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棟梁、肉球揉み揉みします!~虎おっさんと僕がくっついた理由~

  「……うぅ……た、助けて…」

  ぴちゃぴちゃ、ぐちゅぐちゅ、と。

  逸物を両手でこねくり回されながら、僕は懇願していた。

  目の前には膝をついて僕の亀頭を揉みしだく、ずんぐりとした体躯の壮年の虎人。

  意地の悪そうな目つきで苦しむ僕を見上げながら、その大きな手で時折激しく、時折優しく、緩急をつけて快感を与えてくる。

  その淫靡な感覚に思わず身を捩るが、後ろ手で両手を縛られ、柱に括りつけられているせいで身動きが取れない。

  芋虫の様にぐねぐねと身悶える僕を前に、虎人はニヤニヤと嗜虐的な笑みを浮かべている。

  ――時刻は0時前後、場所は工事現場の一角。

  普段この現場で働いている僕は、用事があって一人でここを訪れたのだが…

  目の前でうずくまる、この虎人に襲われた。

  突然、音もなく後ろから羽交い絞めにされた上で、異様な匂いのする布を鼻先に押し付けられ…気づいたら下半身を剥かれ、鉄骨の柱に逃げられないように括りつけられて。

  そして今、こうして永遠とも思える責め苦を受けている。

  「犬人ってのは鼻が敏感だから、薬の効きが早くていいなァ」

  僕の顔を見上げながら満面の笑みを浮かべる虎人。

  気色が悪いその顔から眼を逸らそうとするが、嗅がされた薬品の影響か、上半身に力が入らない。

  その上、後ろに回された両手はかなりきつく縛られており、親指同士の付け根に念入りに結束バンドまで巻かれているので、無理に動かそうとすると激痛が走る。

  というか、既に親指に痛覚以外の感覚が無い。

  このままだと壊死してしまう、という恐怖で頭がいっぱいになる。

  大声を上げて助けを呼びたいという気持ちと、こんな現場を他人に見られたら人生が終わりだ、という葛藤がせめぎあっている内に、より深度を増した薬品の作用で大声を出す気力もなくなってしまって。

  今や僕は、こうして一方的に嬲られるだけの獲物となり下がっていた。

  そんな僕の不安を弄ぶように、虎人は右手で僕のペニスをしごき上げながら、左手で焦らす様に睾丸をぐりぐりと圧し潰してくる。

  裏筋を親指で潰す様に強く握られたと思えば、根元から乳でも絞るかの様に圧迫され、そして掌全体で亀頭を包み込み、ざらついた肉球を吸いつかせるように這わせ。

  日ごろ自身で行っている手淫とは明らかに異なる…他者を虐め、苦しめるその手さばきが怖いという感情と、ずっとこの異常な快楽に溺れていたい、という背反する感情で頭がおかしくなりそうだ。

  だけど、いざ狂いそうになると金玉をきゅっと握られ、その痛みと恐怖で脳が冷静になる。

  そのくせ、波の様に繰り返し押し寄せる下腹部の快感に、また脳が溶けそうになって。

  やがて不安と快感と痛みに、徐々に気が遠くなる。

  「おいおい、虐められてるのにこんなに濡らして、頭おかしいんじゃねぇか?」

  「ち、違う、そんな…」

  「おーおー。

  言う割にはチンポぐちゃぐちゃにして、可愛いなぁ。

  本当に嫌がってたら、こんなに勃起させてねぇよなあ?」

  囁く様に言う虎人と、かすれる声で抗議する僕。

  指先で、とめどなく透明な雫を吐き続ける鈴口をぐいぐいと圧されて、うぅ、とうめき声が出る。

  虎人は舌をべろりと伸ばすと、その雫を救い取り、くちゃくちゃと味わう様に口を動かして。

  「美味ぇよ、お前の上澄み。

  ずっと舐めてられるなぁ…」

  ざらざらとした舌を再度伸ばすと、僕のパンパンに張りつめた亀頭を裏側から舐め上げる。

  ひぃい、と情けない声が漏れるが、粘り気のある透明な汁を美味そうに貪る虎人の姿に、脳のどこかが悦びに近い感情を感じていて。

  ――違う、これは僕の肉体じゃない。

  まさかこんなことになるなんて、思ってもいなかった。

  助けて、助けて、と脳が叫んでいるのに、無意識に腰をくねらせて貪欲に快感を貪る自分の下半身が、まるで他人のもののように感じられる。

  

  「だ、駄目、もうイキそう…」

  がくがく、と腰が砕ける感覚。

  肛門の奥の方から勃起しているペニスの先端にかけて、甘く痺れる様な感覚が走る。

  早く吐精して楽になりたい、この時間を終わらせて欲しい。

  そんな僕の願いを見抜いてか、

  「なんだお前、まだ楽になるんじゃねえよ。

  まだまだ終わらねえぞ」

  不意に、虎人の両手が僕の下腹部を離れる。

  昇り詰める感覚がそこで途絶え、行き場のない快感は僕の体内に潜り込む。

  「ううっ、……お願いします、イかせて…」

  「駄目だ」

  冷酷に言うと、虎人は両手を開いては閉じ、開いては閉じ、とにぎにぎと動かす。

  うっすらと照る月明かりが、虎人の掌を白く浮かび上がらせる。

  しっとりと濡れた桃色の肉球。

  体液で濡れるそれを、僕は遠くなりそうな頭でぼんやりと見つめる。

  「まだまだ時間はたっぷりあるからな」

  再びその肉球を、僕の逸物に添える。

  粗野な虎人の風貌からは想像もできない繊細な指使いが、逃げ場のない僕を再び快楽に沈めようとする。

  「ゆ、許して!

  僕が何したって…!」

  「五月蠅ェな…声出すんじゃねえよ。

  もっと気持ちよくなりたいだろ…?」

  「助けて…

  お願い…逃げないから…腕を…」

  「だーめーだ。

  指が千切れたって構わないくらい、良くしてやるからよ」

  牙を覗かせ、虎人が手を動かす。

  くちゅくちゅ、と亀頭をこねくられて意識が遠くなる。

  イキたい。

  でもイケない。

  

  どうして。

  一体どうして、こんなことに……

  僕は拷問のように繰り返される快感と苦痛に狂いそうになりながら、ほんの少しだけ残った冷静な部分で、何故この様な状況になったのかを、必死で思い返そうとしていた。

  [newpage]

  天高く馬肥ゆる秋、という言葉がある。

  秋は気温も下がり過ごしやすくなり、又美味しいものが増えるので馬も太るぞ、と。

  まぁ馬が太るのは別にどうでもいいんだけど。

  朝夕が近くなり、伴って涼しくなっていくというのは良い事だ。

  特に現場作業員にとっては、茹だる様な熱に苛まれる事がなくなる、というだけでも大変ありがたい。

  

  「いやー、ようやっと涼しくなりましたな」

  考え事をしていた僕…[[rb:犬鳴勝 > いぬなき まさる]]に声をかけてきたのは、ベテラン作業員である馬人の[[rb:馬屋 > うまや]]さんだった。

  馬屋さんは暑がりなので、夏場は常に空調服を着ているのだが、今日は空調服ではない普通の作業着を着ている。

  「台風一過でいい感じに冷え込んでくれましたね~」

  「ええ、ほんと。

  そういえば、犬鳴君のご実家は南の方でしたな。

  台風は大丈夫でしたかな?」

  顎髭をしゅっしゅと撫でながら、馬屋さんは遠くの空を見る。

  抜けるような青空には雲一つない。

  せわしなく作業に没頭している人々を尻目に、

  「ええ、特に問題はなかったそうで…

  馬屋さんのご実家は…」

  僕らが世間話に花を咲かせようとしたところで。

  「――犬鳴ィ!馬屋ァ!

  何ぺちゃくちゃ喋ってんだ!!

  口じゃなくて手ェ動かせ!!」

  突然背後から怒鳴られ、僕と馬屋さんは同時に飛び上がった。

  慌てて振り返ると、そこには見慣れた虎獣人の姿。

  灰色の作業着に肩タオルの虎人は、鬼のような形相で僕らを睨んでいて。

  「と、寅はん!

  急に叫ぶのやめなさい!

  心臓止まるわ!」

  馬屋さんが目を剥いて抗議する。

  現場でも最年長である馬屋さんは、自分よりも年下なのに口うるさい棟梁の事が大の苦手だ。

  棟梁とは、いつも現場で睨みを利かせている人相の悪い虎人…[[rb:縞原寅次 > しまばら とらつぐ]]さんの事である。

  「五月蠅ぇんだよオッサン!

  持ち場に戻りやがれ!」

  ずんずんとこちらに歩み寄る寅次さんを前に、馬屋さんは慌てて自分の持ち場へと小走りで逃げ去っていく。

  まったくアイツは、と苛立ちながら寅次さんは僕の隣に立つと、急に小声になり、耳元に口を寄せてきて。

  「……今夜も頼むわ」

  それだけ言うと、ぷいと背を向けて、大股で離れていく。

  作業着に包まれた大きな背中に、左右に揺れる野太い尻尾。

  見慣れたその厳つい背中を見送りながら、僕は小さく咳ばらいをした。

  すると、遠ざかっていた馬屋さんの動きがぴたり、と止まって。

  肩越しに僕を振り返る。

  そして、馬屋さんも小さく2度、咳払い。

  僕がこくりと頷くと、馬人はにんまりと笑って、再び前を向くと自分の持ち場へ戻っていく。

  そのふさふさと上機嫌そうに揺れる尻尾を眺めながら、僕はふぅ、と溜息をついた。

  そして、再び作業へと意識を戻す。

  ちゃんとやることやらないと、あの虎人は容赦なく殴ってくるからな…ヘルメットの上からだけど。

  寅次さんと話をした後、僕が咳ばらいをしたら、うまく行っている、のサイン。

  馬屋さんが2回咳ばらいをしたら、それは了解のサイン。

  それがどんな意味を持つか…それを説明する前に、まずは寅次さんについて語らなければならない。

  

