憧れの獣人さんに振り向いて欲しい。

  爽の初恋はなんと獣人で、相手はαである。

  爽はΩで、普通の一般家庭に生まれた。

  しかし、Ωだったから捨てられてしまい、今は身寄りのない子供達を引き取る孤児院にいる。

  歳は十四歳、まだ子供である。

  夢はないがもし言えと言われたら、言葉にできなくても思い浮かぶのは、茶色い毛をした犬の獣人外交官の妻になりたいという夢だ。

  「そー兄ちゃん!」

  「爽、ね。なぁに?」

  孤児院の歳下の子供達に話しかけられて振り向くと、わらわらと本を持った子供たちがいる。

  Ωの親は金も家もないことが多いので、子供を捨てがちだ。

  そのために政府が作った孤児院は各地にあるが、ここでは爽より歳上の子供はいなかった。

  「また本を読んで欲しいの?」

  「うん!文字読めないからさぁ…そー兄ちゃん教えて!」

  そう言った子供はβであり、ほとんどの子供がそうだ。

  Ωは世界的に数が少なく、しかし劣等の遺伝子を持つ性別とされているので、虐げられている。

  αも世界的に少ないのだが、優秀な遺伝子を持つ性別とされているので、そもそも捨てられることはない。

  たとえ金がないとしても、それなら売るのが賢いやり方というものだ。

  この孤児院で今まで、爽が引き取られることなくこの歳までいた理由はΩだからだ。

  「いいけど、そんなに一度にたくさんの本は無理だよ。どれにするか選んで。」

  爽は5歳児たちと同じ目線になるためにしゃがんで答える。

  窓を拭いていた雑巾は手に持ったまま、微笑んで話した。

  爽はΩだが、どうしてか頭の出来が良かったらしく、文字も読めるし勉強は得意だった。

  捨てた親が孤児院に捨ててくれたおかげで、本をいつでも読めたからかもしれない。

  「えー、じゃあ僕の。」

  「やだよー、僕の!」

  「いや!私の!」

  「僕のがいいよー!」

  「私のやつの方が面白いもん!」

  「そんなのべんきょーじゃない!」

  口々に自分の持つ本について話し始めて、喧嘩が始まった。

  爽は苦笑いを浮かべながら困る。

  「はいはい。じゃあ…今日はどれか一つ。けど、明日また誰かの本を必ず読むから、それで我慢ね!」

  「えー?」

  そんな声がした時、孤児院を管理するいる院長がやって来た。

  「爽、話があるんだけどいいかな。」

  女性のその人はαで、パートナーの女性とここを運営している。

  「はい。どうしましたか?」

  「それが…お金の問題で…。」

  「え?」

  実は、孤児院は院長の彼女が両親から継いだものであった。そのためにまだ安定しない運営状況で、資金的に貧困状態だ。

  「あなたもそろそろ大人だし…できたらここのために働いて欲しいの。今まで通り、ここに住んでていいから。」

  「ぼ、僕が働くの?十四歳だよ?俺…。」

  「Ωなら普通だよ。あなたは賢いし、身体を売らなくても生きていける。私が守るから!」

  「ええ…。」

  必死に頭を下げられると複雑な気分だ。

  Ωの扱い方は酷いし、あまり大切にしているようには思えない。

  けれど、社会的な扱いに比べては優しいとわかる。

  「わ…わかったよ。」

  爽は渋々うなづいた。

  すると彼女は嬉しそうに明るい顔を上げる。

  「ほんと?!よかった!」

  「う…うん。で…どこなら働けるの?」

  「国立の図書館よ!」

  「と、図書館?」

  爽の戸惑いの声に、彼女は何度もうなづいた。

  国立の図書館といえば、巨大な建物に人間向け、獣人向けのたくさんの書籍があることで有名だ。

  たしか、外交官や医者や議員までも通うらしい。

  「司書さんとか?」

  「そうよ。」

  「え…よ、よくそんなところいけるね…。Ωなのに…。」

  「獣人専用室の司書なら平気でしょう?」

  彼女はそう言った。

  獣人は幼い頃から強力な薬や予防接種をするために、あまり人のΩに影響を受けない。

  そうする理由は、人間に比べて獣の性質があるので、何もしなければ影響を強く受け、事件や事故につながりかねないからだ。

  だから対策をしており、逆にΩは人よりも獣人といる方が安全と言える。

