「もし拳銃ほどの射程距離があれば、準魔術師級です。それほどの危険分子であれば、既に何かしらの情報が回ってきているはずですから」

  「なるほど」

  ここでの魔術師と言うのは、当時単身で軍の1個小隊以上の戦闘力を持つと言われ、超常の魔法を使いこなす存在の事である。

  その危険度は一般の魔法使いと比べるまでもなく、例えばイチの仲間の魔法使いであるシーナ・アハトゼヘルが「炎の魔法」を発動させるまでに長い詠唱を必要とするのに対し、この時代に暗躍した十大魔術師のひとり『微笑みのヒルガルデ』などは無詠唱で「灼熱の魔法」を操り、鋼鉄をも自在に溶かしたと言われている。

  仮に下手人が遠く離れた相手を石化させられるほどの魔法を使えるのであればその脅威度は計り知れない。

  冒険者ギルドや軍では魔術師やそれに準ずる力を持つ者を積極的に探し出し、可能であれば組織に組み入れ、出来なくとも監視下に置き、敵対するようであれば大抵の場合身柄を拘束、若しくは暗殺していた。

  これは先の魔王大戦で魔術師により幾度となく苦しめられた国家的経験からそのようになった。

  故に、魔法の才能に長けた者の情報があれば連邦内のギルド全てですぐさま共有される。

  「この子は、冒険者としてはどうなんだ? 山猫階級にはいるようだが…」

  イチはミュウの石化した冒険装束の襟元についた山猫のバッチを見つけた。

  この時代の冒険者はバッチのない駆け出し冒険者から始まり、山猫、狼、大烏の順に階級が上がって行く。階級を審査するのは冒険者ギルドだ。

  大半の冒険者が山猫のバッチもつけられない駆け出しのまま終わるので、ミュウは山猫と言えど冒険者としての素養を認められたと言える。

  「近接戦闘の才能があったようです。直近の記録で、人探しの依頼を受けていました」

  モーリンは予め用意していた某支部に登録されている冒険者の名簿を開いてイチに見せた。そこにはミュウの冒険者としてのプロフィールと、活動の履歴が記録されている。

  そこには確かに「依頼番号1845-フェーン・カーコの捜索」と書かれていた。

  「依頼主と、依頼の詳細は?」

  イチが聞くとモーリンは別の資料を手に取り内容を読み上げた。

  依頼主はスウィートバウムで工業機械を販売するシローキンカンパニーにて機械部品の営業を行っている男性で名前はギーミッツ。彼が話した範囲だと、元々思いを寄せていたハーフエルフの少女であるフェーンがある日を境に失踪したと言う。その少女の消息を掴んで欲しいというのが依頼内容であった。

  フェーンは駆け出し冒険者をする傍らで歓楽街セクサティギーの深夜喫茶で働いている女性であり、ギーミッツは彼女と将来を約束していたのだと言う。

  「フェーンの消息と、関係している可能性は」

  「あるでしょうね」

  それがイチとモーリンの見立てであった。

  「どうやら、ギーミッツの依頼は私が引き継ぐ事になりそうだな」

  「それが良いでしょう」

  ギーミッツの依頼は特別にミュウを指名して依頼されたわけではないので、引き継ぐ上で特別手続きも必要ない。

  「ミュウの住んでいた場所は、わかるか?」

  言いながらイチは「住んでいた」と過去形の言葉を使った事に気づき、下唇を吸って「ぢゅ」という音を立てた。

  彼女が内心で言葉に出来ない憤りを感じた時に出る癖である。

  「資料を纏めます。少しお時間を」

  イチが頷くと、2人は特に打ち合わせたわけでもなく部屋を後にした。

  イチは死んだわけでもないのに遺体安置室に留められているミュウを不憫に思ったが、それについてモーリンに異議を申し立てる事はすべきでないと思った。

  ただ、万一このままミュウが戻らなかった場合石像のミュウがどういう扱いを受けるのか考えると酷く憂鬱な気持ちになった。

  ____ミュウを石化させた魔法使いを捕まえれば、きっと元通りになるさ。そうに違いない。

  しかしイチはあれこれと考えるよりも事態を前向きに解決する事に気持ちを動かすだけの元気があったので、モーリンにミュウと消息不明のフェーンに関する資料を受け取った後、冒険者ギルド某支部のエントランスで待っていたミュルガルデとメェメを見つけるとまだすすり泣いているミュルガルデの肩を叩き言った。

  「ミュウを助ける為に動く。2人はどうする?」

  ミュルガルデは鼻から流れる汁を大きく啜ると涙を毛皮に包まれた手の甲で拭い、力強く答えた。

  「私も御供させてください」

  そう言うミュルガルデの眼からはもう涙は流れていなかった。