  寅次さんは、この現場の棟梁を務める虎人である。

  大柄で筋肉質、強面で声が大きく、気も強い。

  責任者として現場を取りまとめつつ、不真面目な作業員に日々声を荒げている寅次さんは、正直な所皆にあまり好かれていない。というか、敬遠されている。

  

  しかし、そんな寅次さんの存在があるおかげで、常に現場には適度な緊張感がもたらされている訳で。

  それに実際のところ、棟梁が居なければみんなすぐにサボってスマホで馬券を買い始めたり、口喧嘩を始めたりするので…そういう意味でも寅次さんはこの現場においてちょっとアクの強い潤滑油のような存在となっている。

  ところで、僕と寅次さんの関わりはそこそこ長い。

  寅次さんは、僕の父の同級生だ。

  大工の父親に厳しく育てられ、高校を卒業するのと同時に本格的に修行に入り、現在は棟梁として組織をまとめる大工のエリートである。

  僕が幼い頃から、自宅で父親と麻雀をする姿を何度か見たことがあったが、当時から怖い顔のおっちゃんだなぁ、といつも遠巻きに眺めていた。

  

  3年前、大学に入学したのを機にアルバイトを始めると言い出した僕に、寅次が大工をやっているからそこで働いたらどうだ、と父親が進言してきて。

  早速寅次さんの家に招かれて面談をした結果、その場で即採用され、翌日から寅次さんの下で働くようになった。

  高校生の頃は陸上部で鍛えていた為体力には自信があったし、人並に根性もあったので、僕はすぐに現場に慣れ、今もこうしてバイトを続けている。

  ちなみに給料は1日1万円。

  そろそろ就活を意識する時期になったので、このバイトも辞めないとなぁ、と考えてはいるのだが…なんだか寅次さんをほっとけなくて、こうしてズルズルとアルバイトを続けている。

  

  ……いや、ほっとけない、というのはちょっと違うか。

  正直なところ、僕は寅次さんに…淡い恋心のような感情を抱いている。

  でも、きっかけなんてものは特に無くて。

  高校を卒業するまで、人を好きになるとか恋愛するとか、そういった出来事と無縁な日々を送っていた僕が、ある日ふと、自分が寅次さんをいつも目で追っている事に気づいたのだ。

  意識するようになった途端、頭の中が寅次さんの事で一杯になっていく自分に気づいた。

  それまでは義務的に男女モノのAVで行っていたオナニーも、たまに寅次さんが着替えるときに見えるちょっとたるんだお腹とか、ごく稀に笑った時に見せるくしゃっとした笑顔とか、偶然寅次さんがトイレの鍵をかけ忘れていて、僕がドアを開けてしまった時の真っ赤になって怒る顔とか…まぁそういった諸々を想像すると、途端に捗る様になった、というか。

  

  でも正直、これが恋心なのかはよくわからないんだよなぁ…。

  自分が同性愛者で、おじさん好きだって判るきっかけにはなったけど。

  あの寅次さんと、それじゃあ一緒に暮らしたり、生きていけるかと聞かれると、まだわからないなぁ、なんて。

  

  そんな悶々とした気持ちを抱えていたある日。

  一日の作業を終えて帰宅する準備をしていた僕は、馬屋さんにとある提案を持ち掛けられた。

  「……なぁなぁ犬鳴君。

  ちょっと手伝ってほしい事があるんだけどねぇ…」

  ――それは、馬屋さんと知り合って少し経った頃。

  寅次さんに怒鳴られて、しょげかえっていたある日の事だった(ちなみにこれは僕のミスが原因なので、寅次さんに非があった訳ではない…)。

  

  「……クリーム、ですか?」

  「ああ。そうそう。これね、ハンドクリーム。ちょっと特別な」

  手のひらサイズの容器を指先で弄ぶ馬人。

  それは、真っ白で何のラベルも貼られていない、無機質なものだった。

  独時のねっとりとした言い回しで提案された内容とは…このクリームを、寅次さんの肉球にマッサージと称して塗り込んで欲しい、という話だった。

  「ハンドマッサージですか?

  そんなの馬屋さんがしてあげれば…」

  「あ、アホ!

  ワシなんかがそんな事できるはずないでしょー!

  ぶっ飛ばされますよ!」

  首をかしげる僕に、馬屋さんは続ける。

  「君ね、寅さんと仲いいでしょ?」

  「仲がいい…んでしょうか?」

  言われてもピンと来ない。

  他の人と同じように叱られてるし、別に作業量が少ないとか甘やかされている自覚もない。

  だけど、馬屋さんは首を横に振ると、

  「あのね、馬ってのは人の心の機微に聡いんですよ。

  だから間違いない。

  寅さんは君に、全幅の信頼を寄せています」

  「え、そうですか?

  そうかなぁ…」

  自然と頬が緩む。

  そんなはずはない、と思うんだけど。

  でも、あの寅次さんが、僕なんかを信頼してくれているんだとしたら…嬉しい。

  

  「それに」

  急に声のトーンを落とすと、馬屋さんは小声になって。

  「君ね、棟梁の事、好きでしょ」

  「!!!う、馬屋さん!?」

  「しっ、静かに。

  聞かれたら困るでしょ」

  馬屋さんは目を細めると、離れた場所で片づけをしていた寅次さんを見る。

  気づかれては困る、とでも言う様に眉根を潜めると、

  「言ったでしょ。馬はそういうのに敏感なの。

  ね、これは犬鳴君、君にとっても寅さんと親密になるチャンスなのよ」

  「いやいやでも、ハンドマッサージなんて」

  「大丈夫、君が提案したら、必ず寅さんはオッケーするから」

  にこにこと胡散臭い笑みを浮かべる馬人。

  しかし、これはもしかすると、チャンスなのかもしれない…。

  僕自身、自分の気持ちがいまいちよくわかっていなくて。

  いい加減このバイト辞めるかな、と思案していた時期でもあったので…。

  

  「……わかりました、じゃあやるだけやってみます…

  ところでこのクリームって」

  ああ、と気さくな笑みを浮かべると、馬人はウィンクして、

  「媚薬入りハンドクリームですよ」

  「びっ!!!!」

  思わず叫びそうになる僕の口を、馬人は焦って手で塞ぐ。

  しーっ!!とジェスチャーされ、なんとか絶叫を抑えると。

  「て、点鼻薬…のことじゃないですよね?」

  「当たり前でしょうがよ。びやくよ、びやく」

  

  呆れる様な顔をする馬人。

  いや、呆れるのはこっちである。

  「これはね、肉球から浸透するタイプの媚薬なの。

  飲み薬みたいな経口摂取タイプは警戒されるし、眼やお尻みたいな粘膜から摂取するタイプはそもそも難易度が高すぎる。

  そこで、我々獣人の肉体で毛皮に覆われていない肉球から浸透させる、このクリーム型の出番ってわけ」

  「てわけ、じゃないですよ!!

  そんなもの、寅次さんに使ってどうするんですか!」

  僕の問いに、馬屋さんはふふん、と鼻を鳴らすと。

  「そんなの決まってますよ。

  寅さんに一泡吹かせたいだけです」

  「一泡って…

  え?いや、え、もしかして、馬屋さんが寅次さんを?」

  左手の親指と人差し指で輪っかを作ると、右手の人差し指をその中に出し入れするジェスチャーをする僕。

  馬屋さんは苦笑して、

  「あのね、私はもう60ですよ。

  勃ちませんよ、歳で」

  「はぁ…」

  「寅さんの怒りっぽい所が多少でも無くなれば、それでいいんです」

  

  馬人はそう言うと、僕にクリームの容器を押し付ける。

  渋々受け取るが…果たしてこんな提案に、寅次さんは乗るのだろうか?

  僕が訝しんでいると…

  「おい、どうした勝。

  帰らねぇのか」

  いつの間に近づいてきていたのだろうか。

  寅次さんが声をかけてきて。

  「あ、ああ寅さん。

  ちょっと今ね、世間話してて」

  「世間話ぃ?

  どうせろくでもない事吹き込んでたんだろ」

  馬人をギロリと睨む虎人。

  「勝はな、ダチから預かってる大事なお子さんなんだよ。

  いらん事教え込んだら承知しねぇぞ」

  凄む寅次さんに、馬屋さんはたじろぐ。

  見かねた僕は、

  「寅次さん、あの!」

  声をかける。

  あン?とこちらに顔を向けた寅次さんに、僕はクリームの容器を差し出しながら、

  「これ、知り合いから貰ったやつなんですけど…

  疲れに効くクリームらしくて。

  あああああの、後でこれで、そ、その…ハンド…マッサ…」

  言いながら、どんどん顔が赤くなっていくのが自分でもわかる。

  最後の方なんて、呟きにしかならなくなっていて。

  そこで馬屋さんが、

  「さ、さっきから相談を受けてたんですよ!

  寅次さんにお世話になってるから孝行したいけど、ハンドマッサージなんて言ったら引かれますかね、って!」

  と助け舟を出した。

  

  「ハンドマッサージぃ?」

  「そそ、そうなんですよ!

  ほら、若いうちからエイジングケアしろって言うじゃないですか!

  

  焦る僕と馬屋さんと、そしてクリームの容器をじゅんぐりに見て、寅次さんは少し考えた後、

  「切り傷とかにも効くか?」

  「効く効く効きます!!ねぇ犬鳴君!」

  「へ?え、あ、いや、多分!多分効きます!!!」

  コクコクと頷く僕と馬屋さん。

  

  「ふーん…で、そのクリームをくれた知り合いってのは…?」

  馬屋さんを疑り深そうに眺める虎人。

  不意に風が吹き、僕達の毛皮をびゅう、と薙いで。

  

  「……まぁ何でもいいや。

  じゃあ勝、今から頼むわ」

  そう言うと、寅次さんはぷいと顔を背ける。

  「事務所に行くぞ」

  そして返事を待たず、のしのしと歩いていく。

  「……やりましたな!」

  こっそりと馬屋さんがガッツポーズを取りながら言う。

  「でも、馬屋さん」

  遠ざかっていく棟梁の後姿を眺めながら、

  「効果がもしも出てきたら…」

  「ん?」

  馬屋さんは先ほど僕がしたジェスチャーを…つまり輪っかに棒を出し入れするアレを…して、ニヤリと笑った。

  [newpage]

  業務時間外の仮設事務所は閑散としている。

  窓から差し込む夕陽はもう弱弱しくて、事務所内の殆どを薄闇が覆いつくしていた。

  

  蛍光灯の灯りの下で、僕と寅次さんは向かい合ってパイプ椅子に腰かけていた。

  ん、と突き出された寅次さんの右手を、じっと眺める。

  黒とピンクのまだらになった肉球は、仕事柄かがさがさとしていて、所々に小さな傷が出来ていた。

  真っ黒で、まだ柔らかい僕の肉球とは全然違う。

  

  「あ、あの、失礼します」

  緊張しながらも、僕はその肉球にそっと触れる。

  押し込んでみると、僕の肉球がふにっと押し返された。

  「硬いだろ」

  「え、あ、ええ!

