ドリームタイム

  始まりのとき

  遠くに見える黒い森から狼の鳴き交わす声が聞こえる。彼女は耳をそば立てて、鳴き声に聞き入っていたが、急に走り出した。森の見える丘まで駆け上がると、眼下には雪原が広がっていた。空にはまだ太陽が輝き、赤く染まっている。彼女というのは、人類ならまだ少女といえるかもしれない。白い長い頭髪が全身を覆い、手足の先には、桃色の爪をもつ指がある。髪と見えるのは毛皮の一部だったし、甲と手首が白い毛皮でおおわれているので、桃色の掌や足裏がまるで肉球のように見える。愛らしい少女の顔に、ホワイトウルフ特有の灰青色の眼をしていた。人間のような虹彩と強膜にわかれた眼ではなく、獣の眼だった。生まれたときは、狼の子供だったらしいが、成長とともに毛が抜け、いつの間にか今の身体(かたち)に落ち着いた。

  その後仲間の元を離れて森で暮らすようになった。最初は木の洞や洞窟を移り住んでいたが、ある時森の中で半地下になった建物を見つけた。それは過去に最も恐れられた核戦争のシェルターとして作られた建物だった。しかしそれは本来の目的で使用されることは無かった。皮肉にも人類が滅びたのは、核戦争ではなかったのだ。高次の意識があるとすれば、これ以上人類が世界を破壊することを許さず、滅ぼしたとでもいうのだろうか。人類は核戦争から逃れるためのシェルターをその繁栄末期に多く作った。中央が機能しなくなるとロックが外れ、緊急時には子供でも使用できるように作られていたため、彼女も偶然入口の掌紋認証で入ることができた。

  建物には長期保存可能な食料と水、医療品や寝具、衣類などが数人分ずつ蓄えられていた。

  様々な機器類も残っており、部屋には暖炉もあった。暖炉は火を焚く必要がなく、炉にはホログラムの炎が揺れていた。初めて部屋に入ったとき、炎が彼女の眼をひいた。電気で動くその仕掛けは人間がいなくなってからも機能を維持していた。動物たちは室内の機器類、特に揺れる炎を恐れて建物に入ろうとしなかったが、この見せかけの炎は、毛皮を持たない彼女にはうれしかった。かつてシベリアと呼ばれたこの地方は長い冬が続く。電子機器類はソーラーパネルで電力が確保されていて、半永久的に使用することができた。書籍や画像、動画の閲覧ができ、彼女はそこに住むうちに、画像から多くのことを学んだ。記録によると、かつて人類と呼ばれる生き物がいたという。しかし彼らはある時期一斉に姿を消した。

  世界中で病気が流行り、繰り返した。収まりかけたと思われたころ、最悪の事態が訪れた。人類の間で起きた戦いが引き金となった。そこで使われたミサイルが一つの都市を滅ぼし、大いなる災いは始まった。ウィルスが突然牙をむいた。今まで地球上に存在したあらゆるウィルスを超えた感染力で、瞬く間に拡大した。ワクチンも薬もあらゆる治療も効果がなく、感染した人々を死に至らしめた。そのウィルスは、どのようなセキュリティをも突破した。金持ちであろうと、完璧な感染防御システムに守られていようと、無駄だった。ウィルスはどこにでも訪れた。エドガー・アラン・ポーの赤死病の仮面さながら、空気、物、人について移動した。閉ざされたシェルターに住む孤独な男のもとにも、それは訪れ、息の根を止めた。世界中の機能が止まった。地球には静寂が訪れた。しかし何が遺伝子をよみがえらせたのだろうか。彼女は人類と狼の特徴を持っていた。

  恋の季節

  もうすぐ、冬の終わりが来る。それは、兄弟たちの声が「切なさ」を含んでいることからもわかる。晩秋から春浅い季節は狼たちの恋の期間だ。ある日突然の呼び声で本能が目覚める、それは何かの香り、空気の呼び声、空中からとても良い香りがして、体の奥がうずき、正気を保てなくなる。狼たちは恋をする。いつのころからかその呼び声を聞くと、胸や体の奥が、騒ぎ出すようになった。何かがざわざわして、きゅうと締め付けるような切なさ、頭の中にぼんやりと霧が立ち込めるような甘い疼きが彼女を捕らえ苦しめた。獣たちは番い、本能のままに行動する。良い遺伝子を継承するために要求されるのは強さでしかない。彼らの交歓は、本能に従うものだった。彼女に番うものはいない。待っても誰も訪れはしなかった。

