「襲撃」
黒煙をあげる崩れたテント、死体に群がるカラスの鳴き声、血の海。
早朝のリュバンの集落は、異常な慌ただしさに包まれていた。
指示を出す者の怒号、治療を受ける者があげる悲鳴、死体を前に泣き崩れる者の嗚咽。
ブラムは、そんな喧噪の中、魂の抜けたような表情で立ち尽くしていた。
彼の手には、血濡れた剣が握られ、刀身についた血は切っ先から滴となって落ちる度に足元の血の海と混じりあっていった。
誰かが片付けたのだろうか、血だまりに沈んでいるはずの死体は、なかった。
ブラムは、そばにいたパズズに目を向けた。
左腕が大きく裂け、そこから大量の血が流れていた。
「ブラム!」
その時、突然ブラムの耳に馴染のある声が飛び込んできた。
声のした方に目を向けると、マリとスヴェートがそこに立っていた。
マリの方は赤いコートのせいで遠目からは分かりづらかったが、全身を朱に染めたスヴェートの方を見る限り二人とも相当に激しい戦闘を繰り広げたように見えた。
「大丈夫か…?」
マリの問いにブラムは無言で頷くと、パズズの身体を彼女たちの方へ軽く押した。
「彼を頼む」
ブラムは、そう言うと剣を鞘に納め集落の外に向かって歩き出した。
「ブラム…」
スヴェートが、呼び止めようと前に出た。
「来るな!」
厳しい口調の怒声に彼女はたじろいで足を止めた。
「頼むから、一人にさせてくれ…」
ブラムは、そう言うと再び歩き出した。
マリは、彼が朝靄のなかに消えていくのを黙って見つめていた。
「夜襲とは、ずいぶん粋な事をやってくれたモノだな!」
会議棟のなか。ガルムが、皮肉交じりに吐き捨てるように言った。
「落ち着け、ガルム。今は、お前がここの指揮官なんだ。上が感情的なっては、まとまるモノもまとまらない」
マリは、そう諭した。
「そうだった…。すまない」
幸いガルムは、すぐに冷静さを取り戻してくれた。
ここにロキがいたら、どれほど良かっただろう。
その場にいた者たちの大半が、思った。
集団戦闘の知識が豊富だが激しやすいガルムと個人戦闘を好むがいざと言う時は誰よりも冷静になれるマリ。
組み合わせとしては申し分ないが、それら全てを兼ね備えたロキには到底かなわない。
だが、当のロキは目の前で苦しむ国民を優先したいと、会議を抜けてしまっている。
先程までは、それでも一悶着あった。
「もう無駄な論争はたくさんだ」
マリは、そう言いながら部屋の中央に置かれた円卓を勢いよく叩いた。
「とにかく現状の整理しよう。誰か分かるヤツはいるか?」
彼女の問いに牛のような頭を持つミノタウロスの戦士が立ち上がり答えた。
「私がすでに調査してある。敵は件の騎士団。身に着けていた紋章から、これは間違いない。
ヤツらは、西から進軍。見張りをしていたカロンの合図で何とかこちらの被害を抑えることができたが、戦士たちが何人か犠牲になってしまった」
「具体的な人数は分かるか?」
ガルムが、いくらか冷静さを取り戻して尋ねた。
「名前までは分かりませんが、十二人と報告を受けています」
「多いな…。ちなみに一般国民の被害は?」
「負傷者は何人か出たようですが、死者は今のところ確認されていません」
「それが、せめてもの救いか。
居住地の場所が知られた以上、こちらも何か対策を取らねばなるまい。
一度移動するのが理想だが、負傷者を抱えたままではリスクも高い。かと言って、このまま戦える者を戦地に送るわけにもいかない…」
「部隊を二つに分けて、一つを進軍、もう一つを防衛に回すしかないな」
マリは顎に手をあてながら言った。
「義勇兵を募るは、どうだろう?」
先程現状報告をしたミノタウロスが言った。
