第8話 触手なんて怖くない! 1

  バルティゴ都市国家連邦歴16年3月1日黄金の日。

  冒険者の国家などと馬鹿げた理念を掲げた愛すべき連邦が崩壊する12年前のことである_____。

  【バルティゴ都市国家連邦外伝~冒険者たち~】

  「逃げろ! 少年!」

  この物語の主人公、冒険者の少女『イチ』は早くも絶望的なピンチを迎えていた。

  瑠璃色の冒険者用コートを着た小柄な体が巨大烏賊を思わせる太い肉色の触手に絡めとられ既につま先が洞窟の地面に着いていない。

  不気味なイボの着いた触手に肋骨あたりを締め付けられ、イチのバストは本来の見た目以上に膨らんで見える。

  「イチさん!」

  「大丈夫だ! 触手なんか怖くない! 必ず戻るから外で待ってろ!」

  イチの身を案じる少年の声は彼女を助けるための何の役にも立たず、イチは触手が分泌する粘液で顔や金髪のポニーテールを汚されながら精一杯の強がりを言った。

  しかしながらイチは巨大な一つ目の眼球を大きく開いた触手の怪物に捕らえられ、洞窟の奥に引きずられて行きながら非常に辛い未来を考えずにいられなかった。

  通常、触手に絡みつかれた時点で9割方敗北が確定する。

  何しろ獲物を捕らえる為に特化した進化をした生物なのだ。

  動きを封じられた以上、本来は仲間の助けに期待するべきなのだが現在の状況からそれは望めない。

  イチはなんとかして触手に攻撃できないかと我武者羅な意識で右手に握った拳銃を触手の本体である巨大な眼球に向けたが、新たに伸ばされた触手に腕を絡めとられそれすら封じられてしまった。

  「ちくしょう!」

  状況は最悪である。

  触手に捕らえられた者の末路はだいたい3通りである。

  ひとつは単に食料と見做され食われるか、或いは触手の幼体が狩りを覚える為の玩具として嬲られ力尽きるか、苗床にされて自分の意志と関係なく触手の幼体を死ぬまで産まされ続けるか、である。

  イチは過去に触手に捕らわれた少女の末路を目撃したことがあり、その少女は肉の壁に四肢を拘束され膨らんだ腹を抱えたまま触手の幼体に無理やり授乳させられ酷い抑鬱状態になり、力ないうめき声をあげつづけていた。

  少女は救助されたが、とてもではないが社会復帰は望めそうになかった。

  嫌でも自分がそのような状態になった姿を一瞬想像してしまったのだろう。

  _____冗談じゃない!

  この日はイチが物語の舞台となる都市バルティゴのスウィートバウムにたどり着いてまだ1日も経っていない。

  しかし彼女はあまりにも無謀な依頼を受けてしまったばかりに凄惨な最期を迎えようとしていた。

  筆者としてもこんな所で彼女が妙な目に遭わされ苗床として精神を破壊されるまで化け物を産み続けるような惨い場面を描写しないといけないとは甚だ遺憾であるが、イチが触手から逃れる方法はどう考えても出てこない。

  _____こんなところで、終わってたまるか!

  イチの冒険は終わろうとしていた……。