  ええっと、そうですね…ガチガチです…」

  表面を摩ってみると、あちこちにタコのように分厚くなった部分もあって。

  お世辞にも触り心地の良い肉球とは言えない。

  「じゃあその、失礼します」

  僕はクリームの容器を手に取ると、蓋を開ける。

  とたんにふわっと香る、フローラルな香り。

  それを嗅いだ瞬間、寅次さんの眉がピクリと動いた。

  「これは…」

  「え」

  ――ばれたか!?

  真っ青になる僕ではなく、容器をじっと眺める寅次さん。

  何か言われるか、と身構えていると。

  「……まあいいや。

  続き、頼む」

  寅次さんは何事もなかったかのように、ふいと目線を戻す。

  「あ、ええ」

  良かった、ばれていない様だ。

  思わず安堵の息を吐いた。

  緩慢な仕草で中身を適量手に取ると、寅次さんの肉球の上に乗せて。

  僕は左手で、恐る恐るクリームを塗り拡げる。

  真っ白なクリームはさらさらと伸びが良く、すぐに肉球全体を覆う。

  はぁ、と寅次さんが息を吐いた。

  「…沁みるところとか無いですか?」

  「ん、ちょっとピリッとするが大丈夫だ」

  少し力を籠めて、寅次さんの右手をマッサージし始める。

  塗料や薬剤が染みごわごわと硬化した毛、荒れて愛想のない肉球、作業中に傷ついたのか一部が欠けた爪。

  年輪の様に蓄積した寅次さんの掌のダメージを確かめながら、それらを癒すようなイメージで丹念にほぐしていく。

  …マッサージの経験なんて全くないが、それでもできるだけ丁寧に、凝り固まった部分を中心にむにむにと握ったり、揉んだり。

  僕の掌に伝わる寅次さんの体温が、いやに暖かく感じる。

  5分ほど右手をマッサージした後、左手に移る。

  催促すると、寅次さんは何の警戒もなく左手を差し出す。

  こちらの肉球も、同じように傷だらけでガッサガサだ。

  しん、と静まり返った事務所内で、僕達二人の呼吸と、マッサージを施すぎゅっぎゅっ、という音だけが響く。

  時折、寅次さんが気持ちよさそうにはぁ、とかふぅ、と息を吐く。

  その度に、なんとなく淫猥なムードが漂って胸が高鳴る。

  

  たまに、バレない様に寅次さんの股間をちらりと盗み見る。

  媚薬の効果が表れていたら…ちょっとでも勃起して、なんて少し期待してしまうが…

  残念なことに変化はないようだ。

  ……さっきから、僕は痛い程勃起しているというのに。

  そうして、最後まで何のハプニングが起きるわけでもなく。

  作業的にマッサージを終える。

  寅次さんは両方の手を擦り合わせると、うんうん、と何かに納得するように頷いて。

  僕の頭に、右手をぽんと乗せた。

  「ありがとよ、勝。

  気持ちよかったぜ」

  ふんわりと香るクリームの香りに混じって、砂汚れと煙草、それに寅次さんの汗の匂いが鼻を衝く。

  それがとても心地よくて、すうっと深呼吸をする。

  

  「その、お前の気が向いたらでいい、また頼んでもいいか?」

  寅次さんの言葉に、僕は何度もうなずいた。

  「勿論!

  …というか、しばらくは毎回やりますよ」

  「いや、それは悪ぃよ」

  「いえいえ、僕がやりたくてやってるんで!!」

  僕の勢いに負けたか、そうか、と呟くと、寅次さんは滅多に見せない笑顔をにっと浮かべて。

  「ありがとよ、坊主」

  身を乗り出すと、唐突に僕の頭をぎゅっと抱きしめた。

  寅次さんの分厚い胸板に顔を埋められ、

  「と、とらつ、さん…」

  混乱した僕は、動けなくなる。

  寅次さんは僕の頭を抱え込んだまま、後頭部をぽんぽんと叩いて、

  「いつの間にかこんなに大きくなりやがって。

  立派になったな、勝」

  嬉しいやらびっくりするやらで混乱する僕。

  つんと香る体臭は、他人よりちょっとだけきつい。

  下を向いていた僕の視界に、寅次さんの股間が飛び込む。

  それは、気のせいか少し膨らんでいるような気がして。

  ――媚薬が、効いてきたのかな。

  そんな事をふと考えたけれど、身動き一つとれない。

  そうしてたっぷり30秒ほど抱きしめられた後。

  僕を開放すると、寅次さんは咳ばらいを一つして、よし、帰るか、と合図をしたのだった。

  

  二人のマッサージの時間は、それからしばらくの間、バイトの日は毎回訪れた。

  仕事が終わって他の作業員が帰ったら、二人きりで事務所に戻って。

  後ろめたいことなど何一つないのに、まるで内緒の逢引のように、僕らはこっそりと二人の時間を過ごしていた。

  もしかすると、寅次さんは普段威厳たっぷりに振舞っているから、僕と二人きりでいるところを他の人に見られたくないのかもしれない。

  でも僕はマッサージを施しながら、この時間がずっと続けばいいのに…なんて事を、いつしか考えるようになっていた。

  そしてそれと同時に、徐々に寅次さんに対する自分の気持ちが、理解できるようになって。

  

  マッサージをしながら、時々寅次さんの顔を見る。

  いつも険しく厳かな太い眉や、ぐいっと張った大きなピンク色の鼻、ふてぶてしいマズル、口の端から覗く牙。

  それらが、マッサージをしている間だけは脱力し、リラックスする。

  よく見ると愛嬌のある顔立ちに、ちょっとだけ人懐っこそうな目をした、ごく普通の虎人のおじさん。

  僕にだけ見せるその表情に、毎回どきっとさせられる。

  その度に、寅次さんへの気持ちが高まるのと…マッサージなんていう理由をつけて、媚薬を擦りつけている自分の浅ましさが嫌になる。

  本当の事を言えたら楽なのに。

  いや、言ったらぶっ飛ばされるんだけど。

  ――ところで、クリームの媚薬としての効果は兆候すら見えなかったが、保湿やダメージケアの効果はしっかりと出ているようで。

  それ迄ずっと痛々しささえあったその肉球は、回数を重ねるごとに、徐々に柔らかく、色も明るくなっていて。

  ある時、他の作業員に、

  「あれ、棟梁?

  ハンドケアなんてしてるんですか?意外だなぁ」

  

  と指摘されている姿を見かけた。

  「なんか肉球プルプルしてそうっすね。

  ちょっと触っていいすか?」

  「言い訳ねえだろ馬鹿!」

  

  ごん、とヘルメットの上から角材で殴られ、作業員が逃げ出す姿を目で追いながら、僕にだけ触らせてくれてるのかな、なんて妙な優越感を感じる。

  そんな僕の視線に気づいたか、僕の顔を見ると咳払いをする寅次さん。

  殴られたくない僕は、慌てて目を逸らすのだった。

  そして。

  クリームを使い切る日…

  つまり、最後のマッサージの日が訪れた。

  いつも通りにマッサージをして、いつも通りに寅次さんの顔を見て。

  以前より随分柔らかくなった肉球に、一抹の寂しさを覚える。

  結局、最後まで媚薬っぽい効果なんて全く出なかった。

  馬屋さんが期待していたように、寅次さんの性格が軟化するとか。

  僕を肉体的に誘ってくるとか、そんな変化はこれっぽっちも見られなくて。

  ――でも、これで良かったんだ。

  僕はただ、寅次さんと少しだけ親密になれて、そして自分の本心に気づけた。

  だけど、こんな日々は永遠には続かない。

  就活の準備も始まるし。

  何より…つい先日、寅次さんにマッサージをしていた時に。

  うとうとと居眠りをしていた虎人が、不意にぽつりと呟いたのだ。

  「ああ……由良」、と。

  その日帰宅した僕は父に、何とはなしにその『由良』という名前に聞き覚えはないのか、と質問した。

  すると…

  「ああ、由良ちゃんね。

  寅次の元奥さんだよ。

  10年前に亡くなっちゃったんだけどね」

  との事で。

  つまり…寅次さんは過去に奥さんを亡くした、ストレートの男性で。

  僕にマッサージを施されながら、その奥さんの事を思い出し、感慨に耽っていた、という訳だ。

  最初にマッサージをした日に、僕を抱いたのはただの気まぐれ。

  僕が、勝手に少しだけ…ほんの少しだけ、寅次さんとの関係に、一方的に期待をしただけだったのだ。

  だから、こうして最後の日が来て、内心少しだけほっとしていた。

  馬屋さんには毎回うまく行っている、とサインを送っていたけど。

  まるで効果が出ていないことには馬屋さんも気づいていたようで、最初こそ本当にマッサージしてるの?と疑われたが、一度だけ僕がマッサージしている場面を窓の外から覗き見たらしく…

  「まぁ、所詮はアダルトグッズですな、はぁ。

  6000円くらいしたんですがなぁ」

  と、苦笑しながらため息をついていた。

  

  「――はい、これで終わりです!」

  僕は努めて明るい声を上げると、最後のマッサージを終えた。

  