  

  2月も遅いころ、突然その呼び声はやってきた。盛りの季節をやりすごすには遠くの兄弟たちと鳴き交わすのが、唯一孤独を慰める方法だ。彼女は声が枯れるまで遠吠えを繰り返した。腹の底から絞り出すように声を上げていると、奥にある重いものが出ていくようだった。まいにち彼女は丘に登り、空を眺めて遠く叫び声をあげた。向こうの森から声がかえってくる。そこかしこの森から、狼の遠吠えが響き始めた。鳴き交わしていると、やがて一つ一つと静まっていった。きっと彼らは相手を見つけて、番っているだろう。森は静まり、時折争う声が混じった。きっと雌を取り合っているのだ。

  

  日が沈みかかり、空はピンクとオレンジのグラデーションに染まっていた。彼女はもう一度空を見上げた。何かが来る。首筋がちりちりして思わずうなり声があがった。空の向こうから羽ばたきが聞こえ、鋭く鳴き交わす鳥の声が聞こえてきた。大きな翼を触れ合わせる音は、猛禽類のものだ。高いところで、2羽の鷲が争っていた。大きさが少し違う。小さいほうは羽が白く、明らかに劣勢だった。激しく突かれて、羽毛が舞い散った。大きなほうが両足の爪を伸ばし掴もうとする。彼女は思わずうなり声をあげた。大きなワシが怯み、一瞬のすきに小さいほうの鷲は難を逃れたが、力尽きたのかそのまま落ちてきた。雪の吹き溜まりに落ちた。大きなほうは執念深く上空を飛び回っていたが、彼女が鷲の方へ向かうのを見ると旋回して高度を上げた。どうやら、彼らも恋の季節らしく、少し小さな鷲も飛んできた。勝者が選ばれたのだ。

  

  落ちていた鷲のからだは血まみれだった。胸と右の翼から出血している。羽毛がほとんど食いちぎられたところがあった。彼女が近づくと、かすかに鳴いたがそのまま目を閉じてぐったりした。彼女は鷲の身体を抱えた。意外にその体は軽く、羽があたたかかった。鷲を建物へ連れて帰り、暖かい暖炉のそばで羽を広げてみると、風切り羽らしき大きな羽が折れ、突かれて血を流していた。鷲の羽は白い色が勝っており、羽をすぼめるとほとんど白く見えた。傷を洗ってやり、羽毛を撫でつけてやった。鷲は時折、目を開けて弱弱しく鳴いた。ちらっと見えた鷲の目は鮮やかな金色で、その眼を見ると胸の奥でなにかがはぜるような感触がした。小さな熾火が跳ねる、そんなかすかな感触、彼女の中でなにかが始まる合図のようだった。ベッドにあげると、すり寄って来る。鳥の体温は高くあたたかかった。大きな羽が身体を包む。白鷲は眠りながら彼女の胸の間に頭を擦り付けてきた。白鷲を抱きしめて眠りにつくと、夕方感じた胸の空虚さが消えていくようだった。

  

  朝目覚めると白鷲はまだ眠っていた。羽をよけて身を起こす。その日は小屋の外に獲物がおいてあった。誰か兄弟がおいていったのだろう。まだ少し暖かい獲物は兎だ。彼女は皮ごと肉を切り分けた。新鮮な生肉を、鷲は喜んで食べた。自分が与えた食物を鷲が食べる様子を見ていると、胸の中が温かくなった。その日から白鷲は彼女のそばを離れようとしなかった。家の中ではよちよちとついて歩き、餌をねだった。傷は乾いてきたので、暖かい泉へと連れ出して、洗ってやると、おとなしくされるままになっている。頭をなでて、目の周りを掻いてやると、猫のように目を細めて頭を擦り付けてきた。夜にはベッドで一緒に眠った。白鷲はくちばしを彼女の胸にすりつけて眠った。大きな羽は身体をすっぽり覆うほど大きく、暖かかった。

