第8話 虫に這われコウモリの糞で汚され触手に襲われて 触手なんて怖くない!8 

  イチが洞窟で第一の関門を突破した頃、冒険者ギルド某支部では施設の2階にある第2会議室で緊急のミーティングが開かれていた。

  既にギルドが集めた冒険者たちが7人集まっている。

  魔法使いが3人、銃士が2人、剣士が1人、治癒魔法使いが1人。

  階級は狼階級もいれば山猫階級もおり、魔法使いには最上位の大烏階級もいる。

  ダンジョンスクイを処理するには必要十分な人員であった。

  作戦説明……、ブリーフィングは冒頭で職員として出てきたアルバート。

  彼はこういう場合の処理部隊の指揮をとった経験があまりなかったので、目付け役として彼の上司であるモーリン・アッテナという桃色の髪の女が同席している。

  「……以上、各自、最善を尽くしてください」

  既に作戦目標、想定される脅威、各自の役割について共有してある。

  作戦は単純で、第一段階で安全を確保しながら魔法使いの火炎魔法で洞窟内を償却、第二段階では剣士と銃士を先頭にして洞窟内の捜索。生き残った幼体がいれば確実に駆除。安全を確保できたら再度魔法使いが火炎魔法でダンジョンを焼き払う。

  第三段階で洞窟内の安全が完全に確保出来たら撤収。

  そういう流れであった。

  生存者の捜索は、念頭に置いていない。

  「冒険者がひとり、洞窟に潜ったって聞いてるけど? どんな子?」

  大烏階級の女魔法使いが疑問を出した。

  その心に救助という考えはないが、もし死体が見つかったら出来れば骨を拾ってやるくらいはしてやろうと思ったのだろう。

  「金髪に、背は155cm前後、瑠璃色の衣装で、同じく瑠璃色の帽子を被っていました。階級は山猫」

  そのアルバートの答えにモーリン・アッテナは驚いた顔をして口を開いた。

  「その子、名前はなんて言っていましたか?」

  「変わった名前でした。確かイチという名で、今日スウィートバウムに到着したばかりだとか」

  モーリンはその名を聞いて一瞬笑みを浮かべた。

  その表情にアルバートは不思議を覚えた。

  モーリンは普段職場でそういう表情をあまりしない女だったからだ。

  

  「なにか?」

  「いえ……、別に。_____ブリーフィングはこんなところで良いでしょう。予定通り、日の出と共に作戦を開始してください」

  モーリンは集まった冒険者にそう言って解散を促したが、実働部隊が徐々に部屋を後にする中、アルバートにポツリと言った。

  「もしかすると、その子は生きて戻ってくるかもしれません」

  「は?」

  アルバートは不可解だとでも言いたげな表情を見せる。

  彼の経験上、山猫階級の冒険者が単身ダンジョンスクイのいる洞窟に挑み生還したケースは一度もない。奇妙を覚えるのも無理はないだろう。

  「少し特別なんですよ。彼女は」

  そう言ってモーリンはいつもの淡々とした態度に戻り会議室を後にしたが、残されたアルバートはやはり奇妙な顔をしていたことだろう。

  ◆

  マナライトの淡い光の中、イチは洞窟の中を這っていた。

  這う、と言っても腹ばいではない。

  仰向けになりバックパックは腹に抱くようにし、踵と尻、頭と肩をつかい尺取り虫のような動きでじわりじわりと移動している。

  時に帽子や服を堆積したコウモリの糞で汚し、時にゴキブリや蜘蛛などの不快な害虫に顔を這われながらもジワリジワリと進んでいった。

  まるでナメクジかなにかのような酷く遅い動きだが、この動き方がイチのダンジョンスクイの対策である。

  ダンジョンスクイの兵隊が獲物を感知するメカニズムは、今でいう赤外線センサーに近いメカニズムで、生物から発生する熱を感知する。

  しかし、ダンジョンスクイの触手は動いている物体のみ感知するので動いていない物体には反応しない。

  また、女王以外は目が退化している。洞窟など光のない場所を住処に選び進化した結果である。

  そのため、超低速で身体を動かすと触手の追跡を躱すことが出来るのである。

  これは過去の冒険でイチが偶然得た知識で、当時ダンジョンスクイの生態を知る者などいなかったのでこのような対策をしていたのは彼女だけであろう。

  更に、腹ばいを選ばず仰向けで進むことにより視界を広く確保でき、万一触手に補足された場合でも即座に反応できる。

  冒険に関する彼女のセンスには舌を巻く。

  しかし、その歩みは牛歩よりも遅く、現にこの一帯を半分進むまでに既に1時間ほど経過している。

  酷く時間がかかるがイチの今進んでいる場所は先ほどよりも遥に開けた空間で、ダンジョンスクイの兵隊が身をひそめるのに適した地面や天井の窪み、影が多く先ほどのようにネズミを使って進んだところで効果が薄い。

  ネズミ以外にも色々な装備を持ち込んではいるが、先の事を考えるとこれ以外に単身でダンジョンスクイのいる洞窟に挑む方法が思いつかなかったのだろう。

  囚われの身の者がいる事を考えると焦りも生まれる。

  洞窟の中では時間間隔が鈍ってしまう。

  最後に時計を開いたのは16時43分だった。

  _____ちくしょう。このコウモリの糞は、ちょっとやそっとの洗濯じゃ臭いが取れないぞ。

  焦りは苛立ちを産み、苛立ちは更なる焦りを生む。

  しかしイチは進む速度を上げるような過ちは犯さず、決まった速度で地を這った。

  その甲斐あって彼女は一度も触手を伸ばされていない。

  しかしここで予想外の事が起きる。

  _____なんだと!?

  イチは突然自分が来た道に松明の光が見えたのを感じた。

  その光はアニスだった。

  「馬鹿野郎! 戻れ!!」

  「イチさん! _____うわぁっ!」

  イチの声を聞いて笑顔を見せたアニスだったが、一瞬で身体に触手が絡みつき少年を闇の中に引っ張ろうとした。

  その瞬間イチは上体を起こし右手に握ったカーペイトの連射を放った。

  奇跡のような正確さでアニスに絡みついた触手は全て無力化した。

  _____動いてしまった!

  イチは見えずとも四方八方から触手が彼女の身体を狙い矢弾のような速さで伸ばされるのを察知した。

  何かを考えている暇はない。

  「少年! 走れ!」

  イチは急いで腰にぶら下げた革袋から紙に巻かれた球体状の物体を取り出し、球体についた紐を引き抜き投げた。

  すると破裂音と共に凄まじい刺激臭がし、イチは一瞬吐き気を覚える。

  これはイチが奥の手として持っていた対触手用の煙幕で、少なくともイチに向かってくる触手だけは動きを止めることが出来た。

  「馬鹿! こっちじゃない!!」

  しかしイチは少年への指示を間違えた。

  イチは少年を帰すつもりだったが、少年はイチが走り出す方向に一緒になって駆けてしまったのである。

  「くそ!」

  イチは再び煙幕を投げた。

  これで残された煙幕はふたつ。

  この装備はもしダディスとシスタが生きていた可能性を考え取っておいたものなので、こんな場所でふたつも使うのは想定外であった。

  イチは次の空間に繋がる狭い通路の入口になんとかかけこむと、空になった弾倉に新たな弾を込めアニスに向かって伸びる触手を何とか撃墜することができた。

  「こっちだ! 急げ!」

  イチは走ってきたアニスに手を伸ばすと少年の手を引き自分の胸に抱きよせ、狭い通路に逃げ込むのだった。