琴の音のように鳴く声は狼を呼ぶ

  白色の着物はお祝いの意味では白無垢、悲しい意味では白装束と言われる。

  「私の場合はどちらなのかしら?」

  白無垢?それとも。

  白色の着物を身に纏い、皆から白色の物や色とりどりの花で飾られながら琴鳴(ことな)はそんなことを考えていた。

  鎮花祭(はなしずめまつり)は大神神社の摂社、狭井神社で花が散る頃に疫病神が疫病を流行らせることを防ぐために行われるお祭りだ。

  琴鳴の住む町もそのお祭りにならい平安時代から行なわれている。

  この町の鎮花祭は少し不思議で、毎年の鎮花祭が終わる頃、町で産まれた一人の娘の額に芽が出る。その芽は一年かけて木へと成長し桜を咲かせる。

  鎮花祭の日に桜は散る。散った後、木は額から落ち、今まで木など生えていなかったようになる。

  そして、一年間、この町は疫病から守られる。

  桜の木がこの町にやってくる疫病神を散ることで祓ってくださる。そう信じられてきた。だから芽の出た娘は次の鎮花祭まで姫と呼ばれ大事にされた。

  今年は高校生の琴鳴がその役を担う。

  「今年は不思議ねぇ。」

  琴鳴のお母さんは少し心配そうに琴鳴の額を見た。

  芽は基本、一本だ。しかし、琴鳴は鬼のように芽が二本出ている。

  来年は疫病が例年よりひどいかもしれん。

  神様がお祭りを楽しみにしている現れじゃないか。

  正負の意見が飛び交う中、真実はわからず。

  もちろん琴鳴もどうしてかはわからなかった。

  長い間行われてきたお祭りだ。多少今までと違ってもたいしたことはない。

  「一年我慢すればいい話だし。」

  琴鳴は深く考えていなかった。

  ところが。

  お祭りまであと一週間というところで木は急成長し、頭を上げるのもしんどくなってきた。桜も満開だ。

  「このままいけば、祭の日に家から神社まで歩けんかもしれん。」

  琴鳴の木を見た神主の言葉に皆は話し合う。

  結果、琴鳴をお祭りの日まで神社で預かることとなった。

  一日目の夜。

  「電気を消すわね。」

  「ありがとうございます。」

  神主の奥さんは琴鳴にそう言い、部屋を出て行った。

  家では間接照明だけど、ここでは真っ暗にするみたい。

  神社の周りは家がないからだろうか、生活の音がしない。慣れているから気づかなかったけど生活の音ってうるさかったんだなぁ。

  部屋が白く明るいのは障子越しに月の光が入ってきているからだろう。

  「あら?」

  障子を見つめていると影が現れた。

  「犬?」

  似た形を思い出す。確か。

  「ハスキー!」

  体が大きくて、耳がピンッと立っている。間違いない。

  「神社に犬なんて飼ってたかしら。」

  お祭りや七五三の時ぐらいしか来ていないのだから犬を飼っているか、どうかはわからない。会わなかっただけだろう。

  そんなことを思っているとスゥッと障子が開いた。

  そこに立っていたのは真っ黒な犬。ハスキーと言うより柴犬を大きくした感じ。犬は音を立てずに琴鳴のそばまで来ると花に鼻を近づけた。

  「どうしたの?」

  琴鳴の言葉に犬は反応を返さずに背を向けると部屋を出て行った。

  二日目の夜。

  犬はまたやってきた。琴鳴の木を少しの間、ジッと見つめ出て行こうとしたのを琴鳴は引きとめた。

  「あのね、私、今年の鎮花祭の姫で、琴鳴って言うの。木がこんなに大きくなっちゃってお祭りの日まで寝て過ごすの。」

  犬は黙って聞いていた。

  『すまない。』