  「……ん、おしまいか」

  寅次さんは両手を合わせて、肉球同士がもちもちと反発しあうのを確認すると。

  いつものごとく手を伸ばし、僕の頭を撫でた。

  …こうして撫でて貰えるのも、これで最後なのかな、なんてぼんやり考えていると。

  「あの、勝。

  ちょっと話があるんだが」

  寅次さんが、立ち上がろうとする僕を呼び止めた。

  「はい?」

  「お前、明日学校あるのか?」

  明日は日曜日だ。

  当然休講である。

  特に予定ないですよ、と伝えると、そうかそうかと寅次さんは一人で納得して、

  「じゃあ今夜、ちょっと付き合えよ。

  日付が変わるころに、ここで」

  「日付が変わるころ…?」

  時刻を確認する。

  現在19時20分。

  すでに外はとっぷりと日が落ち、帳が下りている。

  「ええと、じゃあ23時50分くらいに来れば…」

  「あ、ああそうだ。

  その時間で頼む」

  頼む、なんて。

  そんな言葉を寅次さんが使うなんて珍しいなぁ、と妙なところで感心してしまう。

  ま、ちょうどこの後友達とカラオケに行く予定だったし…その後でここに立ち寄ればいいかな。

  「了解しました。

  では、また日付が変わる頃に、ここで」

  僕がそう答えると、どこか安堵したような面持ちで、寅次さんは頷いた。

  そして僕達は立ち上がると、どちらからともなく、それじゃ、と言って。

  仮設事務所から表へ出る。

  冷たい風が吹いて、僕は身震いをした。

  「…じゃあ、また後で」

  寒風にまるで動じず、いつもの愛想のない顔になると、寅次さんはスタスタと歩いて行く。

  取り残された気持ちになった僕は…その場に留まり、ちょっとだけ独りで泣いた後…友達と合流した。

  そうして時刻が23時半になった頃。

  少しだけ早めに工事現場に戻った僕は、突然背後から襲われた。

  [newpage]

  「はっ、うっ、助けて…」

  今何時なのだろう。

  もう約束の時間はとっくに過ぎてしまった。

  「助けを求めても、誰もここには来ねェよ」

  虎人はその手で僕の下腹部を虐め続けている。

  「どうしてこんな」

  涙で視界が滲む。

  こんなことになるなら、寅次さんの誘いに乗るんじゃなかった。

  どうせ終わっていた恋なのだ、未練がましくしがみ付く必要なんてなかったのに。

  なのに、どうして僕は寅次さんの、あの少しだけ寂しそうな目にほだされてしまったんだ。

  

  「俺は、お前みたいなガキにお仕置きするのが好きなんだよ」

  虎人はにっこりと無邪気に笑う。

  右手を持ち上げ、月光を跳ね返して体液でぬらぬらと輝く肉球を見せつけるように、僕の鼻先に寄せる。

  嗅ぎなれた自分の青い匂いが、こんなに怖いと思うなんて。

  「助けて」

  何度目かわからない命乞いを僕は口走る。

  「助けて、とらつぐさん…」

  潤んだ視界が、黒く歪んで。

  

  「ぐぇっ」

  潰れたカエルの様な声と。

  ごむ、という鈍い音。

  

  「……え」

  股を開き、間抜けな顔で目を見開く僕の前で、ゆっくりと虎人の体が傾ぎ…

  どさり、と倒れる。

  砂煙の匂い。

  そして続いた、

  「勝!!!!!」

  恫喝にも似た雄叫び。

  「勝!!!大丈夫か!!!」

  「…とらつぐ、さん…」

  そこにいたのは、角材を手にする見慣れた影。

  ぜいぜいと肩で息をするその顔は闇に溶けて良く見えないが、その聞きなれた声に、僕は安堵して。

  「――とら、寅次さん…寅次さん…!!!」

  ひぃぃ、と泣き出してしまう。

  いきり立った下半身を丸出しにして、両腕を縛られて。

  なんとも間抜けな格好だが、それでも助けが来たことが何より嬉しかった。

  「お前…!

  ちょっと待て、すぐに…」

  寅次さんは男を足蹴にすると、僕の背後に回る。

  ごそごそと探る様に僕の手を触って、

  「……糞!」

  辺りを見回す寅次さん。

  そしてすぐに手近にあったツールボックスを見つけ、中からニッパーの様なものを取り出す。

  流石虎人、夜目が効くなぁなんてうつろな頭で考えてしまう。

  ぱちん、と言う音と共に両の親指が解放されると、間を置かずに手首を縛っていた麻縄も切断された。

  ついに自由になった僕は、ずりずりと背中からずり落ちる。

  「おい勝!勝!

  畜生、何なんだよ」

  焦る寅次さん。

  そりゃそうだよな、呼び出していた相手が現場で知らない男に亀頭攻めされてるんだもん。

  僕だって理解が追い付かないだろう。

  それでも、とっさに虎人を殴り倒してくれたのはありがたかった。

  「寅次さん…そいつを」

  やっとの思いで声を絞り出す。

  はっと顔を上げると、寅次さんは倒れる男に目をやって。

  

  「待ってろ勝」

  言いながら、倒れた男の手足をツールボックスから取り出した結束バンドで縛る。

  凄いな、あんな長さの結束バンドあるんだ、なんてどうでもいい事に感心してしまう。

  「ほ、ほら」

  寅次さんは首にかけていたタオルを僕の股間にかけた。

  

  「…手当てするから、一旦事務所に運ぶぞ」

  今にも気絶しそうな僕の体に腕を回すと…寅次さんは苦も無くひょいっと持ち上げた。

  お姫様抱っこの恰好になる。

  「寅次さん…とらつぐさん…!」

  分厚い胸板と、丸太の様な腕に抱かれて。

  安堵して、涙が溢れる。

  「寅次さん…っぐとら…ぐ…さん…!」

  「よしよし、もう大丈夫だ」

  僕の首筋に鼻先を埋める寅次さん。

  鼻息が暖かい。

  「俺が来たから」

  「ふぅう…うう…」

  寅次さんの体温を感じて、後から後から涙が溢れる。

  今まで生きてきた中で、こんなに怖い思いをしたことが無かった僕は、両方の親指の感覚がいまだに戻らないことすらどうでも良くて。

  

  「ありがとう…ありがとうございます…」

  「うん、うん」

  子供をあやす様に甘い声を出すと、うし、と気合を入れる虎人さん。

  僕を抱く体がぐらりと揺れ、続いてごぼ、と唸る声が続く。

  おそらく倒れた虎人に蹴りでも入れたのだろう。

  やがて視界が流れ出す。

  涙で歪む夜の現場の景色。

  濃厚な寅次さんの熱と、体臭。

  躍動する筋肉の感覚。

  僕の鼻先にある、寅次さんの左手。

  その肉球から漂う甘い香り。

  事務所の扉を足で開けると、寅次さんは僕を抱きかかえたまま、仮設事務所の2階にある仮眠室へと向かった。

  外とは違って月明かりすらない中、確かな足取りで階段を上る寅次さん。

  

  そして僕は、決して寝心地が良いとは言えないベッドに横たえられると。

  丸出しの下半身を隠す様に、薄いかけ布団をかけられる。

  

  「すぐに戻る」

  そう言ってその場を去ろうとした寅次さんに、

  「い、行かないで」

  僕は思わず声をかけていた。

  「独りにしないで…」

  「…勝」

  寅次さんは枕元に腰かけると、僕の頭を優しく撫でた。

  

  「わかった…ちょっと指、見せてみろ」

  

  寅次さんが手探りで部屋の灯りを点ける。

  白熱灯の光が僕の目を焼き、うぅ、と唸ってしまう。

  「…ひどいな」

  開口一番、寅次さんは僕の手を見て呟いた。

  言われて自分の手を確認する。

  

  両手の親指の付け根が、両方とも血に濡れていて、一部の被毛が剥がれ肉色の皮膚が露になっていた。

  結束バンドが巻かれているのに無理に暴れたせいだろう。

  「痛いだろう、我慢してくれ」

  ガラス細工でも扱う様に、恐る恐る僕の手に触れる寅次さん。

  僕は歯を食いしばって痛みに耐える。

  「……多分、骨は大丈夫だ。

  一応医者に見せた方がいいかもしれんが…」

  困ったように、布団で隠された僕の下半身を見る寅次さん。

  

  「その…まずは、何があったか教えてくれないか」

  頷くと、僕は事情を説明した。

  

  23時半頃。

  少し早めに現場を訪れた際、背後から何者かに薬品を嗅がされて気絶して。

  気づいたら縛り付けられ、変質者に下半身を執拗に虐められていた、と。

  話を聞いていた寅次さんの表情が次第に険しくなり…

  「すまない、俺のせいだ」

  沈痛な面持ちで、頭を下げた。

  「そんな」

  「いいや、俺がこんな時間にお前を呼び出したのが悪い…

  糞、まさかこんな…」

  

  両手で顔を覆う寅次さん。

  「お前が、こんな酷い目に…」

  「だ、大丈夫です…

  寅次さんが来てくれたので」

  「…何が大丈夫だ!」

  唐突に声のボリュームを上げる寅次さん。

  僕の肩をがしっと掴むと、そのいかめしい顔を歪めて、

  「勝が傷つくなんて事…あっちゃいけねぇのに…」

  「あはは…親父には、ちょっと悪ふざけが過ぎて、って説明するので…」

  落ち着いてきた僕は、寅次さんが落ち込まないように努めて明るい声を出す。

  だが、寅次さんは重い表情を変えず。

  「違う、違うんだ勝」

  上半身を捻ると、ぎゅっと僕を抱きしめた。

  逞しい上半身が、小さく震えている。

  「勝…俺は…俺は、お前が…何より大切なんだ」

  「寅次さん…?」

  

  じんじんと響く指の痛みと、下半身を見られてしまったという恥ずかしさが今更になって蘇ってきていた僕は、寅次さんの行動に上手くリアクションを返せない。

  「好きなんだ…」

  耳元で、寅次さんが囁いた。

  

