「再開」
翌朝、マリたちは、昨日の残り物で朝食を済ませた後どこからからともなくやってきたムニンに伝言を頼むと、リュバンの新しい拠点に向かって出発した。
また退魔騎士たちに襲撃される可能性があったので、犬人の親子たちも同行することになった。
リュバンは、小屋から意外と近い距離にあった。
空き地に建てられたテントの群れとその間を走り回る様々な種族のヒトビト。
あたりが慌ただしい空気に満ちていることを除けば、ブラムが初めて見た時とまったく同じ景色だった。
リュバンが転々と土地を移っていることを知らなければ、来た道を戻ってきてしまったのではないかと錯覚してしまいそうだ。
「さあ、着きましたよ」
ガルムは、空き地に入ると背におぶさっていた犬人の母に向かって言った。
「ありがとうございます」
母親は、小さな声で言った。
「もう、大丈夫です。自分で歩けますから…」
「分かりました」
ガルムは、そう言うと彼女を静かに地面に降ろしブラムの方を見た。
「悪いがブラム。彼女たちを治療棟に送ってくれないか?そこの蛇のマークがあるテントだ」
彼は、そう言いながらあるテントを指で指し示すとマリと一緒に集落の奥の方へ歩いて行った。
たぶん、これからロキと騎士団討伐の細かい話し合いをするのだろう。
ブラムは、そんなことを考えながら魔物の親子とともにテントに向かった。
彼は、入り口の呼び鈴を鳴らした。
しばらくすると、テントの中から巨大な生き物が姿を現した。
姿形は、濃い緑色の鱗に覆われた大蛇のようだが、頭頂部にティアラに似た形の魚のヒレのようなモノがあり、胴体の一部に羽毛が生えた黒い腕が伸びていた。
「患者かい?」
大蛇は、高い声で言った。
「はい」
ブラムは頷いた。
「ガルムが、ムニンに伝言を預けたはずなんですけど…」
「細かいことは良いから、さっさと患者を中に入れな。話は、あとで聞いてやるよ」
大蛇は、素気ない態度で言うと胴の半分を持ち上げたまま器用に地面を這いテントの中に入った。
ブラムと犬人の親子は、その後に続いた。
テントの中では、ベッドが所狭しと並べられ、その上ではすでに何人かのヒトが寝そべっていた。
「空いているところで寝ていなさい。今道具を持ってくるから」
大蛇は、そう言うと奥の方へ這って行った。
ブラムは、犬人の母親を近くのベッドに運ぶとその上にうつ伏せの体勢で寝かせた。
しばらくすると、先ほどの蛇が手に木製の箱を抱えて戻って来た。
「またせたね」
彼女は、患者の服をめくり上げると触診を始めた。
ときおり舌なめずりをしながら傷を眺めるその姿を見たパズズはガタガタ震えながらブラムの足にしがみついた。
「この縫合。マリがやったヤツだねえ…」
突然大蛇は、ボソリとつぶやいた。
「分かるんですか?」
ブラムは、思わす尋ねた。
「ああ、分かるさ。あの子は、壊すの時は雑に壊すくせに、生かす時は馬鹿みたいに神経を尖らせるからね…。
この患者は、もう大丈夫だよ。念のために消毒だけしとこうね」
彼女は、そういうと素早く処置を終わらせ、他の患者の方へ移って行った。
「疲れただろう?後で、手伝いに茶を淹れさせてやるから待ってな」
去り際、彼女は言った。
それから間もなく。一人の魔物の女性が盆を抱えてブラムたちのいる方へ向かった。
「お待たせしました」
彼女は、透き通るような声で言うとブラムたちに湯気の立つコップを手渡した。
犬人の母親は寝ていたので近くのテーブルの上にコップが置かれた。
「ありがとう」
ブラムは礼を言いながら、魔物の顔を見た。
次の瞬間、彼は目を大きく見開きコップを落としそうになった。
長く尖った耳。小麦色の毛に覆われた狐のような細い輪郭。白い髪。エメラルドのような緑色の瞳。
「もしかして、スヴェート?」
ブラムが尋ねると、魔物は頷いた。
「久しぶりですね、エイブラハムさん」
「やっぱり、そうだった。ワタリガラスを見つけたんだね?」
彼がそう問いかけると、スヴェートはきまり悪そうに髪をさわった。
「見つけたと言うより見つけてもらったと言った方が正しいかもしれませんけどね…」
「どういうこと?」
「こいつが気絶して川を流れてきたのをガルムが拾って来たんだよ」
質問に答えたのは、スヴェートではなく先程ブラムたちをテントに迎えた大蛇だった。
「もう、治療は終わったのですか、ヴァジェト?」
スヴェートは、近くに置かれていた椅子を大蛇の前に持っていきながら尋ねた。
ヴァジェトと呼ばれた大蛇は気だるそうに頷いた。
「ああ、一通りは終わったよ」
ヴァジェトはそう言うと、スヴェートが持ってきた椅子に腰かけた。
「スヴェートも、しばらく休みな。まだ病み上がりなんだから」
「スヴェート、どこか悪いの?」
ブラムは間に入って尋ねた。
「大したモノでは無いですよ」
スヴェートのこの言葉にヴァジェトは不満そうに鼻を鳴らした。
「悪魔の毒をもらっておいて、大したこと無いだって?あんた、私が手を尽くしてやらなきゃ死ぬところだったんだよ?」
「悪魔の毒?スヴェート、一体何があったの?」
「私にも色々あるんですよ。
それより、今日は、もう疲れたでしょう?相部屋ですが隣に来客用のテントがありますから、そろそろお休みになった方が良いでしょう」
これ以上は聞くな。
スヴェートの返答にはそんな言葉が隠れている気がした。
「パズズ、行こう」
ブラムは犬人の少年にそう言うと素直にテントを出た。