9話 謎の賞金首テオドール バルティゴ鉄道乗っ取り事件2
バルティゴ都市国家連邦歴18年11月17日水の日。
不屈の冒険者イチと魔法使いシーナ・アハトゼヘルの両少女は北の都市デーニズでの依頼を終えて、スウィートバウムに向かう列車に乗り込んでいた。
バルティゴ鉄道は環状線で、大陸の西を、東は旧魔王領との緩衝都市でもあるジギンとモルカルから西は海に面するマドナルクやビジネットまで、東西南北の都市を結ぶように軌道が敷かれている。
イチたちは都市バルティゴのバウム駅から列車に乗り、北の都市デーニズで依頼を遂行していた。
結果から言うと特別な困難もなく依頼目標を達成し後はスウィートバウムの冒険者ギルドで拘束した賞金首を引き渡すだけである。
「やっぱり二等車はいいですねぇ! ちゃんと座れますし、なにしろ人で埋まってないですからね! シーナ、本当は1等車でもよかったんですけど、たまには二等車も風情があって良いですねえ。なんとなくお家の物置みたいな香りがしますし、この座椅子だって座り心地が面白いですよ」
シーナは切符で割り当てられた車両の後部よりの席に腰掛けると荷物のリュックを座席の下に置いて身体を休めた。
「行きは誰かさんのせいで酷い恥をかいたからな」
「そうでしたっけ? あは、あはははは…………」
イチは行きの電車でトラブルに遭い、ショーツを履き替えなければならない不名誉な事態になってしまった。
それは勿論故意ではないものの、シーナ・アハトゼヘルに多少の瑕疵がある。
イチは荷物を置く前にすることがあった。
「ほら、座れ」
イチは目が隠れるほど灰色の髪を伸ばした男、テオドールをボックス席の窓側に座るよう命令した。窓側に座らせたのは逃げ出すことを防止するためである。
テオドールは指錠で後ろ手に拘束され猿轡をしっかり嚙まされたまま苦々しい顔つきで渋々腰を下ろした。
もともと、ひねくれた性格が凝り固まって岩のような顔つきになってしまった男なだけに不機嫌になるとそれこそ鬼顔岩のような表情になる。
まあ、それも冒険者に身柄を拘束されているのだから無理もあるまい。
「余計な事は考えるなよ。死なないように痛めつける方法はいくつか知っているんだ」
イチは対面のテオドールの些細な動きも見逃さぬようシーナの隣に腰掛け、緊張を解く事無くテオドールを睨みつけた。
猿轡を噛まされたテオドールは一切の発声を許されず、舌打ち代わりにフッっと鼻息を吹き出して不服を表している。
彼はこれから長い時間、列車の中で不自由を強いられた果てに何かしらの罰を科せられるのだ。
テオドールはふと視線を窓の外へやった。
列車は汽笛を鳴らす。
ゆっくりと駅の景色が流れ、デーニズのガラクタ箱のような街並みを置いて車輪は走り出した。
テオドールが視線を対面のイチに戻すと、石炭の香りでも感じたのかくしゃみをしていた。
◆
さて、このテオドール・ミッドリービッヒであるが情報の少ない人物で、この時イチたちは何故テオドールに賞金がかけられたのか、いったいどういう悪事を働いたのか一切知る由はなかった。
テオドールについては一説によるとさる名家の子息であったという噂もあり、たしかにミッドリービッヒという姓は当時鉄道技術の発展に大きく貢献した名門の姓ではあるが、ミッドリービッヒ家の者はテオドールなる人物については知らぬ存ぜぬというような態度であったし、テオドールが勝手にミッドリービッヒの姓を名乗っている可能性は十分考えられた。
しかしテオドール自身、懸賞金がかけられるような人間性であり、どうやら定職に就くことはせず闇冒険者とつるみ悪事を働いていた事が伺えるので、もし本当にミッドリービッヒの者であったとしても離縁をつきつけられていると考えてよい。
この事件を日記に書き残していたイチによると、「嫌な奴。頭はいいのかもしれないが、ひねくれていて、破廉恥」と第一印象が書かれているので、まあそんなような人間だったのだろう。
テオドールはスウィートバウムで何かしらの事件を起こしデーニズに逃げたと見られる。
奇妙な事に、どうやら依頼主は多少名のある人物らしく、依頼に至った理由も「酷く名誉を傷つけられる出来事があった故」としかイチたちには知らされていなかった。
しかし依頼を仲介したスウィートバウムの某支部は機能不全を起こしており、他の支部であたりまえにしている依頼の背景に不審点がないか調べ上げるという手間を割かなかったのでこのように不透明な依頼になってしまった。
ただひとつ、某支部がイチたちに事前情報として伝えた事と言えば「奇妙な魔法を使い、手に触れる事は危険」という一点である。