  「寅次さん…?」

  「勝…好きなんだ、お前が…」

  ぶるぶると寅次さんの上半身が震える。

  その表情を伺いたいが、身をよじろうとすると痛みが背中を走り、動けない。

  好きって、何ですか?と

  問い返そうとするが…安心したせいなのか、意識が混濁する。

  「とら…」

  耐えようのない睡魔が脳を犯す。

  少しずつ、五感が僕の体から遠ざかっていく。

  耳元で寅次さんが何かを言うが…それを理解するよりも先に。

  僕の意識と記憶が、ぷつりと途絶えた。

  [newpage]

  ――目覚めると、まだ辺りは真っ暗だった。

  視線を巡らせると、

  「…起きたか」

  パイプ椅子に掛けた寅次さんがそこにいた。

  「あ、あの」

  「さっきの馬鹿は、両手足を縛ったまま河川敷に放り投げてきた。

  水をぶっかけて、お前の…その、体から出たのは全部流れたと思う」

  ちょっと困ったように顔をしかめて、

  「警察を呼んでもよかったんだが…お前がされた事もあるし…」

  「あ、そ、そうですね…」

  ……警察に僕の体液を調べられたりしたら、と思うとぞっとする。

  レイプされた女性が泣き寝入りしてしまう気持ちが、今なら理解できる。

  

  裁きを与えるよりも、これ以上あいつに関わりたくない、という気持ちが強い。

  「安心しろ、アイツの前歯全部叩き折っといたから。

  もうお前には手を出さないと誓わせた」

  さりげなくバイオレンスなことを言う寅次さん。

  でも、それでいい。

  

  「すいませんでした…僕の警戒心が薄いばかりに…」

  「何言ってんだ。

  悪いのはあいつだ」

  「…違うんです」

  僕は目を伏せる。

  「その、アイツに…下半身を触られてるとき…

  僕…あいつの事…最初寅次さんだと思い込んでて」

  「勝…」

  「はは、同じ虎人だからって…こんなのおかしいんですけど…」

  「いや、いいんだ。

  気にするな」

  「ち、違うんです」

  僕はかぶりを振った。

  「寅次さんの事が…好きなんです」

  「勝?」

  寅次さんが顔を上げる。

  「だから…好きな人に…寅次さんに酷い事された、って勘違いして…その…

  はじめ、何故か少しだけ、嬉しいってかんじちゃって…」

  顔が真っ赤になる。

  再び涙がこみ上げてくる。

  「……ごめんなさい…僕」

  「いいから」

  優しい声で、虎人は僕の言葉を遮る。

  大きな手が僕の頭をごしごしと撫でて。

  「いいから…

  俺が悪い、悪いんだ」

  静かに寅次さんが呟く。

  そして。

  「…隣に行ってもいいか」

  僕は頷く。

  身をよじると、壁際に体を寄せる。

  寅次さんは立ち上がると、僕の隣に腰かける。

  僕は…

  「……あ、あの」

  勇気を出す。

  「す、座るんじゃなくて、その」

  「ん?」

  「と、隣…」

  一生懸命壁に体を押し付ける。

  しっぽが潰れるくらいにお尻を引いて。

  そんな僕の動きを見て察したか、寅次さんはおう、と小さく呻くと、ごそごそと靴を脱いで。

  僕の横に、ごろんと寝転んだ。

  寅次さんの、少しだけ乱れた呼吸音。

  「……その」

  顔が熱い。

  「さっき、好きだって…」

  「ああ」

  こちらを見る寅次さん。

  いつも通りの、人相の悪い虎人の顔。

  

  「勝、お前が好きだ」

  真っすぐに、こちらを見据えるその目。

  射るような輝きに、僕は目を逸らす。

  「……」

  気恥ずかしくて、どう応えようか迷っていると…寅次さんの腕が僕の体に巻き付いてきて。

  ぎゅっ、と抱きしめられる。

  「お前にマッサージされながら、考えてたんだ…

  いつも一人ぼっちの俺を、お前がこうやって寂しくない様に支えてくれてるんだな、って」

  「寅次さん…」

  「そ、それに、だな」

  ごほんと咳ばらいをすると、

  「せっかくマッサージしてもらってるし…効果が出てないと悪いしだな…

  毎晩家に帰って、その…保湿用ローションとか、自分で塗り込んでるんだぞ」

  「え?そ、そうだったんですか」

  あのクリームの効果だけであんなに肉球がモチモチになっていた訳ではないのか、と驚く僕。

  「ったりまえだ。

  あんなクリームじゃ俺の頑固な肉球は柔らかくならねぇんだよ…

  だから、その、ちゃんと効果が出てるぞ、っていうふりをするためにだな…」

  ……どういう事だ?

  まるであのクリームの事を知っているかのような口ぶりだ。

  「あの、寅次さん…

  もしかして、あのクリームの事…」

  「ん?ああ」

  寅次さんはさも当たり前の様な顔で、

  「よくコンビニで売ってるヤツじゃねぇか、アレ。

  容器は入れ替えられてたみたいだが」

  「えええ!!」

  ……馬屋さん、騙されてるじゃん!

  あれ安物のクリームだったのかよ!

  「ん?どうした?」

  「あ、いやいやいや…何でもないんです…」

  狼狽える僕の顔が面白かったのか、くくく、と押し殺す様に笑うと、寅次さんは僕の後頭部を撫でて、

  「どうせ馬屋のオッサンに妙な事吹き込まれてやったんだろ?」

  「え、えーーっと…」

  目を逸らす僕。

  変にごまかさない方がいいんだろうか?

  でも正直に言うと、馬屋さんの生命の危機では…。

  「……まあ、おっさんは今度しばき倒すとして。

  勝、さっきお前が言ってたことだけど…」

  「あ」

  そうだ、さっき勢いで好きだって言っちゃったんだ。

  

  寅次さんの真っすぐな目線を感じて、おどおどしてしまう。

  

  「……俺みたいな不器用な奴でよければ、その…」

  いつも堂々として男らしい寅次さんが、歯切れの悪い言い方をする。

  「…あ、あの、僕みたいな奴で、いいなら…」

  真っ暗な部屋の中で、二人してもじもじと沈黙する僕ら。

  風が吹いて、窓ガラスががたがたと音を立てる。

  すると、寅次さんが。

  「き、キス」

  目を皿のように細めて。

  「キス、してもいいか?」

  太いマズルの先端を少しだけ突き出す。

  普段見せないようなその表情に、

  「あ、えっと」

  なんだか妙に焦る。

  「は、早かったか、そうか、はは…」

  しまった、という様に眉をㇵの字に曲げて、ちょっと残念そうな顔をする虎人。

  元既婚者の癖に、まるで初めて青春をしている高校生の様な顔をしていて、その普段との凄まじいギャップに僕は思わず、衝動的に…本当に衝動的に、キスをしていた。

  ん、と寅次さんが目を見開いている。

  不意打ちをされたせいか、鼻息を思いっきり噴出する。

  煙草の匂い。

  僕は虎人の口に口吻をぎゅっと押し付ける。

  ややあって、僕を抱く寅次さんの腕の力が強くなって。

  うん、と声が出る。

  

  ぷは、と息継ぎをするように、寅次さんが口を離した。

  「勝、ここまでだ。

  これ以上は我慢がきかなくなる」

  「我慢なんて…」

  「でもお前、手が…」

  言われて思い出す。

  そういえば、僕の指はどうなっている?

  慌てて両手に力を入れて…戻っている親指の感覚に安堵した。

  「…大丈夫そうです。

  ちょっと擦り傷は酷いですけど」

  そう答えると、目の前の寅次さんが、安堵したように息を吐いた。

  普段平気で他人をどつくような人が、こんなに僕を心配してくれているのだ…と、嬉しいやら気味が悪いやら。

  「だから、その」

  ずっと抱かれていた僕は、左腕に力を込めると、寅次さんの腹に腕を回した。

  若干メタボよりではあるが、がっしりとした良いお腹だ。

  「今夜は一緒にいて欲しいです…」

  「そ、そうか」

  すう、と寅次さんが呼吸を整える。

  緊張してくれているのだろうか。

  「じゃあ…お前さえよければ、その、こうしてていいか?」

  「そ、その…」

  ――抱いてください、なんて…言えるか?

  いや、言えない…。

  すぐに抱いてくれ、なんて股の緩い男だと思われたくない。

  いや、既に下半身丸出しの現場は見られてしまったから、今更恥じるような事は無いのかもしれないが。

  それでもこの千載一遇のチャンス、逃したくはない。

  やっとこうしてお近づきになれたのだ。

  何か、気の利いた言葉を…

  「そうだ、寅次さん!

  寅次さんって、昔結婚してたんですよね?」

  だが僕は、ここで踏み抜くべきではない地雷を自ら踏み抜く。

  「ぼ、僕みたいな男でもいいんですか!?」

  「結婚って、お前……」

  沈黙が訪れて。

  ふう、と寅次さんはため息を吐く。

  「そうか、アイツがお前に言ったのか…」

  「あ、えと、一度だけ、由良さんって人の名前だしましたよね。

  その、親父に聞いたら、寅次さん結婚してたって…」

  緊張のせいか、ぺらぺらと言わなくてもいい事を口走る自分を殺したい。

  だが舌が止まらないのだ。

  

  「由良はな…ああ、確かに、その。

  結婚してたが…」

  「が…?」

  「聞いただろ?