  春の月夜

  3月に入り、空に満月が昇った。月明りがあまりに眩しいのと、何か違和感を覚えて、彼女は目をました。身体の上には、翼ではなく、彼女と同じような腕が乗っていた。彼女に覆いかぶさっているのは鷲ではなく彼女と同じような身体だった。それは男で、まだ少年といってもよいほど若かった。彼は目を覚まし、半身を起こしていた。じっと彼女を見つめる金色の目は、白鷲のものだ。月の光に照らされた裸身が淡く光っている。彼は彼女の胸に鼻を擦り付け、唇で首筋や鼻先を探った。くちばしで探るようなその動作に、くすぐったくて笑うと、彼もクスクス笑った。笑いながら首筋、肩、鎖骨をさぐり、唇が乳房の上にとまる。甘えるように頬を摺り寄せてくる。手が乳房をギュッとつかむ。ついばむように、乳首に触れたかと思うと、急に含まれた。さらに手が乳房をつかむ。両方の手が乳房をつかむと、彼女の全身に何かが走る。下腹部がうずいた。腹に固いものが触れる。はっと彼が体を起こして、自分の下半身を見た。そこには固くそそり立つものがあった。彼は不思議そうに自らそれに触れたが、びっくりして手を放しうめき声をあげた。手を離れたそれが、彼女の腹を打つ。彼女が手を伸ばしてそれを捉えると、彼はまたうめき声をあげた。彼女の手にそれをこすりつけてくる。ふいに頭がしびれたように彼女の頭の中に、靄がかかった。身体が溶ける。足の間が熱くなり、じわりと何かが染み出してくる。それが太ももに伝うと、その匂いが濃く立ち上り、彼の目が光った。彼女の足の間から、身を焦がすように惹きつけられる匂いが立ち上る。彼がそこに鼻をこすりつけた。鼻の頭がぬるりと光る。彼が彼女の足をつかんで開き、そこに舌を伸ばした。彼が時々顔を上げて溢れる液に濡れた唇をなめた。

  

  月の光に照らされて彼の唇が光っている。彼は本能的に舌を伸ばして奥を探ると、彼女が高い声を上げた。彼が手を伸ばして乳房をつかみ、太ももを開いて、さらに奥を探ってきた。彼女は身を起こして、彼の頭を抱え込んだ。彼が舌で奥を探ると、彼女が体を震わせた。彼は体を起こして投げ出された彼女の体を見た。濡れて光るそこが誘っている。濃い匂いが立ち上る。彼が聳り立つものをこすりつける。それはぬるりと滑り、先程舌が入ったところに押し当てられる。押されるとじわりと開く。ぬるぬると滑りながらそれは進んでいった。彼女は発情した雌狼のように朦朧としていた。彼の瞳を見ると動けない。食べられようとするのに恐怖に魅入られて動けない獲物のようだ。彼が力を入れて押し入ってきた。痛みに悲鳴を上げながらも、彼女の身体は喜んで迎え入れようとしている。半ばまで押し入ってきたそれが急に震えて熱いものが注がれた。しかし彼女の身体の中で震えていたそれはすぐに力を取り戻した。先ほど放ったもののぬめりを帯びてさらに深く押し入ってくる。足が広げられ、押し上げられて、体の奥まで押し入ってくる。彼のものが奥までいっぱいに入ってきた。からみつく粘膜のすべてが感じる。先端が彼女の奥に当たり、子宮口が吸いつくようにそれを迎えた。彼女は彼の腰に足を絡め、首に腕を回して抱きしめる。深く結合した奥がうねり、彼女が自ら腰を突き上げると彼が呻き声をあげ、身体がぶつかって音を立てた。二人同時に果て、同時にまたつながりあった。彼がクスクス笑って体を起こし、彼女の身体を眺めた。裸身が月の光に浮かび上がり、丸い乳房の真ん中に、乳首が赤く濡れて光っている。下半身はつながったままで、彼が少しでも体を動かすと、彼女が吐息を漏らす。中が蠢いて彼に絡みつくと腰の動きが早くなり、彼女の中に温かいものが注ぎ込まれた。つながったそこから、とろとろと流れてくるものが更に快感を高める。一瞬動きが止まった後、荒い息を吐きながらまたすぐに繋がりあった。

  恋の季節は突然終わりを告げた。獣ならば、それは子を生すことによって終わり、子育てが始まる忙しい営みにつながっていく。種の異なる2人にそれは訪れようもなかった。彼は落ち着きをなくし、家の中にいることをいやがるようになった。空を眺め、彼女が差し出す餌に見向きもしなくなった。何かが彼の中で争っているようだった。ある日彼は飛び立った。なんの前触れもなく変身し、翼を広げると、一直線にかなたの空を目指した。抱きとめようとその足にすがったとき、鋭い爪が彼女の左腕に引っかき傷を残した。血を流す腕を手で押さえながら、彼女は空を見つめた。彼は行ってしまった。走っても追いつくことのない、遠い山の上の鳥たちの住む世界、それは彼女には想像もつかない世界だった。突き刺すような胸の痛みを感じて、彼女は空を見上げたまま動けなかった。鷲の爪痕が残した傷から血が流れて地面に滴り落ちていたが、痛みは感じられなかった。彼女は血を流しながらその場に立ち尽くしていた。

