第6話 ショタ、土下座 丸吞みシーサペント大量発生事件9

  「これはいったいどうした事でしょうか!?シーサーペントが、シーサーペントの群れが冒険者達に一斉に襲いかかっております!まるで軍隊のように統制のとれた動きで……、こんな事、あり得るのでしょうか!?あぁ!!また船がひとつ転覆させられました!!」

  ペリュミン・ヒューンは海上で起きている混乱を見て魔導気球の中から叫んだ。声はペリュミンの『声を遠くまで響かせる魔法』で海上から浜辺まで届く。

  「実況なんてしている場合じゃないでしょう。ああ、どんどん飲み込まれていく……」

  解説役だったアルバートはまた自分の視線の先で若い冒険者の少女が丸吞みシーサーペントに飲み込まれたのを見て髪が薄くなった頭を抱えた。

  ペリュミンはアルバートの物言いに些かムッとした。悪気もなければ面白半分でいるわけではない。しかしアルバートのいう事はもっともだった。

  「アルバート、浜辺のリャンさんに助けを求めましょうよ」

  「しかし、あの人が素直に来るかどうか………」

  リャン・ハックマンはあらゆる状況に置いて負けた事がない。

  悪鬼じみた膂力と、敵を確実に追い詰める悪魔的な狡猾さ、そしてこの当時では常識外れの3000m先の目標を仕留める邪悪な長距離狙撃で魔王軍と戦い、遂に『髑髏』のバッチを授けられた伝説級の人物である。

  しかし、ひとつ致命的な問題が彼女にはあった。

  「リャンさん!リャン・ハックマン!浜辺で見ているんでしょうこの状況を!どうせ葉巻でもふかしながら!____________助けてくださいって言っているんです!!」

  アルバートが浜辺に向かって叫ぶと、彼の薄くなった頭髪から数本の毛髪が抜け落ちた。重大なストレスを感じているらしい。

  「リャンさん!お願いです!みんなを助けてください!!」

  ペリュミンも助けを求めて叫んだが、隣のアルバートはその願いは受け入れられないであろう事を知っていた。

  リャン・ハックマンはギリギリで人格破綻者だった。

  

  ◆

  浜辺では冒険者達を観戦しようと集まった人々がどよめいていた。

  目の前の海で起きている事態は誰にとっても予想できたものではなかった。

  過去にも冒険者の数人がシーサーペントに飲み込まれた事がある。

  その瞬間を楽しみに来ている悪趣味な者も一定数いたが、多くの者は華々しい冒険者の活躍を見に来ていたのだ。

  まさか戦場さながらの光景が繰り広げられるとは思っておらず、子供などは泣き出して親の影に隠れ、男たちはいったいどうしたものかと口々に何かを言い始めたが、結局何か状況を良くするための言葉は出てきていなかった。

  一部、昔冒険者だった者達が救援隊を組織できないか話し合っていたがシーサーペントと戦えるだけの装備を準備している時間はなさそうであった。

  しかし、その喧騒の浜辺の中でほとんど唯一、普段通りに落ち着き払い、海風にあたっている者がいた。

  リャン・ハックマンである。

  彼女はビーチチェアに最近購入したサングラスをかけて寝そべり、パラソルの下で葉巻をふかしながらウィスキーをラッパ飲みしている。

  『リャンさん!リャン・ハックマン!浜辺で見ているんでしょうこの状況を!どうせ葉巻でもふかしながら!____________助けてくださいって言っているんです!!』

