さて、私が歴史の中の冒険者タオ・メイメイとその友人の為に何を書くことができるだろうか?
歴史小説家の業として、その場にもおらず、故人と知り合いですらないのに彼女らの気持ちを代弁するかのような文章を綴り物語にしてしまう浅ましさに忸怩たる思いがないではないが、とにかく書けるだけの事は書いてみる。
まず激励祭とテロの影響についてから書くが、爆発騒ぎがあった事で激励祭は中止となり冒険者ギルド某支部は事後の対応に追われた。
死者4名、重傷者3名、軽傷8名の被害者を出すことになり、一方の耳派は1名を除き6名の死亡が確認された。
その中にはヘルゼルペイタ、ユーディ、そしてプルシェニカの名前も入っているがセルゲイのみは混乱に乗じて姿をくらませた。機を見るに敏な男だったのだろう。
彼はその後旧魔王領に逃げ延び、その後も反冒険者の活動を続けたと言われているがどのような最期を遂げたかはわかっていない。
ともかく、苦渋の立場に追いやられたのは冒険者ギルド某支部である。
なにしろ管轄内の祭典でテロを未然に防げなかったのである。
責任を追及されるのは仕方がないと言わざるを得ない。
更に悪い事に警備に関して支部長代理のリャン・ハックマンが一切絡んでいなかったという事実が発覚しより立場を危うくさせた。
リャンという女はかつて魔王討伐に参加し救世的活躍をした伝説級の冒険者であるが、その性格は破綻していると言われており、今回のように形式ばった祭典を嫌ったため右腕のモーリン・アッテナに一切を任せてしまったのである。
彼女が支部長代理を務めているのもちょっとしたボタンの掛け違いのようなもので、本来リャン・ハックマンのような女を組織の長に就けるつもりは誰にもなかったし、リャン自身も殆ど自分の意志と無関係にその立場に就いてしまっていた。
今回の警備を取り仕切っていたモーリンはそれこそ苦虫を嚙み潰すどころでは済まなかった。
最悪なことは、今回来賓として訓辞を行ったハインリヒ・ディレルオスカーが面子を潰されたと怒り、某支部に事態の根本的な解決を長期的な視点で求めた事であろう。
彼がもともと魔王大戦時にハーフエルフの集落にて虐殺を指示したことについては触れたが、彼の中にハーフエルフに対する醜悪な差別意識があったのは明らかである。
この事件以来、ディレルオスカーは自分を支持する政治家や新聞社に耳派の脅威とハーフエルフに関する人種問題について頻繁に意見を交わすようになり、しかも彼は直接的にハーフエルフへ憎悪が向くようにはしなかったが狡猾に相手の口からハーフエルフを問題視するような発言を引き出す事ができた。
ディレルオスカーの暗躍が全てとは言わないが、その後に再度ハーフエルフに対する悍ましい集団的迫害行為が発生した事について、歴史を知る者であればやはりディレルオスカーの責任をここでも問うべきと考えるのが正しい認識であると言えるだろう。
「テロが歴史を好転させる事はない」と言うのは多くの歴史家が口にする言葉ではあるが、今回もやはり耳派の活動が結果としてそのような負の歴史に繋がってしまうと思うと痛嘆の思いを禁じ得ない。
現代でもハーフエルフの人種問題は解決されていない。
彼らの多くが犯罪組織や性産業に身を置き、貧困に苦しめられており、他人種との軋轢は現代もなお続いている。
イチとタオ・メイメイ、イルハについて。
彼女らはテロを未然に防げなかったものの、耳派拠点を見つけ出し結果として耳派のひとりを追い詰め冒険者ギルドに貢献した事を認められ、少なくない報奨金が支給された。
はじめ、3人は報酬を喜んで受け取る気にはなれなかったが、それでも生活の為に対価を手にし山分けにした。
イチは拷問で受けた傷の治療のため短期ではあるが入院し、胸や下腹部に受けた傷は薄く残ってしまったが後遺症もなくその後も冒険者として活躍した。
イルハは今回の事件を受け、自らの見識を更に深め世の為に更に騎士として成長しなければと考え、報酬を元手にしばらく旅に出る事にした。
タオ・メイメイについて事件からしばらくどのように過ごしていたかあまり記録が残っていない。が、ある時から立ち直って再び冒険者としての日々を過ごしたのはイチやその周辺人物の日記に活躍が書かれている。
最後にプルシェニカについてだが、彼女の遺体は火葬され、スウィートバウムの共同墓地の一角に遺灰が撒かれた。
その一角は、主に身辺不明の者、刑死した者の為に一応の墓碑が建てられている寂し気な場所で、今でもかつてのスウィートバウムであったバルティゴ共和国のスウィートブルグに残っている。
墓碑は今も残されているが、他の墓石の列と違い慰霊に来る者も滅多におらず、まるでそこに無数の魂が眠っているとは信じられないほどに朽ち果て苔むしている。
が、ここでプルシェニカの魂が慰められた事に疑いようはない。
その墓碑の目立たぬ裏側に、“わたしのともだちプルソェニカここにねむる”と何か楔のようなものを使って深く刻まれ彫られているのが今でも見つけられる。
無論、あの勇敢なハーフエルフの少女がその文字を刻んだ確たる証拠はないが、“シェ”と書くつもりが棒が一本足りず“ソェ”になってしまっていることから、文字すらまともに書けないあの少女が生涯プルシェニカとの友情を忘れなかったと考えたとしても、歴史小説家の創作とは受け取られないものと思うがいかがだろうか。
少なくとも、私の友人であるマクナイト・オルフは私の意見に同意してくれるものと思う。
『ハーフエルフを狩る者たち・完』