第10話 1500mからの狙撃 虜囚イチ救出作戦 7

  突如基地司令ザイエンの顎が撃ち抜かれて倒れた時、多くの兵たちは何が起きたか理解できず呆気に取られていた。

  一番早く事態を把握したのはジハックであった。

  「敵襲!! 狙撃されておる!!」

  叫んだ途端、ジハックは突如その場に崩れた。左足首を撃ち抜かれていた。

  その場にいる兵たちが遅れて状況を把握し、とにもかくにもザイエン少佐とジハック准将を守ろうと数人がかりで兵舎の影に引きずろうとする。

  しかしジハックは引きずられながら怒鳴った。

  「馬鹿者!! イチの確保を怠るとは!!」

  ジハックは敵の意図をいち早く掴んでいた。

  襲撃者の狙いは考えるまでもなくイチの救出であろう。

  既に兵たちは狙撃を恐れ手近な兵舎の影に隠れ身を守っているがそれこそ敵の狙いで、これから絞首台の下に落ちたイチを確保しようとすれば敵の精密な狙撃に阻まれることになる。

  そしてジハックは狙撃手の正体も確信していた。

  「貴様、ケパック中尉か?」

  ジハックは自分を引きずった男の顔を見て言った。クロヌマーブ駐屯地で部隊を預かるケパック中尉である。

  「は! ケパックであります!」

  ケパック中尉は四十路前の男で、忠実ではあるが常に力んだような岩のような顔をしている男でもあった。

  ザイエン少佐の副官でもあり、この基地の人間と言う括りではザイエン少佐が指揮を執れない場合彼にその指揮権が移る。

  ケパックは部下にジハックの足を応急処置させるよう命令を出した。

  「馬鹿者! そんなことよりも女の確保だ!!」

  しかしジハックはケパックがイチの確保を後回しにしている事のほうを責めた。

  それを嘲笑うかのように基地内で新たな無数の銃弾が跳ね、そのために兵たちは更なる混乱に陥っている。

  「報告! 北側より敵の攻撃を受けています! 敵は騎兵で襲撃をかけています!」

  「言わんこっちゃない!」

  混乱する兵から新たな報告を聞いたジハックは憤りのあまり被っていた軍帽を地面に叩きつけた。

  ジハックから見て確かに北側から少数の騎兵らしき冒険者が行進間射撃をしかけてきている。

  火力こそたかが知れたものだが、長距離狙撃との連撃でクロヌマーブ駐屯地の兵たちは満足に応戦すらできていない。

  そもそも武装していない者も多数である。

  「防御部隊と反撃部隊を組織しろ。ガトリングを出して敵を近づけるな。敵狙撃手は位置から考えるに西の丘の見張り塔を奪取しておる。突撃がよい。一気呵成に攻めて動きを麻痺させよ!」

  「は!?」

  ケパックはジハックの指示に一瞬戸惑った。

  ジハックの言う通り見張り台は駐屯地の絞首台を基準に、西側1500mの丘に建てられている。

  しかしケパックは1500m先から狙撃を行う者がいるとは信じられない。なにしろ彼の常識では狙撃手の狙える距離は飛びぬけて優秀な者でも700mがせいぜいである。1500では倍以上離れている。そしてこれは何もケパックだけの常識ではない。

  迷いを見せながら「迅速に遂行します」と敬礼をした。

  ジハックはそのケパックに苛立ちを感じながら口を開いた。

  普段穏やかな老人だが、いざ指揮を執る必要があればその声は強く響く。

  「リャンだ。リャン・ハックマンが出てきておる。絶対に逃がすな! 損害を無視してでも討ち取るべき相手と心得よ!」

  ◆

  「命中。イチさんも無事です。パルテルラットの隊も攻撃を開始しています」

  クロヌマーブ駐屯地から西に離れた監視塔、その見張り台に望遠鏡を構えて立っているモーリン・アッテナは淡々と結果だけを述べた。まるでそうなるのが当たり前かのような口調である。

  いつもは冒険者ギルドの職員として事務服に身を包んでいる彼女だが、今日は深紫色の冒険装束に身を包みその襟には大烏のバッチをつけている。

  モーリンの報告を聞いたカーペイト3式ライフルの照星から目を離さないままリャンは口笛で答える。

  _____当てたのか? この距離で。目標なんて、豆粒くらいにしか見えないのに。細いロープを?

  その様子を見ていたハーフコボルトのヘルヒャンは改めてリャン・ハックマンという女の凄まじさを思い知った。

  ヘルヒャンとて髑髏階級の冒険者、破天のリャンの伝説は聞いていた。

  熊のように人を千切り飛ばし、馬よりも早く駆け、遠く見えぬほどの距離を射抜く。そういう正気の沙汰から外れた世界に生きる者がいる、と。

  だがそれを実際に目の当たりにした時、感じたのは興奮よりも恐怖であった。

  「よし。状況開始だ。最善を尽くせ。おい犬っころ。首尾はどうなんだ?」

  リャンは膝立ちの狙撃姿勢を崩さないままヘルヒャンに言葉をかけた。「犬っころ」はコボルト族に対する蔑称ではあるが、リャンの肝を冷やすような声のせいで怒りは尻尾を丸めている。