  「え?しゃべれるの?」

  よく動画でご飯とか単語を喋る犬を何度か見たことがあるけれど、こんなにハッキリ喋っているのは初めてだわ。

  「ワンちゃんは喋れるの?」

  『わ、ワンちゃん?』

  犬は一瞬固まった。

  『ワンちゃんではない。狼だ。』

  狼は姿勢を正すようにスッと頭を上げた。

  「狼だったのね。あれ?狼ってもういないんじゃなかった?」

  琴鳴は不思議そうに狼を見る。狼は首を傾げる。

  『そうなのか?』

  あら、自分が生き残りの狼って知らないのかしら。

  「かわいそう。」

  『かわいそう?俺がか?』

  狼の言葉に琴鳴は頷く。

  『そう、なのか。ははっ。』

  少し笑うと狼は琴鳴に背を向けた。

  「また!また来てくれる?」

  琴鳴の声に狼は一度振り返ったが、すぐに背を向けて、そのまま出て行ってしまった。

  三日目の夜。

  神主さんに聞いても狼のような犬は飼っていないし、見たこともないと言われた。

  「あの狼さんはなんなのかしら?」

  もしかして悪い幽霊、妖怪とか。でも違う気がする。怖くないもの。今度、会ったらちゃんと聞かなきゃ。

  そう思いつつ、グッと手を握った時だ。障子がスッと開けられる。

  「こんばんは。狼さん。」

  狼はゆっくり琴鳴に近づくと桜の木に鼻を寄せる。

  「今夜は聞きたいことがあるの。」

  なんだ?と狼が琴鳴に目を合わせてきた。

  「あなたは誰なの?神主さんは犬は飼ってないって。」

  『また、犬か。』

  狼はフッと鼻を鳴らすと腰を降ろした。

  『私は人間の言う平安からずっとこの町の疫病を喰ってきた。』

  「疫病を喰べる?」

  琴音の驚きの声に狼は頷いた。

  『この町に流行るであろう穢れ(疫病の気)を一年かけてこの木に集め、鎮花祭の日に穢れを喰らう。』

  娘の額から木が落ちるのは穢れを狼が喰らった証。

  『すべてを防ぐことは出来ない。疫病が流行ることは決まっていること。だが、大難を小難には出来る。』

  この木にそんな意味があったなんて知らなかった。お祭りの意味は本当だったんだ。

  「で、では今年の木が二本ということはもっと大変な疫病が流行るかもしれないということですか?いや、でしょうか?」

  実は偉い狼さんだったことに気付いて琴鳴は頭の中で必死に敬語の引き出しを開ける。引き出しの中が少なすぎて泣きそう。

  『どうした?急に丁寧になったな。』

  狼は気にするなとクスクス笑う。

  『私の姿を見よ。黒いだろう。始まりの頃は綺麗な白だった。』

  喰らう毎に体は少しずつ黒くなる。喰らうとは体に疫病を溜めていくということだ。

  『木が二本になったということは今年で私の役目は終わりということだ。一本は私、もう一本は新しい狼のものだろう。』

  「役目を終えた狼さんはどうなるの?」

  『…自由になる。』

  消えるわけじゃないんだとホッとする。でも、狼の表情は寂しそうだった。琴鳴は狼の前足に手を重ねた。狼にとっては初めてだったらしく、ビクリと体が揺れたが足を引っ込めることはなかった。

  『そろそろ行く。』

  狼は立ち上がる。

  「また、来てね。」

  『ああ。』

  狼の返事に琴鳴はほほ笑んだ。

  四日目の夜。

  今夜の狼はたくさんの話を聞かせてくれた。

  昔は若い娘だけではなかったそうだ。お婆さんの時もあったと言う。そのお婆さんは霊感が強かったのか、狼の姿が見えた。狼が穢れを喰らおうとして口を開けたらびっくりして倒れたそうだ。