  花吹雪

  翌年の春も遅いころに鷲は突然やってきた。何事もなかったかのように、コツコツと窓を叩いて彼女を起こし、窓を開けると首を突っ込んで、鳴いてみせた。ついて来いというのだろうか、低い空を飛び、時折彼女を見下ろす。彼の姿を見ると、いつも感じていた空っぽな感じがなくなった。彼女は後を追った。森を出て、草原を飛ぶ。見上げると太陽の中を飛んでいて眩しい。草原を走り丘を越える。丸い窪地に降りると小川があり、その傍らに花を咲かせた大きな木があった。木の下には白い花びらが降り積り、真っ白になっていた。彼女が木の下にたどり着くと、鷲はゆっくりと舞い降りてきた。その姿のまま彼女に頭をこすりつける。体が大きくなったようだ。彼女が座ると、膝の上に頭をのせて、擦りつけてくる。大きな猫のようだ。目の周りを掻いてやり、羽をなでつけると、安心したように眠り始めた。眠る鷲は、彼女の膝の上で人間に変身した。翼が腕に変わり、腰を抱きしめる。貌が変わった。以前の彼ではなく、少し大人になって、あごの線が引き締まっている。

  

  彼が眼を開けると、そこには金色の鋭い猛禽の眼があった。彼女の眼を見つめて放さない。下から顔が近づいてきて、唇が触れる。眼が逸らせない。魅入られて、食べられてしまう。体が動かない。彼は彼女に頬を寄せて、鼻をこすりつけながらいつかのように、クスクス笑った。たちまち彼女の身体にも火が付く。彼が彼女の顔を両手で引き寄せ、舌を伸ばし、唇をなめると果物の甘い匂いがした。口の中を舌でなぞられ、彼女が息を吐く。白い花びらの散る草の上に組み敷かれた彼女は、自ら足を開いて迎え入れた。彼は体つきがたくましくなり、肩幅も広く、筋肉がきれいについている。少し大人になったのだ。それは自分も同じなのかもしれない。背が伸び、乳房が重く丸くなった。彼は明るい日の光の下で、彼女の身体を確かめる。足を開いて、そこに顔を近づけた。濃い雌の匂いが立ち上った。彼が舌を伸ばしてそこを舐め、音をたてる。太ももに伝うほどにそこは濡れて光り、濃いピンク色に充血していた。彼がひだをさぐり、指で確かめる。とろりと液が指にまとわりつく。ひだを広げて、その奥を探ると、指が潜る。中へ指を進めると、彼女が呻いた。彼が指を深く潜らせると、彼女の声が高くせわしくなり、頬が赤くなった。指を増やして入れてみる。そこは2本の指を飲み込んでうごめいた。ひだの上に丸く赤く膨らんで、光っているものがある。もう片方の指先で触れてみると、彼女の身体が跳ねた。体をそらせてびくびくしている。指を入れたまま、そこをなめてみた。舌が膨らみを捉えて嘗め回すと、入れたままの指が締め付けられる。甲高い叫び声を上げて彼女がぐったりした。体を膝の上に引き上げて、足を開き、彼が自分のものを押し当てる。彼が腰を進めると彼女が呻いた。彼は彼女を眺め、その声を聴き、腰を使う。彼がかすかに息を吐く。そして、次第に動きが激しくなった。もう彼女のことも見ていない。自分の快感を追うのに必死になっている。内がめちゃくちゃに擦られ、腸が引き出されるように感じる。彼女は彼の腰に足を絡めた。少し動きが収まる。足で腰を挟んで引き寄せ、深い結合から離れないようにする。彼の耳元に吐息が吹き込まれる。彼女が彼の耳朶をかむと、彼が深くあえいだ。中がかき回され、水音がする。2人の身体の上に、花びらが舞い落ちて、それはいつかの雪の日のようだった。風が吹いて花びらが舞上がり、つながったままの2人の姿を隠した。

