第九章 影の軍勢の拡大 ―迫る復讐の刻(とき)― 1
エルフたちの住処である『不帰の森』から少し離れた場所に『影の谷』と呼ばれる場所がある。
そこはかつて、鍛冶を生業とするドワーフたちが作り上げた黄金都市『セオドア』があった場所なのだが、今は砂塵飛び交う廃墟と化しており、黄金都市の痕跡もはや何も残っていない。
山を切り開き、大地を掘削し、採掘した鉱物を作り変えて武具を作るドワーフたちは、自然を愛するエルフたちにとってみれば、自然破壊をする悪の権化であり憎悪の対象であった。
そんな二つの種族の間に大きな戦が発生したのは、今から数百年前のこと。
結果はドワーフ族の敗北。
黄金都市『セオドア』は徹底的に破壊され、それからドワーフ族も衰退の一途をたどった。
影の谷には現在、ドワーフ族の生き残りが少数ながらもつつましく暮らしているのだが、数年前、最後の女ドワーフが死亡し、一族の滅亡が決定的となった。
そんな死に体のドワーフ族の現族長であるアレスのもとに、数百年ぶりとなる外部からの来訪者が現れたのは二日前のことだった。
「……」
円卓の向こう側に腰かける白銀の鎧を身にまとった騎士、リンドの様子をアレスは探るように見つめた。
二日前、突然やってきて、
「我が主よりドワーフ族の族長に親書をお持ちした。族長はおられるか」
と告げてきたときは、一体何事かと思ったが、それよりもアレスを驚かせたのは、
「……以上が我が『主』カイル様よりの提案だ。どうだ? お前たちにとって悪い話ではないはずだが?」
この女の主が王族ではなかったということだ。
白銀の鎧をまとった女騎士、王立騎士団の副団長リンドの名はドワーフたちの谷にも轟いており、王国と王女に忠誠を誓う無敵の戦士として名高い。
そんな誉れ高き騎士のリンドが、あっさりと王国を裏切った。これは絶対に何か裏がある。
そう思ったアレスは、リンドからの問いかけに低くうなりながら、
「確かに悪くない提案だ。だが……」
再び、リンドの様子を探るように見つめる。
「だが? なんだ?」
「どうも信用できぬ。お前の主の目的はなんだ? 何故我らドワーフに手を貸す?」
「……それは答えられないな」
「目的もわからぬまま、お前の主とやらに、武器の製造とその供給を今後半永久的に行え、と?」
「そうだ。その見返りは約束しよう」
アレスから問いかけに、リンドは毅然とした態度で答える。
「……ううむ」
未だ釈然としない様子のアレスに対し、
「私たちのことを信用できないというのであれば、信用たる証拠をお見せしよう」
リンドがそう提案してきた。
「証拠?」
「あぁ……この集落の中央に広場があったな。数刻後、集落のドワーフたちを全員、集めろ」
「……全員?」
リンドからの提案にアレスの眉がピクリと動く。
アレスの表情の変化に気づいたリンドは、
「ふふ。安心しろ。別にお前たち全員をその場で一網打尽にしようなんて考えてはいないさ。そんなこと、私がその気になればいつでもできる」
そう皮肉交じりに伝えた。
「……随分とドワーフのことを舐めているようだな、女」
「舐めているつもりはない。お前たちのドワーフ族の剛腕はとても有名だ。が……」
リンドはアレスを見つめながら、
「それでもお前たちごときでは、私には決して勝てない」
そう述べた。
その瞬間、リンドから放たれた殺気にアレスは一瞬たじろいだ。
あぁ、こいつには自分たちドワーフが束になっても勝てない。
そう感じた瞬間だった。
リンドはその場に立ち上がると、
「さて、私は準備をしてくる。いいか、必ず全員を集めておくんだぞ」
再度そう告げた。
「……なぜそこまで全員にこだわる?」
アレスの問いかけにエレンは不敵な笑みを浮かべ、
「これから始まる『楽しい余興』に入りそびれたドワーフが、後で文句を言わぬよう計らっているだけのことだ」
そう述べた。