  「あ、あんたの言った通り、烏賊キャノン2号を設置した。仰角も計算してある。試射ができたらもっといいんだが……」

  リャンはヘルヒャンの報告を聞いて返答の代わりと言わんばかりにカーペイト3式ライフルの引き金を引いた。甲高い銃声がヘルヒャンの毛がフサフサ生える耳を震わせる。

  「奴ら、突撃をしかけてくるぜ。足止めできなきゃ、おめーらは蹂躙されてお終いだ。せいぜい上手くやれ」

  リャンの言葉には言外に「自分だけは関係ない」とでも言いたげな響きがある。その態度にヘルヒャンは目の前の不気味な髑髏階級の女が自分たちと同じ思いでイチを救出しようとしているとは信じられなかった。

  「ヘルヒャン、改めて迎撃の準備を。丘の斜面に弾頭が落ちさえすれば問題ありません」

  リャンの言葉を濾過するようにモーリンがヘルヒャンに伝えた。まるでリャンが放棄している意志疎通を彼女が代わって出しているような構図である。

  モーリンの言葉を聞いたヘルヒャンはそれでも安心できていないようで、その証拠に犬耳が元気を失くしている。

  なにしろクロヌマーブ駐屯地は小規模な基地といえ150人を超える戦闘員を有している。自分たちの数を考えたら本来戦闘を仕掛けてよい相手ではない。

  モーリンは望遠鏡で戦況を漏らさず確認しながらヘルヒャンの不安をも察した。

  「リャンは今まで自分から仕掛けた戦いで負けた事はないの。落ち着いて動けば、大丈夫」

  ヘルヒャンはモーリンの言葉を疑わず受け入れた。だがそれでも心の中から不安は抜けきらなかった。もしかすると自分たちは間違いなく勝てるのだろうが、それ以上にリャンと言う女に対する不気味さが拭えていなかったのだろう。

  そのヘルヒャンの不安を見抜いたかのようにまた新たな銃声が響いた。

  ◆

  クロヌマーブ駐屯地はジハックの指示で混乱から立ち直りつつあった。

  ジハックの指揮が活き、兵たちは迎撃の為に動き始めている。

  しかし、何かに身を隠していない兵は容赦なく腕か足を撃ち抜かれ、つま先ひとつでも身を晒せば容赦なく正確無比な銃弾が肉と骨を弾き飛ばした。

  そのため練兵場では動けず呻いている兵が既に何人も転がっていにも関わらず、そういう状況なので彼らを安全な位置に引きずる事さえできない。全てリャンの思うがままの状況になっていた。

  これは、前述の「拡張性」を考慮した基地のため防壁が極端に少なく、敷地を守る者は鉄条網くらいしかないのも原因のひとつだろう。

  なにしろこの時代のバルティゴ国防軍は攻撃の為の基地を考えていても守る為の基地というのはあまり考えていなかった。

  「土嚢でもなんでも重ねて防御陣地を構築せよ! 負傷者は後で拾えばいい!!」

  ジハックはひとまずどこからも射線の通らない兵舎の影から大声で指示を出している。

  「ケパック。反撃部隊の状況はどうか!?」

  ジハックは足を負傷したものの小銃を杖にして立って歩ける程度にはなっている。動ける範囲で全体の状況を絶える事無く把握し、準備中の攻撃部隊にも気を回している。

  「は。間もなく出撃できます。砲兵隊はまだ時間を要しますが」

  「急げよ」

  ジハックはひとまずケパックの報告に不満はないようである。

  実は、リャンの襲撃は決して当初思い描いていたようなものではなかったはずである。

  リャン・ハックマンがどのような計画を立てていたかはわからないが、少なくとも真昼間から基地に襲撃をかけるような無茶は好まないだろう。

  人格の破綻したと言われる彼女だが、今回のように無駄に大胆な攻撃に出ることはまずない。

  予想外のタイミングでイチの処刑が決定された事を知った為に危険と知りつつも見張りが交代したタイミングで監視塔を制圧、ヘルヒャンに陣地の構築を一任し、イチ救出の準備を進めたのだろう。

  「報告! 反撃部隊、出撃準備完了!」

  ケパックは部下から反撃部隊の準備が整った事を合図され、ジハックに伝達した。

  「反撃部隊の首尾は?」

  「ジムツ曹長が歩兵・工兵混成部隊で橋頭保を築き、ギヌレヌ准尉が騎兵部隊で敵を抑え込み、砲撃部隊により制圧します」

  順当な用兵である。だがそれは常識的な敵を相手にした場合に限ってのことだとジハックは考えた。

  「騎兵部隊を突っ込ませろ」

  「しかし、それでは兵が狙撃されます」

  「馬鹿者! 未だ防御陣地の構築できておらんのだぞ? あのアバズレの狙撃のせいでな!」

  ジハックは拳を姿の見えぬリャンのほうに突き出し続けた。

  「破天のリャンとはいえ一度に二か所の兵を狙えん! ガトリングさえ設置できればよい! 相手は髑髏階級だ! 命を賭ける価値がある!」

  ケパックは一瞬たじろいた。それでは言葉のまま損害を無視した突撃ではないか。

  しかし、逡巡している間に掩蔽の為に土嚢で陣地を構築している兵のひとりがほんの一瞬身を晒した瞬間に肩を撃ち抜かれて倒れたのを見て考えを改めた。

  「遂行します」

  ケパックは作戦を伝達するために伝令を呼んだ。

  反撃の準備は整いつつあった。