「問題は、何人集まるかだな。もっとも集まったところで戦力となるか…」
「いないよりは、ずっと良いだろう」
マリは、そう言うと椅子からスッと立ち上がった。
「私は集落防衛隊に立候補する。義勇兵の訓練も私が引き受けよう」
※
一方その頃、ブラムは、リュバンの集落からわずかに離れた川岸にいた。
始めは剣と顔についた血を洗い流すつもりで来たが、いざ到着してみるとその気力もなくなってしまった。
今の自分を見たら、故郷の皆は、ルーシーは、ミナは何と言うだろう。
人間を守るために剣を振るってきた自分が、今は魔物を守るために人間の血を被っている。
こんな自分を、かつての友は受け入れてくれるだろうか。
そんなことを考えながら、彼は川岸に移った自分の顔を見た。
「こんなところに、いたのか。いやあ、探したぞ?」
聞き覚えのある声が、背後から聞こえてきた。
「ロキ…」
背後を振り返りながら、ブラムは、言った。
「よぉ」
ロキは、右手をさっとを上げながら言った。
威厳漂う白いコートを脱ぎ、シワだらけのシャツの袖をまくる彼の姿は、王と言うよりは農夫か奴隷のようにさえ見える。
「姿が見えないから、探していたんだ。どこか怪我しているところは、ないか?
マリやヴァジェトほどでないが、俺もそれなりに知識はあるから診てやっても良いぞ?」
「大丈夫だよ。ちょっと血を洗いに来ただけ…」
そう言うと、ブラムは両手を川の水に浸し顔を洗い始めた。
冷たい水が、戦闘で火照った身体に心地よい。
気づくとロキも隣に立ち顔を洗っていた。
「ひとつ、昔話を聞かないか?」
彼は、唐突にブラムに向かって尋ねた。
「…昔話?」
「ああ。これは、ある魔物の話でな。そいつは、生まれた時からずっと人間に囲まれて暮らしていたんだが、ある時突然共同体で暮らしていけなくなり、魔物ハンターとして生きるしかなくなった。
―ああ、訳は聞くなよ?色々複雑なんだ。
まあ、それはともかく。そいつは、人間を守るため新しくできた仲間とともに魔物を狩ることを選んだ。
あたり前の話だな?自分を育てた者の側につくのが、生き物として普通の思考なんだから。
だがな。そいつは、ある時自分の生き方に疑問を持つようになった」
「疑問?」
「そうだ。そいつは、自分が人間を守るのが、自分の使命だと考えていた。
だが、当の人間たちは、命を助けられても感謝せず、それどころか、蔑みさえもする。
仲間が死んでも、同情なんてしない。
果ては、自分たちを殺そうとするものまで現れる。
ヤツは、人間に与することに嫌気がさした。
そして、ヤツは、ある結論に達した。
〝人間に害をなす魔物が殺されるのに、魔物を殺す人間に罰が下らないのは不公平だ〟
それから、そいつは、ある決意のもと、かつての仲間を離れた。
魔物と人間、両者に刃を向ける者として生きていく決意のもとな…」
ロキは、そこで言葉を切ると遠くを見つめたまま一切しゃべらなくなってしまった。
どうやら、昔話は終わってしまったらしい。
ブラムは、彼の方に目を向けた。
王の横顔は、どことなく昔の思い出話をするマリのそれと似ている気がした。
「もしかして、その魔物ってロキのこと?」
ブラムがそう尋ねた頃には、ロキの顔はいつもの明るい笑顔に戻っていた。
「それは、どうかな?」
ロキは、そうはぐらかすと、集落のある方に向かって歩き出した。
「すっかり話し込んでしまった。そろそろ戻らんと、ガルムたちの小言がうるさくなってしまうな…。
お前も、そろそろ戻った方が良いぞ、ブラム。
今夜は冷えるからな」
彼は最後にそう言うと集落の方へ向かって歩き出した。