  死んだよ」

  あ、はい、と。

  僕がそう答えると、寅次さんは口をつぐんでしまった。

  

  抱き合ったまま僕らは沈黙する。

  「……あのクリーム」

  寅次さんがぼそっと口を開く。

  「由良がな、よく使ってたんだよ。

  安くて良いわ、って」

  「そうだったんですか…」

  「……安物だから全然効き目がなくてな。

  それでもアイツ、毎日一生懸命手に擦りこんで…

  …もっとちゃんとしたクリームを、買ってやれば良かったって。

  後悔してるんだ」

  偶然にも、寅次さんの琴線に触れるようなことを、僕はしてしまっていたのか。

  罪悪感のようなものがむくむくと湧いてくる。

  「だから…今でもあの匂いは、忘れられないんだよ」

  「すいません…」

  「何で謝るんだよ」

  寅次さんに顔を向けられない僕は、寅次さんの胸に鼻先を押し当てる。

  そうだ。

  そんな理由があるのなら、寅次さんが僕に向けているその気持ちも、きっと亡くなった奥さんの思い出から来る幻だ。

  一時の気の迷いなのだ。

  「あの、僕…」

  

  「勝」

  僕を抱く寅次さんの力が強くなる。

  「お前がいい。

  お前じゃないとダメなんだよ」

  締め付けられ、息が出来なくなる。

  「由良が死んで、何もかもどうでもよくなって…

  けど三年前、お前がウチに来た時…友達の息子だって判ってて、それでもお前から目が離せなくなって…」

  寅次さんの体温が、熱い。

  もう秋だというのに、全身がじっとりと汗ばむ。

  「頼む…俺から、離れないでくれ…」

  「寅次さん…」

  寅次さんの全身が、僕の体にきつく押し付けられる。

  お腹のあたりに、やけに熱い何かの感触を感じて、顔がぼっと赤くなる。

  「頼む…好きなんだ、勝…」

  顔を上げると、寅次さんは泣いていた。

  ちょっとだけ、目が潤む程度だったが…それでも、普段棟梁として人々を纏めている堂々とした姿とはかけ離れている。

  僕だけにしか見せないであろうその顔に、僕は完全に、陥落してしまった。

  「寅次さん、僕」

  僕も、全力で寅次さんの体を抱きしめ返す。

  縛られていた左手に激痛が走るが、ひるまない。

  「離れません、絶対に。

  一生寅次さんの隣にいたいです」

  「――勝、勝…」

  僕の名を連呼しながら、棟梁ががむしゃらに僕の頭を撫でる。

  加減のない乱暴なそれが、とても心地よかった。

  「勝…ありがとう

  それじゃあ、その…」

  僕を締め付ける力が緩む。

  ようやく胸いっぱいに酸素を取り込めるようになった僕は、ふはあ、と息を吸い込んで。

  目の前でちょっとだけ居心地が悪そうな棟梁の顔を見て、可愛いな、なんて思って。

  「――だ、抱いてほしい」

  

  その一言に噴き出した。

  [newpage]

  ――ずっと、寅次さんはタチだと思い込んでいた。

  いや、そりゃそうだろう。

  あれだけ現場でオラオラしてるんだ。

  むしろ首絞めとかするレベルのドSバリタチだろうな、なんて妄想をしていたから。

  抱いてほしい宣言に、僕は面喰っていた。

  「ほ、ほ、ほ、ほら、やっぱりそういう顔するじゃねぇか!!」

  ……僕、よっぽど凄い顔してたんだろうか。

  寅次さんは顔を真っ赤にして、凶悪な目つきで僕を睨んでいる。

  

  「~~~、や、やっぱり止めだ!

  忘れてくれ!」

  「わ、忘れられませんよ!!」

  ぷいっとそっぽをむこうとする寅次さんの首に手を回すと、逃げられない様に抑える。

  「寅次さん、その、勝手にタチだと思ってたから…」

  「く、クソッ…」

  火がついてるんじゃないかと思うくらいに、寅次さんの首が熱い。

  すると、僕も混乱していたのか。

  

  「――僕、寅次さんを幸せにします!!」

  思わず、そんな言葉を口にしてしまう。

  「な、何だよ藪から棒に!」

  「幸せにするから、だから逃げないでください!!」

  うう、と呻き声をあげて硬直する虎人。

  そりゃ親子ほどの歳の差がある相手に逃げるな、と言われて逃げるような人ではないだろうけど。

  

  「し、幸せにするって、お前」

  寅次さんの言葉を遮るように、僕は再び寅次さんの唇を奪う。

  こんな事になるなら、もう少し男遊びでもして経験を積んでおくべきだった、なんていう微かな後悔が脳裏によぎる。

  だけど、勇気を出して抱いてほしい、と言った寅次さんの覚悟を無下にはできない。

  

  正直、キスだってまだ数回しかしたことがないのだ。

  舌の出し入れだって上手にできるか判らない。

  そんな僕の焦りが通じたのか。

  押し付けていた口の先に、ぬるりとした柔らかい感触。

  それが虎人の舌だ…そう理解した瞬間、その分厚い舌が僕の口の中にぐいっと捻じ込まれる。

  「んっ…ふっ…」

  迎え入れたその舌は、うっすらと煙草の味がした。

  寅次さんの舌は、僕の犬歯や歯茎をなぞる様に這いまわる。

  興奮した僕は寅次さんに抱きつくと、不器用に舌を伸ばす。

  だけど、あまりキスに慣れていないせいで寅次さんの舌と何度もぶつかってしまって。

  「…ぷっ、くくく…」

  唐突に、寅次さんが噴き出す。

  「ど、どうしたんですか」

  「いや、悪い…その、き、キスが、下手…!」

  ぶははは、と笑い始める寅次さん。

  そんなに下手なのか僕のキス…!

  「いやいや、いいんだ、いいんだよ勝」

  何度目だろう。

  僕の頭をよしよし、と撫でる寅次さん。

  そこには、厳めしい棟梁の姿はもう無くて。

  僕が一生傍に居たい、と心に誓った、笑顔を浮かべる虎のおっさんがいるだけだ。

  

  「ずっと隣にいてくれるんだろ?

  じゃあ、俺が沢山手ほどきしてやるからよ…」

  「……約束ですよ」

  ああ、と牙を見せて笑う寅次さん。

  そして。

  「…よっと」

  「わっ!」

  寅次さんの左手が、僕の逸物をぎゅっと握った。

  不意打ちだったので変な声が出る。

  「お前さえよければ…その」

  「寅次さん…」

  僕はごそごそと右手を動かすと、寅次さんの逸物を探る。

  腹部の熱源を探って。

  そして、探り当てたそれは…

  「へ、へへ…期待外れだったら、ごめんな」

  恥ずかしそうに言う寅次さん。

  

  寅次さんの逸物は、体躯に恵まれた獣人としては少々…控えめなサイズだった。

  13センチくらいだろうか。

  「昔っから、風呂に行ったりすると子供みたいなチンポだってからかわれてよ…

  だからその…」

  よっぽどコンプレックスなのだろうか。

  語尾がどんどん小さくなっていく寅次さん。

  でもそんな姿が、僕の目にはとても愛おしく映る。

  「寅次さん、僕は大きさで寅次さんに惚れたんじゃないですよ」

  そう伝えると、気恥ずかしそうに虎人は笑った。

  「じゃあ、お前には俺の全部、見せるぞ!」

  急にがばっと起き上がると、寅次さんは立ち上がって。

  あっという間に服を全て脱ぎ捨てると、すっぽんぽんになる。

  「……ど、どうだ」

  窓から差し込む薄明かりに照らされて、寅次さんの全身が露になった。

  筋肉質な胸板、引き締まった両手足、ちょっとだけ脂の乗ったお腹。

  縞模様に覆われた虎柄の毛皮は、所々が怪我のせいで薄くなっている。

  下腹部の茂みから顔を出す控えめな息子に、丸々とした大きな睾丸。

  そしてつんと鼻をつく、体臭…汗とタバコと、そしてペニスから漂う微かなアンモニア臭。

  緊張しているのか、少しだけ体が震えている。

  「……じゃ、僕も…」

  ベッドから起き上がると。

  僕は立ち尽くす寅次さんの目の前で、シャツを脱いだ。

  下半身は…もとからひん剥かれていたのでそのままだ。

  そうして二人全裸になると。

  僕は寅次さんを。

  寅次さんは僕を。

  互いの全てを確認するように見つめて。

  僕は何も言わず、右手を伸ばすと寅次さんの手を引っ張った。

  寅次さんは引かれるまま、大人しくベッドに腰かける。

  「寅次さん…」

  「勝…」

  「…寅次さん、凄く…かっこいいです。

  想像していたより、ずっとずっと、かっこいいです」

  頭に浮かんだ幼稚な言葉を羅列する。

  チンポの大きさが何だって言うんだ。

  目の前の寅次さんは、むせ返るほど男らしくて、これ以上ない程理想的だ。

  「勝…

  お前は、本当に…」

  

  目を細めると、寅次さんはにっかりと笑った。

  「これ以上、惚れさせるんじゃねぇよ…

  …我慢できなくなる」

  寅次さんはベッドの上に寝転ぶと、仰向けになった。

  僕は寅次さんの開いた股の前に、ちょこんと正座する。

  「は、恥ずかしいな…」

  寅次さんの包皮に包まれた先端から、透明な汁が零れている。

  

  「触ってもいいですか…?」

  聞くと、寅次さんは何も応えず…その代わりに、小ぶりなペニスがぴくんと跳ねる。

  僕はそっとその幹に手を添えると、ゆっくりと力を込めて、皮を剝く。

  にちっ、という微かな音と共に、徐々に露になる亀頭はまだピンク色。

  殆ど使い込まれていないようだ。

  そして皮が剥けると同時に、強烈な匂いが僕の鼻を包む。

  「く、臭ぇぞ…」

  寅次さんが言うが、おかまいなしに。

  僕は衝動的に寅次さんの茂みに鼻先を突っ込むと、息を吸い込む。

  ああ、と思わず声が漏れる。

  シャワーを浴びていない、雄の匂いだ。

  ずっと憧れていた寅次さんの、汗とアンモニアと、上澄みの液の匂いと。

  強烈な匂いで脳が痺れる。

  「へへ、お前、もしかして臭いのが好きなのか?」

  「うん…すごい、寅次さんの匂いだ…」

  ふがふがと鼻を鳴らす度に、濃厚な匂いが鼻孔に充満する。

  いっぱいに息を吸い込むと、まるで肺の中を寅次さんに犯されているような感覚に陥る。

  脳内でセロトニンやらドーパミンやらといった脳汁がだくだくと溢れる感覚。

  