  季節のはざま

  白鷲は時折彼女のもとにやってきた。彼との交歓以来、季節の呼び声は彼女を苦しめることがなくなった。季節ではなく、彼の存在に反応するようになったのだろう。彼女の日々は、平和だった。時折、冬や夏の季節が厳しいことはあるが、豊かな森は彼女に多くの恵みを与えてくれた。食べ物を探し、蓄え、時には兄弟たちに分け与えることさえあった。彼女の家にはいつのまにか住み着いたヤマネコの一家がいた。いつか、お腹の大きなヤマネコが彼女の住処に現れ、ベッドの下で出産したのだ。2匹の子猫を生んだ後、ヤマネコは出ていこうとしなかった。暖かい火のそばがお気に入りのようだった。ヤマネコたちは義理堅く、住処のかわりとでもいうように獲物をとってきた。親と2匹の猫は優秀なハンターで、雉や雷鳥など鳥や、ウサギもとってきてくれた。寝るときには3匹が彼女の周りで眠った。その滑らかな毛並みを触り、喉を鳴らす音を聞いていると、気持ちが落ち着くのだった。

  

  夏の嵐

  ある夏の夕暮れ、激しい嵐がやってきた。雷鳴とともに滝のような雨が降った。羽ばたきが聞こえ、ドアにぶつかる音がした。戸を開けると白鷲が飛び込んできて、火のそばにいたヤマネコの一家は、背中の毛を逆立てて、地下室へと駆け込んでいった。びしょ濡れの白鷲を招き入れると、白鷲は少女の体を濡れた羽で抱きすくめ、くちばしで身体を探り始めた。驚いて抗うと、さらに興奮したようにぐいぐいと身体を押し付けてきた。いつものように、人間に変身しようとしない。白鷲はじれたように鳴き声を上げ、嘴を毛皮や身体にこすりつけた。その身体はいつの間にか、彼女の背丈を超えるほど大きくなっていた。明らかに興奮していることがわかる。羽の合間から固いものが彼女のむき出しの背中に触れて、雫を垂らすほどに興奮している。彼女もどうしてよいかわからないままに背後から抱きすくめられ、その鋭い爪が両肩に食い込んだ。押し倒され背中側から入ろうとしてきた。抗うと、なおも求めてくる。彼女のまだ濡れていないそこに押し入ろうとして、白鷲は体を押し付けてくるが、うまく挿入できず、彼女の尻にはざまに体を押し付けて果てた。ぐったりしたとたんに、体が重くなった。背中にのしかかったまま変身し、そのまま彼は眠っていた。よほど疲れていたのか、びくともしない。

  その顔は彼女の知っている、若い男の顔ではなかった。浅黒く精悍な顔つきで、額と口元にしわが刻まれていた。彼女は彼の身体を膝の上にのせて、そのしわをなぞった。あの明るい面影は失われていた。眠りながらも、眉間にはしわが刻まれている。彼女はそのしわをなぜてみた。触れると彼が顔をしかめた。濡れた体をふいてやり、寝床から毛布をとって、かけた。暖かい。鼓動が早い。疲れているのだろうか。その胸の音に耳を傾けているうちに、眠ってしまった。眼を覚ましたとき嵐はやみ、部屋には月の光が差し込んで真昼のように明るかった。

  違和感は背後の動きだった。彼が首筋に唇を押し付けている。後ろから手を回して胸が抱かれ、片手が乳房をつかんだ。彼女の身体も成熟した大人の身体になっていた。乳房が男の手からも溢れるほど丸く盛り上り、彼の指がめり込むと、そこから痛みとも快感ともつかない感覚が走る。彼の親指がちょうど乳房の側面にめり込み、刺激をあたえると、それだけで頭の中に霧が立ち込めるようにぼんやりしてくる。意識がどこかに押しやられて身体の感覚しか感じなくなっていた。息を吐くと、耳元でクスクス笑う声がして、後ろから押しつけてくる。押し付けられたそこは、もう水音がするほど濡れている。音を立てながら、何度も押し付けられていたそれが、入り口をみつけて押し入ってくる。