  ある時は若い少女だった。少女も狼の姿が見えた。

  「かわいい!ハチ!」

  名前をつけられて、抱きつかれて穢れを喰らうのに苦労したそうだ。

  「おかしいっ。」

  琴鳴は目尻に涙をためて笑う。

  『いろいろな娘がいた。私が綺麗だと思う娘もいた。』

  その娘は私と一緒にいたいと言った。

  「それからどうしたの?」

  黙ってしまった狼に琴鳴は聞いた。深く聞いたらダメだと思ったけれど、どうしても気になった。断ったの?それとも。

  『出来ないと言った。』

  どうして一緒になれる?娘以外の者たちは狼の姿が見えない。自分に話かける娘を他の者たちはどう見る?娘の不幸な未来しかない。

  「その娘さんは他の人と結婚したの?」

  琴鳴の言葉に狼は首を振った。

  「ずっと独身だったの?」

  狼はまた首を振る。

  『人はどうして命を捨てれば側にいけると思うのだろうな。』

  狼の悲しげな声に琴鳴の目から涙が溢れた。

  『そうだな。どちらにしてもかわいそうなことをしてしまった。』

  「違う!」

  琴鳴の強い声に狼は驚いた。

  「娘さんもかわいそうだけど。狼さんだってかわいそう。」

  見てたんだよね。断られて悲しむ娘さんを。この世にいてもしょうがないと絶望してその道を選ぶ姿を。

  『私には見えていた。私への想いを捨て、人間の幸せを掴む娘の姿が。だが、娘の心はそこまで保たなかった。』

  人間の心はいつも予想を超える。

  『ありがとう。』

  狼はそう言うと琴音の涙を舐めた。

  五日目の夜。

  琴鳴は昨日のお礼に自分の事をたくさん話した。好きな花、好きな物語、小さい頃の話。楽しい話や悲しい話。狼にとっては珍しい話ばかりで興味深げに聞いていた。

  「誰もいない教室で告白したの。断られたけど。」

  中学の時の初恋。一年生の頃からの片思いだった。ずっと告白出来なくて、高校が別になると知って卒業式の前の日に告白したのだ。

  『悲しかっただろう。』

  言葉に心配を感じて、琴鳴はぜんぜん!と笑った。

  「断られて悲しかったけど気持ちはスッキリしてた。」

  『そうか。』

  ホッとした様子の狼の足に琴鳴が触れようとすると狼はサッと避けた。この前は触っても避けなかったのに。

  『すまない。私は平安からの疫病という穢れを纏っている。本当は近づいてはいけなかったが、その。』

  楽しかったのだ。下を向いて、すまないと小さい声で謝る狼に琴鳴はドキドキした。あれ?このドキドキって。

  六日目の夜。

  たぶん、私は狼さんのことが好き。昨日のドキドキは初恋の時のドキドキと同じだもの。でも、鎮花祭が終われば狼さんの側には私じゃなくて他の娘がいるんだわ。

  「嫌だな。」

  明日は鎮花祭。明日の夜で私の役目は終わる。狼さんも。

  「告白しようかな。」

  でも、狼さんに告白したら私はスッキリすると思う。でも狼さんは?

