「抱擁」
「僕の本当の家族は、僕が物心つく前に魔物に殺されたから、本当の両親のことは顔も思い出せない。僕にとって家族は、ミナって名前のストレイだった。彼女は、僕を壊れた小屋の時計台の中で見つけたと言っていた。
ミナは、たぶん僕の両親が襲われる直前に僕を守ろうとして、そこに隠したのだろうって言ってた。
僕には記憶がなかったけれど、たぶんそうなんだろうと思う。
でも、あの時の僕にとって、本当の家族のこととか自分の生まれに関しては、あまり興味がなかった。
僕は、とにかくミナに気に入られたくて、小さい頃は色々な芸を覚え、十二くらいの時にミナに正式に弟子入りを申し出た。
ミナは、優しいヒトだった。僕がどんなにくだらないことをやっても笑ってくれたし、剣の振り方も一から丁寧に教えてくれた。
あの時の僕は、ミナが全てだった。ずっとミナと一緒にいたいと思った。
でも、結局僕の願いは叶わなかった…。
あれは、五年前の冬だった。僕たちは、いつものように魔物退治の仕事をしようとしていたのだけど、何故か相手の魔物と向きあった瞬間、僕は怖くて動けなくなった。
今思うと、あの魔物が僕の両親を殺したのかもしれない。あんな思いは始めてだったよ。
竜と対峙した時でも感じなかったほどの恐怖だった。
〝逃げろ。殺されるぞ〟
僕の本能は、そう言っていた。
あの時、ミナが庇ってくれなかったら間違いなく死んでいたかもしれない。」
ブラムは、そこで一度言葉を切ると、突然地面を思いきり殴った。
「僕は、目の前で彼女の身体が裂かれるまで何もできなかった。本当、情けないよな…。
大切なヒト一人守れない自分が今でも憎いよ…」
マリは、ブラムの顔を見た。
怒り、悲しみ、後悔。
彼の潤んだ瞳には、それまで一度も見たことのない感情が渦巻いていた。
目先のことしか考えていないお気楽者。マリは、始めブラムのことをそんなジン物と考えていたが、その時彼女は、それが見当違いだったと悟った。
彼の明るい表情は全て仮面だったのだ。
ブラムは、感情の波が治まると再び話し始めた。
「ミナは、死ぬ前に僕に言ったんだ。〝私の血を喰らえ。私の命を使って生き延びろ〟って。
僕は言われた通りミナの血を飲み、彼女の命の力を借りて目の前の魔物を殺した。無我夢中だったから、その時のことは全く記憶がないんだけどね。
その後は、のたれ死ぬつもりであたりをさまよっていたんだけど、運よくミナの妹のルーシーに拾われて、あの村のガーディアンとして生きることになったんだ。
もっとも、マリと会ってからは、またストレイに戻っちゃったけどね」
ブラムは、そう言うと乾いた笑い声を上げた。
マリは、焚火の方に視線を落とした。
何か言わなければならない。
頭の中では分かっていても、かけるべき言葉が思いつかない。
自分の過去を知った直後ブラムは何と言っただろうか。思い出せない…。
その時、彼女の脳裏にある記憶が蘇った。
柔らかな胸と腕が自分を包み込んでいる。
温かい…。
これは、母だろうか、それとも…。
マリは無意識のうちに立ち上がり後ろからブラムの身体をそっと抱きしめた。
「マリ…」
ブラムは腫れた目でマリの方を見た。
マリは、目を閉じたまま何も言わなかった。
ブラムは、じっと彼女の顔を見つめていたが、しばらくすると手を彼女の腰に回しその胸に顔を埋めた。
二人は、長い間抱き合い、お互いの身体の感触と温かさを確認した。
「ブラム…?」
どれくらいの時が経った頃だろう。マリが、ゆっくりと口を開いた。
「何?」
ブラムは、顔を胸に預けたまま言った。
「私の旅の目的、覚えているか?」
「うん」
「私が何を相手にしているかも知っているな?」
「僕がいると、足手まとい?」
マリは一瞬迷ったが、正直に白状した。
「いや。お前は優秀な剣士だ。それだけじゃない。お前は、私を救ってくれた」
「僕が?」
「ああ。もし、お前が良いと言うなら、私は改めてお前を弟子とて受け入れたい」
彼女がそう言った瞬間、ブラムはグッと顔を持ち上げた。
「本当?」
「本当だ。私は、嘘はつかない」
「ありがとう」
ブラムはそう言うと、再び顔を胸に埋めた。
「でも。弟子って何だか硬いなあ」
「不満か?」
「うん。できれば、家族、姉弟が良い」
「姉弟か…」
マリは、そうつぶやくとフッと笑った。
「そうだな。それが良い」
※
リュカオンは、険しい顔で手に持った水晶玉を眺めていた。
水晶の中には、マリとブラムが抱き合い姉弟の誓いを交わしている姿が映し出されている。
「シナリオ通りに行かなくて不満そうね、リュカオン?」
突然声が聞こえ、リュカオンは背後を振り返った。
そこには、まっ黒な死装束を羽織り腰に剣を帯びた女性が立っていた。
女性は、目にかかった黒髪をかき上げながら老狼のそばに近寄ると、彼の水晶玉を覗き込んだ。
水晶玉の中のマリたちは、いつの間にか眠っていた。
「この程度、大した変化ではない。マリの復讐心は、まだ枯れてはおらぬからな」
リュカオンは、そう言いながら水晶玉を懐にしまうと、杖を頼りに立ち上がった。
「一先ず、今は泳がしておこう。あの少年、ともすると我々にとって良き働きをするかもしれぬ」