  「やっぱり犬人は匂いが好きなんだな…」

  「へ、へへ…」

  尻尾が無意識にブンブンと左右に揺れる。

  そのまま僕は豊かな睾丸へと鼻先を動かす。

  こちらはより蒸れた、濃密な汗とアンモニアの香りだ。

  何度も何度も息を吸っては吐いて、吸っては吐いてと繰り返す。

  鼻息がくすぐったいのか、はうっ、と寅次さんが身を震わせた。

  「寅次さんの金玉、凄く男らしい匂いがする…」

  毛だらけの陰嚢に鼻を埋める。

  「それ褒めてんのか…?」

  「最高ですよ…」

  そうして暫し匂いを堪能した後は。

  お尻の下に手を伸ばすと、ぐいっと力を込める。

  寅次さんも覚悟はできているのか…抵抗することなく、開脚する。

  

  目の前に、腹につくほど反り返ったペニスと、だらしなく垂れる大きな睾丸と、そして黒い蕾。

  凄い。眼福だ。

  「と、トイレットペーパーとか、つ、ついてねえか!?」

  寅次さんが上ずった声で言う。

  闇に目を凝らすが、綺麗な肛門がそこにあるだけだ。

  大丈夫ですよ、と返すと、そうか、と呆けたように寅次さんが言って。

  僕はゆっくりと、そこに鼻先を近づける。

  「……はぁ…凄い…」

  息を吸い込むと。

  ペニスや睾丸とは比べ物にならない強烈な香りが脳を貫いた。

  

  汗と、獣臭と、そして薄っすらとだが、排泄物の匂い。

  本来なら忌避すべきそれが、僕の興奮をより高める。

  「お、お前、そんなに嗅ぐなよ…」

  それには答えずに、僕は鼻を肛門に押し付け、くんくんと匂いを取り込む。

  ふわ、わ、と虎人が情けない声を上げ、鼻に肛門がきゅんきゅんと収縮する動きが伝わる。

  ――凄い。

  あんなに威厳たっぷりの寅次さんが、二十以上も歳が離れた僕に、人体で一番恥ずかしい場所を晒して呻いている。

  本当に信頼し、好いてくれているんだ。

  汚い場所を見せてくれるというのは、それだけ僕らの距離が近づいている、という事なんだ。

  その事実に、怖いくらいに感動してしまう。

  躊躇うことなく、僕は舌を伸ばした。

  ――塩気が強い。

  そして、少しだけ、苦い。

  

  おあ、と寅次さんが情けない声を出す。

  「く、くそ、シャワー浴びてくれば良かった…」

  慙愧の念を滲ませる寅次さん。

  そんな寅次さんの声をもっと聞きたい、もっと辱めたい……そんな意地悪な感情が湧いてきて。

  僕は水を飲む野良犬の様に、べろべろと舌を伸ばす。

  雄らしく筋肉質で力強い穴を、舌先でつついて。

  括約筋の皺の一つ一つをなぞる様に、小刻みに舌を震わせる。

  その度に、どんどん寅次さんの息が荒くなり、寅次さんの太股を抑える両手にびくびくと震えが伝わってくる。

  正直親指の付け根が馬鹿みたいに痛いが、それ以上にもっと寅次さんを知りたい、味わいたい、とはやる衝動が僕を突き動かす。

  「寅次さん」

  声をかける。

  「ふあ?」

  「舌、さしこんでいいですか?」

  沈黙。

  寅次さんが逡巡している。

  「……だ、駄目だ」

  苦々しい声で、虎人が言う。

  「流石に、ダチの子供にケツの穴の中まで舐めさせる訳には」

  ――その言葉を、待っていた。

  セリフの途中だが、僕はその言葉尻を遮る様に。

  舌先に力を籠めると、寅次さんの雄穴に突き立てた。

  「いがなああああっ、は、おま、莫迦っ!!!!!」

  寅次さんがいやいやと尻を振って逃れようとするが、僕は両手の爪を立ててそれを力で抑え込むと、顔面を一気に尻たぶに圧しこむ。

  舌先に感じる苦み走った味と、そして腸を貫く感覚。

  

  「やめろやめろ!や、やめてくれぇ!!!!」

  じたばたと暴れる寅次さん。

  だけど、さらに舌をねじ込むと、ぬあっ、と間抜けな声を上げて硬直する。

  ……犬人の舌は長いのだが。

  とりわけ、僕の舌は常人より長大だ。

  こうして寅次さんの直腸を犯すのは、正直キスをするより易しい。

  舌をぐいぐいと伸ばしていると、不意にこりこりとした部位にぶつかる。

  これは…泣き所だ。

  「ややややめ」

  

  寅次さんが泣きそうな声を上げるが、僕はお構いなしにそこを舌先で刺激した。

  

  「あ、あががあっ、あ、ひいいい!!!」

  暴れる寅次さん。

  必死に僕は食らいつくが…これ以上無理に顎を開くと、僕の牙が寅次さんの睾丸やら尻の肉やらを傷つけてしまうかもしれない。

  流石にそれは本意ではないので…僕は首に込めていた力を抜くと、舌を肛門から引き抜く。

  ぬるりと抜ける感覚。

  「……ば、莫迦、阿保!!!」

  身をよじって、寅次さんがぽかぽかと僕の頭を殴りつける。

  まあ、大股を開いた上から殴っているので幼稚園児に殴られている程度の勢いしかないのだが。

  「汚いからやめろって言っただろうが!!」

  「汚くないですもん」

  「穴の中は流石に汚ぇんだよ!」

  その言葉にムッとする。

  僕は本当に、寅次さんの全部が大好きなのに。

  たとえ本人といえど、それを否定されるのはなんだか嫌だ。

  僕は寅次さんの上に圧し掛かると、

  「でも、チンポは突っ込んで欲しいんですよね」

  そう、わざと挑発するように言った。

  そしてつい先ほどまで舌を這わせていた部分に、僕のペニスを先端を押し当て、動かす。

  寅次さんの顔を見ると…

  「………勝…お前……!!!」

  頬の毛を逆立て、目をぎらつかせ。

  ぐるるる、と喉を鳴らす虎人の顔。

  ざわざわ、と。

  僕の全身の毛が総毛立つ感覚。

  ヤバい、と直感する。

  これは、流石に我慢の限界を超えた顔だ。

  「あ…そ、その」

  すいません、調子に乗りました……そう言おうとして。

  「ば、莫迦…!

  もう好きにしろ…」

  目をぎゅっと閉じ、歯を食いしばる寅次さん。

  その目の端がきらりと輝く。

  「と、寅次さん…」

  ――可愛い。

  僕は生まれて初めて、48のおっさんに庇護欲を掻き立てられる。

  そして同時に湧き上がる征服欲。

  ぐっと身を乗り出すと、寅次さんにキスをする。

  むぐぐ、と寅次さんが抵抗するが、お構いなしに僕は舌を伸ばす。

  …そりゃそうだ、ついさっきまで自分のケツの中に突っ込まれていた舌が、自分の口の中に侵入しようとしているのだ。

  

  だけど、寅次さんはすぐ観念したように力を抜くと、僕の舌を受け入れる。

  あっけなく侵入を許されて、僕は戸惑う。

  「寅次さん、嫌じゃないんですか」

  「嫌だよ莫迦!!」

  涙目の寅次さん。

  「でも、お前がしたいなら俺は…何でも受け入れるよ…」

  「寅次さん…」

  なんだかぐったりとしている寅次さん。

  おもむろに僕の顔を睨むと、

  「……、糞、今度は俺がわがまま言うぞ」

  寅次さんは両腕を伸ばすと、僕の頭をぎゅっと抱きしめて。

  「お前のチンポで、犯してほしい」

  そう、僕の耳元で囁いた。

  

  寅次さんの肛門に、僕の亀頭を押し当てる。

  ふぅ、とどちらともなく息を吐いた。

  「勝」

  寅次さんが不意に、真っすぐな声を上げる。

  「はい」

  「……我がままに付き合ってくれて、ありがとうな」

  ……全く。

  普段、あんなに怒りっぽくて常にイライラしてるのに。

  どうして僕と二人きりになると、こんなに可愛いんだ。

  「寅次さん、大好きですよ」

  月明かりに照らされ、虎人の輪郭が浮かび上がる。

  僕の父親と同い年の、脂の乗り切った雄の虎。

  縞模様で彩られた顔を、朱に染めている。

  「勝…ああ、好きだ、大好きだ」

  その言葉を待って。

  腰に、軽く力を籠める。

  僕の唾液と、亀頭から零れる先走りで十分に潤滑液の役割は果たしているはずだが、やはり一気に挿れるのは痛いだろう。

  出来るだけ慎重に、痛みを与えないように、と意識する。

  「うう、勝…」

  苦しそうに、寅次さんが顔を歪め。

  両手を僕に伸ばしてくる。

  僕はその要求に応じ、寅次さんの抱擁を受け入れる。

  

  ぐいっと頭を掻き抱かれ、豊かな獣毛に覆われた胸部から濃密な汗の匂いを嗅ぎ取る。

  凄い。

  その匂いを嗅いだだけで、僕の逸物がより硬度を増すのを感じる。

  「ゆっくり、頼む…」

  僕は頷くと、徐々に腰を進める。

  ……自慢ではないが、僕のチンポはそこそこ太く、長い。

  友人と風呂に入った際は、大抵羨ましがられる。

  だから、これを受け入れるのは、なかなかにしんどいはずだ。

  だが寅次さんは全身の筋肉を硬直させながら、僕のそれを受け入れようと必死に耐えている。

  歯を食いしばり、耐えている。

  それがとても嬉しい。

  そうしているうちに。

  僕の亀頭が、全て寅次さんの中に納まる。

  ふあっ、と息を吐く寅次さん。

  

  「大丈夫ですか?」

  