  あの時と同じ思いをするかもしれない。

  今まで鎮花祭はとても楽しみなお祭りだった。でも今回は悲しすぎる。

  静かに泣いていると障子が開いた。琴鳴は急いで涙を拭いた。月が欠けていたおかげで部屋の明るさが弱くてよかった。

  『泣いていたのか?』

  あちゃ、バレちゃったか。

  『嫌なことでもあったのか?』

  聞いてやるぞと狼の優しい目に琴音の涙は止まらなくなってしまった。

  「明日で、会えなくなっちゃう!もっと一緒に、す、好きなのに!」

  気持ちが直接口から出ているせいか、内容は滅茶苦茶だ。

  『落ち着け。まったくわからん。』

  狼は琴鳴を落ち着かせるように目尻を舐める。

  『落ち着いたか?』

  やっと琴鳴の涙が止まり、狼はホッとした。

  『さて、涙の理由はなんだ?まさか嫌なことでも言われたのか?』

  泣かせた奴は誰だと言わんばかりの狼の背中から黒いモノが浮かんでいるように見えるのは錯覚よね。

  理由を言えば、狼さんに悲しい思いをさせるってわかっているから何か違う理由を言わないと、と思うけど浮かばない。

  「明日で姫は終わりだなって、普通の生活に戻るんだなって思ったら嬉しくて。」

  どうだ?これが一番いい理由にならないかな。

  『嬉しい。そうだな。』

  これは失敗したと私でもわかる。

  「もしかして、私と離れるの寂しいの?」

  ちょっと賭けてみた。そんなことないぞ!って言ってくれたら、私は寂しいけど話題は変えられそう。だって明日でお別れならその時まで楽しい方がいい。

  『寂しいな。』

  来てしまった!変化球!そう思う心の端で押さえていた「好き」という気持ちが大きくなる。

  「本当は。本当はね。」

  好きになってしまったの。

  琴鳴は狼の顔が見れなくて目を瞑る。

  『ありがとう。』

  狼の声に琴鳴は目を開けた。応えられないと謝る時のありがとうだと知っているからだ。

  「ごめんなさい。悲しい思いさせるってわかってだけど。」

  琴鳴の言葉に狼は首を振る。

  『嬉しいに決まっている。そうだな。もういいだろう。』

  狼は琴鳴の頰に自分の額を甘えるようにすり寄せた。

  私も琴鳴が好きだ。

  『毎年、選ばれる娘は私が好きなった娘だ。』

  好きな娘がいる町を疫病から護りたいと思う。それは自然なことだ。

  「え?もしかしてお婆さんも?」

  『心外だな。若い娘だけを好きになるのは力の弱い者だけだ。』

  私が好きになる娘は容姿や年齢は関係ない。その者が生まれ持つモノを好きになる。

  『琴鳴はとても清くて綺麗だ。私の最後の姫が琴鳴でよかった。』

  明日でお別れと思うほど悲しくなる。でも琴鳴はその気持ちを隠すように嬉しいと笑顔を見せる。

  『よろしいですか。』

  見つめ合う狼と琴鳴を現実に戻すように声がした。声の方を見れば、真っ白な狼が座っていた。

  「真っ白なワンちゃん!」

  琴鳴の言葉に白狼は固まり、狼はブッと吹き出した。

  『はじめまして。新しく鎮花祭の狼となります。』

  一度咳払いをした白狼は頭を下げた。

  『よろしく頼む。』

  狼は白狼に頭を下げた。

  「これで狼さんは自由になるのね。」

  『ああ。』

  琴鳴の笑顔に応えるように狼はほほ笑んだ。

  『知らないのですか?』

  不思議そうに聞く白狼は琴鳴と狼を交互に見ていた。

  七日目。

  朝早くから外が騒がしい。お祭りの準備に神主さんやたくさんの氏子さんは大忙しだ。あれはどこだ、あれはまだか、声が飛び交っている。お祭りにはたくさんの出店も並ぶ。大人の声に子供の声も混ざっている。

  琴鳴は神主の奥さんや琴鳴のお母さんを含め、お祭りを手伝うおばさんたちに囲まれて白い着物を着付けてもらっていた。

  琴鳴は着物に着替えると寝かされた。木が大きいために座ることが難しかったからだ。そこへ、お祭りに来た人は参拝の時に寝ている琴音の側に無病息災を願い、白い物を置いていく。白い物は白の折り鶴や白い花、白いハンカチなどがほとんどだ。

  寝ている琴鳴は昨日のことを思い出していた。

  『知らないのですか?』

  「何を?」

  『役目を終えた狼は消えるんです。穢れと共に消えるまでが役目なのです。』

  「嘘っ。そんなこと聞いてない。だって自由になるって。」

  『消えることで自由になる。』

  琴鳴は狼さんがゆっくり休んだり、好きな場所へ行ったり、今まで出来なかったことができる、それが自由になることだと思っていた。でも、狼さんの世界の自由は役目を終えて消えることだった。