  「ま…まぁ…安全かもしれないけど。」

  「ウチだと…高価だから薬もあげれないけど…そこなら働けるし…安全だよ。」

  「そ…そうかな。」

  安易な考えとしか思えなかったが、預かってもらっている身では何も言い返せない。

  「働きに行ってくれる?その子たちのためにも。」

  彼女の視線が、爽の後ろに隠れる子供たちに向いた。

  いいえとは言えなかった。

  「うん。」

  「ありがとう!」

  彼女は満面の笑みで言った。

  翌日、爽は働きに出た。

  国立図書館は外交官や議員も使う、重要な国の図書館である。

  (あの人は…来るかな。)

  初恋の人を思い浮かべて思った。

  相手の獣人の名前はレオ。

  初めての出会いは、ヒートが来て道端にうずくまっていたのを助けられた時だった。

  助けてくれた茶色い毛の犬の獣人は、散歩中にはぐれてしまっていた爽を孤児院に送ってくれたのだ。

  その時、獣人に憧れを持っていたと話すと、笑顔でレオは言った。

  「そうか。憧れとは…好きという意味かな?恋愛の意味?」

  「は…はい。いつか…獣人の方と…結ばれてみたいです。」

  「なぜ?」

  「美しい毛を持っているし…なにより、かっこいいです。」

  純粋な子供の言葉に、彼は笑った。

  「面白いな。そうか。」

  「はい。」

  「じゃあ、いつか君が恋を知った年頃になったら再会できるといいね。」

  「え…」

  ポカンとした考えもしていない子供だった爽は、首を傾げていた。

  レオは微笑んで話す。

  「俺が君にとってカッコいいままでいたら、また君の目に映るかな。」

  何を含んだ言葉だったのかわからないが、爽には夢のような言葉だった。

  小説のような将来に輝きを残す言葉を残してくれたその人が、爽にとっては理想の人だった。

  いつしか、また会いたいと思っていた。

  そして、きっとその人が運命の人だと思っていた。

  「今日からお願いします。」

  仕事場について頭を下げる。

  先輩のβの人はにこやかな笑みを浮かべる穏やかな女性だった。

  「どーもー。お願いしますねー。まだ十四歳だって聞いたから、慣れるまでは本の整理をお願いしますねー。」

  なんともぼんやりとした話し方をする人だった。

  「はい。わかりました。」

  爽が返事をすると、奥にいる同じ服装の人たちを指さす。

  「私以外の人たちもみんな、βとΩの人たちだから。」

  「そうなんですか?」

  「図書館勤務の人にαなんてまずいないよ。優秀な遺伝子を持つのに、こんな賃金の安い仕事はしないでしょう?」

  「あ…そう…ですね。」

  にこやかに話すが、皮肉のような言葉だと思った。

  しかし、ヒートが来たとしても安全だと言いたいらしい。

  「じゃあ、服を着替えてねー。」

  彼女はそう言って、司書の制服を渡してきた。

  「は、はい。」

  受け取って着替えに行く道中、本能で察した。

  たしかに、国立図書館の中でも獣人専用室と言われるこの場所だけはΩがいた。

  初めて、自分の仲間がいる場所を見つけて嬉しく思ってしまった。

  口角が上がる。

  ここには、仲間がいる。

  自分の居場所がある。

  「本を返しに来ました。」

  「本を借りに来ました。」

  たくさんの猫や犬の獣人がやって来る。

  この獣人専用室には、獣人の国の外交官や医者などもやって来るらしい。

  それに対応するのは数人のΩとβだ。

  まるでこの空間には、差別がないと思った。

  それが、爽には新鮮だった。

  慣れてきて、数日後には受付の仕事も任されるようになった。

  やって来る獣人たちの顔を見て、初恋のあの人を探す。

  あの人はたしか自分の仕事は外交官だと言っていた。

  たくさんやって来る人のその中に、茶色い毛の犬の獣人を見つけた。

  「この本を返したい。」

  「あ…」

  「ん?えっと…どうしたのかな?」

  すっかり成長してしまった爽に、レオは気づかない。

  爽は諦めるよりも先に言葉が出ていた。

  「す…好きです!」

  「へ?」

  レオは戸惑いの表情を浮かべていた。