  早く腰を動かしたい衝動を必死で抑えながら、僕は寅次さんを労わる。

  うんうんと頷くと、寅次さんはキスを催促するように唇をすぼめた。

  鼻先に口を近づけると、ぐいっと上体を引き込まれる。

  貪る様に寅次さんが舌を伸ばす。

  そして僕はバランスを崩し、寅次さんの上に圧し掛かってしまい…図らずも、根元まで一気に挿入してしまう。

  ずちゅ、という鈍い音と、僕の下腹部と寅次さんの尻がぶつかる衝撃と。

  「ぶ、ぶふっ、」

  キスをする寅次さんが驚いたように咳き込んだ。

  「す、すいません!」

  思わず腰を引こうとするが…急に動かしても痛いよな、と思いとどまる。

  くぅ、と眉を寄せて耐える寅次さん。

  涙がぽろりと零れ落ちる。

  「だい、大丈夫…大丈夫…」

  自分に言い聞かせるように寅次さんは繰り返すが…こちらはそれどころではない。

  ぎゅうぎゅうと逸物を締め付けられ、下腹部全体が寅次さんと混ざり合うような快感が押し寄せてくる。

  「寅次さん、やや、やばば」

  僕は寅次さんに思い切り抱きつくと、

  「ちょっと動かないでください、い、イキそう…」

  「ま、待て、まだ我慢しろ…!」

  「我慢ったって…!」

  そう言う割に、寅次さんが喋る度に下腹部に力が入るのか、きゅっきゅっ、と僕のペニスを胎内で締め付けてくる。

  

  そりゃ僕だってもう21なのだ、男の尻を掘るのは初めてではないが。

  これまで感じてきた快感とは非にならない感覚に焦りを感じる。

  ……きっとこれは、『好き』という感情が、そうしているのだろう。

  ――駄目だ。我慢できない。

  「寅次さん、ごめんなさい…!」

  僕は謝ると同時に、寅次さんの中を押し上げるように、ぐっと腰を突き出した。

  あうっ、と寅次さんが声を上げる。

  「はぁ、い、いいぞ、」

  少し慣れたのか、寅次さんは甘い息を吐く。

  「動いていいぞ、勝」

  もうすでに、泣きそうなくらい気持ちいいのに。

  これ以上動いたら、あっという間に果ててしまう…そう理解しているが、これ以上は我慢がきかない。

  「寅次、さん」

  寅次さんと強く抱き合ったままで、僕はゆっくり腰を引いた。

  粘膜が擦れる音。

  僕のペニスを逃がすまいと、寅次さんの熱い肉が絡みつく。

  はっはっ、と寅次さんが耳元で息をつく。

  

  「まさ、る…!」

  腰を圧しこむ。

  亀頭から、幹から、根元まで。

  寅次さんの中に僕を埋めていく。

  虎人が僕を抱く力が暴力的なまでになり、頭が潰されるのではないか、と錯覚するが。

  そんな寅次さんを蹂躙したい、と僕の脳が叫ぶ。

  「寅次さん、動きますよ」

  「ああ、犯して、犯してくれ」

  そして僕は、思考を手放す。

  

  ばちゅ、ばちゅ、と濡れる音を立てながら、寅次さんの中を壊し始める。

  あぐ、ぐああ、と低い雄の声を上げて呻く寅次さん。

  太い尻尾の付け根をぐいっと握ると、寅次さんは体をびくびくと震わせた。

  ネコ科の獣人は、尻の中を犯されながら尻尾の付け根を刺激されると、中と外から刺激されて快感に悶える、と少し前に読んだ週刊誌に書いてあった。

  実践すると、確かにその通りのようで。

  寅次さんは、口から涎を垂らしながらいやいやをするように首を何度も横に振る。

  「尻尾、尻尾だめだ、勝、駄目だ」

  「気持ちいいんですか?」

  「うう、駄目だ、おかしくなる」

  涙目になり、鼻水を垂らしながら懇願する寅次さん。

  見ると、寅次さんの逸物は見事に勃起し、皮に包まれた先端から色のない液体を吐いている。

  汗と混じって淫らな香りが鼻につく。

  「寅次さん、これからも、こうしてくれますか」

  僕が問いかけると、こくこくと虎人は頷く。

  「勝のデカチンで、沢山掘ってくれ…!」

  「僕だけの寅次さんでいてくれますか?」

  「当たり前だ、莫迦…!」

  ぐちゅぐちゅ、と寅次さんの中をかきまぜ、突き上げて。

  その度に寅次さんの大きな尻が震え、筋肉質な体躯が悦ぶ。

  このままずっと続けていたいが。

  もう、いい加減に限界が近い。

  「寅次さん…も、もう」

  僕がギブアップを宣言すると、寅次さんは嬉しそうに笑って。

  「出してくれ。

  勝の子種、中にたくさん出して、俺を勝の女にしてくれ」

  その笑顔で、僕はもう駄目になる。

  「う、ううっ、出します…!!」

  寅次さんの一番奥目掛けて腰を突き出す。

  肉と熱が僕のペニスを包み込み、精を放つよう促す。

  「出して、出してくれっ…ぐ、ぐがっ…

  で、出るっ…!!!」

  寅次さんの肉棒がふるふる、と震えると。

  触れていないのに、びしゃっ、と白く濁った液を漏らす。

  それと同時に、僕のペニスを絞る様に、寅次さんの胎内が蠢いて。

  僕は最後に腰をしたたかに打ち付けると、精液を寅次さんの中に流し込む。

  はぁ、はぁあ、と寅次さんが呆けた声を上げる。

  「勝、出てるぞ…」

  僕をぎゅっと抱きしめる虎人。

  びゅっ、びゅっと裏筋を液体が流れる心地よい射精感が続く。

  幸福感と快楽で、脳が蕩ける。

  「うう、寅次さん、好きです」

  僕はしがみ付きながら、

  「好きです、ほんとに、一生ついていきます」

  「勝…ありがとう」

  

  そうしてしばらくの間、僕は子供の様に…

  全てを出し切り、寅次さんの中でペニスが萎えるまで、ぎゅっとしがみついていたのだった。

  

  

  [newpage]

  「――そういえば」

  事務所の一階で。

  寅次さんに包帯を巻いてもらいながら、僕はふと思い出す。

  「今日僕が呼ばれた理由って、一体何だったんですか?」

  「ん?ああ」

  くるくると包帯を器用に巻きつける寅次さん。

  普段から怪我が多いらしく、手当は慣れているとの事で。

  実際、寅次さんの手際は鮮やかだった。

  「ちょっと待てよ…良し」

  余った部分をハサミで切り落とすと、巻き終わった包帯を前にちょっとだけご満悦、という顔をして。

  寅次さんは部屋の片隅へと歩いていくと、紙袋を手に戻ってくる。

  「その、こいつをだな…」

  寅次さんはちょっと気恥ずかしそうに頬を染めると、紙袋の中身を取り出して、机の上に並べる。

  「え、これ…オイル?」

  それは、随分高級そうなマッサージオイルだった。

  その隣には、獣人用と書かれた保湿用のクリーム。

  化粧水まである。

  「あのクリーム、今日で使い切っただろ?

  それで、その…」

  俯いて、もじもじとする寅次さん。

  「マッサージ、まだ続けて貰えないかと思って…

  あの後買ってきたんだよ。

  こ、告白までするつもりは、なかったんだけどよ…」

  ぽりぽりと頬を掻く。

  太い尻尾がゆらゆらと揺れている。

  「ま、まぁ今更?いらねぇかもしれねぇけど…」

  がはは、と笑う寅次さん。

  僕はくすりと笑うと。

  「……毎日。死ぬまで。

  マッサージさせてください」

  そう言って、寅次さんの頬にキスをした。

  

  顔を離し、虎人の顔を見ると、きょとんとしていて。

  でも、すぐにくしゃりと笑みを浮かべる。

  「…愛してるぜ、坊主」

  

  

  そうして。

  僕と寅次さんは、正式にお付き合いをする事となった

  とは言え、勿論昼間は親方と弟子のような関係で、現場ではいつも通りどやされているのだが。

  そして仕事が終わったら、事務所で二人きりになって。

  毎日ハンドマッサージを…してもらっている。

  『お前の手が治るまでは、俺がマッサージするからな!』

  と鼻息荒くしている寅次さんだが、どうにも力加減が下手で…いつも僕が痛い痛い、と降参して。

  

  でも、それがとても幸せだ。

  「なぁなぁ、犬鳴君。

  君、就活はどうするんですかな?」

  馬屋さんは、相変わらず暇さえあれば僕にちょっかいをかけてくる。

  「このまま、アルバイトではなくきちんとした社員になろうかな、と思っていまして…」

  「ほうか。

  それならちょっと犬鳴君、一つ頼みたいことがあるんですけどね」

  「頼みたいこと?」

  「ええ。

  これ、マタタビが入った錠剤なんですけどね、これを寅さんに…」

  この馬人は、まるで懲りない。

  

  「そんなに寅次さんが嫌いなら、違う現場に行けばいいのに…」

  「んふふふ、これは戦争なんですよ犬鳴君。

  私が逃げたら負けになっちゃうでしょ~」

  「はぁ…」

  呆れながら、僕は離れた場所でこちらを睨んでいる寅次さんに目線を送る。

  腕組みをしたまま、寅次さんは尻尾を右に2回振って。

  僕は、尻尾を2回、左に振る。

  「…ん」

  目敏く何かを感じた馬屋さんが、僕の顔をじろじろと見た。

  「今の、何ですか」

  「え?」

  「今何か、棟梁と変なサイン交わしたでしょ!

  私の目は誤魔化せませんよ!?」

  「や、やだな…何もありませんって」

  「いいえ、馬はそういうのに敏感なんです!

  言いなさい、どんな意味のサインなんですか!」

  僕は馬屋さんから目を逸らすと…

  「棟梁!ちょっとこっちに…」

  寅次さんに助けを求めた。

  仏頂面を崩さないまま、虎人はこちらへとずんずんと近づいてきて。

  げっ、と馬屋さんは肩をすくめて、急いで持ち場へ戻る。

  「――また何か、変な事言ってたのか?」

  「あはは…懲りないですね」

  とにかく、作業がんばれよ、と。

  そう言い残して、寅次さんは再び持ち場へと戻っていく。

  虎人は、大股で歩きながら、尻尾を2回、右に振る。

  寅次さんが持ち場に戻ったのを確認して、僕も尻尾を2回、左に振る。

  寅次さんの口が、ちょっとだけ笑みの形に緩む。

  ――尻尾を2回、右に振ったら。

  ――尻尾を2回、左に振ったら。

  それは、僕と寅次さんの間にだけ存在する、秘密のサイン。

  その意味は、勿論――

  

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