  「嫌よ。そんなの。だって。」

  どんなに嫌だと言っても狼たちは決まりだからとしか言わなかった。琴鳴にもどうすることも出来なかった。

  「琴鳴、どうしたの?」

  お母さんが心配そうに琴鳴に話しかけた。娘の変化に気づいたのだろう。

  「お母さん、あのね。」

  『余計なことを。』

  姫としての役目を果たす琴鳴を見ながら狼と白狼が話す。

  『すみません。知らなかったもので。』

  申し訳なさそうな白狼に狼はため息をついた。

  『そなたが悪いわけではない。言いすぎたな。何も知らせずに消えたかったのだ。』

  木が落ちればもう自分が見えることはない。琴鳴は初めは悲しくてもいずれは受け入れて、誰かと幸せになるのだろう。私は見ることも隣に在ることも叶わないが。

  『しかし、もうもちますまい。』

  狼の体が少しずつだが桜の花が散るように散っている。

  『もう少しくらいもつだろう。すまないが、一つ頼みをきいてもらえるだろうか。』

  これくらい最後なのだから許してもらおう。

  狼は目に焼き付けるように琴鳴を見つめていた。

  

  お祭りも終わり、琴鳴は一人、部屋に残された。これから狼が穢れを喰らい、木が落ちて琴鳴は役目を終える。

  『琴鳴。』

  「狼さん。その体。」

  本格的に散り始めた狼の体を見て、琴鳴は泣き出した。

  「嫌だよ。どうしたらいいの。」

  『琴鳴、綺麗だ。私の最後の姫。』

  幸せそうな狼の声に琴鳴は精一杯笑顔を作った。

  『白狼に頼んで、琴鳴の両方の木の穢れを喰らうことにした。』

  「両方?」

  狼は頷く。後ろに座る白狼も頷いた。

  『琴鳴が集めてくれた穢れを全て私だけが喰らう。とても美味だろうな。』

  「お別れなのね。」

  『願はくば、どうか私を覚えていてくれ。それ以上は望まない。』

  琴鳴の心に残れたなら今までの役目も報われる。

  『さあ、時間がない。』

  喰らうぞと狼は琴鳴の目の前で大きな口を開けた。

  一瞬、目を瞑ったがすぐに琴鳴は目を開ける。そこには満足そうな狼がいた。

  『もう少ししたら木が落ちる。琴鳴の幸せを願っている。』

  狼の体がみるみるうちに散っていく。

  「いや!」

  『琴鳴!やめよ!』

  琴鳴が思いっきり狼に抱きついた。

  『離せ!』

  散っていたはずの狼の体が戻っていく。そして琴鳴の体が黒くなっていく。

  『このままでは穢れが琴鳴に移ってしまう!』

  平安からの穢れに人間の体が耐えられるはずがない。  必死に琴音から離れようとする狼を琴鳴は離さない。

  「狼さんが消えるなんていや!」

  『どうしてそこまで。』

  「好きだから。」

  『私は自分が消えるより琴鳴が消える方が耐えられない。』

  琴鳴は狼の頰に触れ、泣きそうに言う狼にごめんなさいとほほ笑んだ。

  「痛い!」

  『琴鳴!』

  突然の額の痛みに琴鳴は頭を押さえた。木がボトリと音を立てておちた。すると琴音の体を黒くしていたものが頭へ集まっていく。みるみるうちに木の生えていた場所に黒い角が生えてきた。

