「ワタリガラス」
翌朝、二人は、洞窟を出ると森の中を進み続けた。
マリは、まるで人目を避けるように森の奥へと足を進めていた。
道中、野の獣以外の生き物に出会うことはなかった。
季節は、もう秋の中頃。この時期になると、旅人の数はめっきりすくなくなるが、それでも行商人一人にも会わないのは、何だか奇妙な感じだ。
「ねぇ、マリ。僕たち、どこに向かっているの?」
三日目の晩、野宿の準備をしながらブラムは、マリに尋ねた。
だが、人狼は、剣の刃を研ぐ作業に没頭したままで、彼の質問に答えようとするそぶりすら見せようとしない。
「まあ、どこに行こうと勝手だけどさ。そろそろ仕事を探さないと、食料がなくなっちゃうよ?
狩りをするなら。話は別だけど…」
ブラムは、そう言いながら火打石をならし火を熾そうとした。
昨晩は雨が降っていたので、種火を熾すのに使う綿が湿っていてなかなか火がつかない。
彼は、綿を放り、他に乾いたモノがないか自分の荷物袋の中に手を入れた。
「明日、仕事を探す」
その時、突然マリが、口を開いた。
ブラムは、顔を上げ彼女の方を見たが、人狼は、目を剣に向けたままこちらを見ようとしない。
「こんな森のど真ん中で? ここよりは、人里に下りて、適当な酒場で噂話なんかを手に入れた方が早いと思うけど…」
彼は、皮肉っぽく言った。
だが、マリは、気にする様子もなく、ただ意味ありげな笑顔を作った。
「ここじゃない。森の中に違いないがな。だが、人間の作るいかがわしい噂よりは、ずっと信頼できる情報が手に入るはずだ」
彼女は、そう言うと再び剣の手入れを始めた。
翌日、ブラムが目を覚ますと、マリは、すでに目覚め外で何かを探すように辺りをぐるりと見回していた。
「何を探しているの?」
ブラムは、目を擦りながら、マリに尋ねた。
「ワタリガラス」
彼女は、そう答えると、ある一点に視線を止めた。
ブラムも、同じ方向に目を向ける。
気づくと、それは、そこにいた。
二人の眼と鼻の先ほどの距離にある木の枝に、一羽のワタリガラスが、止まっていた。
一見すると、それは、普通のワタリガラスのようであったが、注意して見ると、その瞳の中に深い知性が宿っているのが分かった。
魔物だろうか?
ブラムがそう思った時、マリが、ワタリガラスの方に足を進めた。
ワタリガラスは、逃げる様子もなく、ただ探るような目でマリとブラムを交互に見つめた。
「フギンか?」
マリは、ワタリガラスに向かって尋ねた。
「ムニンだ。いい加減、覚えてもらいたいねえ」
ワタリガラスは、嘴をカチカチと鳴らしながら人間の言葉で答えた。
甲高く耳にまとわりつくような声だ。
「どっちでも良い」
マリは、うんざりした様子で腕を組みながら言った。
「それより情報が欲しい。この周辺で仕事になりそうな話は、ないか?」
彼女は、続けてムニンに尋ねた。
「どっちでも良いとは、悲しいねえ。所詮、私たちは、ただの仲介者か」
ムニンは、そう言ったが、特に悲しんでいるようにも見えなかった。
「まあ良い。情報をあげよう。一番近いところだと、ここから南に十日ほど進んだところにある村の酒場が、紹介状になっている。仕事は、そこで探すと良い」
ムニンは、そこまで言うと言葉を切り、マリの返事を待った。
マリは、ムニンから目をそらし、口元に手をあて考えるそぶりを見せた。
「十日か。ずいぶん距離があるな…」
彼女は、そうつぶやくと再びムニンのいる方を見上げた。
「他に情報はないのか?多少信憑性が低くても、かまわない」
マリのこの問いに、ムニンは、大きく頷いた。
「ああ、あるとも。我が国の王が、今この近くで民とともに休息をとっている。もしかしたら、誰が、こうしている間に情報を仕入れているかもしれないな」
「近くか…。ここから、どのくらいかかる?」
マリは、再び問いかけた。
「数時間ほどだな。王も、後三日は滞在すると言っていたよ」
ムニンが答えると、マリは、ほんの少しだけ口角を上げた。
「ちょうど良い。そこへ連れて行ってくれ」