  昨夜の性急さとは違い、ゆっくりとじらすような動きで入ってきた。確実に粘膜を押し広げ、その形を感じさせるように入ってくる。久しぶりの身体には、きつく広げられる痛みがある。彼女が呻くと、彼は耳元に顔を埋めて身体を密着させてくる。じわじわと入ってきたそれが、奥まで達すると、結合が深くなり、苦しい。のけぞって悲鳴をあげようとしても、聲がでない。それさえも甘い快感にかわっていく。つながったそこから、とろとろと液がながれてきて、ゆっくりと彼が腰を動かし始める。体が軋み、粘膜が張り裂けるように痛むのに、溢れるものはとまらない。後ろから体を抱かれて密着する。首筋を噛まれ、片手が乳房を絞り上げるようにつかまれて体が痙攣する。もう一方の手が、結合を深くしようと腰を抱くと、鋭い快感をもたらす器官に触れた。彼がそこを捉えると中がきゅうとしまって、彼を締め付けた。背後の男があえぐようにうめき声をあげて果てた。2人は一つの塊のようにつながりあい、つながったまま彼と彼女は何度も変身した。幻のように翼が生え、白鷲の頭が見え隠れする。彼女は狼の耳や尾が生えて、危うくその牙で相手を噛んでしまいそうだった。うなり声は狼のものだった。つながったまま、その翼に抱かれていると、いいようもなく暖かかった。やがて意識を手放したとき、その全身が羽毛に包まれるのを感じた。翌朝、彼は飛び立っていった。彼が飛び去って行くのを見ても、彼女はもう胸の痛みを感じることはなかった。

  再びの春

  年が明けた2月、ふいに白鷲が訪れた。元気のない様子で現れた彼は、降りてくると彼女に頭をこすりつけるように甘え、撫でてやるとかすかに鳴いた。彼は咥えていた赤いベリーの枝を彼女の手に落とした。薫り高い赤い実は高山にしか生えないものだ。鷲は嘴で器用に赤いベリーを咥え彼女の口元へと運んでやる。ヒナのように口を開けて彼女が赤い実を含むと、鷲は満足そうに彼女の膝に頭を乗せ、そのまま眠ってしまった。見ていると目の前で人間に変身していく。翼が腕に、爪の生えた足が人間の足に、嘴が消えて顔になっていく。それとともに、膝の上の重みが増した。たくましい身体は壮年を過ぎた男の身体だった。引き締まった身体つきは変わらないが、そこにはまぎれもない衰えがあった。彼女は胸の中にかすかに痛みを感じた。

  彼は再び訪れるようになった。繰り返されるのは何も生み出すことのない交わりだ。彼は同じ種族の番を作らなかったのだろうか。どこかで連れ合いをなくしたのだろうか。以前のような激しさはなく、じゃれかかるように挑んでくる。彼女は忘れていた感覚を呼び覚まされる。彼は自分の上に彼女を載せる。濡れているそこが、ゆっくり彼を飲み込んでいく。苦しい、でもやめられない。彼が顔を見て笑う。彼の顔を引き寄せて唇をなめると、顔を上げてついばんでくる。いつかのようにベリーの香りがする。彼女のために取ってくるものと同じだろうか。甘いベリーの香りに頭がくらくらする。手足を絡めて、一つに溶けあうかのように密着する。彼が奥まで入って、音を立てた。

  

  白い闇の冬

  冬の初め以来彼は訪れなかった。この冬は厳しく、雪が多かった。秋に見たとき白鷲は少しやせて元気がなかった。この季節は毎日雪嵐が続く。激しい風と雪が吹き付け、何も見えない闇のような嵐だった。彼女はなぜか胸がざわめいて、その日は始終外をうかがっていた。昼過ぎに窓の外に黒い影がさし、なにかが落ちる音がした。彼女は外に出た。何も見えないほどの吹雪だったが、彼女には彼が来たのだとわかった。雪の中で、彼女は彼を探しあてた。彼はいつかのように吹き溜まりの中に倒れていた。近づくと白鷲は羽を広げて彼女を包み込んだ。初めて彼を抱いて眠った時のように暖かく、羽根と肌が触れ合う感覚を感じて抱きあった。雪嵐が吹き荒れる中、二人の金色の眼と蒼灰色の眼が合うとお互いが消えた。2人を隔てるものは、ふれあっている肌の感触だけだった。彼女は彼に、彼は彼女の中に溶け、世界もまた消えた。翌朝雪がやんだ後、2匹のヤマネコは吹き溜まりの中に、2つの獣の死骸を見出した。それは、年老いた白い狼と白い鷲だった。彼らがとっていた人の身体(かたち)はどこにも見られなかった。

  そうして人類は永遠の眠りについた。