  「何これ?」

  『鬼か?これはどういう。』

  痛みが取れて自分の額に触れると立派な角が二本ある。わけのわからない琴鳴と狼は白狼を見るが白狼も知らないと首を振った。

  「琴鳴?」

  「お母さん?」

  「その角‥。」

  状況が理解できず、皆が動けずにいた。

  『琴鳴は私がもらおう。』

  突然、低い声で狼が言う。

  「琴鳴!」

  お母さんは琴鳴の元へ駆け寄ろうとするが狼がお母さんの前に立ちはだかり、噛みつこうと向かってきた。

  『させん!』

  白狼がお母さんを守るように狼に対峙する。狼は琴鳴を攫い、姿を消した。

  「琴鳴!!」

  お母さんの叫びは琴鳴には届かなかった。

  琴鳴の姿が消えたことは疫病神の仕業ということになった。

  黒狼が琴鳴をさらい、母親も襲おうとした所を白狼が助けた。黒狼は疫病神であり、白狼は疫病神を祓ってくれた神様なのだということになった。

  母親は娘が攫われたが、そのせいでお祭りが無くなってはいけないと大事にしなかった。

  『ドキドキしましたよ。』

  お祭りが終わりいつもの日常へ戻った神社の屋根に座った白狼はあの時を思い出しているのか、興奮気味だ。

  あの時、咄嗟に狼の目配せに意味を理解した白狼と一芝居うったのだ。

  『鬼となった琴鳴は置いて行けないしな。』

  『素直に喜んだらどうです?』

  ニヤリとした白狼にフンッと狼は鼻を鳴らした。

  「狼さん。ずっと一緒ね。」

  嬉しそうに琴鳴は狼に抱きついた。狼も嬉しそうに擦り寄る。

  『しかし、琴鳴の母親にはかわいそうなことをしたな。』

  申し訳ないと言う狼に琴鳴は大丈夫と言った。

  お母さんが琴鳴に声をかけた時。

  「お母さん、あのね。」

  琴鳴はお母さんに今までのことを話した。そして、狼と一緒にいたいと。

  「家系なのかしら。」

  ため息をつきながらお母さんは琴鳴に話してくれたのだ。御先祖様に狼を忘れられなかった姉がいたことを。

  「この白い着物、実はそのお姉さんが縫った着物なんですよ。」

  白い着物に白い糸で刺繍されている。その柄は狼。

  二度と逢えなくても私の心は貴方様の側に。

  「この着物は白無垢で、お姉さんはこれを着て嫁ぐはずだったんです。」

  お姉さんは命を絶ったのではなく、事故だった。

  お母さんはきっと琴鳴の気持ちをわかってくれるだろう。これが琴鳴の選んだ道だと信じてくれる。

  『そうか。』

  狼はそう言うと黙って目を瞑った。

  白狼が帰った後も狼と琴鳴は変わらず賑やかな町を見ていた。

  「狼さん、怒ってます?」

  『いや。琴鳴はよかったのか?』

  鬼となってしまえばもう人間の前には出られない。家族と共にいられない。

  『出来ることは遠くから見ることしか出来ない。』

  人間の幸せはもう…。

  「私は狼さんが好き。ずっと側にいたい。だから後悔しません。」

  『そうか。』

  狼の安心した様子に琴鳴は笑顔になる。

  『では、私も覚悟を決めよう。』

  狼は琴鳴の頰に擦り寄る。そして、少し離れるとみるみるうちに人の形へと変わっていく。

  『琴鳴の好みの顔はこんな感じか。』

  どうだ?とほほ笑む狼に琴鳴は口をパクパクさせて驚いた。

  「その顔!私の推しの顔!」

  琴鳴の愛読書のヒロインを三次元にしたような顔だ。

  『細かい部分や服装は無理だが、琴鳴の好みに寄せることは出来るぞ。』

  「狼さんって犬じゃなかったの?」

  『琴鳴はまた犬だ犬だと。狼だ。私は成りやすい形が狼であって、本当の姿ではない。自在だ。』

  狼は琴鳴の腰に手を回し引き寄せる。

  『どうだ?惚れなおしたか?』

  「気を失いそうなほど幸せです!」

  琴鳴の声に狼は満足そうに笑った。

  「狼さん。」

  『私の名は狼ではない。真の名は。』

  琴鳴の耳に自分の名を囁き、最後に、教えたのは琴鳴だけだ、と言われ琴鳴は頰を真っ赤にした。

  「これからどうしますか?」

  琴鳴の質問に狼は少し考えると楽しそうにほほ笑む。

  『ゆっくり休んだり、好きな場所へ行ったり、今まで出来なかったことを共にしようか。』

  それが自由なのだろうと言う狼に琴鳴は大きな声で、はい!と叫んでいた。

  鎮花祭の白い着物。私には白無垢でした。