そも、なぜデーニズにいる事がわかっている賞金首を確保するのにスウィートバウムのイチたちが選ばれたかなど疑問はつきなかったが、報酬も悪くなかったためイチはシーナを仲間に選び依頼にあたることにした。
テオドールを確保しにイチたちは都市デーニズまで向かい、地元の冒険者たちの協力も得られ比較的早くテオドールを発見。
その際、特に苦労することもなく工場労働者として働いていたテオドールを捕まえた。
この時、イチにとって工場の仲間たちが捕らえられるテオドールを一切顧みることなく、むしろ喜んでいた節さえ見受けられる事が印象に残っていた。
そしてテオドールはイチたちに拘束されスウィートバウムへ向かう列車で移送されることとなる。
これが依頼の主な背景である。
◆
「よう、お仕事ご苦労様だね。切符を見せてもらうよ」
列車が進み始めてしばらくすると、車掌の男が切符を確認しにイチたちの席までやってきた。
この時代の鉄道では、車掌は引退した冒険者が登用される事が多く、今イチたちに話しかけてきた人のよさそうな中年の男もどうやら過去に冒険者をやっていたようだった。
彼ら車掌は冒険者ギルド内の鉄道警備隊に所属しており、列車の安全を守る保安要員の職務も兼ねている。
自分が冒険者だっただけに、冒険者のイチたちに好意的らしい。
「頼む」
イチたちは切符を渡した。
ちなみにテオドールのような賞金首は“荷物”扱いとなり、切符を必要とされない。
一時的に列車の高等旅客用貨物車にある銃犯罪者を護送するための檻に監禁する事も出来たが、有料でそれなりの額が必要だった。
手の内を知らぬ魔法使いを監視外に置く不安もあったのだろう。
「その若さで狼か。いや、大したもんだ」
車掌は見かけから30代半ばに見える。
イチがかぶっている瑠璃色のベレー帽につけてある狼のバッチが目に入ったのだろう。
「今の時代は昔にくらべて易しいからな」
車掌の言うとおり、この時代の冒険者は昇給が早かった。
古い時代では駆け出しが初めて山猫のバッチを授かるにもそれなりの実績を必要とされたが、イチ達の時代では活躍できそうな者は早い段階でバッチを与えていた。
「そいつは? 何をやらかした」
車掌は拘束されたテオドールを見ていった。
「知らん。魔法を使うらしい」
イチは何かを話したくて目を輝かせているシーナに口を出させないように敢えて不愛想に言った。
なにしろ喋らせたら止まらないので先手を打つ必要があった。
「まぁ、あんたがたならそいつがいてもおかしな事にはなるまい。いい旅を」
車掌もイチの態度で何かを察したので、それだけ言うと胸の中心を二度叩く冒険者式の敬礼をするとその場を去った。
「いいな~。車掌さんってかっこいいですね~。シーナもあの切符をパチってやるやつやってみたいです。それにあの制服がかっこいいですよね。ピシっとしてて。シーナも冒険者引退したら鉄道警備隊で働いてみましょうかなんて考えちゃいます! イチさんなんかあの制服似合いそうじゃないですか! 青みがかったグレーのあの感じが。でもでも、シーナが着るならもっと赤くてかわいい……」
「そのくらいにしておけ、シーナ」
イチは厳しい口調で言った。
なにしろ賞金首を護送中で神経がとがっているというのもあるが、イチはシーナが余計な口を滑らせてテオドールに有利な情報を与える事がないか恐れた。
何しろこの段階でイチはテオドールがどのような魔法を使うのかわからない。
無論、魔法を使うための発声ができないよう完璧に猿轡を噛ませている。
魔法を発動させるには基本的に何かしらの言葉を詠唱し、自分なりにマナの世界に精神をリンクさせるのが基本である。
無詠唱で魔法を発動させるのは準魔術師以上では可能だが、テオドールはそうではなさそうだった。
しかし、例外として体に流れるマナを瞑想的に操作し魔法を発動させる方法もあり、魔術師以下ではその効果は局所的になるが、身体の一部を接触させる事によりユニークな魔法を操る者もいる。
(過去の章に登場する、『石化の魔法』を操ったバジリールや、『水を冷たくする魔法』を操ったホーイッツなどがそれである)
とにかく、体の自由を封じたからと言って魔法使いは油断ならない相手なのだ。
「ぶ~~、シーナ、つまんないです」
イチにお喋りを窘められたシーナはふくれっ面で窓の下枠に肘をかけて窓の外に顔を向けた。
イチが懐にしまった懐中時計で時刻を確認すると朝の7時を回ったところである。
イチも空模様を確認すると、不思議なほど雲のない空であった。