  己に救援を求めるアルバートの声を聞いてリャンはゲップをした。

  明らかに動き出す気配がない。

  「リャン。念のため聞いておきます。助ける気はないんですね」

  その隣で状況を見ていたモーリン・アッテナが険しいが、どこか諦めたような表情で問いかけた。

  しかしリャンは飲み干したウィスキーの酒瓶を海の遥か彼方に投げ飛ばして答えなかった。

  ウィスキーの空き瓶は夏の雲に吸い込まれていつか遠くの国へたどり着くだろう。

  モーリンはそれを見て深刻なため息を吐き首を左右に振った。

  しかしモーリンは頭の中ではリャンが動き始める確率は決して低くない事を知っている。

  それはモーリンへの友情や若い冒険者の為では決してない事も。

  「私が主導して救援隊を組織します。あなたはトラブルだけは起こさないでください」

  モーリンはそれだけ言うと浜辺で事態を注視している冒険者・元冒険者達に声をかけ即席の救援部隊を組織する為に駆け出した。

  リャンはその背中を見もせずに手だけ振った。

  この女は視界の先でシーサーペント達に襲われ、絶望の悲鳴をあげながら呑み込まれてゆく若い冒険者達になんの関心も持っていないのである。

  「………リャンさん!なんで動かないんですか!?あなたが行くだけで、多くの仲間が助かるんですよ!?なぜ行かないんですか!?」

  ビショタはそのリャンの冷徹な態度に深い怒りを覚え、己の感情をそのままぶつけた。

  するとリャンはサングラスで隠した目をビショタに抜け、「プッ」と唾を吐いた。

  「ぎゃっ」

  どういう圧力か、その唾がビショタの額にぶち当たるとビショタはまるで石礫か何かが当たったようにもんどり打って砂浜に倒れる。

  「甘えた事言ってんじゃねえ。人を頼りにすんなら冒険者なんざやってんな」

  リャンの声は静かだが、不気味に響き、その声は地獄の王のように冷たく恐ろしいものだった。

  しかしビショタという少年もリャンがサンオイルを塗らせる事を許しただけの事はあり、額を真っ赤にしながらも立ち上がり反論した。

  「僕だって戦いたい。だけど武器だってないんですよ。リャンさんが動けばどれだけの命が救われるか」

  「ブッ」

  再び吐き出された唾がビショタの額を撃ち、少年は大きく仰け反ったが今度は倒れなかった。

  「武器なんざ、そこらの棒切れでも十分戦える。他の冒険者からぶん奪ったって良い。温い事言ってんな」

  「無茶ですよ!」

  「ぷっ」

  「あっ!」

  今度は咥えていた葉巻を恐ろしい圧力で吹き出し、火の残った煙草葉の包みがビショタの右目尻を掠めた。

  「冒険者ならテメエでどうすれば良いか考えろ。できねえなら諦めろ。全てテメエで判断しろ」

  「うっ………うぅ………」

  ビショタは反論も何もできず、右目尻を押さえて遂に涙を流し始めた。自分の無力さと意気地の無さに失望している。

  しかし、ただこれで引き下がるのであればリャンはこの少年に身辺の世話をさせない。

  「お願いですリャンさん……みんなを、みんなを助けてください」

  いつの間にかリャンのパラソルの周りに人だかりができていた。

  どうやらここで寝そべっている女があの伝説級の冒険者、『破天のリャン』である事が知られてきたらしい。

  そして、ビショタはそんな衆人の囲まれている中で、

  「お願い………みんなを助けて…………」

  膝と頭を砂に擦り付け、土下座しながら懇願した。

  そしてそのビショタの行動がリャンの心を刺激した。

  「……………おい。テメー」

  リャンはサングラスを外し、艶かしい肢体をビーチチェアから起き上がらせると、幽鬼のようと形容される独特の歩みでビショタの前にしゃがみこんだ。

  「…………リャンさん」

  ビショタは半ば死を覚悟している。

  少年はリャンについて「殺人に一切の躊躇がない」と聞いている。

  事実、リャンは己の殺人行為の殆ど全てにおいて良心の呵責を感じた事がない。

  故に、この場合でもリャンがビショタを虫を叩き潰すように殺害する事も十分考えられたが……。

  「そんなに助けてほしいのか………?」

  顔を上げたビショタと、彼らを取り囲んでいた市民はリャンの顔を見て恐怖した。

  その顔は笑っていた。とても嬉しそうに、しかし一切の優しさや温かみのない悪鬼のような悍ましい微笑みで。